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田中省三さま「プレゼンテーションの極意−1日 セミナー」受講 [2007年05月01日(Tue)]
昨日4月30日、プレゼンテーション専門コンサルタント/東海大学チャレンジセンター准教授・田中省三さんが主催する「プレゼンテーションの極意」セミナーに参加しました。昨年12月に参加していたので、今回はご招待で参加させていただきました。ありがとうございます。

プレゼンテーションの極意


今回のセミナーから、1日コースとなりました。今までは2日間で、初日は資料作成、二日目は実演でした。それが1日となったのですから、中身は濃くなっていました。前回も素晴らしい内容でしたが、今回はさらにパワーアップされていて驚きました。

朝は10:30から、19:30まで。その後、懇親会。3連休の3日目にもかかわらず会場は、30名ほどで一杯でした。

9時間にわたるセミナーですが、受講生どうしで自己紹介をしあったり、短時間でプレゼンをしあったり、ワークも十分あります。事前メールの募集に応募した方二人が、皆の前でプレゼンテーションの実習をしました。録画したビデオを見て、田中先生がアドバイスをしてくださいます。セミナーの構成からも、プレゼンの組み立て方を学ぶことができる素晴らしいセミナーです。

田中さんは、「話せない外国語は教わっていなから話せない。プレゼンテーションがうまくできないのも、教わっていないから。学習すれば、誰でも相手に伝わるプレゼンテーションができるようになります」とおっしゃいます。

そして、「プレゼンテーションとは、プレゼント・贈り物をすること!!」と、心構えを説きます。なんと素晴らしい心構えでしょう。

何よりもセミナーから一番いただいたものは、田中さんの全身から迸っている「元気」です。田中さんの元気オーラが参加者皆さんを刺激して、一所懸命という雰囲気が会場に満ちていました。ほとんどの方が懇親会に参加され、セミナーで得た元気をさらにパワーアップされていました。

本からは学ぶことのできない、コミュニケーション能力を向上させたいという情熱が、「プレゼンテーションの極意」セミナーでは、湧いてきます。田中さんの素敵さに満ちたセミナーです。

また、このセミナーを1回受講すると、アドバンス・コースに無料で参加することができます。さらに、1回30分程度の電話コンサルティングを、2回無料で受けることができるのです。メルマガも中身の濃い情報が満載で、受講するとさらに理解が深まります。この素晴らしいセミナーを、私は自信をもってお勧めします。

 ・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・

印象に残っていたことを記します。私のプレゼンの大切なポイント集です。


◆ 考え方の整理

 何のために伝えるのか (最も大切)
      
 何を伝えるのか (明確に)
      
 どのように伝えるのか (技術は最後)


◆ 話の組み立て方(100%) 

 =ミラクル構造(既知から未知へ)+
   SDS(Summary・Details・Summary)構造+
     PREP法(Point・Reason・Example・Point)またはPR法

1 5%:要約 (食事のメニュー)

2 10%:今までの流れ (既知:現在までの諸説)

  今までの「(テーマ)はどのようなものだったのか?

3 15%:現状の分析 ⇒ 現状の明確化
     (既知:現在の問題点の分析)

  その結果、現状はどうなっているのか

4 50%:現状への提案 (未知:問題点の解決)

  その提案に対して、何を提案できるのか?

  (1)概要(Summary)まず改善案の全体像をしめす

     今日私がしめしたい改善案は3つあります。
     第1に○の件、第2に○の件、第3に○の件

  (2)詳細(Details)

    @ まず1番目の○の件ですが・・・
     a.ポイント・意見(Point)
     b.理由(Reason)
     c.ポイント・意見(Point)

    A まず2番目の○の件ですが・・・
     a.ポイント・意見(Point)
     b.理由(Reason)
     c.ポイント・意見(Point)

    B 最後の3番目の○の件ですが・・・
     a.ポイント・意見(Point)
     b.理由(Reason)
     c.ポイント・意見(Point)

  (1)概要(Summary)まず改善案の全体像をしめす

     今日私がしめした改善案は3つでした。
     第1に○の件、第2に○の件、第3に○の件

5 20%:今後の展望 (未知:今後の展開)

  その提案が実現した結果、どのように明るい未来が
  訪れるのか?


◆ ミラクル構造(既知から未知へ)
              に盛り込むと良い内容


 ・具体例
 ・比喩
 ・引用
 ・数字・データ
 ・エピソード
 ・台詞
 ・実績
 ・感想

 ・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・

素晴らしいセミナー、そして楽しいお酒をありがとうございました。感謝いたします。

そして、最初にお隣の席でご一緒させていただいた静岡県からいらっしゃったN村さん、持っていたボールペンがLAMYで同じ、ご縁を感じました。そして、昨日までの第4回にんげんクラブミーティングへ参加されていたと伺い、びっくり。3日間、同じ会場にいたのですね。凄いご縁です。また、お会いすることもありそうです。どうぞよろしくお願いします。

■てら
 
塩沼亮潤さま&村上和雄さまの対談記事「極限の中に生きて」(『致知・六月号』)を読んで号泣 [2007年05月04日(Fri)]
昨年12月から購読しはじめた月刊『致知(ちち)』6月号を読んで2回大泣きしてしまいました。今日は1回目について書きます。



