CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« サッカー と 高校生 | Main | 素晴らしき人たち。 »
プロフィール

有坂 哲さんの画像
最新記事
最新コメント
けー☆
野性の窓。 (08/24) michael
人間として。 (06/26) けー☆ららら♪
内と外。 (02/27) 石神井の同期です
好き嫌い。 (02/05) aki
三姉妹物語。 (01/30) aki
一日先生。 (11/22) aki
友の結婚式。 (10/08) aki
愉快な夜。 (10/04) aki
ココロの真ん中。 (10/03) aki
大事な時間。 (10/03)
最新トラックバック
リンク集
https://blog.canpan.info/tetsupuravida/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/tetsupuravida/index2_0.xml
カテゴリアーカイブ
<< 2016年10月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
幸せな3日間。[2016年01月06日(Wed)]



お正月の3が日は、
奥さんの実家、双子の弟 “ ルイ ” の奥さんの実家、
そして、うちの親戚での集まりと、
呑めや、食べや、の幸せな3日間でした。




ネコともたくさん遊べたしねー。






v.jpg







n.jpg







うちの親戚の集まりは、
母 “ トシコ ” が再婚をした20年くらい前から、
ルイの奥さんの実家へは5年くらい前から、
オレの奥さんの実家へは今年から。




結婚をして、家族になって、新たなつながりが生まれていく。
それはやっぱ素晴らしいことなんだなーとしみじみ。




でも結婚だけじゃなくて「 人との出逢い 」そのものもですよね。




写真家の “ 星野道夫 ” が、






 「 人生はからくりに満ちている。

   日々の暮らしの中で、

   無数の人々とすれ違いながら、

   私たちは出会うことがない。

   その根源的な悲しみは、言いかえれば、

   人と人が出会う限りない不思議さに通じている。 」






ということを書いていましたが、ほんとにそう!




出逢うことのない人が圧倒的に多いなか、
ちょっとしたことで出逢えたっていうことは、
やっぱりそこに大事な何かが隠されているんだと思う。
例え、いい関係になれなくても、関係が続かなくても、
それぞれの人生を彩っていくヒントみたいなものが、
お互いが過ごす時間のなかに、きっと隠されているんだと思う。




それをもっともっと感じ取れる自分になっていきたいし、
人と出逢うことにためらわない自分になっていきたいです。




これからどんな人生になっていくのか、まったくわからない!楽しみ!!




人と出逢うこと、何かが生まれるということ。








 『 バスを一台乗り遅れることで、

   全く違う体験が待っているということ。

   人生とは、人の出会いとは

   つきつめればそういうことなのだろうが、

   旅はその姿をはっきりと見せてくれた。 』


                写真家  星野道夫






l.jpg







z.jpg







k.jpg







h.jpg







gg.jpg






グッバイ&ハロー。[2016年01月01日(Fri)]



あけましておめでとうございますですね。
今年もどうぞどうぞよろしくお願いします。




井の頭公園ランニングで2016年はスタート。
めっちゃ気持ちよかったーーー。
これで心おきなくお正月のご飯&お酒を堪能できるぜい。






h.jpg







2015年は、40歳になったし、結婚もしたし、
なんかいろいろと気持ち的に変化のあった年でした。




特に、正直、結婚は。




お互い新婚感もなく、
劇的に何かが変わったわけではないけども、
( 家でご飯を食べるようにはなった! )
だからこそ少しずつ少しずつ、でも確実に、
自分のココロが耕されてきているのです。
それは間違いなく、ひとりではできなかったこと。




『 CANVAS 』というイケてるカルチャー誌が、
「 家族 」について、こんな表現をしていました。






 「 ゆるがないチームワークで

   人生をカスタマイズする世界最小のユニット 」






「 Team アリサカ 」的オリジナルな人生を
時に空を眺めるような、時に土を見つめるような、
自在な気持ちでもってカスタマイズしていこうと思います。
しなやか〜〜なチームワークで、ね。






j.jpg







そして、サッカー。




2015年も、
『 mf 』を通して、ボール蹴りを通して、
本当にたくさんの人たちと出逢うことができました。




このスポーツに関わるようになって30年ちょっと、
一体どれだけの人に出逢ってきたんだろう・・・。
しかもそのたびに、人はみんな全然違って、
それぞれにオモシロイということを知るのです。




なんて、ハッピーなことか!




