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2021年04月29日

妄想旅計画 黒部アルペンルートへ個人フリーで行きたい

今年の桜シーズンも関東から南東北では終わり、青森に移り4月19日には満開と、異常な早さで桜前線は北上し続けていますが、私の今年の桜は終わりで、次の旅行シーズン、GWに心は移っているのですが、この世の中のコロナ禍で、そう大っぴらに連休の旅行予定をネット上で展開するような雰囲気ではなくなってきているようです。

しかし、オオカミ少年ではありませんが・・・
団塊世代に残された年月は限られている。
行ける時に行かないと、必ず後悔する。
と、世間から脳天気な、小金持ち、暇人、シニアの戯言と思われるのを覚悟で、ゴールデンウィーク明け早々の旅計画を作りはじめています。

阪急交通社は相変わらず、豪華旅行のパンフや、温泉宿の冊子を送ってきます。
一応、目は通しますが、何も目新しい、魅力的なものはなく、代えって阪急らしい低価格のものがどんどんと姿を消していっており、一般的な価格帯のツアーも、確実に価格設定を「Gotoが再開されたら」を意識しているよう見えて仕方ありません。

目指すのは黒部アルペンルート



過去に高校時代から数えると三度行ってますが、カミサンは一度も行ったことはありません。
特にこの季節限定の雪の大谷は外国人観光客で混雑するのは分かっていたので、敬遠していましたが、このコロナ禍ではかえってチャンスではないかと考えました。
(不謹慎との謗りは甘んじて受けます、残り余生少ないシニアですから、お許しください。)
黒部アルペンルートは下記ルート図のように、幾つもの乗り物を乗り継いで行かなくてはなりません。
どうしても、ツァーに頼り簡単に行く方法を選択しがちですが、過去の経験から云うと、このルートの鍵は「天気次第」なのです。
過去3回のうち、クロヨンダムは2回は晴れていましたが、上方の立山は雲の中でしたし、室堂に至っては雲と雪のなかでした。

今月の高遠の桜は徹底的に開花状況と天気に拘り、宿以外は予約なしで動き、ほぼ満足のいく旅でした。
それ以上に黒部アルペンルートはお天気に拘らなくてはならない場所なのです。
お天気にこだわると云うことは、乗り物・電車類は予約は出来ない、指定席は確保出来ない
黒部アルペンルートは指定席はありませんし、分かりませんが予約も出来ないハズで、行って並ばないと乗れないハズ?です。
新幹線は長野ルートなら、自由席があります。
富山ルートの新幹線には自由席はないのですが、繁忙期以外、とくにコロナで当日・駅でも発券できるハズです。

個人・自由・予約なし、宿は天気が確定する二日前の予約と云う条件で試算してみました。
東京駅を起点として
一日目 東京⇒北陸新幹線⇒富山、富山市内観光 当富山駅周辺のホテルに宿泊(食事なし)

二日目 富山⇒富山電鉄⇒立山
    立山⇒ケーブルカー⇒美女平⇒高原バス⇒室堂
    室堂で雪の大谷、散策 1時間40分
    室堂⇒トンネルトロリーバス⇒大観峰⇒
    ロープウェー⇒黒部平⇒黒部ケーブルカー⇒
    黒部湖⇒徒步⇒黒部ダム
    黒部ダム 散策1時間
    黒部ダム⇒関電電気バス⇒扇沢⇒
    アルピコ高速バス⇒長野
    長野⇒新幹線⇒東京

このコースは、近畿日本ツーリストの
【JRセットプラン】【特急列車&北陸新幹線利用!立山・黒部アルペンルートへの旅[アルペンルート通り抜けチケット付(長野側→富山側)]】
富山マンテンホテル ツイン(2名1室) 2日間 
https://meito.knt.co.jp/1/tr/3237700/を参考にしました。
このコースの良い点は、申込日受付が出発日6日前で、ある程度お天気の様子を判断出来ることです。
料金は二人でざっと76,000円
これを全て自分でやると、88,000円になります。

全く同じコースを大手旅行会社のJR+ホテルパックにすると、ほぼ15%の割引になるのが分かりました。
100%個人手配の場合の利点は、今回の山岳ツァーのようにお天気に左右されるような場所の場合、天候を見極めて
最短、前日に予定を決められることです。

この価格差、二人で12,000円をどう考えるか?
この年齢、自分に残され時間と体力、そして僅かながら資金を考えると、12,000円の差なら、自由を選びます。

この近ツリのネットパンフレットを見ながら、どの程度アレンジが可能なのか、キャンセルに対応できるのか、実店舗で聞いてみようかなと思い自宅周辺の店舗、窓口を調べると、横浜高島屋とヨドバシカメラ店以外は、全て実店舗は閉鎖していました。
ネット上ではダブルのお部屋しか設定できなかったり、私達の基本である21平米以上のお部屋の選択も出来ませんでした。
一番の難点は、私達が考えているのは、このルートの逆コースで、富山側から長野に抜けるルートなのですが、ネット上ではそれも変更出来ませんでした。
おそらく、大手旅行会社のセットパックのルート変更は、実店舗でも難しいと思いますが。
それでは、JRセットパックをビュープラザで調べようと検索しましたが、昨年まであった、大船も鎌倉も藤沢も全てが閉鎖されており、近ツリと同じです。旅行業界は大変なんだ。

さて、コロナ事情で行けるか、行けないか分かりませんが、とりあえず宿だけはジャランで抑えておきます。
ジャランの場合、支払いに現地払い(現金・カード)が選択出来ますし、ポイントがつくのと、キャンセルがホテルによって異なりますが、三日前まででしたらキャンセルチャージが發生しません。
その宿ですが、先ずは無難に富山駅周辺の大浴場のある、ツインの24、5平米のお部屋を設定しますが、どうせ机上妄想プランでもあるのですから黒部アルペンルートで人気の室堂のホテル「ホテル立山」を探すと、ジャランでの扱いはなく、ラクテンとJTBが扱っていました。

5月12日、東京のコロナ非常事態宣言があけた翌日と云う設定で探すと、ツインルーム一泊二食で二人で56,000円也、カミサンに話すとまんざらでもない様子。
ヤバイ・・・そんな贅沢は出来ないし、予約して万が一天気がわるかったらどうする。
JTBのキャンセルチャージ規定は、四日前はゼロ、三日前は20%、前日は50%です。
四日前ならギリギリお天気は決定しそうですが、山の天気は変わりやすい、やっぱり安全策で富山にしよう。

妄想旅計画遊びは楽しい

お金もかからず、パソコンとネット環境さえあれば少なくとも、二日三日は楽しめます。
全く行ったことのない土地への交通手段を調べ、観光地を調べ、予算にあった宿泊先を調べ、スケジュールプランと予算書をプリントアウトする、これでコロナで暇な一週間のうち、二日三日は潰れます。

これを実際に行けば、もっと楽しい旅行前の準備と旅行中の四五日は楽しめ、帰ってきてからは、私の場合、旅のブログ・web化と動画編集とこれまた、一週間は楽しめます。

原則として、我が家では二人二泊三日の国内旅行、予算10万円を一年に8~10回(予算的に可能なら毎月が理想)が出来たらいいなと考えて、実行しています。
海外ロングステイよりも、絶対に安いんですから。

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2021年04月27日

齢を重ねると人は過去の記憶をたどる

先週の月曜日19日 カリブ海の社会主義国キューバで、一党支配するキューバ共産党トップのラウル・カストロ第1書記(89)が党職を引退することが正式に決まったとの報道を目にし、しばし頭の中でキューバで過ごした時の自分の年齢を暗算していました。
最近、色々な世界のニュースを目にする時、あれは何時だったっけ、自分は何をしていたっけと振り返ることが多くなってきています。
過去を振り返るのは、老人化、老齢化の一里塚と云われますが、でも、確かに、高齢者なのですから仕方ないでしょう。

