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2020年02月28日

新型コロナウイルス 流言・飛語・うわさ・デマ・風説が飛び交う

昨日、一か月に一度の定例会議が横浜市内であり、自宅最寄り駅から電車に乗りました。
車内のほぼ7割と思える乗客がマスクをしています。
前席の7人掛けの座席をみると、全員がマスクをして、スマホ画面を見ています。
私と云えば、マスクはカバンの中に常時備えていますがしていません。

私のこれまでの常識、或いは医療関係者のマスクに対する考え方では
「マスクはウイルス感染を防止するのではなく、相手に感染させない為」
「例え、手術用高密度マスクをしていても、完璧に感染を防止するとことは出来ない」
「医療用マスクは、患者への感染防止を主目的としており、自分を守るのは二次的な役目」
「医療現場では、マスクは使い捨て、一般人の着用でも本来は一日中つけっぱなしでは、かえって感染リスクは高まる」
「接触感染を防ぐのが最良手段」
「移動中は、これまで階段、エスカレーターの手すりに手を添えていたのを止める」
「頻繁に、手洗い、それも石鹸で丁寧に時間をかけて洗う」
これを心掛けています。

帰宅すると、カミサンのラインにスポーツクラブ仲間から、長文が入っており、見てみて、と云われ読んでみると「武漢のコロナウイルス研究者による」と、云う題目で
01.「コロナウイルスは57度で死滅する。だから、より多くのお湯を飲みなさい。冷たいものは厳禁!」
02.「コロナウイルスは実は非常に熱に弱いらしい。普段から白湯を飲むようにするとイチコロらしい。36℃前後でいいので楽勝!」
03.「武漢ウイルスは耐熱性がなく、26-27度の温度で死にます。 お湯を飲めば予防できる」

私はカミサンに典型的な、流言・飛語・うわさ・デマ・風説、信じるなと云いました。
君だって、元医療のプロなんだから解かってるはず。
権威ある専門家の説によると・・・というのはデマの常套手段です。
私たちweb人間や、論文記述者の間では、引用する時はその出所を明らかににし、証明する義務がありますが、武漢のコロナウイルス研究者って誰なの、何処に書いてあるの、そんなことで予防できる訳がないじゃないか!
そんな、自分で信用できない、証明できないことを、ツィートしたり、拡散してはいけない。
今度スポーツクラブに行ったら、そう云え、と云いましたが。
カミサンは私が、そんなことラインで言える訳ないじゃない。
ご親切な情報ありがとう、と大人の対応よ。
まあ地域の女性グループでは、波風立てるのは厳禁ても知れませんが。

次の日に、私の趣味クラブのメーリングリストに、同じ情報源のコロナウイルスの情報が入ってきていました。
個人間ではなく、メーリングリストですから、会員全員に配信される仲間内、クローズのものですから、今回のブログ記事発信趣旨とは若干ことなりますが

武漢研究所に派遣される○○○〇の米国友人医師の文です。
彼は無限肺炎ウイルスの研究を行っています。
コロナウイルス肺炎は鼻水のない乾いた咳なので新しいタイプのコロナウイルス肺炎。
武漢ウイルスは耐熱性がなく、26-27度の温度で死にます。
そのため、お湯をたくさん飲む。 親戚にお湯を飲ませれば予防できる。 陽射しの下に行ってください。
冷たい水、特に氷水を飲まないでください。 お湯を飲むことはすべてのウイルスに効果的です。 ぜひ覚えてください。
ウィススは非常に大きく、(セルの直径は約400-500nm)、すべての一般マスク(N95の機能だけでなく)もこれをフィルタリングすることができます。
洗濯洗剤はウイルスを殺します。 毎日洗う必要のない冬服の場合、太陽の下に置いてウイルスを殺すことができます。


これに対して、同じ会員からメーリングリスト返信がありました。

友人、83才元△△大学の校長さん(東大卒の科学者)のご意見です。
ただ ウイルスが26~7度で 死ぬというのは信用できませんネ。
人間の体温は36度あるのだから、何もしなくても、ウイルスが体内に入れば、みな死んでしまうので、発症することはない筈です。
したがってお湯を飲むと良いというのも、オカシイ。 
ウイルスは細菌ではないので、普通のマスクで防げるほど大きなものでは絶対にあり得ません。
「セル」とか「細菌」という言葉を使っている所からもウイルスではないことになり、単なる日本語の問題ではなく、科学的信頼性に欠けた内容です。



ネット書き込みに対して常識あるシニア男性の対応は
平均年齢70才半ばの大人の男性のクラブですから、このような落ち着いた対応が出来るのですが、経験が少なく、ネット情報に免疫の少ない子供や中高生、スマホ・ネット情報初心者の井戸端会議レベルのカミサンたち女性グループは、注意が必要でしょう。

新型コロナウィルスに関する流言・飛語・うわさ・デマ・風説は、紹介したフェーク文書だけではなく、「○○さんの自宅近くの、ABC医院に受診した患者が、地域基幹病院の□□に収容された」等といった、不確定なものまでネットに流される時代です。
これは、好意で良かれと書いている人が大半ですが、なかには、ハッシュタグを多用して、アクセス数を稼ぐだけの目的としているサイトも見受けます。
しばらく、こんな状況が続くのは確実で、静観して見ているしかないようです。

過剰反応じゃないの?市内体育館閉鎖だって
昨日、27日週一の室内ラケットテニスの為に体育館に行くと、「28日から2週間体育館の利用が出来ません」という張り紙が掲示されていました。
なんで急にと、窓口で聞いて見ると、鎌倉市は不特定多数が集まる公共施設を、新型コロナウィルスの感染・拡散防止のために、暫定的閉鎖するという、どうやら政府のお達しのようです。
莫迦じゃない、私たちスポーツ仲間は20人にも満たない、不特定多数ではなく全て、見知った仲間の集まりなのに・・・過剰反応・・・、冷静に怖がるしかないのか。
もう、オリンピックが亡くなったって、知らないっと

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団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方

posted by 西沢 at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年02月26日

富士山と河津桜が美しく映える、松田桜まつりに行ってみた。

今年の冬は暖冬で、桜の開花は例年よりも一週間から10日も早くなるのでは、メディアは報じています。
3月から4月にかけての桜の季節、現役のサラリーマン時代は年度替りの季節で忙しく、桜は通車から眺めるか、夜に担当現場の近くの桜を見に行く程度でしたが、退職してからは毎年、今年は何処の桜を見に行くかが楽しみでした。
しかしながら、例え自由個人旅行とは云え、飛行機・新幹線を使っての遠方の2泊3日の国内旅行では、ドンピシャリのタイミングで桜を見る事は大変難しいことを、ここ数年学んできました。

ちなみに、今年の私たちの桜の名所は高知・土佐・高知城の桜なのでrが、当然ながら、3ヵ月以上前にフライトとホテルの予約は済ませています。
3月29日、果たして日本では早めの桜の咲く南国土佐の今年はどうか・・・散っている可能性が大です。

桜を見る絶好のタイミングで行くには、勿論団体予約旅行ではなく、天気予報を眺め、2日前に宿・列車の手配をしなくてはなりません。
或いは、私の写真好きな実兄のように、全日、或いは当日に、どんなに遠い撮影スポットでも車を走らせて、一人で行くしかないのです。
そんなことを学んだ退職後の関東首都圏の桜撮影は、お天気予報を眺めて前日に決定しています。
2020年、今年の桜は、関東地方三大早咲き彼岸桜の一つ松田桜まつりに行くことにしました。

