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新年あけましておめでとうございます。 [2009年01月01日(Thu)]
新年あけましておめでとうございます。

シンプルに、今年の目標です。

CANPANが世のため人のためにお役に立ち、世のため人のためにお役に立ちたいと思う人が日本中に溢れ、日本が明るく元気になるために、日々仕事をしたいと思います。

また、日々の生活においては、

 一、ブログを毎日書く、たとえ数行でも
 二、毎日瞑想をする、たとえ数分でも
 三、人を応援し、人に感謝する

をしていきたいと思います。

また、個人的なブログをスタートいたしました。
CANPAN責任者としての私ではなく、ひとりの個人としての考えなどを書いていければと思っています。

今年もよろしくお願い申し上げます。

■てら
舘ノ氷川神社(埼玉県志木市)初詣&カラオケ [2009年01月02日(Fri)]
昨日は、家から歩いて10分ほどにある舘ノ氷川神社へ新年のお参りに妻と二人で出かけました。志木に引っ越してきてから恒例です。

氷川神社では、甘酒を無料で飲ませてくれます。
寒風で冷たくなった体をあっという間に暖めてくれました。

だるま、当たり矢を買いました。

お御籤を引いたところ、小吉とでました。上昇あるのみです。
お御籤の裏の「神の教」にはこんなことが書いてありました。


神の教えを忘れてよその、小道まような、枝道に

身びいき身勝手の事ばかりを考えて、我儘にのみ振るまえば、神様の御心に遠ざかって、神様から離れ、不幸を招く基となる。常に思いやりの心深く、人を憐れみ、人を助けて、地上に平和の高天原を現すべく世界作り固めの御役目大事と働く事が、誠の神の教えである。



周りの人に思いを馳せて生きることこそ大事と思います。精進あるのみです。





晩は、娘からカラオケに誘われ、妻と3人で歌いました。娘は綾香やコブクロなど今の歌、私は、30年以上前の、六文銭の「出発(たびだち)の歌」、妻は山本リンダの「どうにもとまらない」などを歌いました。

今年こそ、精進あるのみです。

■てら
大國魂神社(東京都府中市)初詣、実家に年始 [2009年01月03日(Sat)]
私と妻の実家へ年始のご挨拶に伺いました。

私の実家は東京都府中市。妻の実家は、東京都小金井市。両家は、歩いて15分ほどの距離です。妻と私は小学校、中学校が一緒で、中二のときには同級生でした。

午前中は、府中市の大國魂神社へ妻と長男で初詣へ出かけました。3日というのに、大勢の人が出ていました。今から40数年前の小学校時代から親しんできた神社です。40年以上経っても変わらぬ景色の中に、友と遊んでいる子供の頃の自分を見たような気がしました。

大國魂神社

大國魂神社




午後から、私の実家へ。父は今年84歳、7回目の年男。長男が今年で2回目の年男であることを思うと、父の健康が嬉しく思います。母は、77歳の喜寿。人工膝関節も具合がよく元気一杯。嬉しい限りです。
妹が子供を連れてきていました。妹も今年で50歳。父が50歳の時に自衛隊を勇退したことを思い出し、ときの流れを実感しました。今年は、両親のお祝いをしようと話が盛り上がりました。

その後、妻の実家へ。義理の父は今年で78歳、母は77歳の喜寿。ご両親も元気はつらつ。年齢を聞いても、信じられません。心から嬉しく、ありがたく思いました。妻のお姉さんとも相談して、今年は喜寿のお祝いをすることに決定しました。

両親、そして全ての人に感謝です。ありがとうございます。

■てら
笹川陽平会長・年頭訓示「2009年は明るくポジティブにいこう!」 [2009年01月05日(Mon)]
本日は、2009年の始業日。
会長笹川陽平より、全役職員約100名に対して年頭の訓示がありました。

「今こそ変革を起こすとき」

そんな思いが、私の胸に強く沸き起こりました。
会長の話で心にのこっていることを私なりに箇条書きにまとめてみます。


・50年前、GMは世界が認める大企業だったが、時代の変化について
 いくことができなかった
・私たちは、時代の変化を先取りするくらいの柔軟さを持とう
・活動のための資金源を幅広く求めていく
・民が公の仕事をする時代となり、私たちの役目はますます重要となってきた
 企業のCSR活動の活性化は大きな意味を持つ
・日本人はとかく、悲観的になりがちだが、
  私たちは明るくポジティブにいこう! 悲観論は採らない!

心が奮い立ちました。
「世のため人のために仕事をしてください!」そして「ポジティブにいこう!」と叱咤激励するトップのもとで、仕事を遂行できる喜びが込み上げてきました。
生きがいがあります。この世に生を受けて生きる意味を感じます。
ありがたいことです。

人は夢を与えてくれる言葉に奮い立ちます。
尊敬する福島正伸先生がおっしゃる言葉 「夢しか実現しない」 を思い出しました。

最後に、全員で日本財団の活動指針「7つの鍵」を唱和しました。
いやー、良かったです。
今までとは違う空気を感じました。これから、組織が変わっていくような気がします。
私も、組織のお役に立てるよう全力を尽くしたいと思いました。

日本財団活動指針「7つの鍵」

1.あまねく平等にではなく、優先順位を持って、深く、且つ、きめ細かく対応すること
2.前例にこだわることなく、新たな創造に取り組むこと
3.失敗を恐れずに速やかに行動すること
4.社会に対して常にオープンで透明であること
5.絶えず自らを評価し、自らを教育すること
6.新しい変化の兆しをいち早く見つけて、それへの対応をすること
7.世界中に良き人脈を開拓すること



すぐ忘れるので手帳の裏表紙に書いてます・・・


■てら
ひふみ神言(祝詞 のりと)・日月神示 [2009年01月06日(Tue)]
今年は、毎朝神棚にお参りすることを日課といたします。
昨年は、朝寝坊してしてしまったときなど省略してしまいました。今年は完遂したいと思います。

礼拝、ひふみ祝詞、神様へのご挨拶の言葉、感謝御礼言上、祈りの言葉に続いてひふみ神言を奏上します。神言は、中矢伸一さんのセミナーで学びました。

ひふみ神言

ひふみ よいむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ 
そをたはくめか うおえ にさりへて のますあせゑほ れ〜け〜

※ 三・五・七・五・七のリズムに区切って宣(の)り上げること、最後の「れ」と「け」だけ節を一字分長く伸ばすことがポイント。それを3回繰り返す。


ひふみ神言について、ネットで検索しましたところ、船井幸雄.com の「船井幸雄の今知らせたいこと」のコーナー(2008年7月21日)で、中矢伸一さんの文章が紹介されていました。
(船井幸雄さんが主催されるイベントには、私も妻も何回となく参加させていただいき、いつも新たな気づきをいただいております。ありがとうございます)