オレはやっぱ「 人 」が大好きです。
だから、これからもずっとボールのある人生を。




2016年もいろいろな変化があると思いますが、
なんとなーーく見守っていてくれたら嬉しいです。




よろしくお願いします!








 『 人を助けようとしてはいけない。

   自分自身になりなさい。それで十分だ。

   そして、それこそがすべてを変えてゆく。 』


               作家  パウロ・コエーリョ






f.jpg






携帯メモ A 。[2015年12月21日(Mon)]



t.jpg







前回に続いて、2012年の携帯メモ。




断片的な考えやコトバとかを、
何かの拍子に混ぜ合えたときって、
なんであんなに嬉しいんでしょうねーーー。




「 何かの拍子 」にどんどん出逢っていきたいっす。






●選択肢の多い東京という街での個々のサッカーの在り方。

ネット社会になってからのサッカーの在り方。




●練習後のどうしようもない頭の疲れ。

きっと、たくさんの生の情報を「感じ取る」ことをしてるから。




●「クリスチャニア」と「BARに火ともる頃」




●《ヒューマンスケールの問題》

昔と比べて、経済やテクノロジーは進化して、「量」は増えたが、

人間としての力「質」は退化している(桜井章一・甲野善紀的な力)→

それは何かに寄りかかるということ で、人間としての力を使わないと同じこと




●「コトバによる世界の単純化」に反抗して

「世界の複雑性の総体」をいかにつかんでいくか。




●「プレイフル」からサッカーをとらえること。




●選手の感覚を鈍くさせないために、中途半端な状態では話さない。




●「楽」は「楽をする」じゃなく「身体に楽をさせる」。




●「教え」というものは「具体的」「部分的」なものになってしまう。

「意識」に気づかせないような指導。




●「楽しい」と「無心」になりやすい。「直感」が働きやすくなる。




●松井大輔の言う、

どんな環境・状況でもいつも通りのプレーができる選手こそが

クリエイティブな選手という言葉、

つまり「環境&状況」に対してのクリエイティブさ




●カオス溢れる練習を




●探偵小説の部分の繋がりが見えてきた時の興奮、

解決された後のトーンダウン→想像力が持つ喜び




●部分から全体を捉える。そうすることで、それぞれの全体が生まれる




●音楽も造形美術も「時間」に根差したもの(クレーの言葉)→

サッカーも人も→時間の概念→想像の余地




●感覚のコントロール




●内省的なものと、スタイリッシュなものとの両立




●うちらの役割は「地図を見せること」。

運転は選手、コーチは地図を見せたら助手席でのんびり、

迷ったりしたらたまに見せる。カーナビじゃなくて、地図。




●予測がつかないサッカーをコントロールしようとすることは、

自然をコントロールしようとすることと同じこと




●バルセロナ本の相互作用、森永博志の「間」の言葉、

ルイの空気作り、オレのこれまでの指導、

アート、繋げること(ブログ、サッカーでの説明)




●メッセージを言葉としてではなくて歌として伝える




●上手いかどうかよりもカッコいいかどうか




●自分の中にある、それぞれの場所で鳴らしてきた

それぞれの楽器を自分の感覚で織り合わせていく。宮内さんのように。




●誰かのミスをみんなで取り返せるチームに→プレッシング




●目に見えないものを

「言葉」という形にすることへの欲求




●詩的なイメージから始める




●黒木メイサとフラメンコ⇒サッカーアート⇒

マイカちゃんがした本来の人間が持つ可能性。

表現するための技術、その後にアートがある。

感情、表現、解放、アイデア、問いかけ、カオス。

技術は職人芸的、でもメンタリティの表現(=アート)はどうなのか。




●隙間のある人が全開で表現したものには、ちゃんと隙間が存在する。

だから、表現する時に、意識的に隙間を作ろうとはしないで、

ただ楽しんで表現すればいい。結果的に、最高なバランスで隙間は存在する。







y.jpg






携帯メモ @ 。[2015年12月19日(Sat)]



