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まいける東山
中国の腐敗と天罰 (05/21)
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台湾人への提案1[2009年09月12日(Sat)]
台湾の李登輝元総統の来日もあり、この際、台湾人への提案・提言をしておく。
 「台湾は中国ではない」「台湾人は中国人ではない」。最近、台湾人のこのような発言を良く聞く。中国との関係を強調する(親中派)国民党の総統に変わり、台湾独立派・親日派が発言したがっている為か。

 「台湾人は台湾民族 ー一般的理解との差ー 」
 日本人は良く知らないが、台湾人に言わせると、台湾人は中国人(漢人)ではない「原住民」で、(17世紀からいるとはいえ)中国移民の比率は低いそうだ。
 それが正しいとすると、台湾人はあくまで台湾民族で、中・台が同一民族とは、中国共産党や中国国民党の意見・宣伝となる。その台湾人を共産党に敗れ大陸か逃げて来た「異民族」の中国人の中国国民党が勝手に支配し、勝手に「中華民国」という国名まで付けている事になる。異民族・中国人の勝手な独裁支配だったから「植民地支配」、チベット、ウイグル、内モンゴルのような。しかも本拠地を失った中国国民党は「台湾という植民地だけを領土とする国」となる、台湾人には全く迷惑な。
 台湾は(清朝時代から中国人が多い)中国の一部で、大陸と海で分けられる為に共産化されなかったという日本での一般的な理解は間違いらしい。私も間違いを信じていた一人か。大学院時代には台湾の多くのエリートが周囲にいたのに・・・。

 「中国嫌いの日本びいき」
 日本の統治(植民地支配)も、中国国民党の支配も、どちらも台湾人にとっては「異民族支配として同列」、どちらも植民地支配のようなものなのだ。しかも日本統治がたたえられ教科書にも載る実績もあげたのに対し、特に独裁時代の中国国民党は横暴を極め、当初は台湾人を(日中戦の敵の)日本軍の配下として弾圧し虐殺もした。更に日本統治時代には考えられなかった中国的な強烈な腐敗、汚職政治も持ち込んだ。結果、台湾人の日本への評価が相対的により高くなった訳だ、特に台湾独立派には。

 「日本の統治への評価 −八田與一と嘉南用水事業ー 」
 台湾南部は特に独立派・親日派が強い。一因は日本統治時代の南部の嘉南平野での大規模な「嘉南用水事業」の成功だ。台湾総督府の日本人土木技術官僚・八田與一(はったよいち)が最後まで直接指揮した。八田は東京帝国大学工学部(工科大学時代か)土木工学科で河川工学を学んだ河川系土木技師で、台湾総督府内務部の土木部門に入った。国内で言えば内務省土木局だ。
 嘉南用水事業は、東洋一と言われた「鳥山頭ダム」による水源開発と、トンネル掘削による山越えの導水、16000キロに及ぶ農業用水網の整備による農地への水の供給という内容。1920(大正9)年から1930(昭和5)年の10年を要した巨大土木事業で、台湾総督府・日本政府は台湾統治のカナメとして巨費を投じた。この事業により、深刻な水不足で干ばつの被害が頻発し不毛の地とさえ考えられていた15万fの嘉南平野の農地が、台湾一の豊かな農業地帯、穀倉地帯に生まれ変わった。
 「日本統治時代の農政の成功が今日に至る台湾の経済的発展の基礎を築いた」とか台湾では評されるそうだが、その「農政」の中身で特に重要だったのが、このような大規模土木工事だった。日本では農業土木事業が国全体の事業・政策として確立されるのは世界恐慌後の農村支援事業の頃から。この事業は日本の行政区分的には農水省より旧内務省、現在の国土交通省系だ。同じ水関係とはいえ、農業用水事業なのに農学部出の農業土木技師でなく、八田という工学部出の河川系土木技師の出番となった訳だ。