私達夫婦がキューバの首都、ハバナにいたのは、
1996年4月、私が48歳、カミサンが45歳の時でした。
なんで、そんな25年・四半世紀前の年、月まで覚えているかと云うと・・・
1996年とはっきり覚えているのは、Windowsパソコンのデスクトップ壁紙からです。
キューバに行く手続きをしていた、コスタリカの旅行社の事務所のパソコンの壁紙を見て、中米コスタリカって結構進んでいるんだ、昨年発売されたばかりのマイクロソフトパソコンが、もう実際に小さな会社の業務で使われているんだ・・・と関心したのを覚えていました。
そして、4月という月を覚えているのは、定年後の居住地候補地としてやってきたコスタリカ・サンホセの街の商店街の看板に、来週から一週間『セマーナ・サンタで休業します』。というのを見て「しまったイースター・復活祭週間だ、中南米のカトリック国は全部休みだ」と気がついた
のです。

最長90日の観光ビザで入ったコスタリカ
とりあえずの三日間の宿は日本から予約してきたものの、思っていたよりも不便な場所、値段(日本払いで300ドル)の割には狭い、汚い部屋で、至急長期滞在する部屋を確保しなくてはならない時期、動きを封じられる事態になり、思案している時に目に飛び込んできたのが、旅行代理店のチラシ、「キューバ8日間、298ドル」です。当時1ドル100円ですから、身動き取れないコスタリカで一泊100ドルのホテルに泊まっているよりも、一週間、予定していなかったキューバへ緊急避難と、ちょっと共産国家キューバをのぞいてこようと云う理由でした。

スペイン語は全く問題ないのですが、この旅行社、外国人それも日本人を扱ったことがなく、キューバへの入国手続きははじめてだと云うのです。
その場でキューバ大使館に電話で問い合わせすると、本当は正式旅行ビザが必要だけど、このセマーナサンタ週間の間だけと云う特例で、ツーリスタカードOKというのです。でも、手数料一人35ドルとられましたが・・・

今日のブログはそのキューバの思い出話ではなく

齢をとると昔の記憶を辿ると云う話です。私夫婦の間で、四半世紀前に過ごしたキューバ日々は鮮明な思い出と残っています。
テレビなどで映し出されるキューバ・ハバナを代表する広場の映像をみながら、あの8日間、毎日食べていた、ハワイアンビザの話、裸足の野球少年、中華レストランの流しの青年、月に一度の冷たい生ビールを楽しみにしてたドクター、そして帰り空港へのタクシーが一時間遅れて、フライトに間に合わないと焦ったけど、キューバの夏時間切替日に辛うじて間に合った話など・・・

そして最後には、「若かったね、ふたりとも、怖いもの知らずだったね」と。
しかし、今日のブログのテーマはキューバの昔話でなく、齢を重ねると気持ちは昔の記憶を遡ると云う話です。

TVなどで映し出される、各国の代表的な街の姿は
ニューヨーク五番街、モスクワの赤の広場、パリのエッフェル塔、
バルセロナのサグラダ・ファミリア、エジプト・カイロのピラミッド、
アテネのパルテノン神殿、イスタンブールのブルーモスク、
リオのコルコバード・キリスト像、ペルーのマチュピチュ、そしてアジアの街角、
南太平洋の島々、イスラムの社会、街なかに流れるコーランの唄声、
北朝鮮ピヨンヤン、アフガニスタン、カイバル峠、アウンサンスーチー集会・・・・
幾つもの思い出の映像を夫婦で共用し、あの時は・・・と思い出しています。

しかし70歳をこしてもなお悔いの残る、目にしていない風景が
・アメリカ、ワシントンのホワイトハウスとポトマックの桜
・イギリス、ロンドンのビッグベンとロンドン塔
・ドイツ、ベルリンのブランデンブルク門
・イタリア、ローマのスペイン広場



人生せいぜい80年の寿命ですから、一生の間に見れる、訪れる箇所、国の数は多寡がしれています。
しかし、上記4箇所は何度も、プランを立てて計画していて、実現出来なかった場所なのです。
20~21世紀の世を生きてきて、出来る限り世界中を見て回りたい、自分たち人類の歴史の地を訪れてみたいと高校生の頃から思っていました。
結婚した相手の女性も、子供の頃からそう思っていたと知り、二人でできるだけそれに沿った人生、生き方をしようと、言葉にはしませんでしたが、自然とそんな人生になってきていました。
しかし、人生予定どおりにはいかないものです。
自分たちが自らパスポートを放棄するとは思いも知れませんでした。
例えパスポートを放棄しても、いつか落ち着いたら、最後の海外はやはりワイキキにしようかと、話をしていたました。
しかし、カミサンも古稀を超え、数年でコロナ禍も落ち着き、私達が後期高齢者となっても行こうという意思は恐らくないことでしょう。

新聞は伝えています。
兄の故フィデル氏とともにキューバ革命を率いた「カストロ」の名が政治の表舞台から消え、キューバ現代史の大きな節目となる。
エルネスト・チェ・ゲバラもフィデル・カストロも亡くなり、革命を知っているラウルが引退していく・・・
団塊世代もいつか、こうやって人の目、日本の歴史から姿を消していくのでしょう。

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2021年04月25日

新型コロナウイルス ワクチン接種クーポン券が届いた

私達夫婦二人の「新型コロナウイルス ワクチン接種クーポン券」が4月23日に郵便受けに届いていました。
結構な厚さの封書で、丁寧に開封すると
1,名前・券番号が印刷された取り外しシールが張り付いた A4用紙一枚
内容は
■接種券 券種2ワクチン接種1回目と、診察したが摂取できない場合 券種1 予診のみ 1回目 予防接種済証(臨時)

■接種券 券種2ワクチン接種2回目と、診察したが摂取できない場合 券種1 予診のみ 2回目 予防接種済証(臨時)

2,新型コロナワクチン接種のお知らせ(接種費用無料 全額公費) A4用紙裏表一枚
■接種可能な時期を確認する
■接種会場を探す
■予約する
 ・LINEで予約 スマホデQRコード読込 友達登録して予約画面へ
 ・Webで予約 URL
 ・電話で予約 電話番号xxxxxxxx
■ワクチン接種をうける
 当日の持ち物
 ・クーポン券(接種券)
 ・予診票
 ・本人確認書類
3,新型コロナワクチン接種予診票 ・一回目 A4一枚
4,新型コロナワクチン接種予診票 ・二回目 A4一枚
5,新型コロナワクチン接種予記入例診票 ・一回目 A4一枚

6,新型コロナワクチン予防接種についての説明書(ファイザー社製) A4一枚
 ・ワクチンの効果と投与方法
 ・予防接種を受けることが出来ない人
 ・予防接種を受けるに当たり注意が必要な人
 ・接種を受けた後の注意点
 ・副反応について
 ・予防接種健康被害救済制度について
 ・今回接種するファイザー社製ワクチンの特徴
7,タクシー利用券のご案内 A4一枚
 65歳以上で徒步や自家用車で接種会場に行くことが難しい方のために、鎌倉市はワクチン
 接種当日のタクシーを手配します。
 として、4枚の切り取りシールタクシー利用券シールが貼り付けられています。

計7枚のA4印刷物がありました。
先ずは、一つづつ確認して何が必要で何が不要なのか?
そして、先ずなにを為すべきか?を確認しました。
流石に日本のお役所は、一つ一つ、丁寧に説明して、何処からもクレームのないように気配りしているのは見受けられます。
その為に、A4裏表の雛形を作り、各自治体にまわしているのでしよう。

しかし・・・
私が朝食をたべながらこれらの書類に目を配っていてイラつきました。
全ての書類を読んでも、何処にも、何時から予約を開始して、何時から接種可能なのか、これらの印刷物の隅から隅まで読んでも書かれていないのです。
たどり着いたのは2,新型コロナワクチン接種のお知らせの■予約するの項目でした。

 ・LINEで予約
 スマホデQRコード読込友達登録して予約画面へ
 ・Webで予約 URL
 ・電話で予約 電話番号xxxxxxxx
この文書・テキスト発行時には、何時から予約を受け付けるかはまだ決まっていなかったのでしょう、上記の方法で先ず、何時から受け付けるかを自分で確認して下さい。と暗に云っているのです。

▲・LINEで予約 スマホでQRコード読込 友達登録して予約画面へ
開発者は、65歳以上の高齢者がスマホでQRコード読込んだのち、ラインの画面で友達申請すると、本気で思っているのでしょうか?
何歳の開発者か知りませんが、一度自分の両親・或いは祖父母にテストしてみたのでしょうか?
第一、高齢者の何%がスマホを使い、日常的にLINEを使っているのか?
私は73歳、パソコンのハードユーザーであり、スマホも日常的に使いますが、LINEの仲間同士の煩わしさが嫌で使っていません。
一方カミサン70歳は、スポーツクラブお友達との連絡にLINEを使っていますが、自分から発信することも、新しいグループに入ることもしません。

