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2022年10月31日

旅に出る前に「頻尿・尿もれ」対策パンツを購入してみた

今日から一泊二日のバスツァーだけど
今日から一泊二日、新潟の苗場のドラゴンドラの紅葉を観にいくツアーに参加します。
私達は基本的に、大手旅行会社のパックツアーにはこれまで参加してきませんでした。

敬遠してきた理由の1
特に最大手のJTBは、敬遠してきました。
と言うのも、現役時代の会社で、現場単位とか、客先との旅行を手配いる時に、JTBの法人部門とのお付き合いが長く、旅行会社の内部やら事業方針をよく知るようになっていて、自分個人の旅では使うのを避けてきました。

今は知りませんが、大手故に、悪い言い方でいえば「客は素人、無知、故に莫迦にする」傾向が社員の間に強いのを感じていました。
一般社会、特に私が所属した建設エンジニアリングの場合、客先も、相手は同じ土俵のプロですが、旅行の場合、ほとんど相手にするのは、素人、ビギナーなのですから自然に、態度や言葉に現れてくるのです。
大手の法人窓口担当でさえ、そうなのですから、一般客のツアーですと、もうミエミエです。
今は、ネットの発達で、世界中のあらゆる、交通機関や宿泊施設の情報や予約、が個人レベルで出来る時代ですから、違うと思いますが。当時は特に海外旅行は、旅行会社を通さないと行けない時代が続いていたのですから、大手J社の社員のよう態度、ホテルも電鉄も飛行機会社も、ましてや一般旅行者は、「俺たちの意のまま」が続いていたのを、私は知っていたからです。

敬遠してきた理由の2
元々、自由に世界中を歩いてきた二人ですから、大勢の見知らぬ人たちの団体で一緒に行動するのは嫌っていましたが、特にここ4,5年は二人共齢のせいかトイレが近くなってきています。
今のバスツアーは二時間に一度はトイレタイムを取るようですが、それでも心配な時はあります。
二年前、Gotoトラベルの安値につられて、阪急の小豆島・淡路島・徳島をまわるツアーに参加した時、冷や汗をかきました。
本当にひさしぶりの団体パツク、それも移動がバス主体のツアーですが、ツアー客も私達と似たりよったり年齢層で、観光地では必ずトイレによる旅程スケジュールで油断していました、旅の一日目姫路から淡路島へ向かう、国道が大渋滞をしていたのです。
姫路のフェリーの港から1.5時間の予定が3時間近くかかり、少しの揺れでも漏れそうな辛い思いをしました。

自由、個人旅行でも路線バスで途中下車したことは、何回かあります。
一度はどうしても我慢できず、山中のバス停で下車しましたが、次のバスは3時間後であったり、ホノルル郊外でも我慢できず、バスストップで降りても公衆トイレがなく、海まであるいて、カミさんに背後を見張ってもらい、人気のない場所ですませたこたがありました。

さて、今回、ドラゴンドラのツアーをみると、越後湯沢から南魚沼方面の移動は当然団体バスです。この程度の移動ですから、恐らく、バス車内にトイレは100%ないでしょう。
まず、大丈夫だと思いますが、不安は寒さ、冷えからくる尿意です。
だんだんと、トイレを我慢していて、逼迫尿意に襲われると、ちょい漏れが発生するようになりました。すると、色の薄いズボンですとかなり大きなシミができて、大きなカバンでも持っていないと限り隠せません。
最低限、何らかの対策を今回しなくてはいけないのです。

「失禁パンツに見えない!」ボクサータイプの安心パンツ


そんな時、カミさんが新聞折込広告をだしてきました。
チラシでは構造がよく分からないので、同じものはネットでも売っているはずですから、調べてみました。
こんなパンツのニーズは沢山有るようで、アマゾンでも売っていました。
基本的にこのようなパンツは、オシメではなく、本当にちょい漏れによる、ズボンのシミを目立たなくするもので、パンツの前に、吸水ナプキンがズレないように収める構造が内部のあるものでした。オシメではないのです。
そして、意外に高く、新聞チラシにはいっていたのは、二枚組で4,200円もしました。
とても本当に2時間我慢を重ねてきたものを吸収できるものではなく、高すぎます。

尿もれの悩み解消パンツ「ちょい漏れ対策トランクス」

バスのなかでいくら失禁対策パンツを履いているかと云って、そう簡単にオシッコが出るものでもなく、そんなものに4,200円も払うのは嫌、あくまでも「ちょい漏れ対策」、ズボンの前が濡れている、恥ずかしい姿を見せたくないだけならと、カミさんは「セイユー」で1,070円で売っているから、自分の目で確かめてきて、と云うので見に行きました。

構造は二枚組で4,200円のもと変わらず、パンツ内に吸水ナプキンを収める形のもので10〜15ccの尿を吸収するものでした。
つまり、完全に対策するには医療・介護用の大きなオシメをしなくてはならない、そんな状態ならバスツアーに参加するな、個人の責任で、タクシーで動けということなのでしょう。
わかった。一応お守り代わりに履いていくけど、先ず使わないでしょう。

そんな対策をしている時に、掲示板に「頻尿・尿もれ」対策が
私の本サイトみんなの投稿掲示板に、同じ世代の多くが抱えている、夜間頻尿を解決する手段の耳寄り情報が掲載されていました。

2022/10/20にタイトル夜間頻尿、投稿者名Rocky さん。

中学校の同級生が「Rockyこれを見てみろよ」とメールをよこした。
You tubeで 夜間頻尿を自分で改善する 手のひらセラピー 斎藤瞳 というチャンネルがある。
まさかと思ったが、半信半疑、これをやってみた。最低でも午前3寺には必ず
トイレに行っていたが、これをやった日から3日間、朝までトイレに行かない
日が続いた。

 両手の手のひらに3か所のツボがある。
 1 膀胱のツボ
 2 尿意をもよおす間脳のツボ
 3 前立腺のツボ
 これを10秒間ずつ押し続ける。

https://youtu.be/bEQvycEMXPg

投稿者名Rocky さんは、海外リピートミドルステイのお仲間で、同世代、実際オフ会でお会いしたことがある、一番信頼出来る仲間です。
彼がそう云うんなら、この一泊2日の、寒そうな新潟の山の紅葉の旅に備えてやってみようと、やってみました。
ユーチューブでかわいい女性が説明していますが、一応テキスト・静止画データして掲載します。

たった3箇所!手をもむだけで、頻尿・尿もれを解消!

1,膀胱
ツボは 人差し指から下がってきてこれ以上下がれない引っかかる所

2,間脳 自律神経を整える
ツボは 場所は親指の腹 指紋の中央、膨らみの頂点

3,前立腺
手首のこりこりとした骨、関節から指、二本下の部分

これで治るといいな・・・
この旅先でなんともなければいいな・・・
東京駅八重洲北口改札 7時40分集合だって、生涯初めてのJTB団体パックの体験だ
昔、海外の旅先でみたあの、駆け足・駆け足JTBだ
ついにあの団体の一員になるのだ。
70代のお年寄りらしく、出来るだけ大人しく、目立たぬよう、していよう。


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2022年10月29日

大船フラワーセンターのハロウイン ライトアップ 

大船植物園のアクセス


最寄り駅は東海道線・横須賀線・根岸線・湘南新宿ライン・上野東京ライン・湘南モノレール江ノ島線が発着するターミナル駅、大船です。
東京駅から45分、横浜から15分の距離、時間です。
大船駅南中央改札を出て、西側に向かい階段を降ると柏尾川にでます。
柏尾川は、神奈川県南部を流れる二級河川で江ノ島に流れ込む境川の支流です。
私が横浜市戸塚区東戸塚に住み始めた40年前ころ、流域は工場や宅地が数多く立ち並んでいるため、高度経済成長期ごろになると大量の工場排水・生活排水が川に流れるようになった。このため川はヘドロで淀み、夏場になると悪臭が漂うドブ川となっていたようですが、下水処理網の整備が進んだことなどにより近年では川鳥や川魚が生息できるような状態に改善され、コイやフナ(下流部にはハゼ・ボラ)といった、比較的水質汚染に耐性のある魚が多く繁殖し、沢山の鯉の姿が橋からみられるようになり、鯉のレリーフが沢山作られるようになりました。

水質の改善によって魚が生息するようになると、それらをエサにする鳥達も集まるようになり。
散歩道からは、普通にサギ類やカモ類などの水鳥が頻繁に見られるようになっており、河口部ではカモメなども数多く見られています。
この柏尾川の上流、流れ込む支流の「いたち川」では近年、少数ながらカワセミもみられるといいます。

大船観音を見上げる

西口をでて柏尾川の橋で目を上げると、大船観音立像のやさしい姿が目に入ります。
大船観音は1929年(昭和4年)、地元有志の発起により築造が開始され、1934年(昭和9年)には輪郭が出来上がっていたが、戦局の悪化により、築造は中断。
その後、20年以上放置されるが。第二次世界大戦後、財団法人大船観音協会が設立され、1960年(昭和35年)4月に完成。
全長約25メートルの巨大白衣観音像で、近年特にさらに観音像へは、日本人ばかりではなく、東南アジア(特に華僑・上座部仏教信者)などからの参拝客も多く、奉納された灯籠には多国籍な名前が並ぶようになつています。
お正月とか、お盆の季節、私は何度もアジア系のみられる大勢の若者をこの駅西口でみかけ、観音様への道順を案内しています。

大船フラワーセンターのハロウィンへ

この柏尾川沿いを15分歩くと、フラワーセンターの道路に到着します。
県立大船フラワーセンターは神奈川県内の観賞植物の生産振興と花卉園芸の普及を目的と1962年に開設されましたが、維持費の高騰と入園者の減少で赤字が続き、県議会で閉園が議論された時期もありました。
が、指定管理制度の導入で生き残り、現在は2018年4月からは株式会社日比谷アメニスが指定管理者となり「日比谷花壇大船フラワーセンター」としてリニューアルオープンしています。


