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2020年10月30日

ゲートボール殺人事件 切れやすい高齢者男性

昔、退職した老人がするスポーツと云うと「ゲートボール」とイメージがありました。
実際、現役時代に地方にいくと、午前中からかなり年配のお年寄り(きっと今の私の年齢よりもずっと若かったのでしょうが)が集まって広場でやっているのを良く見かけました。
現役を退職しても、あのようなグループに入って、ゲートボールをするのはご免だな、とその当時も、退職直後も思っていました。
実際に退職して、地元に戻ってきても私の住む地域、鎌倉・大船では何処にもゲートボールをやっているお年寄りを見かけません。
地域のNPOのお手伝いをするようになり、鎌倉ゲートボール協会があることを知り、お尋ねしたところ、この地域ではゲートボールが出来る広い場所が少ないのと、市の小中学校の校庭の使用が許可されないのも、一つの理由だそうです。
「何で、利用禁止なんですか」
「かなり前の事件で知ってるかどうか、ここではないけど、ある地方都市で、ゲートボールのプレイ上のトラブルで殺人事件にまで発展したことがあり、その影響かもしれないと云うお話でした。

たかがゲートボールで殺人事件ですか?
聞くところによると、ゲートボールとは、勝つためには相手の進路・方向をいかに邪魔するゲームだというのです。
その結果、勝負に拘るあまりに、大の大人がかなりエキサイトして、喧嘩状態に陥ることがあるそうです。

実際に数年前におきた事件はのあらましは

高齢者に絶大な人気があるスポーツ、ゲートボール。
日本発祥で、身体能力をあまり必要としないことから、高齢者に親しまれている。
公園などでプレーを楽しんでいる様子を見たことがあるだろう。
そんなゲートボールプレーヤーだが、人間関係は多種多様。中には、こじれてしまうことも。
2017年、ゲートボールを舞台にした殺人事件が発生した。

事件が発生したのは、神奈川県伊勢原市の公園。
ゲートボールを楽しんでいた82歳の男性に対し、79歳の男が突如襲いかかり、顔や胸などを暴行する。
82歳の男性は殴られたはずみで転倒し、木の根元に頭を打ち救急搬送。
一旦は回復し退院したものの、容態が急変し9日後に帰らぬ人となった。

ゲートボールを楽しんでいた高齢者に何があったのか。
2人はグラウンド整備に使うスコップの管理場所についてトラブルになっており、犯行当日はスコップが見つからず激怒し、襲う際「俺のスコップを隠しただろう」と叫んでいたのだという。スコップを巡ってトラブルになり殺人にまで発展するとは驚きだ。

人間関係のトラブルは年齢に関係なく、高齢者であろうが子供であろうが発生するもの。
その感情をコントロールするのが大人というものだが、制御できない人間もいる様子。それが発展し、殺意に変わってしまうことも稀ながら発生してしまう。
加害者男の性格は不明だが、「キレやすい」と言われても致し方ない。


鹿児島の例では

鹿児島県で、殺人事件がおきた。
70歳の男性がゲートボール仲間の69歳の女性に腕前をなじられたことなどの理由から、女性のせいで仲間外れにされたと思い込んで、女性の自宅を訪れ、包丁で刺し殺した。
また、長崎市で、ゲートボールの試合でプレーの順番をとばされたことに腹をたて、89歳の男性が87歳の男性を刺傷するという事件があった。

ゲートボールに詳しい人によると
「ゲートボールは、ルール自体にいじめを生みだす構図がある。ゲートボールは、いかに得点するかというより、相手に対していかに妨害できるかに重点がおかれており、
打つ順番などをめぐりトラブルになりやすい。老人になると、精神的にタフではなくなり、我慢できなくなる。老人がゲートボールをするのなら、勝負にこだわらないほうがよい。
また、排他的で、新しい人がはいりにくい環境になっており、最近は1人で行えるグランドゴルフをする人が多くなっている」と話す。


この記事にあるように、ゲートボール人口は衰退し、一人プレイのグランドゴルフが増えているようですが、都市部では、やはりスペース・会場が確保しにくくあまり盛んではなく、室内ゲーム、ボールゲームが盛んです。

私の住む地域では、ラケットテニスが、高齢者の間では人気です。
ラケットテニスとはどんなスポーツなのかは、

ラケットテニス 鎌倉・大船
をご覧ください。

わが町でも、80歳オーバーの切れやすい男性が問題となっています
ルールは硬式テニスと同じです。
プロの試合では審判一人と線審6人で、イン・アウトの判定をしていても、微妙な場合、プレイヤーはビデオ判定を求めますが、たかが、老人のレジャーゲームテニスでも、時としておお揉めに揉めます。
審判員はそのゲームに参加していない、仲間一人だけ、線審はいません。
だんだんと老眼になっているせいもありますが、審判員の目の前ライン上のボール判定でも、ゲームに参加しているプレイヤーは激高します。
硬式テニスビデオ判定のように、ボールが例え1mmでもかかっていればセーフなのですが、数メートル先でプレイしているオジサンには、アウトとして映っているのでしょう。
審判優先なのに、審判役の高齢女性に怒鳴り散らかすのは日常茶飯事です。
クラブ会員は15名、平均年齢は軽く75歳を超えています。
15名、ダブルス3コートで試合をしていますが、各コートが同時に1ゲームを終わらないのに、この高齢男性は自分の参加しているコートの試合が終ると、他のコートが終わっていないのに、メンバーチェンジを要求しだす始末です。
私と代表女性でコントロールしているクラブは高齢者だらけなので、特に夏場とコロナ禍の為、休憩・水分補給・喚起・マスクを徹底しているのですが、クラブ最古参の男性高齢者は、従いません。

現在、体育館の利用は、コロナ禍対策で窓このは全面開放して使っていますが、黄色いボールは場所によっては反射して見にくいのは仕方ないことですが、自分のプレイする側の窓、ドアを勝手に閉めてしまいます。
「貴方の勝手な判断で閉めることで、利用規則に違反し、みんながこの先体育館を利用できなくなる」と云っても聞きません。
「この程度の解放で、コロナに感染することはない」と云い張るのです。
このまま、この高齢者だけですと、体育館の利用最低人数10名も切るかもしれないと、新しい、若いメンバーをお誘いしても、「あの怖いおじいさんがいるから」
と云う理由でお断りされた経験も多々あるような状態です。

どうしたら良いのか・・・この男性はこのクラブ最古参の84歳。
誰も、猫に鈴をつけること出来ない状態なのです。

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団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年10月28日

コロナ禍の日本経済と年金リタイヤシニアの家計費

我が家の家計の年末決算に消化残が発生しそう

退職してからの外部から収入は、夫婦二人の年金のみとなります。
55歳と52歳で早期退職した夫婦の年金額は、政府発表の平均的なサラリーマン所帯の年金額265万円を若干下回る額で、ギリギリ住民税非課税枠内に収まっています。
毎月の子供のいない夫婦二人の退職後の月々基本生活費は、この年金額の範囲で老後計画を立ててきました。
2か月に一度の年金収入ですが、私たちの場合、現役当時と同じく、毎月25日に銀行口座から、1か月の生活費、年金年額の1/12を引き出す生活を17年続けています。

1か月の出費の内訳は
 食費       60,000
 雑費       10,000
 管理費      40,000
 光熱費・公共料金 30,000
 夫小遣い     30,000
 妻小遣い     30,000
 計        200,000  
と、団塊世代夫婦としてはかなり節約的な家計だと思っています。
当然ながらこれは最低限食べていくだけの金額です。
生活していくには、この他に
 国民健康保険・固定資産税・介護保険などの租税公課があります。
 医療費・観光葬祭費もあります。
 耐久消費財買い替え費も計上して置かねばなりません。
 夫婦二人、各々が自由に使える、教養・娯楽費も必要です。
 そして、長いリタイヤ人生を潤い、ゆとりある生活する為にする費用、私たちの場合は
 主に旅行費です。
これら費用を算化すると、一年間の生活費合計は最低420万となります。

公的年金ではこの、月々の最低限生きていく費用の他の費用は賄いきれるハズもなく、これらは個人年金或いは、蓄えてきた老後資金から削っています。
この金額が数年前からマスメディアで云われている「老後資金3,000万説」なのですが、人生100年時代、或いは早期退職世帯では、この額では賄いきれないことは、事実です。
先ずは、正確に収入と支出を把握することです。
私たち夫婦の間では、これら出費は二人で共有し、何時でも見られる状態にしています。
今月も、10月26日に銀行へ行って、10月の厚生年金の入金を記帳し、11月の生活費20万を引き出し、管理費・公共料金引き落とし口座に振り替えその他食費・雑費・各々小遣いを封筒に仕分けしています。
そして、パソコンに向かって毎月、我が家の老後資産の決算書を更新し、カミサンに報告しています。

今年、2020年の我が家の老後資金決算書に異変が生じています。
11月の基本生活費を引き出すと、自ずと2020年12月31日、年度末の老後資金残高が見えます。
我が家では、退職前から私が亡くなり、その後カミサンが20年生き続けと想定した試算表を作成しているのですが、今年、10月末で見ると2020年の想定残高よりもかなり大幅に多いのです。
理由は明白です。
コロナ禍による、生活の変化です。
毎月の基本生活費は全く変わりませんが、年間の基本費生活出費以外のゆとり経費が極端に減っているのです。
カミサン、私の教養娯楽費はほとんど使われてなく、医療費も半分以上余っています。
そして、最大の支出減は旅行費です。
このコロナ禍で如何に、人々の移動、外出、外食が減ったか、我が家の簡単な帳簿をみても歴然としているのです。

日本政府の経済官僚はもっとマクロ的な数字を掴んでいるハズで、現役のサラリーマンはコロナ禍で会社業績や時短勤務で収入が減っているのに私たちのような年金生活者は年金はそのまま、或いはコロナ特別給付金で却って増えているのを知っていて如何にこのような私たち、年金固定収入の高齢者の消費を増やし、日本経済の活性化を図るかを画策するのは頷けます。

Gotoトラベル、Gotoイートで、移動、外出、消費を促すか?

