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ブログ引っ越し。[2016年10月10日(Mon)]


ブログですが、
新たにこちらに引っ越しました。


 ● 「 Football×Journey=Pura Vida! 」



新しい場所でも、
よろしくお願いしますー!!


野性の窓。[2016年08月17日(Wed)]



この前、お店に向かう電車のなか、
YouTubeで『 情熱大陸 』を観たんです。
( 家にはテレビを置いてないので )
女優 “ 大竹しのぶさん ” の回でした。




演技について、
こんなことを言ってました。のほほんと。






 「 何にもしてないです。

   意識してないです。

   今日はこうしようとかは

   考えてないです。

   その場で出てきた肉体の動き。

   ある意味では憑依ですけど、

   100%憑依では…

   そしたらイタコとか

   巫女さんになっちゃう。

   8%くらいは自分がいます。

   自分はいつもどこかにいないと。

   “ 今日はこんな動きなんだ ”

   っていうのを見ている自分。 」






なんで「 8% 」やねん(笑)




でもこの話しって、
サッカーのなかでも同じだなぁと思ったのです。




いいときって、
「 考えた 」って実感がないんですよね。
なんかこう目の前に現れる状況に対して、
めっちゃスピーディーに「 反応 」していってる感じ。




意識よりも無意識が主役になってるというか。




試合のなかだと
味方や相手の動きも、状況も変化しまくるから、
意識してると、考えてると、間に合わないんですよね。




そう、まだプレーヤーとしてやってるとき、
いつも冷静であろうと思ってました、特に学生の頃は。




キャプテンをやってたり、
ボランチやセンターバックなど中央のポジションを
やってたことも影響してたんだと思います。




なのでどっちかっていうと、
熱くなり過ぎるやつらをなだめる側でした。
佇まいのイメージはベッケンバウアーやピルロ、
そして大好きだったグアルディオラ。




でもですね、
かなり思い切った接触でのファールを食らったり、
不甲斐なく負けてたりすると、
急にスイッチが入っちゃうのです。




冷静沈着なキャプテンという像は一瞬で吹っ飛び、
ケンカ上等だぜなヤンキーに早変わり。
佇まいのイメージはガットゥーゾやシメオネ、メデル。




「 野性の窓 」オープン。




ボールの奪い合いの場面には喜んで飛び込んでいくし、
身体を思いっきり投げ出して相手を止めにいくし、
相手が文句を言ってきたらめっちくちゃ言い返すし。




でもですね、でもですね、
頭のなかはとんでもなくクリアなんですよ。
すごく落ち着いてるんです、
だから一線は越えることはないんです。
ケガさせたりとか、殴り合いになるとか、退場になるとか。




しかもそのうえで攻撃面でも、
遠く広く見えていて、
近くもギリギリまで見極められていて、
状況に合わせて技術が使えていて。
邪念なく、身体が勝手に反応していく感じでもあって。




自分のその状態を体感して、思ったんです。




オレの場合、
どんなに熱くなったとしても、
どっかから客観的に見てる自分がいるから、
自分をコントロールしないほうがいいんだって、
意識して考えようとしちゃダメなんだって、
そうすると「 考えすぎる 」ことになって
無意識が閉じ込められちゃうんだって。




といっても、
そう簡単に変えられるものでもないんですけどね…
小さい頃から身についてきちゃったことだから。




少しずつわかってきて、
少しずつできるようになってきて、
でもいまだに、試行錯誤してるって感じです。




で、オレの場合、
これは、サッカーだけじゃなくて、
他のあらゆる部分でもそうなんだってことに、
最近やっと気づきました。




どうやって、無意識を主役にするのか。




それは
「 どうやって、自分のなかの野性の窓を開けるのか 」
と近いんだろうなと今は思っています。




さ、太陽に当たりに行こっと。








 『 考えてないで生きてますから。

   私は私でちゃんといますから。 』


             女優  大竹しのぶ






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間。[2016年03月16日(Wed)]



