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2023年11月30日

高知の旅三日目、本命の「いの町」、仁淀川沈下橋へ

今回の旅を高知に決めた理由は色々あります。
1,日本国内で一度も旅したことのない唯一の県が四国高知県だったこと
2,ユナイテッドのマイル消化するに、航空券の高い所が四国、高知だったこと
 日本の大都市、札幌・博多・那覇と比べてかなり高いのです。
3,日本で一番雨・台風が多い県で、過去に二度直前キャンセルしていたこと
4,大好きな路面電車が走っていること。
5,何よりもアニメ「竜とそばかすの姫」の舞台の地であること

団塊世代オジサンはアニメファンなのか?


アニメファンと云っても、荒唐無稽のスーパーヒーローや、ロボットが活躍するものでなく、
・新海誠 『君の名は。』『天気の子』『すずめの戸締まり』
・細田守 『時をかける少女』『竜とソバカスの姫』等の青春アニメです。
この二人に共通しているのは、実写かと見間違えるほどの描写の綺麗さと、主人公が地方に住む女子高校生であることです。
地方に住み、都会の生活に憧れる、今風の女子高生ですが、都会の渋谷あたりで屯する東京の女子高生とは全く違った、純粋さ、無垢さが昭和40年代に、煙を吐く蒸気機関車に乗って上京して来た、地方出身の団塊世代男子と思いを、このアニメを通して感じるのです。

竜とそばかすの姫ストーリー 公式サイト引用

自然豊かな高知の田舎に住む17歳の女子高校生・内藤鈴(すず)は、幼い頃に母を事故で亡くし、父と二人暮らし。
母と一緒に歌うことが何よりも大好きだったすずは、その死をきっかけに歌うことができなくなっていた。
曲を作ることだけが生きる糧となっていたある日、親友に誘われ、全世界で50億人以上が集うインターネット上の仮想世界<U(ユー)>に参加することに。
<U>では、「As(アズ)」と呼ばれる自分の分身を作り、まったく別の人生を生きることができる。歌えないはずのすずだったが、「ベル」と名付けたAsとしては自然と歌うことができた。ベルの歌は瞬く間に話題となり、歌姫として世界中の人気者になっていく。
数億のAsが集うベルの大規模コンサートの日。突如、轟音とともにベルの前に現れたのは、「竜」と呼ばれる謎の存在だった。
乱暴で傲慢な竜によりコンサートは無茶苦茶に。そんな竜が抱える大きな傷の秘密を知りたいと近づくベル。一方、竜もまた、ベルの優しい歌声に少しずつ心を開いていく。
やがて世界中で巻き起こる、竜の正体探しアンベイル。
<U>の秩序を乱すものとして、正義を名乗るAsたちは竜を執拗に追いかけ始める。
<U>と現実世界の双方で誹謗中傷があふれ、竜を二つの世界から排除しようという動きが加速する中、ベルは竜を探し出しその心を救いたいと願うが―



アニメの舞台、仁淀川が流れる「いの町」へ行ってみたい


この作品を見る前から、ユナイテットの最後に残ったマイルは、四国・高知と決めていました。
しかし、高知県のガイブブックには、四万十に関する情報、記述は多いけど、仁淀川・いの町に関する情報が少ないので、ネットで調べて
「いの町観光協会」にメールすると、詳しい・大量の資料や目的までの路線バス時刻表など自宅まで送っていただき、運転免許返納している、シニアの二人旅の私達に電話でのアドバイスを頂き、昨年の春、桜の季節に手配しましたが、またもや、直前の天気予報は雨でキャンセルし、天気の一番安定していそうな、11月中旬に行くことになりました。

高知市内から仁淀川の「伊野」へのアクセス
■ 路面電車 土佐電
  宿泊したホテル「クラウンバレス」前の「高知城前」から一本で行けます。
  所要時間50分、一時間に一本 料金480円
■ JR線 ホテルからJR高知駅徒歩15分、高知駅から伊野 25分 料金330円
  私達はJRで行きました。一番の理由は
・路面電車にトイレがないこと
・安く、時間が正確で読めること
・何よりも伊野駅から仁淀川方面へのバスが少なく、待ち時間を考慮するとJRしか選択の
 余地がなかったのです。

JR伊野駅へ
旅の三日目の朝、アニメの主人公「鈴」が通学で使うJR土讃線普通「須崎」行に乗り込み、アニメでみた伊野駅に到着しました。
小さな伊野駅は、アニメで描かれた世界と全く一緒でした。
 

構内待合室には、アニメ「竜とそばかすの姫」のパンフやら、映画の映像パネルが沢山貼られていました。
私たちは、朝9時にこの駅前から、アニメにも登場する沈下橋のバス停を目指します。

西の谷第二バス停へ
 

 

県北部交通バス、柳野・北浦橋行の西の谷第二バス停が、今回の仁淀川沈下橋、名越屋沈下橋のバス停であり、主人公「鈴」が毎朝通学で乗るバスのモデルとなった場所なのです。

JR伊野駅から20分ほどで、この仁淀川の沈下橋に到着しました。
 

 


沈下橋とは
四国の四万十川、ここに仁淀川にかかる沈下橋は洪水で橋が水中に没する(沈下する)ことを想定し、水の抵抗を受けにくくし、欄干があることで流木がひっかかり水の流れが悪くなることを防ぐためです。
つまり沈下橋は、自然を押さえつけるのではなく、あるがままの自然を受け入れ、折り合って生きていこうとする四万十川・仁淀川流域の人々の生活様式を象徴するものといえます。
見てのとおり、橋上の上には、水の抵抗となるような構造物は全くありません、勿論、車道脇のガードレールも、人が通る前提としての手すり、欄干もありません。
橋の上の構造物としては唯一、車が通った際の通行人の避難場所としての、出っ張りのみがあります。
この名越屋沈下橋の観光滞在時間は伊野への帰りのバスの時刻に合わせて35分間でした。
次のバスでは1時間25分、待たないとないのです。
この実質20分足らずの時間にこの橋を渡って反対側に3台の軽自動車が、結構なスピードをだして、渡っていきました。
次に一台の普通自動車はどうやらレンタカーの観光客のようです。
ゆっくりと、橋の幅を確認しながら向こう岸に渡り、Uターンして戻ってきました。
流石に、橋の上に車を止めての記念写真をとる余裕はないようでした。
そして、ここは観光地でないので、トイレはありません。辛うじて橋の袂に日用品を兼ねたお土産物的なお店があり、ここのトイレを借りるしかないのです。

仁淀川の透明度、綺麗さは今まで見た川の中でダントツです。

この四国高知の旅の3日間、全て快晴で雲ひとつない好天気です。
この仁淀川も気温f20度以上ありそうで、帰りのバスの時間までこの、日本で一番美しいと、かってに称賛する仁淀ブルー?、仁淀グリーンの川を橋の上から見渡すと、最近もう何十年もカミさんと一緒に撮っていない夫婦二人の影が仁淀川に映り、これが夫婦二人の最後の記念写真としてパチリ。
世の中には、観光地で夫婦二人で写真に撮る姿を多く見かけのますが、私達二人はもう何十年も一緒に写真に収まったことは有りませんし、一人一人の写真も退職してからの海外旅行でも記憶に有りません。
スマホ時代になっても、カミさんはスマホで写真を撮る方法も知りませんし、ましてやレストランで食事を写すことは皆無、なんでそんなものを撮るの?帰って、お友達に自慢でもしたいのかしら?と云います。
写真を撮ると、自分の記憶、思い出が薄れると、思っているようです。
私も撮りません。撮ってところで、自分の記憶ではなく、記録として使えないからです。
この、ネット時代、年間300万PVのサイト運営する個人情報となってしまうの回避するからです。ですから、私の遺影は昔のPCのなかには有りません。

橋の上から沢山の泳ぐ魚が手に取るように見えます。

かなり大きな魚のようですが、なんなのかは分かりません。
私が生まれた信州長野市の郊外を千曲川・犀川が流れており、子供の頃、自転車で遊びににいったものてすが、こんな色の川の流れは初めててす。
そして、千曲川と犀川が合流して、信濃川になった先でも、このような川幅もなく、それ故に、川の流れは急でした。
こんなに、ゆったりと流れ、橋の上からこんなに沢山の大きな魚が泳ぐ姿が見れるなんて、まさに南国の桃源郷の風情でした。
帰りのバス停の前のお店で桃源郷みたいと云うと、ご主人は、大雨・台風の季節には、この橋は完全に水没して見えなくなるのですと、沈没している時の写真を見せてくれました。
まるで、橋の姿はなく、今見ている仁淀川は暴れ川の如く川幅全体を覆っていました。
確かに地元では観光用ではなく、生活の為の橋なのでしょう。
ちなみに、高知県の沈下橋に代表される潜水橋・沈下橋は,日本各地に存在してます。
その概要は高知県の調査では,全国に407ヶ所現存していることが明らかとなった. その第一位は高知県(69ヶ所),第二位が大分県(68)で,以下,徳島県(56),宮崎県(42)と続いているとのネット上情報てす。いずれも雨・台風が直撃する山間部が多い県のようです。

にこ淵へ行く計画はあったのですが
美しい仁淀川を見るためにはもっと奥「にこ淵」よ呼ばれて場所があるのは、観光協会の担当者からの案内メール、資料で知っていました。
この沈下橋バス停からもっと奥へ行くバスに乗って40分の最終バス停から徒歩20分はかかる場所です。
今回は諦めました。
理由1、このような美しい水を眺めるには、晴天、真上からの太陽が必須
理由2、この日、高知空港に戻り、予定している便に間に合うかの不安が多少ある。
理由3、50分間の路線バス旅でのトイレの不安が残ってました断端。
この日はお天気も良く、にこ淵は行けばきっと素晴らしい仁淀ブルーが見られたでしょうが、だんだんと年老いていき、常に安全策を考えるようになってきています。

いの町へ戻ります。

いの町は、土佐和紙の名産地で、現在高知市から路面電車も元々はこの土佐和紙を運ぶために敷設された路線だそうです。
しの町、町内での観光を「いの町観光協会」に聞いたところ、この「土佐和紙博物館」は是非見て下さいと云われました。
事前に送られきました資料には、和紙すき体験やら、現代風の土佐和紙デザインのお土産物がある事を知って、博物館・資料館が苦手のカミさんは喜んで、ここでの時間をたっぷり取るように要求してきました。
そして、買ったのは「土佐和紙トイレットペーパー」それも水引がついたご贈答用、ひとつ275円、トイレットペーパーとしては物凄く高いけど、カミさん達の旅のお土産、バラマキ用の値段として合っているし、なによりもユニークで、話題になるお土産と・・・と沢山買いたいところですが、かさばるので特別、旅ずきのお友達だけにしたようです。

