
藤沢遊行の盆とは
藤沢の時宗総本山・遊行寺に伝わる「踊り念仏」が盆踊りのルーツであるとして、盆踊りゆかりの地、藤沢を盛り上げようと、藤沢商工会議所が中心となって開催している盆踊りのイベントです。平成18年(2006年)に新しい盆踊り「遊行ばやし」を創作し、以降、藤沢宿・遊行の盆で毎年多くの方に踊り継がれています。
今年は7月26日、27日と藤沢駅北口と遊行寺境内で開催されました。
遊行寺と遊行寺坂とは

一般的に遊行寺が全国的に知られるようになったのは、お正月恒例の箱根大学駅伝のコースのなかで特に復路の難所・急坂として知られています。
坂てす。そしてここは東海道一般道の渋滞難所とても有名で、朝夕のラジオの渋滞情報藤沢橋はこの遊行寺坂の先、横浜方面なのですが、渋滞を抜けた先の遊行寺坂にくると、鎌倉・戸塚方面からくるT字路交差点となって、信号三回待ちは当たり前の、藤沢市中心街、駅へ出るには通らなくてはならない要所となっています。
そしてこの角には旧東海道の藤沢宿を紹介する歴史博物館「藤沢市ふじさわ宿交流館」があります。
藤沢宿とは
藤沢宿は東海道の江戸日本橋から数えて6番目の宿場です。5番目の宿は戸塚宿です。すでに戦国時代から、小田原北条氏が弘治元年(1555年)に藤沢大鋸町に伝馬を置くなど、交通上の要地ではありましたが、
慶長6年(1601年)に駅制が定められるにあたって藤沢宿として整備され成立しました。
また、それ以前の慶長元年(1596年)に徳川将軍家の宿泊施設である藤沢御殿が築かれていました(17世紀半ばに廃止)。
宿場は境川東岸の大鋸町(鎌倉郡)と同西岸の大久保町(高座郡)・坂戸町(同)の3町で構成されており、範囲は遊行寺東側の江戸方見附から台町の東手前(小田急江ノ島線を越えたあたり)の京方見附まででした。
東海道七番目の宿は平塚宿です。
藤沢遊行の盆メインイベントは、
日本各地の有名な盆踊りチーム(連)を湘南藤沢に招いて、踊っていただくことです。
退職して横浜から鎌倉に越してきて初めてこの藤沢のイベント・催しを知り毎年楽しみにしていましたが、コロナで一時期中止になり、昨年から復活しました。
会場は藤沢駅北口、商工会議所前の一般公道で行われます。
勿論無料です。
秋田西馬音内の盆踊り
秋田県羽後町西馬音内(にしもない)で行われる「西馬音内盆踊り」は、700年以上の歴史を持つ国の重要無形民俗文化財で、日本三大盆踊りの一つにも数えられています。毎年8月16日から18日にかけて行われ、かがり火が焚かれた本町通りで、編み笠や彦三頭巾で顔を隠した踊り手たちが幻想的な踊りを披露します
編笠や頭巾で顔を隠すのは、このお盆の季節、踊っているときだけは、身分の上下をなく踊るためだと云われています。
女性の衣装は、親子代々伝わってきた着物をパッチワークのように、何代にも亙って、家庭の女性によって受け付け継がれたものです。
一度この盆踊りにふれたら、忘れられない日本の東北地方の盆踊りして記憶されるのは間違いありません。
東京高円寺阿波踊り
高円寺阿波踊りの皆さん東京の高円寺阿波おどりは、1957年に商店街の活性化を目的として始まったお祭りです。
最初は「高円寺ばか踊り」という名称で、徳島出身の住民が踊りの指導者になったことをきっかけに、阿波おどりが取り入れられました。
当時は阿波おどりの知識が乏しく、地元の民謡の先生に教わったり、チンドン屋に演奏を依頼したりしていました。
本格的な展開は1961年に徳島県人会「木場連」との交流が始まり、本格的な指導を受けることで、踊りのレベルが向上しました。
そして名称変更、1963年に「高円寺阿波おどり」と改称し、現在では「東京高円寺阿波おどり」として知られています。
そして多くの独立連が誕生し、徳島の連との交流を通じて、芸能としての阿波おどりが発展しました。
昭和32年当時、参加者38名・観客2千人からスタートした阿波おどりも、平成25年には、参加連のべ156連・11000人の踊り手と約100万人の観客を動員しています。
藤沢遊行の盆てはそのうちの幾つかの連(グループ)が毎年参加してもらっています。
越中富山・八尾 おわら風の盆
富山 八尾 おわら風の盆おわら風の盆は、富山県富山市八尾町で毎年9月にかけて開催される、300年以上の歴史を持つ伝統的な盆祭りです。
哀愁を帯びた三味線や胡弓の音色に合わせて、編み笠を深くかぶった男女が情緒豊かに踊る姿が特徴です。
全国のシニア特に男性カメラ好きにとって、退職後絶対に行ってみたい、撮影した盆踊りなのでが、場所が北陸富山市郊外の小さな町で夜通し行われ盆踊りまつりの為、富山市からの足のアクセスが悪く、八尾の町に泊まることはほぼ不可能な状況で、老体鞭って、全国からパックツァーで参加するか、北陸新幹線ができたので、徹夜覚悟で乗り込むしか方法がなかった、「あこがれの祭り」向こうから、湘南藤沢にやってきてくれるのです。
このお祭りが中高男性を惹きつけるのは、