一つ目は、特集記事「塩沼亮潤(しおぬま りょうじゅん)さま&村上和雄さまの対談記事『極限の中に生きて』」です。

塩沼亮潤さん  村上和雄先生

塩沼亮潤さん  村上和雄先生


人はここまで真剣に一心になれるのか!と感激しました。人間性を高めようとする凄まじいまでの崇高さに心が打たれ、感動が魂中に鳴り響いて止まらなかったのです。
頬を伝わる涙にかまわず一気に読みました。

自分で、「私は何をやっているのか、必死か!?」とおおいに反省しました。

塩沼さんは、現在仙台市・慈眼寺の住職さん。1968年生まれですから、今年39歳の若い方です。共著に『大峯千日回峰行(おおみねせんにちかいほうぎょう)』(春秋社刊)があります。

塩沼さんは、修行道の中でも最も過酷な行の一つであるといわれる吉野の千日回峰行に臨み、1988年から11年目に見事満行されたのです。吉野の1300年の歴史の中で、満行されたのは二人目といいます。

塩沼さんと対談された方は、筑波大学名誉教授で、遺伝子工学で世界をリードする研究者のひとりの村上和雄先生。塩沼さんの心を、インタビューで引き出されていらっいます。村上先生は、遺伝子のあまりの凄さに「サムシング・グレートが創ったとしか考えられない」とおっしゃった世界的な科学者です。著書に『心の力』(致知出版社刊)があります。早速、『大峯千日回峰行』と併せてAmazonに注文しました。

では、千日回峰行とはどんな修行なのでしょう。

この荒行は、吉野の大峯山のふもとから、1日48キロメートルの山道を16時間で、登ってその日のうちに帰ってくることを千日行うのです。吉野では、登る期間は5月から9月の4か月間で120日と決められています。ですから、11年目に満行されました。

一日は、23時に起床。滝で体を清め、行者の参籠所(さんろうじょ)へ行き、小さなにぎりを2個。0時半から山へ。大峯山頂の行者がいる宿坊に着くのが8時半ごろ、おにぎりを食べ帰ってくるのが15時半ごろ。帰ってきて、泥だらけの装束を洗い、掃除をして日記をつけ就寝は19時ごろ。4時間半ほどの睡眠。

なんということでしょう。

毎年、行を始めて1か月ほどで爪がぼろぼろになるといいます。梅雨時には血尿が出たそうです。この極限を超えると、逆に体が軽くなったといいます。

その間、「後悔だけはしたくない」との思いで、一瞬一瞬を真剣にやりぬいたのです。

また、何か足をにつかまれ、ふと気がつく崖っぷちだったとか、イノシシが襲ってきたり、餓鬼に行く手を阻まれたりしたことがあったようですが、幻覚だったそうです。それが、4、500日頃から、如来さまや天女さまの幻覚が見えるようになったとおっしゃっています。

村上さんは、人間の遺伝子は95%は眠っているとおっしゃいます。その眠っている部分のスイッチが入るのは、楽しいこと、嬉しいことだけでなく、厳しいことでもスイッチが入るとおっしゃっています。

そして、塩沼さんは、極限の状態で嘆きの涙ではなく幸せの涙がでたお話をされました。

土砂降りの雨のなかで、疲労困憊のとき、おにぎりを食べていたら、雨で米粒が手から流れてしまう。一粒一粒をすするように食べていたとき涙がでてきた。「なんて自分は幸せなんだろう。この瞬間にも地球上では食べられなくて亡くなっていく人がいる。自分の心を磨くという尊い仕事をさせてもらって、なんて幸せなだろう」と思われたのです。

その後塩沼さんは、千日回峰行とセットになっている「四無行(しむぎょう)」を行っています。これは、9日間の断食・断水・不眠・不臥(ふが)。まわりの人は、死臭がしたと言っていたようです。この四無行も達成されました。この後も八千枚の大護摩供に挑戦し見事にやり遂げられています。

塩沼さんは、荒行を通じて得たメッセージをこのようにお話されています。


人間は雨を降らすこともできなければ、風を吹かせることもできない。与えられた環境の中で辛いこと、苦しいこと、寂しいこと、いろいろありますが、それに共感しながら生きていくことが大切。

タンポポの種が山に落ちたり、アスファルトや水溜りに落ちる。人間もタンポポと同じで、自分の生まれたところがどんな場所であっても、いまいる場所がどんな環境であっても、そこで精いっぱい花を咲かせることが人生。

与えられた環境の中で精いっぱい生かせていただく。そして朝「きょうもよろしくお願いします」と手を合わせ、一日何事もなかったら「ありがとうございました」と」感謝して生きることが大切だと感じました。


ありがとうございました。
書いていて、また感動してしまいました。塩沼さん、村上先生を知ることができて幸せです。『致知』に感謝いたします。ありがとうございました。

■てら
 
太田空真さんに感謝!ありがとうございました。 [2007年05月05日(Sat)]
尊敬する作家・太田空真さんが、CANPANに大変嬉しい記事を掲載してくださいました。

過大な褒め言葉をいただき、心より御礼申し上げます。ありがとうございます!