▲・Webで予約 URLの直接入力
果たして、これも疑問です。高齢者はスマホよりもパソコンのほうが圧倒的に画面も大きく、キーボードにも慣れているので楽ですが、URLの直接入力となると疑問です。
ほとんどのサイトは検索、或いは音声入力検索で済ませています。
このURL https://vc.liny.jp/ ※ここからは行政の市外局番※ を正確に手入力で打てるか?
コロンや、スラッシュを打てるか疑問です。

▲・電話で予約 コールセンター 電話番号0570-011-228
となるのは目に見えています。
そしてきっと繋がりにくいのでしょうね。

私の場合、すぐにパソコンで先のURLを打ち込ました。
笑っちゃうのは出てきたのは下記のテキストだけでした。

こちらは鎌倉市ワクチン接種予約WEBサイトです。
80歳以上の方は5月10日9時から、65歳以上の方は5月17日から本URLで予約受付開始予定です。


このA4の新型コロナワクチン接種のお知らせの作る時は、いつこの書類を発送して、いつ会場確保が出来て、いつワクチンが届くか全く五里霧中のなかで造られ文書書類であることがよーーーく読み取れました。

7,タクシー利用券のご案内 A4一枚

これは、鎌倉市独自の政策・サービスかもしれません。
鎌倉は山や谷戸が多く道路網も、ネット環境にしても他の関東首都圏の都市よりも遅れています。
高齢者によっては、ワクチン接種を受けたくてもサポートする人的環境、会場までのアクセス環境に迷われる方がかなりいるとのではという見通しで、市議会が決議してクーポン券の発行となったようですが、一節には、今行われている市議会選挙のおまけではないかとの声も聞こえています。

ともかくとして、ようやく鎌倉市の新型コロナウイルス対策ワクチン接種の情報が届きましたので、お知らせします。
ようやく日本でも接種が始まった状況をはるか太平洋の先、アメリカのサンフランシスコ在住のRickNoguichiさんにも、お届け出来るようになりそうです。


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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2021年04月23日

週刊現代4/24号 最後の家じまいで間違える夫婦が続出中

朝刊の週刊現代の広告、キャッチを見るたびに、先週号、先々週号と同じ内容でははないかと、毒づいています。大きなゴシックの大見出しをみれば内容は分かります。

■65過ぎたら自宅を売ってはいけない
 ・引っ越しとマンション生活、田舎暮らしが
  こんなに辛いとは
 ・マンションの大規模修繕費を最後まで払
  わずに済ませる方法
 ・リフオームは最低限これだけやればいい
 ・リバースモーゲージで得する夫婦・
  損する夫婦
 ・自分の死後、妻にはこうやって家を残し
  てあげる
 ・遺産相続で子供が揉める不動産、嫌がる
  不動産
■なけなしの老後資金を失った人たち
 ・株高に踊らされた夫婦は、投資信託を
  買って全て失った。
 ・外貨建て保険に最後の夢を見たのに。
 ・子供の自宅頭金をだしたのが失敗のはじまり。
■老人ホーム2025問題への正しい備え方

私達、年金シニア生活のベテラン領域に入っている団塊世代は、見出しだけみればほぼ内容は想像でき、今回は立ち読みする必要もないかなと思って目をとおしていて、2つ気になる記事がありました。
1,はマンションの大規模修繕費を最後まで払わずに済ませる方法
2,は老人ホーム2025問題です。

先ずは1,の「マンションの大規模修繕費を最後まで払わずに済ませる方法」なんてあるハズがない!

私は、後3年で二回目のマンション管理組合の理事が巡ってきます。
自分が理事の時に、大きな工事や課題がなければいいな、と思っていましたが、大規模修繕工事は今年から来年にかけてで、私は辛うじてセーフです。

一回目の理事の時に、地上波TV放送の切り替えで周辺住民への電波障害にかかわる補填・保証問題を担当しましたが、マンション管理はM地所と大きな組織の上、私が元建設業界人間で電気・アンテナ業界の知識があったので、時間も費用もたいしてかからず終了しました。
そんな理事経験者から云うと「大規模修繕費を最後まで払わずに済ませる方法」なんて絶対にありません。
所有者として住み続けるからには、修繕積立金は必要です。
最近まで豪雪地帯のリゾートマンションが超安値で販売されると云うニュースが流れていましたが、必ずここには、修繕積立金・管理費の未納という問題がありました。
これらは、新規にこの物件の購入者は払わなくてはなりません。
大規模修繕費を最後まで払わずに済ませるには、この物件を売って、購入者に払わせるしか方法はないのです。

そこで、「週刊現代」の記事を立ち読みしました。
そこには、私と同じく、知っている常識以上の内容が書かれておらず、何の秘策もありませんでした。一つだけ、「ふーん、記者さんも知っているじゃない、これは業界以外あまり知られていない話なんだけど」・・・と私。
秘策ではなく、建設業界の常識です。
新築マンションの場合、10年に一度、中規模修理・修繕を、20年に一度大規模修理、と言われています。
そう、云われているだけなんです。
そして、云っているのは、建設業界、大手建設会社なんです。
プロの設計会社はそんなこと云っていません。「必要に応じて」と云っているだけなんです。
実際に私の住むマンションには、大手設計会社に勤めている人間や、監査・監理専門会社の人間も居て、新築10年目の中・小規模工事としては住民・理事会としてはやりませんでした。やったのは売り主負担の瑕疵工事だけでした。
5階建てですから、大規模工事につきもの足場も組まずに、屋上からのリフトで全てすませました。
そして、今年から20年目の修理・修繕工事ははじまりますが、52世帯マンションのこれまでの積立金で全て賄い、特別徴収はしない予定です。
本当にその工事をしなくてはいけないのか、住民理事会で判断出来なかったら、施工会社ではなく、利害のない第三者専門家の意見を聞けば良いのです。
でも、この私の経験則は今月号の週刊現代には書かれていません。

次に私が注目したのは2の「老人ホーム2025問題」です。
「2025年問題」とは、戦後すぐの第一次ベビーブーム(1947年〜1949年)の時に生まれた、いわゆる"私達団塊の世代"が後期高齢者(75歳)の年齢に達し、医療や介護などの社会保障費の急増が懸念される問題のことなんでしょう。
2025年にはついに後期高齢者とよばれ、今年もこの問題で国民健康保険の負担率を現在の1割から2割にしようと云う法案が審議されていました。
かなり多くの団塊世代の方々は、75歳になっても医療費負担は2割のままになりそうです。
私は、堂々と1割なのは確実ですが、しかし、30代終盤に老後資金計画を造った時は、70歳過ぎたら医療費かゼロだったのに。

団塊の世代が75歳を超えて国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上の超高齢社会を迎える「2025年問題」も目前に迫っています
介護難民にならないために!2025年問題に備えようというのが週刊現代の記事と受け止めました。「介護難民」とは、介護が必要であるにもかかわらず、自宅でも病院でも介護施設でも、介護を受けることができない人を指します。

では私達団塊世代はどう対処するか

2025年問題は、医療・介護業界にも多大な影響を与えるとされています。
元気な高齢者が増えているとはいうものの、高齢になればなるほど免疫力は低下します。
高齢者が増えるということは、人口全体で見たときの疾患リスクが高まるとも言い替えることができます。
つまり、超高齢社会が進むにつれて、医療・介護の需要は必然と高まっていくのです。
しかし、少子高齢化によって労働力の減少はこの先ますます進んでいきます。
医療・介護業界も例外ではなく、将来的に医師や看護師、介護従事者が減っていくことは避けられません。
つまり、社会保険と同じく、需要と供給のバランスが崩壊してしまう可能性があるのです。
これらを私達団塊世代は、今、個々の対応をせよと云われても、老後資金の蓄えしか方法はないのか?

