なんで平日の給料日でもないのに、こんなに混雑しているのと、並んでいる行列を眺めると、かなりの年配者の方々ばかりです。今日は13日の金曜日・・年金支給日?。
そっか偶数月の15日が日曜日、土日となるので2日前の金曜日の13日に支払われるんだ。
知らなかった・・年金生活には入って15年にもなるのに知らなかった。
と云うよりも、早期退職してからも、我が家の家計の一ヶ月単位は、現役時代の給料日、毎月の25日と決めていましたので、特段、偶数月の15日は意識していませんでした。
特に年金がないと食っていけないと云う状況ではありませんが、かと言ってないと困る、生活のレベルダウンになることには変わりありません。
テレビのワイドショーで頻繁にシニア世代の年金問題を取り上げていますが、何故かインタビューする場所は東京の下町、江東区とか足立区の下町ばかりです。
テレビ局のディレクターとしては、世田谷や品川のスーパーで、日本の普通のホワイトカラーの年金生活者にインタビューしても何も面白くもないのは解っています。
ある程度の金融資産と何とか生活出来るだけの年金をもらい、戸建てに住み、子供や孫と暮らす、一般家庭の話よりも、カツカツの生活で一日でも1時間でも早く年金もらいとりあえずの食料品をスーパーで買いだめし、自分への年金支給日のご褒美として、ショートケーキを食べるのが、二月に一度の楽しみというお話のほうが、受けるに決まっています。
世間では「他人の不幸は蜜の味」
という不謹慎な言葉がありますが、アメリカでも似たような言い回しがあると、聞きました。
アメリカの午前中のラジオ番組で一番人気なのは、日本でもおなじみの「ラジオ人生相談」だそうです。
自分の廻りの不幸を延々と電話で見も知らぬラジオの向こうにいる相手に悩みを相談するのを聞いている視聴者の大半は日本と同じシニアの女性だそうです。
「私の人生もたいしたものではないけど、このラジオで相談する女性よりも少しマシだわ」
と思わせるのが、人気の理由だと教えてくれ、世界中、日本もアメリカも同じだよ、と云ってました。
私の毎月の25日の銀行めぐりの日は、今年の春から変わりました。
1,R銀行の貸金庫の契約をやめました。これまで、海外旅行やら国内旅行で長期間家を留守にするので、安全の為に貸金庫を借りて、一切合切入れていましたが、長期間留守することもなくなり、
却って貸金庫にものを集中させておくと、土日・祝日・夜間の非営業日に何か起きた時に書類の取り出し、確認が出来なくなります。
家庭内にダイヤル鍵とワイヤロックキーで固定した手提げ金庫に変更しましたので、25日、わざわざ貸金庫のある銀行へは、かみさんの専用口座の通帳記帳だけで済むことになりました。
2, 元F銀行の口座は
年金振込専用と、クレジット決済専用(東京都内支店)がありましたが、私がこの先なにかあった場合、都内の銀行支店まで行かなくて済むようにクレジット決済銀行を地元のY銀に変更し、私個人小遣い専用口座として、諸々の費用は全てこの口座から引きだしして、私名義の口座残高を減らすようにしています。
一番大きな理由は75歳という年齢を意識し、私が逝った後のカミさんの手間を幾らかでも軽減する為です。
今の時代、クレジット口座がないと、何も契約も出来ない時代となっています。
現在、NHKの支払い、二人のスマホ決済、旅行チケットから、ネット経由購入の映画館・アマゾンなど全て、私個人の小遣い口座として利用してきました。
何も利用しなくなってからでも、毎月の生活費引きだしのうちから、最低限NHKの支払い、二人のスマホ決済金額を現金で地元Y銀行の口座に振り込まなくてはならのです。
3, カミさんと私の年金振り込まれ口座は
二人共に元F銀行です。もともとF銀行は日本一支店数が多かった銀行です。
大船には、元F銀行合併前の支店が2つあり、今年の春までATMが稼働していましたが、一つは閉鎖され、残ったF銀行には10数台のATMがあり、年金支給日や給与振り込み日には、銀行の外まで行列が出来ています。
4,地元のY銀行
へも今年の春から月イチに行くようになりました。
元々、鎌倉に越してきてから口座開設した銀行です。一つには、地元NPOの有償ボランティアのお手当が振込なので、鎌倉市指定の銀行だったので新規開設した口座でした。
その後、鎌倉市からの給付金の振込口座して、年に数度の「高額医療医療還付金」の振込み口座として使うようになりました。
今年の春から月イチ必ず行くようになっています。
その理由は、これまで私的なクレジット口座引き落として、昔現役時代に開設した元F銀行の渋谷支店から、地元Y銀行に替えたからです。
5,M銀行へは絶対に行かなくてはいけません。
マンション管理費やら、鎌倉市の国民健康保険は、このM銀行の私名義の口座からの自動引き落としになっています。
いつか、早めにこのマンション管理費と鎌倉市の国民健康保険の引き落とし口座を、現在メインのY銀行にしたいのですが、やはり名義人の変更が必要になるようでまだやっていません。