8冊の本を出版されている太田空真さんは、またまた尊敬する久米信行さんのご紹介で、開設して間もないCANPANブログを使ってくださったのです。CANPANブログが開設(2005年9月)に開設した数ヶ月後のことです。隣接著作権がご本人に帰属しているCANPANの特徴を評価して、他のブログサービスからCANPANブログへ、引越ししてくださったのです。

どれほど、スタッフ一同勇気付けられたことか。当時の嬉しさが思い出されます。

おかげさまで、現在(2007年4月)90万人以上の方が1か月に訪問してくださるようになりました。本当にありがたいことです。

今後、CANPANが世のため人のためにお役に立ちたい方々の情報プラットフォームとして活用されるように、サービスの向上に努めたいと思います。

今後とも、ご指導ご支援のほど、何卒よろしくお願いします。

■てら
 
越山雅代さん、220ボルトシスターズ・杉浦かおりさん、ありがとうございました!感謝です。 [2007年05月07日(Mon)]
ミラクルメンター越山雅代さんのブログで、尊敬する太田空真さんの新著『夫婦でありがとうといえる 幸せマネージメント』を紹介していただきました。


◆越山雅代(こしやま まさよ)さん

「日本を元気にする運動」創始者
上智大卒。シカゴ在住。スーツケースひとつでアメリカに渡り若くしてアメリカン・ドリームを達成。すい臓病で三浪の弟をハーバード大学の大学院まで卒業させるなど、多くの人の人生を好転させ、「ミラクルメンター」の異名を持つ。「日本を元気にする運動」創始者。人々が自分の体を自分で守り、最高の自分を生きるよう、精力的に啓蒙講演活動中。著書は「幸運へのダイナマイト」PHP、「健康大革命」KKロングセラーズ

・越山雅代公式サイト: http://www.masayo.us/
・越山雅代ブログ: http://masayo-blog.com/




越山雅代・現ブログ・2007年5月6日(日) 『夫婦でありがとうと言える 幸せマネージメント』


◆記事を書いてくださったのは、通常の家庭電圧の倍も高い220ボルトで動き回る元気な「220ボルトシスターズ」の杉浦かおりさん

なんて嬉しいことでしょう。
越山さんとは、昨年セミナーの懇親会でご一緒したのが最初のご縁です。その後、太田空真さんが、私達夫婦を取材、そして本に掲載してくださり、越山さんのご縁で、ブログで紹介してくださっり、ご縁がどんどん広がっています。

振り返ると本当に不思議です。

私は「日本財団の情報システムは、外部の人が使えるようになって初めて活きる」と、ホームページの開設を担当した1996年から思い続けて、情報システムを担当していました。そして、7年後、構想2年開発1年を経て2005年に公益コミュニティサイトCANPAN(カンパン)は開設しました。

このCANPANに出会ってから、私の出会いは激変したのです。

世のため人のためにお役にたちたい人々が集う情報プラットフォームCANPANは、素晴らしい方々にどんどん巡りあわせてくれます。

ネットだからこそ、普段なかなかご縁のない方々との出会いが広がることを痛感します。ネットはネットだけで終わらないのです。

私は、実名で発言して、自分が得た感動・感激は一人占めせず、みなさんにお伝えすること、そして、生かされていることへの感謝の気持ちを常に表現することを心がけたいと思います。

・伝わらないことは、存在しないことと同じ。

・人は必ず自分のしゃべった言葉に出会う。


そんな言葉を思い出します。

越山雅代さん、杉浦かおりさん、ありがとうございました!


越山さんがマシンガントークを炸裂するセミナーがありますので、ご紹介させていただきます。私も妻と参加します。

 ・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・

「絶対あなたも、あっと言う間に、超元気、超強運になれる!」

− 日本人がまだ知らない、世界最新、最強の驚異の秘法大公開 −

【日時】
2007年5月19日(土) 10:00 〜 16:30

【会場】
コクヨホール 多目的ホール
〒108-8710 東京都南区港南1-8-35 TEL:03-3450-3712

※ 金寄靖水先生(風水師)との合同1日集セミナー

詳細とお申し込みはこちらから。

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■てら
Posted by 寺内昇 at 13:24 | この記事のURL
第13回CANPAN道場・吉田憲人さま「メルマガを使ったマーケティング力UPとは?」 [2007年05月11日(Fri)]
今日の第13回CANPAN道場のテーマは「課題解決シリーズ 『メルマガを使ったマーケティング力UPとは?』〜読者を惹きつけるメルマガとツールを伝授!〜」。講師は、吉田憲人さん(ゴヤット 合同会社 (Goyat L.L.C)代表社員)。素晴らしいお話を聞くことができました。

吉田憲人さんは、SONYでメルマガ「Pubzine」発行を中心とした社内起業をされた後、Yahooでメルマガのシステム開設の旗を振られました。その後「Joomla(ジュームラ)」というホームページを作成・監理するオープンシステムと出会い、ぞっこん惚れ込んだといいます。「この仕組み使ってメルマガと連動したウェブマーケットを広め、社会のお役に立ちたい」と独立を決意し、昨年12月に起業されました。

また、数々のコラムもお持ちです。講演では、メルマガ読者は進歩したメーラー(メールを送受信するソフト)を使って、読みたくないメルマガをすぐに排除することができるようになった。ただ多く送信すれば良いということではない。200万部発行していたメルマガで読まれているのが、200という例を紹介されました。