お昼は何を食べようかと事前に観光協会に問い合わせしてました

回答は、特別このまち中でお勧めできる観光客用のレストランは、もっと仁淀川の奥のほう、車でいくような所しかない・・・
でも、昨年からこの地の名産物「生姜」をテーマとした町おこしとして「生姜焼き街道」と名を売って、展開キャンペーンをはじめたところと云います。
確かに、お勧めは「うなぎ」です、と云われるより、「生姜焼き定食ランチ」なら行きやすいと思って聞くと・・・まだはじめたばかりで地図もないし町内の食堂は「生姜焼き街道」というキャッチは決まったけど、何処がどんな料理を提供するのか、まだ観光協会として把握しててないと云います。
そこで、食べログでヒットした旧土佐・松山街道沿いの古民家風のお店を訪ねてみました。
しかし、入り口でカミさんが拒否しました。そこはまるでゴミ屋敷、客はゼロ、こんな土蔵のなかの暗い不衛生な場所で食べたくない。と
次に食べログでヒットした、「ファミレス」風の比較的一般的なお店にいきました。
「豚生姜焼き定食」800円、デザート・コーヒー付き、カミさんは650円を注文しました。
ネットのブログですから店名は書きませんが、料理ヘタ、嫌いのカミさんが呆れる何処に豚肉があるのか解らない、もやしと人参の「豚生姜焼き定食」と本日のランチ「カツオのタタキ定食」は650円ですから本場高知と云えどもある程度覚悟していましたが、こんなひどい、薄い、小さい、ぼそぼそのカシオを高知県で食べるとは・・・
ともかく、あれほど観光協会のスタッフが頑張っているのに仁淀川はともかく、いの町は観光客を迎え入れる体制にはまだまだ整っていないようです。

二泊三日の高知県の旅の帰路、空港に向かいます。

JR高知駅から空港は900円、35分ですから比較的街なかに近い空港です。
空港に入ると、JALもANAも現在、羽田空港の着陸滑走路が混んでいて、出発時間は予定よりもかなり遅れるとのアナウンスが流れていました。
昔は、どんなに遠く、南米から横須賀線最終電車に間に合うようにスケジュールを組んでいましたが、70歳を超える頃から、自宅マンションには7時台に戻るスケジュールを組んでいます。
どのくらい遅れるのか?、帰りの横浜からの電車が通勤ラッシュにならないか心配です。
混雑した電車は慣れていますが、最近は、前に座った若い通勤サラリーマンが、スマホから顔を揚げて、席を譲ってくれるのが、何より嫌なのが、混んだ電車に乗りたくない理由となっています。

後、何回こんな旅に出かけられるか?


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2023年11月28日

念願だった土佐・高知旅行2日目 徳島の秘境祖谷へ



高知県は四国で一番広い
高知二泊三日旅行を計画したとき、思ったよりも広く、大きいことに気が付きました。
各旅行社の3日間団体パックツアーを見ると、高知市内観光の次は、四万十川周辺、そして徳島のかずら橋を観てから、讃岐、香川県を抜けて高松から東京に戻るコースが一般的でした。毎日が長距離の移動となるようで、後期高齢者の年齢になると、団体と一緒の超霧移動の旅程は辛くなりそうなので、今までの自分たちの旅のスタイル、1都市滞在で周辺観光地へは、多少朝早くても電車での移動、そして早めにホテルに戻ってゆっくり旅するスタイルにしています。

朝、8時5分の特急列車で、目的地の駅へJR土讃線「大歩危」へ

 

ホテルを6時半にでて、ゆっくりと歩きながら駅に向かい、途中のイートインのパン屋さんでゆっくり朝食をとります。
泊まっていたシティーホテル「クラウンパレス新阪急高知」の朝食は地のものが謳い文句のブッフェ形式で2,200円です、せっかく旅にでているのだからという考えもありますが、私達の旅は日常生活の延長の一部と考えているので、朝食二人で4,400円きつく無理ですし、他に、このホテル団体客が多いのと、プロ野球オリックスとロッテの秋季キャンプの選手・関係者・マスコミが多く宿泊していて、混みそうなので、いつもスタイル朝食は二人で1,000円程度ですませます。

高知駅は、駅舎設計で有名な内藤廣氏の設計で旭川駅など手掛けてます。
この高知駅のもっとも特徴的なのは、土佐のシンボルにふさわしい木造大アーチの駅舎づくりとして、鉄道ファン必見の駅舎なのです。
このホームから、土讃線経由岡山行の特急「南風(なんぷう)」で目的地の「大歩危」を目指します。
高知を走る「特急列車」はこの地出身の漫画家「やなせたかし」にちなみ、「アンバンマン」列車となっています。

四国・高知県内のJR四国の移動は各駅停車は使えません。
高知県内に限っても、四万十方面、潮岬、足摺岬、安芸方面へ行くにはJR路線はありますが、各駅停車は一日2本程度しかなく、有料特急しか有りません。
今回の「大歩危」にしても各駅停車は途中の土佐山田しかなく、その先の「大歩危」まで行くのは「岡山」行きの特急しか選択の余地はないのです。
高知・大歩危間の料金は普通料金1,430円、特急自由席1,200円、二人往復10,520円もかかるのです。
鉄道距離としては61km、時間にして48分です。
ちなみに東京駅から東海道線で63kmは「平塚」です。所要時間は58分、料金は1,160円です。
東京から平塚に行くのに、特急に乗る人誰もいません。第一特急電車さえ存在しないのです。
日本全国のJRは距離にかかる普通料金は基本的に一緒です。
如何に、関東首都圏とJR四国の置かれている環境は違うのか、今回の旅で改めて理解しました。
ちなみに、高知駅から「大歩危」までバスで行くとしたら、調べてみました。
高知駅から徳島バスターミナルまで高速バスで行き、四国バスで「大歩危」へいくルート、所要時間7時間オーバーここで調べるのはやめました。

かずら橋・大歩危峡のゲート駅「大歩危」

 


 


なんと、この観光地の駅は無人駅ですが妖怪がお出向い

この徳島の秘境、大歩危は「妖怪の里」と知られており、この祖谷(いや)よりもっと奥、四国一の名峰の麓の村は、「天空のかかしの村」として日本人よりも、外国人の間で人気の村となっています。

今回、高知旅行を計画したとき、この「大歩危」駅から四国バスと三好コミュニティバスを乗り継いで、1時間30分乗り継いで、世界中の観光客が集まる
「かかしの里」を目指す計画でしたが、カミさんの大反対で頓挫しました。

その一番の理由は「トイレが保つ」かでした。
当然の山の中を走るバスにトイレがついている訳でもなく、一度トイレが我慢できなくなって途中下車すると、次のバスは3時間後となり、山の中に放り出されることになるのを心配しての決断です。
この私の「前立腺・頻尿問題」は以前からあり、最大我慢できる時間は1時間40分、映画一本保たないのは解っています。
以前から二人で旅しているとき、ハワイの路線バスや、軽井沢・草津間でもも途中下車した経験があり、今回のこの「かかしの里」へのバス旅は、中止せざるを得ませんで、「かずら橋」と「大歩危峡」だけになりました。

大歩危駅で降りたのは8人

高知駅からの特急でこの駅で降りたのは全て観光客のようです。
駅前のかずら橋行のバス停の前に集まり、自然に会話するようになりました。
日本人の30代の女性二人組、60代の男性一人旅、中国語の70代のご夫婦、話してみて台湾からでした。この会話に参加してきた20代の女性は香港からでした。

香港の女性は英語がわかりますので、英語が達者な日本の30代の女性が中心となり、今日の予定、時間、場所など話ながらバスに乗込みました。
一番の関心事は「どうして、こんな日本人でもあまり来ない四国の秘境に来たの?」でした。
すると、台湾のご夫妻の話では、今台湾では四国の「お遍路さん」がブームで、そこから「かずら橋」が大人気となっており、沢山の団体ツアーが組まれているというのです。
香港の女性も同じ話をしていました。
彼女、日本語は全く出来ないものの、自作スケジュール手帳には、この四国の山奥のバス時刻表やらがしっかりと書き込まれていました。
全て、いまやスマホひとつあれば、世界中一人旅ができると話しています。
ちょうど、四国・徳島の山奥の紅葉は赤く染まり、見頃を迎えていました。

祖谷のかずら橋
 


 


まだ観光客はほとんどいない
私達のバスは阿波池田バスターミナル発一番のバスで、9時半にかずら橋に到着しましたので、観光客はまだまばらでした。
この吊り橋は当然のごとく、一方通行で渡る人の数も制限されていますが、到着したときは、バスから降りた、私達の多国籍グループのみですからお互いに写真をとりながらこの吊り橋を渡っていきます。
吊り橋の揺れはほとんどなく、がっしりとしていますが、下をみると、足元の間隔が思ったよりも広い上に、下の緑に澄んだ川の流れが見えます。
ビデオカメラを片手に持ち、一方の手で橋を掴みながら渡るので、思ったよりも時間がかかり、ほんの少しですが、怖かったです。
一方、香港の二十代は同じにスマホを片手に、飛ぶように橋を歩き撮影しています。
まだ団体観光客が到着しない時間なので、一方通行もなしで楽しんでいました。

台湾からの大観光団と国内団体客が到着

私達路線バスでやってきた個人旅行客がかずら橋に来たのは9時30分、ゆっくりと橋を楽しんでいた1時間後の10時半になると、高知、徳島周辺に宿泊していた団体客の大型観光バスが次々にやってきました。
日本人団体客よりも、台湾から大型パック客のようで、吊り橋の出口では、地元写真屋さんは、全て台湾語で、「はいチーズ」とか「マスクを外して」とか云っているのでしょう。橋の上は大混雑です。
恐らく、連休中は入場規制がかかるのでしょう。
そして、同じ文化圏の台湾旅行者、橋近くの出店の焼き団子に群がっていました。