県営から民間指定管理へ

指定管理制度により、シニア県民割はなくなり、徒歩5分とかっこうの散歩コースだったものが有料150円となりしばらくためらっていましたが、年間パスポート1,000円ということで、購入し、月に一度の割合で訪れています。
確かに、日比谷花壇が指定管理となってから「大船フラワーセンター」は変わりました。
若い、専門職の職員の増加で、単なる植物園から一日子供連れでも楽しめる場所に変貌しています。



この季節の花はコスモス

このハロウィンの季節の見頃の花はコスモスです。
広大園内の各所に、コスモスの群生花壇が設けられており、季節を感じます。
特に、園内には入って右に回ると、広大な芝生の、その奥にグリーハウス(温室)がみえる開放的な広場にでます。
ここが「ハロウィンイベント広場」です。
訪れた日、平日の午後、小さなお子さんを連れた家族連れと、大船駅から歩いてこられたと見えるシニアのご夫婦の姿を沢山みかけました。
連日のはっきりしないお天気があけ、日中24℃、乾いた風が心地よい午後でした。
指定管理制度以前には、県営の名が示す程度の軽食食堂したなかったフラワーセンターも、民間指定管理制度のもとでは、小綺麗なカフェと生まれ変わっています。
子供たちの大きな、作り物ではない本物のかぼちゃに跨がり、遊んでいる姿を大勢のお母さんたちがカメラにお収めていました。

 


夜のライトアップ

これまで、県立の施設で公務員的運営だったせいか、開園・閉園時間も杓子定規でしたが、第三者民間指定管理者が運営するようになってから、季節やイベントに沿った運営をしています。
典型的なのは、ここの植物園の目玉でもあるハスの花の季節。
ハスの花は早朝に開き、匂うのですが、お昼すぎにには萎んでしまいます。県営当時も早朝開園をやっていましたが、記憶でし一年に二三日だったものを10日程度に伸ばしたりし、県営では考えられなかった、ハスの実のお菓子や、カフェを運営しています。
そして、県営の植物園運営者では考えが思い浮かばないような、ハロウィンイベントを催し、年に二晩だけですが、2022年、15&16日、22&23日の週末は、開園時間を20:30まで延長しています。
 


 

動画も合わせて御覧ください。




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2022年10月27日

今更遅いが、行きたかったけど、行けなかった国・場所

日本のコロナ鎖国が緩和されてから連日、海外から観光客が多くなり、円安での買い物、食事を楽しんでいるニュースが流れている、このまま感染症が収まるととは思えないが、自分の年齢、体力・好奇心の衰えを思うと、行きたいという想いがある時には、多少の無理をしてでも
行くべきだったと、今、しみじみと思っています。

行きたかったけど、いけなかった理由・原因は
・費用が高かった
・入国が制限されていた
・遠く、交通の便が悪かった
・危険が考えられた
・情報がなかった
・なんとなく行きそびれた
一番の原因・理由の1位は
・いつでも行けると考えていたこと

単純に一つの理由ではなく、これらの障害が二重・三重に入り組んでいたこともあります。

今、後期高齢者宣告の一年前の後悔
■ チベットのラサに行きたかった。
■ ハングラディシュ、ダッカに単純に行ってみたかった。
■ インド、ダージリンに行きトイトレンに乗りたかったたかった
■ アマゾン・マナウスに行きたかった。
■ フィリピンに行ってみたかった

■ チベットラサに行きたかった。

チベットが外国人でもわりと簡単に入れるようになったのは2006年、青蔵鉄道が開通してからです。
中国の青海省西寧とチベット自治区首府ラサ(拉薩)を結ぶ高原鉄道、総延長1,944kmは乗り鉄だけでなく、乗ってみたかった。
完成直後、日本の旅行会社、特に中国西域に強い、「西遊旅行社」では多くのツアーを発売しており、私の旅の友人の多くも早速でかけていきました。
「西遊旅行」は日本の西域旅行のリーデングカンパニーでツァーの質も良い分、高いことで有名です。
しかし、私達夫婦は団体パックが苦手で、昔、「ブータン」に行くときも、同じ日に西遊の団体パックが催行されていたのを、私達は無理云って
個人扱いにしてもらって、同じフライト・同じ宿・になった事がありました。
そこで、西遊にチベットもお願いしたところ、その時点では、チベットに限っては、個人旅行扱いは出来ないと云われ断念しました。

少しづづ時間が経過し、チベットラサだけに限れば、個人旅行(と云っても中国国内ガイドは必須)が可能となり、日本から行くプランと、ネパールカトマンズから行くプラン、二通り考えました。
この当時でも当然ながら、パーミッションは必要でした。
ネパールから陸路で入るルートが一番楽しそうなルートです。
車とネパール側のガイド、中国国境からは中国側のガイドが必要になり、カトマンズ発・着で8日間、二人で40万円程度でした。
未だに実現していない最大の理由はラサ市内の治安状況と、中国漢民族政府とチベット族・ウイグル族の関係悪化です。
心情的・信条的には、中国政府の思惑通りになりたくないからでした。

■ ハングラディシュ、ダッカに単純に行ってみたかった。

バングラディシュは若き日、貧乏バックパーカーとして東南・南西アジアを旅する時に利用した「ビーマン・バングラデシュ航空」の母国なのてすが何度も利用しても立ち入ったことがありません。
私達夫婦はディープアジアと云われる発展途上の国々には慣れているつもりです。
大昔二人共20代の頃、インドのデリーに深夜到着し、国際空港のロビーの床に寝転び寝ている黒い肌と、キラキラと光る瞳に、異国に来たという実感を味わったことを今でも覚えています。
あれ以後、私達夫婦は沢山の途上国を旅してきましたが、恐らくですが今、この感覚を肌で感じるのは、写真を見る限りハングラディシュ、ダッカでは無いかと考え、ダッカにある日系旅行社に問い合わせしたことがあります。
航空券は、日本で購入したほうが安いのは分かっていました。
全くの予想外だったのが、宿泊費と観光費でした。
先ず宿泊費は日本の超一流ホテルとほぼ同じ値段、一泊200〜300ドルもしました。
そして、観光ガイド、車の値段も、世界最貧国とは思えない値段でした。
日本語で応対出来る会社なので、ざっくばらんに聞いてみると、相手の答えは
「明治維新の開国直後日本というイメージでだと云うのです。外国人は全て特別扱い、一般バングラ人とは別格の扱いとなるので、安いホテルとか、移動手段とか食事は用意出来ない」と云います。
そして、最終的に当分はいいやと、判断したのは、ハングラディシュの世界遺産でした。
主にはイスラム文化のものが多く、パキスタンのように期待していた仏教遺跡にみるものはほとんど破壊されていてなかったのです。
もう10才若かったら、この写真のような雑踏に身を置くことができたのでしょうに。

■ インド、ダージリンに行きトイトレンに乗りたかった

北インドの旧シッキムから紅茶で有名なダージリンには、乗り鉄の間で有名な列車「トイトレーン」(文字通りオモチャのような列車)が走がっており、NHKなどの番組で取り上げられています

シッキムは元々独立した国でした(ブータンのような国)、近隣のネパール、ブータン、英領インドとの長年による干渉・争いの末も1975年、インドに併合され滅亡した小国です。
インドと中国という大国に挟まれた小さなチベット族の国は、いずれかとどこか大国に守られ、ねば生きていけない運命だったのでしよう。
ぜひ、このチベット文化の国に行こう、そしての乗り鉄、撮り鉄として、自転車よりもスピードが遅い、このオモチャのような列車に乗りたいと、昔からお付き合いのあるインド旅行専門店に見積り・手配をお願いしていました。
なぜ行けていないのかの理由
・相次ぐインドの列車事故がひとつ
・雨の多い地域なので、季節が限定される
行けなかった最大の理由は
 この旅にマザーテレサハウスボランティアを組み込んでもらっていたのですが、
 マザーテレサさんが1997年に亡くなり、いつしかカミさんの熱意も薄れ
 てしまったのが理由です。

■ アマゾン・マナウスに行きたかった。

世界一の大河アマゾンの奥地にある近代都市、マナウスのネグロ川とブランコ川(ソリモインス川)が合流する地点をこの目でみたいと思っていました。
昔、初めてブエノスアイレスに向かう時に乗船した、商船三井の貨客船の一部はパナマ運河を横断して、大西洋をサントスに南下する前に、アマゾン川の下流ベレンに停泊する便があることは知っていましたが、私が乗船した便はベレンにはよらず、まっすぐ南下してリオ・デ・ジャネイロに入港する便でした。
もう50年以上前の話です。
今でも、アマゾンには一度行ってみたいと思っています。
あの大河の中に突然と現れた、ゴム人気によって建てられた都市、そして似つかわしくない豪華なオペラハウスとそして、2つの流れが合流しいつまでも混じらずに流れていく様を見てみたい・・・
何度も、一般の日本人なら一生に一度行くか、行かないのに、私達は数え切れないくらい、南米に飛んでいるのに、ブラジルの北の端、アマゾンには行っていないのてす、
アマゾンのマナウスへ行くには、一度ブラジル国内には入って、空路行くか、空路ベレンに行ってから河を遡る汽船で行くか・・
いずれにしろ、ブラジル国内には入って、最低5日間は欲しいのです。
その時間と費用を、他の南米の行きたい、見たい所、友人との歓談と比べるとどうしても優先順は下がってしまい、未だ実現はせず、恐らく、もう無理でしょう。

■ フィリピンに行ってみたかった

フィリピンって簡単にいけるじゃないか、何で?と思われる方は多いと思われます。
そうなんてす、あまりにも身近で近く、これまでも何回も行く機会はありました。
建設現場を担当していると、打ち上げで海外旅行、それも男の職場ですから「フィリピン四日間」なんて当たり前でした。
ある現場での打ち上げで2日後に行く予定だったのが、「アキノ暗殺事件」で中止になり、翌年も妻であるコラソン・アキノ女史による「黄色いTシャツ革命」で中止した経過があります。

