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2021年12月31日

今年の我家の家計決算、年末調整 妻の老後資金の見直し

毎年恒例の年度末決算、カミサンの楽しみは

毎年12月25日に翌年1月の通常の一月の家計費やら、年末・年始用の費用を銀行口座から現金で引き出してから、パソコンに向かい我家の家計・資産のエクセルシートに向かうのが、現役時代からの日課となっています。
年末の大掃除よりも重要な、いわゆる、今年の総棚卸・決算です。
昨年末との総資産・貯蓄残高との比較をして、その結果に応じてほんの少し家庭内での年末調整をしています。
現役時代は、12月のボーナスの入る月でもありますし、自分たち夫婦二人の総資産残高も当然、昨年末よりも増えており、その金額を二人で確認し、私達の早期リタイヤ計画のスケジュールを再確認するのが、二人のクリスマス・年末の恒例の行事となっていました。

私の決算手当・ボーナスはいくらになるの?

と今年の決算を前にして、カミサンは早々と言いだします。
確かに、パソコンのエクセルを開かなくても「旅行費予算」に未消化、余っているのは目に見えています。
これまでの退職して18年間、毎年の娯楽・旅行費が余りそうな年は、翌年へと繰越していましたが、それでも2泊3日の旅行一回分程度でした。
それも、私達がパスポートを更新せず、海外旅行を卒業した6年前からのことで、それ以前は二人の旅行代が足りないときは、共用予算からではなく、夫・妻二人個人の小遣い口座から補填していました。
しかし、ここ2年は社会全体、世間がコロナ禍で自粛したことにより、私達が予定していました、年間旅行費の大半は未消化となっています。
海外旅行を卒業して、国内旅行に切り替え、基本二泊三日の二人の旅行費は原則、全て込みこみで10万円と決めています。

二人で10万円という金額はかなり微妙な、世間一般のシニア夫婦の旅の予算額からは少ないと私達は知っています。
一般的に65歳を超えた年金シニア夫婦の旅のスタイル、大手旅行会社の団体ツァー二泊三日(当然一日2食つき)でも、かなり厳しい数字ですが、現地観光なしフリーのホテル・フライト、トレインパックでしたら、シーズン・時期によりますが、日本全国、北海道から沖縄まで二人で5〜6万は普通にあります。
如何に、この3日間、ホテルを拠点にして、自由に動くかが鍵になりますが、私達二人は若い頃から、個人・自由旅行になれているのと、何よりも「食のこだわり」が全くありません。先週の静岡の由比でも、カミサンは「桜えびのかき揚げ丼」はカロリーもお値段も高いから、私は普通の海鮮丼がいい、ホテルの食事もブッフェは嫌、食べ過ぎるから、私はヘルシーなコンビニ弁当でも全く構わない、という奥様なのです。

ということで、今年の旅行費は大幅に余りました。
今年を振り返ると一泊以上の旅は
4月 高遠・諏訪・松本 桜行脚
10月 富士山麓一週
11月 軽井沢・小諸の紅葉の旅
12月 熱海の花火とさった峠 




のたったの4回という、退職後としては初めての少なさなのです。
他に、関東周辺の日帰り小旅行は毎月行ってますが、一人の場合、自己口座より、二人の場合でも泊まらないごく少額の交通費のみです。

というわけで、今年の決算をしてみると、旅行費も大型耐久消費財も、医療費、家具、電化品費用もかなり余りました。
金額にして、退職直後の物価・状況でしたら、ハワイ7泊9日が2回は楽勝いける金額が旅行・娯楽費内で余りました。
さて、それではカミサンが望む、年末決算余剰金として幾らお渡しするか?

もちろん、全額は有りえません。
それは、カミサンの個人口座、全く詮索されない自由なお金残高は私のちょうど倍の金額があることを私は知っています。
その理由は、カミサンは一人で銀行へいってATMで入出金はおろか、記帳も出来ない、「夫に任せっきり・能天気」方なのですから。
結局、カミサンの今年の決算手当は、10万円です。夏のボーナスも入れると20万円でした。
では、家計をコントロールしている私の決算手当は幾ら?か・・・私はゼロ円です。
大きな理由のひとつが、買いたい物、ほしい物がないのです。今持っている自由なお金で今のところ十分なのです。
コロナ前、まだ70歳を迎える前までは、webサイトのバイト関係で、横浜の歓楽街の「おねー様方」とのお付き合いもあり、毎月それなりのお小遣いも必要でしてが、それが全くゼロになり、その他のNPOや趣味のクラブも卒業しましたので、本当にお小遣いといったら、本と映画と
日帰り小旅行の電車代程度だけで、定額の月3万で毎月あまるぐらいです。

今年の決算で現れた未消化、余剰金の行方は

私が73歳、カミサンが70歳になった今年、私たち夫婦のまわりには、私達より5歳ぐらい年上の知り合い、お友達が多くおり、話題は伴侶や、年老いた90歳を超える両親の介護の話題が多くなってきています。
夫が認知症を発症し、デーケアだけでは収まらず、家庭内でみるには人員時に賄えずに、施設のお世話を考える方々のお話を聞く機会ず増えています。
実際に独身の兄を施設でみている方から、入居費にかんする資料などもいただいたり、ご主人を見送り、戸建てを売却してURのサ高住に移った方からのお話を聞いています。

私達が40年前から早期リタイヤ計画の資金計画をたてていた頃、私の死亡年齢はその当時団塊世代の平均余命の78歳、ガンかなにかの病で病院でなくなり、キャッシュで3,000万近い金額を残しておけば、後は私の遺族年金とカミサン本人の公的年金で90歳までは、これまでとさして変わらぬつつましい老後を全うできるだろうと計算していました。
最悪、今の住まいを売却すれば、ある程度のレベルの老人施設にはいるだけの資金には十分だろうと思っていました。
しかし、医療の発達でそう簡単に、病院での入院数ヶ月で亡くなるのは、現在で至難の技・・・と考えるようなっています。
団塊世代の男性、80歳で亡くなるまでには、想定外のかなりの介護費用が発生する・・解っていても目をつぶっていたかもしれません。

いったい幾らの介護資金が必要なのか?
・子供いない、公的年金の少ない、早期リタイヤした70代の夫婦に、幾らの蓄えが必要なのか?
・そして、この現在の家を何時、どう処分すれば私が逝った後、カミサンが暮らしていけるか?
・私達の考え、早期リタイヤ資金計画は間違っていたのか、甘かったのか?
・他の年金シニアご夫婦は、この介護費用をどう工面しているのか?

いろいろ、現在、痴呆で家庭内での介護が難しいご夫婦のお話を聞くと、特養以外だと少なくとも、介護保険を利用しても月に20万の費用が發生しているよヴです。
その費用が負担出来ない場合は、家族が公的介護サービスを利用して、家庭内で介護する道を選択するしか方法はない、一番理想なのはステージ4のガンで、最後はホスピスで亡くなるのが、伴侶、家族に迷惑をかけない逝き方が今の高齢者の置かれている、実際の状況のようです。

カミサンは、
「大丈夫よ、私一人になった時は、このマンションを売ったお金で、慎まし暮らし最後は生活
 保護をうけるから、あまり先まで計算しないで、来年も今までどおりの生活をしましょう。」
「貴方に介護が必要になっても、私は家庭内介護は絶對しない、何処か施設に入ってもらう」
「後のことは、今、心配することはやめましょう」
で、2021年、我家の年末決算・調整は終わりました。

さて来年は何処へ行こうか、計画通り、高知・鹿児島・北海道をまずクリアするのが先決だ。

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2021年12月29日

二年ぶりの、元仕事・業界仲間との餅つき・忘年会に参加

12月に入ってかつての仕事関連の客先であり、遊び仲間でした友人から、「今年は恒例の餅つき大会・忘年会をやるので、あけておいて、と云っても、どうせ優雅な毎日サンデー、365連休のご身分だから大丈夫でしょうが」と連絡がはいりました。
「何時やるの?」
「12月28日お昼前から、いつも会社の作業場で、」
「ちょつと待って、28日は、午前・午後と病院の診察が入っているだ」
「そんなのキャンセルしておいでよ、コロナで二年ぶりで、昔の仲間が参加するんだからさ」
「まあ、調整してみて、行けたらいくよ」

確かに、おっしゃるとおり、毎日サンデー、365連休です。

特に、昨年72歳、父親・兄がなくなった年齢を越したあたりから、自分の寿命、天命を意識するようになり、いつも自分に残された寿命・年月を意識するようになり退職に関わってきた、市民活動、ボランティア、NPOセンターでのパソコン講座、趣味の写真・ビデオ・海外旅行などのクラブ、バドミントン・ラケットテニスなどのスポーツの会員を徐々に減らしてきており、暇は数年前に比べると格段に暇です。
でも、12月28日はまずい・・・この日は午前9時に、前立腺がんの定期マーカー検査(4ヶ月に一度)を湘南鎌倉病院にいれており、午後は同じく内科クリニックの2ヶ月に一度の定期診療が入っているのです。

でも・・・一瞬考えて、どちらを優先すべき判断しました。
前立腺PSAが高くても、すぐにどうこう鳴るわけ内科の2ヶ月に一度定期診療にしても、「お変わりはこざいませんか?、血圧をはかりましょう」だけですからこれは、迷わず、2つの病院・医院の予約を変更して、昔の仲間たちの「餅つき大会・忘年会」に参加スべきだと考えました。
内科クリニックは27日にして、湘南鎌倉病院は29日までやっているというので、29日の朝一番、7:30採血、9:00結果、医師と面談となりました。
こんな時、つくづく、徒歩圏内に県下有数の大病院のある現在の住まいの環境に満足します。