 「日本人が知らない台湾の日本人英雄」
 嘉南用水事業や八田與一の名は台湾では教科書にも載っている。特に事業の直接の受益地域で独立派・親日派の多い台湾南部では、八田は英雄。戦後、中国国民党が台湾に来て独裁支配者になると、敵側の日本の統治の功績を隠そうとした。蒋介石時代だ。が、地元ではいくら隠しても皆が覚えている、特に工事を知る世代等は。八田を大恩人として尊敬する地元台湾住民は、危険を承知でダム近くの八田の銅像を隠し、中国国民党独裁政権や追随勢力の破壊から守った。反日テロリスト的で封建的虐待容認の朝鮮人とは大違い。
 その後、国民党独裁が解かれ、独立派の総統が複数出る時代になると、八田の功績は再び公に評価される。2007年には独立派・民進党の陳水扁・前総統が八田への「褒章令」を出すなど、その評価・知名度は日本国内をはるかに上回る。元に戻された八田の像の前では毎年5月8日の命日に慰霊祭も行われ、八田の子孫も招かれる。反日が批判される台湾、特に野党民進党の地盤の南部への浸透の為もあってか、中国国民党の現・馬総統も2008年にはかつての敵側の八田の慰霊祭に参列し、2009年参列時には「八田の功績をたたえる公園の建設」を表明した。後記の台湾8・8災害で帳消しだが。
 八田は第二次大戦初期、フィリピンに向かう途中で米国潜水艦に乗船を撃沈され死亡、婦人は敗戦直後に鳥山頭ダム湖に身を投げた。
 既述の通り、昨夏、やや説明不足な子供向け作品?だが、八田與一と嘉南用水事業を題材とするアニメ映画「バッテンライ!」が日本で公開された。中・朝のスパイのようなマスコミ(特にテレビ)に言論を支配され、台湾の実情さえ日本人が知らないのは情けない。

 「東大大学院の台湾人留学生」
 日本統治時代の農政への評価もあり、台湾の優等生が農業経済学を学び、東大等の日本の農業経済学科の大学院に留学し農政等の経済政策?を学ぶのが国家的エリートコースの一つだった事は以前に述べた。その象徴、親日派・台湾独立派の李登輝元総統は京大農業経済学科留学の農業経済学の博士(博士号取得は米国カーネル大)。更に、私の身内に東大の河川工学の教授がおり、台湾人留学生には、農業経済学科の大学院にいた私は(教員より)重要な存在だったようだ、当時すでに台湾新幹線への日本方式の導入が考えられていた為もあってか。
 虐待され奴隷的に洗脳されていた当時の私は、夜は眠れず、頭髪は自らむしりとってはげ、読み書きさえ不自由、やっと農学部の大学院にたどり着いた状態だった。虐待の事実も伝えられぬ為に全て自分が悪いと思い込まされ、将来への希望もなく、重要人物?としての自覚などなかったが。
 東大の大学院では台湾人留学生とは特に親しくしており、そこから台湾高速鉄道(台湾新幹線)への就職者も出た、予定の行動かもしれないが。当時も李登輝総統来日の話は出てはいたが、むずかしかったようだ。

 「国民党の総統と台風被害」
 現在の馬総統は対中関係を重視し、反中の独立派とは対立する。「中国に物を売れば中国は一万倍のニセモノ(違法コピー品)を作って売る」といった批判も強い。中国の好景気も当て込んでの対中重視だったが、就任直後の世界恐慌で意味が薄れた。最近の中国のにわか景気も政策頼みやバブルの影が濃いし。
 そんな中での台風8号の「台湾8・8災害」で、上記の南部(野党の基盤)で死者数百人。中国の支援を際立たせる為に日米等の援助を断る異常な対応が暴露され、政府が死者を多くしたと強い非難を浴び、馬総統は謝罪、閣僚が集団で辞表を出したとか。
 これは天罰、天の御警告だろう。信仰の敵、天の敵、赤色帝国に媚びたニセモノ自由主義者への。台湾人への裏切り者に対する。
 私には、またまた、見えない「大魔神様」が暴れているように感じられるが。