・編み笠を深くかぶった女性が、越中おわら節に合わせて踊る。
・胡弓や三味線、太鼓などの楽器が演奏される。
・情緒豊かで気品のある踊りが特徴。
そして何よりも越中八尾のおわら風の盆を題材にした小説として、高橋治の「風の盆恋歌」が有名です。
この小説は、直木賞を受賞した作品で、八尾の町並みや祭り、そして男女の切ない恋模様を描いています。
「風の盆恋歌」は、富山県八尾町(現富山市八尾町)を舞台に、新聞社の外報部長である都築克亮が、かつて相思相愛だった中出えり子と20年ぶりに再会し、八尾に買った家で年1度、風の盆の時期に逢瀬を重ねるというストーリーです。
しかし、ある年の風の盆のさなか、2人の仲に気づいたえり子の娘から「母は死んだ」と偽りを聞かされ、克亮は絶命し、えり子も自ら命を絶ちます。
この小説は、単なる恋愛物語にとどまらず、八尾の町や風の盆の祭り、そして町の人々の生活を深く描写している点が特徴です。
中年の男性を昔の若い頃に引き戻す、涙なくして読めない小説とこの盆踊り胡弓の音と、坂の多い、小さな山間の町か明るいイメージの湘南藤沢で感じられる
のです。でも、毎年ではなく、たった一度だけしかやってきていただきましたが、次回はいつになるか
秋田竿燈祭り
竿燈まつりが湘南でも見られる越中富山・八尾 おわら風の盆が湘南にきて下さった翌年、藤沢青年商工会の尽力で、秋田の夏の名物「竿燈祭り」の招待に成功しました。
秋田竿燈まつりは、約270年の歴史を持つ国指定重要無形民俗文化財で、青森のねぶた祭り、仙台の七夕まつりと並ぶ東北三大祭りとして知られています
長い竹竿に多数の提灯を吊るした「竿燈」を、差し手と呼ばれる人々が手のひら、額、肩、腰などで支え、妙技を披露する祭りです。
五穀豊穣を祈願する意味合いがあります。
竿燈は長さ12メートル、重さ50キロにもなる竹竿に、提灯を米俵に見立てて吊るした「竿燈」を使用します。
差し手は竿燈を操る「差し手」と呼ばれる人々が、手のひら、額、肩、腰などでバランスを取りながら妙技を披露します。
竿燈全体を稲穂、提灯を米俵に見立て、五穀豊穣を祈願する祭りです。
やはり、退職して時間とお小遣いに余裕が出来た、旅好き・映像好きシニアおじさん達の夏は、東北三大祭りを目指すのですが、意外とこの時期の東北への足と宿がネックと
なるのですが、幸いにも藤沢・遊行の盆では、一度だけでしたが、秋田竿燈祭りの誘致に成功し、ゆっくりと拝見できました。
郡上八幡盆踊り
藤沢遊行の盆の毎年の最後はだれでもか参加てきる郡上踊りで締めくくります。郡上八幡盆踊り(岐阜県)は、岐阜県郡上市八幡町で7月中旬から9月上旬にかけて開催される、約30夜にわたる盆踊りです。
400年以上の歴史があり、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。
特に、お盆の4日間に行われる徹夜踊りは有名で、全国から多くの人が集まります
郡上八幡盆踊り特徴は、踊りを通じて人と人が繋がり、一体感を味わえる、夏の思い出作りにぴったりの祭りです。
誰でも参加できるのです。踊りの輪に加わるのに特別な許可は必要なく、誰でも気軽に楽しめます。出来れば、ここの盆踊りの大きな特徴として浴衣を着て、郡上八幡で作られた下駄を履いて踊りに参加すると、より一層楽しめます。
2016年の藤沢遊行の盆
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少し時代はくだって五木寛之の一連の海外小説
1984年 メキシコ・香港
1993年 中国敦煌・スリランカ・エジプト・ハワイ
1999年 バリ島・チェンマイ・ベトナム・ミャンマー
2006年 ハワイ・スリランカ・ラスベガス・ハワイ
4年前の2021年9月、北関東埼玉の行田の田んぼアートに出かけたのを覚えており、動画も残っていますが、7月のこの時期、何故?早くない?
でも・・・確か前回2011に行った記憶からバス便が少ない、コミュニティバスしかないはずなので、そこでもう一度、ネットで行田のバススケジュールを検索すると、かつてあったコミュニティバスルートはほぼデマンドバスに切り替わっていました。
上から乗るための行田タワー(古代蓮会館)の入場料金は、大人(高校生以上)が400円、小人(小・中学生)が200円です。
一つは春の季節限定ですが、稲荷山古墳です。
田んぼアートを見てから古代蓮の里バス停⇒循環バスで埼玉古墳で観光してから同じ循環バスで埼玉古墳公園⇒忍城バスターミナルに下車すると、そこは水城公園。
東京から電車で55分、これから鎌倉街歩きに備えてとりあえずトイレにいく人が多いのはわかりますが・・・
旅好きで日本中を回っています。心配なのは必ず立ち寄る公共トイレです。
女性トイレでは順番待ちでならんでいると「和式でよかったらお先にどうぞ」と譲られることがあります。
日本人がびっくりする、中国改革開放前(1986年昭和61年)の
意外な答えが却ってがきました