私達は、日本国内の旅行は、ほぼすべて、自由・個人手配旅行です。
そして、自動車免許証を60歳で更新しなかったので、車に乗れず、地方の観光地への移動はすべて、公共交通機関、電車・バスです。
特に地方のレアな観光地へは、バス便になります。
そして、テレ東の人気番組「路線バス乗り継ぎの旅」で盛んに登場する路線バス「郊外の市民病院経由、行き」のバスにお目にかかる度に、年老いて、車のない生活の不便さを目の当たりにしており、自宅から徒歩圏に住む環境に感謝しています。
テレビ番組は、秘境やポツンと一軒家が都会の視聴者には人気のようですが、実際に住んでいる人たちにとって、例え一日午前一本、午後一本の病院経由のバス便は命綱なのでしょう。

この昔の友人は、私が退職後勤めていた会社をやめて、独立して大手設備会社の下請け会社を経営しています。その会社の資材置き場で餅つき・バーベキューをやるのですが、その場所はとても最寄りJRの駅から歩いていける距離でもなく、バス便はあるものの、本数が少なく、やむおえず駅まで迎えきてもらいます。
迎えにきてもらうのはいいのですが、まだ宴もたけなわの状態で帰り、また駅まで送っていただくタイミング難しくて、なかなか言い出せないのいつものことなのてす。

餅つきへの参加は、退職して鎌倉に越してきてからです。

餅つきは、子供の頃からも、成人してからもしたことがありません。
地方、信州育ちと云っても住まいは、街なか商店街ですから、餅つきするようなスペースもなく、父方、母方の田舎との親戚付き合いも少なく、実際に臼や杵をついての餅つきは、退職し、鎌倉に住むようになってからです。
パソコン講座の生徒さんの家の広いお庭で餅つきパーティー、と云う典型的な鎌倉セレブの形でした。
臼も杵もかまどもすべて、鎌倉の郊外の農家さんよりの借り物でした。
かまどの焚付は、ご自宅の裏庭の戦中、防空壕として使っていた崖をくりぬいた奥に大量の枯れ木があり、これを使いました。
「どうして、こんなに枯れ木があるの」と聞くと、「庭木の剪定した時の枝をゴミとして出すのが面倒なのと、母親が昔、戦中の燃料不足のことを覚えて
いて、いざという時としてづっと蓄えてあるの」そうです。
退職直後の55歳でしたから、参加者の男性のなかでは一番若く、前日からの材料の買い出し、もち米の炊き上げから、杵を持っての餅つきまですべてに参加していました。
やがて、この鎌倉セレブのお宅での餅つきも、参加者の高齢化により徐々に縮小化していき、数年前ななくなりました。

参加しました餅つきは、鎌倉セレブのお宅とは大違いです。

この日に集まったのは総数30〜40人で、現役時代からお付き合いのある
のは、私一人だけ、なのですが、私もこの会社のITシステム構築に関わったり、会社のホームページを造ったりしており、仲間みたいなものですが、
いつの間にかこの餅つき会の最年長になっていました。
参加者はこの友人主催者が社長の設備会社の家族、仕事仲間とその家族、現在の取引先の社員家族、そして趣味の釣り仲間、養蜂仲間、そんな若いメンバーで、現役の建設現場の職員さんも多く、鎌倉セレブの餅つきメンバーとは設備が違います。
この日用意した40キロのもち米をセイロで蒸す熱源も、必要な熱湯も全てガスバーナーですから
あっという間に40kのもち米が、平もちになり、参加している方々の若い奥様の手により、切もちに分けられていきます。
私といえば、「年寄りに杵を持たしたら、危ない、暴走して振り回されるのが怖いから、持たすな」とからかれ大人しく、出来上がった餅を食べるだけです。

今年も暮れていく・・・

3時間ほどの餅つきパーティーで新しく知り合った方々と歓談していて、気がついたのは年齢、世代の違いでした。
元いた業界、親子二人で参加してい方は、「私は団塊ジュニアで50歳」「卒業時は就職氷河期」でした。とお話し、バブル期と現在の現場の違いなどに話の花が咲きました。かなり若い女性の参加者は「東京大学を落ちた子が行く大学在学中」の20歳、この餅つき大会主催者との関係は、日本蜜蜂の養蜂を通じての知り合いで初めて参加して、楽しいと云っていました。
久しぶりに元業界の仲間やら、別世界、別世代の方々と楽しい時間が過ごせました。
結局、70代夫婦二人には十分過ぎるお正月切り餅やら、友人が趣味でやっている「自家製ハチミツ」をお土産お土産にいただき近くのJR駅まで送っていただきました。
何十年ぶりの大寒波の日本列島なのに、帰ってきた最寄り駅、湘南の西の空は綺麗な夕焼けでした。

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2021年12月27日

熱海の花火と旧東海道五十三次 さった峠

地図

プロローグ
我家のカミサンの慢性「つまんない病」の発作・治療のために、何処か一泊、温泉に行かなくてはなりません。
一番交通費が安上がりなのは、湘南から近い順に、熱海・箱根・或いは伊豆の東海岸、伊東あたりになりますが、何も見どころも、話題性も、ましてや私の趣味であるビデオ撮影対象となるような風景もない、見飽きた温泉街に行って、ブツフェではないにしろ、全く飲めないわたしにとっては、会席・懐石料理も苦手で、唯一、大きな露天風呂にゆっくりと身を浸せれば、十分なのですが、これまでに全国の有名、人気の温泉を知っていると、相当の金額を払わないとされまでの温泉と肩を並べられる、湯殿、温泉旅館は近場になく、それこそ、TVで取り上げられる、一部屋、5万〜というようなお宿になってしまいます。
元々、二人共、バツクパッカーが行かないような、世界の僻地、奥地の旅では、一泊10ドルの宿を経験しており、「寝れればいいや」という感覚があり、夕食・朝食込みで二人で数万もするような宿・ホテルは望みませんが、やはり「鎌倉にお住まいの70代の老夫婦」となると、そう変な寝るだけのお宿には泊まれない年齢になってきており、そこの兼ね合いが難しいお年頃なのです。

熱海に泊まって、お部屋から花火を見よう。
7年前に熱海の「ニユーアカオ」に泊まって花火を見たことがあります。
熱海の港の花火をほぼ海側から見れるロケーションで、あの当時夕食・朝食込みで二人で4万円と、私達二人にとってはと高かったのですが、結果は満足でした。そこで、今年の熱海の花火の日程を調べ、まだ間に合う宿をネットで調べると、ヒットしたのが、今年の春の桜の季節、候補に上がった「かんぽの宿」です。
アクセスした時に空いていたのが、「かんぽの宿別館」、和室8畳、海側、バルコニー付き、夕食なし、朝食のみで二人で27,000円也、普段、花火のないと時の値段は、朝夕食つきで二人で17,000円のお宿ですが、まあいいだろう。
但し、ただ単に、鎌倉から熱海まででかけて、温泉に入り、花火を見て帰ってくるには、近すぎ、時間が余るので、カミサンに提案したのは、翌日は以前から一人で日帰りで撮影に行く予定だった、旧東海道、広重の浮世絵に描かれている、由比宿・さった峠に行く条件を提示したところ、同意してくれましたので
二人の今年の旅予算、一泊二日二人で50,000円の予算で出かけることになりました。

熱海・伊豆山神社

伊豆山神社熱海温泉街の3,000発の花火は、夜の8時20分から40分です。
夕食なしの私達ですが、早くホテルに入って、のんびりとお風呂に浸かるにしても、チェツクインは15時、この時間に入るには、自宅を午後1時半にでても十分に間に合うのですが、せっかくの旅行日、その時間まで家にいるのも勿体ない、早めに自宅を出て、熱海周辺をぶらぶらしようと、考えても、熱海はもう何回も行っていて、見るものはありません。
そこで、今年の春予定していました、伊豆山神社に行ってみようとなりました。
伊豆山神社の境内の「枝垂れ桜」は超有名です、もちろんこの季節咲いているハズもありませんが、来年の下見と・・・被災者には申し訳有りませんが、あの土石流の跡地と、現在の様子をカメラなしで、車窓からならさして、避難されないだろうと、自宅を10時過ぎに出て向かいました。
伊豆山神社へは熱海駅から12分程度で、バスは頻繁に出ていました。
解ってはいましたが、かなりの急勾配の道を上がっていきます。途中、何度もTV画面でみました、土石流が直撃した道路、呑み込まれた道路脇の茶色のビルが、まだそのままの状態で残っていました。
伊豆山神社前バス停から、急勾配の階段をの登った先に、有名な「枝垂れ桜」がありました。
この日は土曜日の晴天、若い女性グループが画像のハート型におみくじを結んでいました。
ここは、来年、「枝垂れ桜」がドンピシャリの晴天の日に、一人で撮影にくることにし、バスで熱海駅に戻りました。

かんぽの宿と花火

花火駅に戻ってランチをしても、まだ1時ちょい過ぎです。
熱海の山の上にある「かんぽの宿」は、送迎シャトルバスはなく、1時間に一本の路線バスで20分の距離ですが、暇なので、ボチボチ・ぶらぶらと歩いていくことにしました。
予定時間は60分です。熱海が初めてであったり、数度の方なら、整備された海岸通りや、お宮の松などの名所めぐりもあるのですが、私達にとって熱海はマップがなくても簡単に歩けるように親しんだ街ですから、方向感覚だけで歩けます。
やがて、目印の「かんぽの宿」矢印看板の街角にきてびっくりです。今までバス通りと違って、狭い、急勾配のとんでもない坂道が続いているのです。
最近、だんだんと脚力・筋力が衰えてかなりこたえる坂道でした。
ホテルに到着したのは2時半すぎ、何の問題もなくチエックイン時間前に入れました。
お部屋は、予想通り、2階の一番外れです。確かに、花火が上がる熱海の埠頭はみえますが、若干、下のかんぽの宿本館が被っています。
実際に花火が上がってみなと、どの程度、撮影の邪魔になるかは分かりませんが、今更、フロントに掛け合っても、この日が満室なのは分かつていたので、花火を見てから、撮影の場所を考えることにしました。
お風呂は・・・普通でした。完全露天プロではなく、半露天です。
客層は・・一般的、庶民的なお客様、家族連れが多いようです。
齢をとると、和室・ふとんの寝起きは苦手になりますが、今回は仕方ありません、ここしかお部屋が空いてないのは解っていたのですから。