p.jpg







先週 mf であった
フットゴルフ 」のトークイベントで、
日本代表でもある友人の “ コージ ” が、
こんな話しを教えてくれました。








 「 オモシロイことに、国によって、

   ゴルフ寄りなのか、サッカー寄りなのか分かれるんだよね。 」






 「 特に、カップが近くなってきてから。

   ゴルフ寄りのイングランドなんかはボールをセットした後、

   普通のゴルフでパターを打つときみたいに、

   芝目を読んで、素振りをして、とにかくゆっくり、慎重に。 」






 「 でも、サッカー寄りのアルゼンチンなんかは、

   ボールをセットしたら、あまり間を置かずにすぐに蹴るんだよね。 」








オレはフットゴルフやったことないんですが、
想像したらめっちゃ難しいんだろうなと思ったんです。




「 間 」があるから。




サッカーやフットサルだと、
味方も、相手も、ボールも、展開も、
すべてが次から次へと流れていくから間がない。




ゆっくりと「 考える 」時間はなくて、
パッと「 感じて 」、サッと「 反応していく 」しかない。




それは十分に考える時間がない「 間 」とも捉えられるし、
逆に、余計なことを考えないで済む「 間 」とも捉えられる。




自分にとっては
間がなく反応していくほうがしっくりくるので、
セットされた間のあるフットゴルフは、
いろいろと考え過ぎて、迷いも生まれちゃって、
すっげえ難しいんだろうなと思ったのです。




でもコージの話しを聞いて、例え間があったとしても、
「 間をコントロールすること 」ができればいいんだなと。
素早く蹴ることで間を埋めたアルゼンチン選手のように。




それは、なかなかに新しい発見でした。




サッカーやスポーツだけでなくて、
仕事や表現や生活のなかで何かを決断して実行するときも
同じようなことなのかなぁと思います。




身体もココロも頭も一致した違和感のない決断ができる、
自分にとってしっくりくる間を知ること、そして、
イメージする間が存在しなければ、コントロールして生み出すこと。




人間、時間、空間、世間、隙間、仲間、etc




「 間 」って、かなーり深けえっす。








 『 熱中している心は、つねにチャンスを見つけ出す。 』


                  作家  パウロ・コエーリョ






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遠くを。[2016年03月12日(Sat)]



車の免許を取ったのは約20年前。




綺麗なお姉さん教官を
期待しながら通ったものの、
練馬区にあるその北豊島園自動車学校は、
そりゃーものの見事に
おじさんオンパレードだったのでした。残念無念。




その おじさん's の中に、
佇まい、仕草、コトバの強さなどに、
やんちゃな雰囲気を漂わすおじさん教官がいました。




やんちゃおじさん教官は、確かこんなことを。






 「 いいか、運転をするときは、

   近くを見てたらダメなんだぞ、

   怖いかもしれないけど、遠くを見ながらするんだ。 」






 「 怖くて近くばかりを見てたら真っ直ぐ走れない。

   逆に、怖くても遠くを見てたら真っ直ぐ走れる。 」






 「 近くを見ていたら遠くは見れない、

   でも、遠くが見えていれば近くは見えるんだ。

   だから勇気を出して、遠くを見るんだぞ。いいな? 」






スクールウォーズ的な凄みを感じさせながら、
そんな話をしてくれたのでした。




昨日、3月11日。




5年前のことを思い出してたら、
みんながみんなやれることがあって、
それは、それぞれ違うんだよなと思ってたなと。
で、『 龍馬伝 』でのコトバが頭をよぎりました。








 『 世の中を知るいうことは、

   みんなと同じような人間に

   なることではないぞね、龍馬。

   おまんらしい生き方を探しなさい。

   それを見つけてこそ、

   自分が何を成し遂げるために

   生まれてきたかが見つかるがじゃ。 』








5年前、毎日のように自分に投げかけてた、
「 オレだからこそ出来ることって何なんだろう? 」
という問い。それは単純に職業という話しではなくて、
仕事もそれ以外も含めた「 人生すべて 」を使って出来ること。




最近その「 遠く 」を見れてなかったなぁ…




答えは一生わからないかもしれないけど、
その問いの投げかけだけはもっともっとしていこう。




遠くを見ながら運転できるようになると、
街の風景や人の表情、いろんなものも見えてくるもんね。








 『 君は何者じゃ。

   何のためにこの天の下におる。

   君がやるべきことは何なんじゃ。

   考えるな。己の心を見ろ。

   そこにはもう答えがあるはずじゃ。 』



                「 龍馬伝 」 ・吉田松陰








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自らに由る。[2016年03月02日(Wed)]



c.jpg







ちょっと前、
西東京市立谷戸第二小学校にて
授業の講師をさせてもらいました。




6年生2クラスを対象にした総合の授業で、
テーマは「 おもてなし 」。わーお、ちょっと高貴…。
mfで意識していることや日本と外国の違いなどを
話してもらいたいというオファーだったのでそれならと。




