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2021年02月28日

映画「すばらしき世界」を見に行く

今月2回目の映画は三週間前に「やくざと家族」を見に行った時に、劇場で予告としてやっていた、「やくざ・家族」と同じやくざの世界を扱った、役所広司主演「すばらしき世界」です。

監督は「西川美和」はこれまでに数々の社会派作品を夜に送り出してきている、注目の映画監督として映画好きの間では有名な女性監督です。
作品は海外の映画祭に出品されて、ある一定の評価を得ていますが、商業映画としての興行的にはこれまでなかなか難しかったのですが、今回の「すばらしき世界」は一般シネコンでも上映され、期待されているようです。

原作は『復讐するは我にあり』で知られる佐木隆三の「身分帳」です。
人生の大半を獄中で過ごした前科10犯の男が、極寒の刑務所から満期で出所した。
身寄りのない無骨者が、人生を再スタートしようと東京に出て、職探しを始めるが、
世間のルールに従うことができず、衝突と挫折の連続に戸惑う。
刑務所から出て歩き始めた自由な世界は、地獄か、あるいは・・・
伊藤整賞を受賞した傑作ノンフィクション・ノベル

表題の身分帳とは
これまでの入所態度や経歴、行動、家族関係など詳細に記載している書類。所内で問題を起こすたびに身分帳に記載される。莫大な身分帳の者もいる

映画のストリーは


冬の旭川刑務所でひとりの受刑者が刑期を終えた。
刑務官に見送られてバスに乗ったその男、三上正夫(役所広司)は上京し、身元引受人の弁護士、庄司(橋爪功)とその妻、敦子(梶芽衣子)に迎えられる。

その頃、テレビの制作会社を辞めたばかりで小説家を志す青年、津乃田(仲野太賀)のもとに、やり手のTVプロデューサー、吉澤(長澤まさみ)から仕事の依頼が届いていた。
取材対象は三上。吉澤は前科者の三上が心を入れ替えて社会に復帰し、生き別れた母親と涙ながらに再会するというストーリーを思い描き、感動のドキュメンタリー番組に仕立てたいと考えていた。

生活が苦しい津乃田はその依頼を請け負う。しかし、この取材には大きな問題があった。
三上はまぎれもない“元殺人犯”なのだ。
津乃田は表紙に“身分帳”と書かれたノートに目を通した。
身分帳とは、刑務所の受刑者の経歴を事細かに記した個人台帳のようなもの。三上が自分の身分帳を書き写したそのノートには、彼の生い立ちや犯罪歴などが几帳面な文字でびっしりと綴られていた。
人生の大半を刑務所で過ごしてきた三上の壮絶な過去に、津乃田は嫌な寒気を覚えた。
後日、津乃田は三上のもとへと訪れる。
戦々恐々としていた津乃田だったのだが、元殺人犯らしからぬ人懐こい笑みを浮かべる三上に温かく迎え入れられたことに戸惑いながらも、取材依頼を打診する。
三上は取材を受ける代わりに、人捜しの番組で消息不明の母親を見つけてもらうことを望んでいた。
後略



三週間前の予告編でみた時は、かなり明るく、社会問題を扱っているコミカルな印象の作品かな、と思っていました。
道を歩くのに、姿勢正しく、腕を振って大股で歩く姿とか、大男が一生懸命に業務用ミシンに向かい、細かいところは手縫いで仕上げて行く姿とか、しかし、それはイントロ部分の14年間の刑務所のなかでの生活と一般生活との比較、ギャップで監督が意図的にそうみせているだけでした。

実際のストーリーの底辺には、「やくざと家族」と同じテーマ、一度、反社会勢力の焼印を押された体は、その焼印を拭い去ることは出来ない、それは、ヤクザや反社勢力だけではなく、一度社会のルールから弾かれた人、社会の本流から脇道にそれた人はなかなか戻れないと云う日本の社会の暗部、弱点をついているのです。

社会復帰となっても、都会で生活していくにも、急に社会に放り出された刑務所帰りの男の行く所はない。
出所直後は身元引受人のところで数ヶ月生活出来るが働かねば食っていけない。
仕事を探しても、14年間の刑務所ぐらしの間に、運転免許は消滅してしまっていた。
携帯電話もなく、銀行口座もなく、仕事探しが出来ない。

あの頃・・・同じような状況下にあった仲間が大勢いた


昔、私達の世代の多くが海外に飛び出していきました。
学園闘争がきっかけと云う人もいますが、それは後からこじつけた理由で、本当の理由はまずは、日本から外へ出たい、団塊世代と云われ、小学校から大学、就職まで常に試験、テスト、競争・競争の世界、こんな同じ世代と最後は墓場まで競争が続くのか、外にはもっと広い、自由な世界が溢れていると信じて多くの若者が出ていきました。

そして、ある程度の満足感と、社会を見る目、渡る技、試練を踏んで、多くの若者が再び、日本の社会に戻ってきました。
1970年代半ば、若者は20代半ばから後半、この時代の日本はまだこのような若者、努力して、勉強して、日本社会の本流に戻ろうとする若者を受け入れる余裕があったのです。
それでも、高卒や大学中退で、社会ルール、仕組みも知らず、税金を払うことさえ知らずに、自由・気ままに、海外のゲストハウスを放浪してきた若者は、この映画のムショ帰りと同じような気分を味わい、少しづづ世間というものに馴染んでいったのです。

この映画の主人公は・・・
何度も社会から拒絶され、弾き返され、絶望し、元の世界に戻ることを決めます。
昔世話になった、ヤクザの世界は表面、大歓迎で心地よく迎えてくれました。
しかし、実情は社会の反社会勢力撲滅の機運が高く、組織は「喧嘩だけが強い男」一人さえ遊ばし、養しなえなくなって来ていたのです。

やがて、市の職員、スーパーの店主、保護観察司などの努力で、主人公は老人福祉施設のパートの仕事にありつけるようになり、アパートで自立できるようになっていきます。
当初、この主人公、14年刑務所ぐらしの元殺人犯の社会復帰をドキュメント番組に仕上げようとして目論んでいたテレビプロデューサーは、この主人公の危険さは放映できないと危ぶみ、降りるのですが、下請け制作会社の若手ディレクターは、仕事としてではなく、人としてこの主人公の人生を見続けたいと、アパートを訪ね、その結末を知ることになるのです。


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2021年02月26日

誕生日おめでとう!に関する違和感

2月23日が祭日のようですが、何の祭日なんだろう?カミサンが聞いてきます。
彼女の部屋のカレンダーは赤丸ではなく、平日のようです。
私の部屋のカレンダーを見ると23日は天皇誕生日のようです。
そうか令和の世になり、2月23日が天皇誕生日の祭日になったのだ。
でも、カミサンの部屋のカレンダーはどうして赤丸ではないのかと、よーく見るとJALの海外向けカレンダーで、日本国の祭日・休日は何の印もついてなかったのです。

令和天皇陛下(徳仁親王・浩宮)が生まれた日のことはよーく覚えています。
私の誕生日2月25日と2日違い、干支も同じ、ちょうど一回り12歳違いのねずみ年。
この頃の私は、小学六年生、新聞配達で夕刊を配っていたのですが、徳仁親王がお生まれになると云う速報・号外の為に、新聞直売所で待機させられており、この日の夕方のそろばん塾の進級試験に間に合うかどうか、モヤモヤと心配していたのを、よーく覚えています。

令和の世の天皇陛下として61歳の誕生日です。
ということは、私とちょうどひと回り違うので、私は今年73歳となるのです。
天皇陛下へは、おめでとうございます。と申し上げますが、私は「誕生日おめでとう」とは云われても素直な気持ちにはなれません。

