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2023年08月30日

人生最後の10年を絶対後悔しないための選択 これが正解!

週間ポストのキャチコピー大タイトルは、人生最後の10年に生き方についてで、一番週刊誌にお金を払いそうな昭和世代の退職者向けかと思いましたが、サブタイトルは、君たちは人生後半戦をどう生きるか?ですから、今、現役の50代をターゲットとしているようです。

第一弾
 ■老後マネー
(仕事)「社員」か「アルバイト」か
(生命保険)「継続」か「解約」か
(資産)「投資」か「銀行預金」か
(年金)繰り下げ「する」か「しない」か

■身辺整理
(持ち家)「売却」か「住み続ける」か
(老人ホーム)「入居」か「独居」か
(運転免許)「更新」か「返納」か
(友人)「作るべき」か「減らすべき」か

第二弾
■死後準備
(相続)生前贈与「する」か「しない」か
(葬儀)「盛大」か「小規模」か
(ペット)「飼い続ける」か「手放す」

■医療健康
(大病)患ったら「入院」か「在宅」か
(緑内障)手術「する」か「しない」か
(がん)「切る」か「切らない」か
(薬)「飲み続ける」か「断薬」か

現役の50代ってもしかする団塊ジュニア世代かも
確かに、カミさんと私の甥っ子は今年50、51歳を越しているでしょう。
私達夫婦が退職した年齢にあと数年で到達するのだから・・・人生の後半戦をどう過ごそうとしているのか、どう云う人生を選択しようとしているのか?
この週間ポストの記事の惹句をみて、何を今更と思いました。
それは、私達は既に退職し、選択の余地がないからです。

私達夫婦の甥っ子世代への回答「第一弾」
(仕事) 「社員」か「アルバイト」か
これは、定年退職した後の次の仕事の選び方として捉えました。
私が団塊ジュニア世代に答えるなら、もちろん、「パート」「アルバイト」にしろと云います。
しかし、あくまでも、夫婦二人の公的年金で月々の基本生活費を賄える程度はもらっているとの前提です。
年間に必要な、ゆとりに関する資金は、あまり責任・体力・義務の負担が軽くて済む、「パート」「アルバイト」で十分だと、甥っ子に伝えたいです。

(生命保険)「継続」か「解約」か

 生命保険の種類次第ですが、今甥っ子が入っている保険が何なの次第です。
基本的に医療に関する保険は、ある程度のレベル会社員なら、医療保険は必要ないのは常識です。
例え大病して、大手術しても組合保険でカバー出来ますし、オーバーして分は高額医療で戻りますし、長期間入院していたも、組合・会社保険組合から給与の65%は補償されます。純粋な生命保険、死んだ時の保険・・・?子供が18歳まではあったほうが良いなと考えますが、このポストの記事設定ですと老後の最後の10年と謳ってますから、死んだ時の受け取る生命保険は必要なく、さっさと解約すべきです。
問題は、解約返戻金の金額と、掛けていた期間によりますが、解約して返戻金が高額ですと、翌年に税金が発生します。解約してもすぐ貰わず、保険会社に預けておくのも一つの手で、なるべく多額の税金を払わずに済むタイミングをみることが必要です。

(資産)「投資」か「銀行預金」か
私の場合、躊躇せずに退職したその日にすべての投資を解約し「銀行預金」にしました。
おかげで、「リーマンショック」も「不動産ブブル」も避けられました。
投資信託は、儲からなくても手数料がとられます。まして投資信託の中身はほぼブラックボックスで誰も損した時の責任をとりません。
投資信託にリスクがあるのなら、造ったほうも、仲介して手数料をとったほうも、口座維持費をとる方もリスクを負うべきだと私は考えています。

(年金)繰り下げ「する」か「しない」か
人生100年時代なんて言葉に惑わされててはいけません。
10年先の100よりも、今使える70のほうが良いに決まっています。
70代になると、10年先なんて、ないと思って生活するようになります。

■身辺整理
(持ち家)「売却」か「住み続ける」か

 これは、後期高齢者になる今年まで検討していた事項です。
特にマンションの場合、管理費・修繕積み立てなどで月60,000はかかり、その他に固定資産税ですから90〜100万の年間出費となります。
夫婦二人暮らしで、夫の私が逝った後、カミさんは遺族年金と、それまでま蓄えまの取り崩しで現在よりもやや、生活の質を落とした生活となりますし、カミさんが亡くなった時、このマンションはそのまま(少なくと鎌倉の土地柄、駅から9分、82平米、築30年予測)の資産が残ってしまいます。
確かにもったいない・・ですが、果たして、その売った金額を手にしたところで、その後生活は若干裕福になるかもしれませんが、絶対に必要でもないものです。
何処か広めのアパートに仮に入居出来たにしても、年間家賃200万は必要になり、長生きすればするほど、持ち家のとの差100万は發生し、なおかつ、賃貸の更新と、引っ越しの手間・費用まで発生します。
今のままでやっていける資産状態なら、無駄な動きをしないほうが良いと私達は考えています。

(老人ホーム)「入居」か「独居」か
本当に介護が必要となった時、とうするか?
カミさんは元医療関係者でプロです。
絶対の貴方の下の世話はしたくない、即、預かっていただける施設があったらお願いすると宣言済みです。
何処にはいりたいか、今ボランティアサポートしている、グループホームや、施設長とよく話しておいてね。
年間予算、150〜200万、10年間はの費用は、見込み済みでしょう。とのご返事でした。
カミさんの期待を裏切ってやるとぞ・・・

(運転免許)「更新」か「返納」か

 運転免許は60歳の時、更新をせずに失効しています。
元々、車の運転は好きではありません、できれば助手席で景色を眺めているほうが好きです。
また、住まいも賃貸も新居もすべて駅から徒歩10分以内に住むと決めていましたから、車がなくて不便だと思うのは、国内の辺境の地を旅した時でけです。
元々、運転免許証は海外赴任地のアルゼンチンでとったもので、全くの自己流ですし、運転マナーも南米、ラテン流で、少々ぶつけても、擦っても、お互い様で済むお国柄で、軽い事故は何回もしています。
日本に戻ってきて、国際免許を更新して済まそうとしましたが、私の運転を見た兄が、即、自動車学校て日本の免許を取り直せ、自動車免許合宿に入り、超優等生で一発で卒業して道路にでましたが、交差点での右折ものすごく怖かったのと(自然に右側によるのです)、左折で一度老婦人をひっかけ寸前まで行き、できるだけ、車の運転を避けるようにしてきて、正解だったと思います。
車の運転はしませんが、年々判断力が鈍く、遅くなってきているのはを実感します。
70歳を過ぎて、人身事故をお越し、認知症を発症した男性を二人みています。
住まいの場所にもよるでしょうが、車がなくても十分に生活できます。

(友人)「作るべき」か「減らすべき」か

果たして、自分に「親友」「友人」というべき存在はいるだろうかと、この項目を書くに当って考えています。
そして出した結論は、全ての見栄、肩書、鎧を脱ぎ捨てて、素のままに出会い、語り合える友人は三人だけと云う結論に達しました。
・小学校・中学・高校・大学・専門学校の友人
・南米、アルゼンチン時代の友
・帰国して日本の実業の世界で知り会った友人・知人
・世界中を旅して出会った人々
・退職後の鎌倉で知り合った、NPOやボランテイア、市民活動団体の友人
・もうひとつ、退職後立ち上げた「団塊世代向けサイト」で知り合った同世代の友人
住所録には100人以上名前・住所が残されていますが、70歳のタイミングで年賀状を出すのを辞めました。
その後、年賀状・メール・ラインで75歳後期高齢者となって繋がっているのは三人だけです。
三人ともに同じ団塊世代です。

T君は中学時代の友人てす。
高校・大学・専門学校の同級・同窓生は、ある程度入試などの社会的競争の選択を通ってきており、どうしても似通った境遇となり、友人と云うよりも意識しなくても、社会生活上の競争相手、「competitor」「rival」なってしまいます。
しかし、まだ社会的選択前の小学校・中学校の同級生は、競争社会のスタートライン以前ですから、素直な気持ちでいられます。
T君は学力的には地元の公立の全国にも名の知れた進学校にいくだけの成績でしたがT君は、私達の時代に出来たばかりの「高専」に行きました。実家が小さな町工場を経営していた関係でしょう。
同じ中学で進学校へ行った同級生は、東大、早慶へと進み中央官庁や大企業に就職しています。
東大・中央官庁とすすんだ同級生は、次官競争に破れ、若くして退官し、幾つもの傘下団体のトップを務め、70歳で下野したおり
大企業へと進んだ同級生も同じように、60歳退職、関連企業の役員などを歴任して65〜68歳でリタイヤしています。
75歳となったT君は未だ現役です、でも彼は未婚・独身で私と同じような境遇で、今も信州に住んでおり、70歳で大きな家を新築しました。
私の実家のそばなので、是非いちど、訪ねてきて欲しいと連絡がありましたが、未だ実現してません。