関東の三大彼岸桜まつりと云うと
勿論NO,1は、南伊豆ご本家の河津桜まつりです。くらまつり
NO,2は京急三浦海岸の「京急桜まつり」でここ数年京急のCMで認知度も高く、桜の本数も多いし、何よりも都内より近く、交通の便も良いのが特徴です。
そしてNO,3は、神奈川県松田の松田桜まつりです。
ここの桜も早咲き彼岸桜ですが、河津桜の名前は使えないそうで、たんに桜まつりとしているそうです。ここの桜の名所としての大プレゼン要素は、富士山をバックに濃いピンクの早咲き彼岸桜が撮れることなのです。

2020年2月23日天皇誕生日の日曜日、人出で混むのを覚悟で行ってきました
365連休、毎日サンデーの年金シニアなのですから、何も3連休中日の混雑する日にいかなくても・・・とお思いでしょうが。
お天気シニア次第なのです。曇り空の日の桜は、ピーカンの青空の日よりも、ピンクの発色は良いのですが、肝心の富士山が雲のなかです。
予想通り、自宅を8に出ても、東海道から御殿場線乗換駅の国府津では、座席が全て埋まっていました。
この日は、冬のピーカンの青空、空気は澄み切っており、雲は一つも有りません。
自宅間より駅から、会場のある松田駅まで乗車時間は1時間弱、松田駅からは、綺麗に富士山が見えます。
お祭りの会場は、駅から徒歩15分の西平畑公園です。
駅からはこの時期、シャトルバスがでています。料金160円、他にこの祭り期間だけ限定の入場料協賛金200円です。

西平畑公園
富士山や相模湾を一望できるまちの「展望台」にある公園です。
天気の良い日には、小田原城の天守閣、遠く水平線上に大島を見渡すことができます。
また、富士山の隣に見える矢倉岳、金時山、明神ヶ岳などの足柄山が連なり大パノラマが楽しめます。
見晴らしのよい斜面には大きなすべり台があり、ハーブガーデンやミニSL、自然館など松田山の地形を活かしたレジャー施設が園内に集まっています。
このお祭りの期間は、数多くの屋台もでていました。

河津桜といえば「オオシマザクラ」と「カンヒザクラ」というふたつの桜の自然交雑種であるといわれていて、静岡県河津町で発見された早咲きの桜として知られています。
桜として有名な「ソメイヨシノ」が3月下旬頃から東京などで咲きはじめ、1週間程度で満開になるとすぐに散ってしまうのに対し、1月下旬から3月上旬にかけて咲き続ける河津桜は花期が約1ヵ月間と長いのが特徴ですが、ここ松田町では河津桜まつりと云う名称は使えないと係の人が云ってました。
河津桜まつりの名は、本家本元の河津町がどうやら、商標登録をしているようです。

松田さくら祭りの会場、西平畑公園周辺を中心に約360本の河津桜が植えられています。
ピンクの河津桜と、実行委員会の方々だ種から育てた菜の花のコントラストの先には、松田町を流れる酒匂(さかわ)川や箱根外輪山が見渡せます。
そして、天気の良い日を狙って来た甲斐があり、青い空と真っ白な富士山とピンクの河津桜のコラボレーションの画像が撮影出来ました。

松田駅に到着したのが、9時26分、帰りの御殿場線の電車は1時間に2本です。
初めてくる松田桜まつりの滞在時間を2時間と見ていましたが、休日の国府津行き11時台は11:01と11:58の2本、何処を撮影しても同じ風景となるので、ちょっと早めの11:01にしました。滞在時間は1時間30分でした。

御殿場線は、JR東日本ではなく、JR東海の営業範囲です。
JR東日本のスイカは使えないのです。
全く使えないというより、下車、退出する際にJR東海の精算機が使えず、駅改札係員の手によるスイカからの精算となりますので、東京方面から降りた乗客ひと列車100名近いひとは、駅改札からホームまで長い行列で出来ていました。
恐らく、毎年この桜まつりの時期は同じ事が繰り返されるのでしょうから、改めてJR東日本とJR東海の営業範囲をまたぐ精算のシステム開発費は大変でしたら、専用の改札ぐらい造ったら・・・と単純に思った訳です。

国府津に戻る右側の車窓からは、富士山が良く見えます。
国府津の一つ手前は、梅で有名な「曽我梅林」の下車駅です。
車窓からは、沿線沿いの梅畑が見え、まだ多くの白い梅の花が見えましたので、時間も余っていることだし、途中下車しました。
昔、一度「曽我梅林」を撮影に来たことがありますが、梅は桜に比べて華やかさがなく、動画には不向きです。
今日、このお天気、富士山はばっちり、梅とバックに富士山の風景探しに、観光地図にはない御殿場線の西側の梅林、梅畑を探して歩きました。
やっと出会えた風景がこれでした。

ユーチューブで松田河津桜まつりの動画がご覧いただけます。
映像時間4分7秒



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団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方
posted by 西沢 at 08:18| Comment(1) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年02月24日

徳仁天皇陛下は60歳、還暦のお誕生日を迎えられたのですね。

退職してからというもの、現役時代と違い、カレンダーの連休日を全く意識しなくなるもので、今週、2月23日、24日が何の祝日での連休なのか、当日になって「そうなんだ、天皇誕生日なんだ」と知りました。
あの「ナルちゃん」が還暦、60歳・・・信じられない。
私は、どういう訳か徳仁天皇陛下のお生まれになった日、昭和35年2月23日のことを、しっかりと覚えています。
昭和35年2月23日と云えば、私は小学6年生、後2ケ月で中学生ですし、私の誕生日はその2日後です。
今日、それじゃ徳仁天皇陛下の干支はネズミ、ちょうど私とひと回り、12歳の差なんですね。

どうして、徳仁天皇陛下お生まれになった日の事を鮮明に覚えているかと云うと
我が家は、父親が結核で国立療養所に6年間の長きに亘って隔離されており、母は一人で末っ子の私を含む4人の子供を喰わせていかねばならない状況で、上の兄二人と私は、新聞配達をしていました。
地元の「信濃毎日新聞」の朝刊・夕刊を150軒ほど配って、1か月のお給料は、たしか1,250円ほどだった記憶があります。
その当時の大卒の初任給が12~13の,000円との記録がありますから、小学生新聞配達の1,250円は大卒の1/10ですから、今の物価・価値観で云うと20,000円×兄弟3人で60,000万円は、食べ盛りの母子家庭の我が家では、結構大きかったのでしょう。
天皇陛下のお生まれになった2月23日、夕刊配達時間になっても、なかなか販売所に新聞が届きませんでした。
冬の信州の2月、暗くなるの早いし、信州の2月は寒いのです。
そして、私の新聞配達受け持ち区域は、善光寺の仲見世通りや、大本願や大勧進といったお寺さんの境内のなかまでの配達で暗くなるのが怖かったのです。
新聞が販売所に届いたのは、定時の3時から1時間程度遅れて届き、早足で夕方の善光寺境内に、新聞を150部肩掛けして歩いて配ったのを覚えています。

そうか、あの時にお生まれになったナルちゃんが、還暦60歳か。
自分が還暦、60才になった時、何の感慨もありませんでした。
既に、退職して5年経過しており、厚生年金の一部が支給されるのか、という程度でした。
その頃、アジア仏教国の人間としての12年と云う干支周期について考えたことがあります。
12歳、24歳、36歳、48歳、60歳、そしていよいよ次の最後の12年間が始まろうとしている72歳