私達の子供の頃、私の家では特別、誕生日のお祝い的なことをした記憶はありません。
三つ違いのカミサンに聞くと、小学校の頃、親しい同級生数人で家に呼んだり呼ばれたりして、フルーツ牛乳とちょっとしたお菓子でお祝い会をしたことを覚えていると云います。

カミサンは北関東の田舎育ち、私は信州の県庁所在都市の町中・繁華街。違いと云えば、その頃の同級生といえばみんな、商店街でお店をやっている家の子供たちばかりです。
カミサンの親は勤め人、会社の購買部で何かを買ってきてくれていた、と話しています。
私達の親は忙しかったのと、我が家が特別貧乏だったのでしょう。

時は昭和30年代の前半、すこしづづ戦後の混乱期がすぎ、東京タワーが建設されようとしていた時代です。
私の住む街なか大通りを「岸内閣をぶっとばせ、安保条約反対だ」とデモ隊が行進しているの目に今でも覚えています。
確かに、みんな貧しかった。そして池田内閣の所得倍増計画が始まり、日本の高度成長がはじまった頃・・・
スポーツクラブの同い年、団塊世代の友人男性に、子供の頃お誕生日会とかやった記憶はある?と聞くと二人共ない、と答えていました。
そうだよな、でも自分たちが貧しいなんて思いもしなかった。

なんで誕生日はおめでとうなんだろう。

60歳を過ぎてから、誕生日のたびに、作家佐藤愛子「誕生日 何がめでたい」を思い出しています。
私の場合、年を重ねるにつれ、誕生日を迎えるたびに老化や死といったマイナスイメージが色濃くなっています。
また誕生日を迎えて年をとっちゃったよ」と。

そして、70歳を超えたあたりからは、誕生日には、後何年、この日を迎えるのだろうかと逆算すらします。何度もブログで書いていますが、一応私自身が逝く年齢は78歳と設定して全ての試算が進んでいます。
とすると、後5年です。その後は「儲けもの」の人生だと考えるようにしています。

誕生日について質問した同世代のメンバーにこの話をすると・・・
70歳を越してから、新聞の死亡欄を見るようになった
以前は全く目もむけなかったのに、どんな経歴の人かではなく、死亡年齢と死因が気になって・・と全く同感です。

今年2021年の誕生日は特別記憶に残るかも
昨年までの誕生日と今年の誕生日の記憶はきっと違い、後年、鮮明に覚えていることでしょう。
理由はいろいろありますが、昨年の72歳から73歳にかけて止めたことが沢山あります。
1,NPOボランティアの活動を正式にやめた
 その為に出会う人の数が極端に減少しました。
 センターそのものの広報も72歳という年齢を理由に止めたので、ほぼ事務所に出向く理由
 がなくなりました・
 それでも、バックアップでのサポートというお言葉をいただきますが、ご遠慮するように
 しています。

2,コロナ禍で、webサポートしてきたお店とのお付き合いがほぼ無くなりました。
 月に一度は数件の横浜の夜の街のお店のケア・サポートをしていたのがなくなったり、
 オンラインに切り替えたりしてたので、出かける理由がなくなり、綺麗なオネーサン方とは
 もう一年近くお会いしていません

3,煙草を止めました。
 正式に止める宣言をしてから一ヶ月以上経ちますが、大丈夫です。
 止められた大きな理由のひとつが、私の半径内に煙草を吸う人がいなくなったのが一番です。
 NPOセンターのスタッフの一人、毎週火曜日のバドミントンクラブのメンバー、そして
 横浜の夜のお店のお友達・・みんないなくなった 

4、コロナで旅行に出かけられなくなった。
 昨年の12月から三ヶ月、宿泊を伴う遠出、旅行には行ってません。
 海外旅行を卒業して、もう6年、それなのに国内旅行さえ行けない今、こんなことは予想だ
 にしてなかった

昨年と比較すると、圧倒的に暇、すること、出かけることがなくなってきています。 
退職前に恐れていた、何もすること、いくことがない、ただ一日の時間を過ぎていくのを見つめる、自堕落な生活、このままだと、そんな記憶の誕生日になるやもしれません。


誕生日ってなんなんだろう
ネット上ではいろいろなご意見があります。
 誕生日は、その日が記念日だからというよりも、この年まで無事に生きていられたことを
 お祝いする日。
 誕生日を迎えた高齢者は、そうっとしておくのが無難。
 あるいは生んでくれた母親に感謝する日。
 家族や、友人、そしてお世話になった人、etc...そんな人たちが、無事に一年を過ごせたこと
 を祝う日。

綺麗に格好良く云えば・・・
 つまり誕生日は自分を祝う日ではなく、本来は「感謝」の日なんでしょう。

でも実は、今の心境は
 誕生日 冥土の旅への一里塚  終着地まであと何里あるか

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2021年02月24日

春の陽気に誘われて湯河原幕山梅園に行く

関東首都圏、湘南はかなり春めいてきました。
友人のフェースブックには、鎌倉の谷戸でウグイスの初鳴きが聞こえたと書かれていました。
私の住むあたりは、駅にも住宅街にも近いので、まだウグイスの初鳴きは聞こえません。
そこで気象庁のサイトで春を告げる、ウグイスの初鳴きデータを調べてみると、ビックリしました。

地球温暖化など長期的な気候変動の貴重な指標となり、季節の便りとしても親しまれてきた「生物季節観測」を、気象庁が今年いっぱいで大幅縮小する計画が物議を醸している。
セミの初鳴き、カエルの初見しょけんなど動物の観測を全廃し、タンポポの開花など植物の大部分も廃止。
残すのは桜の開花、カエデの紅葉など植物の一部だけという大リストラ方針に、気象予報士からは「乱暴ではないか」と批判が出ている。


一部のサイトには、ウグイスの初鳴きと気象状況・温度などの因果関係の証明は困難であると述べられていました。
確かに、都市部の温暖化データを生物に求めるには、時代の変化のスピードは早すぎるのかもしれません。
それでも、確かに今年の湘南の冬は暖かく、春は近いと実感はあります。
今年の日本の天気配置は豪雪・大雪型のようで、日本海側は豪雪、太平洋側、特に関東首都圏の南部太平洋側は、毎日晴天の青空がつづいており、午前中に富士山が綺麗に見えるのは当たり前のような日が続います。

この季節になると、決まって新聞・TVで花だよりが聞こえてきます。
1月に入ると、今年、私も行った東海道線二宮、吾妻山の菜の花と富士山のトピックス
1月末には御殿場線、松田町のロウバイの便りが聞こえ、
2月に入ると、京急線、三浦半島の河津桜
そして、2月半ばからは、東海道線、熱海・湯河原・小田原の梅の開花が伝えられてきます。


花の便りにときめき、カメラを持って朝からハイキング姿で駅に向かい歩いていく元気なお年寄りの姿・・・
現役時代、抱いていた退職シニア、老人の姿そのものが今の72歳の姿なのかと、何処か離れたところからドローンで俯瞰し、眺めている自分を意識します。

私が55歳で隠居して、初めて入った鎌倉の写真クラブの指導をしていたのは、鎌倉市観光協会の自称公認カメラマンで、どちらかと云うと風景よりも動きのあるスナップ・お祭り等を得意とする老先生でした。

この先生の口癖は
「富士山や花は綺麗にうまく撮れて当たり前、被写体は動かないんだから」
「鎌倉のお寺を撮ったって、一生上達しない、先人達があらゆる角度、状況下で撮っているから、全て二番煎じの絵になる」
「自分しか撮れない瞬間を切り取れ、表現しろ」
「被写体が花でもいいが、花図鑑のような映像は撮るな」

という訳で、私はこの写真クラブは数年でやめ、裏方のホームページ作成・広報で支援することにしました。
私には、写真の才能・センスがなく、まお金も時間も暇もなく、まだ還暦にも達してない、やりたいことが沢山あり、海外に目が向いていた時でしたから時間と暇がたっぷりある、鎌倉にお住まいの裕福な年金シニア先輩とお付き合いはご勘弁、という状況でした。
以下が現在の写真クラブの状況です。
カメラもデジタル技術もかなり15年前から進化しつづけているようです。
写真クラブ鎌倉ベアーズホームページ