カミさんは元職場仲間といった事があり、ロングステイ候補地としてはふさわしくないと、云って行こうとはしません。
フィリピンは男単独で行くと、危険が待ち構えているといわれていました。
女性よりも、官憲・空港税関による「罠」が一時期、報道で伝えられたり、また、日本人男性がトラップにひっかかり、長期間収監されたりしていました。
フィリピンはラテン系の国家、国民です、タガログ語にも多くのスペイン語が混じっており、人種としての性格はラテンです。
ということは、正義やモラルよりも、身近な家族間、人間関係が法律よりも優先し、極端に云えばお金で問題が片付くという認識が根底にある国、中華民族と似ている国だと思っています。
なんで、そんな国に行ってみたいの?
答えは「近いから」「安そうだから」「怖いものみたさ」でした。

本当は行ってみたかった国・場所はもっと沢山あるです。
● ジンバブエ・ビクトリアの滝
● アイスランド・火山と温泉
● ウユニ塩湖 昔、近くまでは行っていたのに
● バヌアツ・ヤスール活火山
● タンザニア・ンゴロンゴロとキリマンジャロ
 今更、明かしても、年寄の愚痴・後悔にしかなりません。
 もっと体力、筋力、胆力があったら・・・良かったのに

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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2022年10月25日

住まい、マンション・共同住宅の老朽化と寄る年波

BSの映りが悪くなった、悪いことに時々なのが問題です。

最近の・・・と言っても昔から日本のテレビ番組は、消費意欲が強い若年層をターゲットとしているので、私達のようなシニア層には、お笑いタレントの楽屋落ち、仲間内のおふざけものとしか思えない番組は先ず見ない、良い映画ドラマは全て有料放送となっている。

そこで、選択するチャンネルは、暇人シニア層を強く意識している「BSテレ東」が多くなる。
特に、私の好きな「ローカル路線バスの旅」はもう十数年も前に終わった「太川・蝦子コンビ」の再放送を流し続けている。
それでも、見逃した回や、お気に入りのバスルートの回を二度見する。
そんなBSテレ東がある日、映らなくなった。
我が家には、TVが3台ある。
夫婦二人が食後過ごす、リビングと、夫・妻の個室に各々一台づつある。
私は一応、電気技術者であるから、リビングのTVで何がOKで何がダメなのか、チェックすると、地上波は問題ない、BSは不安定、映るチャンネルと映らないチャンネルがその都度違ったり、全くダメだったりする。
そして、カミさんのTVも私のTVも同じくダメ。
この状況・状態は我が家だけではなかろうと、きっとマンション全体かあるいは、同軸有線ケーブルの系統毎に起きている問題だと、想定出来る。
私達のマンションのBS波はケーブルテレビである為、頭から一本できてから、マンション内を分岐し、ブースター増幅して、各部屋の複合インテリジェントコンセント(電気・電話・テレビ・インターネット)にとつながっている。
これは、管理人に聞いてみよう、何処かの住戸から同じようなクレームがきていないか?
しかし、全く偶然、都合の悪いことに、通いの管理人は土・日・月と年に一度の三連休をとっていて、不在です。

こんな時、いったいどうしたら良いのだろう・・・

53戸の住民全員の管理組合に四人の理事がいるはずだが、毎月送られてくる、理事会議事録はそのままスルーして何階何号室の誰が理事なのか知らないし分かつていても、土曜日の夜に、個別の部屋にピンポンするのは躊躇う。

でも、こんなテレビが映らないような問題ではなく、火災・水漏れなど重大な事態の時の応急、対応マニュアルが何処かにあるはずなのだか、何処にあるのかも分からない・・・

日本を代表するような建造物・超高層オフィスビルの中央監視設備の設計・建設責任実務担当者だった私がこの程度なのだから、理事以外のその他住人対処出来るはずもない。
では、管理会社本部「M地所」の電話番号は・・管理事務所の受付に書いてありました。
電話して、事情を説明すると、管理組合個人として、ケーブルテレビ会社に電話して対応して下さい、と云います。
「そんな莫迦な・・・」
「私達住民は、高い管理委託料を払って、言い値で、貴方の会社に払っているんだよ」
「今日はあいにく、四人の理事と連絡とれないから仕方なしに電話しているのに」
「貴方の部署から、このマンションにケーブルを引き込んでいる会社に連絡をいれるの
 が当たり前ではないの」

シニアのおじさんはキレル寸前でやめました、たかだか数日、BSテレビが見れないだけでこんなに興奮して頭にくるなん、もうまっぴら。
来年3月には二回目の理事をやらなくては、ならないのだからその時に堂々と議論しましょう。
確かに、53戸の住民は全て、他人事です。

今このマンションで何が起きているのか?
何が問題なのか?
緊急連絡網はどうなっているのか?
防災のシステムの周知は?

恐らく、私かその方面のシステム構築の元プロ、でも20年前の知識のですが何かしらやらねばと思っています。
最低限の緊急時対応マニュアルとその電子化、web・スマホ化をしなければ。

3日後に管理人さんの休暇があけた。
事務所にいたので経過をお話しました。
その日のうちに、ケーブルテレビ会社が私の住戸にやってきました。
事前に管理人さんから、状況を聞いているようで、私が室内のTVで確認する?と聞いたら、
「いいえ結構です。実は数ヶ月前に同じ症状がありこちらに来ています。」
「やはり、今回も中継ブースターの不良でした。」
「何、数ヶ月前に同じ故障があったの?、初めて聞くよ、住民の私はしらなかった

そして、もう一つ切れそうにになった言葉は・・・

「中継機・ブースターはケーブルテレビのものではなく、このマンション建設の時の機器ですから、私共の会社のせいではありません」
「管理会社に云って、交換してもらって下さい。」


わかった、それにしても、ポンプやファンなどの駆動部のある電気機器と違って、電子データーを増幅する単純構造の機器がなんで18年程度でぶっ壊れるの、それも制御盤のなかにあるだけで、日本の精密機器ってそんなヤワではなかったハズだけど・・・

マンション・共同住宅がかかえる「2つの老い」の現状
私の住むマンションは来年で19年になります。
築30年を超えるマンションは、10年以内に全国で100万戸を超えると言われています。
東京都の調査によると、平成20年、築40年以上の都内のマンションは5万4000戸、全体の4%でしたが、平成30年には4.5倍、24万5000戸に増えると見込まれています。
一方、マンションの世帯主の高齢化は年々進み、平成11年度に25.7%だった60歳代以上の割合は、平成20年度には39.4%となっています

前のマンションはシニア世帯には優しくなかった

このマンションに越してくるまで横浜の新駅駅前の大規模マンションにすんでいました。
35才で入居し56才で、鎌倉にこして来たのですから21年住んで売却し、ここで19年ですから、あの横浜のマンションは40年になります。
あのマンションは、耐震基準変更後に建設されたマンションですから、構造的には問題はなく、今でもJR駅に近く、ショッピングセンター、学校、病院も全て徒歩10分圏内
で、今でも若い世代から築40年の中古物件ながら人気になっています。
しかし、現在の鎌倉の中規模マンションに住んでみて、住んでいた当時分からなかった欠点が、この年齢になって見つかりました。
私達が住んでいたマンションは1階部分にお店が入っていました。
飲食・不動産・理容室・薬局など、駅前にあって必要なようなものは、下のフロアーにいけば揃う便利さですが・・・住んでいた当時気が付かなった点がひとつ、それも大問題が
私達の住んでいたマンションは、両面バルコニーで一つのエレベーター向かう合う縦2戸て使う、贅沢な造りでした。
1階が商店街になっている都合上、住民が住むのは二階以上、エレベーターは二階からしかないのてす。確かにセキュリティ上、一般の人が上がってこない二階からですからやや安心感はあつたのですが・・・

古希を越して、来年後期高齢者となる年齢になると、考えさせられます。
この街のマンション群は駅からも見て全て、丘の上にあり入り口までは坂です。
そして自分の住戸まで行くには、絶對なエレベーターのある二階までは自分の足で上がらなくてはならないのです。
今まで、こんなことを考えたことは有りませんでした。
でも、最近、私達の住むマンションの何人かのお年寄りが、エントランススロープから車いすで入り、オートロックをリモコンキーであけて、段差なしでエレベーターに乗って行くのを見て、あの横浜のマンションを思い出しています。

齢をとらないと分からないことがあるんだ。
私の住むマンションは53戸、19年前の入居者は若い世代が中心で、そのなかに私達とおなじような50〜60代前半のも5世帯ほどいました。
鎌倉・大船地区のターミナル駅から徒歩9分(公式発表、今歩くと15分)、バス通り、公園前、周りは緑の谷戸に囲まれた文教地区、徒歩17分に大型ショッピングモールと日本を代表とする大病院とあって人気物件でした。
そんな立地ですから、駐車場は狭く、高い、立体駐車タイプで、全世帯が希望とおり入れる訳もなく、抽選です。
自転車置き場も狭く、抽選で月1,500円です。バイクはおけません。
今回のBSブースターの故障で、通勤の管理人さんと親しく口を聞くようになって、前々から気になっていつ質問をしました。
私は二年前、古希を境に自転車に乗るのをやめました。
自分の体力、反射神経の衰えと安全性を考えたからです。
その時に、借りていた駐輪場の権利を返却しました。
翌々月から、自動引き落としの管理費から引かれているハズですが、確かめることはありませんでした。
しかし、最近、駐輪場の私が借りていた場所がいつも空いているのが気になり、何時か聞いてみようと思っていました。
 

