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2022年08月30日

個人の退職後の人生プランは時代に翻弄される


感染症パンデミックとロシアの暴挙で狂わされる退職後
コロナ禍とロシアのウクライナ侵攻で、現役時代から着々と計画・準備して退職後の生き方、過ごし方プランが宙に浮き、いつ実行に移せるのか迷い、悩んでいるこのホーム・ページにたどり着いた、65才前後のご同輩が多いのではないかと、推測しています。

私達、団塊世代は60才定年最後の最後の世代です、私達の後から、「生涯現役」とおだてられ、60才で一旦退職した後、65才まで再雇用という形での低賃金、中途半端な職務を課せられ、簡単に「はい、長い間ご苦労さまでした」と同年輩あるいは若い後輩から放り出された世代です。
団塊世代といえば、世間一般の見方は、日本の戦後の高度成長期を担い、バブル経済期をうまく乗り切った、比較的恵まれた社会層というイメージがあります。

団塊世代は、退職後の海外ロングステイブームの主役でした
すこし上の現在80才~85才ぐらいになる世代が火付け役となった、南スペインへの「シルバーコロンビア計画」から始まり、当初は、白人先進国のビーチリゾートのハワイ、カナダ、オーストラリア等から、私達団塊世代の間では、公的年金でも楽に生活できるともてはやされた、バリ島、マレーシア、タイ、台湾へと、定年後の夢の生活を求めて旅立っていきました。

確かに、60才から65才の団塊世代の平均的な退職金・公的年金からすれば、ハワイなどの先進国リゾート地などは無理でも、他のアジアでは、少し無理すれば可能な
状態でした。
その当時私が退職して、海外にでた当時のドル相場は、日本の銀行窓口現金・手数料込で1ドル115円程度、それから10年間毎年、2回のハワイでは100円を下回る程度で海外旅行を卒業した2014年あたりから徐々に対ドル価値は下がり続けているようです。


2003年、退職して最初に向かったのは、インドネシアバリ島に三週間、次がハワイ・ホノルルに9日間でした。
何れも旅行会社手配のホテル&格安航空券バックでした。
バリ島の場合、7日間パックを現地で離脱してのケースです。
ハワイの場合、格安旅行会社、例の潰れた「テルミークラブ」でした。
航空会社は未定、宿泊先は「アンバサダー」支払い価格は一人78,000円。当時、今のようなオイルサーチャージは存在しませんでした。
航空会社、10日前に連絡があり、台湾の「中華航空」でした。

格安航空券の仕組みは
航空会社は、まず団体用航空券を販売します。
これはブロック売りといって、年間座席数を指定するものです。
航空会社からの卸価格は、旅行会社の実績で決まります。
格安航空券は、一枚では利益は少ないですが、大量販売すれば航空会社から割戻金がもらえる仕組みです。
まとまれば非常に大きな金額となります。目標達成すれば航空会社にも自社の実績も上がりますが、販売未達の場合は利益が出ないことになります。
旅行会社も必死で企画旅行に注力します。
最終的に10日前まで自社で販売できなくなった座席は、航空会社に返却しなければならないのですが、するとバツクマージンが極端に少なくなります。
この時期を狙って、格安航空券でツアーを組む旅行会社が価格折衝して仕入れることになります。ですから、10日前までは、航空会社未定となります。


※蛇足
2017年に倒産した「テルミークラブ」は上記の商法で「ハワイ格安旅行」の大手となりあがっていきました。
なぜ、やっていけなくなったのか?
格安航空券が手に入らなくなったなったのが一番の原因です。
世の中、IT時代となり、先ず航空会社が直接、個人ユーザーににネット販売をはじめたこと。
そして、旅行企画会社もITを駆使して、旅行客のデータを積み重ね、返却ロスを失くす努力が功をそくしたこと。
もう一つはテルミークラブはこれまで「ハワイ専門店」だったものが、世界ツアーを目指し、事業拡張しすぎたことでした。
づっと長い間、テルミークラブのホーム・ページをみつづけていて、ある時期から、ハワイのページのアクセスが出来なくなりました。
「これは、おかしい、何かあるな」と思って時から半年後に「テルミークラブ」は募集を続けながら倒産し、テルミークラブでハワイにいたお客さんは、泊まっていたホテルから、宿泊料を要求され、帰りの航空券を自腹、個人価格で支払うハメになったのです。

団塊世代の真ん中が65才で退職したのは2011年、ドル安ピーク前年です。

私達二人の9日間の夫婦二人のハワイ滞在は、楽勝250,000万円で納まった時代でした。
特別何処へいくでもなく、基本の朝の散歩はワイキキ西の「アンバサダー」からアラワイ運河沿いを歩き、途中の「ABCストアー」でコーヒーとサンドイッチと果物を買いカピオラニ公園のベンチで朝食を食べ、ホテルに戻り2日に一度は市バスに乗って、郊外に行き、夕方はワイキキの海岸から夕日を眺め、スーパーで夜の食材を買ってフルキッチン付のお部屋で簡単に調理して、日系のテレビを見ながらやすみにつく、そんな毎日ですが、楽しかった。

予算的にも、この当時サーシャージなるものはなく、ドル安のピークですから、自宅から成田空港まての交通費を入れても7泊9日で予算の25万に納まっていました。
この頃、多くの団塊世代の仲間が、ペナン・チェンマイ・台中などに、数週間単位で暮らすように旅していますした。
予算はハワイよりもかなり安く上がっていたと思いわれます。

2019年の感染症と2022年のロシアの侵攻による混乱


最近の新聞紙上に掲載された、航空機燃料加算を見てびっくりしました。

JALは国際線旅客が航空券購入時に支払う燃油特別付加運賃(燃油サーチャージ)について、2022年10-11月発券分で大幅に引き上げることを発表しました。
4月頃から急騰を始めた燃油サーチャージは、さらなる高値圏に突入します。
燃油サーチャージは、燃油市況価格の直近2か月間の平均に基づき算定されます。
JALによりますと、10-11月発券分では、基準となるシンガポールケロシンの直近2ヶ月の市況価格が151.56米ドルで、同期間の為替平均が135.18円。
これを乗じた1バレルあたりの金額は20,488円となり、基準価格が初めて20,000円台を突破しました。
これにより、JALでは10月1日発券分から燃油サーチャージの価格を引き上げます。ひとり1区間片道あたりの燃油サーチャージは、日本から北米・欧州・オセアニアなどが57,200円に、ハワイ・インドなどが37,400円に、タイ・シンガポールなどが29,800円になります。
これは片道の金額なので、往復で北米・欧州・オセアニアなどが114,400円に、インド・ハワイなどが74,800円に、タイ・シンガポールなどが59,600円となります。
アメリカやヨーロッパへのサーチャージ往復金額が、ついに10万円を突破し、11万円台となりました。
タイへの往復ですら6万円近くになります。
格安航空券の本体価格かと見まがうような金額が、サーチャージだけでかかるようになりました。



私達が当たり前に、ワイキキ7泊9日のホテル&航空機が79,000円は無理にしても、120,000くらいなら許せるかなと思っていたのに、来月9月のワイキキはサーチャージ分だけで61,000円かかります。
私が退職後10年通い続けていた、パジェットホテル「アンバサダー」は中華資本にわたり、コロナの影響で閉鎖されています。
そして、現在の時点では日本への帰国72時間前に自前のPCR検査が必要のようで、ワイキキで陰性証明を発行してもらうと最低160ドルかかります。
この時期に、ハワイに行けるのは、大金持ちの芸能人でしょうが、団塊世代、年金生活で唯一年に一度、二度の楽しみのレベルの人間からしてみたら、一人20,000二人で40,000は、キツイ、痛い出費です。
参考 日本帰国用ワイキキPCR検査

ここ数年で65才、満期退職された方々は、私達団塊世代と同じく、退職した一年目は「気力・体力・好奇心・そして幾らかの余裕資金」があるうちに、夫婦二人で旅にでようと
計画されいた方も多いと思います。それが、感染症で全てダメになり、今回のロシアのウクライナへの侵略・暴挙で、世界の燃料資源の高騰によるインフレとドル高です。
全くの想定外の自体に陥っているのです。
色々と退職後に備えて、考え、準備してきた、自分は何も悪くない。
そう、全てそういう時代に巡り合わせたと、達観するしかないてのです。
団塊世代の私達にこう云いたいのは解っています。

「あなた方、団塊世代はついていた、子供の頃から競争・競争の世界と云いつつも、大企業に入り、バブル期で高給に恵まれ、年功序列賃金体系に守られ、60才で定年退職して、優雅な海外ロングステイを楽しみ、いよいよ後期高齢者とよばれる年齢に入っていく、後輩の私達が後期高齢者となる頃、もうあなた方、団塊世代の年寄りだらけで、ろくに医療も介護も受けられない時代になっていることでしょう」と。



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2022年08月28日

貸金庫に閉じ込められた、電子キーが見当たらない

自宅から最寄り駅までの道がだんだん遠くなる
このところの猛暑と夜間頻尿のせいだと思うが、朝起きても体の目覚めが極端に鈍く、遅くなり、体調も意識も完全、パーフェクトになるまで1時間かかる、ですから、旅行などで予定の電車に乗る時間の少なくても2時間前に起床しなくはなりません。
自宅から最寄駅まで、不動産屋の広告では徒歩9分と表示されていました。
その道はほんの少し傾斜のある坂道上りなのですが、以前は全く坂道であることを意識していませんでした。
そして、自宅から最寄り駅まで歩く時間は、退職して鎌倉に越してきた当時は、乗る電車予定時刻の10分前に家をでても十分に間に合っていたのが、今では、20分前に自宅をでるようにしています。
退職した55才の時、駅まで前を歩く人を追い越すのは当たり前だったのが、今では若い女の子に追い越されるのが当たり前、追い越されたのを再び追い越すには、かなり、自分自身に気合を入れなくては、追い越せない自分に”苛ついている自分”を感じています。
このところ、同じ団塊世代の仲間が「後期高齢者」の仲間入りしているなか、48年組の私まだ仲間入りには一年あると思っていましたが、確実に「老化年齢」を意識せざるを得なくなってなってきています。

指差し・振り返り・確認
先々週、スーパーで二度目の「財布落とし事件」を経験してからと云うもの、カミさんから、何度も「指差し・振り返り・確認」を言い渡されました。
子供でもあるまいし、「元スーパーゼネコン建設現場監督代理人」そんなことは解っている。
でも確かに注意力は落ちているのだろう、と自分自身では自覚しています。
毎月、我が家では月末、に銀行へ行って、翌月分の生活費を自分自身の口座から引き出し、公共料金の振込をし、偶数月の今月は、自分とカミさんの公的年金の記帳をするようにしています。
現役時代と同じように、自分たちの生活費は予算とおりに遂行するようにしてますが、特に年金を宛にしていないので、毎月24日に銀行に行きます。
本来なら25日なのでしょうが、銀行が混むのを避けて、25日前の自分の都合の良い日にいくことにしています。

まずは貸金庫のある、リテール「りそな銀行」へ

貸金庫を借りるほどの現金・資産も書類もないのですが、退職直後はひんぱんに海外いくことが多く、自宅を数週間空けますのて、安全を期して銀行の貸金庫を借りました。20年当時、年に12,000円で、保険代わりとして使ってきました。
今年の年間費用は15,000円です。
全てのキャッシャカード、預金通帳、印鑑証明、実印、保険証書、不動産登記、遺言状まで預けています。
しかし、それほど海外に長期間行かなくなり、日本の自宅にいる機会が圧倒的に多くなり、そして外出が面倒なお年頃になると、銀行の営業時間外に使えないのがかなり面倒になってきており、来年あたりどうしようかと、思案している最中でした。