週刊現代の記者はいい加減な当たり前な、分かりきったことしか述べていません。
今こそ、家族と地域の絆が重要で、地域・社会全体で乗り切るしかないと
キーワードは「地域」と「予防」
今後、突如として高齢者数が減ったり労働人口が増えたりすることは考えにくく、2025年問題は避けられない「確実に起こる」とされる問題となっています。この問題に対して、押さえておきたいキーワードは「地域」と「予防」です。
日本政府は2025年問題への対応策として「地域包括ケアシステム」の充実を目指しています。
地域包括ケアシステムとは、住まい・医療・介護・予防・生活支援が、一体となって提供されるシステムです。

難しいことではなく簡単に云えば
1,十分な医療・介護を受けるられる資金を用意しておきなさい。
2,頼れるのは先ずは家族であること。
3,普段から地域の行政、医療機関と綿密な関係をとり情報に接しなさい。
4,病気にならないように、普段から健康、運動をしなさい。


今回の週刊現代も何時もと同じ、ベテラン年金リタイヤの団塊世代は520円だして買う必要はなし、立ち読みで十分でした。

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2021年04月21日

評判のアカデミー候補韓国映画「ミナリ」を見に行く

私の田舎、信州長野市で暮らす、未亡人の姉は77歳、喜寿を迎えました。
かなり信州女子のエリート街道を歩いてきた姉が言いますに、東京や湘南と住むところは違っても、今の日本は全国何処へ行っても、同じレベルのサービス、生活スタイルを得ることができる、これは高速交通網と電子、ネットのおかげであることは間違いない、でもたった一つ、地方に住んでいる不公平感、悔しさ、不便さを味わうのは映画館だと云います。

かなり読書好き、映画好きの姉は、所属している「良妻賢母」をモットーとする羽仁もと子さんの「友の会」の強力メンバーでもあり、県庁所在地の長野市でさえ評判・話題の映画が上映されないことに、苛立っています。
時たま、私にかけ放題のスマホで連絡してくる時に、「あれ」見た、と聞いてきます。
今回、聞いてきたのは、評判の韓国映画「ミナリ」でした。

先月、アメリカ映画の「ノマドランド」を見るか、「ミナリ」を見るか迷っていた時、「ミナリ」の上映時間が午後遅かったの敬遠し、「ノマドランド」を見た経緯がありました。

姉は、「今、あんたの近くの109で『ミナリ』やってるわよ」とわざわざ教えてくれました。
どれどれとネットでみると、確かに何時もシネコン、二駅先の109シネマ湘南やっています。
しかし問題は上映時間です。上映は一日一回、小さなシアター6(定員136名)、その時間はなんと8時15分開演なのです。

シネコン109湘南が入っているショッピングプラザ・テラスモール湘南の開店は朝の10時ですから、このような時間帯は入り口は一箇所のみと制限されています。
8時15分から10時まで「ミナリ」を上映して、それ以降は、きっと若者向けのドラマか、アニメでもやるのでしょう。
マイナーの映画好きのみが見たい、韓国映画はこの隙間のような時間帯に、一回だけ上映と云う、109としてはせい一杯の観客サービスなのでしょう。 

8時15分上映に間に合うようにいくとすれば、
何時に自宅を出るのか、?
その前に何時に起床するのか、?
果たして、それほどの映画なのか?
こんな時は旅計画でなれた逆算方法です。
4階のチケット受付に8時10分 
チケットを事前ネット購入
入り口から一台だけ動いているエレベーター前に8時5分
辻堂駅改札から北端の早朝用エントランスまで10分
とすると、東海道線辻堂駅ホーム到着は7時55分
大船駅発の電車は7時44分の熱海行きで辻堂に7時53分
となると、余裕を見ると徒歩15分として自宅7時25分
となると、朝ごはんなしで6時半、いつもと同じ時間でも間に合う・・・
ということになり、まあ大丈夫だ、これで行こうとなりました。

地方で車生活している方々と、ちょっとした都会(?鎌倉・大船は田舎だと思いますが)に住んでおり、車を待たない私達との間での大きな違いは常に移動は公共交通機関、バス、電車、になるので、旅先でも分単位の時刻表で動いています。
退職して、時間はたっぷりあるのだから、そんなコマネズミように動かなくてもと、おもわれるでしょうが、干支がねずみで、仕事にもそんな時間と図面に追われるような仕事、人生でしたので、旅と同様全く気になりません。

朝の7時半の駅に向かう道は、反対に神奈川の進学名門校男子校と、お嬢様学校へ向かう生徒で一杯です。
そして駅前には、前日から始まった鎌倉市議会議員選挙の立候補者が声を上げていました。
うーん、やはりリタイヤ年金シニアは時々、朝の社会の始動する時間帯に触れなくては、ボケるのだと実感した次第です。

テラスモール湘南には8時前に着きました。
シネコンがある4階へエレベーターで向かうと、すでに数人のお客さんが109シネマの前で待っていました。
シネコンの上映予定時間ボードを見ると、私が見たい「ミナリ」が一番はやい8:15なのですが、8時台開演の映画は他にも5本もやっているのです、全て、人気になりそうなアニメばかりでした。
8時に入場し、上映する6番シアターに行くと、私、一人だけです。
これは、かなりSNSで自慢できる、と密かに喜んだのですが、最終的に上映までに8人になりました。ほぼ女性、一見して皆さん、映画が好きそうな雰囲気の人たちでした。

さて、映画はどうだったか

タイトルの「ミナリ」は、韓国語で香味野菜のセリ(芹)。
たくましく地に根を張り、2度目の旬が最もおいしいことから、子供世代の幸せのために、親の世代が懸命に生きるという意味が込められている。

ストリーとしては
時代は、レーガン大統領の時代、場所は南部のアーカンソー州の田舎の農地
韓国で結婚し、二人の子供を持つ夫婦の米国へ移住した家族のドラマです。
夫は、鶏の雛のオスメスを判別する仕事をカリフォルニアでしてたが、韓国野菜を生産することを目指してここへやってくる。
映画はこの荒れた土地にやってくるところから始まる。
荒れた土地とボロボロのトレーラーハウスを見た妻は、いつまでも心は少年の夫の冒険に危険な匂いを感じるが、しっかり者の長女と心臓に病を持つが好奇心旺盛な弟のは、新しい土地に希望を見つけていく。
二人で働かないとやっていけないところに、下の男の子の病気の世話、そして知らない土地での寂しさもあって凹む妻に対して、夫は妻の母親をソウルから呼び寄せる。
かなり破天荒な母親と親子4人の新しい、アメリカ南部での生活が始まる。

登場人物はこの韓国人家族5人だけ、と言っても過言ではなく、大スペクタルなロケ、映像もなく、ましてやデジタルCGもない、奇想天外な話もない。
ひたすら、1980年代のアメリカと、そして経済成長していく韓国の世界が背景にある。
ストリーに、朝鮮戦争、ベトナム戦争、昔の日本統治の影が投影されている。
新たに登場する妻の母親は、「花札」を持ってきて、子どもたちと遊ぶ姿が無言で物語っているように思える。
そして、この地でもキリスト教会に縋ろうとする妻の姿と言動は、日本及び世界各地で見る韓国社会の拠り所である、在外韓国系協会の存在が透けて見える。
エンディング はアメリカウッドの映画に見られるような、色々な問題で苦労はするが最後は、みんなの努力でハッピーエンドという方向には終わらない。
そうなって欲しいと観客に思わせるような終わり方でアジア人らしく、好感が持てる。

今年度アカデミー賞6部門ノミネート! アメリカで成功を夢見る、韓国系移民の家族の物語
こういうミニシアター系の作品がアカデミー賞最有力候補というのが気に入ってます。
来週の月曜日年4月26日がアカデミー賞の発表ですが、おそらくグランプリは「ノマドランド」でしょうが、この「ミナリ」も何かを受賞するのは間違いないでしよう。
ここ数年、韓国映画界の才能の素晴らしさに共感しています。
映画っていいな。
半日、1,200円で、別な世界へといざなってくれるのだから。