子供たちが事前に考えた質問と
そこで思いついた質問をみんなの前で挙手して質問、
で、こっちがそれに答えていくという形式。




挙手しての質問だとあまり出ないんじゃいか、
とちょっと心配してたのですが、全っ然そんなことはなく、
むしろ時間内におさまらないほどの質問ラッシュ!






 「 アリサカさんにとって “ おもてなし ” って何ですか? 」






 「 外国で感じた “ おもてなし ” を教えてもらえませんか? 」






 「 お店で実践されていることは何ですか? 」






 「 お店で働いていてどんなところが楽しいですか? 」






といったものから、






 「 大変に失礼な質問かもしれませんが、

   これまでの人生で

   立ち直れないようなつらい経験をされたとき、

   どうしてきましたか? 」






というディープなもの、そして、






 「 コーヒーは好きですか? 」






というライトなものまで(笑)
いろいろな質問を投げかけてくれました。




なのでこっちも、
入ってきたお客さんをまず感じとって、
どうコンタクトするか、どんなコトバを選んで、
どんな風に投げかけるか、または投げかけないか、
というmfでの話しや、
ブラジルで仲の良かった少年がしてくれたおもてなし話し、
コスタリカの路線バスの運ちゃんワールドの話し、
海沿いのカフェでハプニングが起きたときの
店員さんの驚きのナイス対応の話し、
などなど、あっちこっちな話しを。




そう、ふたクラス目の授業中、
お盆に料理を乗せてお客さんに出すという話しのとき、
近くにあった本をお盆にして実演したのです。




その本はまさかの「 カクテル図鑑 」。




授業が終わって
その持ち主の女の子がわかったので話しを聞いてみると、






 「 色がすごくキレイだから大好きなんです・・・ 」






さらに、こんなことを。






 「 ワタシ、バーテンダーになるのが夢なんです。

   前にテレビですごくカッコいいバーが紹介されていて、

   おっきくなったら絶対にそこで働きたいと思ってるんです。 」






自分のココロに夢中になれてて、ほんと素敵すぎる。




あと嬉しかったのが、
ひとクラス目の授業の最後に、
クラスの代表4人がお礼を述べてくれたのですが、
一人ひとり形式的なコトバではなく、
そおれぞれが授業で感じた想いを、
具体的に、一生懸命に伝えてくれたこと。




それこそまさに「 おもてなし 」でした。マジで嬉しかった!!




キッズたちよ、「 自らに由って 」生きていこーぜ。








 『 子供は子供として

   完成しているのであって、大人の模型ではない。 』


                     作家  寺山修司






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なんとなくの行き先。[2016年02月14日(Sun)]



なんとなく書きたくなってみたので、
パソコンの前に座ってピコってるのですが、
特に何が書きたいとかがないのです。




いつもは書きたいことくらいはある。
それを頭に思い浮かべ、なんとなく書き始めてみる。




でも困ったことに、
今回はその思い浮かべることすらない。
もしかしたら、初めてのケースかもしれない。




目的地なしの旅、みたいだ。




あら、ワクワク・・・。




ちょっと小腹がすいたので、
昨日の残りのドライカレーを食べながら、
なんとなく昔に書いたブログを見てみることに。




タイトルで気になった
『 で、俺は。 』 という2007年5月7日に書いた記事。
サッカーコーチをしていた、31歳のときのもの。










 ふと疑問が湧いてきた。




  「 で、俺は何で走ってるんだ? 」




 鮮やかな夕焼け沈んだ、
 井の頭公園の陸上トラックにて。






 トラックに向かう途中の森林地帯。
 前日の雨を含んでるせいで土がまだ柔らかい。
 そういえば小さい頃こんな土の上で相撲をしてた。
 乾いた土の上でやるよりも数倍面白かった記憶がある。