湯河原の幕山公園の梅がそろそろ見頃のニュースが流れはじめました。
私は、コンパクトビデオカメラ(ホームビデオ/学芸会・運動会用)とスマホという軽装で、平日の9時台に着くように行きました。
関東地区で梅といえば有名所といえば水戸の偕楽園と、熱海梅園です。
いずれも最初から公園・庭園として造られ梅の名所で、種類も沢山あります。
何回か行って撮影したこともあり、あらためて行っても、ドローンかクレーン車でも使わない限り、平地の平面的な映像しか撮影できないのは分かつています。
しかし、ここ湯河原の幕山公園の梅園は傾斜地、自然林なので、他と違った絵が撮れそうなのです。



自宅から湯河原までは、東海道線でジャスト1時間、料金は990円、入園料200円、お昼をゆっくり何処かで、次に喫茶で甘いものでも食べて、二人で10,000円以内で納まる、貧乏リタイヤシニア夫婦にとって一日お出かけするには、ちょうど暇つぶしの場所なのです。

出かける朝、TVニュースでは小田原曽我の別所梅林の混雑ぶりをやってました。
狭い地域に大勢のマイカー観光客が押し寄せ、近所の梅栽培農家の空き地に駐車したり、梅とバックの富士山の風景を撮るために、私有地に無断で踏み込んでくると報じていました。
解ります。あの周辺に行くには御殿場線は一時間に1本程度しかなく、とても関東首都圏とは思えない列車環境なのです(御殿場線はJR東日本ではなく、JR東海なのです)
から、車でいきたなるでしよう。

ここ湯河原幕山公園は、温泉街湯河原温泉の郊外にあり、箱根登山バスは通常1時間に2本、この時期だけ随時臨時便をだしています。
駅から路線バスで260円、所要時間は通常15分と行きやすい場所ですが、マップでも解かるように山登りの一本道しかなく、この時期は駐車場待ちのマイカーで大渋滞しますから、少なくとも午前10時〜11時に向かわないと、バスだけで30分以上かかつてしまうのです。
私達は事前にこのマップから距離を測りました、ちょうど4kmでした。普通に歩くと1時間の距離です。
行きはバスで、帰りは渋滞を予測して駅まで4kmをあるくことにしました。ちょうど良いウォーキング、運動不足解消です。




平日の午前中の観光客の定番といえば、カメラ姿のシニア男性、そしてスマホの普及で女性の姿が多く見受けられました。
そして、やはりマイカーが多いせいか、これが現在のシニア夫婦の定番スタイルなのか、ペット連れのご夫婦の姿が年々、観光地に増えてきています。
ラヂオの番組で、愛想がない孫、小遣いを欲しがる孫よりも、素直なペットを愛するシニアご夫婦が増えている、と話していたのは、納得です。
梅の花は、やはり桜に比べると華やかさ、ボリューム感に欠けます。
平地の水戸偕楽園や熱海梅園に比べると、傾斜地の梅林を見上げると、背景の梅林の先に、澄んだ青空があり、ブログでは何とか絵にはなりますが、写真クラブの例会作品とはならないのは十分自覚しています。

ほぼ1時間半ぐらいの滞在で、なかなか定刻通りの時間にあがってこない路線バスを待たずに、歩いて駅までくだることにしました。
案の定、途中にある駐車場にはいる順番待ち車で渋滞していました。
ゆっくりと歩いてくだると45分ぐらいで駅に到着し、お昼にしようと駅前を歩くと何か変です。
よーく見るとお土産物屋さんも、コンビニもドアを閉めているのです。聞いてみると停電だと云うのです。
こんな時間、これだけの停電が続くとは・・・事故や災害でもないらしいし・・・
どうしましょうと、思案しているとJRは動いているし、構内の電気は別系統のようですから、ではお昼を食べに熱海までいくことにしました。
一駅、6分程度で190円、バスに乗らずに歩いてきたのでその分浮いているのですから。

熱海はどうか、この新型コロナウイルス騒動で・・・

熱海駅前は思っていたよりも人出はありました。
でも駅前の足湯は閉鎖していました。
時間があるから寄ろうとしていた、日帰り温泉は休業中でした。
お昼を食べに駅ビルのレストラン街に行くと、以前食べたレストランは閉店してました。

普通、熱海駅ビル3階のレストラン街は、一日中混んでいて時間待ちの行列が当たり前なのに、この日、簡単に食事にありつけました。
今日の二人の予算は十分にあるのに、私の頼んだのは、「干物まぶし丼」800円、カミサンは海鮮丼1,200円。
あいも変わらず、貧乏性の高齢者夫婦なのです。

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2021年02月22日

美田を残さず 子供に老後資金の相談するな

あいも変わらず「週間現代」はやっています。

今週号は「人生、最後の最後に失敗しないために」にです。
週刊現代は520円と他誌に比べると高いです。
週間文春は440円、週間朝日は410円ですから、週間現代が如何に高いか解ります。
でも、ご覧のとおり売れているのです。
ここからは、何の資料も公式なデータもなく、私見ですが。
どうして、どちらかという男性向けで、家に持ち帰れないような過激な
グラビア写真満載の・・・袋とじでなくても、ヘアーヌードが当たり前の雑誌が売れているのか?

いったい誰が買うのか?
推測ですが、退職前から後期高齢者にはいろうとしている私達の世代が買っているのではないか?
つまり、人口構成が多い、お小遣いに余裕のある、そしてこれから老後の生き方に、ちょっとだけ不安を持つ世代層、つまり私達
団塊世代がどんぴしゃりのターゲーット、購買層なのではないか、そう考えると520円の謎が解ります。

今月号の内容は
1,そんな「告白」は不幸しか生まない
 最後の最後まで、夫や妻、友人に云ってはいけないこと
2,なれないことは、やらないほうがいい
 投資もボランティアもパートも70歳過ぎたらやらない
3,引っ越ししたらもう戻れない
 家をうって知らない土地にいかない、老人ホームにはいらない
4,安易にやってはいけない
 再婚したら、骨肉の争続と義親の介護に巻き込まれる
5,余計なことをはなしてはいけない
 お金のことを子供に相談したら、ねだられて奪われるだけ
6,準備すればいいというものではありません。
 株式も保険も、いま名義変更してはいけない
7,たった一言の間違いで、すべてパー
 遺言状の書き方、そうかいたらおしまいです。
8,早くやればいいと云うもんじゃない
 遺産分割の準備をやりすぎる死後家族に恨まれる
9,配偶者居住権はこんな夫婦には不向きです。
 相続の新制度に飛びつくと大失敗します。
10,安く済むと思っていたら
 合同墓なんかかったから全てがおかしくなった
11,持病があっても入れる、相続対策になる
 新聞広告に載っている高齢者向け保険に入らない

どうです、ちょっと立ち読みしてみたい内容ではないてすか!
でも、週刊現代は公立の図書館には置いてないし(鎌倉の場合)、最近のコンビニでは、表裏表紙に封印してあって読めない、残るは大型書店のみなのですが、これまでなかった張り紙が貼ってありました。
「長時間の立ち読みはご遠慮下さい」だって。
このブログでは何度もこのような週刊現代のとりあげている記事が如何に大げさで、そんなこと、私達の世代ならみんな知ってますよ、と云いたいところですが、今月号は、実際にこれらの中を読んでみたいと買うことにしました。