肝心の花火は撮れたのか・・
前回のニューアカオからの海側から比較すると、ここ、かんぽの宿でも、もちろん花火はみえますが、やはり撮影をメインに考えるとと、もつと海側下のほうが良いでしょう。特にナイヤガラのような仕掛け花火は港に近い場所、手前に障害のない場所を選ぶべきでしよう
何も考えずに、45,000だしたニューアカオはが今思えば、最高のポジションだったのでしよう。
※ニューアカオは今年11月、閉館しました。

翌日、ビュッフェの朝食を食べて、この「かんぽ宿別館」が始発一番のバスに乗り熱海駅からJR東海の東海道線島田行に乗り今回の旅行の大メイン、さった峠への下車駅「由比」を目指します。

翌朝も快晴、熱海から由比を目指す

地図


JR東海の東海道線沿線からの富士山

車窓富士日本国有鉄道が分社して、北海道・東日本・東海・西日本・四国・九州となった時、東日本と東海の境は熱海駅となりました。
何が困るかというと、同じJRなのに、東日本のスイカが使えないのです。三島・沼津なら仕方ないのですが、御殿場線がJR東海エリアとなってから行楽の季節(梅・桜・黄梅)は、御殿場線の改札は、スイカできJR東日本のお客さんで大混雑するのです。そして、この旅の帰路で分かつたことですが、料金体系が東海と東日本では違うのに、面くらい、騙された、サギではいかと思うったくらいです。
しかし、車窓から眺める富士山は、熱海までの東日本の車窓と違い、目の高さいっぱいに、晴天、雪の被った富士山の勇姿が、沼津から静岡までづっと右手に続くのですから、この怒りはこの程度にしておきます。

さっと峠への入口由比駅

由比駅由比駅の改札をでると、画像のような由比の駅前にでます。
由比と云えば桜えびです。
桜えびの漁期は年2回のみ! 春漁は3月中旬〜6月初旬、秋漁は10月下旬〜12月下旬で、 それ以外の時期は桜えび保護のために休漁となります。
桜えびは駿河湾のほかに、東京湾・相模灘にも生息していますが、 漁業の営業許可を静岡県だけが認めているので、国内の水揚げは【100%】駿河湾となります。
それほど有名な桜えびですが、我家のカミサンは、エビ・カニらは苦手なのです。理由は食べにくいからですと。
由比の駅周辺には、この桜えびのかき揚げを名物とする食堂が人気で、この日もまだ朝早いのに、開店を待つお客さんが並んでいました。

さった峠

さった峠さった峠は歌川広重が描いた浮世絵「由井宿 」の場所です
21世紀の峠からは同じ構図で富士山・駿河湾・高速道・JR東海道線が見え、鉄道ファンのみならず、写真をやるひとには大人気の場所です。
このような街道とか、古い町並みにさして興味の薄い、カミサンの性格を知っているので、一人で来ようかと思っていましたが、せっかく熱海までくるのですから一緒に行くかと聞くと、登山でないでしょ、ハイキング程度なら「一緒に行ってあげてもいいわよ」とおっしゃりますので、テクテクと、天気予報です強い、西風といっていたのに、風はなく、駿河湾に白波もたっていない穏やか陽射しのなか、寒いと思いしっかり着込んできた帽子・手袋・ダウンをひとつづつ脱ぎながら、最後は汗を拭きながら、展望台までたどり着き、思い描いてような絶景を撮影しました。残念だったのは、東海道線の列車がほんの少し前に通過してしまったこと、かな

清水港と市場食堂

清水港今回の二日目のさった峠に行くプランに、カミサンがひとつの条件をだしてきました。
1,美味しいお刺身、海鮮丼を食べたい
2,どこか、静岡お土産を買いたい
熱海のお土産では、カーブスのお友達に配れないというのです。
私、個人の旅程では、さっと峠から再び由比に戻って「桜えびかき揚げ丼」を食べて変える予定でしたが、カミサンのご要望に答えて、さった峠から興津駅に抜け、清水まで行き、清水港の市場食堂で、まぐろ尽くし海鮮丼を召し上がっていただき、お土産タイムを1時間差し上げることにしました。

しかし・・・由比からさった峠までのロードは、旧由比宿の旧道やみかん畑の間を歩く、心地よいハイキングコースなのに対して、さった峠から興津への道は一度下に下りてからは、案内板もない普通の殺風景な国道ですし、距離も由比の1.5倍わどあり、かなり道に迷い、疲れ果てて清水港に到着しました。
漁港のなかにある、市場食堂・まぐろ館は、ちょうどお天気の良い日曜日の12時台、途轍もなく混んで、行列です。
行列して食べることが大嫌いなカミサンは、お店の内容やお値段をチェックすることなく、一番行列の少ないお店に直行します。
入った分かったことは、注文は全てタブレットで、どうやらシニアが敬遠しているのと、ここでは桜えびのかき揚げ丼を扱っていなかったのが、どうやら
行列が短かったのでしょう。

エピローグ
港市場にも、清水駅周辺にも、カミサンが時間を使うようにお店、お土産もの屋さんがなく、予定よりも1時間早い電車で帰路につきました。
しかし、熱海で乗り換えたJR東日本の電車に乗車した途端に、湯河原・真鶴間で人身事故発生、復旧は不明とのアナウンスです。
結局、自宅に戻ったのは、最初予定計画してとおりの帰宅時間となりました。
帰路最寄り駅大船で、熱海・大船間の精算990をスイカで支払おうとしたら、1,140円だというのです。
そんなバカな・・・何回も熱海・大船に乗っているのに、なんで150も違うの?
私はJR東海の清水駅で熱海まで切符を買って乗車し、熱海で乗り換えて大船に来て、スイカでの精算しようとしたのですが・・
駅員の説明ですと、JR東海とJR東日本の料金体系に違いがあり、通しでのると、このような問題が起きているというのです。
清水から乗って一度熱海で改札を抜け、再度スイカで改札を通ると990円になるという、馬鹿げた話が、現在通用しているようです。
スイカで御殿場線を利用するさいはお気をつけください。


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2021年12月25日

団塊シニア夫婦のクリスマスの過ごし方

今日はクリスマス、昨日はクリスマス・イブ
天声人語のコラムではこの日かかれていたのは

大学時代の記憶では、クリスマスはつらい日だった。
恋人とすごさねばならないという空気があまりに強かったからだ。
相手のいない者同士で集まり、アパートで焼酎をのんでいた。


この記事を読んで、この筆者の年齢を思い浮かべていました。
天声人語の筆者は複数いるかと想像しており、そのお一人はの通勤の描写から、私の住む鎌倉・大船地域かと想像し、年齢は私達団塊世代よりも、ちょうど一回り下、還暦を迎える頃かと想像していましたが、この日のクリスマスの日の過ごし方の記述をみると、もう少し下かなと思い直しました。
クリスマス・イブに都内の高級ホテルで二人で過ごす、その時に必ず上がる名前が「アカプリ」(赤坂プリンスホテル)、私と同じ事業部の同僚が新築工事に携わっており、そんな関係でこの季節、「アカプリ」の予約を頼まれると、話していた頃を思い出します。
天声人語の筆者はあのバブル期のことを、毎年のクリスマスの時期に思い出すのでしょう。

昭和のあの頃のクリスマス

団塊世代、昭和22年から24年生まれ小学高学年の時期と云えば、昭和33年頃、「三丁目の夕日」の時代です。
私の家は、信州の県庁所在都市の商店街のど真ん中、裏どおりは県下一の歓楽街でした。
クリスマスの夜は、一年で一度だけの楽しみ、角のパン屋さんのバタークリームのホールケーキが食べれることでした。
父親が結核療養所にはいっている貧しい家庭での唯一の贅沢でした。
丸いホールケーキを四人兄弟分、如何に平等に切り分けるかを固唾をのんで見守っていたことを、今でも鮮明に覚えています。

ブエノス時代のクリスマス

次に鮮明に思い出すのは、20歳のブエノス・アイレスでのクリスマスです。
働いて職場の同僚から、東洋からきた青年が一人さみしく、異国でクリスマス・イブ(navida)を過ごすのを気遣って、彼の家庭に誘ってくれました。
その当時の写真が残っていました。
彼の家族は母親はイタリア系二世、父親はドイツから移民一世でした。
初めてのナビダ、アルゼンチンは典型定期なラテン社会、カトリックと家族の繋がりをもっとも大切にする国民性です。
招かれる時に一言いわれたのが、参加者全員へのプレゼント、ほんの小さな心遣いが必要と前もって云われていました。
私は、友人の日本人花卉栽培農家からね100本のカーネーションの花束を抱えて参加しました。
この家族にとって、初めて接する、東洋から来た青年です。

思い出すのは、世界大戦にも参加した彼の父親の言葉
よく、ジョークで耳にしたことがある言葉が本当にあるのだと分かつた言葉。
「次の大戦では、イタ公(イタリア人)抜きで、ドイツと日本だけで戦おう」と本気なのか冗談なのか分からぬ言葉です。
すると、イタリア系の奥様が本気で、父親の几帳面な性格を批判し始めのを今でも鮮明に覚えています。このイタリア人とドイツ人の国民性の違いというのは、数年後に思い知らされる思い出があります。
当時のアルゼンチン・ペソは不安定で、私達外国人は常に、ドルに変えて持っていたのですが、ある時、このイタリア人奥様から、どうしてもドル建て゛しか買えない電化製品があり、今手持ちにドルがないので、手に入れるまで用立ててくれ、と頼まれドルを預けたのですが、いつになっても返金されず、ドイツ系のご主人に話したところ、結局、奥さんは使ってしまい、返すあてがないことが判明しました。
このことがきっかけでこの家族とのお付き合いは、以後なくなりました。
イタリア人がどうの、ドイツ人がどうのと云うことではなく、この70前半年代の時代、アジア系の青年が海外で一人生活するにはまだまだ厳しい、人種的な偏見、甘さがあったでしよう。