銀行貸金庫閉じ込められ事件
 
 
貸金庫を利用するには、4つのゲートがあります。
いつものように、カミさん名義の貸金庫カードを持って、貸金庫入り口でカードを入れると、貸金庫の前室のドアが解除されます。
次に本番の金庫室の入り口で、もう一度貸金庫カードを挿入すると、暗証番号が求められ、クリアすると、テンポラリー電子キーが現れ、それを受け取ると初めて、金庫室に入れます。

金庫室には幾つかのボックスがあります。
数百の各々のボツクスには番号がふられていますが、今現在手にしている貸金庫カードにも、さっき受け取ったテンポラリー電子キーの何れにもこの金庫番号は目にすることは出来ません。
自分で保管していた、鍵とテンポラリー電子キーと記憶している自分の貸金庫番号が一致しないと、金庫内ボックスは取り出せない仕組みになっているのです。
 


ボックス内から必要なものを取り出して
年間15,000円ですと、このようなボックスが一つだけです。
このボックスを一旦、鍵付き個室に持ち込んで、今日必要な、年金が振り込まれている銀行の通帳、カード、公共料金振込の通帳、その他クレジット関係銀行通帳などを取り出し、一旦ボックスに収め、鍵とテンポラリー電子キーで施錠し、金庫室を出る際に、発行されたテンポラリー電子キーを所定のマシンに差し込み、返却すると金庫室のメインドアは施錠は解除され、金庫室全室の出る時はなにもしないで出れるという仕組みです。

テンポラリー電子キーがみあたらない

全て外部の銀行での必要な記帳確認、振込を済ませて、再び貸金庫の「りそな」に戻り、慣れた手つきで貸金個室に入り、ボックスを取り出し、個室内で持ちだした物をボックスに収納し、さて次はセイユーによって、カミさんリクエストの「井村屋のあずきバー」を買ってかうろうかと、個人収納ボックスを自分の貸金庫ボックスに入れ、施錠して金庫室から退出しようかと、自分のナンバーの貸金庫ボックスを開けようと、リアルキーを取り出し、テンポラリー電子キーを差し込もうと探したのですが、何処にもテンポラリー電子キーが見つからないのです。

再び、作業していた個室にもどり、何処かに落としていないか探しましたが、見当たりません。
持ち込んだ、自分のブリーフケースのなかを調べてもない、ズボンのボケットを何度も探してもない、金庫室の床を這いずり回ってもない、、涼しい空調の効いた金庫室なのに不快な汗が流れてきました。
今、持っている収納ボツクスを元に戻せない、
このままの状態だと、この金庫室からでれない
まだ、オシッコは持ちそうだけど、もし粗相したら。
誰か、入ってきたら、訳を話してとりあえず、このボックス共々、外に出るか?

思案しましたが、個室内の内線電話でヘルプを申し出ました。
電話にでた女性は、どうもこちらの様子を理解できないようで、とりあえずマスター電子キーを持っていきますということで、いらっしゃいました。
まずは、銀行さんですから、貸金庫の名義人(カミさん)、住所、名前、私との関係、私の口座番号などをチェツクして、この貸金庫契約者本人と身分証明書確認し、二人で一緒に探しました。

説明すると、たしかに現在貸金庫は閉まっており、私は中身を持っているので、失くなったテンポラリー電子キーは、確実にこの金庫室内にあるはず・・・
なのにない、何処か、この金庫室ら異次元のスポットでもあるのか?・・・
30分探しましたが見つからないので、今日のところは、とりあえず今持っている個人用ボツクスは、マスターキーで解錠し、個人用ボツクスを収納し、ご自宅に戻って
見つかったらご連絡下さい。との段取りになりました。

あったこんなところに!
マスター電子キーと、私が持っているリアルキーで無事私の番号の金庫スペースは開きました。
そして、私の個人用ボツクスを入れようと持ち上げた時、そのボックスの下に張り付いているではありませんか?
あれほど、這いつくばって探していた、電子キーはなぜか、磁力なのか、このような空気条件、湿度なのか、見事にペタッと、裏に張り付いていたのです。
行員の女性と私は、できれば抱き合って喜びを爆発させたいところですが、良かった、良かったで、無事に金庫室から脱出致しました。
そして不思議なもので、金庫室をでた途端、いままで忘れていた尿意がもよおし、向かいにあるパチンコ屋さんに飛び込んだのです。

エピローグ
帰宅するとカミさんは「どうしたの、遅かったわね、何かあったの」と案の定聞いてきます。
素直に話すと、こんなこと以前に、銀行へ行くのが嫌いですし、電子キーとテンキー嫌いのカミさんはますます、銀行にいかなくなるのでずか、面白、可笑しく遅くなった理由を説明しました。

するとカミさんは、来年、あなたが75才後期高齢者になったら、貸金庫を解約しましょう。
元々、長期間の海外生活に備えての貸金庫であったし、海外用の現金の為の金庫だったけど、今は月一の国内旅行程度だから、自宅に小さな耐火金庫ひとつのほうがお互いに何かあった時、いちいち貸金庫に取りにいかなくても済むのだから、来年契約解除しましょ。
そうそう、鎌倉に新しく鰻屋さんが出来たので、お友達とお食事に行くので、解約する15,000の半分、お小遣いにするわ。です。

女性は強い、長生きする訳だ

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2022年08月26日

シニア世代の住み替え 今後の幸せと安心を考慮して

人生100年時代と呼ばれるようになり、夫婦二人だけの核家族化が進み、自分たちの健康や介護、財政を考えて住み替えを考えるシニア世帯が
私の周りにも急速に増加しています。

シニアの住み替えの理由は
一位 自分の高齢化による将来の不安
二位 子供や孫と同居或いは近居
三位 バリアフリーの設備が整った住まいへの住み替え
四位 住まいの老朽化、利便性の高いエリアへま住み替え

住み替えケースで多いのが
1,夫がなくなって郊外の戸建て住宅から新築マンションへの住み替え
このケースは10数年前まで一番多く、一般的でしたが、2022現在ではよほどの条件が揃わないと成立しません。
15年ほど前、戸建住宅の宅地の値段は安定しており、反面、新築マンションの建設費は今ほど高くなく、条件のよい戸建て住宅売却金額で新築マンションを現金で購入しても、まだ手元に十分な老後資金が残りるような社会状況でた。
現在では、当時の反対の状況です。
かなり条件の良い戸建て住宅でも買い手がつかず、反面、駅近のマンションの高騰が続き、中古戸建ての価格は下がる一方で、当時のような夫が亡くなり、一人で戸建ての庭や近所付き合いが出来ないから、新しく、コンパクトで住みやすいマンションへの引っ越しは難しい状況です。

2,戸建てを売却して、中古マンションへの住み替え
勿論、現在の住まいの状況にもよりますでしょうが、私達団塊世代と考えると、戸建ての上物はマイナス評価、(取り壊し・搬出・処分費)が発生し
、評価はその土地だけとなりるのは確実です。
5LDK120平米の間取りから、半分の60平米の築10年以内の2LDK、最寄り駅まで徒歩10~15分で、東京都内あるいは私の住む湘南では中古でも
2,500~2,800万はしますから、よほど条件の良い戸建てでないと、マイナスになります。
そこに、引っ越し費用、新たな家具・家電、そして売却・購入手数料が発生するので、資金的にはマイナス500万程度は予測しなくてはなりません。
そして、重要なのは、マンションの場合、戸建てと違って「毎月定額の管理費、修繕積立」が発生するということです。
現在、築18年の私共同住宅(5階建て、52戸、専有面積81平米)の管理費は、町内会費・ネット接続・修繕積立費を含んで月に55,000円です。
 
3,戸建てを売却し、公団の「サービス付高齢者向け住宅」へ
賃貸の場合、戸建ての売却代金はほとんど残ります。
かかるのは、引っ越し費用とサ高住の入居一時金(民間の場合のみ、公団はかからないと思います)
公団と云えば、家賃は安いと思われがちですが、実際に家賃が10万以下のような公団は、最寄り駅からバスで20分以上かかるケースが多く、建物も5階建て、エレベーターなし、内部も畳部屋が中心です、さすがに窓枠などはスチールからアルミに変わっていますが、防音や断熱性は悪いと覚悟したほうがいいでしょう。
そして、ソービス付高齢者向け住宅のサービス、見守りとはなにかを確認しておく必要があります。
ほとんどのサ高住の見守りは、人とよるものではなく、室内に取り付けられたNTT回線の緊急ボタンによるものとの報告かあり、月に3~5千円ほどの費用と呼び出しの都度、1,000円ほどの費用が発生し、ある認知症状のあるお年寄りは月に数万の請求があったと、介護専門家の話ありました。公団の場合、数年毎の契約更新はないと聞いており(不確実情報、一度確認が必要)、独身高齢者の受け入れか難しい民間住宅よりも安心かもしれません。

4,戸建てを売却し、一般民間賃貸マンションへ
一般民間マンションの家賃・共益費の相場、部屋の広さと利便性で決まります。
我が家の周りは、私がここに越してきてから、小綺麗な二階建てのアパート、多くはセキスイハウスなどの見た目も、内部仕様も新しいものが林立しています。
ほとんどは、土地のオーナーが税金・相続税対策で建てたものです。
きっとこれらに入居するのは、若い新婚世帯、子供のいない働きざかりのカップルで2回ほどの契約更新の後、出ていき、自分たちの戸建て・マンションを購入する典型的な例と思っていました。私達がそうであったように。
しかし、ここ10年ほど、公園を囲むように建っている「新築・小綺麗・メゾネットタイプ」のアパートの住人は、私達と同じ世代のご夫婦や、一人暮しらしい御婦人の姿が半分以上みかけられます。
40平米超、公園の眼の前、南向き、5線利用のターミナル駅から徒歩9分(最近のわたしは12分ですが)、家賃はどのくらいするのでしょうか?
おそらくですが、共益費費込で14~15万はするはずです。
どうみても、私と同じ世代、年金は全て家賃に消えているのでは無いかと、推測しますが・・・なにか他の収入や、老後の過ごし方、人生を考えているのでしょう。
或いは、キチンと計算された「老後余裕資金計画」お持ちなのか

5,都心の賃貸マンションから、郊外・田舎の中古戸建てへ
私のこれまでの人生のなかの思考には全くなかったのですが、もしかすると、ずっと賃貸で暮らしてきて、定年後、終の棲家として「田舎暮らし」とまでは行きませんが、子どもたちも巣立っていき、夫婦二人でこれから過ごす家、環境、人生を選ぶというのも有りだなと、最近考えるようになってます。
だって、元々、老後は物価の安い、年金だけで暮らしていける、海外ロングステイは目指してたのですから、海外が国内に代わっただけの話最初から、現役時代は自分の住む家は決めず、賃貸で過ごし、職場に近い、交通、公共施設、買い物に便利なところで暮らし、定年退職後は、生き方にあった場所にに移住する、そんな暮らし方は当たり前にあっても良かったのではないかと、今になって考えています。
私達の子供世代、30代から40代後半で、なんで8,000万もするマンションを、35年ローンを組んで購入するのか?、退職金なんて宛にならない世の中、最後はバブル勝ち逃げ派の親の援助、あるいは遺産を期待しているのかも。