管理人さんの返事は
私の返却した駐輪場の費用については、ちゃんと処理されています。
現在、駐輪場は7台、立体駐車場は3台の空きがあり、抽選ではなく、希望すれば入れる状態です。と云います。
あれほど、駐車場・駐輪場獲得に動いていた住民なのに・・・
理由は簡単です。入居者が齢をとってきたから、子供たちが成長したからです。
子供か小さい時には、自転車も必要ですし、車もあったほうが便利なのですが、新たに売却して出て行った後に購入する人は、比較的資金に余裕のある
高齢者が多く、車も自転車も必要ない・・・が現状です。

私が来年、理事をやらなくてはならないと知った管理人さんにお願いされました。
今でも、自分の住戸前に自転車を置いている家庭が多いです。駐輪場が余っているのを周知させて下さい。
そして、自宅住戸前は廊下・共用部にあたり、毎朝の掃除や定期的洗浄や、水道・ガス検診に邪魔になるので、駐輪場を使うように促して下さい。
わかりました。ご期待に添えるようにします。


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2022年10月23日

新しい東京駅バスターミナル、バスタ八重洲訪問記

2022年9月17日、「バスターミナル東京八重洲」が開業した。

バスターミナル東京八重洲は、
東京駅八重洲口周辺に点在する高速バスの停留所を集約するもで、再開発が進められている3棟の別々のビル(東京ミッドタウン)地下にそれぞれ整備される。
これまでは、八重洲口南口乗り場だけでは高速バスが入りきれず、外堀通りや八重洲通りにバス停が10か所以上点在。
歩行者や自動車にとって邪魔になる上に、バス利用者にとっても分かりにくい状況が続いてきた。
バスターミナルは、入居する「東京ミッドタウン八重洲」と合わせて3段階にわたって開業する予定で、今回が第1弾。
現時点では6つのバース(乗り場)を備え、完全開業時には20に増える。バスタ新宿の15を上回る規模で、「日本最大級」をうたっている。

東京駅周辺には1日あたり約1200便の高速バスが発着しており、そのうち約550便が今回のオープンで新ターミナルに移る。
それ以外に約50便が新たに乗り入れ、約600便が発着する。
今回開業する「第1期エリア」周辺のバス停はすべて撤去される予定だ。
約600便のうち6割以上にあたる約380便が、木更津や君津、銚子などを結ぶ千葉便だ。
関西(約80便)、東海(約50便)、東北(約30便)、千葉以外の関東(約20便)、北陸・甲信越(同)、中国・四国・九州(同)が以後続く予定。



10月16日に実際に訪れてみました。


現在の東京駅には、東海道線・横須賀線・総武線・中央線・地下鉄各線にプラスJR東海の新幹線、JR東日本の新幹線が網の目のように入り組んでいます。
乗降客も多く、普段り通勤で慣れていても、いざ旅行やあるいは、地方から来た来客を迎えにきたり、乗換の説明をするのに、慣れていても戸惑います。
一番のアドバイスは
迷ったら地上階通路にでること。
絶対に地下階通路にいかないこと。
地下階はデパートの売り場、食堂街のごとく、それも日々変化し続けているので、団塊世代のおじさんには、息苦しささえ、感じます。
私は、この東京駅が退職直前まで職場の最寄り駅でした。
あれから18年、もう全くわかりません。


東京駅八重洲南口への行き方は

東京駅まで何線で来るかにより解説が必要ですが、横須賀線できても、地下鉄線できても先ず一度地上階に出てください。
地上階にでたら、ともかく八重洲口を目指し、八重洲南口にたどり着けば、もう一安心です。
決して、地下階に降りに行こと、東京駅の地下はお店が多く、見通しが悪いので、今、自分が何処にいるのか分からなくなります。
もし迷ったら、一度地上階にでることです。
このブログは、新しく出来る、出来たバスターミナルの案内ですから、余計な説明はしません。
絶対に地下階に降りずに、1階中央通路を使って、ひたすら八重洲南口を目指して下さい。


外堀り通りの向こう側に八重洲ミッドタウンビル

一度、東京駅構内を南口から外にでると眼の前の「外堀り通り」の向こう側に見えるのが、八重洲ミッドタウンビルです。
このビルの地下一階、二階に新設されたのが、バスタ八重洲の第一期です。
八重洲ミッドタウンビルは現在、他に2棟建設中で、完成後、各ビル地下階に方面別のバスターミナルが開設される予定です。
八重洲南口から外にでで、そのまま、まっすぐ進み「外堀り通り」を横断すると目の前にあります。
昔の東京駅八重洲口を知っている方なら、「八重洲ブックセンター」の通り沿い、神田よりにワンブッロック先と云えば分かるでしょう。
かえって八重洲ミッドタウンビルが人に聞くと、いくつもミッドタウンビルが建設中で却って分からなくなります。

現在のJR高速バスチケットセンター・バス乗り場

 

現在のJR高速バスチケットセンターと乗り場は、駅ビルに隣接しています。
新しい、千葉・茨城方面は外堀通りを渡った先にあります。
八重洲南口を出てそのまま左、銀座方面にいくと、右手に2022年現在、営業中のJR高速バスセンターがあり、その前に高速バス乗り場があります。
2022年現在では、JR高速バスはここから出発しています。
現在、東京駅を起点とするバスは八重洲口、丸の内口など多岐に渡っており、方面ごとに分かれています。
A:JR東京駅八重洲北口 鉄鋼ビル バスターミナル
B:JR東京駅 八重洲通り
C:JR東京駅八重洲南口 住友生命前
D:JR東京駅八重洲南口 JR高速バスのりば
E:鍛冶橋駐車場 バスターミナル
F:丸の内北口 2番乗降場
G:日本橋口

現在、これを集約しようと工事中です。
詳しい方面別案内はhttps://www.bushikaku.net/article/32811/参照

新設バスターミナル東京八重洲

先月2022年9月オープンしたのは、主に千葉・茨城方面のバス路線です。
ミッドタウンビルの正面から入るとB1Fに続く下りエスカレーターがあります。
そのまま降りると、新しい広々とした明るい、冷暖房が効いたバスターミナルが現れます。
千葉・茨城方面は、主に通勤・通学客が多く、暑い日、寒い日、雨の日など、屋外で並んで待つことが多かったのですが、このターミナルに移ってからは、ずいぶんと快適になったことでしょう。
そして、東京駅八重洲口の交通・人の流れ緩和にもなったことでしょう。


バスタ東京八重洲の内部
 

これから先の現在点在している以下のバスターミナルの統合は進むと思いますが、東京駅を起点とするバスの発着の際は、今後完全に完成するまで、必ずお確かめ下さい。


東京駅周辺バスターミナルガイドバスとりっぷ参照

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2022年10月21日

友、遠方より来たる、また楽しからずや

今や海外との連絡はラインの時代

10月に入ってから、久しぶりにブエノス時代の友人から、ラインメッセージが入りました
同じ団塊世代、同学年、1947生まれで日本にいた頃からの知り合いですから50年以上の付き合いのある友人です。
現在、ブエノスアイレスに日系二世と結婚して住んでいます。
職業は、アルゼンチンの超富裕層を相手の訪問マッサージ師で、少なくとも食うに困らない程度に稼いでいる・・ハズです。
その彼がラインで来日の予定を知らせてきました。
以前は、緊急でない場合は、長い手紙でしたが、緊急の場合は電話でした。
web、ネット時代になってもパソコンは苦手のようで、一度もメールはなし、セニョーラのFaceBookで辛うじて近況を知る程度でした。
が、スマホを覚えてから、ラインを使ったビデオ通話も試してきていましたが、電波状況が悪く、かなりブツブツときれるので、最近はラインテキストになっています。

ラインの内容は
10月9日に日本に行く、翌週の日曜日16日午前に会いたいので、時間を空けておいてくれ、という短いラインでした。
私は直ぐに、「OK、Ryoukai itumade taizai dokoka ikitaitokoro aruka」と返信しました。
彼の持っているアルゼンチンのスマホには、日本語表示が入っていないようで、全てローマ字できます。

9日には日本に着いたであろうから、翌日に彼のスマホに電話しましたが、通じません。
彼はあまり、パソコンとか電子機器に疎いのは分います。
きっと短い日本滞在の為に、日本用のSIMカードを差し替えていないのでしょう。
また、そんな知識も持っていないでしょう。
そして、現在使っているアルゼンチンのスマホも、日本滞在中は無料Wi-Fiが捕まるところでしか利用出来ないでしょうから、じっと彼からの連絡を待つことにしました。
そして、ラインの連絡が来たのが10月14日でした。
15日夜に武蔵境の友人宅に泊まるので、新宿が待ち合わせをしようと云ってきました。

何!新宿で・・・
彼は関西生まれの関西育ちで、東京の街中は知らないはずです。
土曜日の夜は、同じくブエノスでの友人宅に泊まるようで、そのお宅のある武蔵境から中央線一本で簡単に行ける、が理由のようですが・・・、
東京に詳しい人でも「新宿での待ち合わせ」はなるべく避けるのが常識です。
新宿は世界一、一日の乗降客が多い駅で、乗り入れしている電車・地下鉄・私鉄も多く、駅の出入り口は多岐に渡っており、長年新宿駅の乗換を経験している私でも久しぶりに行くとまごつくこともあるくらいですから。
もし、どうしても新宿駅で人と待ち合わせするには、定番スポットがあります。
それは西口交番前。

東京のターミナル駅定番待ち合わせスポットは
東京都内山手線の駅での待ち合わせ定番は、誰でもはっきり分かる所、駅構内で駅員に聞けば誰でもが応えられる場所が必要です。
新宿なら、仕方ないけど西口交番前
渋谷なら・ハチ公前
新橋なら・SL前
上野なら・公園出口改札
池袋は複雑すぎるので、普通、東京に慣れている人との待ち合わせでもなるべく利用しない。
そして東京駅なら、八重洲口「銀の鈴」広場です。