結婚してからの二人のクリスマスは
カミサンに子供の頃のクリスマスはどう過ごしたか聞くと、地方都市の郊外に住んでいた、カミサンの家では当時は、近所にスーパーもなく、ケーキ屋さんは街の中心部にしかなく、日常的にケーキを食べことはなかった。クリスマスのケーキの父親が勤めてい職場の「購買部」からその日買ってきていたようで、ある年のクリスマスは、父親が通勤途中バイクで転倒して、かなり崩れたクリスマスケーキを分け合ってたべたことを覚えていると話していました。

今、二人だけのクリスマスは

結婚して40年以上経過していますが、毎年、ホールケーキを一度買って食べようかというがありますが、一度も実現したことはありません。
値段よりも、カロリーを気にするお年頃なのです。
最近は、お互いの誕生日も、お正月も、ましてや二人の結婚記念日も特別祝ったり、特別外食したりすることはなくなりました。
ごく普通の食事、普通にたんたんと過ごしています。
これが、子供のいない、団塊世代、70代夫婦の当たり前の生活なのでしょう。
ひとつ、気がかりなのは、私が逝った後、カミサン一人でどんな、クリスマス、年越しをするのか、それが一番の心配事です。

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posted by 西沢 at 08:06| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2021年12月23日

ついに自転車を処分する いつか事故を、転倒するかも知れない

共同住宅敷地内の駐輪場も有料月500円

8月から始まった共同住宅の大規模修繕工事も今週で終わります。
最後に残ったのが、屋内駐輪場の二段式の自転車収納架台の再塗装です。
工事担当者から、自分の自転車の確認ということで、久しぶりに自分の自転車を上の架台から降ろしました。

かなり長い間乗っていなかったので、車輪の空気は抜けており、サドルまわりの鉄部はかなりサビが浮いています。
この自転車は、ここに入居した時に買ったものですから、もう17年も経っているのです。
私のマンション・・・というよりは中低層住宅地域指定の環境ですから5階だての53戸と小さいので、「共同住宅」とよぶのが適当と思っています。
どうしても、マンションというと、高層の豪華なエントランスをイメージしてしまいますが、ごくごくありふれた、ちょっと小綺麗なアパートという感じで、外共同廊下で、入居者はかなり若い世代・子供育て世代が中心で、共同廊下にものがはみ出しているような、庶民的な、マンションと呼ぶには似つかわしくない、佇まいの共同住宅です。

東海道線・横須賀線のターミナル駅から徒歩10分で、住所表示が「鎌倉」故に、土地が高いのでしょう、52戸の敷地は狭く、車の駐車場は立体駐車で、全世帯の1/3分しかありません。
そして入居時に驚いたのが、駐輪場もせまく全世帯分の駐輪スペースがなく、有料・抽選方式でした。私は当初から自転車という選択肢はなく、申込みはしませんでした。

硬式テニスを始めるのに、足が必要になる

ここに入居し、新しい土地の生活が始まって、友人・知り合いも増え、硬式テニスに誘われました。
鎌倉には公営のテニスコートは一箇所だけ、鎌倉山の笛田運動公園の4面のコート一箇所だけです。
利用するには神奈川県の公共施設利用、抽選サイトE-kanagawaに利用者グループ8名が各々が同じ日、同じ時間、同じコートの抽選に申し込み、誰か一人が当たらないと、使えないのです。
なかなか、毎週一回の利用で外れる日が多く、手分けをして使える場所を探した所、鶴岡八幡宮の裏手の、横浜国大のテニスコート6面が、平日限定で無料で使えることになりました。
しかし、ここも電話申し込み抽選です。

ここは、女性メンバーには不人気の場所です。
更衣室もなく、当然ながらシャワー設備もなく、一番の難点は駐車場がないのです。
女性メンバーは、車で来て、テニスが終わったあと、着替えもせずにそまま車で帰るのが一番楽なのです。
いっぽうの市営コートには、駐車場もあり、シャワー設備もありますので、先ずはこのコートが第一優先で、8人とも抽選に外れた時のみ、国大を利用することになりました。

この笛田運動公園にしても、横浜国大コートにしても、バス便はありません。
最初、この硬式テニスメンバーに参加した時は、最寄りJR駅や、モノレール駅で車でくるメンバーにピックアップしてもらう日々が続きましたがやはり、毎週、毎週となると私にも「遠慮」が發生しますので、自転車を購入し、30分かけて行くことにしました。
しかし、自転車を買っても、駐輪場の空きはなく、仕方なく自分のルームの玄関に置くことになりました。
私は2階ですから、自転車を肩に担いで、階段を登り、玄関ドアの開け閉めに支障がない場所に置く生活が一年半過ぎた頃、ようやく駐輪場の空きができて、一回の抽選で当選し、ようやく確保できたのが、今から15年前です。

笛田運動公園も横浜国大コートも、自宅から25〜30分、そして最後にきつい坂があります。
でも、まだ還暦前、週に一度、テニスラケットを肩にかけ、鎌倉の街なかを自転車でテニスコートに向かう、自分の姿に満足していました。
こんな、健康的な生活に慣れ、テニスコート以外にも、藤沢の家電量販店や、通っていた「歯医者さん」のあるJR2駅さきの東戸塚へも、自電車で行き、健康的な自分自身に自己陶酔していました。

65歳を過ぎた頃から、週一度のテニスコート通いがきつくなりました。

運動と健康を兼ねての30分の自転車だったのが、次第にきつくなってきました。
そして、同じ公式テニス仲間8人の間でも、実力の差、技術の差がどんどんと広がっていき、練習試合でも、明らかに相手が手加減をしてくれているのが分かるようになると徐々に行く回数も減っていきますが、コートの抽選申し込みもあるので、練習には参加しないが、抽選申し込みだけは継続して参加していました。

硬式テニスをやめたのが65歳、やがて70歳でバドミントンクラブも止めました。
現在、週に一度スポーツは室内のスポンジボールを使ったレジャースポーツの「ラケットテニス」のみです。
「ラケットテニス」は自宅から徒歩15分程度の鎌倉武道館です。一昨年前まで、自転車で通っていましたが、途中の跨線橋の陸橋がかなりきつくなり始めていたのと、筋力を維持するのには、短時間の自転車よりは、自分の足で動くほうがよいのではと思い、一年前から歩いて通っています。70歳、古希を過ぎると、同じスポーツ仲間の後期高齢者の皆さんから、一人づづ、櫛の歯が抜けるように退会していきます。

自転車の処分は粗大ごみ扱い

来年、団塊世代は後期高齢者一歩手前の74歳になります。
少なくとも、週に一回のレジャースポンジテニス「ラケットテニス」は続けていきますが、もう一年近く乗っていない自転車は、処分します。
この共同住宅のなかで、駐輪場の空きを待っている家庭は多いのですから、年内に決着したいと考えています。
処分方法を市役所にサイトでみると、粗大ごみとしての有料の処分となるようです。
郵便局或いはコンビニで、鎌倉市の粗大ごみシール600円を買って、自転車に貼り付け、指定された日、指定された場所(私の場合、自宅共同住宅ゴミ置き場)に出すだけで、立ち会いは必要ないそうです。

毎年、暮れが近づいてくると、ひとつづづ、何かを手放す、処分するようになってきているな、と実感年の暮れです。

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posted by 西沢 at 08:25| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2021年12月21日

退職後に住む街としての鎌倉評価 終の棲家の条件とは

退職する前から、退職したら現在の住まいではなく、違う街に引っ越そうと決めていました。
私達夫婦には子供なく、親戚も少ないし、現在の住まいも20年以上も住んでいますが、新駅駅前広域開発の1号物件で、特にこの街に愛着がある訳でもなく、都心への通勤アクセスの良さに惹かれて購入した高層マンションでした。
退職後、移り住む為にこのマンションを売却する際、地元の知り合いの不動屋さんに売却を依頼した時に云われました。
・駅前開発してから20年、ようやくほぼ全ての施設が完了してこれからという時期です。
・今、バブル後の最安値、特に私の住む棟は、投資対象の所有者が多く、現在競売物件が
 発生し、価格がそれに引っ張られて最安値の状況が続いており、売りどきではない。
・なんで売るのですか?、新しく購入した鎌倉の物件の資金的ことでもあるのでしたら、
 弊社がお手伝いしますよ。

私の答えは、だした結論は

いいえ、私は退職したら、現役時代の住まいから引っ越しをすると決めていました。
理由は、ここが便利過ぎるからです。
私の部屋の窓から、駅に続く交差点に行き交う、バス、車、そして通勤客の姿が見えます。
風にのって、駅のアナウンス、電車の音が聞こえてきます。
朝、起きて朝食を食べて、コーヒーを飲みながら、新聞の経済欄を見て、窓の外を見ると、「取り残されている感」が湧いてきます。
私はまだ55歳、世間ではまたまだ「働き盛り」と見られる年齢ですし、カミサンは52歳、見方によれば「まだ女盛り」です。
ここは都会、新しい街、若いパワーが未来へ、エネルギッシュに動いている街です。
仕事、経済活動、消費生活をするには良くても、退職して、ゆっくり、のんびり、過去を振り返って生活するには向きません。
かと云って、最近はやりの「ロハスな生活」「スローライフ」「田舎暮らし」「自然に囲まれた生活」「シンプルライフ」「晴耕雨読」
「自然食生活」をする気はありません。

移り住むところはの条件は
1,成田空港に乗換なしの横須賀線沿線
2,駅から徒歩圏、10分程度の場所 だだし勾配のきつい坂はなし
3,中低層指定の第二種住宅地域
4,出来れば、公園や緑の多い場所
5,駅周辺に庶民的な商店街があること
6,戸建てではなく、中低層マンション
7,価格は、横浜の物件を売った価格プラス1,000万円まで


この物件にたどり着くまでに退職して1年かかりました。
この一年の間、私達二人は、海外ロング・ミドルステイの候補地を実際に旅し、二、三週間単位で、日本人退職者が多く住むハワイ、インドネシア・バリ島、マレーシア・ペナン、タイ・チェンマイ、台湾・台北で暮らしてみました。
そして、結論に達したのは、3週間前後の旅・観光の延長としては住めるけど、ビザを取得してまで長期には住めない、
無理をせずに、好きな時、好きな場所に、好きな時間だけ、何度リピートショートステイが、私達のライフスタイルに一番あっていると結論に達しました。