この日本を代表するようなメガバンクM銀行は、ここ数年どんどんと支店の閉鎖が続いています。
原則一市町村に一支店のようで、大船の支店は閉鎖され、藤沢支店に併合されました。
残ったのはATMだけのお店、それもATMが5台だけの小さな店舗で、年金支給日や、給与支給日・月末には店舗の小路まで長い行列が出来ています。
比較的都会と思われる私の住む町なのに
若い頃、どこでも自由に動き回れる頃、自分が逝った後のことなぞ考えられない頃、身近な金融機関、公共施設のロケーションなぞ考えたこともありませんでしたが最近は気になりだしています。ちなみに銀行について、田舎に住む79歳のなる夫をなくした姉に聞いてみました。
田舎といっても、県庁所在都市の郊外の大規模住宅開発地区てすが・・・
元々、駅までの距離とか、バス路線は考えたこともなかったそうです。
夫がいて、車がある時は・・・
夫が亡くなり、息子は転勤で海外に、娘は嫁いで他市へ行き現在一人暮らし、車は手放し、バイクはあるものの、怖くなってヤメてる状況
頼るのは、実家の弟(私の兄)のみ、でも何でも頼むのは兄嫁への遠慮もあり、お友達のみが一番の頼りと云います。
銀行など金融機関に関しては、夫が亡くなった後、は全てを近くの郵便局に移したそうです。
元々、銀行は街なかにあり、昔から郵便局をメインにしていたそうです。
それでも郵便局までは徒歩20分ぐらいあり、月に一度、遺族年金を降ろしに行く程度のようです。スーパーなどの買い物は、生協仲間の拠点が近くにあり、用は足りているようです。
考えてみれば、昔は皆んな、何処もそうだった都会以外は
自分が元気で、お金もあり、何でも出来る頃、世界を一人で生きて行けると信じていた頃・・・
でも、実際に人生第四ステージ「遊行期」となって、人間一人きりでは生きてはいけない、社会・友人・家族が必須なのだと・・・
まだ悟った訳でもありません。
煩悩はまだまだ有り、行ってみたい、旅してみたい場所はまだまた限りなくあります。
このフログを書いているのは、風邪をひいたのか、鼻水・くしゃみ・寝不足、喉がいからっぽい、体温を測ると35.6、コロナではなさそう。
近所の行き付けの耳鼻科に行くと小さな医院なのに待合室は満員、待たされて大量の薬、一日3回食後一錠とか、一日一回朝二錠、一日一回夜、二種類とか細かく処方された薬を飲み、一日ボーとしている、体力も気持ちもかなり落ち込んでいる時であることをつけ加えておきます。
ブログ管理人のホームページ団塊世代の海外ロングステイ 関連情報がメイン
ブログ管理人のwebサイト2011から2019年過去のブログ・アーカイブは
定年後の過ごし方サイト読者からの投稿・体験記事ページ
ブログ管理人の動画サイトユーチューブページ
ブログ管理人のつぶやきツイッター
不動産経済研究所によると、2023年4月から9月の上半期の東京23区の新築マンションの平均価格は1億572万円となり、バブル期を超えて、初めて1億円を突破した。
2003年、時はバブル崩壊後、中古マンション価格崩壊の時
先日、故郷の中学校同級会に出席しました。
昔と違って、大規模修繕は10年に一度ということは云われなくなっています。
我が家は管理費・修繕積立と固定資産税だけで年間70万と、実家の兄と話すと兄は、特別口座・会計で修繕費を積み立てしている訳ではないけど必要となればやらなくてはならない、屋根も外壁ペンキもキッチンもトイレも、もうこの親から引き継いた家は50年は経っているから、100万単位の金はここ数年、度々でる。と話していました。
その理由は
2023年の誕生日月、政府からお年寄りとしてのお墨付き、これのまでの健康保険証と違ってかなり大きい、持ちは歩きにくい「後期高齢者医療保険者証」が送られてきました。
しかし、最近は優先座席はかなり意識します。
現行の健康保険証を廃止し、マイナンバーカードに一体化させる「マイナ保険証」で、地域住民の健康を見守る小さなかかりつけ医が廃業の危機に立たされている。
歯医者さんはJRで二駅先の元現役時代に住んでいた町の掛かり付けの歯医者さんです。
一方、内科系の掛かり付けクリニックはもちろん、とうの昔に「マイナ保険証」になっています。
入り口受付の棚に名前順に、先代のダクターが積み上げた莫大な紙のカルテが見えます。
紙カルテの電子化の方法、想像とおり、一度スキャンしてPDF化するしかないそうです。
先日、スポーツクラブで一緒の同じ団塊世代の女性の夫77歳が亡くなり、49日を済ませて久しぶりに参加してきました。
四国四県、讃岐の香川県高松、阿波の徳島県、伊予の愛媛県は何度も行く機会があったのですが、唯一、土佐の高知県だけは足が伸びす未開の地です。
費用は、海外旅行のマイルがあるので、全日空のマイル二人往復20,000マイルで余裕のですが、高知の難問はお天気なのです。