大体、大見出し、キャッチをみれば内容は想像できるでしょうが、幾つかを2回にわけて、ご紹介します。私達、子供のいない夫婦でも十分ありうるお話なんです。

5の余計なことをはなしてはいけない
 お金のことを子供に相談したら、ねだられて奪われるだけ


本文の一部引用

夫の死後、残された妻は必ず「老後資金は足りるか」と不安に思う、しかしどれだけ悩んでも子供だけには相談してはいけないと、専門家は語る。
「夫の死後、息子夫婦に相談した所”面倒を見てあげるから”といわれ一緒に暮らし始めた、はじめは同居を楽しんでいたが、次第に孫の教育資金やリフォーム代の援助を求められた」
息子夫婦とは生活リズムも合わなかったので老人ホームに移ることも考えたが、出ていこうにも口座にお金はほとんどの残っていなかった。
そもそもも親と子供では考えていることが違うということを、親はわすれてはいれない。
親は「お金をあげれば助けてくれるだろう」と思っていても、子供は「少しでも多くもらいたい」と自分たちのことしか考えていない。
親の金をもらいたいと企む子供は、先ず生前贈与をねだる
「孫の学費をだしてほしい」「お母さんと一緒に住める広い家がほしい」とかが定番だ。
さらに「贈与税の非課税枠を活用しよう」と畳み掛けてくる。
だまされてはいけない、税金を払わずに得するのは、あなたではなく、子供の方だ。
データによると、介護がひつようになると月平均7.8万円かかる、これは平均値であって、施設にはいるとなると、月15〜18万は必要となる、
自分がそのなかに入らない保証なんてない、子供に援助する余裕は本当にあるのか?
弁護士は云う、財産目録に自分の財産をまとめるのはお勧めしますが、それを子どもたちに見せる必要はない。
子供たちが急に実家に来るようになるケースをよく見聞きします。


私達のような場合
子供はいません、でも問題は私が逝った後、カミサンが一人になった時、頼れるのはやはり、近県に住む甥っことなります。
まだ早いのですが、いつか、埼玉に住む妻の姉の子供二人に私が逝った後のことを想定して話をしておく必要を感じています。
妻の姉は40代で夫をくも膜下でなくし、二人の男の子(独身)と三人で住んでいます。
私の理想としては、私が逝った後、この姉と一緒に住むことを勧めていますが、カミサンは嫌だと云います。
いくら肉親・姉妹だからと言って、友人もいない、しらない土地で暮らすの嫌だと云います。

お金の事は言わない、でも遺産相続のことだけは言っておくつもりとカミサンは云ってます。
だって貴方が逝って、私が逝くと、この鎌倉のマンション丸々残ってしまうのだから、そこで二人甥っ子に遺言状にそれだけのことを伝えておくことにする。
私達の夫婦の場合、おそらく二人の甥・姪8人が一番有力な相続人なるはずですから。

私達夫婦共通の友人で生涯独身の女性の場合
近くの大型マンションに2つの部屋を持っており、一つは自分で住み、一つは格安で姪夫婦に貸しています。
彼女はこの姪の子供二人をまるで孫のように可愛がり、学費のほとんどをだして上げているようです。
彼女は将来、一人で生活出来ず、介護が必要となったら、当然、この姪夫婦とその子どもたちが、面倒を見てくれると思っているようです。
私達として、そうあってほしいと願いますが、それは実際になってみないと分かりません。
彼女は昨年、後期高齢者となりましたが独身だったせいか、年齢を感じさせず、身ぎれいで、毎日、欠かさずスポーツクラブに来ているようですが、もうすぐ80歳になりますから、その先は分かりません。

子供のいるご夫婦のケース
結婚して子供二人生んだ娘さんが離婚して家に戻って来ました。
娘さん夫婦の家のローンが払えなくなり、残ローンをこの親御さんご夫婦が決済することを条件に離婚し、家に戻ってきたのです。
最初は、家孫二人と喜んでいたのですが、この出戻り娘さん、家事、子育ていっさいを親に任せて、パートに出たまま、なにもしないのです。
この親御さん夫婦は、娘と孫二人が同居するというで自宅の大幅リフォームを終えた翌年、痴呆症を発症しました。
大手企業に勤めてご主人ですから、公的年金・企業年金合わせて月に40数万の収入があることから、現在はなりたっていますが、年金額が多いということを自覚出来ずに、お金の使い方が粗いのです。
毎年、孫の誕生日はディズニーリゾートに宿泊して祝ってきた習慣を現在も続けているのです。
娘さんも、それを当然として受け止めているようで、これから先、危なっかしいと思うのは私だけでしょうか。


子孫の為に美田を買わず 
西郷隆盛の有名な詩句の一節です
子供や孫たちのために、わざわざ財産を蓄え、残すようなことはすべきではない。
結局は自立心を失わせることになり、弊害があるからです。

近いうちにこの号で気になったタイトルについて解説します。

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2021年02月20日

垣谷美雨の小説「四十歳 未婚出産」

カミサン世代に圧倒的な人気のある作家垣谷美雨の文庫本が幻冬舎から発売されたのを知ってカミサンは、大船地区でただ一軒頑張っている大型書店へ行って買ってきました。
「これでお風呂の中が楽しみになったわ」と喜んでいました。
内容はだいたい書評でも知っており、高齢者と云われるカミサン世代には全く関係のない話なのですが、とかく世の中、ジェンダーレスの時代、こういった女性特有の出産に関わる話は、元産科看護師と働いていたカミサンには妊娠から出産に至る、未婚女性の話は興味があったようで、文庫化を待ちわびていました。

ストーリーは
未婚の母になったりしたら苦労するに決まってる。
でも、子供を産む、最初で最後のチャンスだ。
だったら……。
四十歳を目の前にして思わぬ妊娠に揺れる、旅行代理店で課長代理として働く優子。
お腹の子の父親は28歳のイケメン部下・水野で、恋愛関係にあるわけでないし、本人にはどうしても言えない。
偏見のある田舎の母親やパワハラ上司、不妊治療に悩む同期にも、言えない。
しかし、どこからか優子の妊娠の噂を聞きつけた水野とその彼女があれこれまとわりついて嗅ぎ回る。
女は出産したら一人前には働けないというパワハラ上司からも意地悪をされ、四面楚歌。
産むのか、産まないのか、言うのか、言わないのか。シングルマザーで仕事はどうするのか……。
結論が出せずに悩む優子だったが、田舎の同級生やかつて不倫していた上司、兄のブラジル人妻、仕事と子育てを両立する同僚など、少しずつ味方が現れて、揺れながらも、気持ちは固まっていく。
痛快で優しい、全ての女性への応援小説

垣谷美雨の小説は、とてもテンポ、展開よい、変に表現にこだわらず、抽象的、心理的な内面をえぐり出すような言葉を主人公の口からは出ずに、周りの人物から伝わってくる。
そして、平成・令和の世の中らしい描写力。
垣谷美雨の小説には、生まれ育った田舎の町が登場する。
※現在婦人公論に連載されている「もう別れてもいいですか」は山陰地方の田舎町をでたことのない主婦の話、まだ完結していない。
この小説の「四十歳 未婚出産」なかで彼女の描写力に感嘆しました。

自分の生まれだった町の描写は

昨日、実家の最寄り駅に降り立った時、よそよそしさを感じたのだった
ーー私には帰る場所がない。・・・
そう寂しい思って寂しい気分になったほどだ。
最近ではファストフードをもじってファスト田舎と呼ぶらしい。
駅前にはヤマダ電機やユニクロがあり、ミスタードーナツとマクドナルドがある。
その隣にはAUショップで、一軒おいてドットールがあり、そのまた隣にはTUITAYA大型店だ
いったいここは何処だろうと思う。
実家の近くに帰っても、どの家も世代交代が進み、見知らぬ土地から見知らぬ女性が嫁いで来て、主婦として切り盛りしている。
これだけ変わってしまうと、懐かしさ見つけることは難しい。


この一節を読んで、私は実家に戻る度に感じたことをものの見事に表現していると感心しました。
私の場合、実家の町はオリンピックで様変わりし、子供頃、通学していた頃の面影は全く残っていませんし、生まれ育った町の中心は新幹線駅前と移り、寂れ、現在の実家のある場所は郊外の開発された住宅街ですから、知り合いと云うものは全くいません。

ストーリーはテンポよく進んでいきます。
テーマは、都会に住む未婚のキャリァウーマンの出産と子育て、育児、教育、そして日本の戸籍にかかわるお話です。
少子高齢化、女性活躍時代とは名ばかりで、実際に未婚でシングルマザーとして生きていくには、現在の日本は表向きは、男女平等、同等待遇、同一賃金といってますが、この小説でも、生むまでにはくぐりぬけなくてはならないマタハラ・セクハラ・パワハラが待ち構えているのです。

先ずは戸籍問題です。
世界に戸籍制度が残っているのは、中国と日本だけ?