N君はアルゼンチン時代の友人です。
かれも団塊世代です。
横浜からブエノスへの船のなかで出会いました。
日本人花卉栽培農家実習生として渡り、二年の満期契約終了後、ブエノスアイレス市内に移り住み、色々な職業を転々とした後、独学でマッサージ・整体を学び
アルゼンチン白人富裕層を顧客として、現在も現役中です。
私がブエノス勤務中、一時期体調を崩し一ヶ月入院した時は、彼が全て取り仕切ってくれました。
現地で日系二世の女性と結婚し娘さんがいます。
私達夫婦がアルゼンチンを旅する度にかれの家庭にお世話になっています。
そして、彼は実家が、関西の宗教団体の教会なので、10年に一度くらいの割合で家族三人で来日する度に、我が家でお世話しています。
彼との連絡は今まで手紙・ハガキ、緊急連絡事には国際電話でしたが、次第にメールとなったのですが、彼はパソコンが苦手の上、パソコンには日本語が
表示できないので、ローマ字入力での連絡となっていましたが、スマホ時代になり、娘さんがライン設定して、現在はライン、時々ビデオ通話で繋がっています。

K君はネット上で知り合った会った知人・友人てす。
もちろん同じ団塊世代です。
私よりも、団塊世代の生き方、其の先の人生観の造詣に深く、この方の書かれる団塊世代のたどりつく先に、深く影響を受けています。
ネット上で知り合い、関東に来る時一度だけ鎌倉でお会いしました。
この時のお話でびっくりしました。結婚式をあげた場、動機か全く同じだったのです。
そして現役時代のお仕事も彼は工事を発注する立場で私はそれを受注する立場で話が合うのと以上に、私と同じく退職後、海外ロングステイではなく、リピートミドルステイを実践していたのです。
実際にお会いしたのは一度だけですが、その後は今もネットとメールで繋がっています。

(友人)は「作るべき」か「減らすべき」かの問いへの答えは
自然と友人・知人との関係は年とともに淘汰されるということです。
カミさんに残してある、「私が逝った時の連絡先」に友人として知らせる先はこのお三方のみです。

ポストの人生最後の10年を絶対後悔しないための選択
これが正解!第二弾は次回に予定しています。
・死後準備
(相続)生前贈与「する」か「しない」か
(葬儀)「盛大」か「小規模」か
(ペット)「飼い続ける」か「手放す」
・医療健康
(大病)患ったら「入院」か「在宅」か
(緑内障)手術「する」か「しない」か
(がん)「切る」か「切らない」か
(薬)「飲み続ける」か「断薬」か


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posted by 西沢 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2023年08月28日

マンション管理組合理事の役目

二回目のマンション管理組合理事として

55歳早期退職後、横浜の駅前大規模開発マンション群から鎌倉の現在の52戸の中規模マンションに移り住んで20年になろうとしています。
52戸の小さなマンションで、管理組合理事の当番義務は12年に一度は順番が回ってきて、20年目、2回目の管理組合の理事が今年回ってきました。
最初の理事の時のお役目は。副理事で「町内会担当」でしたが、任期途中で理事長が引っ越しでいなくなり、途中から理事長を兼任していました。
その時は、特段おおきな仕事もなく、無事に乗り切り、今回のお当番でも、あみだくじで再び、副理事「町内会担当」になりました。

「町内会担当理事」の一番大きな仕事、役目は町内会との窓口、連絡、お付き合いで、月に一度、第一土曜日に町内会館に出向いて、回覧板原稿52戸分を受け取り
マンションの52戸に回覧板を回し、回収する仕事です。
その他の理事3名、理事長・会計・監査は、2ヶ月に一度の理事会出席で済みますが、副理事は毎月一度、必ずお仕事がりますので、この日は絶対に空けておかねば
ならないお役目となっています。
幸か不幸か、今回の理事四名のうち、他の三名は40代、50代の現役バリバリで、会社と家庭の予定があるのでしようが、副理事の私は定年退職シニアで、時間は
いくらでもあると思われているようです。

「時間は幾らでもある」ではなく75歳後期高齢者には「残された時間」
このことを他の三名の40代、50代の現役、或いは管理のM地所の担当者に云っても、「ご冗談を」と受け取られているようです。
前回の理事の時は、まさに「海外リピート・ミドルステイ」の真っ盛りの時でした。
どうしても、月に一度の回覧板の配布と回収の日にちを、スケジュール手帳に太文字で書き入れなくてはならなず、退職後の過し方、スケジュールに大きく影響したのを覚えています。
今回、一ヶ月のスケジュール手帳に先ず予定しなくてはならないのは
・町内会との連絡日(1ヶ月に一度)
・理事会の予定日(2ヶ月に一度)
・ラケットテニスクラブのネット予約日と確定日(1ヶ月に二度)
・サポートしているNPO団体の支援日(1ヶ月に一度)
そして、病院の診察日というのが後期高齢者老人らしいでしょう。
・内科系ファミリードクター医院(2ヶ月に一度)
・大病院泌尿器(4ヶ月に一度)
・眼科検診、視野検査(4ヶ月に一度)
・歯医者(現在週に一度)
昔、先輩方のシニアライフを拝見していて、病院へ行くのも「きょういく・きょうよう」の一つと聞いて、呆れていたのに、今75歳の自分がその状態になっています。

「マンション管理組合は住民の親睦団体ではない」
今回のブログのテーマは、町内会担当理事として経験していることです。
52戸の住民の4グループに分けて、4冊の回覧板を回すし、回収するのが「町内会担当理事」のお役目です。
私の仕事は、各グループの回覧板最初に配るお宅(4宅)に届け、4グループの最後のお宅から回収するのが一ヶ月に一度のお役目です。
前回の町内会担当をした時は、回覧板を配る最初のお宅にピンポンして、回覧をお願いしていましたが、二回目の今回から、各戸玄関ポーチの内側に黙って置いています。
都会のマンションは隣の人の名前も知りません。
すべて、個人情報に該当するため、ほとんどのお宅の玄関プレートには表札がないご家庭は半数以上です。
マンション玄関ホールの郵便受けには部屋番号はあるものの、ネームプレートは昔はありましたが、現在はありません。
こんなことでは、郵便配達の方も大変だと思いますが、実情は部屋番号だけで配達しているようです。
宅配にしても、amazonは自宅内にいるのに、玄関で置配ですし、他は、宅配BOXが主流となっています。
自宅するのに、ピンポンもなく、一階の郵便受けに宅配BOXへの通知があるだけです。
こんな状態になったのは
・コロナパンデミック
・闇バイト素人強盗
・宅配業者の人手不足
・宅配BOXの普及  などが拍車をかけているのでしょう。

毎月回覧板を回していて、毎月回っていないお宅が3軒あります。


町内会担当理事になり、毎月この3軒に捺印なしで戻ってくるので、このままで良いのか不安になり、通いの管理人さんにこの3軒のお宅のお名前とどんな人が住んでいるのか、このマンションの所有者なのか、賃貸なのか聴きましたら、「解っていますが、お答え出来ません」との返事です。
ここの管理人さんは、定年退職した男性でちょうど一回り下の世代、よーく知っている方で、当然ながら、向こうも私が今期の管理組合理事で町内会担当ということを知っていますが
「個人情報」に該当いるので、例え管理組合理事さんであっても、直接回答できます、管理の「M地所」に問い合わせて下さい。と云います。
確かに、彼の立場では仕方ありませんが・・・
そこで、今月の二ヶ月に一度の管理組合理事会で、担当者に
「こう云う事情でこの三軒のお宅を知りたい」
「長期不在なのか」
「所有者なのか賃貸なのか」
M地所の担当者答えは、
「所有者で実際にお住まいです、お答え出来るのはここまで、氏名とか家族構成はお答え出来ません」
例え、管理組合の理事でこの組合の業務と関係ないことを知る権利はないようです。

もう一つ、町内会担当理事として提案しました。

前回の町内会の調査依頼「敬老祝賀該当者確認表」の回収結果報告

恒例により、敬老の日(9月18日時点)で満80歳以上の方に町内会よりお祝いの品が送られます。
該当者がおられる場合は、御本人また家族の方がご記入下さい。
満80歳とは、1943年(昭和18年)9月18日以前にお生まれの方です。
後日、確認する場合もありますので、連絡員の組名、氏名、電話番号もご記入下さい。



回収した確認書には、当マンションには四名の方々がいました。
四名のうち一組はご夫婦で89歳、88歳
もう一人は88歳と85歳、独居なのご家族と一緒なのか分かりません。
来月、町内会担当理事として、私が受け取り、上記の四名の方のお宅にピンポンしてお届けすることになります。
この件を今回の理事会開催のレジメに掲載するように、事前に「M地所担当者」にメールしたところ、管理組合理事会はとこの件は全く関わりないないのでレジメには掲載せず、当日、口頭での報告のみとして下さいとのメールがありました。
なるほど・・・そうなのか!
マンション管理組合は、住民の親睦組織ではなく、純粋に、資産管理団体に過ぎないのです。

もうひとつ、理事会で市から送られてきた「避難行動要支援者支援制度」の案内について提案しました。

52戸の家族、住民のなかに災害時「要支援者」がどのくらいお住まいなのか、知っておく必要があるではないかとの提案に、マンション管理組合の業務以外の案件であり、必要性は解るが対応は出来ない・・・
やる必要性は解るが、管理組合でなく、別組織「住民コミュニティ的組織」で対応するしかないとの「M地所担当者」の返事、そして今回の担当理事40代、50代の理事3名も、今期の私達の理事会では出来ないとの考えでした。
私がここに越してきた時、50代半ば・・私も当時ならそう思ったことでしよう。
このような、近隣の相互扶助は別に、当マンションだけでなく、戸建て住宅が多い町内会でも同じようです。
やるとしたら、この52戸にどんな方がお住まいで、何歳で、所有者か賃貸者であるか知る必要がありますが、「個人情報」の壁は厚く、高く、相当難しいのが都会のマンションの現状です。

