• もっと見る

2024年06月30日

週間ポスト 一人で生きる準備 最優先手続き22

最近、文春・新潮がスクープ記事満載で好調のようですが、団塊オジサンをメインターゲットとしてきた、「現代」「ポスト」が大人しいな思っていましたら、久々に週間ポストが大企画、タイトルだけ派手だけで、中身の薄い、そんなこと、云われなくてもとうにご存知の内容をを定期的に華々しく打ち出してきました。

夫婦で始める「ひとりに備える」手続き

最近、書店が少なくなり、コンビニでは立ち読み防止テープを貼ったりしていますが、大船で唯一残っている大型書店、セイユーの「くまざわ書店」に行ってみるとなんと、週刊誌売り場の棚は他誌でいっぱいなのに「週間ポスト」が1冊だけしか残っていないのです。

ひさしぶりの特集のせいなのでしょう。
どうせ内容は・・・と思いながら「560円」払って買ってきました。
同じ団塊世代の退職シニア夫婦が今、現在かかえている、不安・疑問にどう答えるか
11ページ総力特集と大タイトルをうって
妻に先だたれたら・・・「その時」では手遅れたから
夫婦で今から始める最優先手続きは

■ 通帳・印鑑のまとめ
■ 一人住まいの家をとうする
■ 解約サービスのパスワード
■ 夫婦で用意するたすき掛け遺言書

私達、団塊世代の夫はほぼ自分が妻より先に逝くと99%信じています。

記事では、奥様を先になくされた有名人「田原宗一郎」氏(90)やコント赤信号の「小宮孝泰」氏(68)のケースを紹介しています。
普段の断捨離とか終活は、常に男性が先に逝ってた時に、妻が苦労しないように考えていますが、その危惧、対処、備えが逆の場合、夫は妻のことが分かつているか?
夫婦で備える、手続き
1、お金の不安をなくす
 ●通帳の場所がわからない
  通帳のリストをつくる、銀行印、通帳番号、銀行の用途、ATMバスワード、現在の残高
 ●ネット銀行、カードなどについて
  デジタル資産リストの作成、必ず紙にパスワード・IDなどを残す
 ●配偶者の預金は引き出せるか?
  代理人カードの準備をしておく、  
  銀行の代理人手続きは代理人のご指名には、預金者本人の手続が必要。
  申込みの際に、指名される代理人の方の来店は不要。
  預金者本人が、窓口でお手続きする。
  指名を受けた代理人は、通帳・届出印・代理人のご本人確認書類を持参し、窓口で出金
  できる。
 ●配偶者の契約していたサービスは
  妻の携帯電話、クレジットカード、スポーツクラブなど契約、書類、パスワードなど
夫は配偶者(妻)の全てを知っているか・・・といえば意外と知らないことが多いと気づく
例えば、カミさんの個人的なものの置き場所、ある「こそ泥」の証言では、夫のものほとんどは書斎とか、机のなか、書棚などに集中しているが、女性の場合は隠す場所が多様化していていて
探し出すのに時間がかかり、リスクが大きいと云う。

2、たすき掛けの遺言状の作成

それでは夫婦が一緒に遺言を作成したい場合、一通の遺言書に各々が書きたい遺言内容を記し、夫婦連名で署名・押印することはできるのか
それは出来ません、
(民法第975条:共同遺言の禁止)
遺言は、2人以上の者が同一の証書ですることができない。
これは夫婦に限らず遺言自体を共同で作成することを禁止するものですので、例え夫婦であっても同じ遺言書を共同で作成することはできないということになります。
この規定に反して2人以上の者が共同して作成した遺言は、無効になります。
と、週間ポスト意外に多い、夫婦連名で遺言状について警告しています。
では私達のような子供のいない夫婦の場合は・・・
私達夫婦は30代半ばから海外の奥地・僻地・とんでもない所に自由旅行してきました。
日本外務省が乗ってはいけない、出来るだけ避けなさいと、名前を上げている航空会社やルートに乗ることしばしばありました。
確かに危険度が高く、事故が多発していたことは、知ってはいましたが、個人レベルの短期日程では他に選択肢がないケースがほとんどでした。
マダカスカルでは、不時着に備えて燃料を空するために、何時間もおなじ円を描くような飛行、パナマ海峡では、体重を測り豚と一緒のフライト、
帰路のフライトはフライトスケジュールはなく、滑走路だけの島で待機して手を振って合図するタクシーのような飛行機、、海辺にラオスでは外務省が乗るなという機種の
プロペラ機、帰りフライトスケジュールは離陸すると機内は霧につつまれ真っ白になる有り様。
よくぞ今まで無事に帰ってきたと今ではそう思います。
そんな二人は常に遺言状を書いていました。
子供のいない夫婦の場合、連名での遺言状は無効とうのは知っていました。
そこで我が家の場合、夫、妻各々の遺言状と、別にもう一通、不慮の事故或いは事件で、夫婦二人で72時間以内に二人共亡くなった場合の遺言状を作っていました。
子供のいない場合、相続順位がかなり遡ることになりますので、明らかにならない場合「国庫帰属財産」となります。
それでも私は構わないのですが、遺贈を考えています。
以前はフォスタープラン協会にしていたのてすが、近年、お付き合いも薄れたので、とうしようかと迷っていますかが、まだ決めていません。

ポストはかなり大々的、センセーショナルな見出しでしたが後は、団塊世代70代半ばを迎えた夫婦なら、すでに知っていること、手ををうっていることばかりでした。
■ 一人になった時の行政・民間サービスの利用方法
■ SOS発信出来る環境作り
■ お葬式の事前準備、連絡先とか・・・

お子さんが身近にいらっしゃる団塊世代夫婦はまだ先と考えているかもしれませんが、地方から都会に出てきた、子供のいない夫婦は、常日頃から、このような事態がやってきたことは、若い頃、40代から想定して生きてきていますので、わざわさ、週刊誌にいわれなくても、それ相応の対応はで来ています。
シニア・リタイヤ世代をターゲットとて「週間現代」「週間ポスト」をそれを時々、気づかせるアテンションとしてみています。

巨大企業グループ役員会で警告された、今年中に不動産バブル崩壊

今週の「ポスト」でじっと読みふけった記事はこの記事だけです。
サブキャッチコピーは
▲ すでに、タワマンから中国人富裕層が脱出
▲ 晴海フラッグもガラガラ


不動産の価値はずっと上がり続ける、そんな80年代後半の”土地神話”が脆くも崩れ去るさまを、私達団塊世代はみています。
今、令和の不動産価格の高騰は「バブル越え」と云われる活況ま、いつ終焉を迎えるのか・・・

なぜ、日本の不動産だけが、値上がりをつづけるのか、その金はどこから生まれるのか
その答えをポストの記事は「中国マネー」と決めつけています。
1989年秋、三菱地所が米ニューヨーク市マンハッタンの高層ビル群「ロックフェラーセンター」を買い取り1995年5月、三菱地所の子会社は日本の不動産バブル崩壊で巨額赤字をだして破産、売却しています。
この時の日本とアメリカの関係は、来年30年後の日本と中国マネーの関係とポストの経済記事は論じています。
今の日本のマンション価格の高騰は、大都市中心部に偏っており、地方ではかえって郊外では値下がりがしている。
不動産価格の高騰は、東京五輪と大阪万博による建設費・人件費・作業員の不足と円安による資材の高騰が原因の他に、中国の不動産バブルによる、富裕層資金の流入と見方が一般的です。あの時代日本と同じです。
今、中国は未曾有の不動産不況、富裕層とても同じです。
中国人富裕層が買い込んでいるのが、東京・大阪のタワマンです。
彼らにしてみれば、中国国内の不動産投資よりも確実に東京・大阪の物件は安心・確実だったのです。
でも、本国の不況で足元の火を消さなくてはならず、虎の子の日本の物件手放すしかない・・そう業界は踏んでいます。

東京五輪の選手村の跡地の「晴海フラッグ」は完成・引き渡しが行われましたが、現在入居者の3割は居住が確認されていません。
これらのほほ全ては、投資用として買われてたものです。
日本政府・東京都はここに多くの人々が住み、住民登録し、周辺の商業施設で買い物し、子供たちは小中学校に行くと想定して、街作りに税金を投入してきています。
中国の富裕層は100%投資用として、この晴海フラッグを買って、賃貸で収益をあげようと考えていますが、実際には晴海フラッグの賃料相場は、港区・赤坂の半分程度と云われているようです。

大阪でもバブル沸騰、JR大阪駅の北側の再開発地域「うめきた」

大阪ではタワマンは住宅ではなく、美術工芸品、買った時よりも高く売れると。
全てが中国人富裕層や、海外投資家グループによる購入のもようで、一般市民が住まいとするには、全く手の届かない価格となっているのが、今の現状ですが、大阪万博の雲行きが怪しく、ましてや、カジノリゾート計画はまだ紙の上、、もしかすると大阪万博の開始を待たずに、弾ける可能性もあると専門の筋は踏んでいると伝えています。

35年前の不動産バブルの崩壊を再びこの齢で経験するかもしれません。
少なくとも私達の年齢だと、もう利益も損失も関係ないだろうと思うばかりです。

*************************************************************
ブログ管理人のホームページ団塊世代の海外ロングステイ 関連情報がメイン
  
ブログ管理人のwebサイト2011から2019年過去のブログ・アーカイブ

定年後の過ごし方サイト読者からの投稿・体験記事ページ

ブログ管理人の動画サイトユーチューブページ

ブログ管理人のつぶやきツイッター
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2024年06月28日