生まれたら出生届を出して親の戸籍に入り、結婚したら”入籍”をして、自分が死ぬまで必ずどこかの戸籍に入っている。
日本人であれば誰もが当たり前のこととしてやっていること。
日本人にとって戸籍とはそういう存在です。
それが外国人の場合、どのような存在になっているのでしょうか
戸籍とは「人の出生から死亡に至るまでの親族関係を登録公証するもの」です。
親子二代までが一つの戸籍に入り、結婚や亡くなることによって戸籍から除籍されます。
時代を遡って戸籍を辿ってゆけば、先祖の世界がどんどん広がってゆき、自分のルーツというものが明らかになるでしょう。
親族関係はもとより、日本国籍をも公証するたった一つの制度である戸籍。
調べると、どうやら日本のような戸籍制度があるのは、日本と中国だけのようです。
台湾・韓国にもありましたが、現在では身分登録と住民登録の機能を併せて持っていて、国が一元的に管理しています。


この小説のなかでは、主人公がなやんでいたのがこの戸籍問題と、シングルマザーとしての経済的な問題、働き方でした。
働き方、経済的な問題は、当初かなり危ぶまれたのですが、主人公の働く中規模旅行企画会社の次期社長との昔の関係から好転していきます。
が、現実社会では地方から東京に出てきた女性が、一人で子供を産み、育てていく困難さを、この小説のなかでは書かれています。

問題の戸籍問題は・・・
読んでいてそれほど拘る問題ではないのでは・・・と私は思ったのですが。
主人公の女性の住む田舎の親族類の思惑よりも、将来大きく成長した子供の人生に思いやると、父親の記載ない戸籍はどんなに子供の将来の進路に、はては結婚にまで影響するかを考えてしまうのでした。

結果は、ほぼ3/4ほど読み進めていて、「こうなるんじゃないのかな」と思ったとおりの結末でした。私たちの世代の中学の同級会でも、この小説のなかで語られていた話題、テーマを何度も話題になったことがあったのです。
中年になって、まだ独身の元生徒会長の会社社長と、同じく独身、長年大企業に勤めてきた女医性・・・一緒になったらと何度も声をかけたのですが!
いつも返事は一緒、「そういう問題ではない」でした。

次は、婦人公論連載中の「もう別れてもいいですか」の結末が楽しみです。

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2021年02月18日

切れる老人、シニア男性、それって自分も?

豊富な知識と経験を持ち、みんなから敬われる存在だった高齢者。
しかし、最近おじいちゃん、おばあちゃん=優しい、というイメージはすっかり廃れてしまったのかもしれません。

「シルバーモンスター」とも呼ばれる、モンスター化した高齢者の報道をTVニュースや週刊誌で目にすることが増えているのは御存知の通り。
ネット上でも「突然怒り出す」「暴力を振るう」「理不尽な要求をする」――といった迷惑な老人が登場しています。
そして、確実にテレビニュースで見る犯罪者の年齢は、私達団塊世代と同じ70代が増えているのを実感します。
報道によると東京・新橋の東京慈恵会医科大学附属病院は「院内交番」と呼ばれる渉外室を設置しているそうで患者からの暴力や悪質なクレームなどに対応するのが目的だそうです。
病人かつ高齢者となると『いたわってもらって当たり前』という認識があり、そのため自己中心的な振る舞いをしがちで、院内暴力につながっていくといわれているそうです。

高齢者による暴行の検挙人員が一貫して増加
2018年の高齢者の傷害及び暴行の検挙人員をみてみると、65〜69歳と70歳以上の高齢者どちらも増加傾向にあります。
傷害により検挙された65〜69歳の高齢者は、10年前と比べて約4.7倍も増加しており、同じく70歳以上の高齢者は、10年前と比べて約10.8倍でした。
また、65〜69歳の高齢者の再犯者率は5割前後で推移していますが、70歳以上の高齢者では、初犯者の占める割合が高く、同年の再犯者率は34.4%となっています。

自分には関係ない・・・そんなふうに思っていましたが・・・
私自身、あるいは私の身の回りでも「切れる」という感情、状況を見聞きし、意識することが最近多くなってきています。

例1 コロナ感染予防の場体育館で

週一度、市の体育館でラケットテニスという、柔らかいスポンジボールによる簡易式なテニスをやっています。
どんどんと高齢化が進んで、平均年齢は軽く75歳をオーバーし、年々、まるでリハビリ・レクレーションのようなスポーツになっています。

高齢者による三密のスポーツ集会ですから、市のスポーツ課でも感染に配慮して、体育館の窓は全開し、常に換気に努めています。
室内での黄色のボールは、空け放れた窓、ドアーからの陽の光でとても見にくいのですが、仕方ありません。これが体育館の利用規定なのですから。
しかし、メンバーの84歳になる男性は、一人、ボールが見にくいと言って全てのドア、窓を閉めてしまうのです。
メンバーの中では少ない、男性で若い部類の私は他の女性たちは怖くて言い出しにくいので私から注意するように頼んできます。
「体育館の利用ルールなのだから、窓もドアも閉めて下さい。」と云っても全く聞く耳を持ちません。
「こんなに広い場所で、離れて数人でテニスをやってるのだから密ではないし、換気も十分だ」と聞き分けません。
「みんなが守っている社会ルールなんです」と云っても聞き分けません。
しまいには、「文句があるなら市長を呼べ」となってしまい、周りの女性陣は怖がってそのまま大人しくしていました。

例2 スーパーのレジの場で
日曜日の午前、結構混んできたホームセンターですが、5台あるレジのうち3台しか開いていません。

私は、小さな税込み305円の小物を買って、一番列の短い最後尾に並びました。
なかなか行列が進まないので、先頭をみると客のレジ精算の様子がみえます。
レジの女性が電話で何かを連絡しています。
値札バーコードが認識しない様子です。
そのうち、担当者が駆けつけてきても、どうやら値段がわからない様子で、慌てて売り場に戻っていきました。
精算出来なく、このレジの精算待ちの行列は長くなっていく一方です。
私の前のシニア男性は、カートを残してレジにつめより、列が長くなっているのだから、「他のレジを開けろ」と声を荒上げました。
これは、当然だと思います。
何かで読んだことがありますが、スーパー等での顧客の不満の大半は「レジ待ちの時間と、レジの対応」だそうで、客側としては、「買ってあげて、お金を払うのに何だその対応の悪さ、遅さは、」となるようです。
店内にアナウンスが流れて、他のレジが開いたのですが、ここでも再び怒号が飛び交いました。
今待って並んでいた先頭の客を誘導する訳でもなく、後ろに並んでいた客がその開いたレジに殺到したのです。
先程声を荒げていた同い年くらいの男性が怒り狂うのも当たり前で、私もたった305円の小物の支払いで、こんな不愉快な思いをするのが嫌で、手に持った品物を、再び棚に戻してホームセンターを出ました。
よほど、その品物を棚に戻さず、レジに置き去りにしていこうかとも考えましたが、理性が押し留めました。それをやったら同じ切れる老人と見られるでしょうから。

