• もっと見る
« 腹黒い韓国人タレント −KARA 日本人汚物扱い− | Main | 日本のTVは中国鉄道省 - 韓国偏向批判無視の独善- »
<< 2024年03月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
まいける東山
中国の腐敗と天罰 (05/21)
最新トラックバック
お台場フジTV批判デモ  -日本版ネット革命の発端か-[2011年08月08日(Mon)]
日付変わって昨7日(日曜日)、フジテレビ周辺に同局の韓国偏向を批判するデモが起こった。主催者発表で2500人、実際に付近にいた者の話でも500人以上の参加者数とか、子供まで含めた。実数は500〜1000人くらいか。意思表示をしない日本人としては異例と言うべきか、当然の話・遅すぎた話というべきか。私はその主張には賛成だが。

(参加者数の報道が過小だった点については2回後の文章を参照されたい)

 正式には警察からデモの許可が出ず、8月下旬のデモに向けた準備集会で、その後に参加者の自主的な「散歩」とか称する「行進めいたもの」に移っただけだそうだが、参加人数が多く、かなりのインパクトがあったようだ、テレビ局の近くでもあり。
 今後は警察もある程度のデモの自由は保障してほしい。ここは民主主義国家だ。中国のような独裁警察国家ではないぞ。当然、韓国政府に言論統制された植民地でもないのだぞ。独立の主権国家だ。警察もそれをよく理解せよ。私の時と同じ間違いを犯して非難されたくなければ。

 「デモへの大きな共感  − ブログでのたび重なる言及を振り返る −」
 私もこの問題には重大な関心を持っており、何度もブログで触れてきた。8月2日初掲出の『フジTV会長は辞職を』でも、「デモでもしたいところだが」とさえ述べた。デモを二つ続けて「かけた」わけではないが。それが、その次の日曜日、このような形で具体化しようとは。あくまで7月末に「2ちゃんねる」で呼び掛けられ始めたデモだそうだ。竹島問題がらみで私が言及する以前からの呼びかけだが、関係するスポンサー企業を批判する向きも、私が述べた抗議方法と結果として一致している。
 8月2日の前日・8月1日初掲出の『韓国が再びキバをむく』の中では、竹島入国拒否問題での対応に関して書き始めたのだが、「スパイテレビ局を許すな」「日本にこそジャスミン革命(ネット革命)を」と章をたてた。続く「ネットユーザーとは?」の章の中では、韓国批判のネットユーザーは「情報国防の戦士」、また、簡略化すれば「韓国ドラマ放送時間中に大地震が起きた以上、韓国モノ批判者は単なるネトウヨでなく天の先兵」とも述べ、「天に代わって悪を撃て」とまで書いていたのだ。しかも、韓国モノへの批判は左翼の好きな言葉である「自然発生的なもの」とも表現したし。「電波という公共物を日本人の手に取り戻さねばならない」とも書いたが、フジテレビ批判集会(デモ?)の呼びかけ人も「韓国の手からフジテレビを取り戻す為に我々は集まったのです」と演説して拍手を受けたとか。私の方針や意見の大半は8月1日と、それ以降に出したので、7月末までに行われたとされる呼びかけには間に合わなかった訳だが、どこかで気持ちはつながっているのだろうか。

 「自然発生的なデモ」
 振り返ってみれば、私の意見をそのまま具体化するような展開だったのだ、日曜日のフジテレビ周辺でのデモは。私が直接呼びかた訳ではないから、単に私と同じ考えの者が500人ほど集まっただけともいえようが・・・。
 その意味では少々驚いている。朝鮮的な者たちも絡むと思われる虐待の中で「生きる価値がないウジムシ」と洗脳されていた私には、自分の意見は軽いものとの感がしみついているし。
 だが、考えてみれば「フジテレビ批判デモ」は当然の出来事だ。遅すぎたくらいだ。BSを中心とする韓国ドラマの異常に大きな放送量を特に問題視してきたのは私だけではなかったはずだ、何年も前から。日本人は「おとなしい」とか「我慢強い」とか、いろいろ表現はあろうが、公益を看板にしながら敵国の国家的情報戦略の出先機関になり下がったテレビ局の惨状に対し、まとまった形で反対の意思表示さえできなかったこれまでの日本人社会の有様が異常だったのだ。まさに言語無能。いくら親・韓国の民主党政権下だったとはいえ。そんな社会情勢がますます韓国モノ番組関係者等を増長させてしまったのだろう。