私は来年、自分の住む共同住宅の理事がまわってきます。
53戸世帯で理事は4名ですから、12年に一度はまわってくる計算でここに住み、二回目の理事です。
カミさんは、「後12年は生きていて、私は絶対に理事なんてやりたくない、やれないから。」と言います。
今から12年後、暗算をするまでもなく、86才。ほぼ99.9%、この世に存在していません。
「ヨロシク」

今回のフログ記事を記述している時、度々、頭に浮かんできたのは、横浜の自宅マンションを売却した時の購入者です。
私は当時54才、バリバリの現役、建設エンジニア、購入者は40才の独身のJR東日本の鉄道マンです。
私はその退職直前の最後の仕事は、JR新橋と品川駅間の地下トンネルの空気と水位監視のコンピューター制御プログラムの更新とハードの交換をしていました。
日中互いに連絡を取れる場所として地下深くある工事事務所の電話番号を伝えました。
お互いの連絡はNTTの回線ではなく、「鉄電」とばれるJR専用回線の番号を伝えたことにより、一気に距離がつまり、売り主と買い主の関係ではなく、一気に同業者感覚になりました。
やがて、ざっくばらんに、現在の売出物件の話になりました。

彼が気にしていたのは
1,このマンションの建設時期
2,このマンションの売出し価格
3,このマンションの売りに出す理由 でした。

1,このマンションの建設時期について
かれの専門は建築ではなく、運行管理部署の機器メンテですが、建設時期を一番考えていました。
理由は耐震基準の変更前か、後かということです。
「耐震基準」とは、地震に耐える力。
昭和56年(1981年)5月31日までの建築確認において適用されていた基準が「旧耐震基準」と呼ばれ、翌日の昭和56年(1981年)6月1日から適用されている基準が「新耐震基準」と呼ばれています。
私がこのマンションを購入したのは、私が35才の時ですから、昭和58年1983の年、竣工引き渡し、建設に取り掛かる以前設計段階では、この規模の大規模開発そして、一流設計事務所(久米設計)とゼネコンとしては少しランクは下がりますが、「熊谷組」ですから、一応信用していいでしょう。
この40才の鉄道マンは、鹿児島出身で現在独身、定年後鹿児島に帰る予定で、築年数40年という数字をきにしていました。
彼は購入当時40才、購入しようとしている物件は築20年、その頃のJRの退職年齢基準は60才とぴったりなのです。

2,このマンションの売出し価格について
彼はざっくばらんに、言いました。
「売出し価格がこの駅前マンションからすると、安い。買う立場からするとありがたいが、裏を考えてしまう」
「仲介する不動産屋にきいたら、直接、聞いてみたら」といわれたと言うのです。
私は答えました。
一番大きな理由は、私の隣の部屋が「競売で売りに出されていたこと」
同じ棟で競売物件があると、その値段に引っ張られる、この駅前マンションはバブル期に投機対象になり一時期8,000万までいったが、その後バブル崩壊で投げ売りが続出し、今が底値だと思っています。

3,このマンションの売りに出す理由は
前々から早期リタイヤ、海外ロングステイを考えており、予定の資金‎に到達したら実行する予定で進んできました。
既に鎌倉に新築5階建ての共同住宅を購入済みですから、このマンションと鎌倉と2つの物件の固定資産税、管理費をを払い続けるのは嫌ですから私の考える売出し価格から100万の値引きなら、OKと仲介不動産には云ってあります。

このJR鉄道マン、物件内覧の2日後に購入を決定しました。
私と云えば、売りにだして四日目でした。
その後数年、買い主の鉄道マンとは互いに連絡をとっています。
そろそろ、あのマンションは40年になります。
どうやら、日本のコンクリート建築の寿命を40年と考える人が多いようで、ネット上でも40年建て替えが取り上げせれています。
築40年超と云う枕ことばには「老朽マンション」という言葉続いています。
最近の新聞紙上には、私達が良く知っている高層ビルの解体・建て替えが話題になっています。
自分がよく知ってあのビルが建て替え・・・ですか?
オフィスビルなら仕方ないけど、一般の高層マンションで40年超を理由に建て替えするって、出来るの?
このブロクを書くに当たって、現代の建て替えに関する記述、法律を調べてみました。

マンション建替え円滑法とは
マンションを建替えるとき、建替えを計画するときに関係する法律です。
1992年4月1日に施行されました。
従来の法制では、区分所有者の全員の賛同が必要で、高齢化、或いは所有者の確認が難しい、新たな財政的問題などでマンションの建て替えは大変難しかったのですが、以下のように簡素化して、建て替えを法制面から支援、推進しています。

概要
1,建て替えるための団体「マンション建替え組合」の設立は区分所有者3/4以上の賛成で設立できる。

2,建て替え後の区分所有権の変更には組合員の4/5以上の賛成か必要

3,組合はマンションの建替えに賛成しない区分所有者の区分所有権などを買い取ることができる。またマンションの建替えに賛成しない区分所有者は組合に区分所有権などの買い取りを請求することがでる。前者を「売渡し請求」、後者を「買取り請求」と言う。

4,マンションの建替えをするときは、区分所有者それぞれの区分所有権などを建替えた後のマンションに移行することになるため、本来は、
非常に複雑で数多くの登記をする必要があります。マンション建替え円滑化法では、組合は建替えに必要な登記を一括して行うことができるとされており、
登記に関する煩雑さを避けることができる。

5,火災や地震などへの安全性が十分でない、または住宅として著しく不適当なマンションには、市町村長がマンションを建替えるよう勧告することができる。

なるほど、昔は、区分所有者が一人でもいると、建て替えが出来なかったけど、今はかなりハードルが低くなったんだ。
とは云っても、今更、建て替えはおろか、引っ越しのバワーも残っていません。
次の住まいは、介護老人ホームかと思っていましたが、ここ最近、介護施設サポートで専門家と話す機会が多く、如何に日本の高齢者の置かれている住まいと介護の環境について、まさにこれからお世話になろうとして私達団塊世代は無知なのか、改めてしりました。
いつか、このことについて書かねばと思っているのですが、問題が多く、深く、そう簡単に、コラム風にかけずに悩んでいます。


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2022年08月24日

プチインフレと年金シニアのお財布事情

貧乏年金シニアライフ事情
毎日の夕方のテレビニュースのなかの15分間特集では、各局の特徴がみえます。
日テレ系は放送時間帯を考えてか、毎日、食べ物のお話が多い。
テレ朝系、TBS系は、今流行の話題を、見ている主婦層向けに扱う番組が多く、フジテレビ系は局の体質とは違って(昔はエンターテイメントの局だったが)、やや軽めの社会問題を扱うことが多い、これは各局が抱えている制作会社のお得意分野が関係しているかもしれません。
フジテレビ系は日曜日2時から「ノンフィクション」という社会報道番組をやっていて、毎週、日曜日の午後のこの時間はできるだけ外出は避けてみるようにしています。

雑談 日中の外出をひかえる・・・で思い出すのは
男の日傘は当たり前

昔、頻繁にアジア、特にタイに遊びにいっていた頃、地元の女の子が「今日はお天気がよくて、お出かけ日和だわ」と言います。
空を見上げると、昨日のようなカラッと晴れた青空ではなく、一面の曇り空、雨が降りそうな風も吹いています。
片言、覚えたてのタイ語で「Thảmị」”タマイ”(どうして、なぜ)と聞くと、「暑くなく、過ごしやすいし、私の生まれた東北地方では雨が降りそうなこんな日が一番良い日というの」と片言の日本語で教えてくれました。
確かに、若い頃は夏の強烈な陽射しが当たり前で全然気にしなくなかったのに、今やこの陽射しが脅威に感じ、男用の日傘が手放せません。
物事には色々側面があり、見方・立ち位置を変えると別の意味にもなるのだと、感心したことを思い出しました

今回のブログテーマは自虐ネタ、年金シニア貧乏物語です。

ノンフィクション番組で取り上げられているのは最近は「介護に関する問題」「認知症に関する問題」「貧困に関する問題」が多いです。
介護・認知症に関する問題は、私は現在サポートしている施設に直接関係する問題なので、これから何度かこのブログで書いていくことになります。
「貧困に関する問題」で多く取り上げられるのは2つのケース

・シングルマザーとその子どもたち
・アパートに暮らす低年金、高齢者男性

いずれも、ここ数年の感染症まん延の影響を受けて、収入が減り、本当にその日のお昼、10円、20円の心配をする生活が続くという映像を見た記憶があります。
そこにたどり着く前に、何らかの対応が出来なかったのか?
私達の世代の感覚だと、自助努力という言葉が先に思いついてしまいます。
統一教会的発想だと・・・自分の生き方、考え方、行動になにか過ちがあったのではないか?
でも、過去の行動・生き方は、今更修正は出来ません。
現状、現況に自ら対応するしかないと、考えるのが人生そろそろ先が見えはじめた、団塊世代の行き方なのですが。

何を云いたいのか・・・?

本日、日曜日の午前、お天気は良く・・・タイの女の子発想です、昨日のようなうだる暑さも、焼き付くような日差しもなく、幾らか涼し気な微風が吹いています。
絶好の私のお役目、重たいもの、嵩張るものお買い物の役目の日です。
今日の買い物は「セイユー」でお米2K、前回の無洗米はカミさんの評判は悪いので、かなり高めの「新潟産こしひかり」と私個人の買い物、仲通り商店街の格安ドラッグストアーで「シェービングクリーム2本セット」と「歯槽膿漏に効果が期待される歯磨き」そして、最後に、今日の二人のお昼として「はなまるうどん」のテイクアウト「てんぷら二種」を2つを頼まれました。

そして渡されたのは、お買い物用のバックと、鎖付のお財布、なかに千円札が3枚です。
先々週の日曜日、セイユーのセルフレジにお財布を忘れてから、カミさんのお使いには、自分の財布は待たずに、「初めてのお使い」の子供のように鎖付き巾着とマイバックです。

カミさんは毎日、午後夕方、駅向こうの湘南のアメ横とも呼ばれている、戦後闇市からの歴史がある、庶民的な商店街に出かけていきます。
今日、私に渡した鎖付き巾着のマイバック。中身は2,000円入っています。
もう何十年も一緒に暮らしていますが、カミさんはその日の食べ物は、その日に買い、調理し、食べるという信念があるようで、毎日買い物にいきます。
ですから、我が家の冷蔵庫は入っているのはヨーグルトとほんの少しの野菜と果物と後は冷凍食品だけで、ガラガラです。
もし万が一テレ東の「家、ついてっていいですか」が来ても、新宿のモデルルームのようにものが殆ど置いてないシンプルな部屋と、冷蔵庫の中身にきっとびっくりすることでしょう。

我が家の家計費と個人使用分は別会計
この日の3,000円のうち、「シェービングクリーム」と「歯磨き」は私、個人のものですから、二人の生活費からてはなく、私個人の会計です。
いつか、誰かがこの我が家のお金のシステムに疑問の声をなげかけましたが、私達二人の間では当然です。
カミさんの美容に関する化粧品その他、美容院代だって、カミさん個人のもの、二人の一ヶ月の生活費から除外すべてきで、当然私のひげそり用品は私の毎月の小遣いからの出費です。
但し、洗濯石鹸やら洗面所用品は二人の家計費からは当然です。
つまり、この日のお買い物代は2,000円+私の「シェービングクリーム」と「歯磨き」となります。