r.jpg







4年くらい前に携帯に保存していた、
なんとなーく考えていたことのメモを発見、
備忘録も兼ねて、ちょっと掲載を。




2012年、サッカーコーチをしていたときですね。




ああ、これも自分の一部なんだなぁ、と。






●「聞く」と「話す」の真ん中に存在するのが、『考える力』



 
●いい意味での「ルーズさ」を残すことで、

 その部分で選手は独自の判断とプレーを求められる




●流れに身を任せる。

  歩く人たちのリズムにじゃなくて自分の心臓のリズムに。

 その時に起こる出来事は真実。それに身を任せる。




●まずその根源を見極める。それからプランを考える。

  (相手に伝えたいことは何か、相手に気づいてほしいことは何か)




●技術が高まれば高まるほどサッカーは難しくなる。

  やりたいこと、できることの選択肢が増えるから。

  そこで「判断力」が求められるようになる。

  だから「楽しさ」は増していく。




●自分の心が、場所や人に左右されないことを追い求めてきた。

  サッカーでの気づき。外国へ行っての気づき。




●吉祥寺駅の地べたに座った子供の

  「われわれはうちゅうじんだ」お母さんも一緒に。

  電車の中でも。新宿で仲良く手を繋いで降りて行った。




●自分が興味あるのは、人が目の前のものをどう捉えているのか、

  どう感じているのか、それを知ること。そこにその人が表れる。

  その素晴らしさを伝えたい。自分がまず柔らかくいたい。

  (ロバート・フランクとジム・ジャームッシュの対談を読んで)




●「自分を経営」するような観点




●マイナスはプラスには近づけるけど消さない。

  そのマイナスを埋めようとするプラスを持った人の能力を

  最大限に引き出し、活かしていくため。




●バスの運転も声かけもすべては表現。

  目的を達成してOKか、

  それに加えてどんな表現をしていこうとするか。

  そこに人が表れる。




●明るい場所と暗い場所があることの実感。

 (夕刻時の井の頭線で車内照明を落として)

  →思ってたよりも暗い場所が多い。

  建物が多いから。地方の電車だったらもっと明るいはず。

  じゃあ、その差は無意識の部分に影響を与えてるんだろうか。




●もし花粉が目に見えたら、花粉症の人たちはそれでも日本に住むかどうか。




●練馬小3年生に移ったオレの言葉

  (ボールを受ける前に周りを見ておく)を

  「言葉という形になった」と捉えるか

  「イメージを固めてしまった」と捉えるか。




●たくさん学んだら、その分、たくさん忘れていく。




●多くの疑問に触れると

  自分の中にも疑問が湧いてくる、転がっていく(海老蔵の対談を読んで)




●東京と田舎での視線の違い。

  見られないから見ない。見られるから見る。人の多さの違い。




●荒川修作が抱いた人間の可能性への志と環境作り、

  それらとアタッキングフットボールのリンク。

  オレだからできる、サッカー側からのアプローチは?




●見えないものをどう捉えるかがその人を決める。(イチロー対談を観て)

  意識的であろうとしてきたこと。そのことだけの限界。




●ワゴン車に乗って仲間を集めていきながら、一緒にサッカーをやる。




●すべての国で、すべての街で、草サッカーをする。




●集団のリズムやテンポをどこに合わせるか。

 (オシムがW杯決勝のブスケッツについて語った

  「一番テンポの遅い選手にまわりが合わせてしまった。」という話から)




●フィクションも描ききればリアル。

  ノンフィクションも描ききれなければノンリアル。

 (トータス松本の映画を観て)




●ひとつの画面が2つに分かれていて、

  それぞれの人生がそれぞれで進行していく。

  出逢いの瞬間。それまでのニアミス。




●『配球と受球』

  受球があって配球がある。どのように受球するか。

  受球したら、どんな形での配球をしていくか。

  各ポジションによって、配球と受球の重要性パーセンテージは違ってくる。

  じゃあ、自分のパーソナリティに変換したら、どうなるか。




●「何か」には「なる」ものじゃなく「なってる」もの。




●訳のついてない映画を観る。感じ取ろうとする。

 「理解できないもの」への歩み寄り。解説なしのサッカー観戦。




●パッチワークな人生。

自分が純粋に好きなものを混在させた、

それらを何度もリペアさせた、

それらをバランスよく配置させた、そんな人生。

本当に好きなものだけを。それをリペアしていくことを。







e.jpg






222。[2015年12月03日(Thu)]