実際の退職シニアの鎌倉の生活はどうなのか?
色々なメディアで、住みたい場所アンケート調査で必ず「鎌倉」が上位にランクされます。
私も故郷の同窓会にでると、中学校の修学旅行で初めて宿泊した、片瀬江ノ島の風景や、長谷の大仏の前での集合写真の話になりいい所に住んで羨ましい・・とか、国内の旅先宿で住所を記入すると、「いい所にお住まいですね」と云われます。
確かに、古都、古い歴史と由緒ある寺院・仏閣、湘南のだやかな気候、青い空、江ノ島、富士山、ヨット、サーフィン、江ノ電と観光的には恵まれているのは確かですが・・・
私達はそんな毎日、観光している訳でも、寺社・仏閣の庭園を毎日散歩して歩いている訳でもありません。

北鎌倉駅徒歩0分の一戸建て住むNPO時代友人

彼も、常々「北鎌倉にお住まいとは羨ましい」と云われ続けてきました。
現在住んている家は親代々の戸建で、庭も広く、春の桜の季節、秋の紅葉の季節には、観光客が塀越しに写真を撮っているような場所なのですが、親しくなって聞くと、北鎌倉からの鶴岡八幡宮へ続く散歩道、明月院・建長寺・東慶寺・浄智寺・近辺は全てお寺さんからの借地だそうで、彼の住んでいる土地も、円覚寺の寺社領だそうです。
この辺りに関わらず、旧鎌倉幕府領地(鎌倉七口、切通の内側)の雰囲気のある一般戸建ての建つ場所の多くは、多くは今でもお寺さんのものです。
実際に私たちが退職当初、鎌倉で家さがしをした時、何も考えず雰囲気として、鶴岡八幡宮の隣、住所は雪の下三丁目という鎌倉らしい名前の建売を見にいったことがあります。
詳しい、値段の話になり、初めてこの物件の土地が借地であり、借地料月80,000円しかも25年定期借地権契約ということを聞いてやめたえがあります。土地のオーナーは鶴岡八幡宮でした。
25年定期借地権契約とは、25年後、更地にして無償で返還しなくてはならないのです。当時55歳の私はともかく、カミサンはまだまだ元気で生きてる年数です。

借地でないにしても、一般的に鎌倉抱くイメージと実際に住むとでは、大きな齟齬が発生してしています。
日本画の故平山画伯のお住まいのある、八幡宮の北、二階堂とか、西御門は、日曜日東京から遊びに来て、散歩するには鎌倉らしく緑の山々に囲まれ静かな古都の雰囲気のある場所ですが、所謂「谷戸」とよばれる三方を小山に囲まれた、「谷」は陽射しが少なく、低く、ジメジメした場所なのです。紫陽花に雨が似合う・・・という観光客の話で、実際に紫陽花の季節は、洗濯物が乾かないと云います。

江ノ電沿線、お洒落なカフェがある海の近くに住みたい・・・

毎日が日曜日で、東京に通勤せずに、毎朝サーフィンをするような生活なら可能かもしれませんが、自宅から江ノ電の駅、そして、鎌倉で乗り換えて横須賀線で東京まで通うとなると、自宅・勤務先まで少なくとも1時間30分以上はかかります。
そして、毎日のお買い物に必要なスーパーは、鎌倉駅前に小規模「東急ストア」と高級スーバー「紀伊国屋」だけです。
一般的に思い浮かべる大型スーパーは、車で「大船」「藤沢」まで行かないとありません。
ましてや、千葉や埼玉の国道沿いのあるような大型のショッピングモール、イオンなどは鎌倉・大船には有りません。

鎌倉の住宅範囲をもっと広げて、七里ヶ浜・腰越に広げると60・70年代に大手デペロッパーが大規模開発した南向きひな壇の住宅街が沢山あります。
私の知り合いの多く、団塊世代よりもひとつ上の世代の方々が住んでいます。
そのなかのかなり多くの人たちが、江ノ電駅、モノレール駅近くに、通勤用の駐車場を借りています。
大規模開発した住宅街には当初バスが通っていたのですが、自然なくなり、子供たち、ご本人の通勤・通学のための車の駐車場が必要となってきたのです。
そんな、大規模開発住宅地も、子供たちが巣立つていくと、当然のことながら、コミュニティはジジ・ババのシニア夫婦だけになり、車を手放せい状況が続いていたり、大船地域では、駅からかなり離れた山をを開発した〇〇台と云う名の戸建て団地が沢山ありますが、ここも同じような状況が続いています。
私のスポーツ仲間の女性はもうすぐ78歳、大船観音の裏手のやはり、大手が開発した戸建て住宅地に住んでいますが、運動の為に週一度、体育館に来るたびに、往復タクシーです。確かに手すりのある急坂は登るのも大変ですが、返って下るほうが怖いと云ってます。

月に一度、webサポートしている公園緑地の最寄り駅は「西鎌倉」という駅です。
この駅を中心に、80年代に多くの戸建て団地が造られました。
これらのもっと奥が、芸能人が多く住み、高級料亭などがある「鎌倉山」です。
とても、東京に通うサラリーマンが住む環境ではありません。

退職後に、あこがれの(私は特に憧れてはいませんでしたが)鎌倉に暮らしてみて、齢を重ねていくと、老夫婦二人が暮らしていくのにどの程度のお金と住環境が必要なのか解ってまいりました。

起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半
『人間一人に必要なスペースは、座っている時に半畳、寝ている時に一畳だけ。いくら天下を取ったって、一食(一日)に二合半以上のお米は食べきれない』という意か必要以上のものを欲しがったり手に入れたりしても使い切れないのだから仕方がない、ということなのでしょう。

余計な話ですが・・・
鎌倉の新しい5階建て共同住宅は、横浜の元のマンションを売って、プラス1,000万の予定でしたが、とても足りませんでした。
当時、バブル後の底値だったのでしょう。現在、元住んでいた横浜のマンションは18年経った今(築39年)、私が売った値段よりも値上がりしています。そして、現在の住んでいる我家は、18年前に購入した時よりも20%以上の値段で取引されています。
中古マンションの値段は最近かなり値上がりしているようです。
最寄りターミナル駅から徒歩10分、坂道なし、自宅前公園、小学校まで3分、大病院徒歩13分、築18年、3LDK 81平米今の若い夫婦とっては良い物件だとは思いますが、中古にこんな値段がだせるのか不思議です。

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posted by 西沢 at 07:36| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2021年12月19日

来年2022年の旅計画 行きたい場所はあの名画の舞台

今日まで一泊二日の小旅行で、熱海にきています。
カミサンは、最近でかけていないので、海岸線に近い温泉お宿にゆっくり、のんびりの一泊旅行に行こう、日帰りは嫌といいます。
あれ、軽井沢の紅葉は何時だったっけ?11月の第一週に行ったハズ・・・
のんびり、ゆっくりっといっても、もう仕事を辞めてから20年も、毎日「ゆっくり・のんびり」のハズですが・・・
カミサンの最近とは、一ヶ月が単位のようで一ヶ月以上でかけてないと、例の「つまんない病」が発症するようです。

海が眺める温泉宿ですか・・・
近場となると、伊豆・熱海ぐらいです。
東伊豆は交通の便は良いですか、この季節、私が目的の撮影対象がないし、全て言ってる場所ばかり。
西伊豆はこの季節、海と夕焼けが綺麗だけど、風が強く、寒いし交通費がかかる。
となると、熱海ですか・・・
関東首都圏、特に神奈川県・湘南エリアに住む人にとって、熱海は同じ東海道線で自宅から1時間もかからない場所ですから旅行、旅とは言う感覚ではないのてす。
熱海の温泉で無駄なお金を使いたくないが、花火をやっているから見に行こうと云います。
しかし、熱海の花火は数年前にみているし、花火のやる日の宿泊料金は、普段の倍以上になるのは、過去の経験から分かつています。
それでもと調べてみると、今年の春、桜の季節で一度予約しキャンセルした熱海の「かんぽの宿」をみすると、花火のある日、夕食なし、朝食だけの和室なら人13,500円、二人で27,000円と、私達の一泊二日の旅の予算、50,000円以内で収まるので行くことにしました。
これで、今年の最後の旅は决定です。

次は来年2022年旅計画をしなくては
退職していらい、色々な趣味とか、地域活動とか、NPO広報の仕事とかやって来て、今年終活の一環として、ほぼ全てを卒業しましたので、残された楽しみ・日課・目的はもう、旅行しかありません。
いつか行ける、いつか行こうと思っていたところは、明日がある、来年があるではなく、今、行かなくてはへと変化しています。

来年の旅計画、少なくとも半年分は今年中に作っておかないと、ということで考えている時、新聞の日曜版の特集に目が止まりました。
「読者アンケート いまこそ見たい日本アカデミー賞映画ランキング」
「輝きあせぬ名場面の妙」




幸せの黄色いハンカチは1977年の作品です。私達夫婦にとっても記憶・思い出に残る作品です。
1977年、まだ正式に結婚する前の同棲時代、渋谷の道玄坂の映画館で見た記憶が鮮明に今でも残っています。
山田洋次監督は語っています。

この原作の映画化の話を聞いた時、僕の頭の中にすーと光景が浮かんだのです。地平線があって、向こうの方にに木があって黄色い花が咲いている、リボンのね。このようにクライマックスシーンの映像が形になって浮かぶ時は、うまくいく場合が多いです。


確かに、この映画のエンディングを暗い映画館のなかで涙して見ていた当時を思い出します。
そうだ、いつかはこの夕張に行こうと思ったことを最近思い出していました。
そして昨年、この日本アカデミー賞映画ランキングにも登場する「鉄道員ぽっぽや」の撮影地となった駅「幾寅」を廻る旅行プランを造ったことを思い出しました。
来年、2022の初夏5月がいいな、絶対に北海道へ行こうと決めました。