本日のお買い物順序、ルートは
先ず、商店街で一番安いドラッグストアーで上記の二品を買いました。おおよそ850円ですが、消費税をいれると1,000円近くなるので、常に暗算で、記憶にとどめて置かないといけません。
このような品物は結構高く、お店によって値段もバラバラなので、数日前に、自宅近くと、商店街にある大型店と、この格安ドラッグ三軒の値段はチェックしてあり、一つ1,000円以上するものは、大型店の15%クーポンが使える日のみにしています。
次に、セイユーに行ってお米です。今回は前回の富山の無洗米がイマイチだったので、少し奮発して「新潟産こしひかり」にしました。
数年前までは躊躇せずに「魚沼産こしひかり」2K税込み2,600だったのですが、最近の諸々の値上げ、特に水道・電気代の上昇で、徐々にお米のレベルを落としています。
友人は、それだったら、チマチマ2Kなんて買わないで、10kにすればずいぶん安くなると言いますが、我が家は車はなく、セイユーから歩くと途中の坂もあり2Kが限界、それに若し美味しくなかったら、その10Kのお米を二人で食べ切らなくてはならないのが嫌なのです。

これが本日の大ミス、恥かきの原因だった
ついでに、冷凍食品売り場で、手軽なアイス「パピコ」92円を2つ買いました。
「パピコ」はセイユーがダントツに安いのです、自宅近くの「セブンイレブン」はひとつ102円しますから。セイユーの地下冷凍食品売り場にくると、衝動的に「パピコ」、或いは「井村屋のあずきバー」を買ってしまうのです。これもダントツでや安い。

「はなまるうどん」のテイクアウト「二種のてんぷらうどん弁当」

そして、今日の最後のお買い物は、二人のお昼「はなまるうどん」のテイクアウト「二種のてんぷらうどん弁当」です。
商店街のお店の前で、お財布の中身を確認しました。795円あります。
「二種のてんぷらうどん弁当」は370円。税込み370✗1.08✗2=799円。
やばい、足りない、計算外は予定していなかった「パピコ」の衝動買いだ。
普段なら、自分の財布を持って歩いているので、数千円程度の計算違いはどうでもなるものの、今日は前回のお財布落とし事件以来のお買い物、小銭いれも持っていないし自分のいつも持ち歩くカバンもありません。
もういちど、店頭のスマホで計算しても、間違いありません。
なんと、情けないこと・・・たった4円、一円玉4つたりないだけで、こんな惨めな思いをするなんて、きっとあのテレビ・ノンフィクション報道に登場する、六畳一間で暮らす、
年金も少ない私と同じ年齢の独身おじさんも、年金支給日前はきっとこんな気分を味わっているのではないか・・・と考えました。

ともかく、残っているお金795円で、
今日の二人のお昼を買ってかえらなくては。
コンビニでおにぎりを4つは買えるな。でも最近のおにぎりは結構高い、レジに行く前に自分で計算しなくては、おにぎり4つでレジの前でお金がたりなかったら、大恥。
お店のバイトの子が、家に帰って、「お年寄りの男性がおにぎり4つで一円玉を数えてたりなかったのよ、かわいそうに」とてもいわれたら最悪です。
795円では、牛丼並弁当2つは買えないし・・・、そして最後の手段、「100円マック」なら、内税だから暗算が簡単。
というこで、「チキンクリフプ」1ケ130円 「チーズバーガー」1ケ160円 「ハンバーガー」1ケ130円✗2=260 合計550円也で済ませました。

70代の二人のお昼は、自宅でここにコーヒーと野菜サラダ、最後に昨日いただいた桃で終わり、これで十分です。
でも・・・昔はワンコインランチが当たり前だったのに、500円で収まらないとは・・・
てんや「天丼弁当」も現在税込みで530円です。

ジワジワと私達年金生活にもインフレの影が忍び寄ってくるようです。


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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2022年08月22日

旅のスタイルの変化 いい宿 いいホテルとは

次の旅先の宿をネットで探していると、カミさんは云いました。

「宿は”便利・清潔”は勿論だけど、静かな緑や風景のある所、朝夕近所をお散歩して、日中はお昼寝をし、読書室で本を読み、ホテルの喫茶でなにかスイーツを食べるような、そんな所がいいわ」と云い出しました。
「何を今更・・・・」

「これまで何十年、世界中のホテルに泊まり歩いてきて、今、そんなことを云うの?」
「外観、ロビーだけ豪華で、天井が高く、広いのが良いと思うの?」
確かに、最近の私達の個人・自由旅行は団体パックと違って、運転免許を更新せず、レンタカーに乗れない私達の移動は交通機関は限られ、ロケーションは重要な要素なので、鉄道駅近くの町中、繁華街となりますので静かに朝夕のお散歩とは程遠いロケーションです。
前回、大阪難波のホテルのように、朝はビル街のセミの大合唱で起きるという状態です。

今、市中のホテルはどんどんと変化しており、昔のような豪華で結婚式や宴会、会議、或いは多人数の団体観光客を想定していたシティーホテル呼ばれていたタイプのホテルと、個人ビジネス客を中心に考えたビジネスホテルの境界はどんどん薄れています。
安いけど、狭い、味気ない、ただ寝るだけというビジネスホテルのイメージは変わってきています。
先ず、大浴場があるホテルが増えてきています。
これまで、シティーホテルといわれる都心・駅近のホテルは、個室にバスルームがあるのですか、そんな温泉旅館・ホテルのような一般宿泊客が入れる大浴場なんて、ホテルの格が下がるとでも考えていたようですビジネスホテルには、確実にニーズがあり増えております。

そして、各客室のバス・トイレも大きく変化しています
ここ数年に建てられたビジネスホテル、特に二人用のツインベッドルームのバスルームは、ユニットタイプは一切ありません。
トイレとバスと洗面所が別なのは当たり前、ほぼ常識です。
最近はバスとシャワーが分かれているものも多くなってきています。
そのシャワーもTVCMでやっている、油性マジックもおちるような超精密シャワーヘッドを売りにしているホテルもあります。
ツインベッドルームはどんどん広くなっており、最低でも22~25,6平米となっています。
もう、シングルでも、〇〇インのような単身ビジネスマン用の、ただ寝るだけのようなイメージの部屋は少なくなってなってきています。
ビジネスホテルでは半分くらいの割合で部屋に、スチームアイロンとアイロン台があるお部屋が増えており、カミさんは喜んでいます。
着替えを余分に持たなくても、洗って一晩浴室ら干して、アイロンをあてるだけで着れると重宝しています。
料金的にも駅から徒歩圏内の二人用ツインベッドルームでも素泊まり10,000円を切る料金設定は当たり前の時代なのです。
 

先月宿泊した、大阪グレイスリー難波の水回り、広く使いやすかった

どうして、そのような料金が可能か?
無駄なコストを徹底的に落としているからです。
1,豪華な広い受付ロビーはありません
 受付はクロークはありますが、基本、無人・電子カウンターです。
 ロビーに一般的な、くつろげソファー、椅子は原則ありません。
 スーツケース一時預けは、自分でホテルのロッカールームで、電子カード・キーにて
 預け入れ、取り出しです。
 朝食会場は、ホテルと直結している外部レストランというスタイルが一般的です。
2、連泊の場合ベットメイキングはありません。
 予め、連泊の際、交換して欲しい物、掃除・清掃について指定するスタイルが基本です。
 ホテルによっては、連泊の場合の掃除・清掃・アニメティ・タオル等交換を最低限すると
 ことにより、500円クーポンでる所もありました。
3,チェックアウトも基本電子化されています。
 ホテル予約サイトあるいは、直接予約の場合、全て事前決済が原則なので、チェックアウト
 の手間を省いているのと、キャンセルの減少に役立っているとの、ホテル業界の内部事情
 もあります。

大きな都市では、シティーホテルとビジネスホテルの境界はないのです。
地方のリゾート地や、温泉はまた別だと思いますが・・・・
昔、仕事で都内や横浜で有名大ホテルの建設に幾つも携わってきました。
そのようなホテルは、名前は外資系の高級なホテルイメージはあります。そして、何でこんな宿泊費という値段です。
夫婦二人、ツインルーム、食事なしで一部屋二人で最低、40,000円は当たり前でした。
その理由は、ホテル経営の二重構造にあるのです。
名の通った豪華外資系ホテルの場合、建設主は日本の資本です。
大手デベロッパー企業や、鉄道会社やらです。
建設工事も二重構造です。
大枠・建物本体の設計と建工事をA工事
内部の客室、ロビーなどのホテル部分は、別設計・別見積もりのB工事です。
そして、出来上がってものに対して、運営はかの外資有名ブランドが行うのですが、トップ、首脳だけで実際のホテル業務はまた別組織となっています。
これは、何も外資有名ホテルブランドだけでなく、日本資本でも同じで、「星のグルーブ」などがそうです。
サービスはいいかも知れませんが、コストは数倍になるのは当然です。
私たちユーザーにとっては「笑顔は無料」であって欲しいのですが。

さて、我が家のカミさんにこの事実を伝えても、納得しません。
みんな、色々な考え方があって、旅のスタイルも財布の事情も違うのだから当たり前。
私達は結婚して40数年、これまで、とにかく沢山の場所に行って、沢山の絶景を見て、他の人と違う沢山の経験をめざす旅をしてきたわ。
でも、二人ともに70代になって、これまでとは違う旅のスタイルを目指したい、と言うのです。
少なくとも、ゆっくりと寛げる宿に泊まり、前述のような「静かな緑や風景のある所、朝夕近所をお散歩して、日中はお昼寝をし、読書室で本を読み、ホテルの喫茶でなにかスイーツを食べるような、そんな所がいいわ」と云います。

いろいろな人、生まれも育ちも経験も違い、価値観も違います。
少なくとも、50年近く一緒に生計を共にしてきた夫婦ですから、解っていると思っていました。
確かに二人ともに70代になると、安宿、ただ寝るだけ、便利なだけの宿は、世間体・・・「鎌倉にお住まいの、余裕のありそうな、シニアご夫妻」を気にしないということはありません。
ですから、たびの計画・予算を担当の私は、ある程度のレベルのホテル、二人一泊食事なし、ツインの最低20~25平米、駅から徒歩圏、できれば築浅、或いはリニューアルのホテル、予算は二人一泊15,000以内としています。
この予算でしたら、地方の大都市ならどんなところでもなんとかなります。
なんとかならないのは、地方の観光客の行かない小さな都市や、温泉を中心とした場所です。

例えば、箱根とか富士五湖周辺の観光地には、いわゆる、ビジネスホテル大手は進出していません。昔ながら、個人観光客向けの温泉ホテルはピン・キリでありますが、私達の志向に合うホテルは少ないです。
数年前に宿泊した富士屋系のホテルはモデレートツイン(禁煙)【庭園眺望】ツイン 36平米/バス・トイレ付食事なし眺望は河口湖・庭園側です。宿泊日は夏と紅葉の中間期、二人一部屋22,000円と、私達の予算よりはかなりオーバーしましたが、仕方ありません。
確かに、森に囲まれ、湖は近いし富士山は真正面に綺麗にみえる環境でした。
でも、移動には不便でホテルの送迎にたよるしかありませんでした。
二人で一泊22,000円でしたら、大都市の駅近で新しいスタイルのビジネスタイプホテルの広い部屋に連泊できる値段です。