 「文化的独立の必要性  −中国文化圏という現実ー 」
 台湾語は中国語とは違うが、第三者が聞いても区別がつきにくい、私も含め。台湾の名前の付け方も全く中国風。様々な風俗・習慣も中国風。辮髪(べんぱつ)を切った頃に始まる中国風の長髪の男性もいる。
 台湾新幹線建設工事中には線路わき配線の銅線等が頻繁に盗まれ、配線にわざわざ防犯用電流を流し防御せざるをえなかった。中国の好景気の為か中国人の増加の為か日本でも配線泥棒が出るようになったが、この種の重要施設での頻繁な盗難は日本では普通には考えられない。日本製品の違法コピー問題も多い。中国人のシワザと言うかもしれないが、外から見れば、盗める物は何でも盗む中国風ドロボー文化かと感じられよう。
 無知な者の誤解ではなく、残念ながら、台湾は中国文化圏の一部。本当に台湾人が中国からの独立の維持を望むなら、文化的な独立も必要だ、その基盤として。
 反日の中国への対抗なら、日本統治時代の評価をもっと大々的に行う手もあろう、嘉南用水の事業や人物への評価はすでに高いが。現代の日本文化のより積極的な導入もできようが、中国の現代的な文化自体が多くの領域で日本のマネで、結果的に効果が薄くなりかねない。「台湾こそ本物の日本文化を正当な方法で学んでいる」と主張してはもらいたいが。
 では、何ができるのか。伝統も残しながら中国と明確に違うものを、どう取り入れるのか。

 「加姓案」 
 中国風の名前は古代から変わらぬ古い物で、苗字一字で数も限られ、朝鮮のように同じ苗字の者は結婚できないといったおかしな遅れた因習の原因ともなる。日本でも、平や源の姓の多い皇室由来の武士達は、領地の名をアダナ的に使い第二の姓のようにし、やがて今の姓へとつながる。都の藤原氏等も同様。そんな中で、日本社会は古代から中世封建時代へ移行したが、中国にはそれがなく、1000年遅れた古代社会のまま。それと同じでは台湾まで1000年遅れる事になる。
 有名な平将門(たいらのまさかど)は、「平の小次郎(たいらのこじろう)将門」、あるいは領地の名から「豊田(とよた)の小次郎」とか呼ばれていたと記憶する。「平の朝臣(あそん)豊田の将門」を続けて書けば「平 豊田 将門」か。
 台湾人も、自分の手で、今の姓と名の間に新たに姓を加える「加姓」を行い、何世代もかけて公的な場でも新姓が使えるようにする事を提案する、古い姓は残したままで。例えば「李登輝」氏が高雄と縁が深ければ「台湾人・李 高雄の登輝」で「李 高雄 登輝」とか。「陳水扁」氏なら、例えば「台湾人・陳 嘉南の水扁」で「陳 嘉南 水扁」とかいう風に。ゆくゆくは「高雄 登輝」や「嘉南 水扁」でも通るように。
 名前の面での古代からの脱却だけではない。中国文化圏からの独立を守る措置でもある。中国文化圏、異常な儒教文化圏で反日的な朝鮮の者などには理解できないだろうが、中・朝人に理解できぬ内容だからこそ、そこからの独立には重要だ。

 「厳しい現実の認識を」
 たとえ形式面だけとしても、台湾は「中華民国」、台湾語は中国語に似ており、標準語は中国語、文化も中国風。ドロボー文化まで中国風なのか。厳然たる事実だ。最近は国際競争上、社名・生産国名に「チャイナ(中国)」と出すと嫌われ不利と認識されてはいるが、国名や文化はやはり中国なのだ。
 自分が嫌う牢屋(ろうや)に自分が住む事に気づかぬようでは。台湾独立派は事実を十分に認識し、対策・改善策を練らねばならない。中国人嫌いのタイ人にも一部該当するが、いくら独立派等が「中国は嫌い」と口で言っても、他者から見れば中国人そっくり。
 あせりもまずいが、着実に実行しないと中国にのみ込まれる。その案なのだ、名前から台湾の独自色を出すとは。中国の同化策謀、同一民族宣伝に対抗する。

 「台湾人には厳しい意見」
 厳しくても実行せねば台湾に明日はない。一方、日本式ばかりがいつも良いとも限らない、特に戦後の日本は。河川工学教授の身内は台湾人には重要だったようだが、それが中・朝系の左翼文化人で、既述のような罪を私に犯してきた。八田の後輩で東大の教授にまでなった者が。戦前は内務省が最大の官庁で、「土木と警察は国家統治の二本柱」と言われ、しかも国の土木行政の大半を河川事業が占めた。「法科出はパシリ」とされるほど土木技師が大事なのに、その親分的な教授がその有様。人種差別主義者・植民地主義者の米国による日本奴隷化・植民地化政策が招いた状況。日本人が八田の記憶も無くした。重要人物さえ左翼・朝鮮スパイへのイケニエに差し出す天の敵となったニセモノ日本人。台湾人やタイ人がそこまで理解する段階になれば良いが・・・。
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