12歳の時、何をしていたろう、何を考えていたろう。
中学に入る齢、特別何にも考えていませんでした。ましてや将来のことも。夢も。
普通の只々貧しい中学一年生だっただけです。

次の12年間の24歳の時はどうしていたろう?
はっきりと覚えています。
南米アルゼンチンに来て4年目、かなり海外、スペイン語圏、ラテン社会に慣れていました。
その頃、日本から来た出張社員が持ってきた電卓、1972(昭和47)年の『カシオミニ』を見て、衝撃でした。俺は「取り残されている」と感じました。
古い石畳のタンゴが流れる港の下町ボカの町のアパート、親しい女性、土日に揺れるボカスタジアム、そんな南米アルゼンチン・ブエノスアイレスの生活は好きでしたが、この『カシオミニ』は、私の人生にある種の投石を投じたのです。
「この先、どうしよう、」と考えたのが24歳でした。

次の12年間の36歳の時はどうしていたか?
日本に戻って、日本高度成長期の建設業界に身を投じており、35歳での横浜新駅駅前大規模開発マンションの第1期物件を買っており、
翌年の36歳の時、購入融資の一つ、民間銀行からの金利7%のローンを全額払い、残りは金融公庫の5.5%だけにしたのを鮮明に覚えています。この住宅ローン返済のメドを機会に、カミサンと二人、年に2回の比較的長い海外旅行にでるようになった年でした。
バブルへ突進していた日本経済、六本木の深夜のタクシーの群れを見ながら、朝までビル建設現場で働いていました。

次の12年目の48歳、今の人生を決めた大転換の年でした。
バブルは弾けたものの、建設業界はまだバブル時の受注残を抱えて忙しかった頃、48歳働き盛りです。
この頃、すでに子供を持つことはないのが解り、二人で休暇の度に世界各地を回っており、老後の生き方、資金について、出始めたばかりのマイクロソフトウインドースパソコンのエクセルに入力をし始めていました。
この年、スーパーゼネコンとぶつかり、このまま建設業界で定年まで過ごすことに疑問を持ち、現場放棄に近い状態で、カミサンと二人中米、カリブ海で老後の夢、バックパッカー宿の候補地探しの数ヵ月の旅にでたのが、48歳でした。
結果は、再び元の会社に戻り、他のスーパーゼネコンに拾われた形で、55歳の目標資金達成までいたことになる年でした。

次の12年目、徳仁天皇と同じ還暦の60歳
還暦は暦上の通過点でしかない・・・、体力的にも何ら変わりはなく、気力も十分、この年から年金受給が始まり、老後資金の減少カーブ曲線が緩やかになってきました。
変わったことと云えば、退職前の海外移住、海外ロングステイを諦め、止めたことでしょう。
もう十分に海外にづっと住むという事がどんな事なのかを実感していました。
陛下は宴会の儀で「もう還暦ではなく、まだ還暦という思い」と述べていられるそうです。
まだ還暦・・・か、長生きなさるのでしょうね。

そして、恐らくですが、最後12年目になるでしょう72歳を迎えます。
自分の人生を他人の目でみるような人生でいいのかな。
かなり、いい加減な、成り行き次第の最後の12年目でしょう。

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posted by 西沢 at 07:47| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年02月22日

ボランティア市民団体の苦悩と課題 高齢化と後継者不足




退職後に移り住んだ私の住む町の最寄り駅、東海道線・横須賀線・根岸線・湘南モノレールのターミナル駅「大船」西口前の3本の染井吉野系の早咲き桜「玉縄桜」が満開を迎え、2月21日、はや散り始めています。

玉縄桜とは
玉縄桜(たまなわざくら)は、神奈川県鎌倉市にある神奈川県立フラワーセンター大船植物園にて染井吉野の早咲きのもの中から選ばれ育成されたもので、1990年(平成2年)に品種登録されたサクラの園芸品種である「玉縄桜を広める会」によって植樹も行われており、山口県などに寄贈されたことがある。


ネットのフリー百科事典、ウィキペディア(Wikipedia)でも、紹介されているように、かなりの認知度もあがり、毎年2月の今頃になると、関東民放のニュースで、流れるほどになった地元の誇りでもあります。
早咲きの彼岸桜系の「河津桜」は伊豆下田や、三浦半島京急沿線でも植えられて、この時期の観光資源となっていますが、玉縄桜は色合いが染井吉野系の為に、薄いピンク色であり、それほどのインパクトがないのと、育成が難しいようで、鎌倉の玉縄地区だけの限定となっています。

この玉縄桜を育成し、地区の公民館、小学校、病院、老人ホームに植えて広めたのは、ウィキペディアで述べられている、ボランティア市民活動団体の「玉縄桜を広める会」です。
私は、鎌倉市内の市民活動を支援、育成する「鎌倉市市民活動センター」(通称NPOセンター)を運営するNPO組織の広報部に、退職後に所属しています。
この「玉縄桜を広める会」は、住んでいる地域が一緒であることや、100%、市民の自発的なボランティアである事に共鳴し、自分の持つ、スキル・技術を生かして、この団体のホームページ作成に協力して参りました。
鎌倉に越してきた17年前のネット環境は今とは違い、フェーブックもインスタもツイッターもない時代で、この会の活動を世間に認知してもらい、玉縄桜の名を知ってもらうためには、ホームページとブログしかない時代でした。

玉縄桜は神奈川県立フラワーセンター大船植物園の原木を挿し木して増やしていきました。
会員の皆様は、根のついた挿し木を家庭に持ち帰り、移植するまで成長を見守っていただき、市の承諾を得て、地区の公共施設、道路脇などに会員が植えていったものです。
公的な資金援助はなく、会員の会費とボランティアワークと、私の所属するNPOが主催する年に一度の「かまくらファンド」に応募しての年間10万円ていどの活動費で今までやってきましたが、現在この団体「玉縄をひろめる会」は活動を停止しています。

理由は
1,ある程度の初期の目標が達成され、玉縄地区に「玉縄桜」が広まったこと。
2,会員の高齢化と、後継者不足です。

ある程度広まり、玉縄桜の認知度が上がったとは言え、桜の木のメンテナンスの為には人手は必要なのですが、人材がいません。
この「玉縄桜を広める会」はちようど10年前が会員のピークでした。
そう、団塊世代がいっせい退職した時期と重なります。
比較的、経済的に恵まれた団塊世代の男性が地元コミュニティに戻ってきて、日々の生き甲斐、地元愛と出会って、活動してきた団体ですが、団塊世代は2020年、70代に突入し、徐々に活動を減らす傾向にあります。

これは、「玉縄桜を広める会」だけの現象ではなく、私が関わっている「鎌倉市市民活動センター」に登録している数百の市民活動団体に共通している、課題なのです。
市民活動団体にアンケートをとって、今抱えている問題をお聞きすると、ダントツに1位は会員の高齢化と後継者不足の回答が戻ってきます。
ちなみに、2位は資金不足でした。
ボランティア市民活動団体の特徴として、強力なリーダーシップと理念をもった人の元に、賛同する会員が集まり、一つの目的に突き進んでいくのです、そのリーダーの存在が大きく、強すぎのか、後継者が育たないのです。
或いは、最初から後継者を育てる意思がないのかも知れませんが・・・