私のお隣は近所にお住まいの所有者の奥様のご両親がお住まいです。
数年前、このご主人が亡くなったようです。
「ようです・・・」なのです。お隣に住んでいて亡くなったことも知りませんでした。
右隣のお宅にお子さんが二人いますが、下のお嬢さんの姿を一年以上見ていません。
理事会の引き継ぎの時、数年ぶりにご主人にお会いした時、それとなくお聞きしたところ、居ること居るようですが・・・

カミさんにたしなめられています。
「君は鎌倉のNPOに20年近く関係し、現在も福祉団体や、社協と繋がっているから、そんな事考えるけど、一般的にはそんなに他人の生活に関わらないよう生きているのが現状よ、女の世界だって、噂と見栄で成り立っているのよ」
「あんまり騒ぎ立てないでね」
「君が逝った後の私の生活が大変になるから」
ふーん、そうなんだ

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2023年08月26日

悩みのるつぼ SNSの功罪

読者からの悩みを回答者が答える、新聞紙版人生相談です。

年齢を重ねるにつれ、或いは土曜日が暇、時間に余裕があってか、退職してからは、ざっと目を通すようにしています。
なかには、こんなつまらない相談にわざわざ丁寧に答える回答者に呆れたり、こんな相談事にこんなアドバイスを導きだす回答者の人生経験に心合わせることもあります。

相談のタイトルは「SNSで不公平感にモヤモヤ」

今回の相談事のタイトルに惹かれて読んでみました
私は、早期退職と同時に電子情報専門学校の退職者向けセミナー参加、webプログラムを学んだ後、自費で半年、これから主流になると云われていた、携帯電話向けweb言語を学び、これからのの時代、大きく情報の発信あるいは、データの情報のやりとりは変化するだろうと感じていました。
そして、スマホ全盛時代になり、SNS(Social Networking Service)を通じて、個人が簡単に情報の発信をパソコンではなく、しかも難しい専用のアプリ・ソフトを介さずに出来るようになると云う、先駆者の言葉を半信半疑ですが受け止め、現在に至っています。
確かに、今の日本の社会のトレンド、気なる話題は、大手新聞社やTV局のニュースではなく、若者が電波が発信できるあらゆる地球上場所から発信する短いツィート(つぶやき)であったり、個人の身の回りプライーべートな話題であったり、感動する静止画や、面白い動画であったりするのてす。

相談者は地方在住の50代主婦

記事引用
数年前、ある音楽家のファンになり、彼の動向を追いかけるため、今まで無縁だったインターネットのSNSでコミュニティに参加しました。
ファン人たちと情報を共有するのは楽しい半面、頻繁に演奏会が催される首都圏の人がうらやましくなりました。
〜中略〜
ファンの人たちの投稿を読んでいると、激しい嫉妬が込み上げてくると同時に、自分だけ一緒に盛り上がれないことに孤独感を感じてしまいます。
〜中略〜
SNSは条件の恵まれた人、物事の中心にいる人達にとっては楽しい場だと思いますが、私のような人間にはつらい場所で不公平感にモヤモヤしています。
どのように、SNSと付き合い、地方在住者が穏やかな気分でファンでいられるにはどうしたら良いのでしょうか



この相談者の投稿を読んだ団塊世代おじさんの印象は
朝日新聞の「悩みのるつぼ」の編集者は何故、多くの相談のなかから、この投稿をとりあげたのか考えてみました。
専任の回答者に依頼するまでまなく、解決案は「それならSNSコミュニティから抜けたら」が最善の策とおもうのですが、しかしそれでは記事になりません。
考えてみると、SNSだけではなく、自分の身の回りには自分と違った環境・境遇・条件の社会は何処にでも、歴然と存在しており、生きているのです。
例えばカミさんが週に5日通っている、女性だけのスポーツクラブ「カーブス」とて同じです。
ほとんどが、中高年の女性で一日30分マシンで体を動かし、月に一度の体力測定があるのですが、少なくともカミさんのグルーブは皆さん70才以上の高齢者で「カーブス」に来る目的は「健康維持・筋力アップ」ではなく、「きょういく・きょうよう」今日行く、今日の用事のためにきているのです。
還暦を過ぎ、夫も定年退職し、子供たちも巣立って行き、特別これまで地域ボラとか、生活の為のパートも必要でない、ある程度の財政的ら恵まれているシニア女性ばかり・・・と私は思っているのですが、カミさんに云わせると全てがそうではなく、自然に「カーブス」内で同じような社会レベルの人たちの仲間が自然に集まるのだそうです。
そしてSNSは「LINEグルーブ」で繋がっているようです。
我が家のカミさんは「パソコンキーボード」は全く触ったこともなく、入力もできないのに、「LINE」だけは出来るようです。
現在、カミさんの「LINEグルーブ」の登録者をみると20名近くいますが、実際に頻繁に書き込むのは8人程度です。

そのメンバーは典型的な「鎌倉婦人」なのです。
半数は夫も本人も高学歴、75〜80代前半ても大学を卒業しており、今回の後期高齢者保険制度回生でもほぼ全員が二割負担です。
伴侶のご主人も、誰も知っている大手一部上場会社の出身者のようで、特に聞かずとも、自然に元の勤務先の名前がでてくるような環境だそうです。
同じグループ内の別の「鎌倉婦人」はほぼ全てが「個人事業者」「会社経営者」です。
大船の有名なレストランまオーナー、地方に工場を保つ現役経営者、銀座に小さなビル保つ人、鎌倉市内に多くの学習塾を経営しているご家庭。カミさんに、よくこんなプライドの高い「鎌倉婦人」とお付き合いが出来るねと聞いたことがあります。
地方出身、高卒、夫は元建設現場監督なのに・・・

カミさん曰く、
「貴方の経歴、仕事に関しては一言も云ってないわ」
「私がこのグルーブ内で必要とされているから」
「グループ内で一番若く、そして美人だと思われているから」
「女って、友達が綺麗だと、人に自慢できるのよ」
「何より、特技として手芸があり、何でも造って無料で差し上げているら」
と冗談半分で云いますが、確かに一理あるようです。

女性とて、退職し新しい土地に越して来てからの生活、地元コミュニティとのお付き合いには心配があるのは、男性と同じですが、溶け込むスベは男性よりも知っているようです。

退職した男性のSNSのお付き合いの仕方

退職した男性の地元コミュニティとのお付き合いはかなり限定されています。
相当、積極的に地元の趣味のクラブ、ボランティア、退職プラグラム、地元行政、町内会に関わりを持たないと孤立し、元の会社の仲間、同窓会としかお付き合いがなく、自宅の書斎に籠もり、ネット上の同好の仲間のSNSに偏ります。
ネット上のSNSの場合、全て匿名ですから、アバター的人格としていくらでも存在出来るのが特徴です。
私が退職後に立ち上げた「団塊世代の定年後の過し方、海外ロングステイ」も一種のSNS的コミュニティです。
現在、フリー投稿できる「BBS画像掲示板」も一種のSNSです。
毎日のアクセス数は200前後と、立ち上げた時の1/5程度で、安定してきています。
皆さん、同じように年老いていき、同じように体力が低下していき、自分の年齢や健康そして寿命について考えるお年頃に近づいています。
もしか、するとこのBBSを見て、この地方在住50才の女性と同じように、置かれている立場、環境が違っているのを知っても、特別疎外感はもたないのではないかと思います、理由は自分は自分、世の中に色々な考え方、生活があるのだから・・・と思うのが普通で、自分が惨めな気持ちになるのなら、自慢タラタラの投稿を無視する、見ないようにするだけなのですから。

本題のこの投稿に関しての回答者の返答を掲載します。
回答者は、歌手・俳優の美輪明宏氏

記事引用
SNSの狭い世界だけで、自分だけが取り残されてみたいだと感じるいるのなら、それは世間知らずだと思います。
web空間では多く人が良いことしか書き込みません。
それだけを見て、羨ましいと思う必要はありません。
〜中略〜
物事には、どんなことにも良い面、悪い面があります。
私が常々申し上げている「正負の法則」です。

SNSだろうが、現実社会だろうが、地方都市だろうが都会だろうがそれは変わりません。
そもそも悩みを抱えていない人なんていません。
あなたが羨ましいと思う人でも、きっと気の毒なつらいことに直面しているでしょう。
SNSでは、貴方にはそれで見えないだけ、相談者の悩みは「隣の芝は青い」の類です。
〜中略〜
では具体的にどうすれば良いか?
SNSでは自分にプラスになる情報だけを得て、以外は真に受けないようにし、割り切って付き合えば良いでしょう。
生きているだけで丸儲け、それを忘れないように



美輪明宏氏の回答の最後の部分を読んで、朝日新聞の担当者がわざわざこの投稿を取り上げて、云いたいことが分かった気がしました。
世の中にweb上に溢れている、SNS、BBS、blogとて同じでしょう。
団塊リタイヤ世代も、も同じ世代の人の投稿と自分を比較する必要はないのです。
せいぜい残された時間は後少し、みんな同じなんですから。


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2023年08月24日

ビックモーターと近ツリに見るサラリーマンの働き方

旅行業界の予期せぬ大不況に対して

 コロナパンデミックで旅行業界が大打撃を受けていたのは、予想して通りとおり、駅前にあった「HIS」の店舗は数カ月後には閉鎖され、ショッピングモールにあった「JTB」の店舗も閉鎖されました。
政府は表立ってこれらの業界に支援を表明していませんでしたが、案の定、やっていたのです。
大手「近ツリ」は新型コロナワクチン接種のコールセンター業務を政府から委託され、その業務を業界の慣習どおり、外部に再委託して、その手数料差額が、この旅行業務の減収を補っていました。
それは、それで仕方ないのでしょうが・・・
しかし、「近ツリ」は自治体から委託されたコールセンター業務のオペレータの人数を水増し請求していたのが、明るみにでました。
解っているだけで、二つの支店での過大請求額は最大50自治体、計9億円に上るとしています。

私達サラリーマンは考えます。
その水増し教務は、各支店のいち担当者の判断でやったのではないのは明らかです。
報道によると、支社上層部(・・或いはもっと上の本社?)からのメール通達には、売上総利益が「必達」と明記され、利益追求の営業方針が強く打ち出されていました。
「過程より成果を重視する人事評価」が歴然と「近ツリ」存在していたのです。

全く同じことが「ビックモーター」では平然と行われていたことが、明らかになっています。
しかも「近ツリ」よりもかなりタチが悪く、一部支店、事業所でなく、最上部の経営責任者から指示で、顧客の車を傷つけ、保険代を水増し、個人の売上ノルマ達成をせまり人事権をちらつかせていたことが判明しています。
ビックモーターは株式会社と云っても、株式は公開されておらず、創業者ファミリーによる、個人商店でした。
明らかな違法行為でも、サラリーリーマンとして、拒否することは出来なかったのか?
或いは外部、法的機関に訴えることが出来なかったのか?