メルマガは数ではなく、どれだけシンパシーを感じていてくれるかという質が問われる。さらに、メルマガに返信してくれた人をフォローして、一緒に成長することが今後は大切。
売り込みはダメ。サービスを提供する事業のメルマガは90%が役に立つ情報、あとの20%で売り込むくらいがちょうど良い。

終了後、夕食をご一緒しました。
吉田さんは、世のため人のためにお役に立ちたいという思いを抱きながら、仕事に奔走されている熱い情熱をお持ちの素晴らしい方です。

今後もご指導のほどよろしくお願いします。

■てら
 
第62回神宮式年遷宮」の「御木曳行事(第二次)」 〜その1〜 [2007年05月12日(Sat)]
2007年5月12日(土)〜13日(日)、第62回神宮式年遷宮(じんぐうしきねんせんぐう)」「御木曳(おきひき)行事(第二次)」に参加するため、妻と伊勢へ旅行しました。


も く じ
 その1:第62回神宮式年遷宮」の「御木曳行事(第二次)に参加
 その2:浜参宮で二見興玉神社を参拝
 その3:外宮・内宮参拝
 その4:堀京子さんの京平荘で夕食
 その5:御木曳に参加、朝5時に月夜見宮と外宮に参拝
 その6:猿田彦神社・金剛證寺・天の岩戸・伊雑宮 を参拝


伊勢神宮を訪れたのは、私は昨年の暮れの参拝に続いて2回目、妻は初めてです。

神宮式年遷宮とは、国家の繁栄、国民の幸福を祈る神宮の年間千数百のおまつりの中で、最大のおまつりです。1300年にわたって20年毎に、新しい神殿、装束、神宝などを、同じ技法で全て新しく造り、大御神さまに新殿へお遷りいただくのです。
第62回遷宮は、平成25年(2013年)秋に行われます。あと、6年後です。

私は最初「遷宮、新しく神殿を造る」と聞いて、伊勢以外の違う場所に神宮を移すのかと思いました。実際は、隣接した場所に新しい神殿を作ります。一軒屋でいうと、2件分の敷地内の半分に家を建てて、空いている土地に、20年目に全く同じ家を建てるということです。そして、今までの家は壊して、廃材は全国の神社などで再利用するのです。

遷宮制度は、天武天皇の御発意によって、持統天皇4年(690年)に最初の遷宮が行われました。一時の中断(戦国時代)や延期などがありましたが現在にいたっています。

遷宮式典は8年間にわたって、約30のおまつりと行事が行われます。平成17年(2005年)に最初の行事、山口祭(やまぐちさい)が山口県で開催されました。今年は、御木曳行事(第二次)だけです。

何故、20年ごとなのでしょう。伊勢神宮式年遷宮広報本部が作成したパンフレット「日本の源郷 伊勢神宮」によると、「・・・定説はありませんが、・・・二十年というのは人生の一つの区切りとして考えれらるでしょう。また、技術を伝承するためにも合理的な年数とされていますし、・・・萱(かや)の屋根という素木造りの社殿の尊厳さを保つためにもふさわしいとされています。・・・この制度が定められたとき、すでに奈良の法隆寺が建てられていました。当時の技術で立派に永久的な社殿は造れたはずです。・・・いつでも新しく、いつまでも変わらぬ姿を求めて、二十年に一度造り替えることにより永遠をめざしたのです。・・・二十年に一度生まれ変わる発想、これは世界のどの国にも見られないのです」

素晴らしい考えです。永遠とは、物ではなく、人の心の中にこそあるものだということを教えてくれます。そして、新しく変化し続ける時代に、1300年前からの日本人の心を伝え続ける神宮は、日本人のDNAに刺激を与え、日本人であることを呼び覚まさせてくれると感じました。

今回は、6記事に分けて記念すべき御木曳行事参加と伊勢旅行について書きます。



◆第62回神宮式年遷宮御用材奉曳
御木曳行事参加 一日神領民募集


・日程(第二次)

2007年5月
 5日(土)、6日(日)、
 11日(金)、12日(土)、13日(日)、
 18日(金)、19日(土)、20日(日)、
 25日(金)、26日(土)、27日(日)、
2007年6月
 1日(金)、2日(土)、3日(日)

・申込先

三重県観光販売システムズ
 代表受付電話 052-589-2689
  受付: 平日 10時〜18時
       土曜日 10時〜17時
       日曜日・祝日は休み


 
御木曳行事参加 一日神領民募集・パンフレット


 
奉曳参加証 (奉曳参加費7,500円)


 
法被(はっぴ)、鉢巻 :参加費込み


 
白シャツ(鯉口):2000円、白ズボン(股引):2000円
、参宮財布:500円 

 
裏が白いゴム底で珍しい参宮たび:1500円


■てら

Posted by 寺内昇 at 13:25 | 5.旅行 | この記事のURL
浜参宮・二見興玉神社を参拝/第62回神宮式年遷宮」の「御木曳行事(第二次)」 〜その2〜 [2007年05月12日(Sat)]
2007年5月12日(土)〜13日(日)、第62回神宮式年遷宮(じんぐうしきねんせんぐう)」「御木曳(おきひき)行事(第二次)」に参加するため、妻と伊勢へ旅行しました。