昼食後、大歩危峡へ

私達、例の路線バスグループ8人の次の行き先も全く同じ路線バスで向かう、「大歩危峡」です。
ここ「かずら橋」から「大歩危峡」へ向かう路線バスは一日6本なので、自然と同じルート、時間になります。
所要時間は27分、料金は750円でした。


確かに絶景といえるかも

大歩危峡は吉野川の中流に位置する渓谷で、名前の由来は「大股で歩くと危険」からきているのだそうです。
2億年の月日が創り出した絶景、四国山地を横切る吉野川の中流域に位置する渓谷で、約8kmに渡る景勝地と云われていますが、実際に行くまではさほどの興味が有りませんでした。
色々な世界中の絶景とかを見慣れていたせいと、ネット上の大歩危の画像がたいしたことがなかったからですが、たしかに美しいと訂正します。
確かに深く切り立ったしたを流れる吉野川の深緑の美しい色、急流が作り出す流れのコントラストが見事でした。但し、紅葉する木々はなしです。

ボートクルーズへ

台湾人のご夫婦と、香港の女性は、大歩危峡展望台につくとまっすぐ、遊覧船クルーズの券売機に向かい、ボート乗り場に直行しました。
日本人の二人と私達夫婦、一人参加男性は誰も行きません。
展望台から、緑の川をゆく小さなボートを上から観ていると、誰も救命胴衣を着ていません。
私達日本人は特年の「知床」今年の京都「保津川川下り」船転覆死亡事故、最近の「長瀞ライン下り」事故を覚えていて、誰も乗らないのです。
下を観ていると、乗船して楽しんでいるのは、海外からのお客様のようです、
下から上がって来た、台湾ご夫婦に、怖いとは思わなかった?、最近日本の川下りでたて続きに事故が起きているけど、と伝えると、川は急流でも流れも早くにないから、何も心配しなかった、でも落ちたら冷たいだろうねと云ってました。

「大歩危」駅まで歩いてもどりました。徒歩で15分程度

駅に着くとなにやら、賑やかな太鼓や鐘の音が聞こえています。
ホームに入ってきた列車を歓迎しているようです。
確か、以前、地方のJRと自治体が観光客をもてなす為のイベント列車を走らせていると聞いたことがありますが、どうやらその列車のようで、添乗しているのは綺麗な、美して女性二名が丁寧に深々とお辞儀して見送っています。
一方、ホームでは、無人駅なのに、数人の駅員さんと、地元自治体の職員や婦人会の皆さんとおぼしめき人たちが精一杯、音と手振りで歓迎していました。
帰ってきてから調べると「四国千年・まんなか物語」という列車で運行区間の香川県多度津駅から徳島県大歩危駅まで、四国山地を横断する土讃線の中間で、地理的にも四国のまんなかあたりに位置します。沿線には、弘法大師の生誕地善通寺や古くから海の神様として信仰を集める金刀比羅宮(こんぴらさん)、平家落人の秘話や伝説が今なお残る秘境祖谷(いや)地方など千年を超える歴史的な文化や景観が残されています
ふーんそんな列車に偶然居合わせたんだ。

帰路、高知へは同じく特急「南風」アンパンマン電車です。

朝、08:50に大歩危の駅に着いて、帰りは13:51の特急で高知に戻りました。
現地滞在は5時間でした。
最近の私達の旅は私は早めにホテルに戻り、昼寝をする。
カミさんはせっせと、お友達へのお土産探しとその計算です。
できれば、次の旅行先のホテルは絶対に大浴場つきにしたいものです。

この日一日の二人の旅行費用は以下のとおりです。

交通費 JR高知・大歩危間 往復@5,260円、二人10,520円
    四国バス 大歩危駅・かずら橋 @670円 二人1,340円
    三好バス かずら橋・大歩危峡 @750円 二人1,500円
入場料 かずら橋 @500円 二人1,000円
合計  14,360円也 
その他、昼食・喫茶・自分土産など 5,000円 都合20,000円 
まあ、個人旅行で自由に動くとパック旅行よりもお高くつくことになりますが、それはそれで楽しいのです。

次回は、高知旅行三日目、いの町、仁淀川のご報告をします。


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2023年11月26日

念願だった土佐・高知旅行一日目 高知市内

海外旅行を卒業したのは退職後10年目の65歳の時でした。
それ以降、退職後ライフは国内旅行に専念しました。
国内は高校二年生の時からバックパックスタイルで一人で旅し、結婚してからは夫婦二人で各地を旅してきています。
そして、65歳以降のシニア夫婦の旅の目標は、一度も訪れたことのない都道府県の県庁所在地に一泊以上はするのを目標としてきました。
そのなかで残ったのが、高知県・福井県と佐賀県でした。
福井と佐賀は旅してきましたが、県庁所在都市には宿泊しておらず、通過、或いは観光地のみでした。
福井は、来年春に東北新幹線が福井まで延長することが解っているので、来年には行ける・・・佐賀は、博多から簡単に行けるので、できればバルーンフェスティバルの時期に行こうと思っています。
そして、一番、関東首都圏から遠い、アクセスの悪い、交通費のかかる、高知県を先ずはクリアしようと前々から計画していましたが、これまで二回、計画し頓挫してきました。

その大きな理由のひとつが天候です。

高知県は日本で一番降雨量の多い県です。
特に、夏から秋にかけて台風シーズンで、予定が立てにくく、春の桜の季節も意外と雨が多いのです。
一度はホテルもフライトも予約しており、三日前にキャンセルしたこともありました。
高知へのアクセスは、空路または新幹線岡山経由、特急で土讃線経由となります。
私達は現役時代のユナイテッドのマイルを持っていましたので、動けなくなる前、消化のためにANAで「高知龍馬空港」までのマイルだけは残しておきました。
※デルタのマイルは日本国内では、スカイマークしか使えませんが、二人往復分のマイルだけは、現在まで残しており、来年中には消化する予定です。
今回、11月が一番降雨量の少ない時期と判断し、高知市内に二泊三日し、高知市内・徳島の大歩危・かずら橋・仁淀川沿線と回る旅にでました。
お陰様で、三日間一つない晴天に恵まれた3日間の四国・高知の旅さなりました。

路面路面電車が走る町が好きです。
北は札幌、函館、東京(荒川)、富山、高岡、福井、豊橋、大津、京都、大阪(堺)、岡山、広島、松山、高知、長崎、熊本、鹿児島、そうそう鎌倉の江ノ電も一部一般道路を走っていますが・・・

高知市内の路面電車は使いにくかった。
今回のホテルはお気に入りの高級ビジネスホテル「ダイワロイネット」が高知にないのと、
空路をマイルを使って、余裕があったので高知市内一番のシティホテル「クラウンパレス」しました。

結構式場やフィトネスある、やや高級ホテルです。
このホテルは老舗・・・と云うより古い40年前のホテルでした。
そして、この時期、プロ野球の秋季キャンプとして、オリックスやロッテの宿泊ホテルとなっていて、二連泊の私達の部屋は高知城の反対側の部屋、それも喫煙室となり、交渉しましたが、本当に満室のようで変更はできませんでした。

ロケーションは高知城前、繁華街に近く、便利な場所という前提でしたが・・・しかし、ここに拠点に動くには不便でした。
理由は路面電車はJR高知駅へ直通で行けないのです。
電車ははりまや橋交差点を左折ルートはなく、必ず一度下車して、駅方面に乗り換えなくてはならないのです。
しかも、都会の電子系交通カードは使えず、現金のみ、一度払って乗り換え券を受け取り、駅方面の電車に乗り換えなくてはなりませんでした。
私達のように、連泊してこの地から朝早く、観光地に移動するには不便ですし、ホテル内の設備は40年前とさして変わらず、今、最新設備のビジネスホテルからみると、かなり不満が残るホテルでした。

朝一番のフライトで来てホテルに入り、駅前へ

路面電車は直通がないので、はりまや橋で乗り換え、町の様子を見るために、先ずはJR駅まで 行ってみます。
ホテルで路線バスと路面電車の一日乗り放題と、桂浜往復バス乗車券1,000を購入して乗ってみます。
一般的に路面電車が走っている町の電車本体は古いタイプと最新タイプの両方が走っているケースが多いのですが、高知の「土佐電」はほぼ全てが古いタイプの車両、かっこよく云えば「レトロ」な車両ばかりでした。
そして、関東・関西の大都市では当たり前の交通系ICカードは使えませんで、いつも100円玉を沢山持っていないと不安になりました。
※駅のコインロッカーも現金、それも100円玉だけ、東京・大阪では500円の私達のスーツケースは、高知駅では600円でした。

高知駅はすごく立派で新しい。

JR高知駅は、土讃線高知駅周辺連続立体交差事業の高架完成に伴い平成20年2月に新しくなったようです。
高知駅北口大屋根の設計は建築家の内藤廣氏。
設計は、内藤廣建築設計事務所など3社が手がけた。 アーチ型の大屋根は、愛称「くじらドーム」、全長60.9m、幅38.5m、最大高さ23.5mに及ぶ。
北口駅前広場からJR土讃線のホームをすっぽり覆っている。
「高知らしさ」にこだわり、大屋根の内側の梁と野地板には県産のスギ材8000本相当を使用した。これまでに宮崎県のJR日向市駅や,横浜市のみなとみらい線・馬車道駅などを手がけており,風土や地域の特性を引き出すデザインで知られている。
牧野富太郎記念館も内藤氏の設計によるもので、鉄道ファンでなくても 高知市内の観光名所のひとつとして見応えがありました。

駅前の土佐の三人、竜馬像(発泡スチロール製)

駅前に真正面、開発が進む駅前広場に三人の土佐を代表する幕末の志士、三人の銅像が立っていました。
左から、武市半平太、坂本龍馬、中岡慎太郎。 いずれも、幕末に活躍した志士たち。
3志士像は2011年、県の観光キャンペーン「志国高知 龍馬ふるさと博」の目玉として企画。特殊加工された発泡スチロール製で、台座を含め全高8・3メートル、1体約200万円で作られた。
県などは当初、高知市の桂浜にある龍馬像の横に、半平太と慎太郎の像を並べて土佐勤王党を再結成する計画だった。ところが、龍馬の聖地≠使う企画に、県内外から「発想が安易」と異論が噴出。11年3月5日の同博開幕に合わせた披露は延期された。
後に県などは、3月20日から約2カ月間、龍馬像の斜め後ろに2体を置くことを決めたが、これも東日本大震災の発生でお蔵入り。
当初から「桂浜後」に予定していた高知駅前に3体が立ったのは11年7月だった。