映画 佐藤愛子の「90歳何がめでたい」


カミさんが映画のチケットをネットでとって、と依頼してきました。
スマホを使えるのだから、もうそのくらい自分でやれば、と、云っても「我が家にはもっと便利な、日本語音声に対応する便利な機械があるのだから」と云います。
まあ確かにあやふやなカミさんの後始末をするぐらいなら、私かやったほうが早いのですが・・・
「その便利なマシンが壊れて失くなったらどうするの」というと
「大丈夫よ、男性とちがって、女性にはちゃんと助け合うコミュニティがあるから」と云います。
確かに、カミさんのまわりは、最近、ご主人が亡くなったり、介護施設に入ったり、お葬式についても、相続の問題についても、銀行口座についても、ある程度信頼出来る相談コミュニティが形成されているようです。
男性とちがって変なプライドや、対抗心がないだけこれらの「助け合いシステム」はスムーズに機能するようです。

で、映画は何、いつ、誰と行くの

6月21日封切りの「佐藤愛子」の「90歳、何がめでたい」が面白そうじゃない。
どこのシアターを取るの、テラスモール湘南か、桜木町のブルグ13?
一緒に行くのは、毎日1時間以上のおしゃべり電話の相手、A婦人77歳。
前に一緒に「老後資金が足りません」を見にいった御婦人です。
解った二人ね、実際にネットで取れるのは四日前だから、その時の座席表をみせるから、好きな場所を指定して、かなり大きなシアター2を劇場側は設定してるから、結構混みそうただね。
そう、この手の映画「退職後、定年後の家庭の御婦人の映画、特にシリアスな内容ではなく、コミック調の映画」はカミさんたちのような年代、年齢、さして特に年金生活で困っていないレベルの女性たちに受ける映画なのです。
もっと興味があるのでは思うような映画「Plan75」のような「死」「安楽死」「老虎の老い」に関するシリアスな映画は意外に好まれないのは解っています。
そして、社会派映画・シリアスドキュメントのような、本当に深刻な,手助けが必要と思われるような、環境の奥様方は、このような集まりにもあまり参加しませんし、明らかにコミカル、喜劇とわかるような映画にお友達同士ではきません。

そういう、社会派映画は一人で見に行くケースが多いのです。
そして、そのような社会派、少数派、芸術作品は東海道線・辻堂駅前のお洒落なショッピングモール「テラスモール湘南」内のシネコン「109シネマ湘南」では先ず上映しません。
ここには、都会・湘南の若い世代、子供、そして比較的豊かなゆとりある社会層向けの、儲かる映画して上映しない・・・ので有名なシアターなのです。

どんな映画なのかは、すでにネットで大きく公開されています。

作家・佐藤愛子が日々の暮らしと世の中への怒りや戸惑いを独特のユーモアでつづったベストセラーエッセイ集を、草笛光子主演で映画化。
これまで数々の文学賞を受賞してきた作家の佐藤愛子は、90歳を過ぎた現在は断筆宣言して人づきあいも減り、鬱々とした日々を過ごしていた。
そんな彼女のもとに、中年の冴えない編集者・吉川がエッセイの執筆依頼を持ち込んでくる。
生きづらい世の中への怒りを歯に衣着せぬ物言いでつづったエッセイは思いがけず大反響を呼び、愛子の人生は90歳にして大きく変わり始める。
編集者・吉川を唐沢寿明、愛子の娘・響子を真矢ミキ、孫・桃子を藤間爽子、吉川の妻・麻里子を木村多江、娘・美優を中島瑠菜が演じる。
「老後の資金がありません!」などの前田哲監督



実際の佐藤愛子は今年たしか100歳になるはずです。

1923年大正12年11月生まれですから今年の誕生日で101歳です。
ものすごい大年寄なのですが、そんなイメージは全くありません。
と云うか、近況は全く公開サれていない様子です。
作家、作詞家のサトウハチローとは異母兄になります。
二度結婚し最初の夫とは死別、再婚相手の田畑麦彦(小説家)とは離婚
三人の娘さんがいるはず・・・


90歳を過ぎても出筆活動は旺盛
平成元年10月10日。愛子センセの娘・キョーコさんが結婚し、真面目で少々ユニークなムコさんが登場。
翌年には初孫のモモコちゃんが誕生し、賑やかになった「娘と私」の一家にまき起こる珍事件etc.心優しきムコ殿の涙ぐましい姑孝行のゆくえ。
太っただけと勘違いしたキョーコさんの妊娠出産騒動。孫をめぐってアッと驚く新旧子育て論争。疾風怒濤の超大爆笑エッセイ。
昔から遠藤周作と同年代とのお付き合いを面白おかしく、エッセイ風にまとめた、どちらかと云うと軽い作品が多く、最近では、この映画のタイトルとなった「90歳、何がめでたい」を出版、まさに「暴れ猪」佐藤節が全開。
『九十歳。何がめでたい』というタイトルには、佐藤愛子さん曰く「ヤケクソが籠っています」。2016年5月まで1年に渡って『女性セブン』に連載された大人気エッセイに加筆修正を加えたものです
自分の身体に次々に起こる「故障」を嘆き、時代の「進歩」を怒り、悩める年若い人たちを叱りながらも、あたたかく鼓舞しています。
人生をたくましく生きるための「金言」も詰まっていて、大笑いした後に深い余韻が残ります。

カミさんのチケットをとった数時間後
カミさんのスマホに新たなに「90歳何がめでたい」を見に行かない、というカミさんのお友達からのお誘いがありました。
いつも、一緒に映画にいっている三人グループからでした。
カミさんは「ゴメン、〇〇ちゃんに誘われてもうチケットとっちゃった」断っていました。
ふーんそんなに、カミさんレベルのグループ女性の間で人気のようなんだ。
でも私は、この映画は見に行きません
もう、ネット上で予告も見ているし、こうやってブログが書いて内容は解っている・・・喜劇は見てもつまらないから私は、どちらかと云うと「社会派」シリアスな映画と、正反対の「泣ける、青春、純愛ドラマ」が好きなんです。
それだけ、団塊世代のオジサンは「ビュア」で、三人揃って、面白おかしい「九十歳。何がめでたい」を見た後、テラスモールのフードコートで2時間も駄弁るような奥様方とは、ちょっと違った世界にいるのてすから。

*************************************************************
ブログ管理人のホームページ団塊世代の海外ロングステイ 関連情報がメイン
  
ブログ管理人のwebサイト2011から2019年過去のブログ・アーカイブ

定年後の過ごし方サイト読者からの投稿・体験記事ページ

ブログ管理人の動画サイトユーチューブページ

ブログ管理人のつぶやきツイッター
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2024年06月26日

終活・断捨離としての生前整理・銀行口座


6月の第四週月曜日、我が家の給料日で24日には銀行へ行って7月分の家計費を口座から引き出し、自動引き落としの公共料金などの口座に必要分を現金でATMから入金し通帳記入します。

今月、カミさんから終活としてそれらの銀行口座の一本化を頼まれました。
それと云うのも、退職し、引っ越してきてから、銀行口座が増えてしまい、引き落とし口座もバラバラで、何箇所もの銀行に分散しており、翌月の二人世帯の生活費を現金で下ろす以外に何箇所もの銀行を回らなくてならないのです。
私達は都会の駅チカに住んでいるので、全ての銀行を回るのはそれほどの手間で苦でもないのですが、それは、まだまだ体も頭も動く後期高齢者手前であるからでしょが、銀行窓口まで車で行き、駐車場の心配もしなくてならない、地方または大都市近郊にお住まいの方にとって、いままで何の苦もなく熟してきた、作業のひとつづづが面倒な作業になることは、目に見えています。
カミさんから、我が家二人の銀行自動引落口座詳細をプリントアウトする要求がだされました。
何でもかんでも、紙に印刷されたものを手元に置きたい、アナログ、アンチパソコン派の73歳女性に云いました。
今は、プリンターもインクもパソコンも生きているからいいけど、これから先、我が家のこれらの物があるとは限らない、少なくともデジタル書類は、ネットサーバー側に保管・預けておいたほうが安全なのだ、特に宛に出来る子供のいない家庭では・・と云うと、だから私が理解できる「印刷物」が欲しいのよ、これから先のはわからないけど

プリントアウトして、二部クリアファイルにいれて渡したもの

公共料金自動引き落とし口座
銀行名TM 店舗番号 口座番号 夫 名義
・マンション管理費 
・朝日新聞
・東京ガス
・水道 鎌倉市
・電話NTT 二ヶ月分
・国民健康保険 妻 
・火災保険 年に一度
一ヶ月単位  60,000を入金

銀行名Y 店舗番号 口座番号 夫 名義
夫のカード引き落とし分 内訳
・NHK  
・ソフトバンク電気  
・ワイモバイルスマホ2台分
一ヶ月平均 12,500円
其の他、クレカードを利用した支払い
参考 アマゾンでの買い物
   映画チケットネット購入
   旅行先のホテル代など
カードログインして詳細を確認必要
id ********
パスワード *******

銀行名R 店舗番号 口座番号 妻 名義
・カーブススポーツクラブ 
・クレカード 妻名義 デパート買い物

私が逝った後、カミさんは二つの各々の年金振込口座から現金を引きだしこの三つの銀行に、各々必要分入金しなければいけないのです。
私達は結婚して来年で50年になりますが、この50年、づっと私がこの役目をやってきました。
カミさんはも箱入り娘でもない、田舎の家庭の出の普通の女性なのですが、ここ50年、少なくとも家庭内のお金に関して全くノータッチで生きてきましたが、もうそろそろ
一人で生きていく術を身につける番なのです。