一部を引用してご紹介させていただきます。

 神道の淵源とされるこの原初的な祭祀形態は、「神籬磐境(ひもろぎいわさか)」と呼ばれる。
 日月神示は、こうした祭祀を現代に復活させることを願っているようであり、その祀り方についても、ある程度詳しく書かれてある。
 また、捧げる祝詞は「ひふみ(一二三)祝詞」である。日本語の四十七音(濁音、半濁音を除く)を祝詞にしたもので、「ひふみ神言」とも呼ばれる。
 日月神示には、『水の巻』第二帖に、

「ひふみ よいむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ 
そをたはくめか うおえ にさりへて のますあせゑほれけ。
一ニ三(ヒフミ)祝詞であるぞ」

 と記されてある。
 この「ひふみ祝詞」こそが日月神示の核心的部分であり、極端に言えば、これだけ肚(はら)に入れればあとは要らないというくらい、大宇宙のすべての真理が含まれている究極の言霊と私は思っている。 続きはこちら



2007年12月に伊勢神宮・内宮で買い求めた神棚と
マウイ・レイ


生かされている感謝の気持ちを忘れないようにいたします。

■てら
2009年度予算会議 [2009年01月07日(Wed)]
今日は、日本財団2009年度予算の検討会儀。
朝10時より、会長、理事長へ、担当常務理事と担当部署のグループ長、チームリーダーが説明しました。
財団役員は、事業グループ、管理グループ全ての部署から、事業計画・予算の説明を受け、検討を重ねます。

CANAPNは1時間半近くも検討時間をいただいてしまいました。タイトなスケジュールにも関わらず、予定時間をオーバーして貴重な時間をいただきましたこと感謝いたします。

説明にいたるまで、昨年スタッフと協議を重ねてきました。説明させていただいた計画について、さらに検討する項目のご指摘もいただきました。スタッフと協議して検討をすすめたいと思います。

■てら
久米信行さま、天野敦之さま特別講演会「幸せに働く」ための条件とは? [2009年01月08日(Thu)]
久米信行さんが講師をされていらっしゃる明治大学商学部「ベンチャービジネス論/起業プランニング論」に出席しました。本日は、「社員を幸せにする会社」がテーマの特別講義

『社員を幸せにする会社』を執筆された天野敦之さんの講演、そして『考えすぎて動けない人のための-「すぐやる-」技術』を執筆された久米さんと天野さんのトークライブが開催されました。お二人とも、第3回CANPANブログ大賞の審査をしていただいき、大変お世話になっています。

『君を幸せにする会社』天野敦之  『考えすぎて動けない人のための-「すぐやる-」技術』久米信行


天野さんの講演は、心に沁み込んでくる内容でした。

天野さんは、一橋大学在学中に公認会計士に合格。すごい方です。大学卒業後、証券会社の投資銀行部門に就職されました。仕事をゲームとして考えると、エキサイティングで面白い、とおっしゃっていました。しかし、土日もない業務が続き、同僚には、心を病み自殺された方もいらっしゃっいました。

仕事をすればするほど、頑張れば頑張るほど、不幸せになっていってしまう。。。何かが違うと感じられました。

天野さんは、ヨーガとの出会いが自分を癒してくれたといいます。心が穏やかになり、幸せとは物がなくてもいいということを知り、宇宙と繋がることを体験できたとおっしゃいました。

そして、仕事とは、人を幸せにするものでなければならい。利益とは、人を幸せにする対価として支払われるものである、と考えられました。そこで出版された本が、『君を幸せにする会社』(日本実業出版社)です。

天野さんは、現在の会社を辞められ独立されました。天野さんは、ご自身のミッション、使命についてお話をされました。私なりにまとめてみたいと思います。

天野さんのミッション

・人を幸せにする会社を日本中に作る

天野さんの使命

・会社の目的は、人を幸せにする価値を創造し、その対価として利益を得ること (仕事とは、人を幸せにする価値を創造すること)

・人は誰でも人を幸せにする価値を創造する力を持っている。(その力とは学歴ではない)

現在の金融危機は何故起きたか?

金融業界は、価値を生み出さず相手から奪うことで成り立ってきたために起きた。株を買ったお客の損失で、会社は利益を支えている。「奪い合う経済」は限界にきている。

今後の経済の姿とは

これからは「価値を創造し、幸福を与えあう経済」が必要。

そしてそのためには、次のことが必要だとおっしゃいました。

・自分ならではの良さを活かし、まず自分が幸せになる
・感謝と幸福の感度を高めること
・自分を愛し、幸福を溢れださせること、そして周囲に分け与えること
・しかし、周囲に与えるからといって、決して自分を犠牲にしてはならない。犠牲を払うと対価を求めたくなるから。


その後、久米信行さんと天野敦之さんのトークショーが開催されました。
天野さんから久米さんへ出された九つの質問に、久米さんが答える形で進められました。
どの質問も鋭く、そしてすぐには答えられないものばかりでした。
久米さんの答えの中で印象的な言葉をいただきました。

 人生の最高の贅沢とは、良い師匠と仲間に恵まれること 

幸せとは物ではなく、人との繋がりだということが込められていました。
素晴らしい気づきとご縁をありがとうございました。私も贅沢もののひとりです。

■てら
玉田さとみさん、鈴木勝己さん、安田剛さんとの本気のミーティング [2009年01月09日(Fri)]
夕刻7時から、玉田さとみさん、鈴木勝己さん安田剛さんと、大人の本気ミーティングがありました。気がつくとあっという間に3時間半が経過していました。

鈴木さん、玉田さんとは、福島正伸先生の教え子としてご縁をいただきました。
玉田さんは、第2回CANPANブログ大賞を受賞された「NPOろう学校をいっしょに創ろう!ブログ」を発信されていらっしゃるNPO法人バイリンガル・バイカルチュラルろう教育センターで活動され、現在は、日本初のバイリンガルろう教育を実践する学校法人「明晴学園」でもご活躍されていらっしゃいます。

福島正伸先生からは、相互支援の大切さを学ばせていただきました。いえ、今でも学び続けています。今回のミーティングも、大人が本気になって応援しよう、をコンセプトに集まっています。鈴木勝己さんの、類稀なる組織力で、あっという間に相互支援体制が整ってきました。安田さんも強力な推進力をお持ちです。