例3 横断歩道の場で
私の自宅の前はバス通りで向かい側は児童公園です。
通りは二車線で、静かな住宅街でもあるので自動車教習所の路上教習の車が一日中行きかつています。
近所に小学校もあり、通学路の為、自宅前には横断歩道がありますが信号はありません。
バスや、路上教習の車は、横断歩道のてまえに人がいると必ず停止して、歩行者の横断優先します。

私も駅に行くにはこの横断歩道を渡るので、ここで一旦停止して左右を確認して渡るのですが、ある傾向があることが解りました。
バスや、路上教習の車は100%横断歩道前に立つと止まります。タクシーは会社によって違いますが半分は止まってくれます。
さて一般車両ですが、一番止まってくれないのは、シニアなのです(男性女性を問わず)
別に障害者でも、ヨレヨレのお年寄りでもない私ですから、安全にこの道路を向こう側に行くのは苦もない事なのですが、お年寄りの運転する車のマナーの悪さ、歩行者に対する配慮の無さにあきれて、それらしき車がくると、時々、無理に歩道に半歩踏み出す姿勢をしても、シニア男性の車は気が付き、徐行するでもなく走り去っていくのが殆どです。
カミサンにこの話をすると、「そんな危ない真似をやめて、それこそ、意地悪じいさんと呼ばれるんだから」と。

例4 混雑した車内の場で
私はこれまで、一回だけ混んだ電車のなかで席を譲られたことがあります。
それは一昨年71歳の時、旅先から羽田空港に戻り帰路の横浜駅で混んだ東海道線に乗車した時、目の前40代とおぼしき男性が、立ち上がり、どうぞと云うのです。
私は一瞬迷っているのを見て、カミサンは「ありがとうございます」とお礼を云ってしまったので座りました。
その後、電車を降りた帰路カミサンは「俺はそんな席を譲られるほどの年寄りじゃないって顔してたよ」と云います。確かに一瞬はそう思いました、そんな旅で疲れた顔してたのかな。
先月、同じ東海道線で同じような光景に出くわしました。
座っている中年女性の前に、見るからにシニアと思しき女性が立つと、中年女性は席をたって無言で座るように勧めます。
すると、このシニア女性「すぐ降りますから」と辞退すると、かの中年女性は「いいえ、どうぞと声をかけます」すると、かのシニア女性「私、そんな年寄にみえるかしら」と捨てゼリフをのこして、隣の車両に移っていきました。
男性シニアと違って、女性はどうやら切れるポイントが違うようです。

例5 主語、目的語のない会話で
私自身が最近、一番切れるのは、カミサンの主語・述語・目的語のない会話
女性蔑視ではありませんが、昔から女性の会話は、主語がない、目的語がないと云われています。
お互いにはなしていて通じるのだから、そんな主語は必要ないと、カミサンは云いますが、彼女から突然話かけられると、返答に迷うこと、それ何の話それ誰の話と、問い返すことしばしば。
自分の頭の中では分かつている話をストレートに整理もせずに、突然話してくるのですから、私も戸惑います。
カミサンは「もう40年以上も一緒に暮らしているんだから、そのくらい理解しなくちゃ」
否、最近どんどんそれがひどくなっているんですよ。あなたの話は。


切れる原因は

加齢によって脳の機能が低下
人の感情をつかさどる脳は年を重ねるごとに萎縮することが明らかになっている。
萎縮に比例して脳の機能は衰えるため、物忘れのような老化現象が現れる。
そして脳の中で早い段階から萎縮が始まるのが、衝動の抑制や理性、意欲などを担う「前頭葉」。
これによって感情抑制機能の低下、判断力・意欲の低下などが起こる。
それ以外にも喫煙や飲酒などの長年の生活習慣によって脳の機能低下は起こる。
男性ホルモンの低下高齢者の男性の場合、テストステロンという男性ホルモンが低下することによってイライラや不安などをもたらし、精神面が不安定な状態に陥る場合があります



いまや日本の人口の4人に1人が65歳以上の高齢者に。
2060年には2.5人に1人になると推計されている。
上記の迷惑行為に限らず、高齢者をめぐる課題は今後もさらに膨らむとみられます。
切れる年寄りと、他人事ではすまされなく、自分が、誰もがいずれ高齢者になるということを私達は肝に命じて生きていかねば。

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2021年02月16日

ラジコとTver、そしてNetflixやU-next、Huluって何なのさ

昨年の春先に続いてのコロナ禍緊急事態宣言で家にいる時間が格段に多くなってきています。
普通の平日の午前中は、ルーティンの如く、やること、したこと、やらなくてはならないことを自分に課していますので時間は過ぎていきますが、午後の時間がとてつもなく長い、TV欄をみると、ワイドショーだらけ、BSをみても昔の旅番組みの録画版ばかりです。
新聞広告欄をみると、暇つぶしにでもちょっと見てみても良いかなと云う番組があるのですが、全て有料チャンネルばかりです。
そこまでして見たいとし思いませんが、最近、一般映画館公開ではなく、ネットチャンネル公開を前提とした映画づくりの傾向が伝えられています。

確かに、TV画面を見ていると、色々各社の宣伝ばかりです。
今の日本にはこんなにもあるのです。



料金はともかくとして、契約をすれば何処の家庭でも、自宅のTVで簡単にみれるのでしょうか?
ネットプログラムのサポートをしている、webプログラマーがこんな事を言ってはいけないのでしょうが、同じ世代の団塊おじさんの家庭の半分は同じような疑問をもっているのではないでしょうか?

我が家のテレビでネットがみれるの?
見たいと思う映画は追加料金ばかり取られるのではないか?
ネット接続従量料金がかかるのではないか?
うちのネット回線で本当に見れるの?
ケーブルテレビとどう違うの?


そうなんです、簡単じゃないのです。
パソコン、スマホだけで見ると云う条件ならそお難しくはないのですが、リビングのTVで家族一緒にみようと思うと、契約前にいろいろクリアしなくてはならない、ハードル、知識、お金の問題はあるのです。
シニア夫婦だけのご家庭では家のネット環境も、TVの仕様も分からないでしょうから、一度大型量販店で聞いてから、契約することをお勧めします。


下記はHuluの場合の聞きたいこと、知りたいことページ内容です。

無料お試しについて
無料期間が終了する前に解約すれば、一切料金はなし
解約について
簡単な手続きでいつでも解約できます。解約時に違約金は発生しません。
また解約後も同じアカウントで契約の再開ができます。
クレジットカード以外で支払う方法
ドコモ払い、auかんたん決済、ソフトバンクまとめて支払い・ワイモバイルまとめて支払いなど
作品のダウンロード
ネット接続なしで視聴する事ができるものもあるが全てではない
テレビで見ることはできますか?
Hulu対応のテレビの他、Hulu対応のゲーム機やメディアプレイヤー等をテレビに接続して視聴することもできます。
1つのアカウントを何台の機器で利用できますか?
視聴は1度につき1つの機器での利用となり、同時視聴はできません。
料金は
料金月額 1,050円

パソコンで無料で見逃した番組、もう一度みたい番組をみるならTverがあります。



NHKはじめ民放各局が運営するインターネットテレビ番組です。但しフジテレビだけは「見逃しFOD」として放送後から期間限定ですし、NHKもオンデマンドとして有料サイトを運営しています。
https://tver.jp/
ここで一番充実しているのが「テレ東」です。
特に地方では放映していない、テレ東の番組はここで見られます。
当然ですが、高速ネット環境が必要でおよそ3Mb/secが推奨と云われています。