カミさんの第一声は、「この自動振替、振込を一つの銀行にして」

予想されていたことです。
カミさんに今、出来ない、或いは難しいことを説明しました。
1,先ず現在の契約は世帯主になっている分を、残された「妻」の名義にしなくてはならない
現在 銀行名M 店舗番号 口座番号 夫 名義の公共料金はそう難しくなく、2,3ケ月で変更出来ると思う。

2,の銀行名Y 店舗番号 口座番号 夫 名義については
現在の夫名義のカード支払いから、妻のUCカード引落に変更する。
スマホ二台の契約者も妻としなくてはならない。
1,と2の決済、引き落とし銀行をいちばん簡単な方法としては、現在の妻名義の銀行名R 店舗番号 口座番号 妻 名義にする。これらの手続きは、僕が逝った後にやるか、生きているうちにやるか、それは君の判断となる。

実務として考えみました
・マンション管理費 
・朝日新聞
・東京ガス
・電話NTT に関して世帯主変更をしなくてもできそう
しかし、水道と国民健康保険は、一度市役所で相談し、世帯主の変更か或いは銀行口座の変更だけで済むか聞いて見る必要があろう。
・NHK は現在私のカードからの引き落しをカミさんのカードに変更する
・スマホとソフトバンク電気は、カード引落先をカミさんのカードに変更出来るか、近いうちにワイモバに聞いてみよう
・火災保険は契約者の変更を来年の再契約の時に変更できるだろう。

こうやって整理して考えると、スマホはお友達鎌倉婦人とのラインと電話してか使えないカミさんにこれらをやれというのは無理でしよう。
ヤマダに勤めている埼玉在住の甥っ子に頼むか・・何とか私が元気なうちにやるか・・・それしかないのかな

To Do Listとしては

・まずは簡単なワイモバに相談
・次は市役所で世帯主変更にともなう、問題について聞いてくるか
・他に、何か見落としている問題はないか

次に新たな引き落とし口座はどこにするか?
現在私たち夫婦の引き落とし口座は自宅から近い駅前のMI銀行でした。
しかし、TM銀行は銀行業界不況でリテール業務を縮小し、支店店舗の縮小、統廃合を進めており一市町村一店舗になり、TM銀行はATMのみとなりました。
それでも構わないのですが、新たなお店はATMが6台のみと小さく、狭く、年金支給日や給料日近くは外まで20人以上の大行列が出来てしまいます。
そこで、これを機会に市内の広い、ATMの多い銀行に変えようかと思っています。
そこでカミさんがまだ口座を開設していない、Y銀に相談した所、今、銀行に新しく口座をつくるのはかなりハードルが高いと云うのです。
「でも、全く貴行に口座がなく、新たな口座をつくるのにそんなに規制があるのですか?」
「現在、振込詐欺とか、マネーロンダリングとか、昔と違って厳しくなっており、一つの銀行に二つ同じ名義人の口座を造ることは出来なくなっています」
「ひとつ方法があり、マイナンバーカードで登録していただき、金額1万円の定期預金口座を造る方法です。」
なるほど・・・でもカミさんの状況からすると、今カミさんが年金を受けとっている口座はマイナカードと紐づけされているので、そこにするのが一番妥当な
考え方ではないかと、新たに口座を造る計画はあきらめました。

今年の秋から、この終活としての銀行口座の整理をすすめようと考えます
何で「秋から」というと、この6月の梅雨や明けた夏の炎天下を外出し歩くことを考えるとうんざりしそう。
つい数年前は、そんなことは考えたこともないのに・・
確実に体力・気力・筋力は低下しているのを実感しています。

*************************************************************
ブログ管理人のホームページ団塊世代の海外ロングステイ 関連情報がメイン
  
ブログ管理人のwebサイト2011から2019年過去のブログ・アーカイブ

定年後の過ごし方サイト読者からの投稿・体験記事ページ

ブログ管理人の動画サイトユーチューブページ

ブログ管理人のつぶやきツイッター
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2024年06月24日

湯船に浸かりながら浸る青春時代に戻る

梅雨の季節がやってました。
これまであまりゆっくりとお風呂に入っていませんでしたが、特に夜見るべきテレビ番組が演っていないような曜日、一時間換気タイマーをかけてゆっくりバスタブに浸かるようにしています。
特に齢をとり、外出が減り、運動不足になると下半身が浮腫むので、ゆっくり長時間お湯のなかでの「リハビリ」です。
曲はもう何年、何十年も前に「ソニーウォークマン」に自分好みの選曲アルバムをいれたものを聞いています。
我が家は昭和の同世代の二人だけです。
これが、団塊夫婦で子供、孫もいるようなご家庭でしたら、お風呂におじいちゃん・おばあちゃんが昔のソニーのウォークマンで長湯しているのをみたらきっと驚くか、やめさせるのでしないでしょうか?
今なら、きっとスマホにダウンロードした好みの曲を「ワイヤレスイヤホン」が聞いているのが当たり前の光景になのでしょうから

「ワイヤレスイヤホン」を買って試してみました。

以前から若者が耳にイヤホン端末(昭和世代のエンジニアの使う用語なんでしょうが)いれて、無線(正確にはブルートゥス)で聞いている「アレ」です。
お風呂で有線で聞くのも、時代遅れ、格好良く「ワイヤレスイヤホン」で聞いてみようかなと試みました。
先ず、一番先に団塊シニアオジサンが向かったのは、「100均ダイソー」です。

私達のようなリタイヤ年金世代のおじさんたちは、文具や小物電気用品を、ヤマダやヨドバシに買いに行く前に、ダメ元で一応100均にあるかないかを調べるのが、癖というよりも、節約、或いはそんなものを探し出す楽しみになっています。
今どきもアルカリ乾電池を街の電気屋さんで買う人はいませんように、大抵のものは、先ず「100均」にあるかないかを調べます。
トイレの60W電球も、ダイソーです。確かに電気料金高騰で長い目でみれば白熱灯ではなく、LEDのほうが将来的には安くなりそうだというのは分かりますが、貧乏・年金シニアは、とりあえず「100均」を優先していまいます。
ソニーウォークマンと購入した「ダイソー」の1,100円の「ワイヤレスイヤホン」が繋がらないだろうというのは、薄々解っていました。
あんな昔の20年前に買ったものに、ブルートゥスが継いている訳もないのですから。
先ずは、自分の使っている安物、シニア専用のワイモバイルのスマホでつながるかを試してみました。
なんと、簡単、一発でつながりました。
これは将来、私が長期入院した時、Webにあげてある自分の旅の動画を、病院のベッドのなかで見る・聞く為です。
私の知り合いの徳洲会病院のちょいとお偉いさんに、自分が入院した時は、上層階の富士山の見える四人部屋の西の窓際をと注文してありますが、勿論、偶然以外にそんな訳がないと思ってはいますが。
前に前立腺PSA検査で二泊入院した時のお部屋からみる、夕焼けの富士山がとても綺麗だったもので。

私のお気に入りのアルバム作りは

今の若者がこの私のブログを目にした時の反応は解っています。
なんだ、この昭和の音楽の接続・入手は?
私達の青春時代の音源の入手は、ラジカセでした。ラジオから流れ出る音楽をカセットレコーダーに取り込む方法、あるいはテープレコーダーで直接、マイクをスピーカーに近づけ、外部の音を遮断して録音でした。
長いあいだ、自分の旅のナレーション作りもこの方法で部屋を締め切っての録音でした。
やがてCDの登場で一気にデジタル化が進み、音質も良くなってきました。
市販のCDからストレートに曲をコピー出来た時代はほん一瞬で、私達オジサンレベルでは音質は二の次なので、パソコンからアナログ的に接続して、自分のお好みの曲を編集しています。

私のウォークマンにはフォルダーは2つ、私のとカミさんのとです。
お風呂にはいってのんびり好みの曲をきくのですが、どんなに毎回聞いて飽きがきても、カミさんのフォルダーにある曲は聞きません。
全く、住む世界が違うのですから。
私のフォルダーは上から
「アルゼンチンフォルダー」
私が滞在していた時に良く聞いていたアルゼンチンフォルクローレの名曲
サンバ・デル・エスペランサ(希望のサンバ)
ユパンキの「牛舎に揺られて」
「トゥクマンの月」アルゼンチン民謡の名曲ばかりです。
このアルゼンチンフォルクローレを聞いた瞬間から、私は20代に戻るのです。
アルゼンチンの田舎の大パンパ、そして友人の農場へつながる轍が深く刻まれたぬかるみ路はまさに「ユパンキ」の世界に浸るのです。

そして、アルゼンチンタンゴの世界
第一曲目に「淡き光」を入れてあります。
この曲はアルゼンチンが世界の大先進国、富裕国だった頃、ブエノスアイレスの高級、公認の娼婦宿のようなクラブを扱った曲です、通りの名前も番地もでてくる、名曲でタンゴ好きの観光客がこの曲の番地を必ず訪ねる名曲です。
ラ・クンパルシータ、カミニートなどブエノスアイレスで過ごした青春時代の町並みが蘇ってきます。

そして懐かしの「あの時代あの音楽フォルダー」
私は一瞬で1970年代後半、ブエノスから戻ってきた時代にテイムスリップします。
「旅の宿」「岬めぐり」「木綿のハンカチーフ」「東京ララバイ」「異邦人」「神田川」「なごり雪」など。
どちらかという、フォークですが、別のジャンルで、特に一番好きで聞く度に、あの頃の仕事の光景が目に光景が浮かんでくるのが「東京ララバイ」です。
中原理恵が歌う、都会の歌「東京ララバイ」