今日は、玉田さんのお話を伺い、ろう学校をつくるまでの頑張りにメンバー一同感動しっぱなしでした。
私は、鈴木さんの「何故、そこまで頑張れるのですか?」の問いに、玉田さんが答えた一言が心に残りました。それは、

「親ですから」。

何故、今頑張れるのか、何故継続できるのか。
堀下げて、こそげ落として、それでも心に残っているものは何か?それが頑張りの源泉なのです。

日本手話を用いるろう学校設立の道は険しく長かったのです。東京都との折衝5回、学校設立のための気の遠くなるような手続き。さらに、設立のために必要な学校法人の基本金4500万円を、半年で準備しなければなりませんでした。

そのような御苦労の中、玉田さんは首都高で車を運転していて、品川付近のコーナーで、このままハンドルを切らずに真っ直ぐ走ってしまおう、と思ったことがあるそうです。でも、それを思い止まり、また前に進んだのは「親」だからだったのです。
その強い思いがあるから、日本で初めての日本手話を使うろう学校が開校しました。

どんな苦労にも負けない強い思い、その思いは何から生まれているのか? 私は自分について考えさせられました。

ところで、学校法人明晴学園(〒140−0003 東京都品川区八潮5−2−1 TEL.03−6380−6775 FAX.03−6380−6751)は、首都高速の側にあります。玉田さんが当時そのままハンドルを切らなければ、車が空を飛び着地していたところでした。玉田さんの思いが、学校が立つところへ飛んでいきたかったのかもしれません。

熱い心をありがとうございました。

学校法人明晴学園(〒140−0003 東京都品川区八潮5−2−1 TEL.03−6380−6775 FAX.03−6380−6751)


■てら
未来年表・CANPAN10か年計画の作成にあたって [2009年01月10日(Sat)]
「CANPAN10か年計画」の作成をしなければなりません。10年後? そういえば全く考えたことがありません。そのとき私は63歳。きっと髪は白くなり・・・、いえいえ既に白髪です。腰は曲がり・・・、そんなことは今時ほとんどありませんね。

では、10年前の1999年(平成11年)はどうだったか・・・。ネットを「IT 年表」でググってみます。インプレスのサイトに『日本のインターネット歴史年表』がありました。一部を引用します。

日本のインターネット歴史年表1999年(平成11年)
インプレス社・日本のインターネット歴史年表・1999年(平成11年)"


1999年(平成11年)

・NTTドコモがiモード対応の携帯電話を発表・サービス開始
・日本のインターネット人口が1,508万人に。家庭の利用者が初めて法人利用者を抜く【インターネット白書1999】
・NTTドコモが、PHSによる64kbpsデータ通信サービスの提供を開始
・「2ちゃんねる」開設

10年前は、通信サービスが64kbps。2009年は、下り7.2Mbpsを普通に使うことができます。通信は、ざくっと換算して100倍以上速度が速くなりました。しかも、最近急激に速度の増加が早くなっています。10年前に、現状の通信状況を想定できたでしょうか。いずれにせよ、インフラはどんどん整っていくようです。

そこで、今度は、未来の年表をググってみました。ありました。野村総合研究所の未来年表「NRI未来年表 2009-2050」

気になる部分を、年に一つ二つ引用して勉強させていただきます。

2009年(平成21年)
 連想機能と分析機能を有したサービスが台頭

2010年(平成22年)
 ブログ・SNSの市場が1000億円を突破

2011年(平成23年)
 消費者向けのほとんどの検索エンジンでセマンティック技術が採用

 (セマンティックとは「意味」、つまり、情報はそれだけでは意味をなさず、その属する概念、前後関係、また、文脈を知ることではじめて意味を持つと言う考え方に立脚した新しい情報提供技術:JFE-TEC

2012年(平成24年)
 ・パブリックサポートサービス市場が5.4兆円

(パブリックサポートサービス市場とは、地方自治体の事務事業を民間にアウトソーシングすることで発生する市場のこと:野村総研

 ・100Mbps近い無線プロードバンドアクセスの利用が実現

2013年(平成25年)
 オンライン決済市場が4,562億円

2014年(平成26年)
 HIV感染を根治させる治療法が開発される

2015年(平成27年)
 相続マーケット規模が102兆円に拡大。被相続人数は100万人に増加

2016年(平成28年)
 アメリカ大統領選挙

2017年(平成29年)

2018年(平成30年)
 NASA、月面に基地を建設

2019年(平成31年)
 アルツハイマー病の根治療技術が開発される

NRI未来年表 2009-2050
NRI未来年表 2009-2050(pdf)


ついに月に基地ができるようです。わくわくしてきました。計画もダイナミックに夢を乗せたくなります。
そして、アルツハイマーも根治できるとは。そのとき私は62〜63歳。はたしてどんな世界が広がっているのでしょう。このブログで確認できることを楽しみにしようと思います。

■てら
志木駅にある八百屋・ベルジェ [2009年01月11日(Sun)]
志木駅(東武東上線)の改札を出ると威勢のいい声が聞こえてきました。

「はい、いらっしゃい、いらっっしゃぁ〜い

目を向けると、なんと八百屋さんがありました。名前は、ヴェルジェ。お店の前にある看板には、「日本の農家野菜だけをお届けします」と書いてありました。この八百屋さんは、開店場所のユニークさもさることながら、食に対する安心感を与えています。威勢の良さも手伝って、つい野菜を見たくなってしまいます。





ヴェルジェという八百屋さんをググってみました。落ち着いた濃い目の緑色のホームページ。理念とビジョンがしっかり掲げられています。一部を引用します。

経営理念
 お客様の健康を野菜・果実を通じてサポートする
 お客さまに野菜だけでなく、野菜文化をお伝えする

野菜文化とは:
 野菜・果物の意味性と価値観(選び方、食べ方、旬の時期、保存方法、効用、カロリーなど)のことです。 私たちは、野菜そのものだけではなく、野菜・果実の価値や効果をお届けします。

ビジョン
 2010年を目指し、ヴェルジェを野菜ビジネスの世界でオンリーワン企業にします。

ヴェルジェの目指すオンーリワン企業は、決して売上高や店舗数といった規模のことではなく、商品の質、店の質が世界一ということです。店で働く社員の質、取り扱う商品の質、会社経営の質が世界一ということなのであり、世界で一番、お客さまに喜ばれるファーマーズマーケットを創ることです。