長野市は善光寺を中心とした門前町なので、メイン大通りは、駅から善光寺まで一本だけです。
1998年の長野オリンピックで、表通りは綺麗になりましたが、一歩裏通りを歩くとそこは、空き地だらけの駐車場にすらなっていない空き地が目立つ・・・
私の生まれ育った長野市は、江戸時代から善光寺のある場所から幕府天領でした。
これまで中学卒業後40年の間、開催されていませんでしたが、地元に残った同級生により私が早期退職した2003年から、不定期で開催されるようになりました。
このブログを読まれている方々は想像出来ると思いますが・・・
卒業時女生徒は26名のうち亡くなられたのは2名、
参加された方々からは、これが最後というのも寂しい。
退職した2003の翌年2004、平成16年横浜から鎌倉の地に引っ越ししてきて初めて入った地元の趣味のクラブ・団体がこの「フォトクラブ・ベアーズ」でした。





2003年当時、コンパクトデジカメは既に一般的に登場していましたが、一眼レフデジはまだ一般的なものではありませんでした。


主演は二宮和也
女優は波瑠
手作り模型や手描きのイラストにこだわる男性デザイナーの(二宮)。
順調に進んていく二人の関係、やがて木曜日以外にも会いたい気持ちになる。
会場のあちこちから、すすり泣きが聞こえてきます。
正式な名称は認知症対応型共同生活介護(認知症グループホーム)と云います。
この施設の運営は「株式会社ニホンアメニティライフ協会」という大きな介護組織が運営しています。

全て、「クループホーム花物語かまくら」の施設長と介護スタッフ全員の、やろう、お年寄りを安全に海岸につ連れ出そうと意欲が実りました。


4棟同時に発売されたものの、全て抽選倍率は15~30倍の大人気でした。
以前鎌倉市内の物件を見に行ったカミさんは、鎌倉駅・北鎌倉駅周辺は、買い物も不便、観光客向けには良いかね知れないが、ずっとむ場所ではないと云っていたのですが、時間がありましたので、行ってみることにしました。
駅から自宅まで、不動産広告では徒歩9分・・・確かに昨年あたりまで9~10分でしたが、今年の夏は違います。
カミさんに「ショピングカート」を買おうか、問うと、いらない、そんな歳じゃないと云います。