地方都市の風景、駅前通学自転車群

二日目、三日目と朝8時台の電車に乗るために、駅に来ると、懐かしい風景に出会いました。大勢の高校生らしき男女生徒が沢山、自転車で街なかに走っていきます。
駅周辺に大きな自転車駐輪場があるようです。
高知駅までローカル線に乗ってきて、毎日、自転車で学校に向かうのでしょう。
こんな風景は、今回の旅の目的の一つ、アニメ「竜とソバカス姫」の聖地巡礼のいちシーンとあったなと思って、微笑ましく眺めていました。

高知観光の大メイン、桂浜へ

竜馬が太平洋を眺める桂浜へ
桂浜へは、観光協会発行する一日乗り放題の観光「My遊バス」が便利・・と思ってのりましたが、意外や意外不便でした。
というのも、「My遊バス」はまっすぐ桂浜には向かわず、観光名所の一つ「五台山展望公園」からNHK朝の連ドラで有名になった「牧野植物園」を回っていくのです。
この二箇所は幹線道路脇ではなく、離れて、山の中にあるので、意外と時間がかかり、そして、連ドラ人気で沢山の大型観光バスが来ていて、狭い道路は渋滞していました。
路線バスのほうが圧倒的に早く到着します。
桂浜の竜馬像は、小高い丘の上に、高い台座の上に立っていて、イメージと違い、下から見上げるという話を聞いていました。
てっきり、太平洋の海辺の海岸に立っているものと、勝手に想像していたのですが・・・
しかし、今回ラッキーだったのは、竜馬の目線と同じ高さまで、臨時の展望足場(100円)組まれており、竜馬の見つめる先を共有できるのです。

見つめる先の太平洋は

竜馬像のある桂浜公園は石段を登った先にあり、事前に調べた標高は36メーターで、万万が一の南海トラフ津波でも辛うじて難を逃れる高さでした。
砂浜はとても綺麗でした。
三々五々、観光客はこの浜辺で、四国の南端に広く広がる太平洋を楽しんでました。
それでも、あまり目立たない場所には、避難経路が記されていました。
そして、鎌倉市民として驚いたこと
1,トイレが沢山あること
 鎌倉へ来る観光客の不満は、駅から目的地のお寺に行く間に公衆トイレが一つもない
 ことです。
2,喫煙所が何箇所もあること
 観光都市、鎌倉は一つもなく全市内、路上喫煙禁止、勿論寺社境内も禁止、
 喫煙するには、二駅戻って大船駅近所の公的喫煙所か、隣の市、藤沢・横浜に行かないと
 喫煙出来ないのです。

高知市内に戻ります。はりまや橋の小さいのは知ってました。

高知を旅行した人々が異口同音に云う、「はりまや橋」の小ささにびっくりと云うのは聞いていました。
私はその小いささでなく、この大都市一番の四つ角にある、「はりまや橋」という名が付いた、バス停、路面電車停留所、高速バスセンターのの多さとその位置です。
この交差点を挟んだ場所に、集中しているため、初めての旅行者は四つ角の東西南北を把握するまで、何処にあるのか分からず迷うことになるのです。
私は空港からのバスで、「北はりま橋」で下車するように云われ下車して徒歩でホテルを目指しましたが、全く逆方向に向かってしまいました。
その後、何度かこの十字路交差点で何度も、グーグルマップ上で動いて方向を確認していました。昔、若い頃はそんなことなかったのに。

名物日曜市を通ってお城へ

高知市の中心で開かれる、朝市は元禄3年(1690年)以来,300年以上の歴史を持つ土佐の日曜市です。
年始(1月1・2日)とよさこい祭り期間(8月10〜12日)を除く毎週日曜日開催されています。
午前6時頃から午後3時頃まで,高知のお城下追手筋において,全長約1kmにわたり,約300店が軒を並べています。
新鮮な野菜や果物はもちろん,金物,打ち刃物,植木なども売られており,市民と県外からの観光客などもあわせると1日に約17000人が訪れる生活市です。
これまで二人で、全国で有名に朝市、輪島や高山などを回ってきていて、高知の朝市もほぼ期待はしていませんでした。
売られているのは、野菜・果物、農家自家製の漬物、お城に近くなるつれ、骨董、書籍などが多く見受けられました。
食べ歩きを期待していたのですが、桂浜から戻ってきたのは、2時半過ぎ、ほぼ全てのお店は閉めはじめていました。
それほど、期待はしておらず、こんなもんでしょう。
それよりもお腹が空いてた・・・

ひろめ広場で遅い食事の予定でしたが

ひろめ広場とはお城近くの食堂街?です。
「ひろめ」の由来は土佐の高知の高知城と言えば、土佐藩主山内家。
その土佐藩の家老であった深尾弘人蕃顕は、幕末の時代4代の藩主に仕え寛大で侍達の能力を活かすことに長けた名家老と伝えられています。
彼の屋敷が姿を消した維新後も、この一帯は市民から親しみを込めて「弘人(ひろめ)屋敷」と呼ばれてきました。
平成10年、「この土地を商店街活性化の核に」と地元から提案されたプランに、所有者である財団法人民間都市開発推進機構、ミサワホーム株式会社、地元建設会社等が賛同し「ひろめ市場」が建設されました。
今風に云えば、土地の料理を楽しむフードコートのようなものです。
センター近くのテーブルを囲む各料理を提供するお店で注文したもの、お店が売っている土佐名物をテイクアウトして、テーブルで食べるスタイルです。
私達が行った時間は3時過ぎ・・・なのにどのテーブルも一杯、座る席はもなし、空いていても同じテーブルを分け合うような混雑ぶりです。
カツオの藁焼きにの注文には長蛇の列と、そのお値段にびっくり、写真だけとって、早々と退散しました。

市内観光の大メイン高知城
高知城のすごいところは?
最大の魅力は、天守と御殿のどちらも現在まできれいに残っていること。
日本の城のうち「現存12天守」と呼ばれている江戸時代に建てられた天守が現存している城の中で、天守と本丸御殿(懐徳館)の両方を完存しているのは高知城だけなのです。
「現存12天守」は
姫路城、犬山城、彦根城、松本城、松江城、以上国宝5城
丸岡城(福井坂井市)、高知城、宇和島城、伊予松山城、弘前城、備中松山城、以上重要文化財7城
まだ行ったことのないの残すは、丸岡、宇和島、備中松山の3つのお城、です。

今回の高知でつくづく、足腰、スタミナに自信がなくなりました。
たいして、急でもない階段の登りがキツクなってきています。
あのエジプトのピラミット、メキシコ・ユカタンのピラミッド、グアテマラ・マヤのピラミッド、を登ってきた自分がこれしきの整備された階段に苦労するとは
でも、来年中には丸岡、宇和島、備中松山をクリアしなくては・・と悟った、今回の一日目でした。
二日目、徳島大歩危、かずら橋
三日目、アニメの舞台、仁淀ブルーへ 続く


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2023年11月24日

後期高齢者のスポーツ環境は年齢とともに変化する。

退職して20年間、参加してきたラケットテニスクラブを退会しました。

かつて退職シニア老人スポーツのメインとしてゲートボールが流行りました。
今で一部の地域ではやっていますが、屋外でのスポーツとして、土のグラウンドの確保が難しい一番原因でかなり少なくなってきています。

土のグラウンドと云えば一番身近にあるのが小学校のグラウンドなのですが、以前よりサッカーが盛んになってきたことと、学校施設を部外者貸し出すルールが、子供たちを守るセキュリティ面が強化されたのが原因とされています。
ゲートボールの衰退の他の原因の一つが用具です。
ボールにしても、ステックにしても、ゲートボール専用の特殊用具で、ごく一部のスポーツ店でしか扱っていません。
それも基本のセットで22,000円ほど、通過ゲートやボール表示フレートなど、全て独自のものをそろえると、1チームで数万円かかります。
シニアの人気のバドミントンや、テニスなら一般的なスポーツショップで安価に揃えられるのに、ゲートボール用品は一部専門店だけで高いのです。

そして、ゲートボール衰退の大きな原因は・・・
最近は聞かなくなりましたが、10年前頃からゲートボールを通じてのシニア男性同士の傷害事件が殺人にまで発展したことです。
相手のプレーに激昂した男性が相手の男性を暴行死させるというものでした。ほんの10年前のことです。
ゲートボールはチーム対戦ゲームで対戦相手のボールに自分のボールをぶつけてはじき出すとか、「いじわる」と取られるプレイが含まれているからです。
そういう妨害と言うかディフェンスも含めたゲームなのですが、老人になって感情のコントロールができなくなっている人には対応が難しいのでしょう。
そんなゲームのなかで、つい手がでて、結果死にまで至った事件が、連続して起きてから、衰退していきました。
他の理由としては、
健康寿命が男女ともに70歳を超えている現在。 定年後に体力を必要としないゲートボールへと移行せずに、ゴルフやテニスなど現役時代の趣味をそのまま続ける高齢者が増加。 相対的にゲートボールの競技人口が減少したと云います。
私の住む鎌倉・大船地区には数年前までは、私が所属していたNPOに、鎌倉ゲートボール協会が登録されていましたが、現在消滅しています。

今、私の住む大船・鎌倉地区の退職シニアのスポーツは
球技としては
■ 硬式テニス
■ 卓球
■ バドミントン
■ 室内ラケットテニス

以前は、ソフトボールや軟式野球もあったのですが、ゲートボールと同じく場所の確保が難しくなってきており
その他、エクサイズの体操・ストレッチ、太極拳教室などがあります。

■ 硬式テニス
退職直後、最初に始めたのは憧れのスポーツ「硬式テニス」です。
硬式テニスをプレーするには3つの選択肢があります。
1,市内のテニスクラブの会員になり、クラブのコートでプレイする方法
 鎌倉市には2つのテニスクラブがあり、一つは社交場兼ねた、昔風の名門クラブで、
 会員が退会、或いは亡くならない限り空きはありません。
 後ひとつは、コート二面のクラブで、ビジターも時に参加できるようです。
2,民間スポーツクラブに入会し、テニス教室を受講したのちに、プレイするケース
3,公的テニスコートを抽選で確保し、親しい仲間同士でプレイするケース
 鎌倉市の公式テニスコートは4面 駐車場、温水シャワーあり
 他に平日限定で横浜国大のコート6面 駐車場なし 更衣室あり、シャワーなし
 いずれも抽選で夜間照明なし