ではボランティア市民活動組織が全てそうなのか?
いいえ、「鎌倉市市民活動センター」に登録している数多くの団体のなかには、40年近くたった現在でも、当初の理念どおりの活動をしている団体はかなりの数にのぼります。
そのような団体の特徴はと云うと。
1,活動資金を自力で調達する能力がある。
2,代表、リーダーを数年毎に選挙で選んでいる。
3,代表・理事の定年制を設けており、厳守している。
4,常に、後継者、若い人が入ってくる環境を整えている。
5,会員は定年退職男性よりも圧倒的に女性が多い


私は、これらの複数の団体のホームページ支援をしてきました。
ほぼ、5年置きのペースで、ホームページ担当者が代わり、システム自体も、次の担当者の感性・技術レベルに合うように変更しています。
もう、正式な、格調高いサイト作りは手書きのhtml、CSS、JavaScriptでなくても、スマホを中心とした、情報発信が出来る時代です。
私は早期退職して17年になり、今年で72才になります。
技術面では、今の若い世代よりも格段に上だと思っていますが、デザイン・感性・求められてるものが違います。
今年で第一線を退く予定で、残された若い世代へのバトンタッチを模索しています。

72才で退くと宣言する、まわりから、人生100時代、早すぎない、ボケてしまうよ。と云われます。そう云って下さる人は、同じ世代でも65才で退職した人、70才まで仕事をして来た方です。
まだまだ、第2の人生が始まったばかりと考えている方々です。
私は55才で退職してますので、もうそろそろ十分、第2の人生ではなく、残された人生と考える思いが強いのです。

では、その後は何をするか?
最低限、今手元に残っているマイレージを使い果たすこと、最低限47都道府県は回りたい。
行ってないところ、通過しただけで泊まったことのない県、夫婦二人で、県庁所在市に泊まったことのない県に少なくとも、2泊3日は過ごしたい、と思いつくままに書くと

福井県・佐賀県・徳島県・鳥取県・富山県・宮崎県・和歌山県・埼玉県・千葉県・秋田県・山梨県と結構あるのです。

上記の県は、私個人としては、学生時代や仕事関係で行ったことはありますが、夫婦二人では行ってなので、これからの当面の目標です。
その後は・・・・
最後は、海外旅行を卒業した私たちですが、カミサンに最後は何処にするか?と聞くと、ワイキキなら行ってもいいわ、と答えます。
うん、新型コロナウイルス騒動が終わったら、考えようかな。

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posted by 西沢 at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年02月20日

日本の貧困女子 働き方改革による、衰退途上にあるこの国のリアル

カミサンが買ってくる本をお風呂に入りながら読むのが、最近の習慣となっています。
子供のいない夫婦二人の生活で、カミサンが買ってくる本の傾向は、これから私たち夫婦が直面するであろう、超高齢化・少子化の日本の社会に関する内容の本が多いです。
貧困・高齢化・車上生活する人・孤独死、今の自分たちには縁がないかもしれませんが、常に手が届く隣にはこのような社会問題があり、いつ、何時、私たちもこのような問題を抱えるかも知れない、恐怖があるのです。

この本は2019年発行4月発行「東京貧困女子」に次ぐ第2弾です。
「東京貧困女子」に登場するのは、相対的貧困の指標である可処分所得が年間120万程度を下回る、東京や東京近郊で暮らす、一般都民・市民です。すでに「単身女性の3人に一人」「子供の7人に一人」が貧困状態にあると報じられてなかで、誰にでもすぐ隣にいる貧困女性を取材したノンフィクションでした。
東京では、非正規雇用で一人暮らしをしていると、手取りが15万円程度。
家賃6万円をはらえば、もう可処分所得は貧困ラインに乗ってきます。
その苦しさから逃れる為、長時間労働、ダブルワークをしたり、夜の風俗世界に踏み入れることになり、負の連鎖として「子供のネグレクト」へと発展することは、最近の新聞紙上でよく見かけることです。
本書抜粋紹介

私たちの世代では、「若い頃の苦労は買ってでもすべき」みたいな云われた時代がありました。
貧しい経験ををして、苦労を知り、成長して這い上がって行く・・・ロマンは現在では通用しません。現在の貧困は固定化された階層であり、一度組み込まれると抜け出すことが出来ません。
「一億総中流社会」から「格差社会」へ、そして現代は「階層社会」となっています。

富裕層や上流層は、上層だけのコミュニティを持ち、中流は中流だけ、貧困層や下層も同じで、一度下層に落ちれば下層たけの人間関係、生活環境になり、這い上がる為の有益な情報が入ってこない。
貧困層に落ちてしまった者は、ただただ苦しいままの日々を乗り切るだけの日々が続き、その親元で育った子供たちにも貧困が遺伝していまう。
貧困の連鎖、遺伝は、昭和の時代からあったこと、しかし現代の貧困の恐ろしさは、就職活動の失敗、配偶者の暴力、離婚、長時間労働、健康状態を崩したなど、誰にでもある些細なつまづきで、どんどん階層が転落してしまう。
下には簡単に落ちるが、上に戻るのは極めて困難と云う、国民の転落システムが出来上がってしまっている。



退職後、色々な趣味のクラブや、市民活動、ボランティアに参加するようになって、現役時代には、触れあわなかった人々を知ることになりました。
先日も、元大手建設業の知り合いを、趣味のサークルにお誘いした時に、その友人は云いました。
「この齢になって初めて気が付いたとは恥ずかしいけど、建設業のような世界に数十年いると、廻りはみんな、自分と同じ学歴、年収、同じような人生を歩んでいる人たちだけの世界だった、と定年退職後に解ってきたよ」
私「解っただけで偉い、俺の廻りにはそれが解らないオジサンが多いんだよ」

私の近くに、「東京貧困女子」を象徴する女性A子さんがいます。
離婚した両親の元で高校を卒業し、二十代半ばで結婚し、30前に、夫の浮気で離婚し、子供二人を育てるシングルマザーとなりました。
母親は離婚して、一人暮らしなので親元では暮らせず、アパートを借り、市内の民間団体の非正規職員として働き、市からの子供手当と夫からの扶養手当で暮らしています。
団体の非正規職員の時給は神奈川県の最低賃金です。
この団体に彼女の他に、多くの有償ボランティアとして働く女性たちがいます。
彼女らは、この団体が目指す活動に賛同して働いているのてすが、全員、大企業の正社員の夫と家庭を営んでおり、Aさんの境遇には理解しめしますが、その裏では、「子育てをしながら経済的に大変なのだから、何もこんな慈善団体で最低賃金で働かないで、若いんだから、資格をとったり、手に職をつけて、正社員としての道を目指せば良いのに」と云っているのが聞こえます。
そう云う彼女らは、ずっと生まれてからの属してきた階層が違う人達の考え方なのです。
この方々の育ったのは、鎌倉・湘南のしっかりした家庭(良家の子女)、四大卒で夫は大学時代に知り合い、一部上場企業の正社員、生まれた子供たちは幼いころから、塾・習い事の環境で、ほとんどの方の子供は、一流大学に学校推薦で入り、就職先も親と同じレベルの一流企業になっています。

A子さんは勿論解っており、この現在の状況から抜け出す為に、、正社員の道を模索していても、なかなか抜け出すことは難しいのです。
A子さんは、同じ時給なんだから、スーパーのパートで働くよりも、デスクワークのこの仕事のほうが、どれだけ楽なのか、あの人たちは解っていないと云います。