1978年の歌、私が結婚した年の歌
この曲で歌われているのは東京の夜の風景、南米から戻り、学校を卒業し、結婚し東京に住むと決めた年です。
歌詞の最後にある「部屋がある窓がある、タワーはみえるけど、東京ララバイ、幸せが見えない」はまさに、都会の生活に揺れているその頃の私の気持ちそのものでした。

そしてフォルダーの最後の曲は狩人の「あずさ2号」です。
1977年、結婚前、別々に旅していて、八ヶ岳のヒュッテに泊まっていたカミさんと、当時大人気だった小海線の野辺山駅で落ち合う約束の旅でした。
この、女性による別れの歌を思い出す度に、あの頃の二人の新鮮な思い出が蘇ってきます。
同じような光景はイルカの「なごり雪」も、「神田川」もそうです。
まさに青春の真っ盛り、このまま彼女と日本に留まるか、まだ夢の続きを見に南米に戻るか、思案していたことを思い起こす、名曲ばかりです。

70年代の曲をデジダルウォークマンに入れて、バスタブで1時間、昔の青春時代の音楽に浸っている、自宅のお風呂場、バスタブはカミさんの目も気にせずに思いきり、青春時代に戻れ場所なのです。
男は何歳になっても、来年、喜寿を迎えても、少年・青年なのでしょう。

*************************************************************
ブログ管理人のホームページ団塊世代の海外ロングステイ 関連情報がメイン
  
ブログ管理人のwebサイト2011から2019年過去のブログ・アーカイブ

定年後の過ごし方サイト読者からの投稿・体験記事ページ

ブログ管理人の動画サイトユーチューブページ

ブログ管理人のつぶやきツイッター
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2024年06月22日

後期高齢者の老化は足元からか

私の現在の住まいは、共同住宅です。
都会の高層マンションではなく、中低層住居専用地域並びに、市の定める学校等教育機関等指定地域、自然緑地環境保全地域にあるので、
鉄筋コンクリート5階建てまでとなっております。
私の住まいは2階てす。5階建て、52戸の住居にエレベーターは一基だけです。

ELVを使う機会ほぼ全くありませんでした
ELVを使う機会は当然ながら、2階に住む私たちはここに住んで21年、エレベーターを使ったことは、数えるほどです。
それは、早朝或いは深夜、成田空港に大きなスーツケース二人分を自室から持ち出す時だけです。
深夜・早朝、廊下をスーツケースをなるべく音をたてないように運ぶだけのエレベーターでした。
時には、5階の住民とほとんどエレベーターを使わない、1,2階の住民の管理費が同じなのは不公平という論議がありましたが、常識・大人としてこの提案決議には反対しました。
いつかは、2階の住民もエレベーターを日常的に使うこともあるだろうと・・・
昨年の秋ほどから、玄関から自宅の2階に戻る時、エレベーター前で誰も一緒に乗らないのを確認して、乗って2階のボタンを押します。
もし、誰か一緒なら歩いて2階までいきます。
こんな低層の住戸で、車いすやら、杖をついている訳でもてなく、元気そうな老人男性が1階から2階まで、健康の為に階段でいけばいいのに、と普通思うはずです。
昨年夏まではの私でしたら、そう思ったでしょう。
しかし、昨年秋、体育館のラケットテニスの試合中に、前から少し気になっていた右膝をかばいすぐたのか、膝上の右太ももの張りがひかなくなりました。
相手のネット間際のドロップショットをとりにいけなくなったのです。
これを機会にすこしづづ、週一回にスポーツを休むようになりました。

そして今年に入ってからクラブの籍は残してありますが、一度も参加出来ていません。
前々から通っていました、エレベーターのない3階にある歯医者さんの階段が少々辛くなり始めていた頃です。
そして今年に入り、カミサンと一緒の旅行で、神社・仏閣の長い階段を避けるようになってきました。
症状として、ドクターからすれば「超軽傷・初期段階」で痛むようなスポーツ禁止、ちょっと不安な場合、ロキソニンテープと膝サポーターの着用を推奨されています。
まだまだ、超初期段階で自己養生で緩和するというのです。
歯医者さんの3階まで階段は、他に誰もいないのを確認して、最初のステップは左足からあがり、次の右足しは左足と同じすステップにして、再び左足から繰り出して
階段を上がります。下からみると「みっともない」上がり方ですが、これが幹足膝に負担がかからない、階段の登り方方なのです。

ひざへの負担を軽くする階段の昇り降りのコツ

膝の不安を抱えるようになり、ある医療サイトを見てみました
階段を使う必要があるときは、手すりを使って身体を支えることでひざへの負担を減らし、転倒予防にもなります。
昇り降りとも、足を交互に出さず、1段ずつ両足をそろえます。 昇りでは痛みの少ないひざ、降りでは痛みの強いひざの方から足を出すが原則です。
今年の春までは、下りは全く問題はなかったのですが、春の撮影で里山を歩いた時、長時間の上りで疲れていたのでしょう、坂道の舗装道路で前のめりふらつき
「かばい手」が道路脇のガードレールの角にあたり、かなりの出血にうろたえたことがありました。
これが、後期高齢者の「足のもつれ」「よろめきの実態」か、普通に冷静に自分自身のおかれている状況を目にしました。
高齢者の転倒による、「寝たきり」が多いと云う記事を読んだことがあります。
こういうことなのね。
あのふらつき、転倒以前から、手すりがある所は見た目も意識せず、手を添えるようにしています。

二階に住む私が、外出する時にエレベーターを使うようになったのは

そして、今月からです。
二階から一階への段数なんて限られており、すぐに踊り場ですが、一度、ふらつきの経験をすると、例え手すりに手を添えてはいるものの、もし、ここで転倒したらと思うと・・・あの里山での転倒を思い出してしまいます。
しかしもここは、自分が21年も住んでいる住まいです。この階段でふらつき、つんのめって例え階段二段、三段でも踏み外して手をつけば、少なくとも手術はしなくても、病院の外科
のお世話になるでしょうし、52戸のマンション住民の目にふれることになります。
ここは、もう階段を手すりを使いながら降りるのではなく、この先にあるエレベーターで玄関ホールに降りるようしようと決断しました。
2階のエレベーターで一階へ降りる姿をあまりみられたくない・・正直そう思います。
上の階から降りたきた住民が2階で手ぶらで乗り込んできた住民をどんな目でみるかは、想像することは辞めました。

思い出すのはバンコクのBTS駅
年寄りに不親切な駅設計
自宅のマンションでこのざまですから、駅・スーパー・ルミネのエスカレーター・エレベーターは絶対に使うようにしています。
眼科医院は3階にあり、昨年までは平気で階段で上り下りしていましたが、じっくり待ってエレベーターを使います。
この話をカミさんとしていて、思い出すのはタイ・バンコク市内の交通システムBTSです。
幹線道路の上を走る電車はかなり早い段階でバンコク市民の足となっており、言葉ができない旅行者でも利用できる便利な手段だなと思っていました。
何度もバンコクを旅するのつれ、私達は50台半ばの夫婦でしたが、このBTSの階段の多さ、高さ、そしてなかなかエレベータ、エスカレーターのないことに気がつまきました。
あの頃、「定年後海外ロングステイブーム」で、大勢の日本人シニア夫婦が、日本からの公的年金で楽勝くらせる、貯金もできる、一年中温かい国、物価が日本の1/3の国として
沢山、バンコク・チェンマイに集まってきていた時代です。
カミさんと私は、勿論元気ハツラツですが、このBTS駅の構造を見ながら、二人でお年寄りに不親切な公共交通システムだね、と話したことを覚えています。
その後、いろいろな国を旅していくと、だんだんに年老いていき、トイレの場所も気になるようになっていきました。
このブロクを書きながら、昔の旅を思い出しています。


*************************************************************
ブログ管理人のホームページ団塊世代の海外ロングステイ 関連情報がメイン
  
ブログ管理人のwebサイト2011から2019年過去のブログ・アーカイブ

定年後の過ごし方サイト読者からの投稿・体験記事ページ

ブログ管理人の動画サイトユーチューブページ

ブログ管理人のつぶやきツイッター
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2024年06月20日

個人年金の一括繰り下げ受取を決定実行


6月今年の年金額改定通知書が届いた
二人で年間、70,000円ほどの増額です。
物価の変動を考えると、とても間に合わない金額かもしれませんが、ないよりはマシ。
払う政府の立場からみれば、数兆?円の増額になるのでしょうか。
今、私達夫婦がいただいている、年間の年金額って現在の日本国民高齢者のなかでどの程度なのかなと思うことがあります。
私達夫婦は55歳、52歳で退職しているので支払った月日は極端に少ないので、全平均より相当少ない年金金額であることは解っています。
でも、政府の統計資料を見る限り、夫婦二人、「夫厚生年金、妻第三号」の御夫婦の平均額と全く同じなのです。
ちなみに、今年増額されて年間260〜270万が平均値になります。
これが正しかったら、これまで標準としてた、退職後御夫婦の老後生活はなり立ちません。
私共のこれまでの年間受給額は、政府発表の平均値と全くの同額なのですから。
確かに最低限、食べてはいけますが、いっさいゆとりある生活はほぼ出来ないと思います。
平均値ですから、これよりも少ないご家庭は沢山いるはずです。
ても、社会的な不満、暴動は今のところないのですから、やっていける数字、文句を云わずにやっていける数字なのでしようか・