このコロナ禍のなかでも、コロナ一陣が一段落した7月から、私たち夫婦は、国内旅行を続けていました。
旅行は、特に決まった仕事もしていない夫婦にとって、1か月に一度の旅行は生活のアクセントであり、楽しみでもあるのです。
そこに来て、Gotoトラベルの推奨です。

最初にGotoトラベルの恩恵を受けたのは、先月の知床旅行でしたが、この時は35%の割引だけでしたが、来月からは、現地クーポンがやっと加わります。
政府の経済活性化政策を応援するのではなく、単純にでかけたいだけで、来月も、再来月も出かけます。
今年の旅計画では、残っているマイレージを使う予定だった遠・長距離の旅行も、まだGoto予算が残っているうちは、Gotoを使う予定です。

世の中では、ゆとりある、小金持ちの年金リタイヤ向けの偏った経済政策とも云われているのは知っていますが、それでも、私たちの世代が家に引きこもって、年間予算を消費せずにいるよりも、コロナを意識して、安全に出かけるほうが、現役世代に幾らかでもお役にたてるでしょう。
政府の役所と同じで、我が家の今年の予算は出来るだけ年内に消化し、また来年は来年。
何時まで、元気で動けるか分からないのですから。

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団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年10月26日

東北の紅葉を訪ねる旅 後編 不老不死温泉・五能線・十二湖

3日目 10月19日(月)
兄の運転する車は、青森津軽から弘前方面から日本海に向かいます。
このルートの一部は、一昨年の「鶴の舞橋」を訪ねた時と同じです。
幾らかガソリンが心配になってきたので、市内で入れようと国道を走っていて、兄は「120円、本当かよ、信じられない」と云います。
私は車に乗らないので、今ガソリンが幾らかなのは全くしりません。
長野では幾らで入れているの?と聞くと「135円」。うん確かにそれでは青森は安い、なんで同じ国内の長野と青森ではこんなに違うのか
帰ったら調べてみると云ってましたが、どうなんでしょう。

兄の車に搭載しているカーナビは、ルート選択候補が幾つも表示されるのですが、兄が選ぶルートは何を選んでも、幹線道路ではなく、裏道・県道・田舎道ばかりになるのです。
八甲田から日本海側の深浦に抜けるルートは普通に考えると、弘前から岩木山の手前を通って
山麓西側を迂回すると思っていますと、カーナビは岩木山の手前で右折を指示し、どんどん一昨年行った「鶴の舞橋」方面に行くので、自由・個人・暇人旅行なのでね「鶴の舞橋」にでも寄っていくかと考えていると、すぐ手前で考えられないようなルートを示すのです。
兄によると、何年も地図を更新していないせいかな?と云います。
ここで却って、カーナビの指示に逆らうと、知らない土地では迷子になるので、多少の不信感はあっても、従うことにしているそうです。
それ故、車のなかの二人の会話は、「エェーここで右折?、左折の間違いじゃないの?、でも行くしかないか!」の連続でした。




この日の第一目標は、先ずは日本海にでることです。
八甲田ロープウェー駅を9時半に出て、日本海側には11時半過ぎに到着しました。
日本海が見えた途端、国道の陸橋にさしかかると、大きなレンズを抱えた集団がいました。
「これは、五能線を撮影する撮り鉄集団」とみて話しかけると、後1分で列車がくるので、邪魔しないでと云われました。
大人しく、ビデオを構えていると、こんな画像が撮れました。
どちらかと云うと「鉄分」豊富な私ですが、ここまでやってきてこの変哲もない「五能線」を撮ったり、乗ったりする魅力は私には分かりません。

千畳敷海岸
ラッキーな五能線列車の撮影を終えると、次は兄も、私もたいして興味が湧かない、海の名所「千畳敷海岸」です。
千畳敷と云うよくある名の海岸、岩の連続ですが、そろそろお昼になるのでこの海岸で食事することにしました。
レストラン的な店と、食堂的なお店が2軒あり、少し小ぎれいなレストラン的なお店にしようと歩きだす、キップの良い、津軽弁のおばさんに声をかけられ何が美味しいのというと、「刺身定食」今日は烏賊とヒラメとなんとかに潮汁で1,500円と云いますから、1,500なら観光地としては普通かと考えここで食べることにしました。
今回の旅行は兄がガソリンと高速代を負担し、私は宿代と三食の食事代と入場・拝観料をを担当します。
出発日から3日目、たいした食事もしてないし、朝食とランチが一緒になることも多いので、75歳・72歳のシニアのランチとしては1,500円までは許容範囲額です。
入店して店のメニューを見ると、この刺身定食1,500がこの店で一番高いメニューでした。

不老不死温泉へ
まあまあのランチですが、この店のおかみさんのキップの良さと話しは面白かったです。
次に向かうのが、今回の旅では八甲田の紅葉に次ぐ、第二の目的地、目の前の海岸から波寄せる、茶色温泉露天風呂の不老不死温泉です。
これだけ有名な温泉なのに、海岸線を走る国道101号線には公的な道路標識には全く現れません。何かあるのでしょうか。
不老不死温泉に到着したのは午後2時半。
ここは日帰り入浴は午後3時半まで、それ以降は宿泊客だけだそうで、知らなかったけど間に合って良かった!
出川のクルーは、夕日と露天風呂の映像が欲しかったのでしようが、特別扱いはなしでした。
日帰り入浴料は600円、タオルは別料金
露天風呂は海岸の波打ち際にありますが、直接は行くことはルール違反です。
本館の内風呂で一度、かけ湯・入浴してから再び着替えて、本館から海岸の露天プロまで歩いて行き、その先の壁で囲まれた先で脱衣して、やっと本番の茶色い露天風呂に入れるという順番でした。確かに、目の前は波が打ち付ける岩場です。
こんな晴天の日、このお風呂から日本海に沈む夕日が眺められたら最高でしょうね。

白神山地十二湖へ
3日目の最後目的地は世界遺産白神山地の十二湖です。
不老不死温泉からは、車で30分程度と近いです。しかし、私夫婦のスタイルの公共交通機関・JRと路線バスで行こうとしたら、五能線の駅四っつ先ですが、
時間帯によっては二時間かかるかもしれません。
そして、今回の旅行で分かったことですが、JRと路線バスだけでは無理だと思っていました、奥入瀬渓谷も八甲田ロープウェイも、酸ヶ湯温泉もここ十二湖も本数は少ないですが、JRも路線バスもシャトルバスもあり個人自由旅行は可能なのです。
ここの十二湖で一番有名なのは、「青池」なのですが、真上から日差しが入らないと、ただの暗いいけでしかありません。
私たちが行った時間では到底期待は出来ませんが、車できているので行けるところまで行ってみました。案の上、ただの池でした。
もし行くのでしたら、ネット上で日付と時間帯を調べてから行くことをお勧めします。
ここを終えて、今晩の宿泊地、一昨年前も宿泊した秋田市の「天然温泉 ホテル こまち」に向かいました。
健康ランドなのですが、宿泊も充実しており、Gotoトラベルの対象にもなっている綺麗な立派な宿でした。
ちなみに、私たちシニアオジサンは、シングル(簡易宿泊)朝食付き 一人4,180円でした。

4日目 10月20日(火)
朝食は6時半、食べている宿泊者は、この地に出張で来ている建設作業者でいっぱいでした。
この日、二人の旅の最終日、長野の実家にまっすぐは帰らず、途中、秋田の紅葉の名所と云われている、角館とそこから車で15分ほどにある秋田随一の紅葉名所「抱き返り渓谷」を目指します。
角館には、8時前に着きました。
武家屋敷周りは、町内会の人たちが大勢道路に出て、落ち葉の清掃をしている姿が見え、皆さん全員がこんな早朝にくる、カメラを構えたオジサン二人に「おはようございます」とご挨拶されていました。
とても好感は持てますが、でも紅葉はまだ先、角館はこれで3回目ですがね桜も紅葉も今3で、相性が悪いみたいです。