世界の最低賃金は幾らか
1ドル112円換算では
1位 オーストラリアで時給1,456円にもなります。
2位 ルクセンブルクで時給1355円、
3位 フランスで時給1,198円、
4位 ニュージーランドで時給1176円、
5位 イギリスで時給1154円です。
ちなみにアメリカは第11位の806円です。カナダは10位で952円です。
※アメリカの最低賃金が低いのは、メキシコ・アジアからの非正規移民が押し下げていると云われています。
世界経済がグローバル化し、日本の労働環境が小泉内閣の派遣労働改正後益々、非正規労働者が増え、日本社会の階層化に拍車がかかっているのは、歴然たる事実です。
現在の地方自治体職員の臨時職員の割合は30%を超えています。
そのほとんどは、自治体の窓口や、外部の実業職員で、賃金は特殊技能部分をのぞいて最低賃金です。まずは、政府からこの状況を変えないと、日本の階層化はこれからもっとひどくなっていくでしょう。

本書抜粋2

貧困女子の苦境を聞くと、原因はほぼほぼ労働系の法律改正と国の制度変更であり、現在の安倍政権の推進する新自由主義(民営化、規制緩和、市場原理、労働の自由化、働き方改革)路線によつて生まれた、貧困と断言できる。
人々の労働がセーフティーネットではなく、安くコキ使われる商品として流通させて起こってしまった。
現在は悲しいくらい人間の価値が暴落している。
もひとつは、中級以上の中高年男性たちに蔓延する、貧困者に対する自己責任論がある。
「努力不足、自分自身の選択の結果であり、あなたの苦境はあなたに責任がある」と。


私たちが育った時代は、中卒でも高卒でも、社会の底辺に近い町の小さな八百屋の子供でも、現場作業員の子でも、真面目に働けばいつかは、日本社会の経済の一員となることが出来、都会の郊外に小さいながら家族みんなで暮らす家庭が築けたのに。
私たち団塊世代の子供、孫たちの将来に不安をいだきながら、静かに消えていくしかないのでしょうか?

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2020年02月18日

怖いもの見たさに、大黒ふ頭のダイヤモンド・プリンセスを見て来た

大黒ふ頭への行き方、アクセス
新型コロナウイルスで、迷走・漂流を続ける国際大型ツァー船、「ダイヤモンド・プリンセス」が再び横浜港、大黒ふ頭、国際線ターミナルに停泊しているTVニュースが毎日、一日中各テレビ局で報じているのを見て、ちょっと野次馬根性、怖いもの見たさで気になり、調べてみました。
長年、神奈川県に住み、横浜港は知っているつもりです。
大黒ふ頭とかの名前も知っていますが、山下公園の大桟橋は知っていても、大黒ふ頭って何処にあるのか、どうやって行くのかは知りません。
そこで、先ず地図上の何処にあるのか、一般人が路線バスで行けるのか、調べてみました。



そもそも、客船ですから、何でもっと便利な設備の整っている大桟橋に着岸しないのか?
大さん橋ふ頭へは、高さ56m以上ある船は、横浜ベイブリッジの下を通過することができないという問題がありますが、ダイヤモンド・プリンセスの高さは54mで、干潮時になら楽勝、通過出来ますし、以前に一度、大桟橋に着岸した経験もあります。
今回は船の大きさ、高さの問題ではなく、新型コロナウイルス問題での公衆衛生、安全面を考慮しての、大黒ふ頭だったようです。
それに、何時収束する解らないのですから、着岸料はきっと大桟橋よりも大黒ふ頭のほうが格段と安いハズです。

大黒ふ頭、国際線ターミナルまで路線バスで行く

1,JR鶴見駅前から横浜市バス17番、大黒海釣り公園行
 大黒税関前又はT4バース下車 31分 220円
2,横浜駅バスターミナルから109系統もありますが、本数は1日2本で実用的ではありません。

鶴見から大黒ふ頭へは、箱根駅伝でお馴染みの国道1号線を少し走り、やがてバスは左折して京浜工業地帯へ入って行きます。
火力発電所・石油関連施設を抜けて、やがて港湾倉庫街の殺風景な風景や、高速道路・ベーブリッジのジャンクションなどを見上げながら、大黒ふ頭の税関保管一時倉庫(上屋)が立ち並ぶエリアに入ります。
バスは、大黒ふ頭の突っ先にある「大黒海釣り公園」まで行って折り返します。
大黒海釣り公園は、横浜港に突き出た釣り専用桟橋で、この日も沢山の釣りファンで賑わっていました。
釣りをするには、利用料がかかり、釣りをしない人でも100円掛かります。
ふ頭側からダイヤモンド・プリンセスの撮影は、フェンス越しになるのは、解っていました。
先ずは、大黒海釣り公園から海越しにベイブリッジとダイヤモンド・プリンセスが見えるかを確認する為に、最寄バス停ではなく、ここまでやってきました。
天気予報は晴れのち午後から曇りでしたが、朝から曇天ですが、少し霞んではいましたが見えました。目的は釣り人ではなく、怖いもの見たさ、野次馬根性のダイヤモンド・プリンセスです。

歩いている人は全くいない殺風景な道路を歩いて、バス停3つ分、船が最も近く見えるT4バース停留所で、帰りの時刻をチェツクしてからフェンス沿いを歩きました。
この税関保管一時倉庫(上屋)の先、一般人が入れない先に、ダイヤモンド・プリンセスは停泊していました。
フェンス沿いには、TV局、マスコミらしき大型カメラ、脚立をもった人たちが屯ろし、私と同類の野次馬カメラマン、車、バイクが停まっていました。
船を眺めると、乗客の姿が全く見えません。
時間を見ると、ちょうど12時を回っており昼食タイムのせいなのでしょうか。

新聞報道によると、の乗客定員は2,706人、客室1,353 、乗務員1,045人
今回のクルーズ乗客は2,666人で
年齢構成は
 60未満 522
 60代 910
 70代 1008
 80以上 226  
圧倒的に、私たち定年後年金シニア世代です。
fune06.jpg年金リタイヤシニア層にはある一定割合で船旅・クルーズ船好きなマニア層がいます。
ほとんどの皆さんは、お金持ちです。

世界一周クルーズ「飛鳥2」に夫婦二人で参加した場合、一体いくらかかるか
飛鳥2(バルコニーなしバスタブ付き部屋でおよそ440万円から。但し2021年の早割料金)。
夫婦二人で、基本料金だけで2人で約900万円。
その他に
1,出発前の費用
 ビザの取得、就航地まで往復旅費・交通費、長旅に備えての旅行保険、衣服費など。
2,着岸料 港に着く度に発生する税金
3,船内有料サービス及びチップ
 船内インターネツト、及びメールアドレスが有料のケースが多いです。
 つまり、船のプロバイダーを使わないと、洋上では繋がらないのです。
 チップ代は事前に徴収されます。
4,寄港地での観光経費
 例えば、ダイヤモンド・プリンセスが大黒ふ頭に接岸し、上陸し、観光に行こうと思っても、とても不便な場所にありますし、接岸料が高いので、大抵の場合、船は朝ついて、夕方には離岸します。8時間程度の現地観光時間しかないので、個人で自由に動くことは難しいですから、ツァー会社が手配した、港毎のツァーに参加せざるを得ません。
これが、また個人旅行慣れしている私たちから見ると、べらぼうに高いのです。倍の値段どころか数倍の料金です。
これには、事情がありました、現地の旅行業者は一度に沢山のバス、車、ガイド、特に日本語ガイドを集めなくてはならず、当然、クルーズ会社に対して超強気の値段交渉となるからです。
また超大型船ですと、接岸できる港が小さくて、本船と港の間は小型連絡ボートとなることもしばしばで、時間はかかる、お金もかかるとなります。
1,2,3,4の合計、一人最低100万は必要となります。
つまり、定年後夫婦二人の世界一周90日間の夢には、1,000万円はかかるのです。
一度に沢山の退職金を貰って、舞い上がっているとついつい、自分たちの長年の夢なんだから・・・との出費になりますが、一般的なこの程度お金持ち
夫婦は、退職数年後、あの時の出費の大きさに後悔するのがパターンです。