私に、16日午前と指定きたのには、何か午後の用事があるのだろうと予想し、色々と会った後のスケジュールを立てる都合上、ラインに、多少漏洩リスクはあるものの私の家のNTT固定電話番号を知らせて電話するように書きました。
やがて、土曜日夜10時過ぎに電話がありました。
案の定、16日の午前、私と会った後、東京駅から12時03分の新幹線で関西の実家に帰らなくてはならない、今回来日したのは彼は一人ではなくセニョーラと一緒だというのです。

それで、なんで新宿で待ち合わせなの??
泊まった先の友人の家が中央線沿線の武蔵境で一本で行けると思った、というのです。
・・・ばかな、これだから田舎者は困る、新宿でまごついていたら、12時03分の新幹線も怪しくなる。結局彼とセニョーラは15分遅れて、東京駅八重洲口改札に現れました。
「銀の鈴」は昔1階中央通路改札の外にあったのですが、現在は地下1階、改札内にあるのです。

この時期、ブエノス・関空間のチケットの値段は
友人夫妻と日本で会うのは六年ぶりてす。
それにも以前も一回、来日した際、我が家に泊まっていただいたりしています。
私達夫婦がブエノスに行く度にお世話になること4回ですから、夫婦間でとても親しい関係です。
それにしても、この時期、二人で遠路はるばる空路でやってくるにはかなり高額ではないかのか?
チケットの他に、例え実家に泊まるとは云え、3週間の滞在であるのだから、かなりの出費、それも経済困窮のアルゼンチンのそれほど裕福ではない、いち市民。
例え、超富裕層相手の訪問マッサージ屋さんと云え、3週間の仕事休みもあり、同い年の後期高齢者の友人として興味津々です。
彼が、来日するとのをと聞いて、すぐにブエノス・成田間の往復チケットの値段を調べてみました。
全て、トラベルコよりの検索によると


フライト時間が一番短いルート
往路 成田18:30⇒11時間38分 ダラス乗換3時間⇒10時間14分 ブエノスアイレス07:44 トータル所要時間25時間
復路 ブエノスアイレス22:25⇒ダラス乗換3時間⇒成田15:30 トータル29時間
トータル 往復420,000円 チケット287,000+サーチャージ・税137,000+手数料5,300

価格が一番安いルート1
往路 成田17:20⇒9時間50分 LAX乗り継ぎ6時間⇒チリ・サンティアゴ10時間45分乗り継ぎ13時間40分⇒2時間 ブエノスアイレス23:30 42時間10帰路 
復路ブエノス02:45⇒・サンティアゴ・JFK・成田 51時間10分 トータル270,000円  
トータル270,000円 チケット+サーチャージ+税+手配手数料 



なるほど、75才と73才の老日本人夫婦がブエノス・成田間、安く来日したいからとは云え往路42時間。復路51時間のフライトを選ぶ確率は低く、中間をとって、中東経由便を選んでも二人・往復80万はかかるだろう、プラス、いくら実家や友人宅に泊まるにしても移動費・食費などが必要で3週間の滞在で最低100万円は必要であろう。
あの友人夫妻、そんなに裕福とはとても思えない・・・、会ったらまず聞いてみよう。
もしかすると、関西では有名な宗教系教会の家系の子供で、実家は和歌山の教会育ち、今回も一週間は本部で修行するようだから、宗教の本部から海外信者向けの何らかの援助、助成がでているのか、それとも丸抱えなのか?

聞いてみました。チケット幾らした?
よく、実家の教会や本部からの支援という話しを聞かれるけど、いっさいなし。
全て自腹だそうです。
でも、このコロナでおそらく仕事も減ったでしょうに、チケットいくらだったの?
何と往復一人1,000ドルだというのです。!

この価格の理由はあります
このチケットをネットで買ったのは2020年1月、かれの旅好き友人のがネットで見つけて連絡があり、とりあえず二人分押さえて、支払いを済ませておいたそうです。

そして、翌月、日本の2020年2月、ダイモンドプリンセス騒動が勃発し、一時日本渡航を延期しているうちに、こんな状態になり、やがてアルゼンチンは一年間のロッククダウンに入ったのだそうです。

日本ではあまり詳しく報道はされていませんでしたが、ブエノスアイレスだけではなく、アルゼンチン全土でコロナ対策で中国と同じように100%の自宅監禁が一年にもおよんだのだそうです。
住民は自宅から一歩も外にはでれず、唯一、食料品の買い出し、医療の為の外出のみが許されるが、そのためにネット上の申請と、証明を持っての外出、購入となったそうです。
まるで中国と同じ状態だったようで、それも一年も。

店舗を持っての商売とかは全て全滅、家賃も払えず、アルゼンチン経済は大打撃を受けて沈没していたというのです。
彼の場合、どうだったのか・・・という、特に店舗を借りての営業でもなく、個人宅への出張マッサージなので、仕事がなくなった事に由来する特別な出費はなく、単純に仕事なく、収入がない生活、一年間はすることもなく、外出出来ず、家のなかにいただけ、食うだけとマンションの家賃は何とか凌いでこれたと云います。
知らなかった、アルゼンチンがそんな状態だったとは。

権利保留して、日本の検疫が緩和されたのでやって来た
そんなことで、航空会社から、払い戻しをするか、搭乗を延期するかを問われ、延期して今回に至った。
ようやく、世界が動き出し、日本への入国も緩和されたの機会にあわてて飛んできたのが真相です。
私は、彼に会った開口一番、なんでもっと早く予定を知らせてくれなかったの?
もうお互いにいい齢になった、後何回、これが最後かも知れない年齢になっているので、来日したら出来るだけのお世話をてあげる前の行きたい所や、連れて行ってやりたい場所を考えていたのに。

今回はたった1時間半の出会いで終わりました。

東京駅駅ナカは慌ただしいので、一旦駅の外に出て、事前に調べておいた、私達世代のシニアがゆっくりとお茶しながら長居出来る喫茶店をさがしておきました。
私は昔から、じっくりと1時間以上話しをする時は「ルノワール」と決めています。
お互いに齢をとったハズなのに、目の前にいる相手は、青春時代の面影を濃く残し、日本に住む75才後期高齢者とはとはとても思えない若々しさがあります。
一つは職業柄、体力勝負で鍛えているからだと云います。
話しはやはり、病気の話しに辿りつきます。糖尿があるけど、インスリンを打つほどではないそう。
私は、夜間頻尿、昼間もこまめにトイレにいかないと、ちょい漏れ気味、そして前立腺がんマーカーの長期・高値安定の話しとなります。
ついでに、彼が昨晩お世話になった私も知っている共通の友人は78才、奥様によると、かなり認知が進んでいるようだと話していました。

慌ただしく「ルノアール」を出て、お昼は評判の「丸亀製麺」でとのリクエストでしたが、行列で新幹線の時間もあるので、適当にラーメンで済ませてもらい、八重洲・新幹線口までお送りして、今回の1時間30分の再会は終わりました。
かれは、今度、いつ会えると云います。
同じ団塊世代私は早生まれの74才。彼は75才。
私は2005年に作った10年もののパスポートを更新しませんでした。
私がブエノスに行く可能性は限りなく、ましてや長時間のフライト少なくとも30時間の体力も気力もないでしょう。
果たして、あと5年後、彼が来日するまで、ボケずに元気でいるかどうか・・・


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2022年10月19日

断捨離・終活でパスポートを切り刻む、寂しさ

先週、終活&断捨離でこれまでの銀行の預金通帳とポスポートの処分をお伝えしました。
今回はその後のお話です。
預金通帳は二人合計30冊を超えていました。ちょうど各銀行の合併などが重なった時期で多く残っていたのでしょう。
これらをそのまま、紙類、燃えるゴミとして集合住宅のなかのゴミ集積所に出す訳には、ものぐさ、いい加減な私でもいきません。
ましてや、個人情報などに細かいカミさんに至っては、自宅宛の郵便や、集合住宅管理組合の印刷物でも、部屋番号や名前が掲載されている印刷物を裁断して、あとから細くきったものを改めてチェックするほどの心配性ですから、今回の銀行通帳に至っては最新の注意をはらい、処理するつもりでした。

ホームセンターのシュレッターは歯がたたず

シュレッター前々から、少しづづ断捨離・終活用にと、ホームセンターで購入した、電動、A4、卓上シュレッター、2000円ぐらいだったと思いますが、これまで、断捨離・終活として年賀状やハガキ、そして子供の頃から写真などを、切り刻んできまして、まあまあ重宝してきており、今回の
預金通帳・パスポートでも活躍してくれるものと、思っていました。
が・・・預金通帳にしても、パスポートにしてもかなり手強い相手でした。
2つ共に、製本された冊子であること。
表表紙、裏表紙ともに、特殊コーティングされていること。
内部の紙が、これまで裁断していたコピー用紙とは全くの別物で繊維質が多いこと。
製本され、しっかりした糸、繊維で製本されているのです。

1,表表紙、裏表紙を手で分離、剥がす
2,なかのページを一枚づつ、製本から剥がし、シュレッダーにかける
3,最後に、表表紙、裏表紙をシュレッダーにかける、

のですが、この簡易的な個人用のシュレッダーでは、縦方向にの切り目ははいりますが、切断はされませんでした。
 切り目が浅く入った短冊状のものを、もう一度手動でバラバラのする必要がありました。
流石、日本の銀行は、預金通帳でもしっかりと造っています。

本番のパスポートの断捨離・終活にとりかかる

裁断機預金通帳で、意外と簡単ではない、これらのものの処分に関する、手法と要する時間がわかり取り掛かることにしました。
夫婦ふたりのパスポートは大小合わせて12冊あります。
政府発行の偽造防止対応をしている、国家気密書類ですから、簡単ではないことをわかっていました。
銀行の通帳と処分の段取りは同じです。

1,表表紙、裏表紙を手で分離、剥がす
2,なかのページを一枚づつ、製本から剥がし、シュレッダーにかける
3,最後に、表表紙、裏表紙をシュレッダーにかける。

この段階でパスポートの両表紙は私の持つ簡易シュレッダーでは歯がたたないことは学習済みですから、今度は、写真切断用のカッターで切断することにしました。
これは、退職して始めた一眼レフ、リバーサルフィルム写真に凝っていた時に、購入していたものです。
大きさも何とか、パスポートサイズならOkでいける事わかりました。