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2021年04月19日

キモすぎる 神奈川県の高齢者ユルキャラ 腰永小百合

先週、週一度のスポーツデーで自宅から徒歩12,3分の武道館にでかけました。
だいぶ春の陽気になり、これまででしたら4月からは自転車で行っていたのですが、今年からは極力歩いていくことにしました。
自転車は共同住宅の1Fの自転車立体駐輪場に置きっぱなしなので、最近見ていませんがタイヤは空気漏れしているでしょう。
立体駐輪の二階部分なので、最近、降ろす手間が面倒になっています。
普通、マンション・共同住宅の場合は、車は有料で自転車は無料なのが一般的ですが、我がやは、駅に近い第二種中低層住宅地域の立地の為、敷地が狭く自転車置き場でさえ、有料・抽選なのです。
入居当時、若い世代が多く子どもたちの自転車全てを収納出来ず、抽選に漏れた家庭は、自転車をエレベーターで運んで、自宅玄関前スペースに置くしかなかったのです。
これを見た我が家のカミサンは
「まるで何処かの都営住宅やアパートのような風景」
「とてもお友達を我が家に招待できないわ」と申します。
確かに、鎌倉の閑静な住宅街のマンションのイメージには似つかわしくないのは確かですが、気取りもなく、中高年低年金シニアにはお似合いかもしれません。

最近、暖かくなっても自転車で出かけない理由は
公式的には、歩くことを心がけているからです。
最近、古稀を超えてから座ったり、ともかく、屈む動作が辛くなってきており、下半身の衰え、筋力の低下を実感してきていますので、自転車でスイスイのスピード感よりも、下半身の鍛錬の強化を優先しています・・・なんて云ってますが、鎌倉武道館への手前の東海道線・貨物線を超える長い跨線橋の坂、勾配が最近、きつくなってきているのです。ついこの間まで一気に上がっていたものが、途中一息つかないと上がれなくなってきています。
そんな私の後ろから、ラケットテニスの同年輩の団塊おばさんは、電動自転車でスイスイと追い抜いていきます。
電動自転車は楽そうだな、でも10数万だして買いたくはない、団塊シニアおじさんが、電動自転車なんて、みっともない。
そして、最近自転車に乗らなくなった、もう一つの理由は、転倒事故が怖くなってきたからです。
50代の頃、20数万だして、ロードレーサー買って旧東海道を走り出し、権太坂で一人で勝手に転倒し、左手を大きく擦りむきました。
右側に転倒していたら、走っていた車と接触して大怪我をしていたかもしれません。
自宅に戻って、すりむけた私のシャツを見たカミサンはその場で、一回しか乗らなかったロードレーサーに鍵をかけ、取り上げられてしまいました。
ママチャリでも、今、歩道で転んだら、弱くなった筋力と骨を考えると、ただでは済まないなと思われます。

ともかく歩く、一日8,000歩は

で、現在は、スマホの歩数計の数値が増えていくのを楽しみに、歩くことを心がけており、鎌倉武道館に到着し体育館に行くと何やら、私達のラケットテニスのメンバーや、ストレッチ、社交ダンスの参加者たちが集まって、警察官の話を聞いているようです。
かなりの市の職員や、警察の制服組が目立ちし、何やら話しています。
そのなかに、異様な風体のお人形キャラクターがいました。
どうやら、高齢者シニアを対象とした犯罪から身を守る方法のお話のようで、その異様な怪物のような被り物のキャラクターが、私に何やらプレゼントを渡しました。
「これ何」というと、若い制服警察官が「暗い時ら反射するステッカーです、手首に巻くとヘッドライトで反射します」
と云います、そこで私は、
「あのキャラクターは何、」
「シニア女性、高齢者女性をイメージしてるのだろうけど、酷すぎない。」
「あれ、鎌倉署で造った、神奈川県警で造ったの」
「神奈川県警の腰永小百合さん」です。
「えー、吉永小百合が怒るよ」
「それにしても、鎌倉の高齢者は、あんな年寄でもなく、みんな若くて、小綺麗にしているよ」
「確かに、鎌倉の皆さんお元気です、皆さん、後期高齢者ですか」
「今日の参加メンバー12名のうち、7名が後期高齢者、うち3人は80代」
「ネー君、あのキャラクターで横浜や県内からクレームがないの」
「ネットでは色々言われているようですが、かえって知られていいじゃないですかね」

確かに、ネットで
「キモすぎる 腰永小百合」で検索すると沢山出てきました。
驚いたことに、腰永小百合さんと一緒に「高倉 善」さんも一緒に写っていました。
果たして、神奈川県警はかえって「受け」を狙ってこんなユルキャラ?を造ったのか
それとも、真面目にキャンペーン用に造ったのか?
ともかくとして、これらの画像を今年、古稀を迎えて我が家のカミサンに見せたところ・・・
「私達の通っている鎌倉のカーブスにこんなのが来たら、神奈川県警の若造はただでは帰さないと思うは。」
あるいは、私のお友達はみんな、綺麗にしているし、齢よりも若く見られている人ばかりだから、
「ふん、鎌倉は違うわよ」とでも云うかもしれないわね。


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2021年04月17日

東京五輪開催まで100日を切った今

東京オリンピックの開会式は、今年の夏7月23日(金)ですでに開幕まで100日を切っています。
実際には開幕式前の21日から、サッカーや野球・ソフトの予選の試合が始まっているので100日はすでにきっているのです。
今週、日本の各地で聖火リレーが行われているようですが、盛り上がっていません。
夕方のTVニュースの扱いもどちらかと云うと、聖火リレーによる人々の接触によるコロナ感染拡大を憂慮する行政首長の発言が目立っています。
聖火リレーの映像を見るたびに、1964年東京五輪当時を思い出しています。
私は高校2年生、16歳、舟木一夫の「高校三年生」が流れていた。

私の住んでいた町にも五輪聖火はやってきていました。
県庁前で、聖火の引き継ぎ・点火リレーが行われ、モクモクと白い煙を上げながら走るランナー、先導するパトカー、後に続く私達よりひとつ上の上級生運動部ランナーたち、今、見れば女性が一人もいない不自然さを感じますが、あの当時、誰もそんなことは思わなかった。

この日本に大勢の外国人がやってくる、東京がどんどん変わっていく、大阪の名神高速道路が出来、新幹線が走り、東京首都高が出来た。
この翌年1965年、新三年生になる春休みに私は一人、日本はじめての高速度道路が見たくて、名古屋から大垣までのJRバスに乗り込んだりしました。
新幹線にも乗りたいのですが、東京から離れた信州の貧乏家庭の高校生には、新幹線に乗車するお金もなく、新幹線の停車するホームにもは入れないような状態でした。

東京オリンピックは本当に開催できるのだろうか?
100日を切ったいまでも、そんな疑問・不安はあります。
日本国家、日本人の意地としてでもオリンピックは開催したい・・・そんなことは露とも思いません。

こんなコロナ禍の状態で、仮に日本の感染状況、医療体制が整っているとしても、何処の国の選手がやってくるというのでしようか?
日本の何%の国民がこのままのオリンピック開催を望んでいるのでしようか。

私、個人としては、東京オリンピック開催は大賛成です。
一番大きな理由は、少なくとも五輪が開催されている期間7月21日から8月8日まで、私達年金シニアのおじさんは暇を持て余すことなく堂々と昼間から自宅でTV観戦していても、後ろめたさを感じずに済むでしょうから。
そして、パラリンピックは8月24日から9月5日まで開催され、全てTV中継されるかどうか分かりませんが、少なくともBS各局では人気のあるスポーツはやるでしよう。
7月8月の猛暑のなか、家の冷房の効いたリビングで2ヶ月近く、何ら罪悪感・焦燥感もなく過ごせる、人生で最後の思い出の一つになるだろう時期を過ごせるのですから、絶対にやってもらいたい・・・という自分勝手の高齢者シニアおじさんの考えなのです。

もし、開催されなかったら・・・
昨年の春、新型コロナウイルス感染による自粛規制が始まった頃、私達ビデオクラブの例会で一つの提案がありました。
コロナ前とコロナ中、そしてコロナ後の街の様子をドキュメンタリー風に記録に残そうではないかと云うアイディア・提案でした。
民放・NHKではすでに、人通りのなくなった渋谷センター街や、ガラガラの通勤電車の映像が流れはじめていた頃です。