 あ、なんか独特な匂いがしてる。
 雨を吸い取った木々のこの匂いは、
 決していいもんじゃないけどなんだか落ち着く。




 で、俺は走ってる。




 トラックに到着。
 真ん中にある芝生地帯では、
 大学生サッカーサークル男女、
 高校陸上部男女、高校ソフト部女子、
 ボールを蹴りあってる大人ふたり、
 犬集会をしてる近所の人たち。


 同じひとつの場所なのに、
 やんややんやと盛り上がってるグループもいれば、
 「 はいっ! 」って緊張感漂う返事をしてるグループもいる。
 と思いきや、犬はそんなことお構いなしにダッシュしてる。




 で、俺は走ってる。




 高校の時こういう公園で、
 友達で集まってやんやとサッカーしてたし、
 緊張感漂うサッカー部の練習もしてた。


 どっちにもそれぞれ良さはあって、
 敵対視する必要はまったくないと思う。
 とかいう俺は、たった1年間の大学生の時に、
 サークルの人たちを見ては敵対視してたんだけども。
 でもあれはきっと、女子がいることに対しての
 嫉妬だったんだろう。


 ここのトラックには、
 そんな嫉妬が渦巻いてなくて、
 ピースな空気がとっても穏やかに流れてる。




 で、俺は走ってる。




 さっきから、
 おじさんランナーにがんがん抜かれてる。
 高校生のときは何かに勝ちたくて走ってた。
 ライバルに、強豪チームに、自分に、未来に。
 それが俺の走る理由だった。


 だからこそ、
 おじさんランナーにも自分にも
 勝とうとしてない今の俺は何で走ってるのか。


 ふいにそう思ってしまった。






 高校生の練習後、
 誰もいないグランドの先にある空は綺麗だった。
 理由を考えることなくデジカメを出して
 無意識にシャッターを押してた。


 その後、家に着いたら、
 理由を考えることなく運動着に着替え、
 ボロボロになったニューバランスのスニーカーを履いてた。
 そして走りに行った。


 もしかしたら、
 澄んだ空気に触れたかったからかもしれない。
 グランドから見えた空に感動したからかもしれない。
 高校生の練習姿に触発されたからかもしれない。
 連休で食べ過ぎた体に不安を覚えたからかもしれない。


 けどそれはきっと全て後付けで、
 ただ単純に走りたかったんだろう。
 ほんと、ただ単純に。


 よくよく考えてみると、
 サッカーも、恋愛も、旅も、最初は全部そうだった。
 たまには考えることをやめて、
 軽やかに軽やかに舞ってみよう。動いてみよう。


 そこでは思ってもみなかった、
 土の柔らかさや木々の匂い、
 ピースな空間みたいなものと
 出逢えるかもしれない。






 で、俺は何で結局、こんな考えちゃってるんだ?








 『 頭で考えるな、肌でつかめ。 』


          役者  ブルース・リー






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おお「 なんとなく 」の行き先は、
まさかの “ ブルース・リー ” !
今日のココロとすごくリンクしてて嬉しいー。
ありがとう。謝謝。シエシエ。




あたたかい空気をいっぱい肌でつかみたいなぁ。








 『 <三つの鍵> シンプルさ。直接性。自由。 』


                役者  ブルース・リー





夢に手足を。[2016年01月29日(Fri)]



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『 ほぼ日 』の「 今日のダーリン 」( 糸井重里 )より





・昨日のこの場所で、

株式会社東京糸井重里事務所がどういうことを考えて、

どういうことをしていく会社なのか、

やっとことばになったということをお知らせしました。

そしたら、ずいぶん反響がありました。

唐突に生まれたことばに、

たくさんの拍手をもらったようで、

とても、うれしかったです。



実は、あのことばには、もう少し続きがありました。

たった五文字のことばの、余韻のように書いたものです。

社内で配ったその続きについても、

ここでお分けしておこうと思いました。 






・夢に手足を。



夢には翼しかついていない。

足をつけて、歩き出させよう。

手をつけて、なにかをこしらえたり、

つなぎあったりさせよう。

やがて、目が見開き、耳が音を聞きはじめ、

口は話したり歌ったりしはじめる。



夢においしいものを食べさせよう。

いろんなものを見せたり、たくさんのことばや歌を聞かせよう。

そして、森を駆けたり、海を泳いだりもさせてやろう。



夢は、ぼくたちの姿に似てくるだろう。

そして、ぼくらは、夢に似ていく。

夢に手足を。そして、手足には夢を。






・手足を持てぬままの夢は消えていくし、夢を持てぬままの手足は、切ないです。






今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。

感想をください。みんなが、とても読みたがっています。







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その人の世界。[2016年01月26日(Tue)]