平均値・センター値・偏差値ってなんだ

時々今、エクセルでwebサイトのアクセス数を集計している時、平均値とセンター値両方を表示させるようにしています。
時に、ブログやツィターXで大きくバズることがあると、平均値は変化しますが、センター値はそれほど、極端に、瞬時に値は左右されません。

そんな時、では偏差値について、考えてみました。
私達、団塊世代凡人は大学入試の時には未だ偏差値とう言葉も意味も知りませんでした。
今は、偏差値が全ての基準、比較になっているようです。
そもそも偏差値って何だ?
偏差値とは、テストを受けた集団の中で自分がどれくらいの位置にいるかを表す数値で、平均点を偏差値50になるように変換し、その基準からどれくらい高い(または低い)点数だったかを表します。 自分の実力を相対的に把握できる便利な数値なのです

エクセルで偏差値を表示できるのかな?
出来るようです、が私のサイトアクセスは自分のサイトの日々のデータだけが入力なので、もっと複数のデータ入力、比較がないと偏差値の意味がないとわかり、無駄な抵抗をしませんでした。ても恐らくですが、私達夫婦の公的年金額は政府統計の平均値かもしれませんが、絶体にセンター値でもないのは確かです。
私のまわりの団塊世代、関東首都圏・湘南鎌倉周辺にお住まいの団塊世代御夫婦の仮に偏差値が解るとすれば確実に65〜70台は間違いないでしょう。
私達夫婦はかなり、低く目の40あたりかな。

なにのどうして、何とか退職後21年やっていけているのか

それは個人年金があるから
私達、子供のいない夫婦は、二人共にどちらかと云えば専門職で共通の趣味は世界の辺境の地への旅でした。
マンションのローンを早期返済した40台前半から、早期退職に備えて、個人年金の積立を始めていました。
一番安定していると思われた、生保会社の積立を個人年金で受け取る商品を選択しました。それも何本かにわけて、
1本目は50歳から受取りを始め60歳まで
2本目は55歳から65歳まで

途中一番大きな保険商品をかけていた、大手生保が経営破綻しそうになり全額解約した時に、同じビル内に入っていたS銀の知り合いから提案されたのが
その解約戻し金全額を夫婦二人、一人10本、都合20本契約の一時払い、確定利回りの個人年金を勧められました。
全額一本だと、今回のケースのように、解約返戻金がかなり減ることになるので、合計20本に分散し、必要な時、必要本数だけを解約、或いは満期まで持つ
という方法を提案してきました。これは販売するほうにも一本につき幾らかの報奨金もつくのです。
私の場合、自分の老後設計では当時の団塊世代男性の平均寿命78歳ベース年齢として設計しました。
結局3本目は55歳で退職し、このS社の20本は、私が69歳から78歳まで10年間、一本づつ受け取る保険契約をしました。
2本目が終わってこのS社のを受け取るまでの4年間は、公的年金だけとなりましたが、特に不自由はしませんでした。
今年、まだ二人の個人年金はまだ残っているのですが、これらの契約は、こちらから請求・解除を申し入れないと受け取れません。
これらの書類はかなり以前のもので、もう大手生保及びS銀の担当者も何度も交代していますので、全てメール・オンラインでの会話となり、カミさんには負担となるのが予想されますので、後2年残っていますが、今年、このS社の分を二年繰り上げ請求し、受け取ることをカミさんに説明しました。

残されたカミさんの負担、手間を軽減する手立てを考えておかないと

ともかく、簡単に今からやっておこう
ともかく、3つ違いのカミさんはアナログ人間で、スマホでラインの文字を打つのがせい一杯ですから、今、私が準備、用意出来るものはできる限りしておこうと思っています。
前記の個人年金型生保はまだ二つ残っています。
バブル以前からの「お宝一括払い生命保険」が2本残っています。
これは、従来の生保に近い商品なので、私が実際になくなり、請求するのまで利息(微々たるものですが)がつきます。
今、私が生きている間に解約したほうがカミさんは楽なのかもしれませんが、今のところ、そのお金が一括で手元に来た時の、現在の環境で所得して加算される可能性もあるのて
そのまま、放っておくのが無難な手として考えていますが、78歳の設計年齢の誕生日が来たら、もう一度考え直してみます。

この話をカミさんした時、私名義の銀行口座から、自動引き落としの公共料金などのリストを紙に印刷したものを頂戴と云われました。
確かに・・・カミさんは私のお葬式の準備・手配はお友達の手助けですぐに準備出来ています。
次にカミさんがパニックにならないように、公共料金などの自動引き落としは現在二つの銀行にわけており、カミさんから、一つの銀行口座にまとめてくれるように頼まれています。
スマホとか、NHKとか、或いは私のネットサーバーとか、契約者と銀行口座名義が違った場合、どうなるのかまずそれから調べていかないと・・・・
今、現在、新たに銀行口座つくるのはとても大変だと、地元の銀行から聞いています。
ですから、できれば今、カミさんの生きている口座にすれば、一番楽と話すと、カミさんは「それは夫が先に逝く前提の話、もし私が先に逝ったら、これまた、契約者、世帯主から全て変更しなくてならないのよ」と。
ともかく、夫婦ふたりきり、飛行機事故で一緒に亡くならない限り、大変なようです。


*************************************************************
ブログ管理人のホームページ団塊世代の海外ロングステイ 関連情報がメイン
  
ブログ管理人のwebサイト2011から2019年過去のブログ・アーカイブ

定年後の過ごし方サイト読者からの投稿・体験記事ページ

ブログ管理人の動画サイトユーチューブページ

ブログ管理人のつぶやきツイッター
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2024年06月18日

朝日新聞 読者アンケート 円安はいいことですか?


歴史的な円安が続いています。
私が初めて、海外にでた時、パスポートに持ち出しドル金額が書き込まれていた時代でした。
1ドルは360円でした。
私の手元のパスポートに記されているのは285ドル、日本円にして10万円、高校から大学半年の間にバイトして貯めたお金に親からの餞別・門出のお金の合計でした。
当時高卒の初任給は東京の一流会社で18,000円の時代、令和6年の高卒初任給が185,000円ですから、その当時10万円は今の価値観からみると10倍100万円ほどの大金です。今更ですが親に感謝しています。
帰国したのが1975年、6年半ブリの帰国でした。
その当時、南米ペルーのリマ発タヒチ・グアム経由羽田便、そしてそのままパリ便となる当時、世界で一番長い空路定期便だったのです。
羽田空港に到着した時、ドルは1,200ドル持っていたのを覚えています。その他に円でたしか5万円ほどでした。
当時羽田空港カウンターの対ドル相場が305円だったのを覚えています。ですがそのまま円に両替しませんでした。
信州の実家まで帰るだけの日本円は持っていたのと、私が日本を発った時に親から援助してもらったお金を返すには少したりないでしようが、1,000ドルちょうどは使わずに帰国しようと前々から考えていたのです。

実家の両親はその1,000ドルは受け取らず、私が日本に一時帰国して来た理由、電子技術専門学校の入学金やらの当座の費用が必要にしなさいとの申し出にありがたく
感謝し、翌週には東京にでてきました。
あれから、約50年、私の人生はいつもドルが身近にありました。

はいと答えて方は10%
その理由は
・ある種の外貨・ドル連動型資産をお持ちの方は、円安というよりドル高を受け入れているのでしょう。

・インバウンド客が増えたことを良い方向と捉えている?は海外のお客様との接触の多い方なのでしょう。

 私、個人としては海外からの旅行者が増えてのは良い悪しだと思います。
 海外からの客、旅行者が日本のレストラン・居酒屋、ラーメン店がこんなに安いを連発すると、昔のアジアを旅したした時の現地の人の気持ちを今更ながら解る気がします。
 そして、日本は今、昔、旅した二人でワンコインで地元の食事が食べれていた、開発途上の国になっているのだな、思ってしまいます。

・日本円の預金金利が上がったとの回答,なにか間違いでないですか?
・節約に目覚めた・・・円安やドル高となにか関係あるのかな、円安による物価だかだからなのか
・給料・配当などが増えたに至っては、何か円安ドル高と関係あるのかしら

いいえと答えた方90%

その理由は
この朝日新聞のアンケート回答者は無作為ではありません。
「between 読者とつくる」にアンケート回答者として登録している朝日新聞定期購入読者のみが、web上で回答出来るシステムです。
その回答者の年齢層・男女比などは明らかにしていませんが、紙面で見る回答の一部を拝見すると、一概にはいえませんが、高齢シニア男性が相当数を占めています。
「知り合いがパリ・パラリンピックに出る可能性が高く、最後の海外旅行をと貯金を頑張ってきたが、1ドル150円を越えた時点であきらめた、人生最後の夢を奪われたようで、寂しい(大阪・女性・76歳)などが典型的な例です。
私自身は、パスポートの更新を辞める前までは、新聞・テレビのドル・円相場には敏感でした。
しかしパスポートの更新を放棄し、海外旅行を卒業した時点(66歳)で、ドル・円相場には全く無関心状態が10年続いています。

はいの人が答えました

海外資産を増やします?
やはり、ここで回答者の年齢層が現れていると思います。
相場に勝つ、乗るためには、ギリギリまで上昇機運に乗ることが大切とされています。
簡単な考え方は、いつ降りるかのタイミングを神経を張って毎日、1日見張っていないければなりません。
昔は、日本国内だけを見張っていればよかったののですが、今や世界中が相手で24時間、休まずに見張っていなくては勝てない世界となっています。
ですから、この「between 読者とつくる」回答者層から考えると、せいぜい「現状維持」が大半を占めることは、想像できます。
今、この2024年6月時点で、「買って増やす」という回答の方にできればお会いして、ご意見、見解を聞きたいものです。
もしかすると、大きな世界のま流れがあるのかもしれません。
このアンケート結果、数年後、思い出す機会があるかどうか。
一日、朝から晩まで、24時間、世界の通貨・株価を相手する人を「デイトレーダー」と云います。

私が55歳で退職した時、ある人からパソコンとネットの接続を見て欲しいと頼まれて、自宅にお伺いしたことがあります。
この方の書斎が、元私が担当していたインテリジェンスビルに日本支社をおいていた、某外資系銀行のリーディングルームと同じでした。
この方は、元大手証券会社にお勤めのようで、定年退職してから、自宅で取引を始めたようで、ネット関係の接続についてある程度アドバイスをさせてもらいました。
元いた会社同じレベルの通信幹線を個人で引く、方法、条件、費用をお話したことを覚えています。
あれから20年近くなりますが、どうしている?