とこういう理論は、カミさんにはなかなか受け入れられないようになっています。
そして次のリクエストとしては
「一日に動くスケジュールが多すぎる、少なくして、もう若くないのだから」
「私はのんびりと、自由に旅したいの」
それでも私達の旅は団体パック旅行の半分程度しか組んでいません、タイトな移動スケジュールになるのは、移動手段が公共交通機関に限定されるためです。
特に、昔と違って地方のかなり奥地の路線バスでもネットで時刻表が事前にわかるために、滞在時間も路線バス、ローカル鉄道に合わすしかないので、とてつもなく慌ただしくなるとか、或いは長時間を持て余すことは当然多くなるのです。
カミさんが望むような旅のスタイルを実践するには、今の私達の旅行予算の3~5倍、二泊三日の旅で30万以上かかってしまうのは明白です。
となると、退職後の生活パターン、少なくとも宿泊を伴う夫婦二人の旅行を年間10回は、クリア出来ません。

でももうそろそろいいか!
来年は世間一般が認める社会的弱者「後期高齢者」らしく、大人しく高級温泉旅館食事付きで一泊パターンにするか?、でも、先日実家の姉(78)は、70才で亡くなった夫の法事で宿泊した温泉旅館の値段の高さをこぼしていました。
どんなに高くとも一人33,000円程度と踏んでいたのに、精算すると4人で192,000円だったと。
「それって姉さんが払ったの?」と私
「78才の夫の遺族年金で暮らしている私が払える訳がないでしょ、亡き夫の本家の姉さん(88才)が払ったわよ」
「80才半ばを超すと、もうそろそろお金の使い道もなくなってくるのでしょうね。」
「私もあなたも今は考えられないけど、そうなるのかもしれないわね。」

私は後期高齢者一歩手前、まだまだ、老後のお金への不安はあると云うのに、71才のカミさんは、今から、優雅な旅、ホテルの宿について注文してくるとは、カミさんの鎌倉のお友達のせいか?
あのお金持ち、健康保険3割負担の有閑マダムと較べてはいけないのに。

我が家はまだ、若い頃のバッックパッカー時代から経済的にも、精神的にも変わっていないのだ


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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2022年08月20日

名作映画レストア版 「ひまわり」

レストアとは
英語の「restore」に由来し、「復元する」、「元の状態に戻す」、「復活させる」などの意味を持つ単語です。
通常、車・乗り物などビンテージ車を復活させ、動くようにするなどで使われているが、ITでもパソコンでもOSの復元の意味でも使われています。
最近2022年、ネット上で使われているのは映像の分野で、古いフィルム名作映画を現在の技術でデジタル化し、シネコンの大型スクリーンでも見れるレベルに修復し全国展開して収益を上げる手法が話題となっている。

涙あふれる愛の戦争映画の名作
特に今年の夏、1970年代のソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの名作「ひまわり」が話題になっています。
『ひまわり』は日本はもとより、イタリア本国でもオリジナルネガが消失しておりポジフィルムしか存在していません。が、日本では2011年、2015年に続き今回3回目の修復を行いました。
最新技術を駆使し、映像に関しては画面上の傷を除去して、明るさや色の揺らぎなどの症状を改善。
音響に関しては、モノラル作品でありながら、周波数ごとに音を拾い出し、最新のノイズリダクション技術で雑音を除去してオリジナルに近い仕上がりになり、現時点で世界最高のクオリティでスクリーンに帰ってきています。
実際の映画館の大型スクリーンでは、映像に較べて音楽のほうはかなり、雑音の部分が残っていますが、映画が終わる頃には慣れてしまいました。
点数をつければ、2022年の映画作製技術くらべれば映像は85点、音楽は40点といったところでしょうが、気になりませんでした。

なんでこの時期、「ひまわり」なのか?
カンヌ映画祭パルムドール、アカデミー賞外国語映画賞などに輝く世界的巨匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督による名作は、当時、冷戦真っ盛りのウクライナの首都キエフから南へ500キロほど行ったへルソン州にて撮影された云います。
映像のなかには、イタリアの田舎の風景に加え、イタリア語の方言などが散りばめられ、純イタリア国産映画であるともに、ソ連時代のモスクワ・赤の広場・国営デパート、あまり知られていない、ロシアの農民の生活、そしてSL鉄道など、ロシアを旅したことのある私には、懐かしい風景が広がっていました。
それにもまして、第二次世界大戦の欧州、独・露戦線に、イタリア兵も参加していたとは、この映画で知りました。
50年前の名作とは云え、どうして今年レストア版「ひまわり」が話題なっているかと云えば、それはロシアのウクライナ「侵攻」「侵略」なのは云うまでもありません。

この映画の上映を知ったのは、ネットではなく、各家庭に折込ではいってくる神奈川県の広報紙「かながわ県のたより」です。
地元鎌倉市の広報でしたら、一通りは目を通しますが、県の広報紙はお硬い行政の宣伝と告知だけなので、普段はスルーするのですが、この時は、カミさんはトイレに持ち込む適当な新聞・雑誌がなく、この「かながわ県のたより」を持ち込んで、トイレを出てきた時に、「ひまわり」がアースプラザでやるみたい、場所わかる?と聞きます。

本郷台 アースプラザ
アースプラザは、私の住む大船から根岸線で横浜方面に一駅、本郷台の駅前近くにあります。
私が退職して大船に越してきてから、この県の施設内で開催されていた、「英会話講座」に長い間通っていたのでよく知っています。
映画「ひまわり」については、先月末、大阪万博記念公園を訪れた時、ひまわり畑フェスティバルをやっていて、二人の会話で話題にのぼりました。
そのことがあって、私に知らせたようです。
映画好きの私は一度このアースプラザを会場とした「名作映画鑑賞団体」の主催の上映会に参加したことがあり、上映10分ほどで退出した経験があります。
映画は、ボリビアのウユニ塩湖の村に子どもたちをテーマにしたものでした。
すると、この会の関係者が外まで追いかけてきて、私に10分での退席理由を聞きにきました。
私はその理由として
「画質がひどすぎる、ウユニ塩湖を知っている自分として見るに耐えられない」
「プロジェクター上映と事前に告知すべき」
「フロジェクターをみると、どうやらDATAプロシェクターで、このような会場で使うものではない」
昔、ポルノ映画を何度も何度もコピーを繰り返したような画質で呆れ果てていたのです。
私が元所属していました鎌倉のNPOでも、資金獲得の収益事業として、映画会を主催したことが多々ありました。
その時はできる限り「フィルムもの」を選択肢、会場では本職の映写技師を手配していました。
当然ながら、仕入れコストも映写会場も限られるのですが、収益よりも、見にいらした方々の反応を重視していました。

この苦い経験があるので、今回のアースプラザの「ひまわり」上映会は眉唾(まゆつば)ものかと疑いよーく読んでみました。
主催団体が書かれていませんが、県の施設でやるからには、ある程度の団体あるいは、アースプラザの運営をしている指定管理団体かと考えられました。
会費は500円、定員は100人、日時は8月28日、申込みはネットと電話で8月14日よりとありました。
カレンダーの8月14日日曜日に書き込んでいたのですが忘れており、パソコンを開いたのは10時過ぎ、すぐにホーム・ページにアクセスしましたが既に満席状態、キャンセル待ちでした。
「えー、ソフィア・ローレンだよ」「52年前の映画よそんなに人気なの?」
ネットで調べると、冒頭の説明「名作映画レストア版 "ひまわり" 」にたどり着きました。
どうやら、現在のロシアによるウクライナ侵攻が背景にあるようで、レストア版 "ひまわり"が全国各地で上映されていることがわかりました。
神奈川県の上映館を検索すると、ほとんどが一回限りの上映のようで、通常映画のように、金曜日封切り、一週間の上映をしているシネコンは、

横浜みなとみらいの「キノシネマ」だけです。
ここはよく知っているし、何度も見にいってます。
TSUTAYAの入っている建物の二階に「木下グルーブの映画館」が入っており、良質の評価、話題性があるけど収益が見込めないような、ドキュメンタリーとか、ノンフィクション、或いは独立系若手の映画を主に上映している、「良心的な映画館」です。
上映日、時間をみると、16:30から18:20までです。
毎日サンデー・暇人・貧乏年金シニアにとって、午後4時半、場所はJR桜木町駅から徒歩15分或いは横浜駅で地下鉄乗り換えか、余分交通費・・・
と云ってもこの熱暑・猛暑のなか、みなとみらいのまで歩くのは勘弁してほしい・・・どうしよう昔なら、数年前なら、何ともなかった距離、例えこの暑さでも・・・

もう一度調べると鎌倉でもやってました。
私が以前、サポートしていました写真クラブの重鎮たちがお住まいの「雪ノ下」・・鶴岡八幡宮の手前というより、お土産物の「小町通り」に「川喜多映画記念館」という名画座があります。
鎌倉は元々松竹大船撮影所を抱えており、映画関係者が沢山すんでいます。
私の住む町内会にも、寅さん映画「御前様」役やら、古くは黒澤明、木下惠介、岡本喜八、山田洋次等、名匠の作品に数多く登場し、貴重なバイプレーヤーとして活躍した笠智衆さんがお住まいだったり、松竹映画関係者が多く住んでいました。
鎌倉市川喜多映画記念館は、常設展示としての、川喜多夫妻を顕彰する展示と、企画展示として、年間を幾つかのテーマで区切り、そのテーマに沿った映画関係の資料の展示、その展示内容を補足するための映画上映、講演、講座、ワークショップなどを行っているのと同時に、名画座的役割として、主には旧松竹の名画や、話題となっている良質の映画を上映しており、今回、珍しく、洋画の「ひまわり」を一週間の予定上映していました。
桜木町の「キノシネマ」にするか、初めてだが地元の「川喜多」にするか迷いました。
何で迷うの、当然、交通費の安い、地元の「川喜多」に決まっているじないの?
そう、簡単ではないのです。「キノシネマ」はネット上で予約できるのですが、「川喜多」はネットはおろか、電話予約も出来ないのです。
直接窓口のみの販売なのですから、かなり迷いました。
この映画ソフィアローレンの「ひまわり」、どのくらいの人気、注目度なのか、「キノシネマ」の予約状況を確認してみました。
翌日16:30開始の100席のシアター、前日の13:40の状態でゼロでした。
「川喜多」のシアターは51席です。どのくらいの人気なのか分かりませんが、「キノシネマ」の「ひまわり」の予約状況なら少なくとも1時間前なら大丈夫でしょう。
一時間前に行ってチケットをとり、時間があったら「川喜多映画記念館」のある町内会、ご近所の写真クラブの先輩の家に顔出しにいってれば良いのですから。

川喜多映画記念館のホーム・ページ情報の稚拙さとスピード感のなさ
8月17日水曜日に、川喜多にいくことにしました。
天気予報を見ていると午後から少し雨模様で、連日の暑さは落ち着くようだったのですが・・・お昼ごろから青空のピーカンです。
どんな恰好で行こうかと思案しましたが、一応電車に乗りますし、人通りの多い小町通りを抜けていくので、短パン・Tシャツ・スニーカーではなく、私の中では正装に近い、長ズボン・革靴・お気に入りの麻の半袖ででかけました。
お盆の休みも過ぎているのに、小町通りは観光客で混んでいました。駅から八幡さん近くの川喜多映画記念館へのルートは、小町通りを行くのが一番簡単なのですが、急ぐ時はダメです。観光客ですから、二人連れ、グループは横に並んで、のんびり食べ歩きしながら歩いており、追い抜くのも大変ですから、鎌倉市民は誰もこの寺社仏閣でいう仲見世・お土産物通りはパスします。
上映時間の1時間前に到着し入はり口の看板を見ると、「ひまわり」の今週分チケットは完売です、と書かれています。