硬式テニスは5年間ほどプレイしました。
2つのテニスコートは自宅から自転車で30分ほどの距離、それも山の上、急坂を登っていきます。
始めた頃、メンバーの車に同乗させていただきましたが、毎回ともなると遠慮するようになります。
そして、他のメンバーは以前から硬式テニスを多少かじっており、私よりかなりお上手で、試合となると全く勝負になりませんでした。
5年経っても同じメンバー、60歳を超えるとテニスコートまでの坂がきつくなり、自分の体力保持の為と頑張りましたが、ギブアップしました。
というのも、同時に、週一でバドミントンと、ラケットテニスをしていたのですから。

■ 卓球
卓球は同じ体育館でかなり年配の方々がプレイしていました。
卓球って、用具はラケットとボールだけで済みます。
卓球テーブルは体育館付属品を使えますし、体力的には楽なスボーツかと思い、トライしましたがシニアと云え全く違ったスポーツでした。
私たちの知っているのは「ピンポン」、スポーツとしての卓球はTVでみる平野美宇や張本智和のの世界なのです。
私よりかなり年配シニアのサーブをラケットにあてるのも難しい、テーブルの周りを走りるスポーツで、2回ほどのお試し参加で諦めました。

■ バドミントン
今の中高生男子で一番人気の学校のスポーツクラブを知っていますか、「バドミントン部」なのです。
理由は、中・高でほかのスポーツ、野球・サッカーは選手は全て小学校あるいはもっと前から始めていて、中・高から始めても最初から大きな差があり過ぎるのです。
バレーボール・バスケットにしても、先ずは身長・体格の差が歴然としています。
その点、バドミントンは、ほとんどの男子生徒は中・高から始めるので、スタートの差がほぼなく、身長の差もあまり関係ないのです。
汗と涙とど根性の世界とは程遠いと思って入ってくると聞いています。
本当はその先が大変なスポーツなのですが・・・実際にテレビの見る日本女子選手のコート上の動きは信じられないような敏捷性、反応、スタミナで驚かされますがシニアのバドミントンは最初は羽根つき程度でした。

バドミントンは5年前70歳までプレイしました。
最初に入ったバドミントンクラブは入った2年前まではシニア女性だけのクラブでも男性をいれなかったのてすか、加齢とともにメンバーが少なくなり、会場の抽選に必要な最低クラブメンバー不足となり、男性を入れたような、あくまでも趣味・運動の範囲のバドミントンクラブでした。
しかし、男性が入り、会則・組織図・連絡名簿を造りだしおまけに私が加入した為に、クラブのホームページを作ったため、あっという間に鎌倉地域で一番有バドミントンクラブになってしましました。
大きくなり過ぎた弊害はすぐにやってきました。
経験者がどんどんと入ってきて、楽しむよりも勝つこと、上手になること、大会に参加を目指すようになってきたのです。
私たちの古いメンバーはどんどと年老いてゆき、スピードにも、技術にもついていけなくなりました。ただ、週に一度汗をながせれば良いと思ってやっていたのに・・・
70歳、15年間でバドミントンをやめました。

■ 残すはラケットテニスだけですが・・・

ラケットテニスは体育館の室内で、バドミントンコートの大きさのなかで、軽いスポンジボールを使い、硬式テニスと同じルールでダブルスで試合するゲームでラケットも硬式テニスのジュニア用をつかうので、手で打つ感覚で、初日から誰でもが楽しめるスポーツです。

これまでに経験してきたスポーツからすると、メンバーもずっと年配者が多く、私が所属していた(過去形)は12名、一番若い人でも60代後半、平均年齢78歳と本当にシニアのレジャースポーツなのですが・・・
しかし、いろいろな人間がいます。
マイナーなスポーツであるラケットテニスでも、市の大会とか県のもあります。
これらの大会に出たくて、上手になりたいという人もおり、ビジターの上手なベテラン男性を引き入れ、コーチもどきとなり、シニアリクレーションスポーツが一遍してしまいました。
私としては、もう80代の女性もいるチーム、しっかりと1時間に10分は休憩し、給水タイムをとるように申し入れしても、代表の女性メンバー(78歳)は、ここは、おしゃべりの社交場でなく、体力向上、もっと強くなる場、有料で使っている体育館の料金を考えると、会費がもったいないと言い張るのを聞いて、潮時、辞めることにしました。

しかし、ここをを辞めると最低、週一の体を動かすスポーツの場がなくなります。
どこか、知り合いを伝って、スローなゲームスポーツの場を探さなくてなりません。
体はを動かすと云っても、ヨガ・ストレッチ・太極拳のような、勝ち負けのないスポーツはやりがいがないので、何かしなくては。
一人でウォーキングや、マンシ相手のジムは嫌ですし、・・・
12月にはいってから考えます。
季節的に、11月末から12月の関東は紅葉シーズン、イルミネーションとイベント盛りだくさん、
そしてサボー、ボラしている団体のイベント撮影が多く、そうも行く所がないというほど暇でもないのです。


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2023年11月22日

老いと向き合う、訂正する力が必要

講談社の週刊現代のメイン記事は、一番、週刊誌購買力のあるシニア男性をターゲットとしており、若からし頃の「お色気記事」と「老後のお金と健康」で構成されており販売部数も、書籍不況のなかある程度の数字を残している。
そのなかで、目を引いたのは、今、思想家として注目を浴びている「東 浩紀」にインタビューした記事
タイトルは「うまく老いるに訂正する力が必要だ」でした。

記事の内容で目をとめたのは「自分の老い向き合う」
インタビュー記事のなかで今年話題になった映画といえば、宮崎駿監督の「君たちはどういきるか」について述べています。
アニメ映画の内容は
時代背景は戦時中の1944年
母親を火事で失った少年・眞人(まひと)は父の勝一とともに東京を離れ、「青鷺屋敷」と呼ばれる広大なお屋敷に引っ越してくる。
亡き母の妹であり、新たな母親になった夏子に対して複雑な感情を抱き、転校先の学校でも孤立した日々を送る眞人。
そんな彼の前にある日、鳥と人間の姿を行き来する不思議な青サギが現れる・・・
アニメ映画ですが、かなり少年の成長と内面的な心情を映像化した作品で、何を云いたいのかラストまでみないと分かりません。
興行収入的にみると「千と千尋の神隠し」の300億円と比較するとほぼ1/100のの4.4億円ですから、お判りになるでしょう。

「東 浩紀」インタビューした記事の一部引用

「君たちはどういきるか」の主人公の少年はどう考えても、宮崎監督本人がモデルです。
日本を代表するアニメ映画監督「新藤誠」の作品も一貫して学生が主人公です。
「引退」を「卒業」と言い換えるアイドルをみても、「青春」「学園生活」という枠組みにとらわれているように見えます。
対して、ハリウッド映画では例え子供がみるような作品でも中年や成熟した大人が主人公であることか少なくありません。
作中では、彼らが抱えている悩みを解決していく過程が描かれる訳です。
ここには、日本人の深層心理が表れているのてはないか。
「若さ」や「変わらないこと」を至上の価値と価値と捉えて、青春時代の記憶を何度も思い返しているように見えます。
「老い」を肯定的に描く文化がないことは、日本人が「成熟」を拒んでいることと、表裏一体です。

齢を重ねれば、外見はもちろん、内面も変化していくのは当たり前です。
「人も世の中も絶えず変わり続ける」ということを理解し、誤りを認め、自分自身を訂正していかなければ、何処かで破綻してしまいます。
いつでも自分自身を訂正する勇気と覚悟、そして粘り強さを見につける。
そうすることが、うまく老いる為には欠かせないのではないか、と私は思います。
そして、そういう人が増え始めて、日本もより成熟した国になれるのではないでしょうか。



団塊世代、後期高齢者となって「訂正する力」が必要だと云われるのか?
確かに、今ブログを書いていても、ツィートしていても、全て自分の過去の経験に基づいているのは認めざる得ません。
退職直後の55歳の時は、これから先の老後、将来を見ていたの、今はいつも過去を振り返っています。
この前の中学校時代の同級会の仲間
嫌な話、辛い話、失敗、後悔、はほぼありませんでした。
南米時代の6年間、まだ開発途上だった日本人の青年にとって全てがバラ色の青春だけだった訳でもないののですが、いつもあの時の経験、失敗は今や人生の糧として受け入れている自分がいます。
帰国してからの、専門学校・築地市場でのバイト、出会った人々、あの社長令嬢・・・
カミサンとの出会い、そして「神田川」のようなアパート生活
再就職時の仕事、仕事、仕事・・・もちろん辛い思い出も
しかし、思い出すのは二人で旅した、世界中の世界遺産・絶景・危険な旅。
仕事も旅も「あの時こうしておけば良かった」という後悔はありますが今となっては全てが良い経験・思い出となっています。

ごく普通の団塊世帯生まれの今、75歳。
人生の晩年に近づいてきており何を訂正するのか、分かりません。
この思想家「東 浩紀」は何歳なの?
1971年生まれ52歳、私が退職した55歳よりも3歳年下。
彼が、後期高齢者75歳となった時、過去を振り返り、何を訂正するのか知りたい。
でもそれは、後23年後、奇跡が起きない限り私はこの世にはいないでしょう。


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2023年11月20日

週間現代が伝える最強の病院52

いざとなったらここに駆け込もう!
一流の医師たちが本気で推薦する最強の病院52


現代のキャッチコピーは
誰もが診てもらいた名医はどこにいるのか。
最新治療はどこで受けられるのか。
素人がただ病院に通うだけでは決して見えない「とっておきの情報」を各診療科のエキスパートに聞いた。

週刊誌の新聞広告のキャッチコピーの大げさなのは解っていますがも朝刊紙の広告欄で「保存版」とあり
いくつかの大病院の名前が掲載されていました。
「虎ノ門」とか「東大」「がん研」「聖路加」に混じって、私の最寄り病院「湘南鎌倉総合」とか「大船中央」「湘南記念」とかの文字列を見えました。