いいえの人が答えました

もっとも節約していることは?
グローバル的なドル高・円安に対抗する手段は確かに、節約しかありません。
そして、私達団塊世代、年金シニアが出来る一番の節約方法は、「海外旅行」に行かないで決定です。
今、このドル高円安でも、毎日新聞では、海外旅行ツァーの大広告で賑わっています。
そして、その値段に、団塊世代、円が100円が当たり前だった世代は、この海外旅行代金にびっくりしています。
だれが、こんな値段て海外旅行にでるの?
一番簡単に比較出来るのが、ハワイ旅行です。
三泊五日のハワイ旅行?が一人25万円から・・しかも燃油サーチャージ別
私達の感覚では二人の値段でしょう。しかも今のワイキキでは、食事代だけでも一人、朝・昼・晩、外で座って食べたら、一人1.5万円でたべられるかどうか?
100ドルと云えば、私達が頻繁にハワイへ行ってた頃の二人の1日分の予算でったのです。
またまた、団塊世代、年寄世代の「昔話」「自慢話」と聞き流して結構ですが・・・

全員が答えました

生活水準を上げるには?
基本的にこの設問は、円安対策を問うているのでしょう。
ドル高・円安で自分たちの生活水準をあげる?にはとの問いってどういう事なのでしょう。
読者からの回答には
「もっと安い家賃の家をさがしている」(男性・69歳)
「スーパーで食品が半値になるまで買わない、」(74歳・男性)
「庭に野菜を植えて、味噌汁の具にしている」(69歳・女性)
とあまり、ドル高・円安と直接関係のない、支出減に励んでる様子が見とれます。

結局、今回のアンケートの締めは
「日本人にとってちょうどいい円相場はいくらなんだろう」(54歳・女性)でした。


*************************************************************
ブログ管理人のホームページ団塊世代の海外ロングステイ 関連情報がメイン
  
ブログ管理人のwebサイト2011から2019年過去のブログ・アーカイブ

定年後の過ごし方サイト読者からの投稿・体験記事ページ

ブログ管理人の動画サイトユーチューブページ

ブログ管理人のつぶやきツイッター
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2024年06月16日

小田原城の花菖蒲と紫陽花


神奈川県西部・南部ロケーション地図
関東・首都圏の、あやめ・花菖蒲の庭園と云えば
水郷潮来あやめ園
水郷佐原あやめパーク
堀切菖蒲園
水元公園
横須賀しょうぶ園
東京都東村山市「北山公園菖蒲苑」
といった所で、全て過去に撮影に行ったことがあります。
最後に登場するのが小田原城といった所が王道、見頃の箇所でしょうが、実は小田原は桜も花菖蒲も有名なのは有名なのてすが、それ以上に上記の潮来・水元・堀切・横須賀がダントツの人気なので、自宅から一番近い、小田原には一度も行ったことがありません。
そろそろ、歳も歳だし、最近ちょっと動くと疲れが残るし、一番近場の小田原でも行ってみるかと、出かけることにしました。
季節は今、6月中旬二週目から三週目あたり。
土日は混むかも知れませんので、平日のあまり日差しの強くない午前中に行くことにしました。
大船08:25東海道線熱海行⇒小田原09:07着 42分 680円
近年、東海道線はJR東海に属する熱海とつながり、北方面は宇都宮・高崎と長距離列車となった、動きやすくはなったのですが、運行距離が長くなるに連れ一つ、事故・故障・トラブルが起きると、広範囲、長時間に影響が出ることがしばしばです。

小田原城は駅チカ
徒歩10から12、3分です。
小田原は、関西・西方面の新幹線を利用する時にここで乗り換えています。
自宅大船から東海道新幹線を使うのでしたら、新横浜で乗車するのが一般的です。
新横浜でしたら、「のぞみ」も「ひかり」もすべて停車し、西方面の移動にべんりなのですが、自宅大船から新横浜の乗り換えが不便なのいです。
東海道線で横浜駅で乗り換え、東神奈川で横浜線にのりかえるか、あるいは市営地下鉄で直接新横浜へ行くか、最低一回は乗り換えなくてはいけないのと、行きも帰りも、通勤時間帯にどんな時にぴしゃりで、100%電車内は混んでいて、スーツケースを持った旅行客は嫌な顔をされるのは解っています。
大船から新幹線乗換を小田原にすると、行きも帰りもラッシュの反対方向なので、電車内は空いていた、座れますし、スーツケースを持っていても嫌な顔はされません。
そして、ほんの少しですが、新幹線特急料金も安くなります。
問題は小田原は「のぞみ」は停車しません、「ひかり」も2時間に一本しかないのです。
のんびり、京都・大阪まで2時間21分かけて行くことになります。
私達はいつも「こだま」で京都に通っていましたが小田原07:35⇒京都10:34着、3時間でした。
でも、これが一番安く、予約なしで、確実に晴れた日に観光できる手段なのでした。
いいじゃないの、京都に10時半に到着できるんだから、多少自宅を早くでなくてはならないけど、お金はないけど、時間はたっぷりあるのだから。と
しかし、最近やや変わってきました。
お金はたっぷりはないけど、そこそこある。
時間はそろそろ、残り時間を気にしなくてはいけないお年頃になってきている。
小田原から「ひかり」で名古屋のまで行って、その先は「のぞみ」に乗り換えて行こうではないか!と考えるようになってきています。

小田原は大変貌中

小田原は頻繁に行っています。
しかし、実際に小田原の駅の外に出ることは滅多にありませんでした。
色々の行く先として小田原駅に降り立ったとても行く先は「小田急箱根線」あるいは「大雄山線」です。
小田原は十数年ほど前、シャッター商店街の街の典型としてメデイアのとり上げられていた、「射陽」の街、駅前だったのです。
箱根観光の拠点のまちとして、あるいは私のような新幹線乗換の街・駅としての存在感しかなく「通過」の街・駅としてのみ存在していた時期がありました。
この街・駅前総合開発計画の一貫として20数年前に大手設計事務所とゼネコンから呼ばれて会議に参加したことがあります。
理由は単に、神奈川県西部地域のの建設業界のドン的会社のを長年担当していたのと、朝一番の会議に出席できる所に住んでいたいたたけの話てなのですが、確かに、小田原は全ての通過点のロケーションの街で、如何にこの街を活性化させるような、駅周辺の開発を考え、市・商工会議所・県・JRを含めて一緒に考えようという会議てした。
先ず、現在東口駅前の駐車場跡地と、道路を挟んだ民間商業地の一体的な開発から論議が進み、その区画に商業ビルと2つと、ビジネスホテルの建設が決定した段階で、
私は別の都心のリニューアルプロジェクの実際の施工現場に張り付くことになり、この小田原からは外れて見ていました。

あれから20年あの揉めていた東口にこんなものが出来たのか

いままで小田原で苦労していた、大ショピング・フードエリアの誕生です。
あの駐車場跡地に「ミナカ小田原」という商業ビル・温泉施設を含む高層ビルとその下には、沢山の店舗、レストラン、土産物屋さんがテナントして入ってはきており、昔、論議を呼んだ、高層ビルと小田原城天守の景観も見事クリアされていました。
後日、この時の立案会議出席者に聞くと、竣工がちょうどコロナの時期2020年の暮れで、年があけたらコロナパンデミックで大慌てをしたそうです。
しかし、あれから4年、小田原駅はインバウンド客で溢れていました。
旅慣れた、日本リピート客は、東京駅・新宿駅から電車で小田原まできて、此処を箱根観光の拠点として滞在する外国人客が一気に増えたそうです。
丁度お昼時、店内は日本人よりも外国人が多いのではないかと思うぐらいです。
私はこのお昼、ここではなく、駅ビル内「丸亀製麺」がある事を知っていたので、そこへ行きました。
すると、此処でも外国人がいっぱいです。
「丸亀製麺」の売上世界一のお店はワイキキ・クヒオ通り店として、有名であると共に、日本の円安で天麩羅を一緒に頼んでも、ワンコインで収まることをインバウンド旅行者は知っているのです。
確かに、そのとおり日本人の私は「冷ぶっかけうどん並」に「ちくわ天」で税込み500円ですが、かれらに取って3.5ドルなんです。
昔、私達日本人がバンコクやバリ島で、安い、安いを連発してたのを現地の人々はどう思っていたでしょうを、思い出していました。