しかし、ここでストップしてしまいます。


パスポートには初めて取った19才の頃の自分の写真と私の最後のパスポート2005年取得の際まで写真が印刷されているのです。
1991年までの顔写真は、内部のページに貼られていましたが、1996年からのものは、おもて表紙の裏側に直接印刷されるようになったのです。
これら内部ページから剥がした、ハードコーティングされた表・裏のカバーページをギロチンのような裁断機にかけるのに、やや躊躇しました。
こんなに連続した自分の顔写真を眺めるのも初めてです。
でも、進めなくては・・・そこで切断する前にこの顔写真が貼ってある、一番情報量の多いページをスキャンして残すことにしました。
・・・しかし、それもいつかは消去しなければならないのですか、とりあえず今回はデジタルデータとして、パソコン内に残すことにしました。
カミさんのパスポートも同じなので、残すように始めてたところ、
「私はいらない、一番美しかった時代には戻れない」と申すのでやめました。

いよいよ、二人のパスポートの中身のページです。

ビザページ表・裏の表紙を剥がし、手作業でバラしていきます。
再び、ここでてが止まってしまいました。
次から次へと現れる、訪れた国々のビザのスタンプを眺めていると、その当時を思い出します。
南米やアフリカを旅する際に必要なイエローカードも挟まっていました。
現役時代に多く訪れた、中近東、イスラム・アラブの世界の査証スタンプ、退職してからのディープアジアの国々のビザ証、入国・出国のスタンプの日付であの当時を思い出してます。

特に海外旅行卒業間際まで通っていた、ラオス・カンボジア・ミャンマー入国にはすべてビザが必要で、個人旅行で少しでも浮かせるために、各国の大使館・領事館まで出向いて、旅行会社社員と一緒に並んでいたあの頃・・・
でも、思い切ってすべて消去しましょう。

スーパーの大きなショッピングバックにいっぱいの紙ゴミ

紙ごみカミさんに今週の紙ゴミの日を聞くと、
紙ゴミではなく燃やすゴミとして出す。
私が朝一番でだすから、玄関脇においといて。
一応外部からチェックしてからだすから。
云って、半透明のビニール袋の上からチェックを始めたようですが、私は、御役御免と遠ざかりました。



やれやれ、また一つ終えた。次の断捨離・終活は

絵葉書思い出の品々はまだまだ沢山あります。
今すぐに、なんかしようと思っているのがこの本棚の一部
1、海外旅行仲間からの絵葉書8冊分、およそ1,000枚の世界遺産の絵葉書と、友人のコメント手紙、挨拶です。

2、ビデオ倶楽部の10数年の作品集
3、Win95時代から使っていた、現在でも使っているアプリケーションデータCD類
そしてまだクローゼットの中には、何十冊にもなる私の日記帳が手つかずに残っててるのです。
おそらく、1〜3の品々は、来年の誕生日、後期高齢者になる日までには、断捨離・終活は終えているでしょうが、日記帳はきついな

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2022年10月17日

退職年金生活世代の一週間、一ヶ月、一年の過ごし方 続編2

退職年金生活世代の一週間の過ごし方

私の家のカレンダーは月めくりの日曜始まりのカレンダーです。
夫婦各々の部屋に、白い書き込める余白が大きいシンプルなカレンダーがあり、リビングには二人共用の同じようなカレンダーときれいな風景の一年カレンダーがあり、こちらはカラーマーカーで年間旅行スケジュールの記入用です。
現役時代、カレンダーは月めくりのJALカレンダーがあった程度、週間スケジュールを書き込むようなカレンダーはありませんでした。
週間スケジュールは必要なかったのです。
予定というのは当たり前に各々の会社・勤務先に行くだけですから。
仕事・勤務に関わるものは、自宅でなく勤め先かあるいは、バックの中の手帳にあったからです。
特に私は、超大型現場を担当しており、数年間スケジュールという長期なので、仕事の予定は手帳ではなく、現場のパソコンの中にありました。

やがて、二人共私55才、カミさん52才で退職してから、とくに一時期の海外ロング・ミドルステイが終わった65才頃からは
「きょういく」「きょうよう」が二人の生活に必須ワードとなってきました。
「きょういく」は「教育」ではなく、今日行くところ
「きょうよう」は「教養」ではなく、今日する用事 です。


団塊世代70代夫婦の一週間スケジュール

退職シニア夫婦の一日のスケジュールは前回述べていますので、今回は一週間のスケジュールについてです。
わたしの場合の退職直後の一週間は
 原則、必ず一日は休息日、予定は入れません
 原則NPOセンター 広報業務デスクワーク
 スポーツ 硬式テニス 午後バドミントン
 英会話サークル 本郷台
 スポーツ ラケットテニス  鎌倉武道館
 NPOセンター講座担当 午後・夜間
 市民活動団体支援   午前・午後

簡単に書くと以上でしたが、ここに趣味のサークルや、予定外が入ってきていました。
退職し、鎌倉のNPOに参加した時56才、の若手、現役SE、プログラム経験者で、しかも無給ですから、確かに引っ張りだこでしたし、スポーツにしても還暦前ですから、幾らでも体は動き、毎日鎌倉市内の公園・コート・学習センターを自転車で走り回っていました。

74才現在の週間スケジュールの実際 来週の場合
 東京へ ブエノス時代の友人と会食
 東戸塚 歯医者 11:15
 予定 なし
 予定 なし
 ラケットテニス 鎌倉武道館 
 予定 なし
 市民活動団体支援 西鎌倉

特に予定のない曜日が3日あります。「きょういく」「きょうよう」がないのです。
でも、別に焦ることはなく、自宅の自分の机、パソコンの前ではいくらでも「きょうよう」はあるのです。

確かに、65才まで毎日、電車通勤で、役職を離れた身軽なポジションにいても、やはりお給料をいただき、雇われている身ですから、それ相応の働きをしなくては、5年間居づらいでしょうから、開放された定年後に急にすることがなく、行く所、用事がなくなると、不安になるでしょうが、不思議にその時間、空間に慣れるものなのです。
それには、同じ屋根のしたで暮らす、伴侶・妻・奥様とのコミュニケーションが必須となります。
よくいわれる「夫在宅症候群」は何十年も夫が平日朝から晩まで自宅をおらず、いるのは週末に一日程度、それでもせっせと、一般的サラリーマン以上の稼ぎをもたらしてくれる存在だったものが、毎日、毎週、毎月、づっと家にいて、ゴロゴロ、していると妻の目に映ります。

カミさんの友人の言葉を借りるとこんな言い方しています

「嫌になっちゃう、私がカーブスに出かけて、買い物して帰ってくると亭主は、私がでかけた時と同じ場所、同じソファに同じ姿勢でいるのよ」
「ほぼ、二時間づっと、何もしないで、朝の食器の片付けも、勿論、昼の自分の用意もせずに」
「離婚までは考えないけど、一人暮らしにあこがれるわ」と云っているそうです。

カミさんに、「君はどうなの」と聞くと
「私達早期退職者の年金で離婚したら、二人共に食べていけないわ」
「第一、私一人になったら、銀行にもいけないし、パソコンもできないから、君が頼りよ、長生きしてね、でも元気でね、介護は嫌よ」
と、ごく現実的なことを云います。

この一週間の予定には書かれていませんが、予定なしの日に必ずあるのは、ロングウォーキングの一日1万歩と、重い物、嵩張るもの、急いで持ち帰るもの(冷凍食品)の買い出し
があります。つまり、一日中一歩も外にでないという事は先ずありません。
こうやって、恐らくですが、後4、5年くらいはこんな一週間は続くのでしょう。

団塊世代70代夫婦の一ヶ月プラン、過ごし方
年間プラン・計画となると、夫婦二人の年齢、退職後の年月によってかなり変わってきます。
気力・体力・好奇心の低下により、動き回る時間や、趣味、時間の使い方が変化してくるのは当たり前です。

現在74才・71才の文字通り老夫婦一ヶ月の過ごし方・スケジュール
毎日、毎週ではなく、一ヶ月の予定というものがあります。
・月に一度の千円カット床屋での散髪
・月に一度の映画鑑賞
・月に一から二度の契約団体webサポート
・月に一度の日帰り旅行
・月に一本のビデオ作成、You Tube UP
・月に二度のスポーツ団体のオンライン申し込み、決済
・月に一度の銀行まわり、記帳、月間費用現金引き出し

団塊世代70代夫婦の一年のプラン、過ごし方
一年、数ヶ月単位となると、医療と旅行関係になります。
医療関係は
・二ヶ月に一度の内科系ファミリードクター問診 年二回の検査・検診
・四ヶ月に一度の大病院泌尿器検診
・六ヶ月に一度の眼科、緑内障検診
・一年に一度の脳外科、MRI検診
・一年に一度の皮膚科、

旅行関係は
退職直後から10年間は、年六回の主に海外のミドルステイ地めぐりと、世界遺産の地めぐり
その後5年間は、年2回のハワイリピートステイと、その他インドシナ半島のディフープアジアめぐり4回、そして、66才、海外旅行卒業後は、原則、宿泊を伴う国内旅行は年に六回と決めています。

55才退職で来年後期高齢者となる75才まで、こんなペースでやってきた。

この20年間、大きな経済変動もなく、ややデフレ気味の社会情勢では、退職世代には恵まれてきていたと思われます。

そしてついに、来年誕生後月イコール、私が退職した月が来ると丸20年、ここから先のプラニングは正直ありません。
当初、40代はじめの頃作成した、人生のプラニングでは、その当時の平均年齢78才で逝く予定でしたが、現代の医療環境、現在の私個人を顧みると、いいところ、後6年、81才が妥当な線でしょう。