抱き返り渓谷

東北の紅葉名所と云う検索でヒツトしたのがこの、角館から車で15分の場所でした。
朝早いのに、駐車場には観光バスが停まっていました。福島からの団体客です。
そうなんだ、そんなに有名なところなんだと、渓谷の入り口のシンボル赤いつり橋に来てみると、紅葉は全然していません。
ネットでチェックした時は、「今が見ごろ」だったのに。
確かに、渓谷のレストハウスには、紅葉真っ盛りの美しい写真が沢山飾られていました。
まあ、今回は八甲田の紅葉でしたから、まあおまけ程度で「いいっか」

帰路は国道7号で酒田へ、その先は高速で長野へ
青森・秋田・山形の日本海側は、今高速道路を建設中です。
ところどころ、途切れたり、或いはとりあえず無料だったりしています。
自宅までのルート設定は酒田までの国道7号線沿いの道の駅で、家族が待つ自宅用に東北のお土産と、魚を買うために下道を走り、後は一直線に長野実家に戻ります。
私は、この日は実家に泊って、翌日の新幹線で買えるので、生鮮食品は買えませんし、カミサンは特段、東北のお土産には期待しておらず、お土産は長野駅構内で「冷凍のおやき20ケ」と云うオーダーを受けていましたから、何も買っていません。
最後に停まったのは、酒田の手前の「道の駅 象潟」でした。
ここからは、秋田・山形のシンボル的、名山「鳥海山」が綺麗に見えました。

5日目 10月21日(火)
前夜、8過ぎに実家に戻り、朝の9時台の新幹線で帰路につきました。
昔の中学生の修学旅行の一泊目は鎌倉・江の島片瀬海岸でした。
早朝に長野出発した煙を吐く汽車は、碓井トンネルを超える時に一斉に窓を閉めたことを覚えています。
鎌倉の大仏観光をして江の島の浜辺の宿に着いたのは夕刻過ぎでした。
東京まで6~8時間は当たり前で、却って長い時間汽車に乗れていることが嬉しかった時代です。
今や、長野から大宮まで新幹線、大宮から大船まで東京・上野ラインと乗り継いで3時間を切っています。
まっすぐ東京まで新幹線・指定席で来るよりも、自由席・在来線乗り換えできても30分も無違わないし、1000円も安いのですから年金リタイヤシニアとしては、急ぐ旅でもないので当然、早いよりも安いを選択しています。

このフリードライブ紅葉ツァーの経費、安かったのか、否却って高くついたのか
兄の負担費用
 長野・十和田・青森・深浦・秋田・長野
 高速代及びガソリン代 概算32,000円
私の負担
 宿泊 青森 7,200円 秋田 8,300円  小計15,500円
 食事 一日目 2,000 二日目 4,300円 三日目 5,800円 四日目 4,700 小計16,800円
 駐車代 十和田湖・青森市内・十二湖・角館 小計2,000円
 入場料 八甲田ロープウェイ 4,000
     三内丸山遺跡      820
     棟方志功記念館   1,100
     ワラッセ      1,100
     不老不死温泉    1,200    小計8,220円
 合計 42,520 
 二人の旅費合計  車関係32,000+宿泊・食事・観光費43,000  総合計75,000也

自由に、天気を見ながら動けたことを考えれば二人で75,000円は、安く上がったと思います。
但し、ここには、鎌倉・実家間の交通費や手土産代含まれていません。
単純に鎌倉・長野間の交通費は20,000円ですから、今回の旅費合計は65,000でした。
となると、東京から素直に新幹線で青森に行き、各地をJRとバスで巡る費用も一度試算してみても良いかなと考えています。

さて次は11月4週目の香嵐渓の紅葉と小原の四季桜だ、お願い、どんぴしゃりであって欲しい。

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団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方
posted by 西沢 at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年10月24日

青森八甲田山の紅葉を訪ねる旅 前編

今回の青森旅行の前書き
一昨年、信州の実家の兄と二人で青森・秋田の桜の撮影旅行に行きました。
兄の目指すメインの撮影目的地が、私の好きな吉永小百合のJR東日本のCM地「鶴の舞橋」であると知った私は、個人自由旅行で鉄道・路線バスだけでは大変行き辛い、難しい場所でもあったので、一緒に車でいくことを申し出、信州の実家からのガソリン代・高速代は兄が持ち、私は宿二泊、食事代、その他を負担して、お天気にも恵まれてかなり自由な旅を味わいました。
その時、次回は紅葉の時期に来ようと話した覚えがあります。

そして二年後、75歳後期高齢者となった兄と72歳古稀を過ぎた弟の私、二人にとって、そろそろ車での長距離移動の撮影ドライブツァーこれが最後になるやも知れないねと云う自覚をもって計画を始めました。
ともかく、出発日は決めず、お天気が100%良いだろう日を狙って信州を出発しよう、となり、ルートも宿も決めずの行き当たりばったりの旅となりました。




1日目 10月17日(土) 
私は、お昼前に鎌倉の自宅をでて、東京・上野ラインで大宮へ、大宮で北陸新幹線に乗り換え、長野市で下車、実家で兄と合流。
少し午睡してから夜の7時過ぎに長野を出発、兄の車は上越道・磐越道・東北道経由で、最終目的地、十和田ICを目指しました。
運転は兄一人です。元々私は60歳で運転免許は更新せず放棄していますから、ただひたすら助手席で、兄が眠くならないように話しかけて行くだけです。
それでも眠くなくなります。
カーナビーは2時間ノンストップですと、ご丁寧に「もう2時間停まっていません、そろそろ休憩しましょう」と語りかけてきます。
ちょうどこの日、私は前立腺のご機嫌うるわしくなく悪く、ほぼ2時間保たずにトイレ休憩をすることになりました。

2日目 10月18日(日) 

まだ未明、4時半に十和田湖畔に到着しました。
この日の最初の撮影目的地は、奥入瀬の川の流れと紅葉とのマッチング映像です。
兄も私も3度目の奥入瀬で、如何にベストポイントで車を停めることが出来るかがカギであることは分かっていました。
先ずはまだ暗い中、ベストポイントの撮影地の駐車場所の確保に動きました。
まだ暗いのですが、10月の3週目の奥入瀬は紅葉はまだまだで、後2~3週間先がピークのようです。
私たちが確保し駐車した、奥入瀬上流の仮設トイレ脇のスペース(車8台分)は、まだ薄暗い8時前にはすべて埋まってしましいました。
何だ、まだ紅葉していないではないかと、云いながら奥入瀬の水の流れと滝を撮影して戻ると、観光協会の係員が待っていました。
この停めた場所は、団体観光バス3台分の駐車スペースだったのです。

奥入瀬の最上流の4つの滝が集まっている最大の名所の撮影で約2時間。
お天気は良いのですが、陽の光は渓谷に届かず、廻りの雑木林はまだたまだ紅葉に程遠い状態に、早めに切り上げて今回の本番の八甲田山系に向かいます。


奥入瀬から、蔦温泉・酸ヶ湯温泉のドライブルートはまさに、日本一の紅葉ドライブルートでした。
お天気は最高の撮影日和の青空、途中の酸ヶ湯であることに気が付きました。
今日は日曜日・・・このお天気の良さ、まだ午前中と云うのにどうりで酸ヶ湯も蔦温泉の駐車場もいっぱいな訳です。
これは、ロープウェー乗り場に急がないと・・と八甲田ロープウェー乗り場に急ぎました。
11時半に到着した八甲田ロープウェーの前は、超長蛇の行列、駐車場は空きがなく、大型観光バスは、一目見て20台以上です。
切符売り場では「只今2時間30分待ち」の看板が出ており、躊躇なく今日の八甲田ロープウェーに乗るのはあきらめ、翌朝一番に再びくることにしました。
今晩の宿は、早朝に電話で確保してあり、明日、予定していました青森市内観光に切り替えました。

青森市内観光は

三内丸山遺跡、棟方志功記念館、ねぶた展示の「ワラッセ」、そして兄が楽しみにしていました青函連絡船等です。
この日は、予定より早く、5時前には宿である「あおもり健康ランド」のツイン個室に潜り込みました。
二人の宿泊費は7,600円、このgotoトラベルの時期、けっして激安の施設でもなかったですが、前夜の寝不足で、超特急で眠りにつきました。

3日目 10月19日(月) 