シンプルで、とてもわかり易い理念とビジョンだと感心しました。食の安全が求められている昨今、安心できる姿勢です。八百屋さんの活気を通勤途中で楽しみたいと思います。

■てら
スターリィマン:はせがわいさお様、芳見さま、祐希さま(ドリーム工房★はせがわ) [2009年01月12日(Mon)]
スターリィマン、それは「ドリーム工房★はせがわ」さんが届けるコミュニケーション・アートの登場人物。

スターリィマン
皆さん、ぼくはスターリィマンです 
命あるもののすべてに輝きをと願い 
夢を叶える9つの風船を持って 
地球に愛をみんなに届けるため
世界中を旅しています 
9つの願いの星がつまった風船は
みんなの心と心をつなぐ贈りもの
ぼくの風船がみんなに届いたら
一緒に風船を届けてくださいね



今日は妻と一緒に、スターリィマンの生みの親、はせがわいさおさん、奥様の芳見さん、娘さんの祐希さんと、大宮で昼食をご一緒させていただきました。

はせがわさんご一家は、尊敬する福島正伸さんが主催された2回目となる「夢(ドリーム)プラン・プレゼンテーション2008」(2008年12月20日開催)で、1000名の観客を前に夢を語られました。約8か月間に及ぶ審査・準備を経て、10分間のプレゼンテーションに命を燃やしたのです。8組のプレゼンテーターの皆様は、全員が素晴らしくて、点数をつけることは不可能。どなたも最高でした。
私と妻は、はせがわさんご一家のプレゼンテーションを聞き、ご一家の溢れる家族愛、人々を癒す温かさに心が震えました。

参加者はプレゼンテーションをされた方にはがき大の用紙に応援メッセージを書いて、お渡しすることになっていました。私は「ご縁があれば」と思い、はがきに「検索してみてください」とメッセージに書き添えました。
なんと、奥様の芳見さんから「ブログを読みました」とメールをいただいたのです。シンクロがありました。芳見さんが学生の頃、ブルーシー・アンド・グリーンランド財団(B&G財団)が主催したB&G体験クルーズで汽船日本丸に乗って航海を経験されていたこと、いさおさんと私が同じ年であること、また、お住まいも近隣だったのです。

はせがわさんご一家は、多くの方からいただいたメッセージをひとつひとつ丁寧にお読みなり、そしてブログが紡いてくれました。そのようなご縁をいただき、今日お昼をご一緒することが叶いました。お話しているうちに、恩人や知人が共通であるというシンクロもわかってきました。ご縁とは本当に不思議なものです。

お会いして、熱い思いを聞き、共鳴し、時計を見るとあっという間に3時間半が経っていました。今思い出しても、そのとき私たち夫婦が、その場所にご一緒できることが不思議でした。はせがわさんご一家の純粋で強い思いを伺うことができる幸せをかみしめました。

はせがわさんご一家は、家族の愛を伝える伝道師のように感じました。祐希さんが幼少のころからいさおさんが書かれた絵に、奥様の芳見さんが物語をつけ、それを祐希さんが伝えていく。家族から溢れる愛が周りのひとに伝わっていくのです。まさに、コミュニケーション・アート。理屈ではなく、感じることから始まるアートだと思いました。

ユキへのおくりもの   夢にのせて
ユキへのおくりもの           夢にのせて


今日本は、物やお金ではなく心の幸せを求め始めていると思います。同じ思いの人々がつながり、そして新しいことを創っていく、そんな時代だからこそ、スターリィマンが動き出したと思えてきました。
是非、皆さんもスターリィマン、そしてはせがわさんご一家にお会いになってみてください。きっと、勇気が湧いてくると思います。私も応援させていただきます。ご縁をいただき本当にありがとうございました。


★ご案内

そんなスターリィマン・はせがわさんご家族に会えるイベントがあります。

スターリィマンのきらきらフェスティバル
2009年1月31日(土) 開場10:30/終了20:30

会場:プラザノース 埼玉県さいたま市北区宮原町1-852-1

スターリィマンの愛と夢でみんなのきずなをつなぐ旅が、ここから日本全国への始まります!


■てら (上記画像は全てリンクタグを使って表示しています)
ブログスキンのカスタマイズ [2009年01月13日(Tue)]
CANPANブログのスキンをカスタマイズしました。

以前より、写真を張り付けること、その上にブログタイトルを表示させることをしたいと思っていました。ネットを検索して調べながら、なんとなくカスタマイズできました。

そこで、スキンのカスタマイズについて、私の方法を簡単に記していこうと考えました。
そのために、まず、目次をまとめてみようと思います。


私的スキンカスタマイズ実践・目次

1.カスタマイズ概要
 (1)作業の大きな流れ

2.準備作業
 (1)ベースとなるカスタムスキンを選ぶ(青、ピンク、白)
 (2)ヘッダー部分の写真を用意する
  (a)サイズを変更
  (b)注意事項
 (3)壁紙を用意する
 (4)ブログに写真材料用の記事を作成する
 (5)上記記事に写真をアップし公開する、
    その後下書きにする

3.ヘッダー写真を貼り付ける
 (1)スタイルシートへの作業
 (2)メインテンプレートへの作業
 (3)1記事テンプレートへの作業

4.壁紙を張り付ける
 (1)スタイルシートへの作業
 (2)メインテンプレートへの作業
 (3)1記事テンプレートへの作業

5.ブログタイトルへアンダーバーをつける
 (1)スタイルシートへの作業
 (2)メインテンプレートへの作業
 (3)1記事テンプレートへの作業

6.その他のお化粧

これから、時間を作ってまとめていきたいと思います。

■てら
天野敦之さん『金融危機の本質と、混迷の時代に「幸せに働く」ための条件』セミナー [2009年01月14日(Wed)]
夕刻7時から天野敦之さんの『金融危機の本質と、混迷の時代に「幸せに働く」ための条件』セミナーに出席しました。

2時間のセミナーは、あっという間に終わりました。
天野さんのお話は、1月8日の久米信行さんが講師をされている明治大学商学部「ベンチャービジネス論/起業プランニング論」でも勉強させていただきました。
今日は、たっぷり2時間。論理的に、噛み砕いて、じっくり教えていただきました。しっかり腹に落ちました。

全ては心の在り方次第

であり、

相手の幸せのために何ができるかを真剣に考え、自分が提供できる価値を磨きあげることが、幸せに働くための条件

というフレーズが心に残っています。

「全ては心の在り方次第」という天野さんの言葉で、中村天風さんの「人生は心ひとつの置きどころ」を思い出しました。

今日も濃い学びをさせていただきました。
ありがとうございます。心より感謝いたします。

■てら
CANPAN 10か年事業計画策定 [2009年01月15日(Thu)]
今日も一日があっという間に過ぎました。

朝から、CANPAN10か年事業計画の検討、作成、説明、そして検討、作成。気がつくと21:30になっていました。

昨年の同時期に作った計画に比べ、現実味のある計画ができそうです。素晴らしい方々との出会いのお陰で、事業計画策定も学ばせていただきました。ありがたいことです。心から感謝いたします。

来週は、役員への説明があります。しっかり準備して臨みたいと思います。


ところで、会長笹川が、数十年続けてきた飲酒を中断されました。古希を迎えられて、楽しみを断つことで、どのような心境の変化があるか試されたいとのことです。

お酒とは当分の間、お別れ?
お酒とは当分の間、お別れ?