私が働いてきた建設業界にも、当然ながら売上ノルマはありました。
それが顕著化してきたのは、不動産バブル崩壊後から5年以上経過した頃からでした。
働きざかりの40代の頃は、そのようなノルマという少なくとも目標は、工事担当部署には存在しませんでした。
建設ブブル真っ盛りで、営業が仕事を受注しても、工事部門で人手足りなく出来ない、と図面を突き返すこと日常茶飯事だったのでから。
営業は、いくら仕事を受注してきても、現場が動いてくれないとどうしようもない、そんな時代が長く続いていたのです。

私のような現場技術職には過度な、達成が無理と想定される「ノルマ」・・・今は「ノルマ」と言わず「自己目標」とでも云っているようですが・・・が
求められたのは、2000年にはいってから、頻繁に登場しました。
実際には、上部から今期の完工高の数値の記入を求められ、実際に可能な数値を記入すると、
上層部は「前期よりも少ない数値はダメ」
「前期よりも20%増しの数値を記入せよ」と返されるのが普通でした。
私の場合、「担当部署のリーダー個人の数値目標」「工事部全体」「各課ごとの数値目標」を要求されました。
しかし、3年後には早期退職を考えていた私に、退職する2003年まで、上層部が満足するだけの受注残と見込まれる利益は確保しており、個人的数値目標はすでに達成済みでした。

時には「逃げるは恥だが役に立つ」

というのも、私の場合、48歳の時(1996年)、担当していました大型物件の現場のゼネコン所長の個人的な過度な要求やら、会社としての裏金造りへの協力を拒否したことで、大騒動になりかけて、こんな現場で人生の働きざかりを過したくないと、会社に辞表をだして、兼ねてからリタイヤ後の生活基盤として考えていた、中米コスタリカ、サンホセへ「逃げたのです。」

予てから老後の住処・生活を考えていました。
前々から早期リタイヤして、中米のもっとも安定したコスタリカでハックパーカー向け、ゲストハウスと南下して南米に向かう若者旅行者向けの短期スペイン語教室を考えていたのです。
そう、簡単に会社は私の辞表を受け取りませんでしたが、カミさんにこの話をすると、
「チケットを買ったの?チケット2枚を手配して、さっさと出かけましょう、私も辞めるから、そんな嫌なことに関わり、命を縮めるような仕事はさっさと辞めるべき」と云いました。
私達は結婚する前から、老後の海外での生活を夢みていたのです。

結果はどうなったか
三ヶ月、コスタリカを中心に、パナマ、キューバ、サルバドル等を歩いて、物件、物価、治安、現地の日本人の生活など調査しました。
私は日本人が海外で生活することの、色々な問題について、20代前半が経験していますが、カミさんは旅行ではなく、生活として、中米で一番経済的にも、治安でも安全と云われているコスタリカでも、実際に、アジア人がこの地で暮らすことの不安を感じ取りました。
一番決定的だったのは・・・
ある日、サンホセ内の大きな病院を見に行った時、白衣の看護師さんたちの帰宅時間になり、彼女たちがその白衣のまま、退出し、バスに乗って帰る姿を目撃し、「今は健康だけど、この国の医療機関に老後の健康を委ねられない」と言い切りました。


その頃1ドルは100円でしたが、この円とドルの価値が私達が移住して年金を受取る10数年後は全く、未知であることも、現地で初めて認識しました。
そして、決定的だったのが、サンホセ郊外の瀟洒な住宅街に移住して3年になる、あの頃70代ちかくなるご夫婦のお宅を訪ねた時に聞いた話です。

このお宅、2回強盗に入られたそうです。それも日中に。
ある程度の取られても良い現金を隠しておき、持って行かれたそうです。
二人共、スペインカタコトで、その後、日本人若者と現地の女性が結婚し、簡単な和食食堂を経営しているご家族の娘さんを預かり学資援助のかわり、安全のため同居を始めたのですが、老夫婦と、現地のラテン系若者の同居生活はいつかは破綻しました。
中米コスタリカは、安全で、軍隊を持たない民主国家、経済も安定している・・・
行ってみて理解しました。
すべて枕詞に「中米の中では」とつくのです。

三ヶ月後、日本に戻り元の会社に退職金を受け取りに戻ると、人事に呼ばれました。
「退職願」は受理されておらず、三ヶ月の給与が私の銀行口座に振り込まれていました。
そして、このまま本社に戻ることは、社内的に難しいので、「大手S建設」の出向という形になるというのてす。
「大手S建設」は私が大喧嘩した「スーパーゼネコンO社」と渡り合う大会社です。
建設業界は狭く、エンジニア会社の私が「O社」とやりあって退職、とう云う話は一気にひろがり、元々「S建設」の研究室グルーブと懇意していた状況から
「よくOと喧嘩してくれた」と私の処分について会社に「うちが引き取る」と云ってくれたそうです

今では常識のコンプライアンスですが・・

今では、コンプライアンスが普通の会社、サラリーマンの間では言葉として浸透しています。
コンプライアンス(compliance)とは、「法令遵守」を意味しています。
ただし、単に「法令を守れば良い」というわけではなくも現在、企業に求められている「コンプライアンス」とは、法令遵守だけでなく、倫理観、公序良俗などの社会的な規範に従い、公正・公平に業務をおこなうことを意味しています。
私たち団塊世代のサラリーマン時代、建設業界では多かれ少なかれ、裏金とか、談合とか当たり前にありました。
そんな清濁併せ持たないと人間は、社内、現場では人事評価されず、淘汰されれて行く例を沢山見聞きしていたのです。
しかし、あれから20数年、法人としの不正、社会規律違反を外部に報告するシステムがあるはず・・・です。
実際のその場になったら、自分の立場、将来、収入、地位、家庭、子供たちのことを考えてしまうでしょうが、誰がどの角度から見ても、犯罪に問われると思ったら第三者機関へ申し出るべき・・・と考えますが、しかしその第三者機関が、申告者の「立場、将来、収入、地位、家庭、子供たち」を本当に守ってくれるか、
現在の日本では解らないのが、これからも続くのではないでしょうか。

私ならどうする・・・逃げるは恥だが役に立つ
回りに迷惑がかかろうが、自分と家族を守る為に逃げましょう。


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posted by 西沢 at 07:23| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2023年08月22日

世界の絶景100 愛蔵版DVD全100巻

ある日の新聞折り込みに「世界の絶景100 愛蔵版DVD全100巻」なる、よく見かけたことのある全面広告が入っていました。
今までだと無視していたようなものですが、最近「お歳のせい」か過去を振り返ることが多くなり、この世界の絶景と評するDVDの絶景にこれまで、何箇所、自分の足と目でみているか確認したくなりました。私達二人の旅の記録は辛うじて残っていますが、画像類は残っていたり、いなかつたりしています。
※太字で書かれている場所は、実際に行っている場所です。
画像は一部残っていなかったりして、webからのコピーがあり、実際に夫婦二人で訪れ年号を表記しています。

1,驚異の大地 大自然の驚異と神秘に出会う

01 ウルル (オーストラリア)
02 グレートバリアリーフ (オーストラリア)
03 グラントキャニオン (アメリカ)
04 アンテロープキャニオン (アメリカ)
05 ギアナ高地 (ベネズエラ)
06 イグアスの滝 (ブラジル・アルゼンチン)

07 青の洞窟 (イタリア)
08 桂林 (中国)
09 黄龍 (中国)
10 富士山 (日本)

2,巨大遺跡 人類の英知が結集した文化遺産巡り

11 ピラミッド (エジプト)
12 アブシンベル神殿 (エジプト)
13 ボロブドール (インドネシア)
14 シーギリア (スリランカ)
15 万里の長城 (中国)

16 龍門石窟 (中国)
17 兵馬俑 (中国)
18 マチュピチュ (ペルー)
19 ティオティワカン (メキシコ)
20 モアイ (チリ・イースター島)


3, 爽快な風景 美しく爽快な景観に心が癒やされる

21 アルプス (スイス)
22 湖水地方 (イタリア)
23 サントリーニ島 (ギリシャ)
24 オーベルニュ (フランス)
25 タヒチ (フランス領タヒチ)
26 パラオ (パラオ)
27 フィヨルド (ニュージーランド)
28 カナディアンロッキー (カナダ)
29 ヨセミテ (アメリカ)
30 ウユニ塩湖 (ボリビア)