八甲田ロープウェーの始発は8時30分が第一便です。
これに間に合うように、5時半にスマホ目覚ましを設定し、朝5時前に起きて、天然温泉露天風呂の空を見上げると、今日も一日良いお天気のよう。
しかし、外に出てみると道路が濡れています。先ほどまで少し降っていた様子、確かに薄い雲が前方、八甲田の方面にかかっているのですが・・・
7時前に八甲田ロープウェー駅に来ると、車も観光バスも停まっていません。
かなりまだ早すぎたようで、時間を確認して、この近辺の紅葉スポットの一つ、「城ケ倉大橋」に向かいました。
陽はさしたり曇ったりの連続ですが、大橋の上から眺める八甲田山系の紅葉は、ますますロープウェー山頂駅での景色に期待が高鳴ります。

8時30分の始発前に到着すると、既に数10人の行列が出来ていました。

チケツト売り場(一人往復2,000円)では、「現在、山頂駅では雲がかかっていて、眺望率0%」と前置きしながらの販売でした。
どうしようか思案しても、昨日、今日と2日間も来ていてここで、断念する訳もなく、ロープウェー途中からの風景も見ごろの一つとして、第一便で乗り込みました。
あの名画「八甲田死の彷徨」のラストシーン、生き残った弘前連隊の兵士(緒形拳)がロープウェイゴンドラのなかから眺めていた風景が真下に展開しています。
大満足です。ゴンドラが山頂駅に到着すると真っ白な雲に覆われ、数メートル先も見渡せず、今乗ってきたばかりゴンドラに再び乗車して下山しました。
さあこれで、青森の紅葉はおしまいにして、次は日本海に抜けて、五能線沿線を南下し、千畳敷海岸・不老不死温泉・白神十二湖と廻り、今晩の宿秋田を目指します。
このルートは、テレ東「出川の充電させてもらえませんか」の再現で、兄は2度目ですが、私は初めて場所です。
そして、秋田での最大の紅葉の眼玉は、角館から車で15分の「抱きかえり渓谷」の紅葉が待っているハズです。

青森・秋田の紅葉旅後編へ続く


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2020年10月22日

配偶者の死・その後の手続き・死後離婚と云う選択肢

秋も少しつづ深まり、夕暮れの時間が早くなってきたと云う季節感もあるのでしょうが、10月発売の雑誌には何故か年金シニア夫婦の老後の最終形、長年連れ添ってきた配偶者との別れ死に関する特集記事が、競うように掲載されています。

・週刊現代 鬱陶しい「夫の実家」との決別、死後離婚と云う選択肢
・婦人公論 死後の手続きリスト
・週刊文春 遺される妻が困らない、やるべき準備

解る気はします。
今や、通勤電車のなかで新聞・雑誌・文庫本を読んで過ごす風景は昔であり、現在ではほぼ90%はスマホをかざして、通勤電車の時間を過ごしています。
現役サラリーマンや、定年が近い50代〜60代前半のサラリーマンは、情報をすべてネット経由で得ているのでしよう。
では、これら記事を掲載している、雑誌はどの世代をターゲットとしているかと云うと、時間・お金があり、老後の生活に不安を抱いている戦後の大きな塊、ベビーブーマー世代、2025問題とされている、後期高齢者に近づきつつある、私たち団塊世代なのです。
先週の記事に引き続き、「週刊現代」「婦人公論」「週刊文春」を買って読んでみました。
いずれも、「団塊世代の定年後の過ごし方」サイトや、ブログに集まる方々にとって、目新しい記事はなく、少し整理してみる程度の内容のなかで
一つ目を引いたのが、週刊現代 鬱陶しい「夫の実家」との決別、死後離婚と云う選択肢でした。

死後離婚、正式には「婚姻関係終了届」です。

これは、中高年女性に人気の小説家、垣谷 美雨の小説「夫の墓には入りません」のなかで知っていました。
45年連れ添った夫が突然倒れ、入院生活が続く中、父に先ただたれ実母の介護と二人二重の面倒を見ていた妻、夫の母親は一年間の入院生活に一切の手助けをしてくれなかった。
病床の夫は「もし俺が死んだ後、お前がおふくろと板挟みになって苦しむことがあれば、家の家族と縁をきっていいから」と伝えてくりました。
そして一年後、葬儀の席でも義母は「ちゃんと息子の世話をしてくれた?、自分の親の介護ばかりして、みんなに早く死んだのは貴方のせい」と云われます。
これから先も夫の家族との関係を続ければ、最終的に義母の介護をしなくてはならないし、私自身もこの義母と同じお墓に入らなくていけない、そう想像すると絶望感な苛まされました。
死ぬまで主人の実家の呪縛から逃れられない人生は絶対に送りたくない、と主人の言葉を思い出して、決心しました。

婚姻関係終了届の手続きは簡単です。
用意するものは、
1,届出をする人の戸籍謄本(配偶者の死亡の事実が解るもの)
2,本人が確認できる書類(マイナンバーカードorパスポートor運転免許証)
3,そして印鑑を持って本籍地にて、自分の名前と死亡した配偶者の名前を書くだけです。
この婚姻関係終了届のメリットは、
・姻族関係終了届を提出しても相続権には影響がなく、夫の遺産は相続することができます。
・妻が夫の親族との関係を断ち切っても、子供と夫の両親との血縁関係はそのまま保たれます。
 子供にとって姑は「おばあちゃん」であり舅は「おじいちゃん」であることに変わりは
 ありません。
 ですから、夫の両親が亡くなったときは、子供は代襲相続で遺産を相続することができます。

デメリット
1, 一度提出すると撤回ができないことです。
 親族関係を復活させたい場合は養子縁組をすることになります。
2,姻族関係終了届を提出しただけでは姓は変わりません。
 結婚前の姓に戻したい場合は、市区町村役場に「復氏(ふくうじ)届」を提出します。
 復氏届では、結婚前の戸籍に戻るか新しく作る戸籍に移ることができます。
 姻族関遺体係終了届と同じく、夫の死亡届が提出された後であればいつでも提出でき、
 期限はありません。
 ただし、妻が復氏届を提出しても、子供の姓と戸籍は変わりません。
 子供を自分の戸籍に入れたい場合は、家庭裁判所に「子の氏の変更許可申立書」を提出して
 許可を得て、市区町村役場に「入籍届」を提出する必要があります。

婦人公論 死後の手続きリスト

私たち夫婦の間では、主に私が逝った後、死後処理のリストはパソコンのなかに、ペーパー印刷レベルで残してあります。
婦人公論のなかでは、お互いがすぐに手にとれる所、身近なところに箇条書きで残すことを勧めています。
一度、リストUPしてみてください。
こんなにあるのです。
・遺体引き取り(事前に葬儀社リストを作っておく)
・退院手続き、清算、荷物の引き取り(事前に友人やらに車の手配を頼んでおく)
・生命保険会社に連絡(連絡先を見える化しておく)
・死亡届の提出
・葬儀、火葬の手配
・親族、友人へ訃報の連絡(リストに沿って)
・納骨手配
・行政への諸々の手続き(パスポート・運転免許証の返納)
・年金、介護保険など社会保険に関する手続き
・デジタル関係
 プロバイダー、携帯キャリアの解約
 各種SNSのアカウントの解約
 スポーツジムや習い事の退会、解約
 クレジットカードの清算、解約
 パソコン内のデータ消去
 サブスクサービスの解約
 各種パスワードのテキストレベルでの印刷
・財産関係
 預貯金の管理(口座番号・印鑑・パスワードの見える化)
・遺産相続(遺言状の有無、保管場所リストを事前に明確化しておく)

私たちは夫婦二人、子供なし、兄弟は両方とも地方に住む高年齢です。
これを一人で一気に一処理しなくてならないのです。
子供のいない夫婦の場合、残された高齢の女性一人では、体力的にも、知識的にもこれらを一気に処理するのは無理です。
出来れば、身近な親族、甥・姪に元気なうちから、このような場合について、お願いしておくのが肝心です。
とくにデジタル遺産とよばれているようなものに関して、常日頃から印刷物としての見える化をはかり、信頼できる甥・姪などにのリストを生前に見せ、自宅内の収納場所或いは貸金庫(少なくとも暗証番号は解るように伝えておく)を伝えておくべきです。

週刊文春 遺される妻が困らない、やるべき準備

文春は買いませんでした。
新聞広告に謳われているようなこのとは、今更言われなくても、古稀を過ぎた団塊世代は良く知っている当たり前のことばかりなのですから。
列記すると
【銀行口座】二人で3っま、通帳は10年保管
【証券】夫の株は危険がいっぱい
【生命保険】受取人は誰になっているか
【相続】税務署が狙うのは妻のへそくり
【家】子供と揉めそうなら「配偶者居住権」
【遺言】書くベストタイミングは
【葬式】葬儀会社は決めておく
【遺品】妻が困る車の処分
もし、何が書かれているのか知りたかったら、どうぞお買いになって下さい。

今回ブログで紹介したような、不安については、どうせ各社は同じような内容を毎年一回は特集として掲載するでしょうし、ネットには多くの専門家がもっと詳しく書いています。
それも無料で。
団塊世代の定年後の過ごし方の管理人としては、内容の解説よりも、今、こんな記事が世の中の注目をひいていますよ、とご案内するにとどめて、これからも、忘れそうになった頃、ご紹介するようにします。