も く じ
 その1:第62回神宮式年遷宮」の「御木曳行事(第二次)に参加
 その2:浜参宮で二見興玉神社を参拝
 その3:外宮・内宮参拝
 その4:堀京子さんの京平荘で夕食
 その5:御木曳に参加、朝5時に月夜見宮と外宮に参拝
 その6:猿田彦神社・金剛證寺・天の岩戸・伊雑宮 を参拝


5月12日(土)に伊勢に到着。東京発08:30の新幹線で名古屋へ。10:30ごろ名古屋を発って、JR二見浦駅に着いたのが12:10頃。ゆっくり歩いて海に面した二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)へ浜参宮(はまさんぐう)をしにいきまました。事前に申し込んでいた13:00からお祓い(おはらい)にどうにか間に合いました。

御木曳行事に参加するためには、事前に禊(みそぎ)をする必要があるのです。御木曳は、5月13日の早朝から。今日は、禊です。地元に人に「二見興玉神社で禊をしていただいきました」と話すと「ああ、浜参宮してきたんですね」と言われました。

浜参宮って何でしょう。ネットを調べましたら、「■浜参宮だより:発行所 : 浜参宮観察隊事務局/三重県伊勢市二見町」というブログにたどり着いたのです。知りたかったことが書いてありました。感謝して引用させていただきます。

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神仏に参拝する時,水を浴びて身心を清めることを禊(みそぎ)や垢離(こり)と言います。古来より立石浜は伊勢神宮の禊場(垢離場)として人々の信仰を集めてきました。

神社の入り口には,ヒシャクがあり,口をすすぐための水場が見られますが,これは本来水を浴び,心身を清める禊が簡略化されたものです。

伊勢神宮に参拝する人や伊勢神宮の神事に参加する人は,まず二見浦の夫婦岩のあるこの立石浜で禊をするのが慣わしです。

この,事前に禊のために立石浜を訪れてお祓いを受けることを「浜参宮」と言います。

本来は実際に海水に浸かって禊をするのですが,現在では二見興玉神社に参拝し,興玉神石より採取した無垢鹽草(むくしおぐさ:アマモという海草)で身を清めるお祓いを受ける浜参宮が一般的です。

 ・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜・・〜


二見興玉神社は、「みちひらき」の神、猿田彦大神(さるたひこおおみかみ)を主祭神としています。今回は御木曳きの禊のために神社に訪問したので、「夫婦岩(めおといわ)」を見ることができたのはとても幸運。今まで、写真でしか見たことがありませんでした。今回は、間近で見ることができたのですから。

御木曳行事参加者は、お祓いをしていただくときに法被(はっぴ)を着るようにいわれました。「伊勢」の文字が入った真っ白な法被をきて、お祓いを受けると、ピリッと身が絞まりました。

 
 素晴らしい富士山が見送ってくれました


 
 思ったより岸から近くにある「夫婦岩(めおといわ)」


 
 「道開きの神」猿田彦大神のお使いの「カエル」


 
 お昼は「伊勢うどん」。色は濃いですが、さっぱりした汁です。


 
 地ビール「伊勢乃國麦酒」もいただきました。



■てら
 
Posted by 寺内昇 at 13:25 | 5.旅行 | この記事のURL
外宮・内宮参拝/第62回神宮式年遷宮」の「御木曳行事(第二次)」 〜その3〜 [2007年05月12日(Sat)]
2007年5月12日(土)〜13日(日)、第62回神宮式年遷宮(じんぐうしきねんせんぐう)」「御木曳(おきひき)行事(第二次)」に参加するため、妻と伊勢へ旅行しました。


も く じ
 その1:第62回神宮式年遷宮」の「御木曳行事(第二次)に参加
 その2:浜参宮で二見興玉神社を参拝
 その3:外宮・内宮参拝
 その4:堀京子さんの京平荘で夕食
 その5:御木曳に参加、朝5時に月夜見宮と外宮に参拝
 その6:猿田彦神社・金剛證寺・天の岩戸・伊雑宮 を参拝


浜参宮を終えて、13日の御木曳行事への備えも万全。そこで、伊勢神宮の内宮(ないくう)と外宮(げくう)を参拝しました。

日本全国には、8万数千の神社があり、それらを統括する神社本庁が本宗とするのが伊勢神宮。この伊勢神宮の正式名称は「神宮」で、神宮は、125社の総称です。

神宮の中心となるのは、天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀る内宮=皇大神宮(こうたいじんぐう)と豊受大御神(とようけおおみかみ)を祀る外宮=豊受大神宮(とようけたいじんぐう)。外宮からお参りするのが順番です。

外宮についたときは、午後3時近く。御木曳の法被(はっぴ)をきた団体の皆さん、そしてアジアからの団体さんや参拝の皆さんで混んでいました。そんなざわめきにもかかわらず、大木に囲まれた境内を歩いているうちに、どんどん体が浄化されていくように感じました。