最後にお勧めはラジオです。
https://radiko.jp/
パソコンやスマートフォンで無料でラジオが聴けるサービスです。
インターネット環境があれば、ライフスタイルに合わせて様々なシーンでラジオが楽しめます。
また、タイムフリー機能で聞き逃した放送を聴くことができます。
我が家の場合、カミサンはラヂオ派で、日中ミシンを踏みながら、ラヂオを聞いています。
私の場合パソコン作業中は、横にタブレットをおいてラヂオを聞きながらの作業をしています。

ラジコの良いところは、日本中、世界中のラヂオ番組をネットで聞くことができる、ということなのでしょうが、まだ全ての地方局、や世界のラヂオの視聴は確認出来ていません。

昔を思い出しています。
高校生の頃聴いていた深夜放送・・・
初めてのバイトで買った、大きめの高性能ラヂオで海外のラヂオが聴けないか探っていたあの頃
まさかこんな時代が訪れるとは・・・

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2021年02月14日

人生時計とは、自分の人生「今、何時」

最近、夜寝るのが早くなり、朝起きるのも早くなっています。
早寝、早起きなのか、体力的に眠くなるのが早く、浅い眠りとトイレの近さで朝が早いのか、
カミサンよりも早くベッドを抜け出すわけにはいきません。
カミサンは、だいたい5時半に起きて、365日毎朝同じ食事を造っています。
コーヒー・トースト・野菜サラダ・卵料理一品(目玉orゆで卵or卵焼き)とフルーツヨーグルトと決まっています。
私が起きるのは、6時半と決めています。
どんなに、目が覚めていようが、それより早くはベッドから抜け出しません。

理由は
カミサンの朝の1時間を大切にしたいからです。
カミサンの唯一のひとりの時間、朝の1時間、自分で用意して朝食を新聞を読みながら、朝のラジオを聞きながらゆっくりと、ベランダの外、観音山から昇る朝日を眺めながらの朝食の1時間の邪魔をしない為です。
例え長年連れ添った夫婦とはいえども、一人になりたい時はあるのは承知しています。

そんな目の覚めたベッドのなかで考えました。

人間の一生は一日24時間に例えると、今何時なんだろう、今日残されている時間は何時間あるのだろうと。
人生、今だと80年として、今年の2月に73歳になる僕の今は何時なんだろうと。
人間の一生80歳として、一日を24時間とすると・・・
簡単な暗算だと、半分40歳は正午12時、二十歳の成人式は朝の6時、定年の60歳は夜の21時、では73歳は何時になるのか・・・昔、つい最近まではこんな計算も暗算で出来たののですが、正確に何時何分となると紙と電卓がないと出来ません。

ネット上で、「人生一生を一日に例えると」と検索すると多くの「人生時計」というページがありました。
https://seniorguide.jp/article/1001158.html
ここで、詳しい計算方法を紹介しています。が
ここでの参考例は

人生時計は、「自分の年齢を3で割り、その数字を24時間制の時刻に当てはめてみる」というアイデアです。自分の人生の時刻を知ることができるわけです。
例えば、今が45歳であれば、45÷3で15時。つまり、人生を1日に例えれば午後3時にあたります。


この計算式でやると、私達団塊世代は全員が、24時を過ぎています。
このサイト2015年にUPされていますが、それにしても寿命72歳はないでしょう。

ちなみに、「3で割る」というルールでは、72歳以上は1日を過ぎて翌日に入ってしまいます。これを「もう、1日が終わっていて、あとは死ぬだけだ」と後ろ向きに受け止める方がいらっしゃいますが、そうではありません。
これは、「人より長く1日が楽しめているのだ」と、前向きに考えましょう。今は夜更かしをしていて、まだ起きていてかまわないと考えれば、それだけで楽しいじゃありませんか。


2012年、私達団塊世代の平均寿命・余命を80歳として計算する時は、3.333で割ると端数はでますが、あるていど納得のいく時間が出来ます。
昭和23年、1948年生まれはの私は今、一日で云う何時?
73÷3.333=21.9時、ほぼ夜の10時、テレ東の「ガイヤの夜明け」の始まる時間、当然ベッドで入っています。
最近、ベッドでみていると最後まで見れずに寝てしまうことが多い、そんな時間でです。
そっか、私の人生に残されているのは、こんな時間なんだ。

人生100年時代は
私は、自分の人生設計では78歳で逝くことになっています。
カミサンは他所でそんなこと事云わないで、オオカミ少年みたいで、みっともないからと云いますし、私の周りの元気な女性陣からは、人生100年時代なんだから
死ぬ死ぬと云っている人ほど死なないんだから・・・と云いますが。

人間が人間たる所以、すなわち他の万物との違いは「自分が死ぬことを知っている」ということなんです。
最近の長生き元気なおじさんたちは、どうやらそれを忘れているようで、ずーと長生き出来ると信じている方々多いようです。


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2021年02月12日

JR東海道線に107年ぶりに新駅が出来るって、それもうちの近所に

2月9日の朝刊に、東海道線新駅のニュースが神奈川版に掲載されていました。
東海道本線の新駅となると1925(大正14)年の熱海駅開業以来、107年ぶりとなります。
地元鎌倉市大船、私の少し長めのお散歩コースにあたる場所です。
この新駅構想はもう20年以上前から取りざたされていました。
しかし、JR東海道線の駅に関する大原則は、停車するのは一行政区に一駅とされていました。
ですから、隣町横浜市の戸塚駅は、以前は東海道線快速は停車していませんでしたし、現在でも辻堂は藤沢市なので快速は停車しません。



そんな状態のなか、鎌倉市と藤沢市の中間にある地域に、新駅が出来る訳もないと、私達地元では誰も期待していませんでした。

1,あんな所に新しい駅が出来て誰が利用するの?
2,そもそも、新駅の建設費はだれが負担するの?


誰が利用するのかについて
新聞紙上では、新駅の一日あたりの乗降客数予測は、横須賀線保土ヶ谷駅と同程度の6万5千人程度としているようです。
このうち、3.5万人は、新駅に近い現在の湘南モノレール「深沢」駅からながれてくる利用客で、新たな利用者は3万人ていどと見込まれています。

新規利用者3万人と見込んでいるいるその利用者は誰なの・・・
この新駅建設の動きの背景には、広大な未利用の土地があるからです。
この予定地は1985年に廃止された国鉄湘南貨物駅跡地の村岡地区(藤沢市、8.6ヘクタール)と、近隣で2006年に廃止されたJR東の鎌倉総合車両センター跡地の深沢地区(鎌倉市、31.1ヘクタール)があるのです。
鎌倉市は、鎌倉総合車両センター跡地の深沢地区に現在老朽化した、鎌倉駅に近い一等地からここに新庁舎を建設し、この広大な土地の再利用、住宅化整備して鎌倉駅周辺、大船駅周辺に続く鎌倉市第3の拠点と位置づける計画です。

この駅が出来て一番便利になる、得するのは・・・
この新駅は10年前に建設された、「武田薬品 湘南ヘルスイノベーションパーク」の前です。
国内最大の医薬品開発研究所であるとともに、この周辺は、コロナ対策拠点基幹病院群として整備がすすんでいます。
そして、この基幹病院施設群の中核は徳洲会病院グループです。
その他の利用客は、駅周辺の村岡住宅街の方々で、利用者は一日千人もいないでしょう。
得するのは、この広大な土地を持て余していたJR東日本、塩漬け状態だった車両センター跡地に新庁舎を造り、地域が活性化することにより、税収増加を目論む、鎌倉市と前述の武田薬品と徳洲会グループであって、この周辺の藤沢市民、鎌倉市民は誰も望んではいなかったのです。
地元住民が特段、望んでいなかった新駅が出来る、という前代未聞の話なんです。