最近の週刊誌の大げさな見出しになれてはいますが、私達と同世代の有名人の弔問記事が目につくお年頃になり、ちょっと立ち読みでもしてようかと、駅構内の有隣堂に立ち寄ってみると
全ての週刊誌は透明テープで封印されて、立ち読みで来ません。そんなケチ臭いことすんなよ思いましたが、セイユー6階の、ポイントカードを持っている「熊澤書店」は紐掛けもテープ封印もなく、ゆっくりと立ち読みできました。
内容をみて、52の病院は診療科毎に詳細に分かれて詳細に記述されており、「永久保存版」の価値はありそうです。
裏を返して、値段をみると何と又値上がりなのか、この号だけ特別な値段なのか580円もします。
ここは、自分の健康、ここから先を考えて買うことにしました。

以下は診療科毎の週間現代の推奨する病院名です。
●心臓・血管篇
世界最先端の「高精度検査」「カテーテル」「外科手術」受けられる病院

■ 土浦共同病院
■ 東京ベイ浦安市川医療センター
■ 船橋私立医療センター
■ 千葉西部総合病院
■ 綾瀬循環器病院
■ イスム東京葛飾総合病院
■ 東京女子医科大病院
■ ニューハート・ワタナベ国際病院
■ 日本医科大付属病院
■ 榊原記念病院
■ 川崎幸病院
■ 聖マリアンナ医科大病院
■ 国立横浜医療センター
■ 大阪大学医学部付属病院
■ 国立大阪医療センター

●腎臓・糖尿・泌尿器
腎臓病で「きめ細かいケア」を受けられる病院

■ 東北大学病院  腎臓
■ 川平内科    透析
■ 横浜市立大学付属病院 前立腺
■ 大船中央病院  前立腺
■ 湘南鎌倉総合病因 腎臓
■ 東海大学医学部付属病院  

●眼科
「網膜」の手術が上手い、「緑内障」の治療の技術に優れた

■ 井上眼科病院
■ 東大医学部付属
■ 杏林アイセンター
■ 神戸アイセンター病院

●脳・神経外科
「名医」が教育にも力をいれる「最強」病院

■ 札幌禎心会病院
■ 獨協医科大学病院
■ 埼玉医科大国際医療センター
■ 東京医科大病院
■ NTT東日本病院
■ 大阪公立大医学部付属病院

● 呼吸器偏
肺がん治療、肺炎治療のプロフェッショナルがいる病院

■ 国立がん研究センター中央病院
■ 聖路加国際病院
■ 虎の門病院
■ 東大医学部附属病院
■ 東京都立駒込病院
■ 日本医科大学付属病院
■ がん研有明病院

●乳がん・乳腺科偏
認定看護師が手厚くサポートしてくれる病院

■ 聖路加病院
■ がん研有明病院
■ 湘南記念病院
■ 相良病院 鹿児島

●肝・胆・膵偏 
日本の神の手とその弟子が「不治のがん」を消し去る病院

■ QST病院 千葉
■ がん研有明病院
■ 順天堂大学医学部付属病院
■ 虎の門病院

●整形外科
脊髄・股関節・膝の痛みを親身に治す病院

■ 慶応義塾大学病院スポーツ医学総合センター
■ NewSpineクリニック東京
■ 北里大学北里研究所病院
■ 東京慈恵会医科大学付属病院
■ 虎ノ門病院
■ 八王子スポーツ整形外科

●血液内科偏
白血病・悪性リンパ腫「がん遺伝子治療」で難病に打ち勝つ病院

■ 国立がん研究センター中央病院 
■ 東京都立駒込病院
■ 虎ノ門病院

●消化器偏
ボット手術のエキスパートが「胃を守りながら切る」病院

■ 国立がん研究センター東病院
■ がん研有明病院 
■ NTT東日本病院
■ 慶応義塾大学病院
■ 虎ノ門病院
■ 県立静岡がんセンター
■ 京都大学医学部付属病院
■ 大阪赤十字病院
■ 佐賀大学医学部付属病院

以上11月18号、週刊現代からタイトル部分だけ、引用しました。
詳しく知りたい方は、580円払って買って下さい。
それにしても、ほとんどの推奨する病院が東京首都圏に集中していることが解ります。
地方の人はどうしたら良いのでしようか?
ここに掲載されているのが全てとは思いませんが、参考にして下さい。


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2023年11月18日

アシックス ハダシ感覚のスニーカーを試してみる。

これまで何足のスニーカーを買ってきただろう。

現役時代はスニーカー買った覚えはほぼない。
靴と云えば「革靴」、色は黒の通勤用・冠婚葬祭用・旅行用の少しカジュアルな色、その他は軽いハイキング用シューズ程度、サラリーマンの靴と云えばおすすめの王道ブランドREGAL、ボーナスがすこし予測よりも多めにでた時に自分へのご褒美としてこの靴を買ったことを良く覚えています。
この靴を初めて履いた時の重さにびっくりしました。
靴は軽いほどよいと概念を覆されました。
ある程度の重さがあったほうが、足が振り子のよう前に出て歩きやすいのです。
そして何よりも、リーガルの靴を履ける、自分もそんなビジネスマンになった成長したのだという自己満足がその当時ありました。

昔、20代の頃、南米アルゼンチンで学んだ靴のこと
レストランのボーイは客の「足元」を見て、その客の素性・財布の中を見透すと云いう。
貧富の差が大きい南米のラテン社会では、レストランのボーイの収入の半分以上は客のチップであり、ボーイは客の懐具合を見極めてテーブルに案内する。
その見極め方は、着ている洋服や、持ち物、バックのなかで一番重要視するのが履いている靴だと云う。
一流の高級レストランに行く客は、年に一度のイベントとしてのディナーに精一杯着飾っていく。しかし、どんなに背伸びし、ブランドのネクタイをしていても、本当に裕福な金持ちの履いている靴には敵わないという。
熟練したボーイは、客の履いている靴をみれば、その客の普段の階層が分かると云う。
昔、ソ連崩壊直後のロシアを旅した時、路地裏の街頭に佇む女性を多く見かけた。
皆、美しく化粧し、美しく着飾っていたが、足元をみると安いビニールの靴であった。
即席に着飾ることは出来ても、足元の履物までの余裕がないのだ。
日本語で「足元を見る」はこのような状況をさす言葉のようと、改めて学んだ。
以来、できるだけ、足元、靴にはあまりケチらないようにしています。

退職後、革靴はジーンズにあわせたカジュアルな茶系統靴のみ

退職後、先ず現役時代のスーツとネクタイは一つを残して処分しました。
残したのは、バブル時期にオーダーした手縫いのスーツ上下と、それに似合うネクタイのみと、冠婚葬祭用の黒とネクタイだけにしました。
やがて、今年20年目、その思い出深い背広も処分しました。
そんな高級スーツを着る機会がゼロになったからです。
少し、おしゃれなジャケット秋冬用と、3シーズン着れるカジュアルなジャケットはユニクロで十分なのです。
旅行には、カミさんの好みのジャケットとウォーキングシューズ2足で通しています。

退職後の足元はスニーカーに変わりました。

これまで何足のスニーカーを買っ履いて捨てたことでしょう。
まだ、スニーカーのサイズと革靴のサイズの違いを理解していなかった頃、自分の小遣いの予算内マックス1万円と、ジーンズにあわせた見た目でスニーカーを選んでいました。
靴屋さんの店頭でスニーカーを選ぶ際、革靴のサイズ25.5で選んでいました。
そして、靴屋さんの店頭で、ウォーキング、ハイキング用の靴を選んでいました。
靴屋さんが薦めるのは、ソール靴の裏がしっかりとした、ちょっとした山道でもしっかりと掴めるタイプのごついソールや、防水のゴアテックスののものを薦められ、何足か買いましたが、何故かしっくりとこないのですか、履き続けていると、足の甲に痛みがでるようなり、スポーツ整形外科に通うように
なり、矯正用足底板を薦められるようになり履き続けてきました。

ぴったり、足に合うニカースにめぐり会いました、それも館安値段の

週に一度の体育館内でやる室内ラケットボール用の白のスニカーが一番ストレスなく履けるのに気付いたのです。足元ぴったり、足裏が床面を掴める感覚でとても楽ですし、足底板なしでも痛みはありません。
サイズは26.5、4Eの幅広、甲高用です。
買ったのはいつも、商店街の靴屋さんの店頭に並べていた特売品です。
値段と軽さたけで選んだのですか、結果正解でした。
この靴屋さんは商店街に三軒のお店を展開する地元の靴屋さんですが、毎年通ううちに店長と親しくなりました。
ここだけの話・・・と前置きで、しっかりと靴を選ぶ時は、店先に立っている若い店員、女の子よりも、店の奥にいるベテランの店員に詳しく、探している靴を話し、できれば、ある程度、お金・予算に幅をもたせる事、そして、試着する時間帯も重要で夕方がベスト、人間の足は朝よりも午後のほうが浮腫んでいるから、そしてスニーカーのサイズは革靴のサイズ+1が基本と云います。
革靴は履いてるするうちに、足にあわせて伸びるけど、新繊維で作られているスニーカーはのびないからと、教わりました。
もっと早く、そんな靴選びの常識を知っておくんだった。

このお気に入りのスニーカーの色は白、別の色、デザインが欲しい

お気に入りですが、色が白のメッシュ生地で、体育館内のスポーツには問題ありませんが街歩きや、旅行先にこれからの季節ちょっと合いそうにもない、ということでいつもも靴屋さんの店長に相談しました。
かの専門家が云うには・・・
靴選びは午後・夕方が基本だが、年齢・加齢という条件も加味する必要があると云います。
若いうちは良いけど、歳をとるに従い、体力・筋力が衰えていくので、5年前と同じものという訳には行かいないと云います。
私は、このお気に入りのスニーカーを履いての相談で、店長が推薦したのが、
アシックスのHADASHIWALKERでした。

メーカーサイトの引用
ハダシ感覚で歩ける より軽くクッション性を高めたウオーキングシューズを発売。
「裸足で歩いているような感覚で足の筋肉を活性化する」をコンセプトに、2004年2月から展開しているウオーキングシューズです。
屈曲性と軽量性が高く、足にあるさまざまな筋肉や関節を無理なく活用することができ、裸足のような感覚で歩くことができます
靴底に、独自に開発した特性が異なる2種類のスポンジ材を使い、最適な形状や厚さで配置する「フルイドライド」構造を搭載したのが特徴です。路面側に軽量の「Solyte(ソライト)」を、その上に高いクッション性と反発性をあわせ持つ「SpEVA(スピーバ)」を配すことで、両素材の持ち味を効果的に発揮できるようになっています。