とても、落ち着きを感じたのです。さらに、内宮で最後にお参りした「風日祈宮(かぜひのみのみや)」では、不思議な感覚を覚えました。

お参りを済ませたときはもう陽が傾き始めていました。今日は早朝から歩き続けで、妻もかなり疲れています。参拝を済ませて、五十鈴川の支流、島路川にかかっている風日祈宮橋を渡っていたときのことです。

疲れが全く無いことに気がつきました。もう二人してビックリ。こんなことがあるのでしょうか。すっかり元気になっていたのです。

天から、そして木々から力をいただき、精霊なる川から癒しをいただいたのでしょう。こんな感覚は初めてです。驚きつつ、素直に受け止め、ありがたい感謝の心で一杯になりました。

夫婦で内宮を参拝しない方がよい、と聞きました。でも、こうして元気にしていただき感謝の一言です。神宮は素晴らしい、日本人の心の故郷です。

全てのお宮では、「CANPANを通じて、世のため人のために仕事をする力を与えてください」と祈らせていただきました。


◆ 外宮(げくう)(豊受大神宮・とようけだいじんぐう)

地元の奉曳団 
 地元の奉曳団(ほうえいだん)による木遣り(きやり)。伊勢市内には
 77の奉曳団があるそうです。

外宮の御正宮入り口近くの大木 
  御正宮(ごしょうぐう)入り口近くの大木。鼓動が感じられます。

新御敷地 
新御敷地 
 2013年(平成24年)に大御神が遷御される
 神殿の建つ新御敷地(しんみしきち) 


◆ 内宮(ないくう)(皇大神宮・こうたいじんぐう)

内宮の御正宮 
 御正宮を、新御敷地から見ます。屋根から飛び出ている柱を
 鰹木(かつおぎ)といい、内宮では切り口が地面と平行です。
 ちなみに外宮は、地面と垂直になっています。

風日祈宮橋から見た島路川 
 風日祈宮にお参りするときに渡る風日祈宮橋から見た、
 五十鈴川の支流・島路川。
 橋を渡るときから、全身が洗われるような神々しさを感じました。

参集殿の前の池の鯉  
 参集殿の前の池の鯉。大木に見守られています。

御禊をさせていただいた五十鈴川 
 昨年の暮れに御禊をさせていただいた新橋ふもとの
 五十鈴川
にお参りしました。

「おかげ横丁」の猫の置物屋さん 
 「おかげ横丁」の猫の置物屋さん。よくぞ集めたものです。 

● 
  可愛い猫が笑顔で迎えてくれました。


■てら
Posted by 寺内昇 at 21:07 | 5.旅行 | この記事のURL
京平荘(三重県伊勢市、堀京子社長)で夕食/第62回神宮式年遷宮」の「御木曳行事(第二次)」 〜その4〜 [2007年05月12日(Sat)]
2007年5月12日(土)〜13日(日)、第62回神宮式年遷宮(じんぐうしきねんせんぐう)」「御木曳(おきひき)行事(第二次)」に参加するため、妻と伊勢へ旅行しました。


も く じ
 その1:第62回神宮式年遷宮」の「御木曳行事(第二次)に参加
 その2:浜参宮で二見興玉神社を参拝
 その3:外宮・内宮参拝
 その4:堀京子さんの京平荘で夕食
 その5:御木曳に参加、朝5時に月夜見宮と外宮に参拝
 その6:猿田彦神社・金剛證寺・天の岩戸・伊雑宮 を参拝


今日(5月12日)は、早朝に東京から伊勢へ移動。二見興玉神社(ふたみおきたま神社)でお禊(みそぎ)をし、内宮・外宮を参拝。さらに、おかげ横丁を散策、と盛りだくさん。

夕食は、食品を作るときの衛生管理システムを推進する「NPO法人 日本HACCP協会(ハセップ)」理事長の栗田守敏さんからご紹介いただいた、伊勢の迎賓館と謳われる京平荘(きょうへいそう)でいただきました。



栗田守敏さんとは、4月1日に横浜のレストラン「Soul Ponte 驛(うまや)の食卓」で開催された、テノール歌手の於保郁夫(おほいくお)さんと奥様の田中光さん(ピアノ)のコンサート「於保郁夫(テノール)日本の心を唄う」を聞きに行ったときにご縁をいただきました。

コンサートが終了したとき、レストラン驛の食卓のオーナーでいらっしゃる栗田さんからお声をかけていただいたのです。「よかったら飲んでいきませんか?」。声をかけていただいたのは、ご一緒していた、尊敬する田中肇さんご夫妻と、私たち夫婦でした。

レストランで醸造している横浜ビールの「北鎌倉の恵み(特別限定醸造アルト) 」に舌鼓を打ちながら、お話を伺いました。栗田さんは日本で初めて病院の無菌ルームを設計した1級建築士、さらに日本で初めて地ビールプラントを作った凄い方。

いろいろ話題は展開して、於保先生の歌謡スクールに通っている田中さんと私による「田中肇、寺内昇のテノールのプライベートコンサート」の開催が決まったり(!)、式年遷宮の御木曳行事参加がテーマになりました。

そして、栗田さんが「伊勢なら、HACCP協会の中部支部長をしている堀京子さんが経営している京平荘に是非行くといいよ。よし、電話してあげよう。えっと、電話番号、登録してあったかな?」と話されたのです。