 「マスコミ・既存メディアのテイタラク」
 「中国のマスコミ関係者でさえ、恐ろしい弾圧を覚悟の上で鉄道省批判を展開しているのに、日本のマスコミはだらしない」とか批判してきたが、やはり、日本の既存マスコミは役に立たないどころか、この問題では悪の共犯、悪の体制の一部のようだ、おおよそは、今のところは。そして、ネットの呼びかけでデモ?が発生する事態となった訳だ。既存マスコミがそうでないというなら、その証拠を見せろ。今からでも決して遅くないから、態度を変え、これ以上自分の傷口を深くする愚かなまねはよせ。
 事態は急展開しはじめた。もう、既存マスコミを通じた情報操作では、ネット化した世の中は動かないぞ。それどころか、既存マスコミはネット革命の標的でしかない事実を肝に銘じよ。革命でつぶされる側という事だ。存亡の危機なのだぞ。大いなる危機感を持って方針転換・自己改革にあたってくれ。

 「視聴者が望むから   − ウソで偽善な回答 − 」
 なぜ韓国ドラマ等を放送するのかという問いに対する、フジテレビ等からの反応には、「視聴者から要望があるものを放送している」という、お決まりのイヤな偽善な回答が出て、それがまた強い批判の対象になっているそうだ。国民・視聴者を重大な危険にさらすのに、その危険性を全く説明せずに垂れ流される韓国モノ番組は、まさに「電波の麻薬」。以前から指摘しているように、この回答は麻薬問題での売人のそれ、そのものだ。「麻薬中毒患者が望んでいるから麻薬を提供する」というのと同じなのだ。社会的に問題ある番組や情報をテレビ局が流す時の常とう手段的な決まり文句なのだ、何十年も全く進歩しない。
 私はこの事を、「長良川河口堰反対」のバカ騒ぎという「市民運動」とやらの折に特に強く感じた。河口堰を待ち望む地元住民の話をまるで報道せず、反対派のカタばかり持つテレビ局が大半だったから。この時も、テレビ局等は、「視聴者の望む情報を提供している」とか語っていたようだ。「河口堰の地元の実情が報じられれば、河口堰に反対する世論は大きく変わるだろう。真実をテレビが報道しないで、そのウソにダマされた視聴者が望むからと、またウソを流し続けるとは、いくらなんでもおかしい」と感じたのは、記憶に新しい。その折に強く批判した反対派の朝日新聞の社主の住む神戸に大震災が襲ったことも、記憶に新しいが・・・。
 
 「世の中を変えろ  − 日本版ネット革命を − 」
 今後も予想されるデモや各テレビ局系統(BSを含む)の韓国モノ偏重問題への批判の強まりを当然の事として関係者は受け止め、反省しなければならない。反省して態度を改めるべき者の中には、放送行政当局やそれを監督する政権も含まれる。「民主党は韓国マネーで支えられている許すべからざる裏切り者」と批判されたくなければ。また、当然だが、この批判が傘下のBS局に大量の韓国ドラマを垂れ流させるフジテレビ以外の各テレビ局に波及することも引き続き強く望む。

 最後に、もう一度、強く訴える。

「日本にこそジャスミン革命・ネット革命を。これこそ天の御意志に沿う道」
 
 東日本大震災後の世界の状況を踏まえて。

 私の意向に沿う形の大きな動きは、タイでも、イスラム世界でも、中国でも起こってきた。しかし、日本ではいつも口先だけ、表面だけで終わり、「私の住んでいる(ひざ元の)日本が最も私のような望みに鈍感とは」と強く嘆いてきた。
 この動きが大きく広がるようなら、いくらかはそれが挽回できる可能性はある。だが、自分より若い者(学生)を指導した経験から言えば、最初にほめすぎると安心して次の努力をしなくなる場合がある。このままでは革命にはならない。この先に続く展開こそ重要なのであって、このまま終わっては意味がない点は強調しておく。
 しかしだ、一部の元気あるネット戦士やデモ参加者はねぎらっておきたい。このまま終わっては意味がないが、やりがいがあるのも、大変なのも、これからだから。
 
この記事のURL
https://blog.canpan.info/thaikingdom/archive/389
トラックバック
※トラックバックの受付は終了しました
 
プロフィール

高橋洋一さんの画像
リンク集
https://blog.canpan.info/thaikingdom/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/thaikingdom/index2_0.xml