「フルイドライド」構造は、当社ランニングシューズにも採用しており、高いクッション性となめらかな走り心地が好評です。今回は、歩行動作を分析したうえで素材の形状や厚さを調整し、ウオーキングシューズではじめて搭載しました。
靴底に通気孔を設け空気を吸排するシステムを搭載し、靴内の熱や湿気を換気しやすくしたのが特徴です。荷重がかかり熱を持ちやすい靴底前部に直径6mmほどの通気孔を4個設け、特に汗をかきやすい足指の付け根部分の快適性を保ちます。通気孔内部には、パンチングを施した薄い樹脂プレートを挟み込み、外部から異物が入りにくい構造になっています。

また、靴底は、三角形の意匠を配列しさまざまな方向への屈曲性を高め、足指を無理なく蹴り出せるようにしています。これにより、裸足感覚で歩くことで足裏の筋肉を活性化させ、よりよい運動効果をサポートします。
健康志向が高まり、シニアから若年層へもウオーキングが浸透してきていることから、男性用は、ブラックに加えブルーやレッドを使った明るくスポーティーなカラーを、女性用は、可愛さや明るさを重視したカラーバリエーションを用意しています

○主な機能特徴
1.靴底は、縦横に計6本の屈曲溝をつけた「ワッフル形状」にしています。
歩行動作に合わせて屈曲することで足や足指の筋肉、関節の活用や血行促進のサポートに関係するほか、足にかかる圧力を分散させる効果があります。
素材は、軽量でクッション性が高い「AHAR(エーハー)スポンジ」を使用しています。
2.ミッドソール(甲被と外底の中間クッション材)の素材は、軽量でクッション性と反発性のあるスポンジ材「SpEVA(スピーバ)」を使用しています。
3.土踏まず部を含むシューズの中心部分にH型の樹脂製補強具を設けています。
シューズのたわみやねじれを抑えるとともに、着地から蹴り出しまでの正しい重心移動をサポートしています。
4.かかと部に、大型の衝撃緩衝材「T−GEL(ティーゲル)」を内蔵しています。歩行時に最初に接地するかかと部の衝撃を緩和します



確かに、足裏の感触はまるで地面を掴んでいるような、ハダシで歩いているような感覚で、お気に入りの特売の白スニーカーに似ています。
ゴアテックス、防水でも、昔よくあったようなゴツゴツしたソールではなく、比較的街なかの道路にフットします。
づっと履き続けてみないと、扁平足の私に本当に合い、足底板が不要かとどうかわかりませんが、次の四国高知・徳島の旅に履いて行くために、毎日履いて確かめてみます。
ところで、このスニーカー、おいくら?
定価15,960円税込み・・・エー高えーな


この日、私はこのお店からダイレクトメールで割引があり12,768円となり、辛うじて何んとか年金貧乏シニアにも手が届くきんがくとなり購入となりました。

スニーカーで13,000円か、20年前なら考えられない値段ですが、時代なのでしょう。
このハダシウォーカーの実際の履き心地については、旅行から帰ったら報告します。


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2023年11月16日

体力脚力の確認 40年ぶりの東海道

久しぶりに、旧東海道を歩いて戸塚駅まで


75歳、階段がきつくなってきた

現在、歯の治療の為に週一のペースで、以前住んでいた横須賀線東戸塚の大マンション群の歯医者さんに通っています。
もう30年も前から通っている馴染みの歯医者さんです。
仕事柄、早朝から深夜までの働くこともある建設業で、数年で勤務地も変わるので職場近くの通い安い、馴染みの歯医者さんというかかりつけ医がなかったのと、昭和育ちの貧しい家庭の少年時代から、そんなに歯を大切にという考えはなく、成長してもロクに歯磨き無しで暮らし、痛くなったら現場近く歯医者さんに飛び込むような生活をしていた為、歯はボロボロ、恥ずかしくて他の新規の歯医者さんにはいけない身となっています。

本格的に掛かり付けの歯医者さんが出来たのは、退職5年前頃、長期の都内の現場となり、週の平日休めるようになり、自宅近所の歯医者さんに通うようになり、退職し鎌倉に住むようになっても、二駅かけて、この東戸塚の医院に通っています。
ビルの3階にある歯医者さんでこのビル、エレベーターはなく階段のみです。
つい、今年の春まで階段しかない・・・何の不便も感じませんでしたか、何故か後期高齢者保険証がとどいた頃から、急に、右膝に違和感がでてきました。
不通、膝の痛みは階段の登りで来ると云われているそうですが、私の場合、登りできました。
しかし、それがいつも、常にでなく、時々くるのです。
ここまで来て、新たに歯医者さんを変えるのも嫌ですから、ブツブツ文句を云いながら、この階段を3階まで登っています。

今月の旅に備えて、今現在の体力・脚力を確かめておかなくては

この階段を下っている時、ふと、こんな調子で今月半ばの
四国、高知の仁淀川の「にこ淵」まで行けるかだろうかと考えてしまいました。
四国の清流は「四万十川」ですが、高知から遠いので、電車で30分程度で行ける、いの町の仁淀川沿線に行く計画を立てています。
現地の観光協会と連絡を取ってスケジュールを組んでいますが、もっと美しい「にこ淵」へ一日数本の最終バス停から歩きと、そしてにこ淵への下りの階段が待って
います。この歯医者さんの階段で少し不安があるのに大丈夫か・・・
他にも、徳島のかずら橋やらバス停からかなり歩くことになりそうなので、今の自分の体力・脚力は判断するために、昔、35歳で都内からここに越してきた当時
なんにもない原っぱの町で本格的な買い物は、隣の戸塚駅まで行かなくてはならず、この周辺を知らなくてはと、二人でここからスーパーのある戸塚まで、
旧東海道を歩いたものを思い出し、40年後、戸塚駅まで歩いみることにしました。

旧東海道はお正月の箱根駅伝のルートです。

私たちが住んだ、東戸塚の横浜方面に有名な難所「権田坂」があり、西に向かうと「戸塚宿」で、お正月の箱根駅伝のテレビ中継に映し出される、国道一号線です。
私達が40年前に越してきて、戸塚方面に歩いていた頃、国道一号の沿線は、工場街でした。
今回、歩いてみると東戸塚から旧東海道の標識のある国道にでてみると、最初の大きな工場「小糸製作所本社工場」は今、解体工事のまっさかりでした。
隣のポーラ化粧品も外囲いで覆われていて、これから解体されていくのてしよう。
続くブリジストンも、森製紙も、ヤマザキ製パンも、後10年後にはなくなり、新しい高層マンションが立ち並ぶ風景と変っていくのでしよう。

国道1号は不動坂で旧東海道と別れバイパスへと続きます

箱根駅のTV中継で有名な場所です
昔はこのバイパスがなく、戸塚駅の大踏切で選手が足止めになりり、順位に影響を与えてのですが、駅伝のルートはこの不動坂からバイパスを通るようになりましたが一般的なバス路線はこのまま、まっすぐ旧東海道を進ます。
昔、二人で歩いて買い物をしていた「ダイエー」は現在「イーオン」になっています。
東戸塚から歩き始めて40分、この日は秋なのに夏日、高温予報がでており、ここで一旦休憩、給水タイムとしました。
自分のペースで歩いてきて、坂道がないのて、膝には負担がかからず、少し汗をかきましたが、40年前の35歳の時とさて変わらぬペース出歩いてきました。

いよいよ戸塚は近い
 


「イーオン」を過ぎたあたりに信号に「江戸見附前」という文字がありました。
 見付とは、宿場の出入り口のことです。ここは戸塚宿の江戸側の出入り口です。旧東海道の宿場に設けられた見付は、 宿場を見渡しやすいような施設となっていることが多いようです。参勤交代の大名らを、宿役人がここで出迎えました。
そして、戸塚宿をすぎると向こう側には戸塚宿の京都側の入口には「上方見附」があります。
上方見附は、箱根駅伝の戸塚中継所近くにあります。
ひたすら、歩いたように見えますがスマホの歩数計は7,000歩あまり、距離アプリで4.5kmの距離で休憩時間をいれて65分でした。

まだまだ歩ける、最後は一生懸命に歩きました・・・
理由はトイレのある駅前ビルに駆け込む為でした。
どうやら私の膀胱は80分がマックス限度のようです。


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2023年11月14日

回覧版 都会のマンションの場合

しまった、町内会会館に今月の回覧板を取りに行くを忘れてた。

何故か、二日前までは就寝後のトイレは朝まで二回で済み、何が良かったのかと考えていたのに、この日は1時間半しか保たずの頻尿の上、膀胱が緊張しているのか、排尿障害まで併発している。
トイレに向かって、雑念払い排尿、おしっこを絞り出す。
10分頑張ってあるていど、勢いはなく「ショボ・ショボ」とでたが、まだ残尿感が残っており、便器の前で仁王立ち5分・・・
眼の前にはカミさんが張ったカレンダーがある、カミさんの予定がびっしり書かれている。
そして、突然思い出した、今月の回覧板を地元町内会館に取りに行くのを忘れていた・・・
不味い、回覧板は毎月第一週の土曜日、9時半に町内会館に取りにいくことになっている。
今年、二回目のマンション理事会役員となり担当は副理事、その役目は町内会担当という一番面倒な、仕事量の多い役目。
忘れていた、この日は火曜日、町内会会館は開いているだろうか?
誰かいるだろうか?・・・
頻尿・尿閉を忘れて起き出しました。

そもそも回覧板って必要なの?誰が読むの

私の住むマンションというよりも、52戸の中層5階建て共同住宅は、地元鎌倉市の地域の行政区割り、地区・町内会に組み込まれています。
昔からの神社があったり、小田原北条氏の出城跡や、菩提寺などがあり、若い観光客は駅前の大船観音までは来ますが、ここ奥までくるのは、郷土史探索シニアグループだけです。
関東首都圏のターミナル駅圏内とは云え、かなり古くから地元住民コミニュテイの強い地域で、村の鎌倉時代から続く神社の祭礼の大看板をみるとマン単位の奉納金?や、少なくとも三千円の奉納・寄付金額とお名前が数多く展示されているような、田舎なんです。
回覧板の中身の多くは、鎌倉市からのお知らせ、社会福祉協議会の催し物、その他この地域の各種趣味サークルの勧誘、今月は地元小学校で行われる地域の秋のお祭りの案内です。