すると、そこへ突然電話がかかってきました。

なんと、堀京子さんからの電話だったのです! あまりのタイミングの良さに田中ご夫婦も私たちもビックリ! 栗田さんに聞くと、堀さんは、栗田さんに携帯で電話したことは初めてとのことでした。こんなこともあるのですね。もうその場で夕食の予約をお願いしました。

こんな驚きのご縁から、京平荘で夕食をいただくことになりました。どうも最近、驚くような偶然に出会います。ここまで偶然が重なると、全てが必然なのでしょうか。



堀京子さんは、明るくて元気一杯な素敵な方です。心を込めておもてなしする暖かさが京平荘中に満ちていました。味をお伝えすることができないのが残念ですが、素晴らしい夕食を写真でお伝えします。もっと上手に写真が撮れれば、もっと伝えることができるのですが、これが精一杯、残念。

素晴らしい夕食の機会をいただくことができたご縁に心から感謝いたします。ありがとうございました。

料亭旅館 京平荘

〒516-0012 三重県伊勢市通町511
TEL:0596-23-9188 FAX:0596-23-9919
URL: http://www.kyoheiso.com/

最後になりますが、お客様に配られている印刷物「独り言」をご紹介させていただきます。堀京子さんが書かれた随筆で、ご本人の掲載許可をいただきましたので、掲載させていただきます。堀さんのお人柄がにじみ出ていると思います。私には、京平荘は、堀さんの分身だと感じられました。

 
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「独り言」 堀京子

第二次世界大戦、陸軍病院の衛生兵だった父が娘に残したものとは

今年の1月末に医者からもう最後です、と言われて入院している実家の父に会いに行ったのですが、とても痩せて目だけが大きく感じられました。あぐら、をかいた事がなく、正座で常に腕を組み大変厳しい父だったのを覚えております。

昭和19年1月10日、父に召集礼状が来て、当時の満州である牡丹紅という所へ行き、「宝清陸軍病院」(参考文献及び資料『満州開拓史』満州開拓史刊行会)へ衛生兵として行ったそうです。

終戦でシベリアへ抑留され昭和24年9月に最後の引き上げ列車で日本に帰ってきたのですが、小さな頃から戦争の悲惨な状況は沢山聞かされてきました。私が覚えているのは、少ない治療薬で負傷者を診、少々の傷ではビクともしない父の姿です。

私が幼少の頃、歯(たぶん乳歯)がグラグラして痛いといえばその歯に糸を絡ませ「あっ!空に何かが飛んでいる」と、私の気を逸らしながら、一気に抜く。不思議と痛くなかったのです。そんな調子で何回か同じことをされてしまったのです。

又、有る時は転んで擦り傷が足に出来ようものなら、ズボンのポッケをひっくり返し、端にたまった綿埃を傷に被せるのです。子供心に汚い・・と思いながら泣いていた自分を思い出します。

こんな事もあります。御飯粒を茶碗に残したとき、頭を拳骨で思いっきり殴られて「米の有難みを分からない奴は御飯食べるな」と、今でも一粒も残しません。

痛いと簡単には言いません。我慢は限りなくします。食べ物は大事にします。

私が83歳になる入院中の父に、お土産の人形焼をあげたら5分の一位をやっと口に入れ「うん、美味いね、うん、うん」と言って大変嬉しそうに食べてくれました。病室を出るとき、遠い所に嫁に行った私ですからもう来れないと思い「一日でも多く長生きしてね、又来るからね」と声を掛けたら黙って顔だけ何回も頷いていましたが、病室を後にした自分の目に涙を隠せませんでした。

食の安全、安心、そして食育は衛生も含めていろんな意味も含んでいると、今更ながらではありますが新たな発見を感じている自分が居ました。

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■てら
Posted by 寺内昇 at 21:07 | 5.旅行 | この記事のURL
御木曳に参加、朝5時に月夜見宮と外宮に参拝/第62回神宮式年遷宮」の「御木曳行事(第二次)」 〜その5〜 [2007年05月13日(Sun)]
2007年5月12日(土)〜13日(日)、第62回神宮式年遷宮(じんぐうしきねんせんぐう)」「御木曳(おきひき)行事(第二次)」に参加するため、妻と伊勢へ旅行しました。


も く じ
 その1:第62回神宮式年遷宮」の「御木曳行事(第二次)に参加
 その2:浜参宮で二見興玉神社を参拝
 その3:外宮・内宮参拝
 その4:堀京子さんの京平荘で夕食
 その5:御木曳に参加、朝5時に月夜見宮と外宮に参拝
 その6:猿田彦神社・金剛證寺・天の岩戸・伊雑宮 を参拝


今日(5月13日)は、いよいよ1300年も前から続いてきた御木曳行事に参加しました。何という幸せでしょう。古代より守り続けられてきた日本人の魂の行事に参加することができたのです。

それにしても、去年の12月に太田空真さん、中村隊長と京都旅行をしてから、いろいろなことが急に起り始めました。暮れには、伊勢神宮に参拝する機会を得て、朝5時に五十鈴川で禊をすることができました。さらに、今年の4月には奈良・飛鳥路を旅することもできたのです。