お風呂に入りながら本を読むのが好きです。




自分の身体と感覚がとろけ合っている分、
コトバがじんわりと染みわたっていく気がして。




まだ寒い朝、
“ 横尾忠則 ” の日記をまとめた本を読んでいると、
猫についてのこんな考察がありました。






 「 猫にはどうも時間の概念がないようだ。

   10日振りで帰宅してもその間の不在に無頓着である。

   まるで昨日の今日という時間感覚だ。

   その点、犬はまだ不在の時間の認識がある。

   猫は一日中眠っている。無意識の時間が長過ぎる。

   目覚めていても無意識状態とそう大差ない顔をしている。

   意識には時間があるが、無意識には時間がないらしい。

   10日間不在に気づかないのは

   10日という時間を意識していないためだ。

   常に目覚めていても無意識でいるためだ。

   猫と付き合うためには

   こちらも無意識になるしかないのか? 」






お風呂での読書と同じくらい猫が好きなのは、
その無意識さへの憧れからかもしれません。




あ、熱いお風呂に入ってるときって無意識的だなぁ。








 『 どんな猫の遊びにもルールとしきたりがあるが、

   それは参加するプレーヤーにとって様々だ。

   猫は、もちろんルールを破ることはない。

   もし、猫が以前のルールに従わないことがあれば、

   単に新しいルールを作ったということだ。

   その新しいルールを急いで覚えて、

   遊びを続けるかどうかは、あなた次第だ。 』


                    シドニー・デンハム






aw.jpg







出逢い。[2015年11月29日(Sun)]



この前のmf定休日の日、
練馬FC 』の中学生、
プラス小学生数人&親御さんに向けて、
話しをさせてもらいました。




チーム対象は初めてだったのですが、
年に数回、小学校や中学校での授業や講演会などで
こうして話しをさせてもらうことがあります。




大学を1年で辞めてブラジルに行ったときの話や、
5年間やってたコーチを辞めて26歳で
コスタリカにサッカーをしに行ったときの話などなど。




たまーにこうしてあらためて話しをさせてもらうと、
自分のこれまでの人生「 人との出逢い 」が、
ほんと大きく影響してるんだよなということをマジで痛感!




中学時代のサッカー部の顧問 “ ブンジ ” や、
オレの師匠で練馬FC代表の “ マサトさん ” 、
コスタリカでお世話になりまくった “ マサタさん ” 、
オレと契約してくれたコスタリカのチームの監督 “ マウリシオ ”
9年間バイトをした久我山のラーメン屋「 笑和 」の “ 大将 ” 、
そして、「 gol. 」の社長 “ アシザワ君 ” 。




みんな年上で、経験値があって、哲学があって。
そんな人たちが可愛がってくれて、新しい世界を見せてくれて。




そのたびに、
自分の人生が展開していったんですよねぇ。幸せなことです。




人との出逢いって、
思い通りなことなんて当然一度だってなくて、
ほんと「 遭遇 」みたいなものだから、
いつでも遭遇できるような「 空っぽ 」な自分でいたいです。




今回の練馬FCでの話しを、
中学生のときにマンツーマンでサッカーの指導をして、
会場設営や進行をしてくれた ” シンゴ ” が、
ブログで書いてくれていたので、ちょっとご紹介を。