小田原城の花菖蒲は


この日、前日の日本全国、今年初めての夏日の翌日、朝起きた時に空は曇っていました。
カミさんがどうするの、こんなお天気で撮れるの?と聞きます。
今日は絶好の日、昨日みたいなピーカンで、暑い日行きたくないと、最初から決めていたから出かけます。
そうでなくても、スマホの歩数計をみると一週間外出していない・・・北陸。福井から帰ってきて、体調を崩し、風邪気味でお医者さんに行っても治らすグダグタしていた日々、このまま、老人の如く老いて、筋力が衰え、家の中や、近所を杖をついて彷徨う生活に落ちていくのか、と心配していました。
他所、不安を抱えていても、先ずは心を奮い立たせ、多少、疲れていても外へ、出歩かなくては。
最低、一週間に3日は自分の足で8,000歩は歩かなくては、というのが今日の小田原のメインテーマなのです。
最初から、「花菖蒲園」は期待していませんでした。
本当に広大な畑の多彩な花菖蒲、あやめを撮影するなら、近所なら横須賀へ行くでしょうし、昔の新婚時代に一度行ったことのある、堀切や水元公園に行くでしょう。
今回は、出かけなくてはいけな、自分なりの理由でここを選んだに過ぎないのです。

小田原城の紫陽花は

 

ここの推しは、花菖蒲と紫陽花が同じ時期、同じ場所で楽しめることでしょう。
花菖蒲やあやめが目的でしたら、葛飾水元公園が一番だと私は思いますが、如何せん、遠い、不便です。
常磐線・各駅停車または地下鉄千代田線の金町からバスで15分、都営公園入口から徒歩15分、湘南からは遠いのです。
その点、紫陽花はさほど各所違いはありません、鎌倉が有名ですが、明月院の紫陽花は、西洋紫陽花ではなく色は青系統の単色のみ、最近は
西洋紫陽花も裏のほうで栽培しているようですが、とにかくこの6月は、行列が北鎌倉駅までつながる有り様、勿論入園料500円はとります。
明月院ともう一つの紫陽花で有名な長谷寺も、この時期ネットでアルバイトを大量募集しています。
鎌倉の紫陽花でもうひとつ有名な江ノ電「極楽寺」駅そばの「成就院」は参道工事で紫陽花の株は三陸の縁のあるお寺さんに移植された為、
昔のような参道の両側の紫陽花と由比ヶ浜の風景は見れません。

女性の皆さんお元気のようで
自宅を8時半にでて、ターミナル駅まで歩き、小田原駅から徒歩で城内をまわり、帰路、小田原の変貌ぶりを撮影し、帰宅したのは昼の12時半。
スマホの歩数計をみると、この日は10,250歩、7.8km 消費カロリー266Kcal、やや今朝、昨日よりも体調はいいみたいです。
下半身の張り、むくみも軽い感じがします。
毎日カーブスに行っているカミさんが、云うのは分かります。
とにかく、自分自身で筋力の低下を実感しており、北陸の旅から帰ってきてほぼ20日、風邪の影響もありヘタリきっており、次の旅行を考えてもこの体力・気力で次の目標「鳥取」にいけるか?と不安でしたが、今日、近場の小田原に一人で行って、帰ってきて、ちょぴりですが、安心しています。


*************************************************************
ブログ管理人のホームページ団塊世代の海外ロングステイ 関連情報がメイン
  
ブログ管理人のwebサイト2011から2019年過去のブログ・アーカイブ

定年後の過ごし方サイト読者からの投稿・体験記事ページ

ブログ管理人の動画サイトユーチューブページ

ブログ管理人のつぶやきツイッター
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2024年06月14日

井桁弘恵 今どきの若者のアジア節約旅



人気のモデル・タレント井桁弘恵が旅するLCCを利用したアジア格安海外旅行に密着するTVバラエティ番組
今回の目的地、タイ・カンボジア・ベトナム三カ国を4泊5日で巡る

旅の予算は、ホテル代、交通費、食事代すべて込みで6万円、LCCは往復30,000円、都合90,000円。ほぼ10万円で、インドシナ三カ国なら私達の世代なら特別、超格安でもなく、バックパッカー旅としては当たり前の値段だが、それは、15年以上も前の1ドル100以下、インドシナの各国も経済発展する前の時代、まだまだタイ国民が日本へ旅行にくるなんて夢の時代のお話
さて、現在のインドシナ三カ国の観光地の事情、物価はどうなのか、楽しく、そして懐かしく、興味深く拝見した。

ちなみに旅する井桁弘恵は27歳、早稲田卒の正真正銘のインテリ、頭か良さそうな可愛い美人系、モデルとしてスカウトされたが、その行動、理解力でバララエティー系から引っ張りだこ、特に出川哲朗に気にいられて「電動バイクの旅」では度胸のよいところを絶賛されて。大注目のタレントだつて、この番組の冒頭で「ドリアン」を思い切り食べてみたい、と美人系モデルがいうコメントでなく、楽しみ。

一日目タイ・バンコクでは

LCCで到着後、まず向かったのは、バンコク郊外の「ア入場制限ユタヤの歴史公園」ワット・プラ・マハート。
バンコク市内からアユタヤへは、一番安いのは鉄道だが、夜の時間があるのでバスで向かう。
ここで、定番の観光地をトゥクトゥクで回る。
今回、この番組を見て驚いたのは、井桁弘恵はそう英語が得意そうにもみえなかったが、今や「スマホ」があれば万能、特にタイ語に関してはアプリはポピュラーのようで、日本語でスマホに話しかける、その場タイ語に翻訳してくれている。何と便利な世の中になったのか
タイ語は世界で有数の難しい発音の言葉だけに、今の旅行者がうらやましい

食事もホテルもその場でスマホで探し出している様子
私達がタイを自由に動いていたのは、二人共50代前半の頃、こんな時代が来るとは思わなかった。ただひとつ、20年前と違っていたのがタイバーツの値段、この番組で動いていた時、1BHは4円として計算していた。私達の頃は3円で計算していたのに。
それでも、スマホ翻訳は重宝していて、食事も宿もかなり順調にそれなりの値段価格で推移していく。
でも、昔のバックパック旅行経験者からみると、全然超格安旅行ではないのだが
だって、当日割引でツインの部屋が日本円で5,000円と喜んでいるのを見ると、かなり甘い、まだ格安旅行のビギナーだ

二日目

バンコクのフアランポール駅からカンボジア国境のまちポイペトを目指す。
5時間20分の列車の旅、当日、駅の窓口で購入、料金は98BH420円、それなりの列車で冷房はなし、車内で弁当ガパオライスを買う100円
40いくつの駅を経由して、国境の街バンクローンに到着、ここから徒歩で国境を超える。

ここでは番組的に事前にネットで申請したeビザがあり、指紋、顔写真をとってタイ出国からカンボジア入国は40分ですむ。
確かに、島国日本人にとって、陸路の国境は珍しく、自慢話になるだろうが、昔のバックパッカーにとっては当り前、但しビザの申請は、現地ボーターよりは領事館のある大都市で済ませておいたほうが、当然ながらスムーズになる。
ここからアンコールワット観光の基点のまちシェムリアップにバスで向かう。
シェムリアップのまちの夕刻到着し風景にびっくり。
赤い灯・青い灯のネオンでいっぱい、私達が初めて行った時は、日本の初のPKO派遣と一緒、街中国連軍の車両で溢れており、観光客はほほゼロ停戦後初の日本人観光客として、機關銃をもった兵士に囲まれての観光だった、街中外国人観光客で溢れていた。

井桁弘恵は宣言通り、町中てドリアンをみつけ早速買う
ドリアンひとつ6.5ドル 1ドル158円換算、約1,000円、タカーいの一言
私達の昔の感覚では、中ぐらいの大きさのドリアンは500円程度だった記憶があ、る、特にシェムリアップのような大きな観光地で外国向けに売っている値段なのだろう、
女優・モデルは井桁は見事にかぶりつき、「おいしーい」「くりーみー」と叫ぶ、いいタレントになりそう。
同行したディレクターは顔を近づけただけで、顔を背け、「無理、駄目」と遠ざける。
それをみていた店員たちは、私達にちょうだいと一緒に美味しそうに食べる
私もドリアンは大好物、でも翌日までドリアンは胃のなかで発酵し、翌日の午前中まで息がトリアン臭くなるので要注意

三日目 アンコールワット遺跡観光

私達夫婦は都合、四回このアンコールワットを含む広範囲の遺跡群をみてきました。
遺跡でもかなり危険で、過去に何度も観光客が脚をすべらして落下した寺院には足場が組まれたり、井桁弘恵が期待していた正面の池に映る逆さアンコールワットは工事中でみられませんでした。
私はこの逆さアンコールワットを最初1992年、日本画家の平山郁夫さんと一緒にならんでこの水映る姿を眺めていました。
彼女たちは午前中にアンコールワット遺跡を後にして、豪華一両列車でプノンペンに向かいます。

プノンペンの街の変貌には大驚きでした。
私達1998年、外国人観光客第一陣としてプノンペンに、他国のPKF部隊と一緒にプノンペンに入った時は、かのポルポトが破壊尽くした残骸の街でしたが、観光客・外国人が珍しいのか、日本の戦後直後に来日した米国人兵士の気分でした。
何もなかったプノンペンは何と高層ビルが何本も立つ大都市と変わっていました。
三日目の夜はプノンペン泊、ホテルは28ドルとシェムリアツプからみると格段に安くなっています。それでも1ドル円換算は159円ですから、結構良い値段になりタイトルのようなアジア格安海外旅行の値段ではありません。
私達、元バックパッカーの感覚では10ドル以下がアジアの大都市では当たり前の時代を過ごしてはきているからです。
今の日本がそうです、東京都内には4,000円台のゲストハウスは山ほどあります。およそ26ドルぐらい、如何に日本の円が安いか、今回のようなアジアを格安節約旅行でいくと解ると思います。