このマンション52戸を4グループに分けて、4冊の回覧板を回しています。
内部に部屋番号と次の確認日付を記入して12戸1グループとして回覧していただくのですが、元の配布元、今季の理事会「町内会担当」副理事長つまり私の部屋の前に置いた「回覧板回収BOX」に戻ってくるのは、早くて一週間、遅いと三週間もかかることがしばしばです。
本当にここ、マンションに住む新住民に必要な情報なのか?
今回、第一土曜日に町内会館に取りに行く忘れて、多少焦りましたが、今月、このマンションの住民全戸に回覧板を回さなくても、どこからもクレームがでないのではないかと、という考えが頭を過りました。
配布日から3日遅れて取りに行って、果たして、町内会会館は開いているのか、だれか専属の係はいるのか?
するはずはないだろう、もし誰もおらず、回覧資料がなかったらどうしようと、雨の中向かいました。
会館の玄関脇に大きな蓋つきの郵便BOXがあり、そのなかに、配布当日これなかった地区、隣組の番号が貼られたシートがあり、私の担当のマンションの番号もあり無事に持ち帰りました。
私だけではなく、かなり大量の配布用書類が残っていました。
もしかすると、最初からいらないと、拒否している「組」が結構あるようです。

都会のマンションに向三軒両隣の関係はない

自宅に持ち帰り、4冊の回覧板用バインダーに配布資料をはさみ、4グループの配布先、トップのお宅に持っていきます。
15年前、一回目の町内会担当理事になった時は、裸のままの回覧板用バインダーてしたから、スタートのお宅の玄関でピンポンして、手渡ししていました。
一番の理由は、この配布スタートのお宅が長期間留守だった場合、グループ内最後のお宅に届くのか心配だったからててすが、二回目13年経過すると、ここにお住まいの人たちの意識も変ってきます。
以前はマンションとは云え、鎌倉の住宅街の永住用マンションですから、少なくとも左右両隣と上下のお宅のコミュニケーションは必要と、入居者の皆さんすべて考えており、少なくとも顔見知りの方と開放廊下ですれ違った時は、軽く挨拶、会釈をしていましたが、今は全くなくなりました。
すべての玄関には、カメラが付き内部では映像として確認でき、録画も残るシステムとなっています。
ましてや、コロナ時代を経験し、アマゾンなど「置き配」が定着しているご時世、なかに住んでいる方々も、何の訪れもなく、急にピンポンされるのを嫌がる時代となっているので、最初のお宅から無言で、放水シートに包んだ回覧板を置いて、次のグループの最初のお宅に向かいます。
15年前は、とても気を使って配っていた、4グループの回覧板配りはほんの5分で終わるようになりました。

今やすべて、個人情報厳守の時代

4グループの最初のお宅を含め、各住戸に表札のあるお宅は一軒だけでした。
若い世代ほど、お子さんのいる家庭ほど、マンション内の住戸玄関の表札はありません。
エントランス内側のポストホックスは部屋番号だけで名前は表示されてません。
エントランスの外側、郵便局や、外部の人たちが入れる部分のポストホックスにも以前は部屋番号だけで、名前は表示されていませんでした。
さぞかし、郵便局や配達の方々は迷ったことでしよう。
今年か改善しました。部屋番号なして、名前だけを表示するようになったのです。
当然ながら同性の方はいらっしゃいませんでした。
エントランスホールは当然、セキュリティ自動ドアですが、以前はこの自動ドアの前、訪問者が見える場所に、マンション内の部屋の位置と番号が分かるマップが掲載されていたのですが、このマップもセキュリティ自動ドアの内側に移動されました。
入居から20年、設備も年々更新しますが、住民の個人情報意識が全く違ってきています。
私の両隣のお宅の名字はもちろん分かりますが、もうお隣の子供も奥さんも数年見ていません。
ベランダの洗濯物から、いらっしゃるのは分かりますが・・・どうしているのか、お嬢さんは高校背位ハズですが、全く姿は見えません。
もうひとつお隣といえば・・・数年前にご主人が亡くなられた模様・・・
地方の戸建てにお住まいの方には信じられない事象ですが、本当の話です。
ベランダ越しにお線香の匂いがしたので、亡くなったのだろうと推測しているだけです。
この未亡人の奥様と外ですれ違っても、おそらく解らないでしょう。
というのも、このお隣は賃貸なので、全く接触する機会がないのです。

カミさんの心配は、私が逝ったあとのこと
カミさんは女性でしかも元気、スポーツウーマンですから、私が逝ったあと、15年は最低生きてここに住むでしょう。
すると、後一回は管理組合理事は回ってきます。
今から、カミさんは嫌だ、嫌だ、そんな時はここを売って逃げ出すと云っています。
私にどうすることも出来ないのです。


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2023年11月12日

web友人からの秋の贈り物

今年もWebで知り合った友人から、秋の恵みの「柿」が送られてきました。

2003年に55歳で退職して、はや20年経ちます。現役時代の会社の同僚、仕事関係者との中元・お歳暮のなど季節の挨拶はほぼ5年で終わりました。
年賀状やら、メールのやり取り連絡はほぼ10年で無くなりました。
私の実家とカミさんの実家との季節の贈答は、両親がなくなってからも、送るのも、もらうのも好きなカミさんが勝手にやっていたものの、相手先から婉曲的「儀礼的なもの中止したい」との申し出でやめたようです。
私の友人関係では、旅先で知り合った女性の友人(岐阜)は毎年秋の季節地元名産の「栗」を送ってきたり、同じく旅先での友人女性(北海道)も地元の恵みなどを送ってきてくれました。
カミさんはどんなものでもいただくのは大好きな女性であり、又お返しに何を送ろうか、いただいたものの値段と送料を見極めて送るのが生きがいみたいな女性ですから、喜々としてデパートに足を運んていきます。
その旅の友人の女性もきっと同じなのでしょうが、恐らく退職したと思われる頃から、旅先からの絵葉書も無くなりました。

退職して20年、徐々に世間との交流・繋がりは薄れていきます。

今年11月、カミさんはもう今年のお歳暮のことを考えているようです。
送る相手は、私達と同年代の子供のいない女性、元の職場同僚で、相手もカミさんと同じく、あげるものも、もらうのも大好きな女性なのです。
今、カミさんのこのような「あげたり・もらったり」仲間は少なくとも10人ほど、全て”女性の為のスポーツクラブ”「カーブス」の仲間です。
月に一・二度ランチと、ほぼ毎日の簡単なお惣菜のやり取り、旅先のお土産の「物々交換」が楽しみで週5通っています。
エクササイスは二の次なのは、この「女性だけの簡単ジム」を考えだしたオーナーも解っていたことでしょう。

男性75歳後期高齢者として、日々連絡を取り合う友人・仲間は

度々、ブログで書いていますように、72歳で正式にNPOボランティアを卒業し、その他の趣味のクラブやスポーツをひとつづつ緩やかに遠ざかると、どんどんと人間か関係は薄くなります。
実家の兄は78歳になり、忘れた頃電話があります。
その内容はパソコンの操作に関することばかり、昨日は「キーボードのテンキーの入力が出来なくなった」と教えてくれというものです。
私達のレベルなら、「先ずはググれ、google先生に聞きなさい」ですが、わざわざ信州から電話で相談してくるのは、人恋しいからと、テンキーの上にある、「Num Lock」を押せと云っても、そんなボタンは見当たらないと言い張ります。
ローマ字のN・U・M・L・Oと言い直してやっと分って、問題は解決したようですが、最近急に物忘れが多くなり、キーボートのミスタッチが多くなったと云います。
今、パソコンで何しているの?と聞くと「町内会会計書類をエクセルで造っていて、平仮名日本語入力と数字入力混在文書を作るのに、テンキーが絶対必要」と答えは、その通りで少し安心しました。
毎日何しているの?と聞くと、あれだけてかけるのが好きだった78歳の兄は、今年の車検で車を「軽」に買い換えようと資料を見ている、後は毎日テレビの生活、来週から相撲が始まるので、午後の暇つぶしはできると話しています。
生まれ育った地元、田舎、実家とは家、住まいは街なかの商店街から郊外の住宅地に越してきているので、都会の住宅地とさして変わらぬ老後の住環境のようです。
自宅から数件先の元NPOメンバーは83歳も、最近見かけません。
こちらから、如何していますか連絡するのも憚れのでしませんが、以前はPhotShopの使い方ひとつで直ぐに電話かかってきていたのですが。
奥様も最近、外で見かけません。そとから二階の物干し台をみると、毎日洗濯物がみえるので、無事にお過ごしのことと思います。

退職後の高齢者へのお薦めはツィターXです。

ビデオクラブの先輩のツィターatmark_efu

10年以上も鎌倉のビデオクラブでご一緒した、Efuさんから様々の動画からweb知識を教えてもらいました。
何より、生き方についてかなり影響をうけました、高卒で東北から上京し一流企業工場で働き退職後、印刷会社を兄弟で起こした後、私と同じくかなりの老後資金を蓄えて、早期退職、悠々自適の老後生活に入り、趣味とバードウオッチングとビデオ撮影の世界にはいりました。
3年前75歳を機に、地元の「サ高住」に入居しました。
づっと一人暮しを続けており、自分が一人倒れたれ、音信不通になった時、誰が気付いてくれるか?と心配になり、ツィターを始めました。
もし、三日間ツイッターの更新がなかったら、私の身に何かあったかと感じ取って欲しいと、私達クラブの仲間や、友人そして当時住んでいた市の社会福祉協議会の部署にお願いしたのです。
そして、現在、東北の故郷の地から、ツイッターを更新しています。

特に連絡はとっていませんが、私はこの先輩のアカウントをフォローしているので、遠く離れた地でもこの先輩の近況を把握しています。
そして時々、「見ています」の意味も含めて「いいね」をしています。
faceBook、ツィターX、インスタグラム、ブログなど簡単、無料、手頃な手段でつながる環境がこれからの余生には必須でないかと日々考えています。
決して、世の中のトレンドに迎合する気はありませんが、今世間は何に興味をしめしているのか?いつも知っておくのも、私達高齢者シニアが元気に、一日を過ごす術でもあると、毎日、ツイートしています。

ブログ管理人のつぶやきツイッターX

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