私も、思うところがあり、2007年10月15日より酒を断っています。大学へ入ってから毎日欠かさず32年間飲み続けてきた酒でした。その飲み方は品性がなく、二日酔いは当たり前でした。

友人からは「酒を飲まないなんて、おかしくなったのか?」と言われました。しかし、私としては時間が増え、家でごろごろしていた土日が、時間が足りなくなるほど充実した時間へと変わりました。

その後、2回にわたる忘年会・新年会の試練をくぐり抜け、今では酒の変わりに、チョコレートパフェをたしなんでいます。

心境の変化以上に、体重の変化が顕著なこの頃です。

■てら
株式会社 ウィル・シードさま、NPOへ寄付 [2009年01月16日(Fri)]
CANPANの「たのサポ」という機能を使って、株式会社 ウィル・シードさまがNPOに寄付をされたことが新聞記事になりました。ご紹介させていただきます。

ウィルシードご担当の方は、環境系の活動をされているNPOなどの団体を応援したいと思っていらっしゃいました。しかし、どのような団体があるのか、そしてその団体は果たして信頼できるのかと、寄付先を探すことで悩まれていたのです。



ご縁があり、CANPANにご相談をいただきました。そこで、CANPANでは「たのサポ」の機能を使うことをご提案しました。

募集記事では、環境への取り組みをしていること、情報開示レベルが★3つ以上であることを条件にしました。情報開示レベル★3つは、決算情報を開示していると達せられます。
また、寄付を受け付けた後は、団体情報、事業情報、CANPANブログでの情報発信をすることをお約束事項にしました。

CANPANメルマガでご紹介させていただいたところ、多数の応募がありました。
選考にあたって「NPOセンターによる第三者認証」に、とても安心感を感じた」企業の方はおっしゃっていました。

情報発信することは、応援を獲得するうこと、徐々に実証されていると思いました。
CANPAN ニュース詳細記事はこちら

今後も、CANPANを使って、企業と非営利団体のタッグによる公の事業が進むことを願って止みません。企業の皆さん、ご遠慮なくCANPANにご相談ください。
素晴らしい事業を、ご一緒に創っていきましょう。


毎日新聞 2009年1月14日 地方版
貢献人たち:CSRの現場から 教育関連事業、ウィル・シード /東京

 <貢献人(こうけんびと)たち>

 ◇寄付金の使途把握、社員も参加「環境問題サポートしたい」
 「80万円の寄付先募集。ただし、環境系の団体に限る」。昨年12月中旬、日本財団が運営する公益コミュニティーサイト「CANPAN(カンパン)」に匿名の募集が載った。「使途を明確にすること」も求めた。例のない寄付を申し出たのが「ウィル・シード」(渋谷区)。この珍しい方法には、船橋力社長の「寄付金の流れを把握し、持続的な社会貢献につなげたい」という思いが込められていた。

 企業内教育や、学校での起業家教育などで事業展開する同社。創業以来、利益の1%を教育ファンドに提供するなど、CSR(企業の社会的責任)活動に積極的に取り組んでいる。

 一方で、これまでに1000以上の企業・学校の研修などを手掛けた同社が1年間に使う紙(A4判)は、200万枚にもなる。教育関連の事業をしている限り、紙は消費せざるを得ない。そこで、昨夏には社員全員が静岡県内の国有林で間伐をするなど、自社による取り組みを始めた。

 「同時に環境問題に取り組むNPO法人などのサポートもしたいと思ったが、ただお金を託すだけでは物足りないと思った」と話す船橋社長は、学生時代、途上国支援のためのNGOで活動した経験がある。「自立のための支援だったが、活動資金がどのように役立ったかが分かりにくかった。数ある団体の中で、将来性があり、うちの社員が参加可能なところに寄付したかった」という。

 わずか1週間の募集期間にもかかわらず、28団体が寄付先として応募してきた。「CANPAN」関係者や船橋社長が加わり、「悩み抜いた結果」(船橋社長)、2団体に40万円ずつを提供することを決めた。

 「資金提供だけでは社会的な価値を生み出せないと思う。使途については報告してもらい、うちの社員も活動に加わる。さらに環境教育を手掛けることも考えたい」と、船橋社長の思いは広がっている。【佐藤岳幸】



■てら
末広町「うちだ」で大学同期の月例会 [2009年01月17日(Sat)]
今日は、大学時代の同期の飲み会。末広町の「うちだ」に10名ほどが集まりました。
今年は、大学卒業後30年目。大学卒業までの年月の倍の月日を生きてきたことになります。

大学時代は、50過ぎの諸先輩方とお話をして、はるか彼方の存在の方々と感じていました。それが、今は自分がその歳です。

当時は偉いように感じていた50過ぎでも、今の自分は、当時と何も変わっていないように感じます。でも、若者たちからすると、やはり偉いと思うのでしょう。それは、昔も今も変わらない、年月のなす業なのでしょう。でも、自分では顔が見えないので、心は何も変わっていないように感じたりするのです。

一方で、友人を見たり、鏡をみて歳であることを感じます。そして、昔に比べて体力がなくなったことを知るたびに、意識して年であることを自覚しようとさえします。

自分の限界は自分が作る、とも聞きます。まさに、年齢とは自分で自分の限界を作っていくことなのかもしれません。

でも、脳科学では、人の脳細胞は、年齢を重ねても成長し続けることがわかってきているといいます。健康状態で自分の限界をつくることの恐ろしさがわかります。意識にまで、限界を作ってしまいそうだからです。