久しぶりに観ました、
ジャームッシュ作品『 ナイト・オン・ザ・プラネット 』。




世界の5都市を舞台にした、
タクシードライバーと乗客の人間模様を描いた映画です。






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やっぱりオモシロイー!!




クセのあるタクシードライバーたちが
「 お客様にご利用いただいている 」ではなく、
「 自分の世界にようこそ 」なスタンスで。




下北沢にあるカフェ『 ベアポンド・エスプレッソ 』の
“ 田中勝幸さん ” のこのコトバのような世界観。






 「 人生は自分だけのものだから、

   たくさんの人に理解されなくてもいいんです。

   家族や大切な人だけがわかってくれればいい。 」






 「 僕の考えでは、

   この店でマシンの前に立っている時は、自分はキング。

   何か言われたら “ お前、誰に向かってモノを言ってるんだ ”

   と堂々と言える。

   でも、そこから一歩出たら僕は浮浪者と同じ。

   そういう生き方なんですよ。 」






コスタリカの路線バスのドライバーは本当に愉快でした。




ひたすらにバラードをかけるドライバー。
お気に入りチームのサッカーの試合をラジオで流すドライバー。
ウエスタンハット&レイバン風サングラスのドライバー。




それぞれのバスが
その人の好きで溢れた空間だったのですが、
一度、こんなことがありました。




ドライバーは、もうすぐ60歳くらいのおじさん。




ラテンドライバーならではのスピードで、
直線では周りの車をぶち抜き、カーブは攻めに攻め、
サッカー選手だと、バルセロナ時代のロナウドみたいな運ちゃん。




赤信号で止まると、
何かを確認しながらバックミラーを動かし始めました。




そのミラーの先に映ってるのは、スタイル抜群の美女。




おじさんはその子に向けて盛んに目配せをして、
気づかれないとわかると手を振って、ナンパを敢行したのです。




しばらくして気づいた美女。




まったく嫌な顔をせずに、
愛想よく手を振りかえして、おじさんニンマリ。




微笑ましくてすっごくよかったのですが、
ひとつだけ困ったことは、信号が青に変わると、
美女のリアクションでテンション上がったおじさんが、
さらなる怪物ロナウドになってしまうこと。
コンポステーラ戦のときのような誰も止められない状態になり、
カーブでのスリリングさは半端なかったのでありました。




コスタリカやブラジルでは
そういう「 その人自身 」が見える瞬間がいっぱいあって、
それはそれは愉快だったなぁ。
( その分、面倒くさいこともあるんだけども… )




やっぱ、人間が大好きです。








 『 音楽、場所、人……

   時間が過ぎるのは早いから、

   来るもの拒まずで受け入れるし、

   僕に話しかけてくるものを大切にする。 』


             映画監督  ジム・ジャームッシュ





「 ない 」からこそ。[2016年01月19日(Tue)]



「 ボールを持って世界の村へ 」
をテーマにした 『 FOOTRAVEL 』 という企画。




風の旅行社 」 のアクティブ男子 “ 竹嶋くん ” の、
外国で現地の人たちとボールを蹴っちゃおう、
という「 旅+フットボール 」 なナイス企画なのですが、
その持ち込みイベントにゲストスピーカーとして参加させてもらいました、
Jリーグアジア戦略キーマンの “ 山下修作くん ” と共に。




オレは、草サッカーがきっかけとなってプロ契約できた
コスタリカでのフットボールライフについて、
山下くんは、アジア各国でのフットボール事情と、
その旅の最中での面白エピソードについて。






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山下くんがしてくれた、この話はすっごく考えさせられました。