4,人智と自然 海、大地、自然と調和した絶景名所

31 モンサンミッシェル (フランス)
32 メテラオ (ギリシャ)
33 ドナウ川 (オーストラリア・ドイツ)
34 カッパドキア (トルコ)
35 パレンケ (メキシコ)
36 ダージリンヒマラヤ鉄道 (インド)
37 タージ・マハル (インド)
38 エローラ (インド)

39 泰山 (中国)
40 立山黒部 (日本)

5,美しい街 一度は訪れて見たい歴史の街

41 コッツウエルズ (イギリス)
42 ローテンブルグ (ドイツ)
43 ホルドー (フランス)
44 アルデンヌ (ベルギー)
45 ハルシュタット (オーストリア)
46 ヴェネツィア (イタリア)
47 アルベロベッロ (イタリア)
48 ドゥブロブトニク (クロアチア)
49 イスタンブール (トルコ)
50 麗江 (中国)

6,壮麗な建築 東西文化が産んだ魅惑の建築の世界

51 ノイシュバンシュタイン城 (ドイツ)
52 ヴェルサイユ宮殿 (フランス)
53 シャンボール城 (フランス)
54 サグラダ・ファミリア (スペイン)
55 アルハンブラ宮殿 (スペイン)

56 クロンボー城 (デンマーク)
57 サンクトペテルブルグ (ロシア)
58 イマームモスク (イラン)

59 ポタラ宮 (中国・チベット)
60 姫路城 (日本)

7,秘境探検 砂漠、熱帯雨林、氷河、遥かなる秘境

61 サハラ砂漠 (アルジェリア)
62 ツィギー・ド・ベマラハ (マダガスカル)
63 アマゾン (ブラジル)
64 ガラパゴス (エクアドル)
65 ヒマラヤ (ネパール)
66 ウィランドラ (オーストラリア)
67 ブルーマウンテン (オーストラリア) 
68 雲南山景 (中国)
69 知床 (日本)
70 バフィン島 (カナダ)

8, 古代都市 ロマン薫る壮大な古代遺跡

71 ローマ (イタリア)
72 ポンヘイ (イタリア)
73 アテネ (ギリシャ)
74 カルカッソンヌ (フランス)
75 ルクソール (エジプト)
76 ペトラ (ヨルダン)
77 パルミラ (シリア)
78 アンコールワット (カンボジア)
79 クスコ (ペルー)
80 ナスカ (ペルー)


9,悠久の都 人気の絶景都市周遊

81 パリ (フランス)
82 ロンドン (イギリス)
83 ウィーン (オーストリア)
84 フィレンツェ (イタリア)
85 チェスキー・クルムロフ (チェコ)
86 フェズ (モロッコ)
87 九份 (台湾)
88 京都 (日本)
89 ニューヨーク (アメリカ)
90 ハバナ (キューバ)


10,地球万歳 世界の歴史を味わう最終章

91 ヴィクトリアの滝 (ジンバブエ)
92 サバンナ (タンザニア・ケニア)
93 ナクル湖 (ケニア)
94 バオバオ (マダガスカル)
95 羅平 (中国)
96 屋久島 (日本)
97 オーロラ (北極圏)
98 モニュメントバレー (アメリカ)
99 イエローストーン (アメリカ)
100 氷河 (パタゴニア)


ここから解るのは私達の足跡の傾向、地域です。
日本人シニアが好きな、ヨーロッパや中国へはほとんど、行っていないということです。
カミさんが変なコンプレックスがあるようで、白人・キリスト教世界が苦手。
アジア、中近東、ラテン南米社会が一番落ち着くと云うのです。
中国は歴史・文化的には好きなのですが、敦煌莫高窟の帰りに昔の長安、現在の西安の大通りに、大きな赤いネオンサインが出来ていてがっかりしました。1993年のことです。
未だ、北京の空港はポプラ並木に囲まれたなかに有り、かなり薄暗かったのを覚えています。
あれ以来、中国へは一度も行ってません。

もうひとつ、アフリカですが、ついに行きそびれててしまいました。
一つの大きな原因はウズべキスタンで感染した「A型肝炎」のち発覚した「C型肝炎」です。
爆弾を抱えた身では、医療機関の相当しっかりした地域でないと行けない、体になってしまったのが一番の理由です。
後期高齢者となり、振り返ると、私達の海外旅行の最後は2014年の、あの大火災のあったハワイの「マウイ島」です。
私66歳、カミさん63歳。あれ以降、パスポートの更新をしていません。
ひとの何倍も海外へ、それも自由、個人旅行で行っていたのですから、もう十分です。

ここまでブログを書き終えて気がついたことが一つ
これらの世界の絶景と評する場所、国々の画像を掲載して気がつきました。
私達夫婦が早期退職して2003年以降、一般的に秘境、絶景と云われている所に(ネパール・ヒマラヤを除き)行っていないことです。
リタイヤ後に行っているのは、全て「リピート・ミドルステイ」の候補地、或いはインドシナ半島のディープな国々、ミャンマー・インドネシア・ラオス・カンボジア・ベトナム、そしてハワイ等・・・
あれほど、世界の絶景や、世界遺産、歴史建造物に憧れて、行っていたのに、退職後は全く行っていないのです。

其の大きな理由は簡単です、高額な旅費だから
今回の世界の絶景100選にかなり多く行った、行けた理由は・・・
例えば、イースター島に夫婦二人で行くと幾らかかるか?
あの当時、国内のツァー主催会社に現地ツアーのコーディネイトをしている「某社」を知り10日間の旅程を組んでもらいました。二人で90万でした。
ユカタンのパレンケ遺跡ツアー(近ツリ)は12日間、二人で110万円でした。
この頃、昔の話です・・・私達の世界の秘境、絶景への旅行予算は二人で、ボーナス一回分と決めていたのです。
夏と冬の私の賞与・ボーナスが旅行予算でした。
つまり、年に2回、カミさんのボーナスは貯蓄に回し、私のボーナスで行ける所は、「今、行かなくて、何時いける!」と。

現在、人よりも少ない公的年金と自己年金で生活しています。
今では、あの高額な旅、地球の果までよくいけたな、と自分たちでさえ思っています。
確かに、「行ける時には行く、後悔しないで」
金銭的にも、好奇心的にも、そして体力的にも。
もう、ガテマラ奥地へ、オンボロバスとボートで遡り、遺跡のピラミッドに登る体力は蘑魔ウれていません。零下30度の北極圏の森でのオーロラを待つ余力もありません
今は後期高齢者となり、国内旅行も少しづづ、制限しつつありますが、後3年は大丈夫・・・と思っております。
多分・・・

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2023年08月20日

オピニオン&フォーラム 60才で収入激減、頑張るしか


退職世代ブログ記事の参考になりそうな話題を新聞の投稿欄のチェックすることが多々あります。
今、社会でトレンドの話題チェックするなら、ツイッター(現X)なのでしょうが、ツイッター上のトレンドは若い、スマホユーザー向けで、文字数の制限もありあまりにも、瞬時、刹那的で数時間、長くても半日のトレンド、流行となっており私達の世代では、ちょっと覗いてみるだけなのですが、、それでも高齢者とは云え、今どきの世間の関心事を垣間見るのには格好のネットメディアだと思います。
同じ日、私が目をとめたのは紙レベルのいつでも読める印刷メディア、新聞の投稿欄です。

タイトルは「60才で収入激減、頑張るしか」
投稿者は59才、パート女性

概略の引用
60才になった夫が先月、定年を迎えました。
同じ職場、条件で一年ごとの契約で働き続ける事になりました。ただ、何回継続して出来るか解りません。
できるだけ長く仕事して欲しいと思っています。
我が家は経済的にかなり苦しく、働かないと生活できないのです。
定年を迎えるあたり、
・退職金をもらって再雇用で働く
・退職金は先延ばしで今回の条件で働くか
・転職するかの
の選択があります。
〜中略〜
仕事を辞めてしまうと、
・年金までの数年間の月々の生活費
・残っている家のローン
・四人の子供達の教育費
の当てもありません。
〜中略〜
政府は年金の受給年齢を引き上げたり、就労年齢を延長したりしようとしているようです。
政治家は60歳を過ぎた途端に収入が大幅に減る現状をどう見ているのでしょうか
〜後略〜



私はこの投稿記事を見て最初に思ったことは・・・
沢山の投稿が寄せられる大新聞の担当者がどうして、この投稿を本紙投稿欄に掲載したのか、それもトップの目立つところに。・・・
ある程度の反論が寄せられるのを覚悟で書きますが、今、60歳の定年を迎える人はもう最低5年前から、いやもっと若い頃から、いつか定年の時期が来て、こういう状況になることは解っていたハズ・・・今更、慌てているの?、そして日本政府に対して、その不満をぶつけているの?
大新聞の投稿欄担当者だって、どうして、今更この投稿記事を掲載したの?
・生活が苦しくなる
・残っている家のローン
・四人の子供達の教育費・・・・

今まで、どんな生活をしてきたかは存じませんが、少なくとも15年前、ご夫婦二人共45歳の頃、ご主人が60歳定年を迎える時、子供たちは何歳で、家のローンが幾ら残っているのか解っていなかったのでしょうか?
政府の云う、「自助・共助・公助」という言葉や考え方は好きではありませんが・・・
家を買う時、ローンを組んだ時、将来の支払いは考えなかったのですか?
子供が生まれた時、この子達が成人する時、自分は何歳、定年時期を迎えているとかんがえなかったのですか?
二人の稼ぎで子供四人を育て、家のローンを完済するまでの月々の生活費、一年間に必要なかかりの計算をしたことがなかったのですか?