2022年の旅計画は1月には、デルタのマイレージが余っているので消化するために鹿児島へ行く計画でした。
過去に、若い頃のバック旅行や、退職してからの二人の旅行で何度が鹿児島へは行っていますが、手作り旅行で、
1,開聞岳と菜の花の風景
2,日本の最南端の駅「西大山」に降り立つ
3,桜島を路線バスで廻る
4,錦江湾の反対側、黒酢の「壺畑」が広がる風景がみたい


そして3月はやはり、ユナイテットのマイルをつかって高知へ行こう
これまで何回も計画していて、頓挫した旅行計画ですが、来年は74歳、そろそろ、個人手配・JRと路線バスの旅がきつくなってきているので今年こそは、行かなくては
1,高知城と桜
2,アニメ『竜とそばかすの姫』の舞台、仁淀川の沈下橋とにこ淵
3,足を伸ばして、徳島の奥地祖谷、「天空のカカシの里」とかずら橋




よし、いくぞー 青森五所川原のヒーローだ!・・オヤジギャグ・・

しかし、トラブルとコロナの変化で少し計画変更するかも知れません。
その理由は
1,デルタのマイルにログイン出来ない

鹿児島へはデルタのマイル、デルタの無料航空券が使えるのは国内はスカイマークだけなのです。
先月、試しにログインして、無料航空券の手配を最後の予約エンター手前までやってOKでした。
ポチすると、予約完了になりキャンセルが出来なくなります。UAの場合はキャンセルはできますが、30,000円かかります。
今月、1月の宿の料金やら、天気予報を確認して、再度チャレンジしようとすると、ログイン時、間違いのないアカウント番号とパスワードを入力してもはねられてしまいます。
なんで・・・
心当たりはなくはないのです。
普段、色々な登録、買い物に使っているGメールのアカウントを二重認証にした覚えがあります。
ブラウザ上でもスマホでもGメールの送受信はできるのですが、転送していた、ライブメールでエラーになりました。
もともと、ライブメールはもう使わないつもりでしたから、別に不自由はないのてすが、認証用にGメールを使っていた相手が、拒否するようになってしまい、実害としていまのところ
デルタだけですが、別に何箇所か発生するかもしれません。
来年、天気予報を確認し、絶対似お天気の良い日に飛ぶ時に、再チャレンジしてダメなら、多少お金がかかろうが、電話・口頭で予約をしようと思っています。

その理由2は
2,Go-To トラベル再開するかもしれない

3月の高知、5月の北海道は、ユナイテットの残っているマイルを使う予定ですが、この2回で全て使い切ります。
旅行に関して、二人のホテル代、移動費、観光費、食事代、お土産代、予備費を計算し、合計金額が出ます。ここには飛行機代は含まれません。
マイレージを使うからですが、デルタの鹿児島の場合、もしログインできずにマイルが使えなかったケースを想定し、大手旅行社のホテル・フライトパックにした場合を比較すると、スカイマークだったからかも知れませんが、パックを使うと、当然マイレージを使うよりも高いのは当たり前なのですが、二人総額で2万円プラスになりました。
当然、自分のマイルのほうが安くつくのは当たり前ですが、その差が一人10,000円の差とは驚きました。
確かに、これまでの経験からして、羽田から日本全国の大都市へ飛ぶフライト+ホテルパックは、二人で50,000は確実に下回っているのです。
私達の旅の予算は二泊三日で10万ですから、あと5万で移動・観光・食事が賄えればいいわけです。
例え、プラス2万でも、マイルを使うよりは高いけど、ここにGo-Toが適用されたらどうなるか
Go-To になると関連旅行会社はGo-Toの割引を前提とした、旅行日程、費用を組んでくるのは予想されますが、ホテル・フライトパックはどの程度設定してくるか、見極めてから、旅を決定しても良いのではないかと、考え初めています。

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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2021年12月17日

団塊シニアの体力を過信したかも、鎌倉紅葉散歩2万歩

2021年の紅葉は全国的に遅い、というのは9月の北海道大雪山系旭岳あたりの報道から始まり、新潟苗場のドラゴンドラ紅葉を計画していた時には决定的になり、おしなべて一週間から10日遅く推移して、日本で一番遅い紅葉と知られている、鎌倉の紅葉ピーク、見頃は平年の12月第一週が少し伸びて、第二週末かと予測していました。確かに、11月最終週、電車の車窓から見える、北鎌倉の円覚寺山門の紅葉はまだ早くみえました。

そろそろ、地元の紅葉を撮影に行こうと思っていた頃、お天気は下り坂、雨模様となり、
「まあ、今年は遅れているから大丈夫だろう」
「紅葉の撮影は、秋の陽の射し方次第」
「地元なんだから、朝起きて、陽射しを確認してでかければいいや」
と、待っていましたが、今年は遅いと云っても、第二週週末までは待てない、多少朝の陽射しが弱くても出かけなくてはと、12月11日(土)でかけました。




今日の予定は、自宅から徒歩で円覚寺へ、鶴ヶ岡八幡宮境内を抜けて鎌倉宮を左折して、覚園寺へ、鎌倉宮まで戻り、瑞泉寺へそこから徒歩で鎌倉駅に戻り、午前中に帰宅の予定です。

円覚寺へ

自宅のある大船から北鎌倉ま、ほぼ一本道の2.7km、徒歩速歩きで30分弱です。
今日の日程では、かなり歩くから北鎌までは当初、電車で行こうかと思いましたが、この日、弾性ストッキングをはいており、足は軽く感じたので歩くことにしました。
鎌倉の紅葉の状況、具合をネット上の友人から問い合わせがありますが、私の住んでいる地域は鎌倉と云っても紅葉するお庭があるお寺が豊富にある、北鎌倉や、二階堂ではなく、街の中の大船地区なのでよくわからないのですが、唯一、北鎌倉駅のホームから見える、円覚寺の山門の紅葉具合が毎年の基準となっています。
先週、北鎌倉ホームから徒歩0分に住んでいる友人と会った時、聞いてみると、あと一週間は保つと想うとの返答でした。

しかし、12月11日、完全に遅れていました。
山門手前の真っ赤になる紅葉は、枯れ始めて、茶色マンダラでした。
山門がこの程度だと中庭もたいしたことがないのでは、と受付で「鎌倉市民シニア手帳」をだして入ろうとすると200円ですと云われました。
「エーいつから有料なの、鎌倉市民で60歳以上は無料だったのに」どうやら昨年あたりからのようです。
陽の当たる山門があの程度ですから、谷間にある大きな寺院のお庭の木々は、午前中は陽射しが届いていませんでした。
円覚寺に入るのに、初めて200円も払ったのに・・・

鶴岡八幡宮へ
 
円覚寺から徒歩で、覚園寺に向かうのですが、建長寺の前をとおりますが、建長寺には紅葉するお庭は少なく、ましてや「鎌倉市民シニア手帳」が無料ではなくなったので素通りして鶴岡八幡宮境内を横断して、覚園寺に向かいます。
鶴岡八幡宮は神社で、境内への出入りは自由なため、入場料とか拝観料はいりませんので、覚園寺のある二階堂方面は境内を突ききって行くのが近道です。
鶴岡八幡宮には、紅葉する木は白旗神社国宝殿の参道にある紅葉の木は一本しかないのは知っていましたが、階段を上がった本宮の奥の丸山稲荷社まわりには綺麗に色づいていた木を發見して、一枚パチリと撮影して、素通りです。

覚園寺 隠れた鎌倉紅葉の名所

覚園寺はマップでおわかりの通り、鎌倉の観光名所の中心からかなり北の二階堂の突きあたりにあります。
普通鎌倉からバスで鎌倉宮までいき、そこから徒歩15〜20分、車一台がすれ違うのやったの細い道です。
ここの紅葉の美しさは地元では知られていますが、全国区ではないのは、このお寺の方針で、入山料500円、お庭にご案内するとともに必ず本堂にお参りしてここのお寺の歴史と、法話を聞かなくてはならないからと、一番の大きな理由は、前庭はOKですが、入山料を払った先のこのお寺で一番美しいと云われているお庭は撮影禁止なのが原因です。
但し、山門を抜けた前庭(トイレがあります)は無料で、午前9時〜10時頃に南東から入る陽射しを背にした、お庭の紅葉を撮るのが定番です。
ですから、このお寺へは、午前それも早い時間をお薦めします。

瑞泉寺 鎌倉市内の最も北にある名刹

覚園寺から一旦、鎌倉宮まで戻り、鎌倉アルプスと呼ばれる、鎌倉の北側を囲む小高い峰々(尾根)を結ぶハイキングコース・登山道(天園ハイキングコース)入口がある二階堂を目指して歩きます。
しっとりとした竹林が続く地域で、かの日本画の名匠、故平山郁夫画伯の家の前を通り突き当りを左に行くと、天園と雑木林紅葉の名所「獅子舞」と続き、右に行くと瑞泉寺です。

広大な敷地と、お堂の大きな屋根の美しさが特徴のお寺ですが、鎌倉の観光名所・中心から遠いので訪れる人も少ないですが、ゆっくりと鎌倉の静けさを楽しむには良いお寺さんです。
円覚寺も覚園寺も瑞泉寺も、鎌倉の市内を囲む、守る山間にありますから、日中でも境内全体に陽射しが入り込む時間は少ないので、紅葉の撮影は、お天気次第となります。

二階堂周辺 鎌倉宮

祭神である護良親王(もりよししんのう)は、後醍醐天皇の皇子で父とともに鎌倉幕府を倒し建武中興を実現したが、その後、足利尊氏との対立により足利方に捕えられて東光寺に幽閉され、建武2年(1335年)の中先代の乱の混乱の中で尊氏の弟の直義の命で、殺害された。
鎌倉宮は(明治2年)2月、武家から天皇中心の社会へ復帰させることを目的とした建武中興に尽力した親王の功を賛え、明治天皇は護良親王を祀る神社の造営を命じて自ら宮号を「鎌倉宮」と名づけた。地元では護良親王の通称である大塔宮(おおとうのみや)に因み、大塔宮と呼ばれています。
ここでは、憩いの場所となっており、この日は月に2回の骨董市が開かれていしました。