2,そもそも、新駅の建設費は何処が負担するの?
報道によると、新駅の事業費の概算は約150億円で、内訳は建設費133億円、駅設置に伴うシステム改修費11億円など。
事業費は県が30%、藤沢、鎌倉両市が27.5%ずつ、JR東が15%負担する。
新駅設置では要望する自治体が費用を全額負担するケースが多いが、村岡新駅はJR東も一部を負担する方式とする。
※村岡新駅はJR東も一部を負担する・・・それは周辺の土地を持っていて、その価値が上がり収益が見込めるからです。
建設費150億円の27.5%を鎌倉市が負担、42億円ですが、その金額で収まるはずハズがありません。役所が市民らに負担を説明する時、必ず少なめ、こうあってほしいという希望的観測数値をいうのですから、始まってしまってから、足りないので追加予算を・・・になります。

住民税非課税世帯の私が、市の税金の使い方について、どうこう言える立場でもありません。
鎌倉市は国から地方交付税不交付団体全国85団体の一つ、金持ちなんですからいいか!。
昔は市職員の給与・ボーナスが全国一高い行政都市としてやり玉にあがっていたようですが、現在はそうでもないようですが。

何時新駅が出来るのか
報道によると・・・2032年ごろ開業予定とか
後11年後ですか・・・私はかなり怪しいですね。


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2021年02月10日

認知症に罹患した妻の介護をする夫介護者について

私が退職直後からリタイヤライフワークの一つして維持・継続しているwebサイトに、同じ世代の方々との交流・意見交換の場としてみんなの掲示板を造ってきました。
当初、少し早めの退職した私が発信するのは、退職直後からの「海外ロングステイ情報」の共有でした。
2003年当時の団塊世代の退職年齢は60歳で、一旦退職してから同じ会社に契約社員として再就職する例はまだ少なく、団塊世代の私達の間では豊かな年金をもらっての海外リゾートで暮らす海外ロングステイは、ひとつ上の世代、大橋巨泉世代と納得し、私達は、公的年金だけでも暮らしていけると評判のアジア各国の情報交換の場として、この掲示板は賑わったものです。

あれから18年、私達団塊世代は、一時期過ごしたアジアの国々から引き上げ、日本で地道に背丈にあった、穏やかな生活を続けています。
掲示板の話題は、国内旅行に移り、そして年相応に健康やらこれからの生き方、逝き方など多岐にわたってきています。

最近、この掲示板に多くの投稿をなさっている海外在住者の方の投稿が注目を浴びています。
80代男性の方の年下の奥様の認知症介護の日々を綴っている投稿文章です。

私達70代前半から半ばの世代での認知症介護と云うと、先ずは自分たちの両親の認知症の介護で多かれ少なかれ経験してきています。
それが、多少、年齢が上の世代とは言え後4,5年先で、伴侶の認知症の介護が必要、發生するとは、それも自分が認知症になり、介護されるのではなく、年下の妻の介護をするとは、考えたこともなかったでしょう。

認知症発症の男女差を初めて知りました
ネット上の記述では

加齢により認知症の有病率が増え、最近の調査では、65歳以上人口の約15%に認知症が認められ、女性では男性の1.4倍多いとされます。
認知症には大きく分けて血管性認知症とアルツハイマー病があり、血管性認知症は80歳以上で男性の方が多くなるのに対し、アルツハイマー病は90歳以上で女性が5.8倍多いことが報告されています。
アルツハイマー病に特徴的な「脳内病変の老人斑」と認知機能低下の程度と必ずしも一致しないことは、脳サイズの大きな男性の方が女性と比較して脳予備能力が大きいために、男性でアルツハイマー病がより少ないと説明されています。



私達夫婦はすでに両親はなくなっています。
そして二人の母親の晩年は軽い認知症でした。
男性は女性よりも早く死ぬから、相対的に女性の認知症を多く見受けられるのかと思つていましたが、そうではなかったのです。
軽い・・・と書いていますが、私達夫婦ふたり共に離れて暮らしていて、実際の母親の介護は実家の兄夫婦や、妹夫婦が担っておりどれだけ大変なことだったのかは、本当し知らないです。
電話で話した時や、一年ぶりに会いにいった時は、されほど不自然な会話もなく、すこしづづ年相応にボケてきたみたい、程度しか感じませんでした。

後から解ったことですが・・・
何であんな気丈夫だったお互いの母親が・・・と考えて見て、ある共通点に達しました。
二人共にある時期から認知症が進行していったのです。
その時期とは、私の実家の場合は、同居していた兄嫁が退職して家に入った頃です。
カミサンの実家で云うと、同居していた妹のご主人が退職して、家に戻った頃からです。
私の実家の母は、それまで家庭内、全てではありませんが掃除・洗濯・家事全般や、ご近所付き合いなど全て、何十年もやってきてしました。
それが、兄の奥さんが退職し家にいられるようになってからは、「お母さん、これまでありがとうございました。これからはゆっくりとお過ごしください」
と全て、兄嫁さんが担うようになった頃からと推測されます。
カミサンの実家も同じで、妹のご主人が退職されてからと云うと、これまで小さな畑を担当していた母親の役割を、彼が担うようになりました。
内孫も大きくなり、手間がかからなくなり、隣に住んでいたいた実姉がなくなった頃から、認知症の症状が現れだしました。
年齢的に、脳内の老化と一緒だったのかも知れませんが、ある種の生きがい、自分の仕事がなくなると、人は老化を早めるのではないか・・・と
思うようになっています。

認知症の奥さんを介護するご主人のイメージは


奥さんの立場から見ると、とても男性として立派な方で、責任感も強く、リーダーシップもあり、頼れる存在。
これは、後述する文献でも現れています。
まるで、二人の実家の母親の認知症が進んだ経過と似ているように思えてなりません。
これらの話をカミサンとすると、
「我が家ではあり得ない話ね」
「私が長生きして認知症になる頃は、〇〇君は絶対にいないでしょうね」
「もし、仮にいたとしても、〇〇君に頼ろうとは思ってないから安心してねですって。

ブログを書くにあたってネットで「認知症の妻の介護」と検索した結果を参考にしています。


認知症に罹患した妻の介護をする夫介護者が感じている困難
参考

本研究は,在宅で認知症の妻を介護している夫介護者の日常生活で感じている困難を明らかにし,看護支援の示唆を得ることを目的とした。
認知症の妻を介護する11名の夫介護者に半構成的面接を行い,質的記述的に分析を行った。

夫介護者は,妻の認知症状から【日常生活混迷への対応の困惑】を感じていた.
また認知症の症状によりできなくなった妻の代わりに行う家事は,経験の少ないことから【家事の不慣れ感】を感じていた。
また異性の介護を行うことで周囲から誤解を受けやすいことや,認知症の症状による行動障害から世間に迷惑をかけないようにと【近隣の人々への気兼ね】をしつつ生活をしていた。
さらには,妻が認知症に罹患したことに対する【消えないわだかまり】を抱えていた。
全員が65歳以上の夫であったためか,体調に関連する【介護者の健康不安による介護継続の気がかり】を持っていた。
今後,認知症症状の理解や対応方法への支援,男性特有の困難に対する心理的・身体的・社会的な支援が特に重要であると考えられた。

〜中略〜

男性介護者の特徴は,介護の仕方が女性に比べて合理的であり,介護を仕事の延長とみなし自分の手で完璧にこなそうとする傾向や,介護を自らの責任と規定し他者とのつながりを持たない傾向がある.
一方,家事行為への戸惑いや介護を続けていくための不安感を持ち,家事や介護等の役割を担うことに対応しきれない現状や,悩み等を他人に相談できにくい傾向がある。
そのため,男性介護者は内にこもりがちになり,それがストレスとなり虐待や無理心中につながっていく傾向が強い。
実際高齢者虐待は,2012年には息子が全体の41.6%, 夫18.3%(厚生労働省,2013)と,両者で全体の約6割を占めている.
以下略


参考原稿元リンクは
http://jarfn.jp/kikanshi/20-2/20_2_7.pdf

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