団塊世代、バブル時代の恵まれた時代を生きてきた人に、
そんなこと言われたくない・・・


そんなことはありません。
実直な日本人サラリーマンは時代が変わったとしても、皆さん各々、身の丈にあった収入と支出のバランスの良い生活を目指してきているのです。
それでも、人生には意図しない出来事、災い、病気などはつきまといます。
その為に「自助・共助・公助」があり、社会福祉制度、社会保険があるのです。

このご夫婦に先輩退職者世代としてはどんな、アドバイス・助言をするか
60歳定年で退職金をもらって、そのまま同じ会社に嘱託扱いで、5年間継続雇用してもらうしか、道はありません。
先ず、消極的と今の人は云うかもしれませんが退職金はすべて、5年間下ろすことの出来ない、安全な銀行に預けるしかありません。
どんな会社で、何年勤続で現在の地位、給与だか存じませんが、最低限として1,200〜1,500万ぐらいはあるでしょう。
絶対に65歳、公的年金が入ってくるまで手をつけてはいけません。

私の知り合いで勤続40年の中規模工場勤務の男性は、会社の希望退職に応じ、58歳で3,500万の退職金を得ました。
後から、その男性に退職直前の税込み年収を聞くと、年収税込み700万、5年分を一気にもらって、欲しかった高級新車を買い、家の増改築に使い、海外旅行へ行き1,500万を使ったようです。でも彼は、元の会社では働かず、現役時代に得た、雇用管理責任者の資格が活かせる自宅ちかくの交通系会社で72歳まで働きました。
その時の給与は、元いた会社の再雇用勤務給料よりもかなり、低く最低賃金レベルでしたが、全く同じ勤務内容、責任で現役時代の65%で働くよりはずっと気持ち的には楽だったといってます。

このご夫婦と四人のお子さん六人で、今お父さんが定年退職した時の、家の家計状況をすべてさらけ出して、これからの生活設計をざっくばらんに話し合うのをお勧めします。
少なくとも、後5年の再雇用時は。現在のローン返済と、子供教育費だけに的をしぼり、生活すること。
そして、65歳年金受給時、以降は子供たちへの教育費を含めた援助はゼロ、必要なら子供はバイトでは払ってもらう。
そして、66歳から先の二人だけの年金生活設計をする
この時点で退職金の1,200から1,500万は残っているはずです。

これは、特別なことをする訳でもなく、定年退職してきた世代の家庭の皆さんが通ってきた普通の過程で何も特別なことではないのです。
先ずは、夫婦円満が第一条件であるのは云うまでもありませんが・・・


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2023年08月18日

猛暑対策 テレワークとシェスタの導入

7月から連日猛暑、極暑の日が続き、新記録を更新しています。

昔、新築建設現場を担当していた時にも、夏の暑さ対策を強いられましたが、本当に作業員の手を休めるようなことは、全くありませんでした。
給水をこまめに摂るよう指示する程度、或いは時々10時3時の休憩時間に差し入れしたり、15分の休憩をその日の天候、気温を考慮して長めに調整したりする程度でした。
先ずは工期厳守が私達の仕事だったのです。
しかし、今年の暑さはでは、現場は違う対応を迫られているでしょう。
先ずは、空調服・冷房服の着用と共に、現場作業員が熱中症にならないように配慮するのが優先となっている筈です。
万が一、作業員が熱中症で救急搬送されるような事態が発生した場合、私達工事責任者は労災として管理責任を問われることになる必須、そんな時代なのです。

昔の話ですが、労災隠しはスーパーゼネコンでも一般的でした

どんな大きな組織、ゼネコン下の大型物件でも、労災はあってはならない事故なのです。
人が死亡しない限り、骨折程度?では労災扱いにしませんでした。
私自身、現場の水漏れ事故の対応で転んで、右手甲の骨折をしても、当時のスーパーゼネコンの親しい所長は、「現場責任者の君のその程度骨折で、うちの無災害記録を止める訳には行かない、一作業員ではなく、大手の君の会社の現場責任者であればるほど、」解ってくれ。
当然ながら、私もこの程度の骨折で、相手のゼネコンに迷惑がかかるし、自分の会社にも何も伝えませんでした。

しかし、時代は違います。
特に、この猛暑のなかでの「熱中症」での救急搬送ともなると、世間で注目の日本を代表するような大型建造物とると、マスコミネタになるのは必須ですし、隠しきれるものではありません。
今、どうしているのだろうと思ってネットで調べてみました。

この熱暑の働き方対応策として、試してみたいものは2つ
テレワークの奨励と、仕事の時間帯の見直し
テレワーク・在宅WORKをの増やす

コロナ禍でテレワークが増えてきましたが、コロナが落ち着いてきた今、以前のようなテレワークは急激に減少してきているとの報道かありました。
私達のような現場建設労働者にテレワークは限度がありますが、出来る業種からテレワークを進めようという動きがあります。

人事院が率先して、国家公務員職員のテレワークに対して手当月額3,000円を支給するという発表がありました。
家庭内で作業勤務するさいの主に電気代にあてるそうです。
その程度の手当で、テレワークが広まるとは思えませんが、官公庁のデスクに赴かなくても出来る仕事で、手当がもらえるなら自宅で仕事をしても良いと思う世代は確実に増えることでしよう。
それと、熱暑・猛暑による働き方とはちょっと違う気もしますが。

同じ日に人事院が国家公務員の給与の値上げを岸田総理大臣に提案しました。
そこで、ネットで覗いてみると、本給が民間に比べ低く抑えられている云う割に、各種手当てが充実しているのに驚きました。

そのなかで支給地区の割増手当を知りました。
全国の国家公務員の働く場所によって、支給額が変化してる様子が、PDFが公開されていました。
(俸給+俸給の特別調整額+専門スタッフ職調整手当+扶養手当)の合計を100とした時の月額支援割合

1級地 東京都特別区 20/100
2級地 大阪市、横浜市 16/100
3級地 さいたま市、千葉市、名古屋市 15/100
4級地 神戸市 12/100
5級地 水戸市、大津市、京都市、奈良市、広島市、福岡市 10/100
6級地 仙台市、宇都宮市、甲府市、岐阜市、静岡市、津市、和歌山市、高松市 6/100
7級地 札幌市、前橋市、新潟市、富山市、金沢市、福井市、長野市、岡山市、徳島市、長崎市
3/100

ふーん東京勤務と札幌勤務では17%も違うんだ・・・
でも、もしかするとデータとして公表しているけど、北海道には寒冷地、燃料手当みたいなものがきっと存在しているのだろうな

次に猛暑・熱暑対策として、勤務時間について提案されているようです。

その一つがシエスタ制度です
シエスタ(siesta)とは、日照時間の長いスペインで生まれた習慣で長いお昼休憩のこと。
シエスタと聞くと「昼寝」を連想する人もいるかもしれませんが、「昼間にとる休憩」を意味する言葉なので、昼寝をしなくてもこの時間のことをシエスタと呼ぶのです。
今回の提案、猛暑の夏の期間、就業時間の途中で社員が十分にリフレッシュできるよう、昼休みの時間を長く設定する制度です。
企業の昼休みは45分〜60分が一般的ですが、シエスタ制度では昼休みが2〜3時間に延長され、昼寝ができる程度の時間を確保できるため「昼寝制度」と呼ばれることもあります。

イタリアのシエスタは現在は
大手企業からシエスタを廃止し始め、2006年には公務員のシエスタも廃止されました。
その流れで、現在では多くの企業で昼休みは1時間程度となっているようです。
一方、地方の小さな町や個人商店など、いまだシエスタの文化を続けている所が多く存在しています。

2つ目が早朝労働との組み合わです。
現在の昼休み1時間を3時間の昼休憩にする、2時間分を朝の涼しい時間帯に働くという考え方です。始業時間を現在の9時から2時間前倒しにし、7時始業開始して12時まで5時間働き、午後は3時から5時、或いは6時まで働き、完全週休二日制にするというアイデイアが健闘されているようです。

これに似たような働き方を国があります。

私は若い頃、南米アルゼンチンで働いていました。
ブエノスアイレスの夏は、東京並、あるいはそれ以上に暑かったです。
店舗や会社では冷房は普及していましたが、一般家庭の普及率は70年代の日本と同じで低く、レンガ造りの建物には熱がこもり、ラブラタ川を渡る風は北からのブラジルの熱を含んだ
湿度の高い熱風で、夜になると市民はみんな家のなかから外に出て涼しくなるのを待っている状況でした。
ブエノスアイレスの夜更かしは世界的に有名・・・でした。
夜の食事を含んだパーティーが始まるのは早くても、夜の9時ごろからでした。
夜の劇場や、ショーの始まるのは10時過ぎ。
そのぶん、朝が遅いです。
銀行が開くのは昼の12時から午後の3時まで
完全なる、ホワイトカラーとブルーカラーの働く時間の棲み分けがなされていました。
ブエノスアイレス都心のホワイトカラーが夜更かして、郊外の自宅へ戻る時間、ブエノス都心で働くブルーカラー工場労働者、建設労働者の人達がバス・電車で都心に向かって来る時にすれ違うのです。
ここに掲載した、一日の時間割は、かなり極端ですが、一般個人商店の物販でない商売の人はこれに近い時間帯で本当に働いています。
ブエノスアイレスに多い日系人の多くはクリーニング屋さんで、ほぼこれに近い時間帯でやっているお店は多いです。
つまり、ブエノスの市民が総じて暑い日中は外出せず、夜更かしだからです。
だからと云って、大きな会社、或いは製造業は多少昼休みは長いですが、世界と同じような時間帯で働いています。