できるだけ多くの市井の風景を撮影してライブラリーとして後世に残そうという提案でしたが、クラブとしては動けるメンバーも少なく感染のリスクもあるので結局ビデオクラブ事業としてではなく、個人としてやって見たい方はどうぞ・・ということになりました。
その時の私は、コロナ前、コロナ中、コロナ後ではなく、オリンピック前の東京とオリンピック後の東京の映像をと考えました。
私は、元建設業界の人間ですから諸先輩から東京オリンピック当時の建設ラッシュの話は良く聞いていました。
今、再びそのラッシュが来ており、東京の町並みは刻々と変化している。
自分がこの時代、オリンピック前の時代を生きたという証を撮って置きたい・・・
先ず最初に撮ろうと思った現場は

・国立競技場とオリンピックエンブレム
・お台場のオリンピックモミュメント
・新駅 高輪ゲートウェー駅
・改装なった原宿新駅舎

幾つも思い浮かびましたが、一つも撮ってはいません。
タイミングを逸してしまうと、撮る気、残す意欲が薄れるのです。
撮りに出かけようとするとすると、
 カミサンが何処へ行くの?
 こんなコロナの時期にわざわざ都心に出かけて、感染したらどうするの?
 貴方一人の好奇心でみんなが迷惑するのよ。
 中国の武漢のマンションの映像を見たでしょ。
 一人感染しただけで、大所帯のマンションのエントランスからエレベーター、廊下に至るまで
 除染、消毒を徹底するのよ、
 この52世帯のマンションで私、このまま住んでいけなくなるわよ。

うん、確かに・・・
都内の超高層ビル内に本社のある会社務めている私の友人は、通勤にしろ、外部人間との接触、打ち合わせにしろとても気を使っていると云います。
初期の頃、この高層ビル内の事務所に務める社員がコロナ感染して、ビル全体の共用部除染、消毒が行われ、その会社は一気にビル内で、冷ややかな目で見られたそうです。
あれから一年経ったいますが、幾らかはコロナ慣れしてきている今、100日後、そして全ての祭典、お祭りが終わった後の世界、私にカメラを持ち、レンズを向ける興味ある対象はあるでしょうか?

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2021年04月15日

桜行脚の旅、三日目 松本の桜と北アルプスの風景

二日目の宿はJR松本駅前、松本バスターミナルの隣にある、長野県の民間交通の要「アルピコ交通」のホテル「アルピコプラザホテル」にしました。
ホテルのすみ分けレベルで云うと、ビジネスホテルにはいるでしょう。
19平米のツインベットルームは、私たちの基準からするとちょっと狭い、
しかし、一泊だけだし。
以前松本で2泊した時は、お部屋から松本城のライトアップがみえる、クラシカルな雰囲気・調度のホテル「丸ノ内松本」で今回宿泊した「アルピコプラザホテル」のほぼ倍の二人一泊22,000程度でした。
今回に限れば、ホテルの滞在時間も短く、先ずは交通の便の良い所を優先し、二人一部屋で9,200円でした。

前日の諏訪湖畔の「紅や」26,000円との違いは何か

・お部屋からの眺望 紅やは最上階の湖側の33平米、松本は5階、窓の外は松本駅の19平米「紅や」は室内フルフラットですが、アルピコはトイレ・バスはユニットの為、夜のトイレで段差が気になりました。

・ホテル予約の際、私達の場合、カミサンのフルネームで申し込むので、ビジネスホテルの場合、女性優先フロアーになるケースが多く、今回も静かな禁煙フロアーでした。

・朝食は、最近はなるべくホテルで取るようにしています。
大都市での連泊の場合は、外の美味しいパン屋さんのイートインを利用することが多いのですが、一泊の場合、そんなお店を見つける余裕もなく、コンビニ食になることも多いので、なるべく、ゆったりと座って、温かいもの、野菜・果物をと心がけています。
今回の場合、上諏訪の温泉リゾートホテルの朝食は、どこにでもある、バイキング食材商社からの仕入れと分かるような朝食ブッフェでしたが、アルピコプラザは、働き盛りのビジネスマンを意識しているのでしょうか、和食にも洋食にも細かな心遣いを感じさせ食事内容でした。
ただし高い、宿泊客1,430円、それ以外は1,760円とは。

松本城山公園

今回の高遠の桜をメインとした旅を計画した時、カミサンからせっかく今年はじめての旅行なのだから、ゆっくりしようと、諏訪湖周辺を巡ってから松本に一泊することにして、さて、この桜の季節、松本の桜の名所は何処かと調べて、ネットでヒットしたのは、この松本城山公園と弘法山古墳でした。

松本城山公園は松本市民にとって、松本市街と北アルプスをから一望できる人気の公園のようです。特に、公園の桜と北アルプスの白い峰々は絶景との書き込みがあり行くことにしました。
松本市内からは近いのですが、最寄りバス停(城山公園入り口)から上り坂、徒歩20分以上かかります。そして、この最寄りバス停に行く路線バスの本数は、大都会と思っていました松本なのに、2時間に一本程度しかないのです。

この近辺は松本市内でも高級住宅街になるのでしょう、大きな閑静なお宅が並んでいる坂道を登った先に、緑の芝が多い桜に囲まれた公園がありました。しかし、高遠よりも南にあり、都市化の進む松本は、温度が高いのでしょう、かなり散っており、屋台も数件でていましたが、
この週末まで、撤退と云ってました。
天気の良い三日間を選んだつもりですが、この日の午後は曇り空で、肝心の北アルプスは眺められませんでした。
ここにある展望台からの眺めにについて公園内を作業していた方にお話を伺うと、三年前退職した68歳の元高校の先生で、週三で公園協会の半分ボランティア的に仕事をしているそうで、私の住む鎌倉との違いについて色々質問され、一とき退職シニアの情報交換の場となりました。

松本城

期待していました松本城山公園からの桜と北アルプスの画像はとれずに、戻りのバス停に戻るとバスは5分前に行ってしまい、1時間半待つことになるので、私は松本城まで行き、お城と桜の画像を撮りに、カミサンは駅まで戻ってデパートでお土産物探しと、別々の行動をとることになりました。

かなり、方向音痴のカミサンにスマホのグーグルマップの使い方を説明し始めると、必要ない、人に聞くから大丈夫と、お買物大好きカミサンは、知らない町をさっさと歩いてくのです。
私は、過去に何度もきています松本城ですから、ほぼ地図無しで方向感覚だけで歩いていけました。
案の定、4月8日時点で、松本城、お堀周辺の桜は散っていました。
カミサンとの待ち合わせの松本駅に向かう途中、「山賊焼き」の看板が目に飛び込んできました。
前回、松本に滞在したときも見たのですが、その後TVの「ケンミンショー」で、松本のソールフード、B級グルメと知って、一度は食べて見たいと思っていたのですが、鳥の唐揚げには変わりなく、カロリーバッチリでカミサンが許すハズもないでしょうが、これはチャンス、なんとコンビニでも売っているので一つ買って食べてみました。
ニンニクがかなり効き、カミサンにバレないように気を使いながらいただきました。

弘法山古墳の桜

城山公園で、次の目的地の桜の名所について聞いた時、この展望台から見えるということで、望遠レンズでみると、住宅街の先にピンク一色の小山が見えました。あのピンクのかたまり全てが弘法山古墳の桜だと云うのです。
はじめて見る、桜のボリュウムです。
一昨日見た、白山神社の山の中見た高遠城址公園をピンクのかたまりを上回る、巨大なピンク一色の小山です。
ここも、比較的松本駅から近く、バスターミナルから17分ほどの距離です。
しかし・・・バスの便は2時間に一本しかないのです。
今回の旅ほど、ネットのバス時刻表、ルートにお世話になったことはありません。
そして、団塊シニアおじさんは、スマホ内にメモで残すのではなく、全て地図上にプロットしてプリントアウトして持ち歩くのです。
若い世代からみれば、さんなバカな、無駄な・・と思うでしょうが、紙・ペーパーのほうが便利、安心なのですから