今回のダイヤモンド・プリンセスのツァー料金は
今回のクルーズは15泊16の日程で、旅行代金は25万円〜138万2000円。
同船は1月20日に横浜を出発し、22日に鹿児島に寄港した後、25日に香港に到着。
さらにベトナムや台湾を巡り、2月1日に那覇に寄ってから、予定を繰り上げて3日夜に横浜港に着いた。
世界一周ツァーと違って、かなりカジュアルなツァーであったようようですが、それでも15日間、パルコ―のある船室、夫婦二人で諸費用、チップ等を入れると100万円はするでしょう。
やはり、お金持ち、余裕のある60代、70代の方が大半なのでしよう。

私は、1960年代に横浜・ブエノスアイレス間、60日の船旅を経験しています。
船の中は、文字通り階層社会です。
どの階のどんな部屋に泊まっているのかで、船内の動ける場所も、食事も、サービスも違ってきます。私はまだ二十歳の貧乏学生ですから、最下層の上下ベッド2つの4人部屋、そうタイタニックの世界です。ディカプリオ‎と同じでした。
でも、楽しかったです、その時は日本社会全部が平等に貧乏人だと信じていたからです。

現在、この船に閉じ込められた方々の処遇、環境に、共感し、同情している論評がある反面、ある階層の人達からは、冷ややかな目で見られているのを、私たちは知っておかねばと、あの大黒ふ頭の殺風景な、灰色の世界で働いている港湾労働者、入口ゲートで寒空の中、一日中立っている私と同じ世代のガードマンを見て思いました。

それにしても、疑問が一つ、ハワイは大丈夫なの
アメリカ・ハワイから新型コロナウイルス感染患者のニュースが全くないのはどうして?
欧米各国はこのダイヤモンド・プリンセスの封じ込めに失敗し、帰って感染拡大を非難しているようですが、不思議なのは、この中国の春節の時期ハワイ・ワイキキは、中国本土からの観光客で溢れていたハズです。
なのに、アメリカ・ハワイから感染患者発生のニュースを聞きません。
インフルエンザの大流行・・・つて云っているようですが、それって「新型コロナウイルス」の言い換えではないの?

私たちが、定年後あれだけ通っていたハワイを卒業した理由の一つは、中国の進出です。
馴染みにしていた定宿に中国資本が進出し、ロビーははしゃいだ中国人だらけになり、カラカウワ大通りは、大きな声でしゃべり、横並びで歩く中国人グループで占領され、浜辺は、太ったお腹を突き出した中年おやじだらけになるのを見て、海外旅行もハワイも卒業した経緯があります。

東京オリンピックが中止になる・・・全く馬鹿げた話ではなくなってきてるようです。

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posted by 西沢 at 07:54| Comment(0) | TrackBack(0) | (カテゴリーなし)

2020年02月16日

野村監督の浴槽内での死、虚血性心疾患とは

先月、元仕事仲間、同じ団塊世代、72才の戦友の死をメールで知りました。
自宅のお風呂場で亡くなった突然死のようです。
葬儀は家族葬、身内だけで行われたそうです。
知らせて戴ければ、出席したのに。
そして、今週、野村監督の死をメディアのニュースで知りました。
84才、浴槽内なのか、脱衣所なのか良く解りませんが、いずれにしろ自宅、風呂場で亡くなったようです。

メディアの記事によると、

入浴中の死者は年々増加している。
現在は2万人をこえており、2019年の交通事故での死者は3,200人。
つまり、交通事故の死者の6倍もの人が、浴室で亡くなっている、事実。


ヒートショツクが要因による虚血性心疾患と報じられています。

ヒートショツク=急激な温度差・変化による血圧の急上昇。
浴室内での死亡は12月~3月に集中しているとの統計があります。
寒い脱衣所で服を脱ぐと、寒さで交感神経が刺激され、血圧は30~40上昇し、そこで熱いお湯にドボンと浸かるとさらに10~20上がる。こうして合計40~60も血圧が急上昇することで、脳卒中や心筋梗塞を誘発する。

我が家は、東京首都圏でも比較的暖かいと云われている湘南地域です。
鉄筋コンクリート造りの築16年の共同住宅です。
現役時代に住んでいた1983建設の共同住宅は直床、直天井でしたが、今の住まいは、二重天井・二重床、壁断熱構造ですから、以前の住まいよりも、各段に外気との温度差は少なく、夏・冬のエアコンは年に数度しか使っていません。
それでも、冬場の脱衣室は寒く感じます。
同じ湘南でも、戸建ては寒いと聞いています。
実家の信州の家の脱衣所は恐怖を覚えるほど寒く、年を重ねるにつれ、冬場に行く機会はめっきりと減っています。

今、警戒すべきは脱衣所だけではなく、浴槽内での死亡です。

脳卒中や心筋梗塞ではなく、水没による窒息死です。
低血圧によって命を奪われる高齢者が多くなっていることが明らかになっていると報じられています。


勢いよく湯舟に入ると、最初は身体が暑さに驚き、血圧はぐっと上がる。
しかし、そのままお湯に胸まで浸かり続けると、水圧で心肺が圧迫されて脈が落ち、血圧を全身に送り出す働きが鈍る。
お湯で体が温まると、皮膚表面の毛細血管が広がり、全身の血液が皮膚に集まる。
この相乗効果で血圧はみるみる低下、そのため、本来なら必要な血液が脳に廻らなくなり、意識障害を起こす。


野村監督の場合

東京・世田谷区の野村克也さんの自宅から119番通報がありました。
家政婦さんが浴槽の中でぐったりしている野村さんを見つけたそうです。
妻・沙知代さんを追って自殺したのではないか?と言われていますが、そうではなく病院で虚血性心不全のため亡くられました。
ただこの家政婦が発見したのは午前2時頃。
浴槽での発見だったとのことなので昨晩、お風呂に入浴中に虚血性心不全を発症した可能性があります。


我が家の場合
冬場のお風呂の設定温度は、長い間39℃でしたが、ここ最近40℃に設定しています。夏場は38℃です。
基本的に我が家は、半身浴の長湯スタイルで、換気扇のタイマーを60分にして入っています。
60分間、湯舟の蓋を手元まで引き寄せて、そこで本を読むか、音楽を聴いています。
本以外に、必ず一本のペットボトルを持って目の前に置いておくのが、ルールです。
30分ほど経過した頃を見計らって、必ず声掛け、様子見をしています。
基本的には、半身浴、首まで浸からず、必ずお風呂の蓋に手を載せての入浴ですが、それでも、
本に飽きてウトウトした経験は何度もあります。
この瞬間・刹那が気持ち良いのですが、危ないのでしょう。
でも・・・理想的な逝きかたかも知りません。

妻に先立たれた男は弱いものです

最近、NHKのテレビ番組だったかも知りませんが、夫に先立たれた脚本家の橋田寿賀子さん(94才)と、妻に先立たれた野村監督の対談を見たことがあります。
弱弱しい野村監督は「一人になったら寂しいよ」と云い、橋田さんは「対談・コミュニケーションにならない」状態だったと述べています。
鎌倉の友人の近所に、作家の江藤淳さんが住んでおられました。
子供のいないご夫婦で、奥様をガンで亡くされ、半年後、自宅浴室で剃刀を用い、手首を切って自殺しました。66歳
ご自身も脳梗塞の後遺症に悩んでいたと、聞いています。

私たちの場合
青春時代の出会いから、ずっと同じ時間、同じ旅を共有して来た、子供いない、友達夫婦です。
カミサンが先に逝ったとしたら、私も、浴槽で手首を切るのは壮絶過ぎて、嫌ですが、うとうとと浴槽のなかで眠るように逝くのが理想なのかも知れないと、考えるようになっています。

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posted by 西沢 at 07:51| Comment(1) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年02月14日

団塊世代、退職年金シニアの金銭・価値感覚、何にお金を使うか?