エー、何で、おかしいじゃないか!川喜多のチケットの売り方は
川喜多映画記念館は数年前から、チケットの予約・前売りはせずに、当日窓口だけに絞っていたではないか!
鎌倉市内の本屋さはん、文具店での前売りも辞めただしないか!
電話予約販売も辞めたハズではないか!
このクソ暑いのに、一時間前に来て、チケット完売とは何事! 団塊おじさんは怒ってます。
窓口の若い女の子に聞くと、ホーム・ページの会員登録へのおさそいに、会員になれば、事前予約ができる旨書かれているとのことです。
そして、この「ひまわり」のチケットは7月末に全て売り切れてるとのこと。
では、この「ひまわり」一般公開ではなく、会員限定なのか!
いいえ、そうではなく、余ったチケットは当日、窓口で買えます。
NPO団体で広報業務の責任者として長らくホーム・ページを中心に広報業務をしたきた私は、呆れてしまいました。
でも、川喜多映画記念館は行政の組織ではなく、一般の団体なのですから、何ら制約なく自由にチケットを売ってもなんら問題はないのはのですが、本来の設立趣旨「川喜多長政とかしこご夫妻の思い」とちょっと外れているんじゃないの?
この日、帰宅して、改めて「ひまわり」のチケット状況の記事を探す、前日の日付で「ひまわり」のチケットは全て完売と一行書かれていました。
もう、私達古くからの映画を愛する鎌倉市民は名画座としての川喜多映画記念館を信用しません。
自分たちの会員だけをの映画館だけなんでしょ、きっと。
昔は、市内の本屋さん、文具店で前売り券をうり、口コミ、手売りでチケットを売っていた時代はもすないんですから。

結局、この映画は同じ週、「キノシネマ・みなとみらい」で見てきました。
再び、「キノシネマ」のサイトを見ると、上映時間は10:20となっており、行きやすい時間です。
事前にネット予約しようかと、前日に見てみると、予約はゼロの状況、当日の朝もう一度見ると、やはりゼロで、かなり不安になりながら「キノシネマ・みなとみらい」に到着し窓口て聞くと、やはりゼロでした。
私一人でも上映するのか聞くと、答えは「勿論お一人でも上映します」
最終的にこの日8月19日の観客は、100席のシアターで観客は私の他、同世代の女性2人の3名だけでした。
県主催アースプラザやら、鎌倉の名画座「川喜多記念館」は満席というのに、どういうことなの?
最先端の街、若者の街横浜みなとみらいのTUTAYAの映画館とは全く客層がちがうのでしょうか?

「茅ヶ崎良い映画を見る会」でもやるようです。
ちなみに、この「ひまわり」は茅ヶ崎市平和実行委員会主催で8月24日(水)に3回上映されます。
場所は、茅ヶ崎市市民文化会館小ホール 当日 1,200円だそうです。
おそらく、満席になるでしょう。

さて映画はストーリーは
大体話の傾向は昔から聞いてはいますが、実際に見てしいません。戦争に行ったまま帰らぬ夫を探しにいくと、可愛いロシア女性と一緒にいた・・・
というような話の内容だったと聞いているのですが・・・

お話は
第二次大戦中のイタリア。ジョバンナとアントニオはナポリの海岸で出会い恋に落ちます。
しかし、アントニオはアフリカ戦線行きを控えた兵士だったため、2人は出征を遅らせようと、結婚することで結婚休暇を取ります。
休暇はあっという間に過ぎていき、アントニオを戦地へ向かわせたくないジョバンナは、アントニオの精神状態がおかしくなったとして精神病院へ入院させます。
しかし、それが偽りであったことが発覚したため、アントニオは最も過酷なロシア戦線に送られることになる。
やがて戦争が終わり、ジョバンナは駅でひたすらアントニオの帰りを待っていました。
毎日のように彼の母親とともに待ち続けていたジョバンナだったが、彼が現れることはありませんでした。
そんなある日、ロシア戦線でアントニオと一緒だったという1人の兵士に出会います。しかし、最後にアントニオを見たのは彼が雪の中で倒れている姿で、
既に死んでいるのではないかと告げられます。
諦めきれないジョバンナは、意を決してひとりソ連の地へ向かいます。
後略・・・・・



やはり恋愛ドラマは暗い映画館の大型スクリーンがいい
それも一人でみるのがいい
最近の男の女の愛のドラマ、TV場面のなかの愛のドラマはというと、大きなスクリーン上の映画と違って、時代の時の流れるスピートが違うのか、淡白なのか、すぐに結果を求め過ぎるのか、深く心に滲みるものがありません。というのも見ている私達が高齢者で共感するものがないからかも知れませんが。
男はいつもロマンチストで、昔からこの映画のように遠くから相手を思いながらも・・・そしてすれ違う。それが人生さというようなものが多いのですが、今の若者の恋愛映画は、結論を急ぎすぎているように見える。
わざわざ、50年前の映画を見に来てよかった。

50年前と云えば・・・
オードリヘップバーンの「ローマの休日」はなんと1953年公開だったのだ。
なんと69年前の映画。私は5才だったのに、今でもあの王女に恋している。
さすがに、今回のソフィアローレンには恋い焦がれることはないが、あの撮影当時彼女は36才。
私は今も20代の青年のママだ。


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2022年08月18日

そろそろ介護の問題を直視しなくては

最近のブログの題材・話題・ネタは遊びに行く話題が中心となっているのは自覚している。
ひとつには、ブログ記事のアクセス状況をみていると、このような旅にかんする記事のほうが、PV値がおおくなるのは事実です。
特に、私のサイトの元々のテーマが団塊世代の定年後の過ごし方、海外ロングステイからスタートしているのだから、サイトを訪れる読者層から当然の数値ですが、その団塊世代も半分は後期高齢者の仲間入り、48年組の私も来年は後期高齢者、気力・体力・好奇心も徐々に減少しているのに加えて、今年の夏の暑さで家に閉じ籠もり気味になるのは、仕方のないこと、涼しくなったら次の旅についてでも考えようかと考えているのですが・・・
それは、言い訳、嘘、現実から目を背けているだけなのかもしれないのは、自分自信でも解っているハズなのです。

今、私達団塊世代が直視しなくてはいけない問題
今から、考えて、知識をたくわえておかねばならない問題、それは「介護とお金の大問題」なのです。
カミさんは新聞に掲載されていた雑誌広告を見て、地元で唯一残っている大型書店のポイントカードと、有効期限今年の末まで500円ポイト券を私に渡して、「PRESIDENTのこの雑誌を買ってきて、780円と結構高いけど、「週刊現代」や「週刊ポスト」とは違って、永久保存版でなかの資料はちゃんとしてるハズ」と私に手渡しました。

確かに、私自身もヒタヒタと感じてはきていました。
NPOセンターを二年前に卒業してからは、元のように色々な市民活動団体と触れ合う機会もなくなり、唯一センターを利用するために自分で設立した団体「Webサポート友の会」の現在の活動は微々たるもので、月一ていどのNPO法人のコンサル程度だったのですが、今年に入って、市の社会福祉協議会経由のサポート依頼でさる、介護福祉団体のサポートをするようになってきています。

認知症グルーブホームの団体さんです。
これまで、介護福祉系と全く無縁ではありませんでした。
退職してすぐ、2003年にNPOセンター内で取り組んだのが、本格的なホーム・ページプログラム講座でした。
ほぼ20年前、これから訪れてくる日本の超高齢化社会に備えて、私にホーム・ページ作成技術を依頼してきたのは、「老人ホーム評価センター」という大学で民間企業の経済的価値の評価を研究してきた人員による、これから訪れる高齢化社会での自分たちの住まい「老人ホーム」を運営する親企業の財務内容や、その老人ホームの内容・人員体制が、支払う料金に見合う価値があるのか、第三者の目で評価し、ホーム・ページで公に公表しようという、目的でした。
そのホーム・ページはまだ生きています。
NPO法人ホーム評価センター
現在は10年以上前から、私のサポートから離れ、会員の皆さんの手によって運営されています。

今回の社協(社会福祉協議会)からNPOセンター経由でお手伝いの依頼があったのは、市内の「認知症グループホーム」です。
この団体に関わりを持つようになって、20年前に関わった「NPO法人ホーム評価センター」のサイト内で扱った、いろいろな言葉・言い回し・用語が現在の関わる団体の日常会話のなかに当たり前に登場するようになり、あの時、あの創立メンバーの元でちゃんと勉強しておけばよかったと、後悔しています。

2025年問題が現実となる日

後期高齢者となる団塊世代にとって、介護問題は親の介護ではなく、自分自身、或いは伴侶の介護の問題となっているのです。
社会は猛烈なスピードで高齢化にすすんでおり、以前からいわれていた2025年問題は、3年後現実となります。

● 超高齢化が進んだ2025年の社会像
● 高齢者人口の推移:高齢化の進展の「速さ」から、高齢化率の「高さ」が問題化。
● 認知症高齢者数:約320万人。今後、急速な増加が見込まれる。
● 高齢者世帯数:約1,840万世帯。約7割が1人暮らしか高齢夫婦のみ
 (うち約680万世帯・約37%が1人暮らし)。
● 年間死亡者数:約160万人(うち65歳以上約140万人)。
● 都道府県別高齢者人口:首都圏をはじめとする「都市部」。高齢者の「住まい」
  の問題等、従来と異なる問題が顕在化。

社会のゆき先に敏感な経済雑誌が特集号・永久保存版としてこのような雑誌を出すのは理解できます。
私は、月に一度、或いは二回の「認知症グループホーム」施設長と打ち合わせのの席で、これら雑誌で得た知識について、専門家である彼女(施設長)に少しづつ聞いてみようと、メモをを作り始めています。

PRESIDENTは経済誌ですから、お金の問題を中心にしていました。
介護とお金の大問題、介護は財布の負担も心の負担も大きすぎる
さらに年金額は減り、介護費、生活費は値上げラッシュ悪化する介護地獄から抜け出すための、マネー術、自己防衛術うたっています。

病気・入院・治療・葬儀の費用は想定・準備できている。
すでに、団塊世代の間では、自分自身の病気やら、家族の入院、葬儀を経験してきており、備えもあれば、実際の出費の経験をしてきています。
かなり大病、長期の入院でも、日本の医療保険体制の下では最大にかかる費用はある程度の上限があり、見通したり、民間保険での備えが出来きてきいてます。葬儀に関しても高齢化、多死化社会になり葬儀のスタイルも簡素化されているので、突然の大きな出費とはならず、
想定内の出費ですみますが、「介護の出費」はほとんどの家庭では、備えもしていないのです。

「介護の出費」はめどがつかない
親の介護を経験している私達の世代の間で伝わっている「常識」は親の介護は、「親のお金で賄え」でした。
そう解っていても、親の資産を前々から把握していない、或いは同居兄弟間での意思疎通が出来ていなケースもあったでしょうが、
介護をする子供世代の負担はその後遺産相続で多少は補填できたケースも多々あったことでしょう。
しかし、自分或いは伴侶の介護に備えているケースは稀です。
一般的に老後の資金としてある一定の預貯金・金融資産は確保していますが、それはこれから先二人の生活費も含まれているお金です。
一般的には、二人の年金で月々の基本生活費を賄い、大きな出費、ゆとり経費・税金は蓄えから取り崩すというのが一般的です。
この老後資金のなかから、伴侶の介護費を捻出しなくてはなりません。