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団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方
posted by 西沢 at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年10月20日

退職年齢を迎える時の差、地方都市と首都圏大都会

定年退職後に地元の町に戻ってきて
自分の生きがい、やりがい、居場所をさがし、家族、子供たちと如何に地元コミュニテイに溶け込み、残された人生をより豊かに生きていくかと云うテーマで長年、サイト・ブログを通して発してきましたが、ここ数年、ある知り合い、友人を通じて、目から鱗の経験をしました。

私が今、そしてこれまで発信しているのは、あくまでも自分が経験してきた、大東京首都圏に住む、サラリーマン退職者のケースであり、他の県、他の地方都市ではまた違ったケース、生き方、過ごし方、考え方もあるのだと云う事を、この友人から知りました。

今週日曜日、大船公民館でビデオクラブの月に一度の例会が開かれました。
今年のコロナ禍の影響で、ここ数ヶ月は立て続けに、Zoomによるオンラインミーティングでしたが、ここ2か月は、コロナ対策を万全にしたうえでのリアルミーティングとなっています。
今年の1月のメンバーは17名でしたが、この日代表幹事より新たな退会者の報告がありました。
75歳の高齢を理由に退会された方、80歳でがんにより亡くなられた方の他に、3年前新規参加された68歳の若手Iさんが正式に退会のされたとの報告がありました。
全員の声は「惜しい・・・」です。

このIさんの入会の時のことをよく覚えています。
お住まいは、北関東・・それも限りなく南東北に近い北関東です。
ご自宅から月1の例会の開かれる鎌倉市大船までは、在来線でくると、3時間半、移動距離205Km、料金は3,740円かかるのです。
新幹線を使うと 2時間11分、料金は7,120円、自分の趣味の為とは言え、月に一度の大旅行、行きは在来線、帰りをと使い分けても料金は一万円を超す、趣味の世界になるのです。
当初、クラブのメンバーは、果たしてこのまま、私たちのメンバーとなってくれるか、不安視しました。
これまでのよくあるケースですと、数ヶ月このビデオクラブの提供してくれる、各種映像編集ソフト・技術を学び受け取ると、次月からはこなくなるケース、或いは、鼻高々でビデオクラブ入ってみたら、あまりにも自分のレベルの低さに気が付き、辞めて行く方など様々でした。

このIさんは入会された時は60代前半まだ、再雇用中の現役でした。
現役中から、再雇用の終る65歳の自分のリタイヤライフを見据えて、月一度、日曜日に北関東から首都圏に出てきていたのです。
一部上場電子通信機器メーカーのエンジニアをされていた方で、転勤の都合で工場近くの北関東に居を構え、定年後もここで暮らす計画とお聞きしました。
パソコンには仕事がら精通されていますが、動画映像編集は全く初めてで、カメラの選択、動画編集が出来るスペックのパソコンとは・・と、毎月定例会が開かれる数時間前からいらっしゃって熱心に勉強していました。

Iさんとお話ししていて、ふと南米なまりスペイン語の単語が聞こえるので、お聞きしてみますと、かなり長い間、会社の仕事で単身南米に、その後家族と一緒にアジアにいらしたことを聞きました。
Iさんも、ネット上の「定年後の過ごし方、団塊世代の海外ロングステイ」の管理人が私であることは、知っており、元同じような業界で現在、一緒映像の世界にいる心地良さを数年間共有してまいりました。
Iさんは65歳の再雇用延長が終わる時、会社は再々雇用のお話があったようですが、お断りして完全退職なされたのが2年前です。
私は、彼にこれからどうするのかと問うと、地元の大学のシルバー大学に入り勉強しなおすというのです。
これまで、仕事に関わることばかりやってきたけど、これからは、もっと普遍的なことを学んでみたいと云います。
そして、シルバー大学って楽しいところですよ、授業はもちろんですが、部活、サークルもあって毎日楽しく過ごしています。
妻はまだ働いていますし、よくサイトで書かれているような、退職男性が邪険にされるような環境ではないです。
月に一度の大都会、そして知識慾を刺激されるビデオクラブを楽しみにしています。
月に一度の新幹線も新鮮でいいものですよ。と

そのIさんが何でビデオクラブを退会したのか?
それは、今年3月の新型コロナウイルス騒動からです。
このコロナ禍で、シルバー大学の講座は休講になり、楽しみの一つのサークル、クラブ活動も中止に追い込まれ、月に一度の楽しみの大都会のビデオクラブも電車による移動自粛で休まざるを得なくなり、さてどうしたものかと思案していた時、目にしたのは地元産業の一つ、アスパラ栽培の農家の窮地の記事でした。
アスパラの成長は早く、ジャストタイミングで収穫しないと、商品として出荷出来ず、どんどんと伸びていってしまうのです。
これまで、この地のアスパラ栽培、収穫を支えてきたのは、アジアからの実習生や、大学の留学生アルバイトが支えてきていたのが、コロナ禍で人手が一気に失われてしまったのです。
そこでIさんは、猫の手以上には少しはお役にたてるのではと、ご近所のアスパラ農家にお手伝いに行くこととなったのです。
農家としてみれば、ご近所の65歳といえ、この地では超若手の日本人男性のお手伝いは願ったり叶ったりです。
ひと夏お手伝いしてみると、いつしかこの農家になくてはならない存在となり、Iさんも専業ではないものの、必要とされてる立場を理解し、出来る限り地元の人たち、仲間、のお役に立ちたいと考えるようになりました。

Iさんのお住まいの北関東の新幹線が停車するまちは、都会ではありませんが、保養地・温泉地・別荘地として人気の地です。
Iさんは元々この地の生まれ、育ちではなく、会社の転勤の都合で越してきた方ですが、山歩きが好きだったり、温泉が好きだったりそんなに過疎・不便な田舎ではなく、少し車を走らせれば、都会と全く同じとは云えませんが、買い物も文化施設もある土地が気に入っていました。

晴耕雨読、日々好日、山歩き、温泉
大都会に定年まで住み、田舎暮らしを楽しみにしている方も多いでしょうが、なかなか新しい土地での人間関係でなじめないとか、問題は多いのですが、Iさんにとってここは、半地元なのです。そして、今自分を必要としている人たちがいる、このコロナ禍が収まり、アジアの実習生が戻ってきたら再びシルバー大学に、と戻る場所もあるのです。

都会では出来ない、晴耕雨読、日々好日、山歩き、温泉、そしてビデオクラブは退会しましたが、友人関係は残っています。
お互いにいつでも、いらっしゃいと技術相談にも乗ってくれ、時たま、都会の青い灯赤い灯への付き合いも出来る、そんな日をIさんは手に入れたのです。

これから、65歳定年退職を迎えるご同輩へ、Iさんのような生き方、定年後の過ごし方のほんの一例を紹介しました。
あとは、ご自身で「青い鳥」の地を探してください。
posted by 西沢 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年10月17日

人生後半戦 65歳からぜんぶやめてみる


団塊世代の定年後の過ごし方・団塊世代の海外ロングステイのみんなの掲示板
に数多くの、みんなの知りたいこと、今興味があること等をタイムリーに投稿してくださるハンドルネーム「Rocky」さんが、要らない健康診断 と云う記事を投稿していました。

プレジデント10/30号の新聞広告は「要らない健康診断」を取り上げています。
また週刊現代10/17版では、「65歳になったら、やめること」の一つに「健康診断・人間ドック」が取り上げられています。


「Rocky」さんは、私と全くの同世代の団塊世代、そして若い頃の体験や定年退職後のスタイルもシンクロして、不思議なご縁を感じている方です。
私が早期退職後に立ち上げた「海外ロングステイ」途中から「海外ミドル・リピートステイ」がここまで、退職・年金シニアの皆様からご支持をいただいているのは、実際にマレーシア・台湾で海外ミドル・リピートステイを毎年繰り返し、国内で北海道などでシーズンステイを実践している、実体験に基づいた記事を投稿くださっているのが大きいです。

その「Rocky」さんも私と同じく、古稀を過ぎてそろそろ※「遊行期」にさしかかっている時期、私たちの世代をターゲットとした雑誌は盛んに仕掛けてきます。
※「古代インドでは人生を4つの時期に区切る。
「学生期」(がくしょうき) 0〜24歳
「家住期」(かじゅうき) 25〜49歳
「林住期」(りんじゅうき) 50〜74歳
「遊行期」(ゆぎょうき) 75〜90歳
その中で「50歳から74歳までの『林住期』こそ人生のクライマックス・・・と。