Jリーグサポーターから寄付してもらったユニフォームを
アジア各国に配っている活動で東ティモールを訪れたときのこと。








 「 地元の運転手ですら運転拒否をするような、

   断崖絶壁な道を抜けた先にある村を訪れたんです。

   学校もない、ほんとに貧しい村で。 」






 「 ユニフォームを渡すと、

   ちゃん とお礼を言って笑顔で受け取ってくれました。

   しかも、ビックリしたのが、

   もらった後、すぐ近くに生えていたヤシの木に登って、

   穫ったヤシの実をプレゼントしてくれたんです。 」






 「 都市部の学校に通ってる子たちのいるところでは、

   自分の好みのユニフォーム欲しさに、

   奪い合いになってしまったりもしたので、

   本当の教育って何なのか考えちゃいましたね… 」








学校がないことや
貧しいことがいいとは決して思わないですが、
「 ない 」ということからしか生まれないものも
やっぱりあるんだとは思います。
特に、その人がその人らしくあるためのものは。




オレなんか気づいたら、
何でもかんでも得ようとしちゃうから、
もっともっとしっかり選べるようになりたいし、
で、あえて「 ないまま 」にしておく部分を
意識的に持っていたいなと思います。




その「 ない 」部分はきっとココロの余白で、
そのスペースできっと「 想像力 」は遊べるんだと思うから。




山下くん、竹嶋くん、
旅のような楽しいフワフワとした時間をありがとうでしたー。

 ( 『 FOOTRAVEL 』の詳細は → こちら








 『 余白は埋めるべきものではなく、重要な何かである。 』


                プレゼン講師  ガー・レイノルズ





人生を選ぶこと。[2016年01月07日(Thu)]



曇り空の午後。
ふと下北沢に向かおうと思い立った。




年数を感じさせる色落ちしたジーンズに、
チャコールグレーのスヌーピーのTシャツ、
落ち着いた赤色のチェックのネルシャツ、
ネイビーのダッフルコート、ネイビー×白のスニーカー。




出発する間際、
本棚から一冊の本を取り出して、カバンに入れた。
『 ノマディズム 』という、人と旅、そして「 快楽 」の本。






 「 ノマディズムというコトバは、

   普通は “ 遊牧主義 ” などと訳される。

   一カ所に定住定着するのではなく、

   次々に出会いを求め旅してゆくことを意味する。 」






 「 彼らは、ノマド的に生きることは

   とてもリスクがあるけれど、

   実はそれ以上の強い快楽はない

   ということも知っているのだ。 」






 「 快楽的に生きることは、人生を選ぶことだ。

   僕はそれをやり続けてゆきたい。

   人生がどこへ向かうか、それは地図には書いていない。

   日々、出会いの中で、

   新しい地図をつくり続けてゆかなくてはならないからだ。

   しかし、すべては偶然やうたかた、たまたまのものではない。 」






先輩が通るたびにハキハキと挨拶をしている女子中学生たち。
「 うちはエスプレッソ、朝しか出してないんだ 」と言う珈琲屋さん。
高く積まれた本を一冊ずつ丁寧に拭いている古本屋のお兄さん。




下北沢の近くに住んでいたとき、
よく通っていた焼き鳥屋のカウンターで、
『 ノマディズム 』の「 小松夫妻との旅の追憶 」という章を。




45年くらいにわたって、
旅をしながら写真を撮り続け、それを仕事としてきた小松夫妻。






 「 世界中に川はいろいろあって、

   流れ方によって、いろんなストーリーがある。

   でも、ドナウはドナウ。比較しようがない。 」






 「 この道を通ってよかった。また気分がリッチになっちゃった。 」






 「 世界っていうのはいろいろあるわけなんだけど、

   その中に僕らも入っていって、なおかつ自由に生きたいんだよ。

   だけど大それた考えがあるわけじゃないんです。 」






 「 流れに身を任せた方が、人生は面白い。 」






モモとハツを2本ずつタレで。生ビールは2杯。




トイレで流れていた “ 平井堅 ” の「 瞳をとじて 」が
あんなにも感動的だったのは何でだったんだろう。








 『 大上段に人生の目標を掲げなくても、

   転がり込んでくる運っていうのは

   絶対あると僕は信じてるわけ。

   まあ、どうでもいいことなんだけど。

   ただ一番言いたいのは、

   なんかぼんやり思ってることっていうのは

   実現するということ。

   僕のような人がいることを

   排除するような社会というのは絶対認めない。 』


                     写真家  小松義夫








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