最終日、プノンペンからホーチミンへ

豪華フルフラット寝台つきでベトナムの首都に向かいます。7時間半の移動も何故か番組では値段を表示していませんでした。
これも、きっと日本からネットで予約、支払いしているのでしょう。
私も南米でブエノスからアンデス山脈の麓のメンドサに向かう時にこのようなカーテン付きフルフラットバスに乗ったことがああります。
1,200kの移動でおよそ50ドルぐらいてでした。

最終目的地ホーチミンにで、定番のお買い物アオザイを買います。
いろの違う二着セット7,100円、全然超節約旅ではありませんが、まあ
テレビ撮影ですし、27歳のモデルさんですから仕方がないのでしようが。
ここて井桁はこま過酷な旅に一緒に付き合ってくれたディレクターにバスーでプレゼントとおそろいのアオザイを着て向かうのがベトナム最高峰のビル高さ461mのランドマーク81での記念写真でした。
こうして、4泊5日タイ・カンボジア・ベトナムの旅にかかった総費用は国際航空便と事前ピサ代などをのぞきホテル・食事代込みで5万1,045円という報告でした。

昔のわたしたち世代のアジア・バックパッカー旅行からしたら、これは豪華、エンジョイ旅行に属するものでしょう。
でも、今どきの若者「井桁弘恵」のドリアンの食いっぷりがとても良かったので、許して上げる。

*************************************************************
ブログ管理人のホームページ団塊世代の海外ロングステイ 関連情報がメイン
  
ブログ管理人のwebサイト2011から2019年過去のブログ・アーカイブ

定年後の過ごし方サイト読者からの投稿・体験記事ページ

ブログ管理人の動画サイトユーチューブページ

ブログ管理人のつぶやきツイッター
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2024年06月12日

車、持ってますかアンケートの結果


毎日、高齢者による悲惨な交通事故のニュースを目にしない日がないようにおもえます。
先週の事故は小学生の通学の列に、84歳の男性の運転する軽乗用車が突っ込み、介護もしないで呆然と佇んでいたいう、事故を知って駆けつけたという
近所の人の談話が紹介されていました。
恐らく、その光景は誇張ではなく、事故をおこした84歳、高齢者の男性は呆然するしかなかったのでは、同じ後期高齢者世代の私たちは想像できます。
そして、ニユースの映像では、手錠をかけられて佇む男性の姿が真正面から映し出されていました。
レストラで悪ふざけするする少年らは、映像がぼかしに入るのに対して、84歳の不慮の事故では、堂々と罪を償いさないとばかり、正面からカメラは捉えていました。

朝日新聞の土曜日版では、毎週、アンケートに応募登録されている読者に、翌々週のアンケート募集のメールが届きます。最近多いのは、高齢者問題が多いようです。
世間一般は高齢者をどうみているのか、時には為になるアンケートで、今回は「マイカー」「車」でした。
令和の世、若者のの「車離れ」が進む一方、高齢者に対する運転免許の自主返納が足されています。
「地方ではマイカーなしでは暮らせない」「都会のよう電車・バスがそうひんぱんある訳でもない」、という声は、今回北陸・福井市の近郊を旅してしみじみ、本数の少なさを感じました。
そして、ドル高、物価高のなかガソリン代も、維持費の高さ、環境への影響も心配されるなか、アンケートは「あなたは車をもってますか」でした

設問1 車をもっていますか

 この朝日新聞のアンケートに応募した読者層はわかりませんが思っていたよりも多いのに驚きました。
もしかするお住まいの地域、あるいは年齢層によっては四人に一人が「いいえ」と答えびっくりしているかも知れません。
特に、このアンケート回答者層に多い、60〜70代の方々は、今、一番車を必要とされている世代なのでしょう。
私達のような東京首都圏のターミナル駅から徒歩圏に住む、リタイヤ年金シニアにとって、車は老後生活における、第一位の金食い虫なのです。
特に私達のような共同住宅では、駐車場代も戸建てと違って、車をもつだけで大変な固定経費になるのです。
シニアは便利さよりも、安定した経済性を優先するようになるのです。

設問2,3誰が運転?、いいえの人の理由は


運転するのは、自分・配偶者・子供・親の回答は、年齢・お住まいの場所に関係なく、一般的でしょう。
いいえと答えた人の、その理由の一番の差は、やはり、年齢とお住まいの環境なのでしょう。
事故リスクの回避は、一度でも自損事故をおこしたことがある高齢者なら、どなたでも考えることです。
人身事故でなくて良かった、自分の車の自損だけてすんて良かった、相手がいたら・・・と思うと、それも退職後生活中だったらと思うと何よりも、このようなリスクを回避するには、第一に運転免許を持たない、放棄することが一番の解決案だと、私達夫婦は考えています。

設問4 どんな時に使います

 車を使わないのでわかりませんが
今、早期退職し、比較的まちなかに住んでいるいると、買い物に車は必要ありませんが、これは高齢者二人暮らしだから言えることで、一般的な家庭なら一番
必要な条件でしょう、
最近、テレビ番組で「コストコ」とか早朝の漁港市場の売り出しとか、地方の道の駅のとかの特集を見ていると、すごい量の買い物をするご家庭を見受けます。
普通のセダンタイプの後ろ座席、後部トランクにまでいっぱいの買い物、その量そして金額が気なるのリタイヤシニア夫婦だからでしょう。
医療機関・家族の送迎・ドライブ・旅行に至っては、現在の住まい環境では、全く車は必要ないのです。

設問5 車を持つメリットは

確かに、車があったらと思うことは多いです。
特に大きな荷物を運べるは、日に日に衰えていく筋力・体力の低下を考えると切実です。
昨年まで、大きな荷物・かさばる荷物・重い荷物の買い出しはカミさんではなく、私でした。
特に重い荷物、一番はお米ですが、我が家の場合、お米は2Kの袋です。
5Kや10Kのほうが経済的には安いのですが、とても重くて、一番近いスーパーからでも、躊躇する大きさです、カミさんの夜の晩酌、ビール・ワイン
にしても、昨年まで私のお役目でしたが、今年から、お役御免にしていただきました。
2kのお米の袋に900mの牛乳一本でも、商店街の大型スーパーからの帰り道、昔は全く坂と意識していなかった坂道をもって帰る時に、一休みしたく
なるほどです。こんな大都市首都圏から少し外れて田舎・鎌倉でも、感じるのですから、きっと高齢者にとっては車のない生活は大変だろうと想像しています。

設問6 車を持つデメリットは

私の第一位は維持費
そして次に駐車場の確保を考えます。
便利なもの、そして動くものを維持するのですから固定経費が発生するのは仕方ないでしょうが、車を持たない人間がいつも思うのは、
駐車場の確保が大変だろうなと思うことです。
若い頃、大都会ブエノスアイレスで暮らしていた私は車を持っていました。しかし、市内でも駐車場で苦労て覚えは全くありません。
まだあの頃のブエノスは、路上縦列駐車が当たり前に許されていたのと、ちょっと都心を離れれれば、路上駐車当たり前に許されていました。
ところが、20代後半に日本に戻り、都内どころか、故郷のまちなかでも、駐車場探しが大変でしたし、数時間の駐車で千円近く払うのに抵抗がありました。
これは、長い事車を持たない生活を続けている、都会に住む節約・貧乏シニア夫婦だからでしょうか。

設問7.8いいえの人、かつて車を持っていた、持ちたい

 

かつて車をもっていましたか、yesです。
ブエノスの都会に住んでいた時、ダッジの大型車を持ち、オイルショックでフィアットに買い替え、小型車の運転が怖くなった思い出があります。
日本に帰り、一時期半年ぐらい、信州の実家で暮らした時、やはり軽自動車を所有しました。
しかし、馴れない冬場でスリップ事故、相手の車と接触事故を起こしてから車の運転は怖くなりました。
信州を離れ、東京・渋谷の会社に就職し一時期、車を使うようになりましたが、担当する現場が超大型、数年常駐するようになり、そのまま退職にいたるまで
車は必要なく、住まいも横須賀線新駅駅前開発の第一号物件であり、また、退職後、終の棲家として選んだ、鎌倉・大船の住まいもターミナル駅まで徒歩9分
という環境の上、維持費・ガソリン代・税金・駐車場代を考えると、持つメリットとなし考えるようになりました。

設問9、いいえの人、現在免許は?

55歳で退職してもまだ免許証を持っていました。
運転する必要はなくても、もしそんな緊急場面に遭遇したら、免許証があるために、ハンドルを握ることがあるかも知れません。
私はオートマ車は怖くて運転出来ません。一度だけ現場の駐車場で協力会社の車の移動でハンドルを握って怖い思いをしました。
あれいらい、運転はしていませんし、60歳で運転免許更新はしませんでした。
その後、65歳でパスポートを更新せずで、顔写真付き身分証明書に不自由しましたが、マイナンバーカードの誕生で大助かりという、稀有な立場に現在います。

車がないと・・誰しもおもうでしょうが、
実際なければないで何とかなるものです



*************************************************************
ブログ管理人のホームページ団塊世代の海外ロングステイ 関連情報がメイン
  
ブログ管理人のwebサイト2011から2019年過去のブログ・アーカイブ

定年後の過ごし方サイト読者からの投稿・体験記事ページ

ブログ管理人の動画サイトユーチューブページ

ブログ管理人のつぶやきツイッター
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