如何に、カミさんに迷惑をかけずに、苦しまず、迷惑をかけずに逝くかを夢見ています
カミさん(医療関係の元プロ)は本気です。
「自宅介護はない、君の、下の世話は絶対ない」 と云い切っています。
さて、どうなることやら。

このブログ記事は、同じ時代を生きる、同じ団塊世代おじさん(最近、おじさんではなく、本当にお爺さんかと思えていますが)と、次に続く、シニア世代の皆様への多少、上から目線のアドバイス&自虐ネタブログです。
とうぞ、お元気でお過ごし下さい、

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2022年10月15日

クラブツーリズムバスツアー事故で考えたこと

10月13日、事故を起こしたのはどんなツアーかと云うと、

『フルーツ&海鮮お持ち帰り!ふじあざみラインで行く!富士山五合目&駿河湾クルーズ』<ワクチン検査パッケージ適用ツアー/40名定員>
集合場所 武蔵浦和,さいたま新都心
旅行代金 12,900円
新都心(7:10発)--武蔵浦和(7:50発)--<ふじあさみライン(車窓)>
--富士山須走口五合目[自由散策/50分]【10:40頃】
--沼津[金目鯛の煮付け、桜海老御飯など伊豆の幸御膳の昼食/50分]【12:10頃】
--三津浜(富士山望む駿河湾クルーズ/乗船15〜20分]【13:40頃】
--三島わさび工場[工場見学・買物]--道の駅・ゲートウェイ函南[買い物/計30分]【14:30頃】
--武蔵浦和(17:40予定)--新都心(18:20予定)--大宮(18:30予定)

事故は富士山須走口五合目から沼津に下る途中の「須走IC」付近で起きた模様です。
当日、午後のクラブツーリズム社長とバス運行会社の記者会見を見ていて、ツアー主催会社の責任範囲について、昔、トルコで起きたHISのバス事故を思い出しています。

事故は06年10月、トルコの観光地、コンヤ近郊で発生。

バスがスリップして横転し、女性は足の指を切断する大けがを負った。女性を含む負傷者8人が主催者HISを提訴した。
この事故に被害者が、帰国しHISに補償の予備交渉を電話で行った時のHIS社長のコメントが当時、関係者の間で話題になりました。
HISの社長は、冒頭、「私どもも被害者であることを先に申し上げます」と云ったというのてす。
確かに、旅行契約的には、日本で募集して、トルコまで飛行機で連れて行ったのは日本の旅行会社HISです。
HISはそのお客様を、現地トルコの旅行主催会社へそのまま、「お渡しした」、「紹介した」、「丸投げした」した。
事故を起こしたバス運営個人会社とHISの間では何ら、契約も責任もない、訴えるなら、トルコの旅行会社、あるいはバス運行の個人を訴えろと、開き直った態度だったと云う話が当時の旅行仲間の間で広まりました。

2013年裁判所の判決は

トルコで2006年、日本人1人が死亡、23人が負傷した観光バス事故で、負傷した千葉県の40代の女性が、ツアーを企画した旅行会社エイチ・アイ・エス(HIS)に
約1700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が22日、東京地裁であった。
花村良一裁判長は「HISが安全確保義務に反したとは認められない」として同社の責任を否定し、請求を棄却した。
花村裁判長は、事故原因は「バス運転手の不注意」と認定。
HISのツアー内容を検討した結果、類似ツアーが他社でも長年行われ、バスにも不具合が認められないことなどから、HISに過失はなかったと判断した。


一般的に、大きな「旅行代理店」の看板のもとに、組まれたパッケージツアーについては、利用者は「使用航空会社とタイムテーブル・スケジュール」「現地での観光を含めたトランスポーテーション、いわゆるランド」についても安心してまかせていると思います。
しかし、このトルコでのHISの事故以来、私達海外旅行好きの間では、HISは「安かろう」「悪かろう」「無知な若者相手の会社」という認識が定着しました。
この事故以降、一般的な旅行好き、でも海外は個人旅行では不安なので多少高くつくけど、日本の過去に実績のある大手とか、現地に精通した専門店を頼るシニアが増加したのは事実です。

さて、クラブツーリズムはどうか?

記者会見で、この事故を受けて会社としてバスツアーの運行をどう考えているかの質問に。
事故を起こしたバス会社を利用したツァーは、この事故原因などはっきり解明するまで行いません。
その他のバスツァーはそのまま継続します。と回答していました。

確かに、クラブツーリズムは、10月17日に催行予定していた、埼玉発のこのツァー中止しているのは、ホームページ上で分かりました。
しかし、この記者会見で明らかになったのは・・・

これまでのバスツァー事故で以前から分かっていたのですが、ツァーバスの運行責任は、これまでのバス事故の凡例をみると法律的には依頼した旅行会社ではなく、バス運行会社にあるようです。
あくまで依頼した旅行会社は二次的責任、管理・監督程度のようです。
でも、TV画面でも分かるように、このバスの側面には大きく「クラブツーリズムのロゴ」がペイントされているのです。
外部から見たら、素人目にも、このバスはクラブツーリズムの所有、自社バスだと思うではありませんか?

クラブツーリズムってどんな会社
クラブツーリズムは元々、近畿日本ツーリストの国内向けブランド名でしたが、独立し別会社となっています。
単に旅行商品を販売するだけではなく、会員が行うクラブ活動を支援することで、組織化された会員による口コミも事業の成長に貢献する形となっている。
クラブとは会員同士の交流の場を指し、会員が知人や同じ興味を持つ別の会員と組織を作りミーティングを開いて旅行を企画・実施することや、会員が資格をとって添乗員として参加するようになり、退職世代を中心としたシニア層に支持を集めている。
そんな点から、クラブツーリズムバスツアーは、他社よりも若干高値の設定をしている、他社とは若者向けの「HIS」とか、シニア層に圧倒的な人気の「阪急交通社」などがあり、旅行と云えば、躊躇なくクラブツーリズムのホームペーシを開いてから、行き先を決めるシニアは多い。

クラブツーリズムのツアーに参加したことはありません。
退職してから参加した、写真などの倶楽部メンバーのなかに、私のような個人旅行がベストとする人間に対して、なんで?そんな面倒くさいことをするの?
ツァーのほうが、絶対に安いし、集合場所に参加するだけで後は座っているだけで、ちゃんと目的地まで連れてってくれるし、お昼の面倒みてくれるし、個人では行きにくい、交通手段が不便なところも、バスツアーなら簡単に行けるし、何で個人・自由旅行にそんなに拘るの?
と聞く現在はシニア層を中心とし、聞く人は多いです。

私が日帰りバスツアーに行かない理由は
■当日のお天気、雨が降っていても、嵐でも行かなくていけない、当日キャンセルは当然出来ない。日帰り、宿泊なしなら、お天気を見極めて、当日の朝でかければいいではないか?

■お天気とともに、花・紅葉がベスト、見頃は、団体ツアー申込み時点では、過去の統計
 からの「賭け・博打」になるしっかりとwebで見極めていくのが理想

後出しジャンケンかもしれませんが・・・
今回の事故を起こしたツアー
・富士山は冠雪はなく、当日は雨模様で見えなかったハズです。
・駿河湾フェリーはやはり三津浜までとは云え、外海の為催行したかどうか怪しい

■連れて行かれた昼食の場で、知らない人の並んで、まるで給食をたべるような食事は嫌だ
■滞在時間は自分で決め、もっと長くいたかったり、さっさと次の移動先に行きたいこともある
■同行の他人の遅れを、待つのは大嫌い
■旅と云うのは、出かける計画を自分で造りはじめる段階からはじまる。
 それを他人に任せるなんて勿体ない
■連れていって貰うという感覚が理解出来ない、いつの間にか現地に着く、
 それまでの時間・場所の流れがない
■個人旅行は時間的なロス、無駄が多いと云うが、待つのも、迷うのも旅の一つと捉えている
■個人路線バス、鉄道派は、自分の行った所を鮮明に覚えている。街角の風景、駅舎まで
 しっかりと覚えているが、ツァー客には記憶がないようだ
■小学生や幼稚園の遠足ではあるまいし、ツアコンの旗のもとぞろぞろ歩くのは
 みっともない。 参加者はみんな平気なのか、信じられない。
■海外でぞろぞろ一緒に歩く日本人の集団を外から眺めると、二度とツアーは御免だと
 思うようになる。

まことに、好きかってなシニアの毒舌かもしれません。
団体パックの信奉者、お許しください。
後期高齢者にとって、動けるうちに行きたいは分かります。
それなら、今、お金を使って、自由に動こうではありませんか。

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2022年10月13日

退職年金生活世代の一日、一週間、一ヶ月、一年、余生の過ごし方

定年退職後 70代シニア夫婦の一日の過ごし方
今では一般的に60才で一回目の定年で、退職金などを受け取り、再雇用という形で元に会社に籍をおき、退職時のおよそ65%のお給料で、今までとさして変わらぬ分野で同じぐらいの仕事量をこし・・・責任、ノルマはあるのかしりませんが、65才で退職・・・お役御免で会社とは縁が切れる・・・放りだされる・・・

55才で自己都合、計画退職した団塊おじさんにとっての現代の会社員の定年退職の過程、イメージはこんなものです。
が、かなり間違っているイメージ・可能性は大かもしれません。
2023年に60才第一次退職されるかたは1963年生まれ、大卒だ就職したのは1985年か86年、そっかバブルが始まろうとしていた時期入社組か・・・
自分の会社の部下新入社員の顔を思い出されます。
私の直属の部下のあいつだ・・・今はうわさでは、次期社長候補といわれているようでが・・・
65才で終活・断捨離の一環として盆・暮のお歳暮、お中元のご挨拶をやめ、70才で、年賀状の廃止をしてからというもの全く連絡もなく、噂も聞こえてきません。
海外旅行仲間からの絵葉書も届かなくなり、協力会社や職人さんからも、何の連絡もありません。最初の頃はセイセイしたと思っていましたが、74才、来年は後期高齢者という声を聞くと、ちょっとスッパリと切りすぎたかなという後悔はあります。
ある程度の細い、つながりは維持していたほうが良いのではと、今は少し思っています。