バス停弘法山入口で下車して、弘法山へはプリントアウトした地図を取り出す必要もなく、案内板もしっかりと設置されており、スムーズに頂上にたどり着けました。
この度の三日目のお天気がよく、桜の山の西側にははっきりと白い北アルプスと青い空が広がっています。
まさに、松本の春を代表する風景です。
づっとみの雄大な風景を見ていると、下の桜の木々の間を登ってくる70代半ばと思われる女性が現れました。
私達はぐるっと、半分は舗装された道を挙がってきたのですが、伺ってみると、この桜の林のなかを直接上がってきたほうが早い、私は毎日ここに登ってくるとのお話です。
何処からいらっしゃっているのですか?の問いに、外界を指差してあのあたり、南松本の駅あたりと云います。
何分ぐらいかかりますか?の問に30分ぐらいかな、毎日歩いているので時間は気にしていないと云います。
私達は、このまま帰りのバス停に戻っても、2時間、待たないと松本駅行きのバスはないのです。
そしてもっと近い松本駅まで歩いても、南松本から松本行の電車も一時間に一本ですから、同じなんです。
特別、松本駅からの特急あずさの指定券を買ってはおらず、行きあたりばったりで帰る予定ですから、ではバスで17分の距離ですから歩いても1時間程度で行けるだろう、私達は歩くことになったのです。
確かに、車を持たない、免許がない私たちのようなシニア夫婦は、地方で生活するには厳しいのだろうと、実感した旅でした。

帰路 車窓の風景 南アルプス
弘法山から歩いて戻ったので、グランドプランとして予定していた「あずさ」よりも2本早い列車で帰路に着きました。
特急あずさは、全席指定席なのか、なのに、ガラガラです。
新宿に向かう、右側の車窓に雪をいただいた峰々が続いて見えます。
あの山は何なんだろう、南アルプスなのか、中央アルプスなのか・・・
グーグル・マップで自分の現在地を眺めながらの旅となりました。
そっかあれが甲斐駒ヶ岳か・・・
次は、ゴールデン明けの黒部アルペンルートにしよう。
雪の大谷は一度見ておきたい、絶対に天気が重要だから、パックではなく100%個人旅行で確実に青空の日に黒部に行こう。
そう決めた帰路の車窓でした。

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2021年04月14日

桜行脚の旅、二日目 上諏訪高島城の桜と下諏訪 旧中山道の桜並木

上諏訪
上諏訪の駅のフォームに足湯がありました。
文字通り、温泉を売り物にしている町のようです。
長野県生まれ、18歳まで長野市で育った私ですが、上諏訪と下諏訪の違いもわからず、諏訪湖じたいもじっくりと眺めるのもはじめてでした。


そもそも、長野県は明治の廃藩置県のさいには、松本・伊那を中心とした中央・南部の「筑摩県」と北・東を中心とした「長野県」としてましたが「筑摩県」は旧松本城にあった県庁が焼失し、長野に統合されて「長野県」となった経緯があります。
長野県は日本で四番の南北に長い面積を持つ県で、常に北の長野と県中心部にある松本は、競争相手として意識した経過があり現在でも県民の間では、北信(長野)東信(上田・佐久)と中信(松本)南信(駒ヶ根、飯田)が日常的に区別、使われています。

今回の高遠の桜を見に行く計画のなかで、カミサンの要望は唯一つ、一泊目は諏訪湖畔の湖の見える広い部屋、その代わり夕飯はいらない(一番の理由は宿泊費ではなく、太るから)でした。
旅の目的が高遠の桜撮影で、満開、お天気はピーカンの青空の日を選んで行く・・・でしたから、毎日ネットで開花状況と天気を調べ宿の予約とキャンセルを都合3回して、ようやく决定したのが4月7日だったのです。

宿は、上諏訪温泉街のなかでは(阪急交通社のランクでは)Aクラスのちょっと上、湖畔面に建つ高層リゾートホテルの最上階、33平米の湖が正面に見える部屋、朝食付き(夕食なし)で二人で26,000円ですから、「寝れればどこでも良いや」の私として、途轍もなく高い宿です。

しかし、昨年までは、ほぼ毎月宿泊を伴う旅行をしていた私達ですが、このコロナ禍の2021年、初めての旅で、ほんの少し旅予算に余裕があり、ましてやカミサンは古稀のお祝いもしていないのだから、ついつい、マウスをポチとしてしまいました。
ロケーションもお部屋の広さも、バスルームも広く、14階の展望風呂からみる夕焼けも申し分ありませんでした。
そして、チェックインの際、高島城のライトアップサービスの車サービスがあるとの申し出に参加すると、私達二人だけの為、私達の時間に合わせて駐車場で待機してくれました。
翌朝は目の前の間欠泉センターで吹き上がる油煙を拝見して、諏訪湖湖畔の観光スタートです。

このホテル「紅や」前の海岸通りの桜は見頃を迎えていました。
高遠の桜は3日ほど、ピークが過ぎて散りはじめていましたが、上諏訪は高遠よりもやや北に位置しているのと、様々な場所で見かける「寒天の里」の看板にあるように、冬の寒さと乾燥の地で、桜の開花は近隣の松本よりもかなり遅いようでした。
この春の行楽シーズンでも、温泉地のお客さんの戻りはほとんどなく、閑散としているとのホテル側の説明でした。
その割には、今回、随分強気な料金設定だったのですが・・・
カミサンが満足しているので、まあいいか!

高島城
前夜、ライトアップを見学した「高島城」の昼の桜と天守閣の風景を撮りに再び、お城に向かいました。
諏訪と云えば、御柱の諏訪大社で、諏訪にお城があるとはこの旅行を計画するまで知りませんでした。


諏訪は元々地元豪族の諏訪氏の地でしたが、甲州武田の下に入ったり、武田が信長・秀吉によって滅亡したあとには、徳川の傘下に入り明治維新まで諏訪氏として続き、お城は2017年、続日本100名城(130番)に選定されいるようです。
夜の桜ライトアップを撮影して朝の天守閣と桜の画像を撮って、駆け足で上諏訪駅に戻りました。
この中央線の上諏訪と下諏訪のあいだは一駅だけなのですが、昼間の時間帯は2時間に一本しか電車がないのです。
実際に特急はあるのですが、下諏訪に止まる列車は少なく、仮にあっても特急料金がかかるのです。
距離にすると4.7km、歩いてもいいけど、この日スーツケースを持っているので、諦め、電車に間に合うように、駆け足で上諏訪駅を目指しました。

下諏訪
諏訪大社下社 下馬橋
諏訪大社と云えば七年に一度の「御柱」が有名ですが、今回の旅ではじめて、上社と下社があり春宮・秋宮、前宮・本宮と4つあるのもはじめてしりました。町として上諏訪のほうが大きく賑やかななのですが、諏訪大社、御柱と云えばどうやら、下諏訪がメインのようです。

例の御柱まつりのハイライトの木落し坂も、こちら下諏訪にあり、駅前観光協会も熱心に歩き方、ルート、食事どころまで紹介してくれました。


諏訪大社下社春宮
私は、神社やお寺さんで手を合わせて、お祈り、お願いをすることは全くなく、雰囲気を感じるだけで十分なのですが、カミサンはどんな小さな神社、お寺でも手を合わせ、お賽銭を投げ込み、そして必ず御神籤をひき、お守りを買っています。
結婚して40年以上になり、合理的なカミサンの姿を見てきていますが、こんな側面にいつもおどろかされています。

そして、今回の諏訪大社で目を惹いたのが、四本の御柱が思ったよりも大きくも、太くもないことです。
御柱まつりの映像でみる限り、太い切り出した木の正面に座る法被姿の男たちの姿と比べると、かなり太い、大きい柱と思えていたのですが実際に建てられている、裸の色あせた柱をみると、あの存在感が薄れるのは七年と云う歳月のせいなのでしょうか。
次の御柱祭は2022年のよう、来年ならまだ私に見に来る機会は残されているかな。


万治の石仏
神社・仏閣にはあまり興味のない私は、人の手によって造られ、彫られた「石仏」が大好きです。
高遠でもいくつも、名もなき石工が彫った、お地蔵様が田園風景に自然にありました。
ここの万治の石仏には由来があり、「明暦3年(1657年)、諏訪高島三代藩主忠晴が、諏訪大社下社春宮に遺石の大鳥居を奉納しようとした時のこと。命を受けた石工がこの地にあった大きな石を用いようとノミを打ち入れたおり、はからずもその石から血が流れ出た。驚き恐れた石工は大鳥居の造作を止め、あらためてこの不思議な石に阿弥陀様を刻み、霊を納めながら建立された・・とされているのがこの石仏です。」とのこと。
由来よりも、そのフォルムとお顔のユニークさに惹かれ、桜をバツクに撮影しました。