3時間弱で18,000歩あるいた
8時に家を出て、帰りは鎌倉駅から電車で帰り、11時半過ぎには自宅に戻りました。
スマホの歩数計を見ると、18,000歩です。
距離にして12.5kmをほとんど休まず、それも早足で歩いたことになります。
かなりと云うよりも、初めて経験するような足の筋肉の状態です。
足の踏ん張りが利かず、体が前傾してあるくような姿勢になりました。
「前につんのめって歩く、まるでお年寄りのような歩き方だった」よと帰路すれ違ったカミサンに云われました。
18,000歩は一日としては、それほど驚くべき歩数ではないのですが、短時間でした。
原因は何なのか?、思い当たるのは浮腫み防止の為の「弾性ストッキング」とソールの硬い新しいスニカーではないかと推測しています。
この日は、帰ってからバタンキューでした。

この程度の歩きで、翌日まで持ち越すとは・・・なんたること。
今週末、熱海の花火の翌日、東海道53次のさった峠を由比から歩き、興津に抜ける予定をしているのに、大丈夫だろうか。
カミサンには云われています。
「いつまでも若いと思っていない、もう齢なんだから」

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2021年12月15日

本当に住みやすい街大賞2022とシニアが選んだ街

12月8日、国内最大手の住宅ローン専門金融機関「アルヒ」が自社の顧客調査から、本当に住みやすい街ランキングを発表したというニュースを見ていろいろ、ネットで調べてみました。
住みたい街ランキング云うのはよく目にします。
そのようなランキングの多くは、不動産会社・デベロッパーなどの住宅関連企業が多く、どんな目的で、どんな社会層からのデータかによって違ってくるのは当たり前で、若いこれから結婚するため賃貸物件を探すために街の様子を調べるのと、家を新築する、購入する働き盛りの層と、私達のように、退職して老後を過ごす為の街を探すシニア層では全く違ってくるのは明白です。

今回の「本当に住みやすい街大賞2022」は次の街でした。

1位:辻堂
2位:川口
3位:多摩境
4位:大泉学園
5位:海浜幕張
6位:たまプラーザ
7位:花小金井
8位:月島
9位:船堀
10位:新秋津


このアンケート回答者は、「アルヒ」ローン利用者ということで、新たに住宅を購入した30代から40代の子育て層と推測できます。
評価基準ポイントとしては、住環境と教育環境を最優先させ、次に交通の利便性、と将来の発展性、意外にもコストパフォーマンスにはさほど力点が置かれていないようですした。
1位に選ばれて辻堂は、毎月一度は映画に行く二駅隣で、この駅西口再開発前の大昔からよーく知ってました。元特殊鋼の大きな工場が駅西口にあったところで、東側の湘南海岸とは全く違った工場地帯でした。

その西側は旧住宅公団の分譲マンションから始まり、特殊鋼の跡地開発には、地元藤沢市・茅ヶ崎市・JRなどがからみ、計画的な大規模開発が行われた新しい街です。
評価は以下とおり
●再開発により利便性が急上昇、都市とリゾートの融合で進化を続けるシーサイドタウン
駅周辺は再開発事業「湘南C-X(シークロス)」が完了し、大規模工場跡地に商業施設「テラスモール湘南」・「湘南藤沢徳洲会病院」の移転などが行われ発展、藤沢ICから横浜方面への横浜湘南道路が開通すればさらなる車の利便性向上が期待できる
●湘南エリア最大級の複合商業施設「テラスモール湘南」が駅前に立地しているほか「オーケー」・「Luz湘南辻堂」など生活圏内に買い物施設が充実、駅から車で約6分の場所には「辻堂海浜公園」や「辻堂海岸」があり自然環境も整っている
●JR東海道線で横浜駅まで約23分、品川駅まで約40分、JR湘南新宿ラインで新宿まで約1時間と、都市部へダイレクトアクセスで、藤沢ICまで駅から車で約10分と伊豆や箱根といったレジャースポットも行きやすい
●駅から10分以内の新築マンションは70平方メートルで4500万円前後と、隣の藤沢駅に比べ新築マンションの坪単価は20万〜40万円安く、買い物やレジャーなど周辺環境が良好であることからコストパフォーマンスは高い

このニュースを見て、カミサンは「信じられない、なんで辻堂なの、私は選ばない」と云います。
確かに、便利なのですが全てが、駅前西口に集中していて、便利なのですが、生活する面白みがない・・・というのです。
確かに、自然環境は、湘南の海があると行っても駅の東側ですし、海まで結構遠いです。
買い物にしても、今住んでいる商店街のような対面販売のお店もなく、全てスーパーだらけ、若い子育て世帯、そして車で移動する人たちには、利便性と将来の発展性が優先されるようです。

「本当に住みやすい街大賞2022 シニア篇」
対して、同じ「アルヒ」では、シニア層に向けたアンケートもあります。
評価基準は本当に住みやすい街大賞と違います。
生活環境
日常生活の中で、シニアの暮らしを支える環境条件を考え、徒歩圏内に飲食店が充実しており、移動に便利な場所に位置しているのかを基準に審査しました。
レジャー環境
シニアにとっての「余暇の過ごし方」に視点をおき、近場での娯楽施設へのアクセスの良さや、遠出の際の交通アクセスの良さから審査しました。
福祉 医療環境
「福祉」及び「医療」の制度が充実し、シニアにとって健やかに生活できるのかを判断基準に審査しました。
街の安全性
シニアが生活することを考え、「バリアフリー環境」と「防犯性」を重視し審査しました。
交通の利便性
「出かける」という視点において、電車やバスの交通網が充実しており、都心の主要駅へのアクセスも良い場所に位置しているのかを基準に審査しましたそして選ばれたのが次の3つ街です。




1位:ひばりヶ丘 西武池袋線東京都西東京市
23区全域に好アクセス、駅前に買い物環境がコンパクトにまとまる成熟した街
評価のポイント
●「ひばりが丘PARCO」・「エミオひばりヶ丘」など商業施設が駅に隣接しているので近場で買い物を済ませられる、「ひばりが丘総合運動場ひばりアム」では野球やテニスなどスポーツも楽しめ、ひばりが丘北口商店街で開催されるお祭りでは地元学生との交流など、地域一体で街を盛り上げている。
●西武池袋線急行や快速の停車駅のため練馬駅まで約12分、池袋駅まで約17分と短時間で移動でき、関越自動車道「大泉IC」が近く軽井沢まで約2時間で行けるなど、都心にも観光地にも好アクセスの魅力的な立地
●駅から車で約7分の場所には西東京市内最大規模の「西東京いこいの森公園」があり散策や自然観察が楽しめる、吉祥寺や三鷹エリアも車で約30分と週末のお出かけ先として気軽に行きやすく、45歳以上を対象とする「自由学園 リビングアカデミー」では木工や料理など身近なテーマを学べる環境が整っている
●平たんな地形が多いため歩きやすい、西東京市内では地域の防犯力を高めるため「西東京市防犯活動団体」が地域のパトロールや環境整備などの活動を行っている

2位:稲毛海岸
●駅周辺のフラットエリアに買い物や医療施設が充実、海を身近に感じるベイサイドタウン
東京湾に面したフラットな街並みで海を感じるベイサイドライフを実現可能、「ピアシティ稲毛海岸」や「イオンマリンピア店」などの商業施設、
バレーボールやプールで体を動かせる「高洲スポーツセンター」が身近にそろうエリア
●駅前には内科・皮膚科・歯科など多様なクリニックが点在しており、「千葉市立海浜病院」は駅から車で約10分の場所にあり通院もしやすい
●海沿いに広がる「稲毛海浜公園」にはいなげの浜やヨットハーバーがあり気軽にマリンレジャーを楽しめる、2駅先の海浜幕張駅まで行けば「イオンモール幕張新都心」での買い物や「ZOZOマリンスタジアム」で野球観戦もできる
●活発に住宅供給されている住宅地の多いエリアなので人の目も多く安心感があり、駅周辺に飲み屋街はないため夜でも騒がしくなく、ゆっくりと過ごせる落ち着いた雰囲気のある街

3位:相模大野
リゾートにも都心にも近い駅には商業施設が集積、買い物から余暇まで楽しめるハブタウン
●駅直結の複合商業施設「相模大野ステーションスクエア」や、ペデストリアンデッキで結ばれた商業施設「ボーノ相模大野」など、スーパー、飲食店、金融機関、医療施設などが駅周辺に集積し、日常生活を幅広くカバーし利便性が高い
●新宿駅・横浜駅まで約35分、渋谷駅まで約40分と主要駅へのアクセスが良好、小田急小田原線の快速急行まで停車するため乗り入れ本数が多く、「小田急ロマンスカー」を利用すれば箱根湯本駅まで約1時間と行楽地への移動にも便利
●駅周辺には多くのクリニックが点在し、地域災害拠点病院であり特定機能病院にも指定されている「北里大学病院」や、免疫異常分野における高度専門医療施設に位置づけられている「相模原病院」などの総合病院も生活圏内で通院がしやすい
●駅から車で約15分の場所に露天風呂のある温浴施設「おふろの王様町田店」、約20分の場所に映画館「イオンシネマ座間」があり近隣にお出かけスポットが点在、小田急ロマンスカー利用で片瀬江ノ島駅・小田原駅・箱根湯本駅へ乗換えなしで行けるため、休日のお出かけも楽しめる立地

以上の評価から見えてくるものは・・・・
・先ずは利便性、それも車ではなく、電車・バスなどの公共機関
・散策など近場に気軽な自然環境があること
・徒歩圏に、大きなスーバーや商店街があること
・近場に医院・クリニックがあり、近場に基幹大病院があること

そしていっぽうの願望の「住んでみたい街ランキング」は
調査はアパート・マンション等不動産情報・賃貸、売買のリクルートSUMOですから、若い世代が、ただ単純に住んでみたいなという願望の結果が以下です。