今、極暑の日本で試そうとしているのは、これと同じで主に肉体労働や、室外で働く人たちは、日が昇り暑くなる前の早朝から午前中に働き、午後2時には郊外の自宅に帰って行き、反対に肉体労働でないホワイトカラーは、ゆっくりと出でてきて、しっかりと働くという考え方。
しかし、日本人の働くという考え方は、ラテン系の働く目的は家族との時間をもつ為、バカンスに行く為と云う家族感の違いが大きいので、後20年、この時期の猛暑が続き、ギブアップなし限り、無理でしょうね。


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2023年08月16日

マウイ島の大火災から過去のワイキキを思い出している

マウイ島の火災現場をみて、新潟糸魚川の大火災を思い出しています。

平成28年12月22日10時20分頃に新潟県糸魚川市のラーメン店において、大型こんろの消し忘れにより出火した。
焼損棟数は147棟(全焼120棟、半焼5棟、部分焼22棟)、焼損床面積は30,213.45m2にも及び、昭和51年の酒田市における大火以来40年ぶりの
市街地における大規模火災(地震を原因とするものを除く。)となった。
17人が負傷(一般人2人(軽症2人)、消防団員15人(中等症1人、軽症14人))したが、死者は発生していない


この火災事故の翌年、この地を旅した時に実際に目にして被災面積の大きさに驚いことを思い出しています。

ハワイ・マウイ島の火災をニュースを目にして
2014年、マウイ島を訪れた時の自分のビデオを見直しています。
特に、このマウイ島の旅が私達夫婦最後の海外旅行となっているからです。
9年前、マウイ島が一番確実なホエールウオッチング場所として知られており、オアフ島から日帰り、一人350ドルという、私達にとってはかなり高額なツァーですが、参加し、マウイ島を観光しました。
以下をご参照下さい

A whale of Maui island



ハワイ・マウイ島自然紀行
同時に、かつて訪れたハワイ島のマウナケア山頂と同じくマウイ島の山頂ハレアカラとイアオ渓谷も回りました。



ロングステイハワイ
このハワイ・マウイ島の旅が私達の定年後のワイキキステイ最後となり、過去のワイキキステイの思い出も織り込んだ、ビデオを作成しました、



最後の海外旅行から早や、9年になります。
海外旅行をやめて、国内旅行だけになった理由は特になく、海外、特に個人・自由旅行の煩わしさが先に立つようになったのが一つの原因
二番目のひとつきっかけは、「テルミークラブ」の破綻でした。
あの事件以降、格安航空券という存在は、航空会社のネットによる直接販売による、直前激安値段はほぼなくなりました。
そしてもうひとつの大きな原因は私の健康問題、「胆石発作」でした。
いちど胆石(胆泥、胆砂)が起きると、急激に肝機能数値が悪化して、二三日動けなくなることがあるのです。
元々、医療関係のカミさんは、これを憂い、絶対に海外へは行かないと宣言して、現在に至っています。

最近、後期高齢者となってから、昔は先ずほとんど見なかった、過去の海外旅行のビデオを見直すようになっています。
今回のマウイ島の火災により見直ししていますが、ワイキキのリピートミドルステイは楽しかったなと話しています。
今の円安・ドル高、燃油サーチャージの高騰、あるは他のアジア人観光客の増加もなく、日本人シニア夫婦‎とって、本当にハワイは楽園だったと云う思い出に浸っています。


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2023年08月14日

NHKの番組「解体キングダム」

 
NHK番組、解体キングタムと魔改造の夜、見たことがありますか?
共に四半世紀前、昭和から平成にかけて、世界をリードしてきた「モノ作り日本」「Japan as No.1 」の時代、日本経済を技術面で牽引してきた、元技術系の団塊世代おじさんたちに、圧倒的な支持を得ている番組なのです。
このブログでは、8月8日に、魔改造の夜について語っており、今日はモノ作りでも、筆者の本業、ビル建設のお話、造ったものはいつか失くなる解体される、このNHKの番組は色々なもの解体現場に裏側撮影したドキュメントです。

解体キングダムとは
「解体キングダム」は2018年からNHKで不定期に放送されているドキュメント・バラエティ番組。
施設や家屋などを始めとする各建築物の解体現場をスポットを当て、普段見ることができない解体現場に潜入。
解体のド迫力な映像や職人の驚くべきスゴ技、最先端の重機を紹介していく。
街で見かける解体工事。白い防音シートの奥では一体、何が行われているのだろうか?普段見ることのできない現場の奥の奥に潜入し、驚きの職人技に密着する番組ちなみにキングダムとは英語では「王国」や「界 (分類学)」などの意味を持つ。

最初に見たのは、「世界初の新工法 超高層ビルを解体」

 高さ165m、建設当時は東洋一の高さを誇った世界貿易センタービル(1970年竣工)の解体に“建築アイドル”伊野尾慧が密着!
日本の歴史上、最も高い場所で行われるビル解体とあって、一筋縄ではいかない。
超高層特有の強い風が障壁となり、重機を使った解体が行えないなか、職人たちは世界初の新工法で立ち向かうという内容でした。

実はこのビル、私が早期退職するまで勤めていた会社がこのビル重要な部門を担当しており、このビルが解体されるまで、社内のある部署が50年間もここに事務所を構えており、中途入社の私は研修の為、このビルの端から端まで歩いて、大規模ビルの中央監視、特に水・空気・電気の安定的な監視・制御とはをこのビルで学んでいたのです。
今年の子供の日に、東京タワーの鯉のぼり風景の写真撮影にいった時、初めて、あの黒いビルが解体され新しいビルになり、そのまま隣に新しいビルの建設中でした。
団塊オジサンにとって、浜松町の世界貿易センタービルは、久しぶりに日本に帰ってきた外国帰りにとって、最初の日本なのです。

私が南米アルゼンチン、ブエノスアイレスからリマ発タヒチ・グアム・東京経由パリという世界一長い路線で帰って来たのは1975・2月羽田空港は雨で曇っていました。
このモノレールで世界貿易センタービルに着いた時のことを鮮明に覚えています。
6年ぶりの私の日本がこのビルだったのです。
造ったものはいつか失くなる・・・
このNHKの「解体キングダム」で取り上げられる前から、自分たちが手掛けてきた建造物の解体は見聞きしていました。
特に私と同じ部署でメインとして「赤プリ」の建設に携わってきた退職済みの同僚が、やはり解体される「赤プリ」の解体前の打ち合わせに呼ばれて行ったと聞いていました。

解体の費用はつくる時の費用の1/3と云われていました。
しかし、現在では、解体で発生したコンクリートや雑材の処分費もあるので、恐らく1/3では足らないのではないかと思います。
解体現場に潜入するNHKの番組「解体キングダム」以前は単発として、放送されてきていたが、4月からレギュラー化することが明らかになり。
4月5日からNHK総合で毎週水曜午後7時57分〜同8時42分に放送されています。

これまでに放送されたのは昭和の名建築 カプセルタワービル

 日本が誇る建築家・黒川紀章が設計した昭和の名建築「中銀カプセルタワービル」。
取り外し可能なカプセルハウスを積み上げた独創的なの構造が特徴だが、いざ解体となると他に類を見ない構造が、解体業者を悩ませていくことになる。
新橋駅前にあるユニークなオブジェのような、サイコロ型マンション、東京に住むようになって、毎日通勤で見上げていたあの建物はもう消えていったのか

想いのつまった建造物古民家解体
4代にわたって大切に受け継がれた古民家や、“趣味の王様”と称されたアマチュア無線の鉄塔を取り上げる。
古材を傷つけずに残していく独自の技、狭い土地をものともしない工夫の数々、さらに依頼者と向き合いながら解体する解体専門夫婦の姿など

どうする解体 どうする首都高日本橋

 徳川家康が幕府を江戸に開いた年、五街道の起点として整備された日本橋。魚河岸も設けられ、江戸の台所として大いに発展を遂げた。
家康が礎を築いてから400年あまり。日本橋で今、大規模な解体工事が行われている。現場は首都高の出入り口。
本線に挟まれた川の上の「ごくせまスペース」。大型重機も使えない極限状態で一体どう解体するのか

町田の巨大ホテル解体
今回は、重機オペレーターたちの超絶技術に注目する!40mの巨大重機で挑むのは、なんと操縦席からほぼ見えない、ホテル最上階の外壁。
東京・町田の地元市民が愛した7階建てホテルを解体。
短い工期で解体し近隣への影響を最小限に留める必要があるため、巨大重機で地上解体することで工期を短縮する。
さらに、巨大重機を使用するために隣接しているボーリング場を先に解体する。難関ポイントは、屋根を支えるトラス構造の大梁の解体だ。
さらに、ホテルの解体での壁倒しの難関ポイントは、見えない壁をピンポイントに解体すること 