あきらめず挑戦し続けたいと思いました。
できることを探し、挑戦し続けたいと願いました。
そして、それが天命であり、使命であるなら、やり遂げたいと思いました。

■てら
「ハンコック」のウィル・スミスと、シャーリーズ・セロンの相性の秘密とは?!「告発のとき」の映画をDVDで観て感動。 [2009年01月18日(Sun)]
「告白のとき」のDVDを観ました。2007年のアメリカ映画です。
子供を思う親の気持ち、そして、戦争に隠された暗部とそれに心を壊す若者たちが描かれていて胸がつまりました。子供はいくつになっても、イラクで戦う戦士になっても、親にとっては子供。自分の親の気持ちに思いを馳せてせつなくなり、そして子を持つ親としての自分を思い、恥ずかしくなりました。

告発のとき


主なキャストは、主演のトミー・リー・ジョーンズ、シャーリーズ・セロン、スーザン・サランドンの3人。皆、情念を感じさせる演技をしていました。
とくに、トミー・リー・ジョーンズは良かったです。「メン・イン・ブラック2(2002」「追跡者(1998)」「ボルケーノ(1997)」「メン・イン・ブラック(1997)」を覚えています。

彼は、1946年生まれの63歳。Yahoo!映画によると、

トミー・リー・ジョーンズ
トミー・リー・ジョーンズ

トミー・リー・ジョーンズ 大学はハーバードの英文学を専攻(ルーム・メイトはゴア元副大統領)。フットボールではアイビー・リーグの最優秀選手賞を受賞するという才能の持ち主。その一方では高校時代から演技に目覚めて、大学でも4年間演劇部に所属。卒業後はニューヨークに渡りブロードウェイの舞台に立つ。・・・


凄い人です。天は二物を与えないといいますが、彼にとっての才能は演じて人を感動させることだったのでしょうか。迷いもあったかもしれません。しかし、今まで演じ続けている人生は、やはり凄いと思いました。

そういえば、「告発のとき」のトミー・リー・ジョーンズの相方とでもいう地元警察の刑事は、シャーリーズ・セロン。「メン・イン・ブラック」のトミー・リー・ジョーンズの相方はウィル・スミス。
先週から全国で上映が始まった「ハンコック」は、主演ウィル・スミス、相方は、シャーリーズ・セロンです。
ハンコックの映画上映キャンペーンのTV放送をみたとき、ウィル・スミス、シャーリーズ・セロンの相性が良いように感じたのは、トミー・リー・ジョーンズのご縁だったか?などと妄想をふくらませました。

■てら
発熱38.5℃ とにかく睡眠です。 [2009年01月19日(Mon)]
朝から、東京医科歯科大学付属病院で、右鎖骨遠位端骨折の手術の経過を見る検診を受け、午後からは、CANPAN10か年計画を役員に説明しました。
骨折は経過良好、説明はやるべきことはやった、という感じです。

ところが、説明が終わって何故か、耳鳴りがしていることに気が付き、そして足元がふわふわするではありませんか。家に帰って、体温を測ると38.5℃。なんだ、熱だったのですね。

とにかく寝ます。

■てら
38.5℃発熱中。 [2009年01月20日(Tue)]
昨晩は、寒気がひどかった。

朝、体温を測ると38.5度。体中の節々が痛い。
これでは、いかんともし難いと会社を休むことにした。
予算策定で大切な時期なのにも関わらず、休んだりしてメンバーには申し訳ない。

腰が痛いが、とにかく寝る。

■てら
発熱も峠を過ぎました。 [2009年01月21日(Wed)]
昨晩は、汗をかきました。
今までは、寒気がして仕方がありませんでしたが、それが一転熱くて仕方がなかったのです。今までは、体内で何かが高温で燃えていて、昨晩はそれが燃えつくされて体外へ放出されたような感じでした。

今朝は、節々が痛いものの熱も37.5度まで下がり動けるようになりました。
「もしやインフルエンザ?」万が一を考え、近所の総合病院へ。
病院は、よく言えば活気づいていて、悪く言えばごったがえしていて、大混雑。咳やくしゃみもあちらこちらで聞こえます。自分は他人にうつしてしまうことを心配して診断してもらいにきましたが、もらってしまいやしないかと心配になりました。

診断結果は「峠は過ぎていて、人に移すこともないでしょう」とのこと。「今更インフルエンザの検査をしても意味がないので、とにかく養生してください」と薬の処方箋をいただいて帰宅。午後も休みをいただきました。

寝てばかりの2日間。腰も相当いたくなりましたが、今は不思議とすっきりしています。幸い妻にもうつりませんでしたし、薬も飲まず回復。予防接種を受けていたのも功を奏したのかもしれません。

風邪だったのか、インフルエンザだったのか、毒がでたのか、それとも知恵熱?・・・。
さあ、明日から頑張って仕事です!

■てら
部分最適より全体最適 [2009年01月22日(Thu)]
2009年度予算折衝が進んでいます。
CANPANでは10か年計画の説明をさせていただきました。

組織であるからこそ、CANPANという日本の公益業界全体の活性化のためにお役に立てる、公益コミュニティサイトの運営に携わることができます。
組織であるからには、あるべき手続き、命令系統が存在します。

「部分最適より全体最適」。

常に意識すべきは、組織として「世のため人のためにお役に立つ」というミッションをいかに達成すべきか、ということ。

「制約なき仕事なし」。

制約はあって当たり前。さまざまな条件のなかでいかに目的を達成するかが、仕事。

どのような環境の中でも、CANPANがお役に立てるよう、知恵を絞りたいと思います。

■てら
2015年のソーシャルマーケット市場は120兆円 [2009年01月23日(Fri)]
「ソーシャルマーケット」という言葉に出会いました。
普段何気に聞いていて、公益的事業の予算規模だろう、などと思っていました。ググッてみたところ、経済産業省のホームページが最初にヒットしました。2005年の報告書です。引用します。

ソーシャル・マーケットの将来性に関する調査研究〜共助・互助が支える生活の安心〜<概要版> 平成17年3月 経済産業省大臣官房企画室

△ソーシャル・マーケットとは・・
ソーシャルマーケットとは、社会益活動によるサービスの提供及びその対価やコスト負担に伴う経済活動。

△ソーシャル・マーケットの生産額は約74.6兆円
社会益活動によるサービスの提供及びその対価やコスト負担といった経済的側面をソーシャル・マーケットとして、事業規模を推計した結果、その生産額は約74.6兆円でした。

△ソーシャル・マーケットの将来像、120兆円を超える市場に(2015年になります)
横浜市における社会構造等の変化が、今後10年間に全国でも進行すると仮定し、横浜市における直近10年間の非営利セクターの伸び率を使って、10年後のソーシャル・マーケットの生産額を約120兆円と推計しました。