この投稿の後、例の・・・、いつもながら大げさの・・・、そんなことは退職団塊世代の間では常識なこと・・を掲載し、売上高を殖やそうとしているのが見え見えの「週刊現代520円」を買って差し上げ、「65歳からぜんぶやめてみる」って「週刊現代」は何を取り上げているのか検証することにしました。
週刊現代は、シニア向けの特集記事を取り上げると、確実に売り上げがあるのでしようね最近、 特に日本の人口のかなり大きな塊、暇があり、小金持ちで旅行と老後の生活・お金に関心がある世代をターゲットするのは、雑誌の編集者であるならば、私でも解ることです。
実際にこうやって、ブログ・SNSで勝手に取り上げ、宣伝してくれるのですから。

大タイトルは「人生後半に立ち向かう」で今週4部構成で
第一部は「ひとりになった時、人はここで失敗する」
第二部は「生きているうちに、夫から聞き出しておくこと、妻に教わっておくこと」
第三部が「残りの人生が一気に楽になる 65歳になったら、やめること」
第四部は「死後離婚」と云う選択肢

です。今回はRockyさんがBBSで取り上げていた「第三部」について、記事を検証し、後日前々から気になっていた「死後離婚」については次回紹介します。

第三部が「残りの人生が一気に楽になる 65歳になったら、やめること」
やめることの内容は
・一日三食
・病院通い
・生命保険
・健康診断、人間ドック
・年賀状
・孫への小遣い
・葬式、香典
・株式投資
・運動
・同窓会
・テレビ
・新聞
・固定電話  です。
これらのやめる事、止めたいことに関しては、私のサイト、ブログで度々取り上げてきたことで、今更・・と云う思いもありますが、天下の講談社「週刊現代」はその理由を誰が、どう解説しているのでしょうか?

65歳になったら一日三食を止める
作曲家の三枝成彬さんは78歳になるが、仕事に集中する為に始めたのが、1日一食だった、体重維持もし易くなった。と云う
人によって「1日三食」、「1日5食」と云う常識にとにわれないこと。65歳を過ぎたら自分の生き易いように生きればいい、と結んでいます。
管理人コメント 
この記事は何の役にもたっていない、シニアだら誰でも知っているごく一般的なこと。
65歳を過ぎれば必然的に食は細くなります。
我が家では、お米の食事は1日一回のみ、退職直後は二人で一合のお米を炊いていましたが、現在は0.7~0.8合程度で十分間に合っています。
いままでの経験からすると、夕飯にお米のごはんを抜くと、次の日の朝の体重は落ちています。
たいしたカロリーの食事をしていないのに、食が細くなっているのに、太る原因は、
1,現役時代と違って、三食ちゃんと食べるから。
2,自宅の居間での生活が中心で運動不足から。
3,これが一番の原因、暇で間食が多いから。
65歳になったら一日三食を止めると云う理由、目的、効果については、この記事では何も書いていませんでした。

65歳になったら止めること、病院通い、健康診断、人間ドック
かなり無茶苦茶な云い方です。
誰しも好んで医者通いしているのではありません。
この記事の筆者は国際医療大学教授の和田秀樹氏です。
先ず止めたいのは、健康の為、安心の為と続けてきたこと、血圧を気にしたり、血糖値を気にしたりして、病院通い、健康診断、人間ドックをうけることを止める。
人間だれしも高齢化に伴い、動脈硬化は起こります。和田氏自身、血圧は170と高血圧ですが、何の不調もないと云います。・・・
本当にこの教授は大学医学部でこんなことを云ってのでしょうか?
云っているとしても必ず、前提と条件があるハズで、何の前文もなく、こんな滅茶苦茶なことを公けの雑誌で云うはずはありません。
確かに、じぶんから進んで病気を探しに行く、人間ドック、市の健康診断は必要ないと私も思いますし、元医療従事者のカミサンに至っては、胸部レントゲンはおろか、胃カメラ・大腸カメラ・脳MRIもやったことがありません。
自分の体の異変・不調があれば行くかも知れないけど・・と常々云っています。
私の医者通いは
・眼科 眼底圧が高く、緑内障予備軍で、年2回の視野検査、突然の失明は恐怖だから
・歯科 実際に歯が痛いとか、昔のかぶせた奥歯が寿命で差し歯が必要になってるから
・泌尿器 前立腺がんマーカーが、通常の値の数倍の予備軍だから
・内科 高血圧予備軍、痛風予備軍、逆流性食道炎からのがん化、これまた予備軍
この大学教授は、体に不調がないのなら予備・予防・早期発見は必要ないとでも云っているのでしょうか。

この特集記事のなかでの、健康面について必要のないものは
健康食品・サブリ、スポーツクラブ、整体・マッサージ,一日1万歩、早朝ラジオ体操、減塩、脂ものの我慢・・・すべて止めると云ってます。
筋トレや毎日の運動は負荷が大きすぎます、健康寿命を考えるなら、1日30~40分の散歩を週に3~4回で十分だと説いています。
過度な減塩も取らな過ぎたりすると却って危険。朝のラジオ体操も自律神経がまだ十分に目覚めていない、或いは体のウォーミングアップされていない状態での体操は、シニアには危険だと。
テレビでフルマラソンを完走する80代もいますが、それは特別な人の話、健康な人の真似をすれば、即、自分が健康になるわけがない。と云ってます。
すべて、ほどほどに、自分の体力、体調に合わせて、ゆらゆら、のんびり、ぐーたらにが、私の結論です。

65歳になったら止めること、年賀状、孫への小遣い、葬式・香典、同窓会
この週刊現代の編集者は、この特集を50代後半から65歳間際のサラリーマンを想定しているのでしょう。
私たち団塊世代、古稀前後の退職・老後の生活が10年を経過している方々は、この中身のない、上っ面だけの、過去のしがらみで成り立っている慣習を誰に云われなくとも、自然に止めている方が大半だと思います。
特に、葬式・香典に至っては、私の現在の鎌倉の生活環境においては、地元コミュニティも、NPOボランティア関係も、趣味のクラブ、スポーツ仲間も原則、亡くなっても特段の理由がない限り、お知らせするのは、全ての葬儀が終わってからにしています。
二人とも両親はなくなっていますので、親族・姻族の葬式の案内は、兄弟姉妹以外はもうないでしょう。

65歳になったら止めること、株式投資、アパート経営、生命保険、医療保険、子、孫への贈与のお金に関するお話
65歳退職と同時に、銀行の無料相談に行くのは止めましょう。と解説しています。
カモ同然です。老後資金についてのレクチャーを聞かされ、何とか老後資金・退職金を有利な方法で殖やすのを勧められるだけです。
銀行は自分の銀行に預金してもらうよりも、提携している金融投資商品を売るほうが何十倍も儲かるのですから、銀行窓口には行かない、電話には出ない、65歳過ぎて「アパート経営」など持ってのほか、月々はいる店子代に目がいくでしょうが、投資金額、固定資産税、維持管理手数料、空き室リスクを自分自身でデータを手にして細かく計算できないレベルの人は絶対にやってはいけない、ましてや、65歳の人に残された時間はあと15年から20年であることを忘れていけません。
医療に関しての出費に備えて、いつでも出動できる現金が300万円あれば、民間の医療保険・生命保険は必要ありません、国民健康保険の高額医療で十分
間に合います。

65歳になったら止めること、

固定電話、新聞の購読、たばこ、毎晩のビール、年に一度海外旅行、NHK衛星放送、宝くじ、パチンコ、自動車、自転車だそうです。
この特集記事は最後の方に来ると、65歳になったら如何にお金を使わずに過ごすかと云う方向になってきます。

50代後半から65歳間際のサラリーマンを対象にしてるのでしょうが、退職後12、13年の現役退職・年金シニアは締めるところは締め、必要なものには使って行くようになります。
この解説記事では、テレビを止めればNHK視聴料がナンボ、新聞が月に幾ら、固定電話は、車は、自転車は、と年間幾ら節約できると述べていますが、車は別格として、その他のものを手放して浮く数万から10万程度なら、現在の現役リタイヤ・年金シニアは、現在の境遇・環境を維持するでしょう。

ことほど左様に、早期退職17年の現役年金シニアからみれば、かなり怪しい・何を取材して書いているのか、実際の年金シニアの実生活を知らないで書いている噴飯ものの記事とした感じ取れもせんでした。
しかし、この「週間現代」編集部はさすが、プロです。
食いつき易い、惹句、コピーを表紙にもってきて、記事の内容がある程度想像できるようにしているテクニックは流石です。
他の週刊誌のように、表紙を女優や絵画の抽象的なモチーフで飾るのではなく、記事の一部として全面を使うやり方に、今回も釣られ520円払った
私の負け、その分、このブログの記事で一部引用したので、差し引き「引き分け」かな。

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団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方
posted by 西沢 at 05:19| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年10月14日