この結果はほどんど何の役にもたっていないでしよう。
第一に1位に上げられている「横浜」って、アンケート回答者は、東京に出て来たばかりのお登りさんではないの?
横浜に住みたい、住めればいいな・・って横浜の何処に住みたいの、何区、何線のなんて駅なのか?全くあてにならないアンケートデーターだと思います。
遊んでみたいランキングと、混同しているのではないのかな。

鎌倉にしたって、鎌倉市内にある3駅、私の住む大船と北鎌倉と鎌倉では大違いなんですから。
これは、私の本サイト「団塊世代の定年後の過ごし方と海外ロングステイ」をつくるにあたって、定年後(かってに早期自己都合退職)、世間でもてはやされている海外のロングステイ候補地を廻っていた時の日本人シニア夫婦と同じなんです。
単純な青い空と海と安い宿、食事を夢見てくるけど、短期の観光旅行の滞在と、長期数ヶ月の滞在や数年の移住ととなると全く違った見方、考え方をしなくてはいけないことをここで、悟るか、理解できるかが、老後の憧れのロングステイ生活の分岐点でした。

日本の理想の住まい、理想の住む街にしても、人生の節々、年齢によって変わって来るのは当たり前、私は、これから退職するシニア予備軍に、できれば退職後は、今の生活から違った環境、場所を選ぶのもいいのではと、推奨します。

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posted by 西沢 at 08:03| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2021年12月13日

来年のカレンダーとスケジュール手帳

例年12月も半ばになると、翌年のカレンダーが店頭に並ぶようになります。
現役時代は、年末は忙しく、次の年のカレンダーと云えば、絵柄・写真などはどうでもよく、先ずは来年の年末年始・ゴールデンウィーク・お盆の曜日や旗日・祝祭日の日のめぐり合わせが関心事でしたが、いざ、退職して365連休になると、旗日・祝祭日の連休は、如何にこの間の混雑を避けて、プランをつくるかに変わり、毎日眺めることになる、カレンダーの絵柄・写真が気になります。
リビングのカレンダーは毎年、カミサンのお友達(元JAL勤務)からの戴き物のですが、これは海外用のため、日本の祝祭日が表示されていなく、意外と使いにくいものですが、大きくて、書き込むスペースがあるので使っています。

私の部屋はJVC(日本国際ボランティアセンター)のカレンダー

いっぽう、私の部屋のものは、現役時代からずっと変わりはなくJVCのものを使い続けてきています。
もちろん、有料です。ひとつには寄付の意味もありますが、風景は少なく、国際協力活動の様子や、現地の子どもたちの笑顔が中心です。
来年はこれまで使い続けてきた、JVCのカレンダーをやめて、美しい風景写真のものにしようかと思い始めていました。
理由は、近年のカレンダーの写真がアフリカ大陸・イスラム圏などが中心となってきているのは、JVC活動がかつてアジア諸国から、アフリカ・イスラム圏諸国に移っているからだろうと、想像しているのですが、カレンダーの写真としては、やや暗いのが気になっていました。

しかし、2022カレンダーの写真は昔に戻り、私の好きな写真家、
「三井昌志」氏のものです。





アジアの人々を撮らしたらピカ一の写真家です。
Wikipedia引用


三井 昌志(みつい まさし、1974年 - )は、日本の写真家、旅行作家。
1974年、京都府京都市生まれ。神戸大学工学部卒業後、機械メーカーに就職し、エンジニアとして2年間働いた後退社。
2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅を行う。
訪問国は39ヶ国。 インドや東南アジアを中心に、人物を中心とした写真を撮り続ける。
2001年、ホームページ「たびそら」を立ち上げ、「@niftyホームページグランプリ2002」において準グランプリを受賞。
「日経ナショナルジオグラフィック写真賞2016」においてピープル部門最優秀賞を受賞。
「日経ナショナルジオグラフィック写真賞2018」においてグランプリを受賞。


写真家 三井 昌志のホームページ たぞそら

JVCのカレンダーは直接、本部NGOからの購入の他に、ネット上では、アマゾンでもヤフーショップでも売っています。
私の場合は、JVC傘下で直接、アジアの子どもたちを支援しているNPO「地球の木」というボランティア団体から購入しています。
理由は、私が鎌倉NPOボランテイア教室で指導した生徒さんが、この法人のホームページ立ち上げたので、お手伝いしたことがあり、時々相談に乗っているからです。
ご興味のある方はどうぞ
特定非営利法人 地球の木

カレンダーの次は、スケジュール手帳です

来年はもう、スケジュール手帳はいらいないのではないか・・・と思い始めています。
だって、来年は74歳、わざわざ一ヶ月のスケヂュール手帳に書き込むほど、予定はないのですから。
スケジュール手帳を使い始めたのは、実は退職して鎌倉にきてからです。
普通、サラリーマンは自分の仕事のスケジュールを手帳や最近ではパソコン・スマホで管理して、動いているのでしょうが、私のサラリーマン人生の最後の7年間の仕事は、超大型現場の常駐です。
本社会社には自分の机がなく、担当している建設現場事務所に自分が必要な机、電話、パソコン全てがあるのです。
そして、仕事の内容は、一週間、一ヶ月単位の仕事ではなく、一年〜三年単位なため、いちいち失くしやすい、小さな手帳は必要なく、事務所内のホワイトボードと、パソコンのなかで十分だったのです。

しかし、退職して鎌倉で老後の生活をするよいになって、初めて持ち歩くスケジュール手帳の必要性を実感しました。
趣味のクラブの予定、スポーツの予定、NPOセンターの予定、自分が講師の講座の予定、旅行の予定、そして病院の予定などの様々な異なる予定を書き込んでおかないと支障をきたすようになったのです。
退職直後、お会いした70代半ばと思われる男性は、ご自身のスケジュール手帳を私に見せて、この歳になっても予定のない空白の日があると、焦ると云うのです。
毎日何かをしなくてはならない、という恐怖感があり、私の個人教授でご自宅でwebプログラムを月に二度受講していました。
一人暮らしでした、この方が亡くなる数ヶ月前にお見舞いに行くと、「あの頃が一番楽しかった、先生がくるの日を楽しみにしていました」。

そして私、来年74歳になる私の今年12月のスケジュール予定表は
■病院の予定
 ・歯科 3日
 ・皮膚科 2日
 ・眼科 1日
 ・内科 1日
 ・泌尿器 1日
 ・国立医療センター 皮膚科 2日
何と12月は病院に10回もいくのです。

特別悪いところ、治療ではなく(歯医者さんはメンテナンス)、定期検査です。
これは特別な月だからで、毎月こんなに病院には行ってません。
毎年年に二回、いろいろな検査を同じ月に集中しているのは、高額医療費還付の為です。
低所得者の私は、この高額医療費の限度額が低いので、大きな検査が重なると、上限をオーバーする確率が高いので、うまく利用しているということなのです
■その他
 ・スポーツ  4回
 ・ボランティアサポート 2回
 ・忘年会  1回
 ・一泊旅行 1回
 ・日帰りお出かけ 2回 
と、72歳で色々な趣味のクラブ、スポーツ、ボランティアを卒業してからはめっきりと減ってきており、何もスケジュール手帳を持ち歩かなくも
不自由はしない、生活になってきています。

その代わり100均卓上カレンダーが必要

私の予定は、カミサンにも分かるように、JVCの大きなカレンダーにカラーペンで書き込んでありますし、カミサンの予定はリビングのJALカレンダーに書き込まれています。
しかし、自分の机の目の届くところにも必要で100均の卓上カレンダーを置いています。
もう、最近、何かを買う時には一度必ず100均を覗いてみることにしています。
今や、食品をはじめとして100均だけで、数ヶ月ぐらいなら最低限の生活出来るほど、商品は豊富に揃っています。

しかし、昨年買った卓上カレンダーは、私の机の上の目を上げたら見える棚の上にうまく立たないのです。
毎月一枚の月めくり卓上カレンダーの需要が少ないのか、自立するものがなく色々苦労しましたが、ようやく、卓上カレンダーを架けるものを見つけました。
木製の小さなイーゼル(絵など置いてスタンドとして使用する)です。150円。
これで、パソコンに座って、目を上げればこの卓上カレンダーの予定表が目に入る。

実は、今月大失敗しそうになったのです。

現在、唯一やっている室内レジャーテニス「ラケットテニス」の会場のネット予約が私のお役目なのです。
メンバー15人ほどいますが、パソコン・スマホで、体育館の予約・確定が出来るのは、私しかいないのです。
神奈川県の予約システムでは、抽選申込みは2ヶ月前15日、当選確定は毎月2日と決まっています。
15日に使いたい場所・時間を入力して、翌月2日に当選しているかを確認し、していなかったら、8日後、ネットでキャンセルを見つけて申し込む方式で慣れたら楽なのですが、メンバーほとんどが後期高齢者ですから、若い、私がやらなくてはいけないのですが、先月、この卓上カレンダー自立できずに倒れていて、うっかり先月15日の抽選申し込みをわすれていたのです。
これが分かった時にかなり焦りましたが、すぐにキャンセルを見つけて、月4回の場所は確保しましたので、メンバーには内緒です。

これでとりあえず、来年2022年、令和四年の手帳、カレンダー類の準備は整いました。
行くなくとも、来年は2022で、和暦は令和4年、自分の年齢は誕生日がきたら74歳、カミサンは翌月3月で72歳はわすれないでしょう。

今、気がついたことがあります。
我家のカレンダーに夫婦二人の誕生日を書き込んだことは一度もなかったな・・・・
あまり、記念日とかを気にしない二人なのです。ましてや誕生日のプレゼントは今までお互いに贈ったことも貰ったことも皆無です。
人に物をあげるのが大好きなカミサンですが、何故か私は誕生日に彼女から何か貰ったことはないのですが・・・
カミサンに聞くと、「私が貰って一番うれしいのは・・・もちろん現金よ」と予想通りでした。


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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