構造改革によって小さくなった政府では、カバーしきれないない共益分野がある。共益分野を担って国民にサービスを提供していくのは、民になっていくというのです。まさに、非営利活動がこれからの国民生活を豊かにする担い手なのです。共益活動の概念は、以下のようにまとめられていました。

△共益活動の位置付け

△共益活動とは、一般的には、構成員に共通する利益の追求を目的とする活動。ただし、必ずしも明確な定義が存在しているわけではない。

△不特定多数といえるほどの広がりを持つ構成員により組織される団体の共益を目的とする活動は、それを公益活動と捉えることも可能である。

△ソーシャル・エンタープライズと考えられる主体
本調査では、将来の目指すべき我が国の経済社会システムとその課題を検討するため、社会益活動及びその担い手をできる限り広く捉えるとの視点に立ち、行政以外で対価をとって社会益活動を運営する主体をソーシャル・エンタープライズとして調査を進める。

公益法人など
宗教法人、学校法人、社会福祉法人、医療法人、更生保護法人、NPO法人

共益的団体
農林水産業協同組合、商工会議所、商工会、消費生活協同組合、労働組合、中間法人など

営利法人
株式会社、有限会社など

その他の団体
自治会や町内会などの地縁的団体や任意団体など

△ソーシャル・マーケットを構成する法人種

 生産額ベースでみると、
  医療法人が32.9%(約14.3兆円)、
  財団・社団法人が21.3%(約9.2兆円)、
  社会福祉法人が14.2%(約6.2兆円)、
  学校法人が13.0%(約5.6兆円)。

△ソーシャル・マーケットは、2015年には、約120兆円と2003年の約1.62倍となる。この場合、国内全産業生産額に占める割合は、2003年の8.3%から11.4%になる。



公益業界の情報インフラを目指すCANPANでは、120兆円のマーケットを視野に入れ、心豊かに市民生活に必要なサービスを提供していかなければと思いました。

■てら
第2回虎ノ門志援会(仮称)開催 [2009年01月26日(Mon)]
本日は、2回目の虎の門志援会(仮称)。7時から10時半まで、20数名の方が集まりました。狭いCANPAN運営事務局は人の熱気で熱いほど。

玉田雅己 さんのお話を伺いました。内容は、学校法人明晴学園幼稚部・小学部の開校にいたるまでの道のりでした。

スタートの違い

「お医者さんから『残念ですが、お子さんの耳は聞こえないかもしれません』と言われました」と明るく語られた玉田さん。お医者さんの言葉が、どれほど母の心をえぐったことでしょう。日本のろうの現場を垣間見て、愕然としました。

スウェーデンでは「おめでとうございます。新しい言語を学ぶことができますね」とお医者さんは言われるそうです。ろうのお子さんは、日本と世界ではスタートから違うようです。


手話は言語

手話は言語。ですから、耳が聞こえないのではなく、手話という言語を使う人といいます。言語ですから、日本手話によって、学習を行うことが可能になるのです。参加された方々は、初めて聞くお話に驚かれていました。

それにしても、今まで口話(こうわ:読唇術)しかなかった日本で、初めて日本手話と書記で教育を行う学校を設立された、玉田さんご夫妻は凄いと思います。多くのご家族をまとめ、起業を成し遂げたお二人は素晴らしいと思います。

玉田さんがおっしゃっていた言葉「事業は組織を中心におくのではなく、成し遂げたいこと(ミッション)を中心におく」がとても、印象的でした。組織を中心におくと、守りに入り硬直していく。成し遂げたいことが中心である限り、ものごとに柔軟に対応することができる。。思いは、きちんとした経営理論で支えられてこそ、実現すると感じました。


明晴学園では、中学部を作るために2009年6月までに、3,000万円必要としています。現在、募金活動中です。
明晴学園で募金中


本日の会の発起人の天野敦之さん、スーパーコーディネーター鈴木勝己さん安田剛さん、そしてご参加いただいた熱い志の皆様、濃い時間をありがとうございました。

■てら
於保郁夫音楽教室・歌のレッスン43回目 [2009年01月27日(Tue)]
今日は、43回目の歌のレッスン。藤原歌劇団のテノール歌手・於保郁夫先生に教えていただきました。

7時半から10時半ごろまで。一緒に習うのは、カリスマ経営コンサルタントの田中肇さん。御年66歳。於保先生のレッスンを受け始めてから、早1年半が経ちます。

グランドピアノの前で発声。腹を引っ込め、顎を引いて固定し、鼻腔から空気を吸って、眉間から出す感じ。顎を固定して、そして舌根を自由に動かして「あえいおう」と声を出す。目は見開き、眉間から愛を放出する。。
声の出し方は、毎回先生のひらめき、そして私たちのレベルによって変わります。

いかに言葉で表すことが難しいか。よくわかります。それにしても発声とは、イメージの世界です。「息を吸いながら声を出す」「頭の上で声が出る」など。それでも、先生曰く、習いたてのころに比べると、別人です、とのこと。素直におほめの言葉、ありがたく頂戴いたします。

発声の後は、歌います。

私が、現在習っているのは「赤とんぼ」と「砂山」。
日本唱歌は、いいですね。歌詞を噛みしめて、脳裡に情景を浮かべて、その風景を声に乗せてお客様にお伝えします。練習した発声法で声をだすのですが、情景を思い浮かべれば、発声法を忘れてしまいます。歌詞も完全に覚えていません。。

於保先生の声は、声であって声ではないようです。先生の声は、私の体を共鳴させます。声なのか、振動なのか、魂まで震えるようです。先生の声を直に聞くことのできる幸せを噛みしめました。

6月頃には、老人ホームで慰問の歌会を開催します。3回目となります。おじいちゃん、おばあちゃんに喜んでいただけるように、レッスン、そして風呂場での練習を重ねたいと思います。

■てら
右鎖骨遠位端骨折の経過(術後8か月)HONDA CB1300で立ちごけ [2009年01月28日(Wed)]
今月19日(月)は、朝9時から、東京医科歯科大学医学部附属病院右鎖骨遠位端骨折の手術経過の検診がありました。もっと早く書こうと思ったのですが、今になってしまいました。


2009年1月19日(左) と 2008年11月17日(右)
左の方が骨の下方がくっついてきている



2008年5月18日
手術後10日。釘が入っている


今月で、手術後8か月が経過します。順調に回復してきたようで、6つに別れていた骨も徐々にすきまが少なくなってきていました。4月以降になれば、現在骨折部分を接続しているチタンプレートとネジを取り外す再手術をしましょう、とのことでした。