旧中山道と花見新道
駅前の観光案内所で、私と同年代の観光協会の有償ボランティアの男性と、下諏訪のあるき方・廻り方の説明のなかで、中山道がこの町を通っていたことを知り、古い、江戸当時の商家を紹介され、その時この中山道と平行して走る国道142号線が、今や花見新道として人気とお聞きして、下諏訪大社から向かいました。

旧中山道も花見新道も分かりやすいのですが、ここから下諏訪駅に戻る道で迷いました。
古い、入り組んだ町並みがそのまま残っている為、もらって観光地図眺めても、現在地がよく分からないのです。
予定していた時刻に下諏訪駅に着き、松本行きの電車に乗らないと、次の電車は2時間後しかないのです。
スマホのグーグルマップを立ち上げればすぐに解決するのは分かっていますが、それは最終手段、これまでの経験と地図を読む力と、そして陽の射す方向を見極めて歩く・・・そんな時、地図を読めないカミサンは、直ぐに人に声をかけて道を聞きます。
私にはそれが出来ない・・・結局反対方向に歩いているのが分かり、駅に到着しました。
電車の時間にはかなり余裕がありましたが、トイレの時間にはギリギリセーフでした。

明日は三日目 「松本の桜」をお伝えします。

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2021年04月13日

数年越しの念願だった高遠城址の桜にたどり着くまで

今年、春の桜を頻繁に遠出してでも撮影に出向くようになった原因・理由の一つは、年齢を意識しだしたのと、コロナ禍です。
60代の頃は、今年行けなくても、来年の春があると自然にそう思っていましたが、六回目の干支を迎えてからは、翌年に同じ桜を見る機会があるとは限らないことを意識するようになりました。
そして、コロナ禍です。
コロナ禍による自粛により、人と接触する機会は大幅減少しました。
NPOボランティアセンターにも出かけなくなり、横浜の歓楽街とのお付き合いも無くなり、コロナ禍による重症化リスクで喫煙を止め、月々のお小遣いの使いみちも無くなったのが、旅に掻き立てる大きな要因となりました。
時間とお金のことは考えずに、好きな時に、行きたい場所に、今、さあ出かけようと思うようになったのです。
花の撮影に出かけるには、予め、日にちが決められた旅行会社主催のパック旅行はダメですから、連日、ネットによる桜の開花状況、天気予報、そして移動ルートを検討していました。
そして、何回かの宿のキャンセルの末、4月7日の早朝の電車ででかけたのです。

高遠城址へのアクセス
高遠の桜の撮影を考えてときに、先ずはネットで検索するとでてくるのは「高遠駅」と云うキーワードです。
高遠に近いJR飯田線には「高遠駅」はないのに、なんで・・・
駅といっても電車・列車の駅ではなく、JR関東のバスターミナルなのです。
長野県生まれ・育ちの私には理解できます。

明治時代に、鉄道(機関車)の路線が広がって行く時、旧幕府の藩、お城があった地域は、自分の藩内領地に鉄道路線が伸びてくるのを反対したきた場所が多く存在します。
私の生まれた善光寺のおビザ元長野市の場合、すぐお隣の六文銭の真田藩の城下町「松代」が中核都市でした。しかし松代は鉄道が通るのを大反対した結果、群馬から伸びた信越線は、善光寺の門前町に鉄道駅を作り、地方中核都市であった「松代」は、北国街道のひなびた町となっています。

この町、伊那市高遠町におよそ5時間滞在してみて、高遠の町の中心、繁華街が何処にあるのか分かりませんでした。
帰ってからネットの文献でみると、『このJRバス高遠駅からお花見会場への道路「ご城下通り商店街」が, 古くより高遠城の城下町として発展し, 周辺地域の中心機能を担ってきた。』とありました。やはりあの通りだけが、町の中心だったのか!
伊那市の青年商工会議所の憂いがよく分かります。

高遠の桜観光メインは三箇所です。
1.高遠城址公園内
2,南出口先のダム湖・高遠さくらホテル周辺
3,勝田薬師堂周辺です。

滞在時間は何時間必要かと、問われれば・・・最低2時間は必要でしょう。

1.高遠城址公園内
「高遠駅」(バスターミナル)から高遠城址公園北へは高齢者だと20分は見ておいたほうがよいでしょう。
城址公園内は、都市型の公園ではなく、城跡に植えられた桜ですからかなり自然に近いかたちで植えられていますので、インスタ映えする写真スポットは限られてきます。
よく、ネット上で紹介されている、ピンクの森に囲まれた高遠城址の画像はドローンやクレーン上からではなく、お城南出口から片道30分、険しい山林のなかを歩いた先にある「白山観音」の藪山から望遠カメラで撮影したものです。
険しい道なき道を歩く体力と、余裕を見て南出口から1時間の時間と、望遠機能の優れたカメラ機材と、何よりも好奇心がないとこの撮影スポットには近づけないでしよう。

高遠城址には、天守閣が残っていませんので典型的なお城と桜、或いは城壁・石垣と桜の写真はないのです。
この密集した、ソメイヨシノよりも濃いピンクのボリュウム感を映像として残すのは、プロのカメラマンでも苦労しているはずで、記念写真的にとどめるしかなく、ビギナー写真クラブの例会でも出すのに苦労するでしょう。
唯一、何とか人にみせられるレベルは、典型的ですが、お城の中央のある、「桜雲橋」或いは手前の「問屋門」をいれたものくらいです。
他の桜名所のような、並木道、土手沿いの抜けがなく、桜の背景に苦労する場所であることを知っておいたほうが良いでしょう。

2,南出口先のダム湖・高遠さくらホテル周辺
城址公園の南出口をでると天竜川の支流をせき止めてできた「高遠湖」があり、緑色の水面とピンクの桜が映える撮影スポツトに巡り会えます。
如何に良い光とピンクの桜の枝ぶりと、出来れば人物が入ったほうが、「いい絵」になるでしょう。
今回の撮影ポイントとして、城址公園内よりも断然、ここをお勧めします。



私達は、この写真にある高遠サクラホテルでランチにしました。
バックには4月上旬、まだ雪を懐いた白い峰々の南アルプスが見えます。
城址公園内は、混んできますが、ここまで来る観光客は少なく、ゆっくりとリゾートホテルのランチ(平均1,500~2,000円)を楽しめました。



3,勝田薬師堂周辺
高遠さくらホテルから、徒歩20分の山里に、遠くから見てもこんもりとした丘の上に大きな、枝垂れ桜のピンクの塊が見えます。
高遠城址内のさくらと違って、一本サクラで背景に青い空が入り、いわゆる「いい絵」になります。
私達は、ホテルでランチをした跡、午後2時頃、ちょうどツァーバスが集中する時間帯ですが、このあたりに来るには、比較的時間に余裕のあり、事前に目的場所を調べてきた観光客の皆さんなのでしょう。
おかの上の一本の枝垂れ桜と云う好条件に恵まれており、お天気さえ良ければ誰でもが撮れる絵になります。
この周辺は里山で、勝田薬師堂の周りには多くの石仏があります。
江戸時代、信州高遠は石工の里として全国的にも知られ、すぐれた技術を持った「高遠石工」は全国で活躍しました。
田園風景や山岳風景の広がる伊那市では、旧街道沿いの辻や名刹の境内にその石仏をみることができ、農村の人々の暮らしのなかで大切にされてきた「石仏のある風景」が今もなお残っており
ここでもサクラを背景にした、小さな石仏がありました。

滞在時間4時間30分
茅野から入ったJRバスは高遠駅に10:11到着し、帰路は鉄道マニアの私はどうしても典型的なローカル線であるJR東海の「飯田線」に乗ってみたくて帰路は、JRバスではなく高遠駅からJRバス14:50で飯田線の伊那北駅へ向かいました。
15:19に着いて岡谷方面の電車は約一時間後の16:11です。
飯田線伊那北駅は、高遠へのゲート駅なのですが、無人駅でした。事前に調べてはあったのですが、一時間の暇を潰すには駅前には何にもありませんでした。
伊那北を出た列車は16:59に岡谷着き乗換、今夜の宿泊地、上諏訪17:21に到着しました。
自宅をでてホテルに入るまで12時間の長い一日で、歩いた歩数計は25,000歩でした。

明日は二日目 「上諏訪・下諏訪」をお届けします。

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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