55才で早期退職して17年、現在の住まいに越してきてから、来月3月で丸16年経ちます
現役時代の共同住宅からここに越して来た時、それまでに使っていた家具類で、ここに持ってきたのはベッドと冷蔵庫だけです。
他の家具、家電類は全て処分して、終の棲家になるだろう現在の共同住宅に越してきました。
ベッドは、37年前に横浜の新居に入る時に買った高級品でした。
一生の生活のほぼ1/3を過ごす場所・寝床として、30代半ば、新居で費用が嵩む中、思い切って高級ホテルで使われてマットが頑丈で、一生ものと云われている、シモンズにしました。
37年経った現在でも、マットのゆがみ、凹みは全くなく、静かな安眠を保証してくれています。

冷蔵庫は、100Lの2ドアと云う昭和の時代とそして変わらぬ、ただ冷えれば良いと云うシンプルなものです。
元設備・機械屋としては、冷蔵庫のようなコンプレッサー一つの単純構造のものは、なかなか壊れませんし、夫婦二人だけの食生活の上、カミサンは毎日商店街に買い出しに行き、その日のものはその日に消費するのをモットーですから、冷蔵庫のなかはいつもガラガラです。
このブログを書くに当たって、製造年月日を確認すると、1998年製の22年ものですが、立派に何ら問題もなく使っています。
その他の家電、家具は、ここ鎌倉に越して来た時に、新たに購入しました。
あれから17年、引っ越し時購入・新調したものが壊れ始めています。

今朝、一日何回も使う電気ケトルが壊れました。
和室の吊り下げペンダント蛍光灯器具は、トランスが不調のようでチカチカ点滅します。
電気ケトルなんて、単純なヒーター構造物ですから壊れるなんてことはないハズはない!と思っていましたら、電源スイッチの摩耗なのかスイッチが入りません。
カミサンは、安いものだし、16年間毎日、何回も使ってきたのだから、不器用な貴方がバラシて修理するよりも、新しいのを買いましょう。
ついでに、和室の照明器具も、LEDに買い替えましょう。とおっしゃいます。

そこで、近所のヤマダ電機に行ってみました
単純な構造の電気ケトルなんて、せいぜい2,000程度、和室の照明器具にしたって、3,000円程度、併せて5,000~6,000円と踏んでいたのですが店頭価格をみるとビックリ、電気ケトルはティファールしか売ってなくて、最低のただ沸かすだけ、保温も温度設定も出来ないものが、5,000円以上します。和室の照明器具も全てLEDで、10,000円近くします。
2つ合計、税抜き16,000円は、団塊世代、退職年金シニアの金銭・価値感覚、予算を軽くオーバーします。
2003年、55才で退職した私たちの物価、金銭感覚が間違っているのでしょうか?

ブログで度々、団塊・年金シニアの家計簿を公開してきています。
私たち夫婦は、55才、52才で退職していますし、私は海外生活・放浪が長く、日本の年金制度、社会保障のに組み入れられのは、30歳を越してから、その上55才早期退職ですから、公的年金は少なく、政府が公表している夫厚生年金、妻第3号の標準的年金とほぼ同じです。
掛けている期間が短い割に、年間標準年金とほぼ同じなのは、バブル最盛期に建設業界に在籍し、比較的お給料に恵まれていたという幸運に恵まれていただけのせいでしよう。
ゆとり経費をれた年間生活費は、退職直後から段階的に減額し、72才時420万です。
毎月の固定生活費、年間にかかる税金、保険、介護費など引いた分は
・夫婦二人の教養娯楽費(スマホなどの通信費を含む) 24万
・冠婚葬祭などお付き合い経費 12万
・医療費 12万
・旅行費(耐久消費財購入予備費を含む) 120万
合計168万です。

今回、壊れ電気ケトルと和室の照明器具は、この120万からの出費となります。
ここで、私とカミサンの旅行以外の金銭感覚が試されることになりました。
カミサンは、電気ケトルと照明器具に対しての出費は最大でも10,000円が限度と云います。
この金銭感覚は、普通なのでしょうか?

私たちは65才で海外旅行を卒業してからは、毎月一回、2泊3日の国内旅行(費用二人で10万)を原則としています。
子供も孫もいない私たち夫婦、カミサンは衣服とバッグ以外に買いたいものはなく、私はパソコンとビデオ機器だけ。
暇な年金生活に毎月の生活にメリハリ・予定をつけるための必要経費と考えています。
今回の出費の10,000円と云えば、旅先のシティホテルの素泊まり一泊一部屋の値段程度です。
それでも、二人して、「高くない・・・、本当に必要なの?・・・、ネットならもッと安くない・・・」と考えなおしています。
最終的には、ネットで同程度のものを探し出しました。2つ合計で7,300円
電気ケトルは、保温・温度設定は出来ません。
和室のLED証明は、ギリギリ六畳用、3段階調光レベルです。

70代の退職年金シニアの金銭・物価感覚が私たち夫婦と同じだとは思えませんが・・・
少ない公的年金、個人年金、自己資金を食いつぶしてのシニア夫婦の生活感覚はこんなものであることを、日本政府の誰かが
このブログをのぞいて、感じ取ってもらえばと思って、書いています。

グ管理人のホームページ内、家計に関する記事参照
団塊リタイヤシニア家庭の標準的・平均的かもしれない生活費
posted by 西沢 at 07:45| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年02月12日

週刊現代 今週の記事「最後まで自宅を売ってはいけない」とは

本が売れない時代と云われています。
特に若者の間で、週刊誌離れが極端に進んでいる原因は、スマホの普及です。
私たち、団塊世代の通勤風景と云えば、朝の電車のなかで、新聞紙面を読み、帰りの電車のなかは、駅のキオスクで買った、多少のお色気記事が掲載された「週刊現代」「ポスト」が定番風景でしたが、今や、通勤電車のなかで、新聞・週刊誌を読んでいる男性サラリーマンの姿は全くみません。ほぼ全員が、スマホかざして大人しく過ごしています。

それでも、週刊誌は売れています。
現在売れている週刊誌のベスト3は
1,週刊文春
2,週刊新潮
3,週刊現代の順です。
※データはJMPA 日本雑誌協会ホームページより参照

今回取り上げる週刊現代の印刷証明付き発行部数の推移は
2019/3 382,000
2009/3 423,000 と確かに発行部数は10%減少しています。
これ以前のデータが見つかりませんが、私たち団塊世代が現役の時に比べると30~40%以上減少しているのではないでしょうか。