そして、今回の御木曳行事へ参加することができました。素晴らしいご縁をいただいています。ありがたいことです。心より感謝いたします。

朝、5時に起きて宿の近くの月夜見宮(つきよみのみや)と外宮に参拝しました。月夜見宮は、天照大御神の弟神の月夜見尊(つきよのみこと)の荒御魂を祀っています。女性に関わる強い神様とのこと。月の満ち欠けは出産や女性の周期に影響を与えていると言われています。

朝のお宮を御木曳の白装束で歩くと、霊気が肌から染み入ってくるような感じがしました。厳粛で、もったいなくて命を授かってよかったとさえ感じられるような時空だったのです。 人間の感覚は不思議です。このようなことは、今まで感じたことが無かったのですから。

御木曳きがある今日は、昨日の天気予報では雨。宿のおかみも「明日は雨みたいで、ひどくなれけばいいのにね」と話していました。私は「貴重品をビニール袋に入れてから布の財布に入れるようにしようと」妻に言ったところ、妻は「大丈夫。晴れるから! 雨だったら、って考えるから雨になるのよ」の一言。
結果は青天! 何でしょう。偶然か必然か・・・。。

得がたい経験をすることができたありがたい1日でした。今日のこの巡り合いに心から感謝です。



 
 早朝5時、宿から徒歩10分ほどにある
 別宮「月夜見宮(つきよのみや)」へ。木の鼓動を感じる。



 
 御木曳き開始前、説明を聞いていると胸が高まります。
 9時ごろに出発して、1時間ほど曳きます。


 
 御木曳き。約1200名の皆で「エンヤ!エンヤ!」と
 声を出し合いながら曳きます。


  
 約800mの距離を歩いて、外宮・北御門(きたみかど)へ到着。


 
 神宮の車は三台。車の絵符に書かれた「太一(たいち)」とは、
 「天に唯一の尊いもの」という意味とされています。
 (御遷宮対策事務局作成パンフレットより引用)

■てら
Posted by 寺内昇 at 21:08 | 5.旅行 | この記事のURL
猿田彦神社・金剛證寺・天の岩戸・伊雑宮 を参拝/第62回神宮式年遷宮」の「御木曳行事(第二次)」 〜その6〜 [2007年05月13日(Sun)]
2007年5月12日(土)〜13日(日)、第62回神宮式年遷宮(じんぐうしきねんせんぐう)」「御木曳(おきひき)行事(第二次)」に参加するため、妻と伊勢へ旅行しました。


も く じ
 その1:第62回神宮式年遷宮」の「御木曳行事(第二次)に参加
 その2:浜参宮で二見興玉神社を参拝
 その3:外宮・内宮参拝
 その4:堀京子さんの京平荘で夕食
 その5:御木曳に参加、朝5時に月夜見宮と外宮に参拝
 その6:猿田彦神社・金剛證寺・天の岩戸・伊雑宮 を参拝


午前中は御木曳行事に参加。午後は、折角ですので、タクシーを3時間チャーターして、猿田彦神社金剛證寺天の岩戸(恵利原の水穴)伊雑宮(いざわのみや)を参拝しました。

3時間まとめて契約すると、通常のメーターでの費用に比べてはるかにお安かったです。4名で行くなら、一人当たりはとってもリーズナブル。お勧めです。

金剛證寺は伊勢神宮の鬼門を守る寺として神宮の奥の院ともいわれ「お伊勢参らば朝熊をかけよ、朝熊かけねば片参り」と伊勢音頭の一節にも唄われたそうです。
濃密で柔らかい雰囲気が漂っていました。人も少なく、ゆっくり空気に浸ることができました。

伊雑宮は、御田植式が有名で、志摩地方第一の大祭とのこと。一般に「御神田(おみた)」といわれていて、国の重要無形民俗文化財です。
境内には、数々の大木が鎮座していました。木々が声をかけてきそうな感じさえしました。それにしても、神社の木々は素晴らしく存在感があります。「大木から力をいただいた」素直にいえる自分がいます。

その後、なかなか行くことのできないであろう天の岩戸を訪れ、そして40分ほど山道を歩いてところの風穴にも行くことができました。私は驚きました。股関節が痛いと階段ですらやっと登っていた妻が人工股関節の全置換術を受けたとはいえ、足場の悪い山道を一所懸命に歩いているのです。神聖な場所から力をもらったからでしょうか。以前には考えられなかったことです。それにしても、私は心底嬉しかったです。

今回は、妻と二人で企画して計画した旅。癒しと力と元気に満ち溢れていました。素晴らしい機会に心から感謝します。ありがとうございました。これからも全国の一の宮を訪れたいと思います。


 
 金剛證寺入り口の急な階段


 
 天の岩戸。こんこんと湧き出る泉の水は
 「環境省選定 名水百選」に選ばれています。
 柔らかくて美味しい水でした。


 
 天の岩戸から山道を登って訪れる風穴。
 風の音が聞こえる、そうです。


 
 伊雑宮境内の大木。神社境内の大きな木々は、触れると
 冷たくもなく暖かくもなく、落ち着く感じの肌触りです。


 
 帰りの新幹線から、地平線に落ちる夕陽を見ました。
 お疲れさんと言われているような、暖かな気持ちになりました。 


■てら
 
Posted by 寺内昇 at 21:08 | 5.旅行 | この記事のURL