メディアが報じないgotoトラブルの裏側

最寄り駅で革新系政党が朝立ち演説をしていました。
近々国政選挙も、地方選挙もないのに、何を訴えたいのかと、渡されたチラシをよると、政府の経済対策「Gotoキャンペーン」の不備、不平等について、これらの音頭取りを安倍政権時代を続けていた首相を批判していました。
「Gotoキャンペーンは、旅行に行ける人たち、外食できる人たち、富裕層だけが恩恵をうける」
「暇・時間があり、何もしなくても一定年金がはいる、余裕のあるシニア・老人だけが恩恵をうける」
「毎日炎天下の下で働き続ける、ヨレヨレ交通指導員や、テグテグメーター検針員の日当をはるかにうわまる支援金を豪華ホテルに泊まり受け、地域クーポンでお土産を爆買いしている」
「新型コロナに対する経済支援政策はもっと幅広くすべきである」と
まあ確かに、一理はありますが、Gotoトラベルは、疲弊している交通・鉄道・航空・ホテル・飲食・小売りに幅広く、薄く行き渡る政策だと私は思うのですが・・・

ここにきて、問題点が生じ、メディアが報じるようになりました。
Gotoトラベルとは、旅行代金の50%相当を、一人一泊20,000円(上限最大)を上限に補助する観光支援策その50%のうち、35%分は旅行代金から割引き、残りの15%は旅先の買い物や飲食で使える地域限定クーポンで配る。
これを担当する官庁は観光庁です。
日本の行政制度で観光庁が直接やる訳もなく、委託された団体がすべて業務を担当します。
GoToトラベル事業の運営にあたる事務局は、一般社団法人日本旅行業協会を代表とするツーリズム産業共同提案体です。
観光庁から事務局に支払われる委託金は「1,860億円」です。
その内訳は、システム製作費や広告費などもありますが、ほとんどは人件費のようです。
この事務局への出向者はぼ全てが加盟旅行代理店、大手JTBや日本旅行等の社員です。
そのほとんどが、海外旅行部門の社員だと云います。
海外旅行が99%消滅し、航空機も飛ばなくなり、海外旅行部門の人員整理も目前にした時期にこの事業案が浮上し、旅行業界からの1日でも早いスタート要請、事情もあり、付け焼刃・泥縄・突貫で8月1日スタート予定でしたが、業界の要望で7月23日からの4連休に繰り上げられました。

私たち二人は、このGotoトラベルの事業内容が広く一般に知らされる前の7月20日から7月23日の3日間、個人手配旅行で城崎・湯村温泉旅行をJTBのサイトから予約していたのです。
解っていれば当然ながら、1日遅らせていたのに、情報は全く届いていませんでしたし、ホームページもありませんでした。
その後、9月には大手旅行会社の団体パック4日間の知床秘境ツァーに参加した時は35%の割引はあったものの、地域限定クーポンは間に合いませんでした。
如何に付け焼刃、場当たり的な政策だったことか!
そのGotoトラベルは、当初、コロナ感染が続く東京都を除外していたのを解禁としていたのに、抜け道もあったのです。
知床ツァーに参加していた多くのツァー客のなかにかなり多数の東京都民がおりました。
話を聞くと、旅行を申し込んだ代表者が東京都以外の在住者であれば、同行者の住まいについては問われないとのことでした。

そして旅行金額の35%と地域限定クーポン15%、東京都と解禁となった10月1日からスタートしましたが、1週間もしないうちに、付け焼刃・泥縄のシステムに破綻が生じました。
地域限定クーポンは、紙レベルのものと、電子(スマホ対応)レベルの2種類あるのてすが、紙レベルでは、偽造防止の未熟さや、印刷レベルの差で、受け取りを拒否する店が続出したり、地方の中小小売店で電子クーポンを取り扱うお店が少なく、地域・日にちをオーバーして余ってしまう事態が発生しています。

そして深刻な想定外の問題がメディアを賑わかせています。
宿泊予約サイトでは、東京が解禁になって僅か10日で35%の支援金予算が足りなくて、一律3,000円の割引のみと発表しました。
このニュースを見て、なんで?Gotoの政府予算は1兆6,800億もあるのにこんなに早く足りなくなるなんてあり得ない、少なくとも来年3月までは保つだろうと予測していたのに。
調べてみると理由が分かりました。
Gotoの政府支援金は、宿泊したホテル、旅行代理店、ホテル予約を代行したサイトが、実際に利用した人数・数値に応じて、観光庁に還付・請求するものと思っていたのが間違いでした。
これらの支援金は、事前に各旅行代理店、旅行サイト、或いはホテルの昨年度の実績から換算して、予算を事前に割り当てしていたのです。
これらを実際に取り仕切っているのが、「一般社団法人日本旅行業協会を代表とするツーリズム産業共同提案体」つまりJTBを筆頭とする大手旅行会社なのです。

宿予約サイトの楽天・じゃらん(リクルート)・一休.comが35%をやめ、一律3,000円とするのは理解できます。
このまま、予約を受け付けする度に、赤字が発生するのですから、当たり前です。
観光庁はこれらの各社に対して、予算額の変更を検討すると云ってますが、何時からと云う情報は伝わってきていません。
そして、私のサイトに集まる旅行好きのメンバーの間では、もそもの旅行代金、割引き前の元値、割引き35%の分母にあたる部分が高いgoto前に比べて、高いのではと云う疑問が投げかけられています。
今回の「秘境知床4日間」にしても、元値は10万、割引きは35,000円とお得感を演出していますが、実際に参加してみて、この観光コースでは、4日間は必要なく、3日間で十分廻れるコースなのでした。
旅行会社は今、これらの「意識して高く設定しているのではないか」の声が聞こえ始めて、否定にやっきとなっています。
「コロナ対策にお金がかかっている」
「バスも定員いっぱいに乗せられない為、経費が上昇している」
「Goto割引きの為の人件費・経費がかかっている」と。

駅の朝立ちで演説している革新系政党の皆さん。
悪いのは、暇・金を持て余してGotoを利用、謳歌している、私たち小金持ちシニア年金生活者を非難する前に、もっと大きな相手、私たちの税金から大きなお金を引き出している相手を非難し、真実を掘り起こして下さい。

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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年10月12日

海外に住む友人との連絡、国際航空郵便葉書が送れない

先週、青春時代を過ごしたブエノス・アイレスの友人Aさんの夢をみました。
私よりちょうど10歳上の友人は、私が60歳還暦を迎えた年に、大腸がんを患い亡くなりました。まだ70歳の若さでした。
その2年後(62歳)、カミサンと一緒にお墓参りに行ったのが私の最後の南米の旅となりました。
あれから10年になります。
亡くなった友人Aさんの奥さんは以前は頻繁に実家の鹿児島に帰国し、帰りには私の家に寄ったりしていたのですが、だんだんと長い一人旅が辛くなり、やがて少なくなり、共通の友人が来日した時に噂を聞く程度でした。

私も、Aさんのなくなった年齢の古稀が過ぎ、そろそろ青春の地を訪ねる最後の旅に出ないと、悔やまれるのではないか、これが人生最後のパスポート、海外旅行になるのではないか今年のお正月頃考えていました。
日本と南米アルゼンチン間の航空ルートは、昔は沢山選択の余地があったのですが、各航空会社の国際的な不況で、倒産したら、空路を廃止したりした限られたものになっています。


昔は、JAL・バリグのLAX経由リオ便、或いはLAX経由リマ・リオ便でしたが、JALが撤退し、バリグが倒産。その後、カンタスの南太平洋回り便、或いはカナディアンのトロント経由便、マレーシア航空の世界一周便とバラェテイに飛んでいましたが、現在では日本から南米への主流ルートは、ヨーロッパ都市経由、或いはドバイ経由便が主流のようですが、いずれにしても50代までは全く平気でした約30時間のフライトは、この齢になると、考えてしまいます。
そんなおり、の友人Aさんの夢を見ました。

これまで、連絡手段のメインは手紙と電話でした。
昭和の時代、相当緊急用事でもない限りは、通信手段は手紙・葉書でした。
やがて、ブエノス・アイレス近郊の町でも電話が普及してくるのですが、国際電話はKDDIの一社のみで、かなり金額が発生します。
事前に話す内容などをリフレイン、メモしておかないと、長電話になりとんでもない料金になります。

やがて、ネット・パソコンの時代、2020年の今や、スカイプないかもでも、Z00Mでも相手を見ながらの会話も出来ますし、SNSなどを利用することによりリアルタイムの交流で出来るのですが、友人Aさんのセニョーラ(日本人)は、ほぼメールもできないでしょう。
しかし、二人の息子さんの一人はイギリス系の会社のエリート社員ですから、当然出来ますし、日本語も出来ます。
先ずは、友人Aさんのセニョーラに連絡をとって、これからの連絡方法について話しあおうと思うのです。
私が先ず知りたいのは、息子さんのe-mailアドレスです。
全ての連絡は先ず、彼を通してネット上でやるのが、一番合理的で早く、お金もかかりません。

こうした事を、私がセニョーラに伝えるのに一番簡単な方法は、私がブエノスアイレスまで電話をかけることなのは分かっています。
しかし、これらの話を80歳近いセニョーラ、国際電特有の、伝達スピードが一拍遅れる会話のなかで、私が望む連絡手段を正確に伝え、e-mailアドレスを聞き出すには恐らく30分以上かかるのではないかとと思われます。
30分ですとおよそ4,000円ぐらいの請求書が後から送られてきることになります。
4,000円は仕方ないかもしれませんが、正確・確実な情報であるかどうか分かりません。

国際郵便が送れない!!
そこで考えたのは、こちらの要望・知りたいことを手紙に書いて送り、それを日本語が堪能な息子さん(結婚して別に暮らしています)に伝えてもらい、息子さんから私に先ずは空mailを送っていただき、その後通信手段の打ち合わせをしようと云う魂胆なのです。
と云う訳で、久しぶりに手紙を書いて郵便局に持っていきました。
ナナナート、アルゼンチンへの国際航空郵便は現在扱えないというのです。
何でーーー?、そっかコロナな航空機が飛んでいないんだ。
さて、困った、やはり電話するしかないか?