 「テツさん」が50分くらいのトークの中で

 とりわけ時間と手間をとって

 子供たちに伝えようとしていたのは、

 テツさんが19歳でブラジルに渡ったとき、

 友達を作るために町中の人に

 自分から挨拶をして回ったときのことでした。




 はじめは顔も名前もわからない通り過ぎる人に向かって、

 自分から「ボンジーア(おはよう)」と言ってみる。




 最初は相手にしてくれないけれども、

 めげずに来る日も来る日も同じことをやり続ける。




 すると、いつしか

 「見知らぬ人」が「顔見知り」になり

 「友達」になり「パーティー仲間」になり、

 そうやってテツさんは

 「町の一員」になっていった、という話。




 テツさんが、

 ちょっとした勇気を出して

 投げかけた「おはよう」の一言から、

 人との出会いが生まれ、

 それがテツさんの人生を動かしていって、

 今テツさんは

 「はじめまして」の子どもたち40人が

 その話を50分聴き続けてしまう

 (それって、本当にすごいことです)

 人になっている。




 19歳のテツさんが

 ブラジルで投げかけた「おはよう」が、

 誰にも想像できない道をたどって、

 テツさんの人生に

 ものすごい何かを持ち込んでいる。




 なんだか

 「わらしべ長者」みたいな話だけれど、

 ほんとうにそういうものだ

 っていう気がしています。




 たぶん、世の中というのは

 ぼくらがそうだと思っている以上に

 複雑で底知れなくて豊かで、

 ぼくたち一人ひとりがする

 ちょっとした行動には、

 想像以上の変化の可能性が含まれている。




 それに信を置くかどうか。




 ほとんど目には見えないし、

 すぐに形になることも少ないし、

 客観的な根拠や

 確かな保証とはなじみの悪いそれを、

 それでも信じるかどうか。




 ぼくは今というのは

 人間の歴史の中でも

 わりに大きな転換点の一つに

 なりうる時代なのではないかと思っていて、

 せっかくならば

 前向きな方のそれを迎えようと思ったときに、

 昨日という一日はぼくにとってかなり示唆的で、

 見た目以上に肯定的で、

 ひょっとしたらかなりの確かさで

 背中を押されていたんじゃないかって、

 そんな風に思っています。




 べつに、思い上がりの

 勘違いであったとしても、それでいいのだ。






これまでの人生で、
様々な人から受け取ってきたバトンが、
聴いてくれてた誰かに渡っていたなら嬉しいなぁ…。




これまで出逢ってきてくれた人たち、ありがとうです。
で、これから出逢っていく人たち、よろしくです。








 『 人生はからくりに満ちている。

   日々の暮らしの中で、無数の人々とすれ違いながら、

   私たちは出会うことがない。

   その根源的な悲しみは、言いかえれば、

   人と人が出会う限りない不思議さに通じている。 』


                   写真家  星野道夫






ce.jpg






ヤバイ本。[2015年11月25日(Wed)]



今年の春から、
青山の国連大学前広場であるイベントに月イチくらいで
チョリパン出店をさせてもらっているのですが、
ここでのイベントって本当にいい空気感で!




毎週土曜日と日曜日に開催のファーマーズマーケット、
そして隣のスペースで行われる企画ものの、
クラフトビールマーケットやアンティークマーケット、
コーヒーフェスティバル、カレーフェスティバル、などなど。




どのイベントも本当に、
「 違ったみんなで、みんな一緒に 」なピースな雰囲気で、
なんかとにかく楽しいんです、そう、人が楽しいんです。
そのすべてのきっかけは間違いなく、
主催の「 メディアサーフ 」のメンバーたちが楽しんでるから。
あれだけの規模のイベントを毎週やってるってマジでスゴイっす…。




うちがここのイベントに関わらせてもらったのは、
今年の春に開催された「 青山パン祭り 」が最初でした。
想像を余裕で超えるお客さんの多さに、もうテンパりまくり!
このイベントがきっかけになって、毎月声をかけてもらってるのです。




で、先日この青山パン祭り運営スタッフから
「 Bread Lab 」というチームが生まれ、さらには本も出版!






u.jpg






この本、ものすっごくオモシロイ!!