現在の鎌倉・大船の住まいは満足しています。
私の担当医の上司だった人で名前は良く知っていました。
昨年まで、圧倒的にシニア男性に多い
新規クリニックで内覧会なんてやるんだ!
20年近く、前立腺で通っている湘南鎌倉病院の泌尿器は現在常勤医師は三名(一名女医)、に非常勤外来医師が4名の体制で、いつも3回の泌尿器フロアーは患者でいっぱいです。
ここで初めて排尿日誌の記入を求められました。
昼間の弾性ストッキング着用と夕方の足上げ寝る前に、足を10cm程度上げて15分程度休むと、足に溜まった水分が心臓に戻りやすくなり、夜間の尿量を減らす効果が期待できます。
長年悩んでいた「胆石発作」の原因の大元を、昨年末の発作で駆け込んだ湘南鎌倉病院の救命救急の医師から、そろそろ覚悟を決めて最終的外科的手段の選択を促されました。
退職した翌年、横浜から鎌倉に越してきて、ここが人生最後の終の棲家となるでしよう。
カミさんの部屋のテレビは私がパソコンモニターとして使っていたものでかなり古く10年では効かない年代物もの三菱製です。
テレビの液晶漏れは、液晶パネルの破損によって発生し、画面に黒いシミやにじみ、線などが見える状態を指します。
カミさんのお友達の鎌倉婦人のお宅のテレビものすごく大きいテレビばかりだとカミさんの話ですし、ご近所のパソコン支援先のお宅にも、部屋いっぱいの大きなテレビあります。
43型でヒットしたのは、東芝の、、送料・税込みで58,410円とかなり安くてにはいるのですが、問題は現在使っている古いテレビ台の上に収まらない寸法なのです。
土曜日に注文し、火曜日に入りました。計算どおり、現在の元のテレビ台に納まりましたが、
我が家にはこれで2つの古い液晶テレビがあり、これを処分しなくてはなりません。
まだ、住む住民が「自分たちの棲家」という意識は低く、戸建てに移る前の仮の家という感覚がつ強い時代でもあり、駅前大型開発物件のひとつであり、5棟を一つの管理組合ということと、駅前に次々と建設される途中のマンション群も合わせての全街区管理組合の一号棟という立場もありまだ他人事という感覚があった事を覚えています。
現在、見た目だけですが私たち夫婦よりもかなり年上の方々が増えています。




私たちが最初に購入した横須賀線新駅駅前のマンションは現在築45年を迎えています。
これまで、築10年で小さな補修工事をやりました。
今朝、朝食時、いつも聞いていますラジオ日本放送の早朝番組

ハスの花は、早朝に開き始め、午前8時〜9時頃に満開になり、その後、昼頃には閉じて蕾に戻ります。この開閉を数日間繰り返し、4日目には花びらが散ります。
鎌倉は寺社・仏閣か多い土地柄、各地でハス池があります。
フラワーセンターのハスの展示方法は独特です。通常ハスは水を張った水田のような場所で栽培されていますが、ここでは人に見せる、見ていただき、出来れば香りも楽しんでいたたくために、大きな鉢植え展示としています。

一年に何回くるでしょう、普通成人400円、シニア料金(65歳以上)150円ですから二月に一度で元がとれるのですが、年に六回来てるかな・・・77歳喜寿
何時もはこんな、芸能界の人の話ですが、今月、今6月から7月にかけては、アンコールワット保全に注力した日本人、元上智大の石澤良昭氏の人生のふりかえり、秘話で毎朝の朝食時間に楽しみにしています。
アンコールワット観光が再開されたとの報が、古くからの古代遺跡旅行好きの仲間から連絡がありました。
まだ大手がやっていない第一陣。先ずはシェムリアップの宿がない。
退職する3月末に正規退職する前に、これまでに土曜・日曜出勤していた代休を保留扱いしていたのを、
最初来た頃からほぼ10年アンコールワット観光の環境はかなり変わりました。

この回は、エアー(シェムリアップ直行便)もホテルも全て、個人手配ですませました。8日間で二人で20万円台最初の1992年のほぼ1/4の予算です。
公式なガイドや車は、私達が泊まったのホテルの眼の前にある、バックパッカー御用達のゲストハウスで仕込みました。