最新放送はユーミン50周年ツアー 驚きのステージ解体


この会は、私達建築・コンストラクションエンジニアの出番ではなく、エンターテーメントの世界の「解体」のドキュメントでした。
ユーミンこと松任谷由実のコンサートは巨大ホールに、豪華なステージを組み上げて、思いきり、ユーミンと観客が一体になり、楽しんでもらうと云うコンサートでステージの組み上げるのに100人近いスタッフ数日、かかり。そしてコンサートが終わったその日の夜に解体して、次のコンサート会場に移動して、再び組み上げなくてはいけないと云うハードなスケジュールです。
今回、NHK取材班密着した時、半年で18都市の会場を移動するというものでした。
今回の解体は、コンクリート建造物の解体ではなく、全て出作りの大道具類の解体です。
何ひとつとして「ぶっこわし」てはいけないし、そのまま次のステージで再現させなくては行けないので、ネジ・ビスひとつもキチンと回収し、次の組み上げに役立たせなくていけない
これまでの「解体キングダム」と違った側面がありとても、興味深く拝見しました。

わたしが現役時代に関わってきた有名建築物の中には、土地の借地条件が50年という契約で、50年後に全て更地にして返却するという、東京に住む人、特に外国人なら誰でも知っている、国際クラスの大型病院の建設に関わりました。
1992年に竣工した高層新病棟は借地権50年経過した時に取り壊すということを最初から聞いて建設がはじまりました。
しかし、全て普通の建築基準方法に則り作られ、特別50年後に解体するということは、少なくても現場の人間は誰も思わず、作り上げました。
丁度不動産バブルが崩壊した年で、建設バブルの最盛期でした。
50年後といえば2042年、あと19年です。
果たして、本当に50年後、借地権が切れるとき、解体が始まるのか?

あの頃の現場担当者、団塊世代は19年後はまずいないでしょう。


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2023年08月12日

鎌倉の夏の風物詩 ぼんぼり祭

ぼんぼり祭は、立秋の前日から8月9日まて鶴ケ岡八幡宮境内で開催されます。
鎌倉在住の画家、書家、学者などの著名人が揮毫した「ぼんぼり(雪洞)」が、「夏越祭」・「立秋祭」・「実朝祭」の行われる3日間、鶴岡八幡宮の境内に飾られます。
「ぼんぼり」の掲揚は、源実朝の誕生日に行われる「実朝祭」に書画を奉納したことに始まるのだそうです。


今年の猛暑・熱暑出かけれるのに躊躇する
自宅から鶴岡八幡宮へは、退職して大船に越してきた頃(55才)、散歩がてら歩いたものでした。
直線距離で3.5km程度で歩いて40分、全く苦になる距離でなかったものの、年々歩くのは億劫になってきています。
退職直後は、八幡宮の奥にある、鎌倉国大の無料で使えるテニスコートで週一、新たに知りあった同世代のシニアの方々とテニスを楽しんでおり、まだ
50代半ばとあって、ママチャリを少し軽量化した自転車で通っており、北鎌倉からは八幡宮境内の観光客の間を横切り走っていました。
大観光地に自転車でテニスウェアのまま通過するという、退職後の自分の生活スタイルに自己満足していた頃・・・
しかし、確実に年齢を重ね、もう自宅から鎌倉八幡宮へ歩いていくと云う気力も体力も失せています。
自宅からなるべく日陰を探しながら歩き、電車で二駅、7分、167円です。
鎌倉市内にはJRの駅が、大船・北鎌倉・鎌倉とあり一行政区に3つという珍しいケースなのです。
毎年、この季節「ぼんぼり祭」に出かけていますが、今年後期高齢者75才となってから9、考えるようになってます。
特に、毎年の暑さ、特に今年の暑さでは、外出するのに、「気合」が必要です。

ぼんぼり祭の3日間、天気予報で、もっとも暑くない日を選びました。
お祭り3日間のうちの最終日の日、天気予報は曇り、時々小雨という8月9日。
ぼんぼり祭のハイライトは、境内に沢山ある奉納された雪洞に、大勢のアルバイト女子大生の巫女さんが、一つづつ雪洞に蝋燭の火を灯す所から始まります。
何度も行っているので、灯す時間のスタートは6時半と分かっていました。
横須賀線の電車に乗る時、かなり大粒の雨が降ってきて、ヤバイとおもいましたが、鎌倉駅に着くとやん止んでいました。
駅から段葛サクラ並木をとおって八幡宮に着いてびっくりしました。

境内の雪洞を吊るす、木に一つも雪洞がないのです。

 境内の出店の親父さんに聞く、15分前に雨雲レーダーを見て、一斉に下ろしてしまった。というのです。
いつ、再び雪洞を掲げるかは「お寺さん」に聞いてみないと解らない・・といいます。
こりまで、何回のこのお祭りを見に来ていますが、初めての経験です。
除々に集まってくる、観光客もこの風景に驚き、社務所の前に集まりだし、スマホで雨雲レーダーの画面をかざして、詰め寄っていました。

今日は雨でぼんぼり祭は中止なのか

 6時30分、境内にアナウンスが流れ、雨の心配が亡くなったので、雪洞を元に戻し、これから火入れを開始すようです。
大勢集まった、大きなレンズのカメラを手にした写真愛好家のおじさん達は一斉に、アルバイト女子大の巫女の回りに群がりだします。
6時半というのは、写真を撮るのに微妙な時間です。
このぼんぼり祭に慣れたカメラマンなら、絶対にフラッシュはたかず、巫女さんの手元の蝋燭の火と、点灯されてほのかにピンク色に染まる雪洞の色を表現するのですが、一般の方が自動的にフラッシュを焚くのを、苦々しく思って、苦言を吐く人もいました。

次第に日が落ちて、雪洞が一番美しい時間

 徐々に日が暮れてきて、7時過ぎには、ここ数日の暑さも和らぎ、海風がはいってくるようになると、雪洞が一番美しい時間です。
全部で幾つの雪洞が境内に掲げられているのか、数えてことはありませんが、数百にはなるでしよう。
写真をやる人間としては、境内の照明が邪魔なのですが・・・
一度、地元の写真クラブ会長で、この鶴ケ岡八幡の町内会住民の方が、せっかくの雪洞の灯りがあるのに、煌々として灯りを一時的にも止めてもらえないかと、お願いにいった所、「参拝客の安全」の為、と全く相手にもしてくれなかったそうです。
それはそうだよね。

ぼんぼり祭の雪洞奉納は誰でも出来るのか?
何時か聞きたい思っていたことですが、まだ聞いてはいませんが・・・
基本、神社から鎌倉在住の文化人、作家、有名人にお願いしているようです。
 

そして掲載する場所は、時の人、有名人の雪洞は一番観光客が注目する場所、舞殿の前と昔から決まっています。
今年の一番の注目は、まだ昨年の「鎌倉での13人」の影響で、脚本家三谷幸喜や、俳優の小栗旬の雪洞がメインの場所にありました。

疑問、一般人でも作品を出典できるのか?
公式には誰も知りませんし、ネット上にも書かれていません。
例の町内会に住む写真クラブの長老によると、あくまでも「奉納」であるとのこと。
本当はお寺さんが、各著名人にお願いして奉納して頂いている・・・
でも、400点もあるけど・・・全部がお願いして奉納してもらう訳でもないでしょ。
お寺のメインの場所の雪洞は確かに、著名人が多いけど、少しはずれた場所の名前を見ると、知らない人の名前ばかりです、この人たちは何なの?
誰が、決めるかはお寺さん次第・・・
つまり、幾ら奉納のさいにお寺さんに包むかのようですが・・・
誰か一度、雪洞を奉納したいと、鶴ケ岡八幡宮、社務所に聞いてみては如何でしょう

鎌倉雪洞まつりのピークは7時から8時頃

 

夜のお祭りということもあるのでしょが、普段多い、外国人観光客の姿はほとんど見かけません。そして、東京駅からほぼ1時間の夜のお祭りということで、昼間の由比ヶ浜・材木座海岸のような混雑はありません。
皆さん、8時ごろか帰路に着くようです。
鎌倉の商店街、お土産物屋さん通り「こまち通り」の夜は早いです。
普段は、あれほど日中、若者観光客で混雑していた通りは7時にはほとんどのお店は閉まってしまい、飲食店関係も遅いところでも8時には終わってしまいますが、このぼんぼり祭の時は、お土産物屋さん通り「こまち通り」は閉まっていますが、鳩サブレの豊島屋本店のある若宮大路に面している飲食店はこの時期だけは9時ごろまで営業しています。
9時といえば、一般的に飲食として早い時間ですが、やはり田舎の観光なのです。

鎌倉での食事は考えたほうが良い
鎌倉周辺の飲食は簡単な食べ歩きは多いのですが、一般的な飲食店はおしなべて「高い・混む」が定番です。
一人、千円の予算ではランチは食べれません。
簡単に済ませたくても、ファストフードもほとんど有りません。
吉野家も、天やも、すき家も、日高屋もありません。
あるのは、盛りそば1,200円〜といった値段の観光客用のお店ばかりです。
では、どうするか?
横須賀線で大船に戻り、東海道線沿線の駅周辺なら、普通の大都市と同じく食べれます。
横須賀線沿線、横浜・東京方面で云うと・・・北鎌倉、東戸塚とか、保土ケ谷・新川崎・武蔵小杉・西大井は敬遠したほうが良いでしょう。
一番近い、ターミナル駅大船は、同じ鎌倉市でも戦後の焼け跡闇市がそのまま残った大船は、湘南のアメ横といわれるぐらい、庶民的な町、皆さんの住んでいる地域にあるような、ファストフードやチェーン店は必ずあります。

鎌倉駅周辺は普通に住み、生活するには結構、不便な町なのです。

動画間に合いました。




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