日本や世界の魅力的なパン屋の紹介だけでなく、
パンができるまでの小麦や発酵についての探求や、
そこに関わってる人たちの哲学やライフスタイルも綴られていて。




パンのことを語っているのに、
その話はもはや、パンだけのことじゃないなと。






 「 小麦は育った土地ならではの風味があり、

   収穫年によっても、状態は変化する。

   だからこそ、その小麦に合ったパンがある。

   そして小麦そのものの品質や特徴以外に、

   挽き方によって味わいが変わるのも面白い。 」






 「 パンは、ダイレクトに素材を味わうというより、

   発酵などによる小麦の変化を楽しむもの。

   同じ小麦を使っても、どんな発酵を行うかで

   味や香りが変わってきますし、

   同じく発酵食品であるビールやワインにはない

   “ 食感 ” という要素も付加されます。

   ゆえに小麦の特徴を熟知していて、

   その引き出し方もわかっている

   腕の良いパン職人さんであれば、

   どんな小麦を使っても

   美味しいパンが焼けるということもあり得るのです。 」






 「 パン屋さんが求めがちなのは、製パン性のいい小麦。

   つまり、吸水性や発酵状態がブレない、

   安定した小麦をついつい求め、利便性を優先してしまう。

   そうすると最終的に、農薬や肥料を使ってでも、

   安定した品質の小麦を、ということになり

   農家さんや畑に負担がかかってしまい、負の連鎖が始まるんです。

   そうではない方向に、楽しみと感動を求めてほしい。 」






「 人 」に置き換えても、この話って通じますよね。




ずっと前に、
無農薬リンゴの栽培に成功した “ 木村秋則さん ” の本や
ドキュメンタリー番組を観たときにも感じたのですが、
農作物の成長と、人の成長って、と
やっぱリンクするものが多いんだなと。
同じ「 命あるもの 」同士の掟みたいなものなのかなぁ。




そうですよね、うちら人間も家じゃなくて、
もっともっと大きな「 自然 」のなかで生きていて、
そこには目に見えていないものの方がたくさんあるんですよね、
なんか、そのことをもっと自覚していかなきゃだー。






 「 目に見えない菌の力。微生物の力。

   良く言えば発酵。少し変われば腐敗。

   それは、表裏一体のもの。 」






パン好きな人はもちろん、
そうじゃない人たちも、ぜひぜひ読んでみてくださーい。




自分が興味あることを、
違う角度から見られるって幸せなことっすね。








 『 技術や知識は大切だけれど、

   目に見えない志も大切だと思う。 』


      「 ベッカライ・ビオブロート 」店主・松崎太






i.jpg


「 Bread Lab 」チーフディレクター 葵ちゃん






自分のなかの天気。[2015年11月13日(Fri)]



l.jpg









久しぶりに参加させてもらったフットサルは、
「 なんだかなーーー 」といった結果で。





何もできなかったわけじゃないんですよ。
なんかとにかく「 一致してない感 」満載で。
身体とココロがバラバラで心地よくなかったのです。
なので、自分とボールもバラバラ。ボールは正直っす。





残念ながら、解放感に包まれることなく、
Tシャツ一枚で総武線で家路へとついたのでした。





で、翌朝。





起きた瞬間、予想通り、身体がバッキバキ。
久しぶりであればあるほど、このバッキバキ度はスゴイ。
今回はなかなかのもの。レベル88くらい。
起き上がるときに「 $#%&*! 」とか言っちゃうレベル。





なんとか洗面台に辿り着き、
顔を洗おうとすると、なんか違和感を感じました。





あ、なんか、すっげえ心地いい・・・





身体はこんなにもバッキバキで、
昨日のフットサルではあんなにも心地よくなかったのに、
ココロは透明感でいっぱいなのです。





天気でいったら、最高潮な秋晴れといったところで。





その日は曇りと雨のどんよりとした天気だったのですが、
結局、オレの中の秋晴れ1000%は一日を通して続いたのです。





そうなんですよね、
外の天気と「 自分のなかの天気 」は別物なんですよね。
影響はかなーり受けるものの、だからといって、イコールじゃない。
しかも、自分のなかの天気はある程度は選ぶことができる。





丁寧なコーヒーを飲んだり、
たまらなくピュアな音楽を聴いたり、
借り物じゃないコトバで書かれた本を読んだりすることで。





オレの場合はやっぱり「 ボールを蹴ること 」。





哲学者の “ アラン ” がこんなことを。






 「 あなたは、自分自身にとって

   かけがえのない友にならなければならない。 」






またボールを蹴ろっと。
やっぱ自分自身がかけがえのない友でいたいからー。


 