今の現役世代は、私たちの世代と違って、紙・ペーバーレベルの意識が希薄です。
確かに、ここ5年のスマホの発達で、当たり前に電子化され、カレンダーもスケジュール帳もなくなり、メールさえもラインの短いコメントに置き換わっています。
私のような、退職後webプログラム専門教育を受けたものだけが特殊でなく同じ世代でも、電話トークでなく、ラインによる文字・スタンプで実際に会っての会話、接触はどんどんと減っています。

今回のブログのテーマは、団塊世代74才、75才のシニアは実際にどんな生活をしているのか、これから65才で正式に定年後リタイヤライフに入り方々に少しでもお知らせす出来ればと思います。
但し、この数年の感染症と急激な物価高の影響で、私達団塊世代の定年後ライフと2020〜2023年に退職を迎えられた方とではかなり、状況は異なっていると思われます。

団塊世代おじさんの一日の過ごし方
起床は6時半
カミサンは5時〜5時半に起きています。
ゴミを指定の曜日に出して、玄関ホールの郵便受けの新聞をとって部屋に戻り、365日ほぼ変わらない、パン・野菜サラダ・卵料理・ヨーグルトの朝食二人分を造り、私が起きてくるまで一人、ゆっくりラジオを聞きながら、新聞を読んでいます。
カミサンが特別働き者ではなく、朝の自分だけの時間を大切にしたい、ゆっくりしたいだけで、私より1時間早く起きているのです。
ほぼ毎日、メニューが変わらない・・・卵が目玉焼きか、ゆで卵か、スクランブルか、具材入卵焼きかの違いと、サラダのドレッシングが和風か、ゴマダレかの違いで、45年続いています。
たまには違ったものを?。
口がさけてもそんなことはいえません。
返ってくる返事は決まっています。
「なら、君が作ったら」です。

私が朝食をたべ、新聞を読んでいる1時間の間、カミサンは洗濯機を回しています。
商売をやっていた私の実家と違って、サラリーマン家庭に育ったカミサンの実家の性格なのか、一度でも触れた下着は毎日洗濯します。
お風呂には毎日入ります。
毎日、掃除機、ハタキをかけて掃除し、マンション共用部でもお掃除し、窓ガラスも毎日拭いています。
私の実家とは大違い、私の目からみれば、ちょっと清潔・潔癖症てはないかと思うぐらいで、このことについても聞くと「君の実家が異常なの」と云います。
確かに我が実家はお風呂はなく、一週間に二三回の銭湯だったので、下着はお風呂に行った時だけしか着替えませんでした。

洗濯を終わるとカミサンは、シャワーを浴び、髪を洗い乾かしています。
9時15分には、女性だけのスポーツクラブ「カーブス」に行くためです。
「カーブス」の第一組20人のスタートは10時ですが、30分前に行って、同じグループ仲間のお友達とのおしゃべり、情報交換、お土産・野菜の物物交換タイムが楽しみででかけているようす。

私のその間のルーティンは

トイレ・洗面・歯磨きの後は、自室に入り毎日のルーティン作業です。
机に座りパソコンを開けて
・朝一番、食事前に測った体重計の記録
・血圧、脈拍、昨夜のトイレの回数の記録
・ホームページのアクセス数値の記録
・Twitter,Facebook,BBSの閲覧、チェツク
・メールの5本のアドレスのチェック
二年前まではこれらの自分のサイトだけでなく、担当していたNPOセンターののメール、アクセス状況もチェックしていました。
これが終わってから、2日に一度のブログ更新の為の作業準備に入ります。

カミサンがカーブスから帰ってくるのは11時15分です。
最近、ここ二年、NPOや外部市民団体の支援、ボランティアがなくなってからは、自宅で二人で昼食を済ますケースが増えています。
基本的には自分のものは自分で用意するが我が夫婦のルールです。
カミサンはカーブスのお友達仲間の間では、「お料理大嫌い婦人」として通っているのので、3日に一度はお昼のおすそ分け、沢山作ったのでという
理由で、何かしら・・・「煮物・サラダ・炊き込みこはん・お赤飯・ロールキャベツ」などなどいただいて帰ってきます。
無い時は、主婦の味方、冷凍食品があります、一食の単価は安く、カロリーもわかり、それなりに美味しくいただけるので、70題シニア夫婦には大変重宝しています。

12時には確実にお昼ごはんは済ませています。
この後、カミサンはリビングのロッキングチェアを伸ばして、ゆっくりと昼のワイドショーをみています。
私と云えば、夜間頻尿、寝不足の毎日ですから、お昼寝タイムです。
自分の部屋の窓のテーカン、ドアを閉めて暗くして寝ます。
私は、少しの明かり、光でも入ると寝れないタイプで、1時間しっかりと寝ます。
現役時代から程度は違いますが、多少、夜間頻尿、いびき無呼吸症候群でしたが今のように、朝起きた時寝不足で、既に疲れているうな状態ではありませんでした。
実は建設業界は朝が早いので、大型現場の場合、職員用に畳の仮眠室を工事開始前に作るのが当たり前でした。
私は、お昼を一般作業員よりも30分早く済ませ、毎日、仮眠室の畳の上で昼寝をするという、サラリーマン生活をしていたので、退職後もこのリズムで生活できているのが幸せに感じています。

午後13時に昼寝から起きてさて何をするか

ともかく、朝起きてから動いたのは自分の部屋とリビングの食卓の間だけ、あとは座り心地良い椅子に座ってのデスクワークです。
カロリーを気にし、血圧を気にし、糖尿はないものの、腎臓の値クレアチニンを気にしている74才ですから、外に出て歩かなくてはいけないのはカミさんにいわれなくてもわかって重々わかっています。
しかし、真夏の強い日差しのなかを歩く、それも何の目的もなく、ただ散歩として歩くのは苦手です。
「目的は自分の健康の為」と3才下の元医療関係者はいいますが、もう近所の隅々、裏通りから、駅向こうの商店街、此方側のショッピングモールまで嫌というほど歩いています。
当初一日1万歩の予定を建てましたが、最近、歩くことにじたいに興味がなくなってきています。
齢をとってきた証拠と自分でも思っています。
どうして、現在自分に課した歩数5000歩のノルマをクリアするには、近くの県立植物園に入ることにしています。
ここは、県立で昔はシニアは無料でしたが、150円かかります。私は何処も行く所がなくなった時の為に、保険として年間パスポート1,000円を持っていますので、月に一回けば元は取れるのですが、それ以上に、年間1,000円で行く場所があるという安心感があるのです。
10月に入ると、陽射しも和らぎ長距離、1万歩もそんなに苦にならず歩けるようになってきています。

歩かない時はなにをしているか
お天気がよくなかったり、疲れていたり、取り急ぎやらなくてはならない、処理すべき案件がある時は、勿論堂々と自宅の自室にいます。
でも、古希を過ぎてからは、今すぐ、今日中にやらなくてはならない案件、ノルマ、タスクはほとんどありません。
サポートしている市民団体の案件は、一団体に付き一案件としています。
新しいプログラムとか、デザイン、動画とかの依頼や修正、追加のメインです。
やろうとすれば、頑張ればいくらでも出来るのですが、半分ブランティアですし、一度に沢山頑張ると、暇になるのでやらないことにしています。
そして、午後のデスクワーク作業は5時にはやめます。
一日デスクに向かっていると足が浮腫み、夜間頻尿の原因にもなるのです。
早めに引き上げて、リビングのロッキグチェアに足を伸ばして、気になる本を6時まで読み、6時以降はテレビがお友達です。

テレビはテレ東が一番のお気に入りです。

特に路線バスを使った、旅バラエティものが大好きです。
太川・蝦子コンビ、田中・羽田Zコンビがバス旅の巡る地は、車免許のない私達の地方の個人旅行の旅と重なる部分とても多く、見慣れた駅前バスターミナルが頻繁に画面に映りますし、山陰・四国など食堂、喫茶にはいるとかなり高い確率で、このコンビの色紙にお目にかかります。

今回、田中・羽田Zコンビが失敗し、コンビ解散になったルート、谷川岳ロープウェイから銀山温泉のルートのほとんどは、私達も路線バス(但し一部高速バス)を使って経験したルートで知識がありました。
そして何よりも、銀山温泉の最終バス(大石田・尾花沢経由)の最終時刻まで頭に入っていました。
理由は、冬の銀山温泉の夜景を撮影したいと願っていましたが、銀山温泉の宿は高くて、私達貧乏シニアの上限を超えていたので、帰りの大石田駅へのバス時刻を調べ、ギリギリ遅く、夕刻になるまで待つてシャッターを切ろうと考えていたのです・・・・銀山温泉の帰りの最終便は18:21であることは知っており
田中・羽田Zコンビが目指した尾花沢待合所はその前17:54が最終でした。
次のテレ東の路線バスの旅を期待しています。

一日の終わりは・・・
私達夫婦は結婚していらい、同じ部屋で寝たことは一度もありません。
お互いに、自分寝床、ベットで一人でないと寝れないタイプなのです。
ですから、9時過ぎ二人で共通して見れるTV番組がある時以外、9時からはお互いの部屋に戻ります。
当然ながら、マンション生活で各自の部屋には、TV、電話、ネット回線、Wifiが飛んでいますので、十分に一人で過ごせます。
こんな話しを姪っ子に話すと、「だから子供ができないのだ」と云いますが・・・
これが、74才、71才、かってに早期退職した20年後の現在の一日の日常生活です。
何の面白味もない、特別なこともない平凡な団塊シニアの普通の生活です。

参考程度に次回は一週間、一ヶ月、一年の退職シニアのスケジュールを簡単に差し障り無い範囲でご紹介します。

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