介護費って何に、幾ら、どの位の期間かかるのだろう
ここが一番の問題なのです。
でも、その為の介護保険料が年金からかなりの金額天引きで引かれているはず。
介護の費用は、入る施設によって天と地ほどの差があることは、「老人ホーム評価センター」で知っています。
介護の費用と、生活する費用は別なんです。
介護施設の入居費には、家賃・食費・建物維持費・建物建設コストの一部・お世話スタッフの経費・が含まれています。
この入居費の他に、入居者御本人が負担するものは、入居施設によっても違いますが、一番大きいのがおむつ代といわれており、症状、状況によつては月5万以上もかかります。その他提携先の医療機関の費用、訪問介護費、個人的な電気代・電話代・ネット回線代などかかる
施設もあります。

今週、これらの具体的な事例・数字について、介護現場のプロ「施設長」とのミーティングでお話を伺う予定です。
今後このブログあるいは、本サイトの特集記事あるいは、投稿記事としてできる範囲で公開する予定しております。

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2022年08月16日

この夏の行きたい所リスト 雲仙と島原鉄道 大三東駅

7月の旅行から帰ってきて2週間も経っていないのに、カミさんは8月は何処へ行こうと、云い出しています。
「あんまり、遠くは行きたない、近場のどこか涼しい所、信州の高原がいいわね」
「軽井沢が手頃だけど、8月最終週って混んでいるだろうし、まだ夏料金でしょ。」
「でも、幾ら安いと云っても、あのPのコテージは嫌、ジメジメしていて、清潔感がない」
と、奥様は、お財布のことを無視したことを云います。


私、カミさんにはまだ云ってませんが、密かにプランを練っていました。
安くあがりそうで、ブログ用のいい絵が撮れそうだし、昔、旅した場所を訪ね、ノスタルジックな気分を浸れる場所。
その情報はやはりテレビからでした。
NHK72時間でやっていた「島原鉄道 大三東駅(おおみさきえき)」です。
ホームと有明海が一体化した、島原鉄道の駅。ホーム上には数多くの黄色いハンカチ。
そう、今年北海道を旅した「夕張」の九州版のような駅なんです。
ここは、キリンレモンCMのロケ地と有名になり、今、大勢の観光客が、この黄色いハンカチと有明海の青コントラストを求めてあつまる、「NHK72時間」も注目するスポットなのです。
一節には「青と黄色のウクライナカラー」がSNS上でも受ける要素といわれていますが、これは後から加えたこじつけでしょう。

場所を確認すると、関東首都圏から如何にも行きにくい場所であることは間違いありません。
高校2年生の春、16才の私は、生まれて初めてバックパック一人旅で九州一周した時に立ち寄った、長崎・諫早から島原に行く途中にある島原鉄道の駅です。
昔、島原港から熊本の三角へフェリーで渡った思い出の地でもあります。
この想い出の地、如何に安く行こうかと考えた時、カミさんの持つデルタマイルにたどり着きました。
今年の北海道・夕張は、私が持っていたデルタマイルを使って、日本国内で使える「スカイマーク」を使い切りました。
デルタマイルは日本国内では「スカイマーク」しか使えないのです。
「スカイマーク」の飛んでいる国内空港で、私達の旅に使えそうなのは、「札幌」・「長崎」・「鹿児島」・「那覇」ぐらいです。
「那覇」に限れば、自分のマイルを使うよりも、ホテル・フライトパックを使ったほうが安上がりになりそうです。
私たちは、老後生活最後のデルタマイルを今年の暮、鹿児島の開聞岳と日本最南端JR駅「西大山駅」の撮影に使おうと考えていたのですが、私のサイトに集まる旅行好きの間では有名な場所で、すでに行かれた方の画像が掲示板上にアップされていました。ので一旦保留して妄想旅行が大好きな私は、この島原旅行プランを考えてみました。

一日目 自宅から大三東駅経由、島原のホテルまで
大船05:09⇒06:09羽田空港 672円
スカイマーク 06:55⇒長崎空港08:50  (デルタ無料航空券)
長崎空港09:25⇒バス10:02本諫早駅 諫早10:52⇒島原鉄道11:49大三東 @1,800円
一時間滞在 大三東12:48⇒島原港13:01
周辺観光 宿泊 島原 ホテル二人 25,000?
と云うイメージにたどり着きました。

二日目
島原から天草にわたり、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を観光バスで巡り、夕刻島原へ戻り
雲仙で宿泊 ホテル二人 35,000?

三日目
雲仙温泉街を観光後、長崎空港へ
長崎空港17:25⇒羽田20:20
羽田空港⇒自宅21:30 

というイメージですが、往復の飛行機代はゼロにしても、島原・雲仙のホテルは私達がいつも利用する都会のリーズブルな設備の良いホテルはなく、温泉旅館・温泉リゾートホテルか、或いは民宿並のホテルしかないようで、ホテル代だけで予定している予算の半分以上占めるのではないかと、予測しています。
大三東駅の黄色いハンカチの撮影の為に・・・・うーーん考えどころです。
無料航空券を使っても、二泊三日二人で10万円はかなり厳しいでしょう。

別プラン、もっと実行性が高く、カミさんが乗ってきそうなプラン



横手山・渋峠スカイテラスへ
現存する日本初の「屋外エスカレーター」は横手山スカイレーターです。
日本一のエスカレーターに乗って2307mの最高温度23℃の世界へ
https://yokoteyama2307.com/
本当は草津温泉に泊まって、草津から白根山経由渋峠に行くルートは昔からあるのですが、現在、草津・志賀高原は火山規制で運行されておりません。
一般自動車は通行できるのか?調べてみると
国道292号(志賀草津道路)の再開通について
https://www.town.kusatsu.gunma.jp/www/contents/1650500612976/index.html 
令和 4 年4月2 2 日(金)午前10時(天候等により 変更の場合あり)
2、開通区間
天狗山ゲート(草津町草津)から渋峠ゲート(長野県境)間の17.9km
行けそうですが、どちらにしろ私は車に乗れませんので、遠く長野市からのルートを調べてみました。

一日目
大船06:40⇒大宮⇒長野09:30  7,480円 大宮で新幹線に乗ると安くなります。
長野駅10:30⇒渋峠12:21 2,100円 路線バス [長電バス]急行志賀高原線
渋峠・エスカレーター  1,800円
山頂でやく2時間すごして下山
渋峠15:13⇒17:31長野 2,580円 
一日目 一人交通費 @14,000円
ホテル市内 12,000円 敢えて実家に泊まりません、ホテルのほうが楽です。

二日目飯綱高原・戸隠神社へ
長野08:30⇒09:34戸隠中社 1,350円 すべて路線バス
戸隠中社11:44・11:45 鏡池 230円
鏡池12:29・13:23善光寺大門 230円
戸隠中社・長野間 1,350円 

長野15:19⇒大宮乗換⇒17:58大船 @7,480円 新幹線大宮下車 上野東京ライン利用
二日目交通費 @10,640円

交通費 二人合計 50,000
ホテル    13,000
食事その他    20,000 
合計      83,000円

夏の終わりに暑い湘南から志賀高原の涼しさと絶景を求めて、無理せずに、自分たちのペースで一泊二日の旅をすると、やはりこの金額はかかります。
これを幾らかやすくする方法は、JR東日本のホテル・トレインパックを使うこと、若干安くなります。
JR東日本パックホテル込 二人37,000円
現地交通費バス 一日目 @6,480+820X2= 二人14,000
二日目 @3,160+820X2= 二人 8,000
        食事・喫茶 20,000
合計79,000  ・・

トレイン・ホテルパックと個人旅行の比較
・4,000円お得
・東京・長野間、乗車時間30分短縮
・但し、天候を見極めて出発日の選択は出来ない

このような山の自然を楽しむ一泊二日程度の旅では、天候に大きく左右されます。
ホテルのキャンセルチャージは、普通三日前、JRのセットは48時間前からかかりますから、この程度の距離、価格でしたら、JRのセットを使わずに確実にお天気の良い日を狙った前日、催行を考えています。

何れにしろ、後期高齢者目前と云うのに、まだまだ行きたい所リストは沢山残っています。
昔よりも旅行にかけられるお金に余裕があるものの、根っからのバックパッカー根性で、自分で全てやりたい、例え100円でも安いほうがいいと考えてしまうのです。
先日のNHK72時間で、青森の「恐山」を見てしまった前々からひっかかつていた場所のひとつ。
如何にも個人旅行では生きにくいが、団体パックで行く場所でもなし、唯一の行けるかも知れないと思えるのは、カミさんは絶対にいかない場所であろうから、一人旅ならなんとかなりそう、でも早く行かないと、カミさんに止められることになる。

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2022年08月14日

都会に住む団塊世代のお盆の過ごし方、帰省・墓参り

昭和の時代 帰省L特急「あさま」
55才で退職して、今年の夏で19年になる。
毎日が日曜日、休日、365連休がつづくと一般的な休みとか休暇の意識がなくなり、曜日感覚も薄れていく。
少なくとも二年前までは、鎌倉市役所指定管理事業所の非常勤ながらスタッフ・メンバーであったので、曜日感覚はあったがそれも卒業するとますます曜日・休日の感覚は薄れていく。
そう、8月15日がやってくる。
終戦記念日という感覚は、戦後生まれの団塊世代には薄く、「お盆」の季節イコール、実家、田舎の母親に顔をみせなくては、という、一年に二度の感覚がくる。
私の実家は、信州の県庁所在都市、カミさんの実家は北関東、浅草から私鉄の急行電車という、私とはかなり帰省に関するイメージが違った場所で生まれ育っている。

今、新幹線ができてから東京駅から最短85分で長野市に着く
現在の住まいの鎌倉市からでも2時間20分で行ける距離だが、新幹線開通のそれ以前、独身時代の列車は「L特急あさま」が一番早かった。
昭和の時代のお盆やお正月の上野駅は、この間までの中国の、春節の国民民族大移動と同様の風景があった。
ホームに新聞紙を敷いて、次の列車を待つ人々、酒盛りする風景は当たり前にあった。これは東京の北の玄関口「上野」だけとかと思っていたら、新宿駅では
登山着姿の若者がやはり、夜行列車を待ってホームに座る姿は夏の風物詩のようであった。

信越線がオール電化するそれ以前、団塊世代が入試で上京する頃、まだSLは日常的に走っていた。
信州から関東平野に入るには、難所の「碓氷峠」を超えていかねばならず、数十のトンネルを通過する度に、汽車の窓を開け締めしていた。
そんな時代もあったのだ。

いつ頃まで家族がお盆に集まっていただろう
南米から帰国し、バイトしながら専門学校に入り直して、東京・築地界隈で暮らしていた頃、昭和50年初頭、独身の私はお正月・お盆に帰省するのは全く当たり前の常識であった、お土産のお菓子と一緒に大量の洗濯物を母親に渡すのが、末っ子の私の勤め、親孝行であった。
実家を継いだ兄の家族、嫁に行った姉の家族、そして独身の長兄と末っ子の私、12人が一緒に食卓を囲めるように、小さな郊外の住宅ながらふすまを開けて一緒に食事する・・・そんな風景、まさに昭和の、戦後の風景が残っていたのはいつまでだろう、と考えています。
父親がなくなっても、家族は毎年、お盆・お正月には集まっていたと思います。
その習慣・行事がなくなった、とはっきり言い切ることができるのは、母親が亡くなってからからでしょう。
2007年平成19年の2月、寒い日、母親が亡くなりました。
私は59才、兄・姉は62、63才。すでに実家の兄弟よりも、自分の子供、伴侶との生活の長さ、濃さのほうを当然優先する年齢・環境になっていたのです。
その後、実家を継いだ兄家族全員、嫁いだ姉家族全員、私達夫婦二人、独身の長兄が揃うことは一度もありません。