そうそう、昔は思うことができなかったけども、
自分のなかの天気はいつも晴れにしておくことはないんですよね。
曇りや雨の方が心地いいときもある。
なら無理に晴れさせることはなく、より繊細な曇りや雨にね。




そんなときに、
“ BOOWY ” の「 Cloudy Heart 」とか、
“ プリプリ ” の「 M 」とか聴いちゃったら、もうヤバイっす。








 『 人間には自分自身以外の敵はほとんどいない。 』


                      哲学者  アラン






i.jpg






それぞれの物語。[2015年11月08日(Sun)]



雨の日はなんだか、
“ 星野道夫 ” の本が読みたくなるのです。




大好きな本『 旅をする木 』より。






 「 ある夜、友人とこんな話をしたことがある。

   私たちはアラスカの氷河の上で野営をしていて、

   空は降るような星空だった。

   オーロラを待っていたのだが、その気配はなく、

   雪の上に座って満天の星を眺めていた。

   月も消え、暗黒の世界に信じられぬ星がきらめいていた。

   時おり、その中を流れ星は長い線を引きながら落ちていった。



   “ これだけの星が毎晩東京で見られたらすごいだろうなぁ・・・

    夜遅く、仕事に疲れた会社帰り、ふと見上げると、

    手が届きそうなところに宇宙がある。

    一日の終わりに、どんな奴だって、何かを考えるだろうな ”



   “ いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。

    たとえば、こんな星空や

    泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろ。

    もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちを

    どんなふうに伝えるかって ”



   “ 写真を撮るか、もし絵がうまかったら

    キャンバスに描いて見せるか、

    いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな ”



   “ その人はこう言ったんだ。

    自分が変わってゆくことだって・・・

    その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって ”



   人の一生の中で、それぞれの時代に、

   自然はさまざまなメッセージを送っている。

   この世へやって来たばかりの子どもへも、

   去ってゆこうとする老人にも、

   同じ自然がそれぞれの物語を語りかけてくる。 」






h.jpg






テラス席。[2015年11月08日(Sun)]



er.jpg







「 mf 」でお昼ご飯を食べるときは、
テラス席で食べることが多いのですが、
働いてるからとか抜きにして、
すごく好きな場所なんですよねー。




原宿や表参道の喧騒とのギャップが心地よく、
そこに住む人たちの生活も感じられたり。




まぁ、もともと、テラス席って好きなのです。




吉祥寺の「 スターバックス井の頭公園店 」
無くなってしまった原宿の「 オーバカナル 」
やっぱり今はない代々木の「 DADA CAFE 」
栃木県那須高原の「 NASU SHOZO CAFE 」
代官山の「 カフェ・ミケランジェロ 」




コスタリカの首都サンホセの広場に面したカフェや、
マヌエル・アントニオのビーチ沿いのカフェも好きでした。
あと、ブラジル・サンパウロの大通りに面したカフェ、
イタリア・アッシジの小さな石畳の広場にあるカフェ、
フィレンツェの大きな広場にあるカフェ。などなど。




あまり共通項がないような感じですが、
「 あー、ここで本を読みたいな 」って思わせてくれる場所、
っていうことは同じかもしれないですね。
あと、ポケーッとしてても惹かれる何かがあるとか。




初めて訪れる場所や国で、
そういうところを見つけられるとほんとーに嬉しい!




「 SHOZO CAFE 」のショウゾウさんが、
こんなことを言ってましたが、ああ、まさにそうだなと。






 「 知らない町で一軒のカフェに出会うだけで、

   その町がいつまでも

   記憶に残る場所になることもありますよね 」






あ、カフェじゃないけども、
葉山の海に面した定食屋さんのテラス席もサイコーです。








 『 世界の七不思議ばかりじゃない。

   シンセサイザーだって、小説だって。

   今日のお天気も、おいしい料理の味つけも、

   編みこみのセーターも、いい音楽も、

   人間のカラダも、美しいティーカップも。

   みんなみんな、心ときめかせるものは

   不思議でいっぱいだ。 』


           コピーライター  糸井重里






q.jpg







w.jpg