考えてみたら、80歳近いセニョーラに、e-mailアドレスやfacebookアカウントの話を国際電話でするのは、無理、危険、お金の無駄遣い。
私と同年配のブエノス在住のN君を経由しよう、しかし、私と同年配のN君はこれまたパソコンオンチは苦手、しかし彼の奥さん(二世)は出来るから二人が在宅している時間、向こうの夜の10時、こちらの朝の10時に電話して見ようと決心しました。
さて、うまく相手が在宅していて、こちらの願っていることを理解して、ZOOM、Skype、line、は後回しでいいから、先ずはメールがちゃんと届くようになるかどうか・・・
トライしてみることにしましょう。

まさかこんな世がくるとは・・・
確かに考えてみれば、コロナウィルスは人の移動だけではなく、物の移動にもついてくる。
郵便物だって、ウイルスが付着していることも十分に考えられる。
運ぶ飛行機が運航していないだけではなくて、検疫の問題もあるんだろうな。


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団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方
posted by 西沢 at 08:02| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年10月10日

定年退職後の日々、俺は一日何処で過ごせばいいんだ

退職した男性の居場所がコロナ禍で失われていく

コロナ禍の影響で、退職者男性の居場所、過ごす所が失われてきています。
毎日、同じ時間に起床して、同じ時間の電車に乗って、会社に行く、決まった毎日の生活から、何もしなくても良い、何をして良いのか分からない無職・無思考・無志向の生活になり、自分なりに落ちついて時間を過ごす場所、居場所探しが始まります。
このような、退職直後の不安定な時期の過ごし方などについて、同じ世代の情報交流の場として
「定年後の過ごし方」と云うテーマでwebサイトを立ち上げたのは、私が退職の年、2003年です。

あれから17年、
定年後過ごし方 みんなの掲示板
定年後の過ごし方 投稿 お問い合わせ
経由で、退職直後の方々から、色々なご相談、愚痴をお聞きしています。
これまでの団塊世代で多かったのは
・金はまあまああるけど、自分の居場所がないと云う相談
・時代だったのでしょう、海外ロングステイ情報の共有
でした。

そして今でも、同じだと思いますが、根本的に違ってきているのが、退職年齢です。
2003年当時、団塊世代の退職年齢は60歳が中心でした。(現在のように再雇用の義務化もありませんでした。)
私は55歳で退職、サイトに投稿記事などを寄せてくる方の多くは、私と同じように自己都合で60歳定年まで待たずに、やりたいことをする為、早期退職後の自己設計・計画をお持ちの方が多かったと思います。
55歳リタイヤ・・・定年ではなく、自分の意思で(退場)するのと、60歳、65歳で年齢により退職を余儀なくされたのでは、若干、その後の生活の仕方などが違うのは当然です。
コロナ禍前、私たち団塊世代の退職後の時間の潰す場所と云えば

・図書館、公民館、学習センターなど
・大きな公園(植物園)、快適な散歩道(私の周辺なら柏尾川の支流いたち川プロムナード)
・ファストフード・喫茶店
・大型ショッピングセンター、量販店
・本屋さん、ブックオフ
・鎌倉なら、神社・仏閣の境内
それらの場の多くが、コロナ3密回避などの影響で、ただブラブラ店内を漂流することが難しい状況になっています。
例えば本屋さん・・・
私の住む地域では、5軒あった本屋さんは2軒のみになりました。
本屋さんは、ゆっくり座って試し読みするスペースや椅子が置いてあったのが、撤去された。
市立図書館でも、座る席は限られ、学習室は時間制限されます。
植物園は60歳以上無料だったものが、150円かかるようになりました。
団塊男性が好きな家電量販店は、駅前から消え、唯一お金を払っての喫茶店・ファストフード店も、一人シニア・老人の長時間の滞在を嫌がる雰囲気を感じます。

なんで、退職男性は自分の家ではなく、外にいかなくていけないの・・・?
カミサンの愛読している中年高年女性雑誌に答えが書いてあります。
これは小説なのですが、退職男性には分からない、妻の想い、感じ方が解ります。
一部引用


定年退職した夫はどうしてこうも邪魔なんだろう。
何もしない、何処へも行かない。
毎日、毎日ぶらぶらと家に居る、朝から晩まで家に居る。
晴れても降っても動かない、まるでみの虫だ。
妻はとりあえず半年間はじっと堪えて待つことにした。友達が断言したからだ。
半年が勝負ね。男は働かないで家に居ると落ち着かないものよ。そのうち出ていくって。

しかし、夫は半年どころか、1年過ぎても動き出す気配はない。
趣味もなく、酒、煙草、賭け事が嫌いで、人づきあいが苦手のタイプだ。
夫が退職したとたん、妻の静かな安らぎに満ちた日々は破られた。
夫は現役の頃と同じ時計で生活したがる、7時には民放ラジオのスイッチを入れる、通勤電車で聞いていた番組だろう。
昼も社員食堂のように12時ぴったりに食卓につく。
9時から12時まで、1時から夕方まで、それまで妻のやすらぎの領域だったリビングのTVの前のソファーを占領し続ける。

妻を一年間我慢した後、夫に聞いて見た。
「どうして何にもしないの?」
夫は何を云われているのか分からないという表情で妻の顔を見た
「どうしてなんだ、こいつ、俺は40年間、家族為に働いてきたんだ、定年後はのんびり休みたい、公的年金の他に個人年金も加入した
二人の子供も独立した、生活に困ることはない、これ以上何をやれというのか」
「毎日楽しいのあなた」と妻は嫌な云い方だとわかっていても語り続ける。
「TVを見て、パソコンに触って、寝ているだけじゃない、そんなのは80歳のじいさんになってからやればいいじゃないの、65歳は若いし、まだまだやりたいこと、やれることってあるんじゃない」
翌日夫は出かけて行った。
「ハローワークに行ってきたぞ、今時65歳の事務職の仕事なんてありやしないって。ついでに公民館の学習センターものぞいてきたけど、でしゃっぱりのじじいが、仕切っていた。あんなのに関わる気はないね。」と努めははたしたと、晴れ晴れした顔が云う。
妻は夜む眠りくなった。胃が裏返るような、異様な不快感にさいなまされ、食欲が落ちていく。
友達は「それって定年夫在宅症候群って、立派な病気よ」と云う。
どうしたら良いのと聞くと、夫にはっきり云いなさい。
「私にも一人になりたい時間、空間が必要なの」
「不公平にならないように、交代で家をでることにしましょう」
「私は、火、木、土の3日間、外にでるから、貴方は月、水、金に何か用事を造って出かけて下さい。」
「ついでに、ごはんづくりも当番制にします」


これは、小説のなかの話ですが、多くの退職者の家で起こっていることなのです。
ずっと専業主婦だった女性にとって、24時間づっと一緒の生活はストレスになるのは当たり前なんです。
この小説の結末はどうなったかと云うと、意外とステレオタイプの終わり方なので、タイトル・作者はご紹介致しません。
結末は夫は意外に料理に目覚め、町内会の一人暮らしのお年寄りの食事造りから、徐々に地域の活動に関わって行く、めでたし、めでたしで終わるのです。

しかし、現実は小説のように甘くありません。
理由は定年退職年齢が65歳ですからです。
私たち団塊世代の場合は60歳でした。その当時の地域社会では男性は少なく、女性が市民・地域・自治会・町内会の担い手でした。
そこに、60歳と比較的若い、体力も知識もある男性が加わるのですから大歓迎されたのです。
で、現在はと云うと、65歳は高齢者区分です。後5年で古稀の年齢です。決して若手ではないのです。
それ以上に、頭がつかえているのです。上にすることがなく、自分がリーダーだと自負している、団塊世代以上の年寄り、爺様が自分の居場所生き甲斐を奪われまいと必死に守っているのです。
この牙城を崩すのは大変です。
彼らに勝る体力・知力・IT知識・あるいは財力で戦いとるか、或いは相手ににせずに、自分の城を作り上げるしかないでしょう。

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団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方

posted by 西沢 at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