実家での新盆の最後は
2007年2月、母親が亡くなって年の8月の旧盆が、実家で新盆の最後でした。
その11年後、2018年、生涯独身で暮らしていた長兄がなくなりました。72才、盲腸癌、闘病生活半年、終末医療ホスピス3週間でなくなりました。
お葬式は、私達兄弟三人の家族葬ですませました。
新盆は、実家の兄の自宅で、亡き、父・母と一緒に済ませたと聞いています。
この年73才となっている、実家の兄、兄嫁さんや、一人実家に住まう独身の甥っ子の家庭環境を考えると、あまり負担にならないように、自然に実家にに立ち寄る機会は年々減っていきます。

昔、子供の頃のお盆の迎え火、送り火は
私達、団塊世代が高齢者となる昨今、世の中のニュースでは、ターミナル駅に子供家族、孫の顔を見て微笑み、抱きかかえる同じ世代と思える、「祖父・祖母」の映像が多く流れます。
そして、ブログを書くためにフリーイラストを探しているなかでも、お年寄りが孫を相手にするイラストを多く見かけます。
私達のような子供のいない夫婦にとって、お盆とか、お正月は、年老いた両親に、今の元気な姿を見せに行く、そういう感覚なのですが、現実社会は違うのです。
私達、団塊世代はもうとうの昔から、迎える、歓迎する立場なのでしょう。
このお盆の送り火、私の田舎、信州北部では、白樺の皮を燃やす習慣があります。
いまでも、実家の兄は、亡き父・母・兄をこうやって玄関先でもやし、送っているのでしょうか。づっと帰っていないので知りません

墓参りに行かなくなって・・・
私の父親の本家筋のお寺は、市内郊外にあるお寺です。
お葬式やお盆には、本家のお寺とそのお寺が属する浄土真宗の上位の寺からお坊さんが二人くる仕組み、又別に、あんじょさんと呼ばれる尼僧は、月一度命日に、お経とお線香をあげに、自宅くるような風習がある地域です。
そんな古いお寺体質から、父親は離れようとしたのか、市営墓地を生前に購入していました。
ですから、そのお墓には、今は亡き父、母、兄が入っています。
その市営霊園は、市の北部の山の頂上付近を開発した土地で、冬場の除雪されていない時期は訪れることが困難な場所で、もちろん車が運転できない私は、兄の手を借りないと、墓参りは出来ません。
先祖を敬う、亡くなった個人に思いを寄せる場所として、お墓は必要でしょう。
もし、実家の兄やら家族がなくなった時、この山の上の市民霊園のお墓にはいることでしょう。
その先はどうなるのか?
もちろん、嫁いで出た姉はこのお墓にははいらないでしょう。
私も、もちろんで、元々子供いない夫婦ですから必要としておらず、お葬式はなし、基本的には、海洋散骨ということで二人の合意できています。
今、実家の家族構成、50才になろうとしている独身の甥っ子、とその弟(独身)がこのお墓を守っていく、先祖というより、彼らにとっての祖父母と両親、そして父親の兄弟が埋葬されている、山奥のお墓をどう考えているのか知る由はありません。

日本全国で行われている「墓じまい」・・・
同じく「実家の処分」・・・
その前の段階年老いていく「両親の介護」・・・
私達が現在経験していくことを、この団塊ジュニア世代は、もっと厳しい条件下で生きて生かさなくてならないのです。

2022年のお盆を迎えて、昔は楽しい「実家への帰省」が、今は重い試練となってきています。

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2022年08月12日

お財布を落とした、 これで二度目



我が家は子供のいない夫婦二人暮らしです。

団塊世代、ニューファミリー、友達なかよし夫婦といわれて久しいですが、もう二人とも70代、体力も気力も知力もすこしづつ衰えてきているのは実感しています。
それが如実な現れるのが、毎日の買い物です。
カミさんの性格から、お買い物は毎日行きます。
野菜は別としてお肉や魚等は、日をまたぐのを嫌い、その日のうちに食べます。
ですから、我が家の冷蔵庫はいつも独身・単身者のようにいつも空っぽです。
ビールはカミさんの好物ですが、買い置きはせず300ml一日一本、その他飲み物と云えば牛乳とヨーグルト程度ですから、いつも清潔・からっぽです。
毎日、カミさんは徒歩15分の駅の向こう側のスーパー・デパ地下に買い物に出かけます。
駅のコチラ側にも、地元スーパーやらが数件あるのですが、向こう側へ歩いていきます。一つ理由は運動と、ウィンドーショピングです。

私のお買い物の担当は
重いもの、嵩張るもの、そして冷凍食品です。
重いもの代表はお米、でも普通ま家庭なら5K、あるいは沢山の家族なら10Kの袋でしょうが、我が家は昔から2Kです。
一つに重いという理由もありますが、もしも買ったお米が美味しくなくても、最後まで食べ続けなくてはなりません。昭和20年代生まれは、不味くても捨てることは出来ません。
嵩張るものの代表は、トイレットペーパー類、これも私の担当です。
冷凍食品は買ったらすぐに帰宅して、冷凍庫にいれなくてはならない、少しでも溶けるたものは、食べれないと判断するカミさんの性格によります。
そして、冷凍食品だけを一緒に買うことによって、自宅までの温度低下を防げるという持論のようです。
車を持つご家庭とは全く違う、少し変な我が家のルールなのです。

先週のある日、私のお当番で、駅の向こうのセイユーに冷凍食品を買いにいきました。
この夏の季節、「木村屋のバー」はセイユーがダントツに安いのです。
そして、冷凍の温かいかけそばと、冷たいザル蕎麦、一人の時一番簡単でおいしいパスタ類などりリストを持ってでかけます。
この猛暑の続く前は、大きなショッピングバックと、冷凍食品収納バックを持たされて、町中、駅の向こう側でもシニア中年老人としてあまり恥ずかしく格好で身だしなみに気をつけて、行くのですが、この日は猛暑、とてもそんな、身だしなみに気をつけてでかけられる気温ではなく、ショートパンツに上は一応衿付きのポロシャツに履物はサンダルといった、ま夏真っ盛りの服装でかけました。
この恰好ですと、お財布・携帯・家のキー・ハンカチをショートパンツすべてに収納出来ません。女性のように、もうひとつのハンドバックも持てず、おまけに私は男性ですが、日傘愛好者です。お財布だけは、ショピングバックの内ポケットに入れました。

お財布が見当たらない、そんなバカな

冷凍食品を買って、急いで帰宅しました。
溶けないように急いで冷凍庫に入れて、カミさんから預かったお金の残金とレシートをマイバックからだそうと、探したのですが、財布が見当たりません。
そんなバカな、ここになければ、ショートパンツの後ろポケット、右ポケット、左はスマホだし、探したのですがありません。
財布は私個人の財布でなかみは、私の今月の個人的なお小遣い、一万円札が3枚、千円札が4,5枚は入っているはずです。
おそらく、セイユーのB1Fのセルフレジでの支払いの時に、しまい忘れてのでしょう。
カミさんは私のレシートを見て、すぐにお店に電話をしはじめ、私はその電話結果を待たずに、いそいで、駅の向こう側のセイユーへ、足早に急ぎました。
ショートパンツにサンダル姿に日傘の団塊おじさんですから、かなり奇妙な格好ですが、気にしたりしている気分ではありません。

歩きながら、財布のなかの現金よりも、あの財布入れてあるカード類、何を入れていたっけ、クレジットカード・キャッシュカード・マイナンバーカードと思いながら早足、汗をかきながらのセイユーのB1Fに急ぎました。
セイユーのセルフレジ廻りをみまわしても、もちろん、落とした財布は見当たらず、店員さんに聞くと、1Fのサービスカウンターで預かっていると云います。
ほっとして1階のサービスカウンターで行くと、「奥様から電話が何度もあり、ご主人の携帯に電話してもつながらない」と云ってますよ云います。
スマホをみると、何故かマナーモードになっています。あれ、いつマナモードにしたっけ?
とりあえず、カミさんに連絡を入れて、セイユーのカウンターに到着、財布があったことを連絡しました。

身分証明書、写真付のものがありますか?

と問われ、そう、確か財布の内側ボッケットにマイナンバーカードを入れたハズ・・・
しかし、ありません。
そうだ、マイナンバーカードは前日のワクチン接種の際の身分証明書として別にしたんだ、そう思い出した。
万が一財布を落とした時の用心のために、お金や個人情報にかかわるカード類はすべて、財布から抜き取ってあったんだ。
財布のなかは、図書館利用カードとか、ヨドバシポイントカードとか、本屋さんのカードしか入っていなかった。
安心は安心だけど、今、ここで自分自身を証明するものは何もない・・・
セイユーのスタッフは、「本来ならそのような書類を持ってきていただくのですが、奥様からの連絡と、レシート番号で時間と財布のあった場所が一致していますので、
簡単な書類に署名していただくだけで、結構です」と、無事にお財布は戻ってまいりました。

実は、お財布を落としたのはこれが二度目なのです。

二年前の夏、落とした場所はやはりスーパー、この時は、駅の向こうの商店街の大スーパーではなく、自宅から徒歩5分の地元系スーパーでした。
そう、思い出しました、あの時もやはり、ちゃんとしたバックとか、カバンではなく、今回と同じショートパンツと、サンダル履きの軽装だった。
つまり、お財布がちゃんと収まる大きな、深いズボンのボケットでもなく、普段持ち歩いている自分のサブバックでもなかった、もう一つの共通点があったこの地元のレジ、店員がスキャンして支払い金額まで出てくるのに、実際の支払いは次カウンターのマシンにお金を入れて精算するスタイルに変更されていました。
現在のコンビニ、セブン・イレブンのスタイルです。
ひとつは、感染症対策で人と人との接触を少なくするのと同時に、現金を扱う、起きるミスを少なくする為のようです。
この時も、今回の「セイユー」と同じく、精算機にお札を入れて、お釣りの小銭を財布ではなく小銭入れに戻しているスキに、マシンに置いてしまったようです。
この時、セイユーと同じように、私がお店に確認しに行く間に、カミさんが電話しました。
一人で行って、「財布を落とした、なかったか」というより、もう一人先に「事故」を報告し、同時にその時の
レジレシートを証拠として持っていくことを学習していたです。

お財布を落として学んだことは
1,お財布にお金に関するもの、キャシュカード・クレジットカードは入れない

2,個人情報に関する、マイナンバーカード、健康保険証はいれない

3,各医療機関の通院カードも入れない

4,入れるカードはせいぜいポイントカード程度、万が一なくなっても怪我が少ない程度のもの

今回のちょんぼで学び、反省し、財布だけでなく、通常持ち運ぶカバンの中身に収納してある書類・カード類は画像化、デジタル化したことです。
ついでに、カミさんの分もやってあげようと提案しましたら、「私は財布を2回も落とした君ほど、ボケていない」といわれました。


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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