腕もあがりますし、日常生活には全く支障がありません。ありがたいことです。担当の船内先生、ありがとうございます。心より感謝申し上げます。


鎖骨骨折ですが、昨年、2008年4月30日、妻とタンデムツーリング(2人乗り)で伊豆半島一周をしていたとき、立ちごけをして、右肩を地面に強打したときにしました。お恥ずかしい話です。バイクの立ちごけで、骨折するとは。しかし、本当に幸いなことに、同乗していた妻は全くの無傷でした。

当日は、快晴。1泊2日で伊豆半島を一周の予定。バイクは、憧れの大型バイク、ホンダCB1300をレンタルしました。志木を早朝5時頃出て、高速を乗り継ぎ、8時半ごろには伊豆修善寺あたりまで来ていました。1300ccの余裕のパワーに酔いしれ、バイクに乗れる喜びを噛みしめていました。妻も大気との会話を満喫していました。

CB1300
CB1300と妻


箱根ターンパイク、伊豆スカイラインを味わい、天城街道を走っていたときです。ちょっと寄り道をして山道に入ってUターンしていたときに、こけてしまいました。倒れるぎりぎりまで踏ん張ったのが良くなかったようです。右肩に車重と体重全てがかかる状態でこけました。

16歳でバイクに乗り始めてから公道で転倒したのは、19歳のときに1回のみ。当時は、650ccのW1スペシャルに乗っていました。それにしても、まさかこけるとは思ってもいませんでした。

骨の折れる音を聞いたような気もしましたが、大丈夫と思う気持ちが勝ったのでしょう。バイクを起こし、そのままタンデムを続行。下田を経由し、石廊崎へ。石廊崎では、右肩が腫れてきたようなので、地元の人に教えてもらい近くの病院へ行きました。レントゲンで複雑骨折と判明。右鎖骨が3つに別れていました。先生に「ツーリングは中止して帰ったら」と言われるも、鎖骨固定ベルト(クラビクルバンド)を処方していただき、そのままツーリングを続行。クラビクルバンドをつけると、肩が固定されたようで大丈夫に思えたのです。

その後、マーガレットラインを走り、堂ケ島で一泊。ホテルでほっとして気が抜けたところで、内出血している骨折箇所を見て、翌日走る気力が完全に失せました。バイクは、レンタルでしたので、お店に連絡をして引き取りに来ていただきました。私たちは、翌日、天窓洞を遊覧船で見たのち、伊豆の踊り子号で東京へ。尊敬する久米信行さんからいただいた、復刻版ケンメリTシャツを着てパチリ。



東京では、妻が人工股関節手術をした東京医科歯科大学医学部附属病院に行きました。レントゲンを撮ると、鎖骨が6つに割れているとのこと。5月7日(水)に入院。8日(木)に手術。肩とはいえ、心臓より上部ですので、全身麻酔でした。5時間に及ぶ手術も成功。ありがたいことです。11日(日)に退院。12日(月)から出社することができました。

退院してからは、貸していただいた超音波の機器で毎日治療しました。そして、チタンプレートの他に骨折箇所を固定していたくぎを抜いて(抜釘・ばってい)、あとは体力で回復。とはいえ、筋肉が固まることを防ぐために、日々動かしました。

手術して8か月経って、右肩を下にして寝ることは鎖骨が折れそうな気がしてできませんが、日常動作は問題なくできます。あとは、固くなった筋肉をほぐし、そしてバイクに乗れるように筋肉をつけるだけです。

怪我が、鎖骨骨折で済み、そして妻が全く怪我をせず、本当にありがたく思います。天に感謝です。ありがとうございます。

■てら
CMS・Joomlaの吉田憲人さんとお会いしました。 [2009年01月29日(Thu)]
LLC Goyat (ゴヤット)代表の吉田憲人(よしだのりと)さんと、お昼をご一緒させていただきました。

吉田さんは、ソニー(株)、ヤフー(株)を経て、2006年に独立された人生の先輩です。e-mailマーケティングのカリスマとして、知る人ぞ知る方です。


独立は、Joomla(ジュームラ)というオープンソースのCMS(シー・エム・エス:Contents Management System)に惚れ込み、これで食べていこうと決意されたとおっしゃっていました。

「これからのウェブは、紙芝居ではなく、コントロールすることのできるツールが主流になる。そして、そのツールはブログからCMSへと移行する」
そう確信されたとおっしゃいます。CMSは、メールが打てれば、自由に記事を公開することができるのです。記事は体系的に整理可能で、ページの体裁も自由に変えることができて、アクセス状況も細かく分析することもできる。まさに自分でコントロールすることができるウェブツールなのです。

吉田さんは、ご自身のホームページを管理するツールを探していて、アメリカ生まれのJoomlaに出会いました。そしてその機能の素晴らしさに驚いたそうです。英語が堪能な吉田さんは、日本では一般に知られていない時期から、原文でJoomlaを理解され、バグまでご自身で直してしまうといいます。独立後、数十件のサイトを立ち上げられていらっしゃいます。Joomlaも、日々刻々進化し続けているといいます。

また吉田さんは、独立されてからは、何か見えない存在に背中を幾度となく助けられたといいます。そして「どんなにつらいかろうが、笑顔があれば必ず乗り越えられる」ともおっしゃいました。

さらに、八百屋さん、ケーキ屋さん、どの商売を見ても、さまざまな苦労を乗り越えてきたことを感じるといいます。サラリーマンのときにはわからなかった人々の苦労が、今は感じることができる。苦労したからこそ、独立して仕事をしている方々と、共感することもできるようになったといいます。

サラリーマンはどうでしょう。65歳まで会社に貢献しようと頑張ることができたとしても、その後は一人で生きて行かなければなりません。厚生労働省の平成19年簡易生命表(男)によると、65歳の平均余命は18.56歳。83.56歳まで生きるということです。ちなみに、女性の場合は、88.59歳となっています。つまり、男性は18年近く、年金に頼るか稼いで生きていかなければならないことになります。

また、終身雇用ではなくなってきた今、65歳まで会社に尽くすことができるとは限りません。吉田さんは「一人で稼ぐことは、するかしないかではなく、早いか遅いかの違いだけ」ともおっしゃいました。どうやら、自分で稼いで生きていくということは、避けることのできない現実のようです。

お話をしていると、元気が全身から立ち上っているのを感じました。覚悟を決められ、逃げずに生きていらっしゃる姿に、頼もしさを感じました。

「誰のせいにもできません。それは自分が決めて乗り越えるだけですから」そう、おっしゃる吉田さんが輝いて見えました。素晴らしい時間をありがとうございました。

■てら