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たけしの祝辞の意味 ー御在位30年御成婚60年式典の裏側ー[2019年04月13日(Sat)]
御在位30年御成婚60年式典「奉祝感謝の集い」でのビートたけしの祝辞は一部で「不謹慎」とか批判されたようだが、私が感じる限りでは良く出来た文章だった。皇室の本質を理解し、浅はかな安倍政権への批判スラ含む、意味が深い文章だった。「漫才師のくせに御政道批判か。気にくわない」とか陰で言われるなら、むしろ正当な評価。尊皇のフリして皇室を韓国へのイケニエにしてはばからない奴らに批判されるなら、ひっくり返ってオテガラだから。

 確かに、冒頭のオジギで頭をワザとマイクにぶつけたりは余計だった。が、私が、太古より時が流れても変わらぬ日本皇室の本質・お立場は「神と人とを結び、民の平安を祈る大神官」とか書いたばかりだったのを、たけしは見事にそれに沿った表現をしていたのだ。私は評価するね。

 思えば、ビートたけしが約40年前の漫才ブームで有名になった頃は過激な弱い者イジメ論が目立ち、警戒もした。だが、それが戦後は言論界を牛耳った見せかけヒューマ二ズムや偽善で無責任な左翼思想への強烈な批判も含む点などに注目していったと記憶する。まだ漠然だったが、左翼思想や,それに隠れた朝鮮系の反社会的な社会破壊策動等への反発が、私の中にも芽生えていた頃だったと思う。私には何一つ、まともな情報が与えられず、世界一エライと洗脳された自称両親が実は大犯罪人のスパイとも知らなかったが、感じることはあったから。以後、ビートたけしは順調に才能を開花させ、世界の北野監督と呼ばれるようになったのだ。ヤクザ映画の出演者に朝鮮系らしき者が複数いる点など、疑い出せばきりが無いし、トランプ政権の国際戦略の基礎のバノン主義もかなりの部分、こちらが出典だから、たけしの話に引用されることくらいでは驚きはしないが、政府・政治屋がまるでクソなので、その意味で目立ったのだ。


 
 話を式典に戻す。「そうそうたる顔ぶれ」「マジメな話ばかりすれば漫才師のくせにと言われるし、失礼があってもいけないし、参った」とか、「ふざけるなという人もいたが、漫才師だからしょうが無いじゃないか。これで抑えたのだから」とか、自身が司会を務めるTBS系の土曜夜の情報番組で述べていた。
 歌手が歌で御祝いするのと同じで漫才師は笑いで御祝いするのは間違ってはいないが、ワザと頭をぶつけなくても、文章内の「両陛下が御覧になった(たけし監督の)映画が不届き者を二人も出した『アウトレイジ3』でないことを祈るばかり」「お茶会で頂いた金平糖は家宝になっており一粒800円で売っております」で笑いは十分過ぎるほど十分だった気がする。
 問題視される冒頭部分では、「お笑い芸人は笑いで御祝いすべきとも思いますが、さすがにこの場では許されませんので、神妙にさせていただきます」と神妙に述べた直後にオジギしてマイクに頭をぶつけて「ワザとではございません、お許し下さい!」とかやれば良かったのでは、とは思うけど。


 しかし、気がつけば、たけしの御祝い文の内容には私が書いたことがチリバメられる状況になっていた。表面ばかりの尊皇という奴らとは違っていたのだ。

 「皇后陛下におかれましては『皇室は祈りでありたい』とおっしゃいました。御言葉の通り、両陛下は私たちのために日々祈り、より添って下さいました。私は感激すると共に、今、感謝の気持ちで一杯です」

 平成に多発した災害の被災者への御慰問に関して、平成28年の陛下の御言葉を引用した上で述べている。陛下の御言葉とは
「私はこれまで天皇の務めとして何よりもまず国民の安念と幸せを祈ることを大切に考えてきましたが、同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思い寄り添うことも大切なことと考えていました」
だが、それに続けて、たけしは
「国民の近くにいらっしゃり祈る存在であること。そのお姿に私たちは救われ、勇気と感動をいただきました」
「天皇皇后両陛下のいらっしゃる日本という国に生を受けたことを幸せに思います。ありがとうございました。」

 「神と人を結び、民の平安を祈る大神官」と共通だな。しかも、その話の冒頭は

「1月1日の四方拝(お祈り儀式)を始め、毎日のように国民のために儀式や祈りを捧げ,多忙な毎日を過ごされていることを知りました」

 正月元旦に御代代わりすれば元号も半端が出なくて良いとか浅知恵で軽率に話を進めようとして「行事が目白押しで最も御多忙の元旦はとても無理」と止められた幼稚な首相官邸を批判したが、まさに、その元旦の皇室行事の話だったのだ。
 そう考えると、次々に、私の批判と似た面がある事に気づいたのだ。

 「5月からは元号が『令和』に変わります。私がかつていた『オフィス北野』も新社長につまみ枝豆を迎え,社名を変えて『オフィス冷遇』に改して、タレントには厳しく当たり、変な情をかけない事と決めました」

は笑い話だ。が、私が「令和の令の字が今まで日本の歴史上一度も使われなかったのには理由があろう」「元来が稲作には寒いはずの日本では冷害が特に怖いから」とか書いた、その「冷害」と同じ字の「冷遇」の話だった。しかも、神を冷遇している奴らが決めた元号だしな。 
 そして、被災者への御慰問には当然、2015年5月29日に爆発噴火して島民の全島避難となった口永良部島も入っていたわけだ、皇室御退位の影の背景の一つになったと疑っている。


 そして、最初の話からして、そうだったのだ。
 60年前の御成婚パレードの折、沿道で母親にバチが当たると頭を抑えられて馬車に乗る御姿を拝見できなかったが、

「おふたりが目の前を通り過ぎていくのは、はっきりと感じることができました」

これは、私が最近、テニスの大坂あてに書いた文章の表現と一致する、最重要部分で。表面的形式的な信仰は他の選手も持っていようが、大坂のようなトップアスリートは「屋外に吹く風に神や精霊を(信じるのではなく実感として)感じろ。神聖なモノの存在を(肌で)感じることが出来れば一人でないと分かる。崇高なものが近くにいるのにイジイジ悩んだりイライラしたりすることが恥ずかしくなる」とか書いたが、その通りの「感じる」の表現だったわけだ。

 

 おやおや、ふざけたビートたけしの方が、見せかけ保守、見せかけ尊皇のニセ保守なんぞより余ほど良く勉強していたのだ。余ほど神の言葉にマジメに耳を傾けていたのだ。分かるか、安倍。分かるか、自民党! 今更気づいても,モウ完全に遅いけど。おまえ達より、おまえ達の親分国のトランプやバノンには、ふざけた漫才師の方が近いようだぞ。

 
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