それでも、一般男性読者向けの週刊現代と週刊ポストは、頑張っています。
その理由は、退職シニア及び予備軍・中高年齢者層向けの記事、特集に力を入れているからです。
これまで、何回の自分のブログで、何度も週刊現代のセンセーショナルな、見出し、キャッチコピーを取り上げまいりました。
しかし、何度も期待外れの内容で裏切られました。そしてだんだんと見出しだけ見て、
「また週刊現代はやってるわ」
「大した内容でもなく、リタイヤ世代の誰もが知っていることを大げさに」
と、コンビニの店頭で立ち読みして終わり、と云うパターンでした。
しかし、今回2020/2/15号のキャッチコピーは


・最後まで自宅を売ってはいけない
・老後資金の為に自宅売却し、小さなマンションへは、大間違い
・「都会よりちょっと田舎がいい」で引っ越ししたひとの悲しい末路
・やっぱり我が家が一番だった・・・でも帰れない

これは、古稀、70台を迎えている団塊リタイヤシニア、ほぼ全員が一度は考えることなのです。
薄っぺらい本一冊で税込みで520円もするが、だまされた思って、買って読んでみるしかない。

「老後資金がどんどん目減りする。」
記事要約

超高齢化社会をむかえ、やたらと定年後の住み替えを勧める広告が目立つ確かに、子供が独立し家を離れると、夫婦二人きりの家の広さを持て余す、家は駅や病院から離れているし、いつか手放すことになる車のない時がくることを考えると、この戸建てを売って、夫婦二人で利便性の高い、小さな賃貸マンションに住み替えよう、と考える人は少なくない。持ち家が4,000万で売ると確かに老後の手持ち資金は、65才時必要とされている3、000円にプラスされ格段に増える、しかし、家賃・管理費・修繕積立など、持ち家・戸建てにはない費用が発生し、手持ち資金の目減り加速される。


記事がおっしゃるとおりですが、何もそんなことをわざわざ520円払って読まなくても、現役の退職シニアは皆さん知っていることです。
人生100年時代と云われなくても、自分が死んだあと、伴侶が遺族年金と自分自身の基礎年金で何歳まで、ゆとりある生活が、やっていけるかぐらいの計算はしているハズです。

移り住んだ地で一から近所付き合い、コミュニティへの参加は、齢を従い難しくなる。
孤独死の危険が増大する。
65才時「年金以外に3,000万の老後資金が必要」と云う世間一般の常識は、持ち家であることが前提です。


持ち家の戸建て売却により一時的に手持ち資金は増えます。
では、賃貸ではなく、夫婦二人で暮らすに必要な中古2LDKを購入すると云うケースを考えてみましょう。
これは、私たち夫婦の間でもずっと考えていたことです。
今の駅近、環境抜群、鎌倉ブランドのマンションを売って、少し離れた所に中古の2LDKを買う、この時の最低条件は、売却差益が1500万以上でないと、なりたちません。
自宅の売却手数料、中古の購入手数料、引っ越し代、家具などの買い替え代など、500万は飛んでいきます。
2020年現在、都内及び神奈川県の便利な優良中古2LDKマンションは、驚くほど高く、とても諸々の諸経費を差し引いて、手持ち資金がプラス1,000万になりません。
仮に、なったところで、これまでの慣れ親しんだ生活コミュニテイからはなれ、また新たな人間関係の構築となり、そのうち10年もしないうちに、私が逝くことになります。
残された、カミサンのことを考えると、プラス1,000万程度でしたら、ずっと此処に住む続けるのがベストの選択と今は考えています。

「都会よりちょっと田舎がいい」憧れで引っ越しした人の悲しい末路
記事要約

定年後の残り時間は、静かな場所で暮らしたい、そんな憧れを抱いて、都会からちょっと田舎に引っ越そうと思う人は多い。
だが現実はそう甘くない。
しかし、都会の新興住宅地と違い例え都心に近いと云っても、地方の町の生活は違う。
人間関係の濃さが全く違う。
町内会・自治会・消防団・神社仏閣・隣組・班と云う組織との付き合い、冠婚葬祭。
これは、閉鎖的な地方山奥の話ではなく、極一般的な地方都市の話です。
60歳を超えて田舎に引っ越しした方の定着率は極めて低い。


ここに書かれていないことで、私たち退職シニアの田舎暮らしの常識は
・物価は思っているよりもかなり高い、都会のような競争原理が働かないのが大きな理由。
・一家に2台の車が必要となり、生活費は、都会よりも却って高くなる。
・家庭菜園での自給自足は、自己満足の世界、買った方が安い
・地方に引っ越しを考える時、自分が死んだあと伴侶がやっていけるか、考えなくてはならない。

その他今月号の大見出し
■老人ホーム・介護施設の経営破たんで住む場所、戻る場所を失う。
■高齢者専用マンション入居1か月で「やっぱり我が家が一番」でも帰れない
■体と頭が慣れない新居は、転倒・認知症の危険がいっぱい


ざっと目を通してみての・・・
やっぱり520円だして買って読むほどの内容ではありませんでした。
このような週刊誌の記事を読むべき世代層は、40代から老後資金計画をやっている人たちが、一応念の為として読む程度でしょう。

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過去の週刊誌の見出しに対するブログ記事 週刊朝日 超老々介護成功させるコツ


過去の週刊誌の見出しに対するブログ記事 週刊ポスト 定年後のやってはいけない10箇条とは


過去の週刊誌の見出しに対するブログ記事 週刊現代 まさか「がん保険」に入っていませんよね



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2020年02月10日

評判のお仕事映画「前田建設ファンタジー営業部」を見る

退職後の朝の日課・ルーティンとして、朝食後は机に向かって寝起き直後の体重・血圧、前日の簡単な出来事をパソコンの日記風エクセルに残すことと、朝日新聞「天声人語」を、手書きで専用のノートに書き写しをしています。
この二つが終わると、メール、webサイトの掲示板とブログのアクセス解析とコメントのチェックで一日がスタートします。

この日の天声人語のコラムのは・・・以下引用

仕事をテーマにした映画が好きだ。
なかでも渋い登場人物に目が行きがちで※「ラジオの時間」では、職人の技で効果音こしらえる男が格好良かった。「シンゴジラ」もゴジラ対策を練る公務員たちの「お仕事映画」として見た。
公開中の「前田建設ファンタジー営業部」は、実在かる建設会社がロボットアニメ「マジンガーZ」の地下格納庫を設計し、技術力をを世に示そうとする物語だ・・・以下略


※筆者解説 「ラジオの時間」
1997年の映画 三谷幸喜初監督よるコメディ映画。
ラジオ局内で繰り広げられるドタバタ劇をコミカルに描いた作品で、昨年ヒツトした「カメラをとめるな」はこの映画をヒントにしたというコメントもあったようです。

確かに、何処かでこの映画のストーリーを垣間見たような記憶がありますが、封切られていたとは知りませんでした。
天声人語の記者は、私たち団塊世代よりも若干若い世代と推測し、お住まいは時々出てくる、桜の花の開花様子の描写から私の住む地域、ご近所さんかとお見受けしています。
「お仕事映画」と云えば、2000年代初頭のNHKドキュメンタリー「挑戦者たち、プロジェクトX」を好んで見ていました。
中島みゆきが唄う「地上の星」のテーマ曲と共に、モノづくり日本を担うサラリーマンの地道な奮闘・開発物語です。
何時も、これらに登場する同じ世代のサラリーマンに、自分の姿を投影していました。
私も、一般の方には目が触れ、巨大ビル建設のなかの地下深くで、ビル全体のシステム制御コントロールの開発・施工をしており、社会の裏方かもしれませんがそれなりの満足感を味わった職業人生を過ごしてきました。

天声人語で紹介され、すぐに上映館をネット検索しました。
しかし、想像していたとおり、神奈川県での上映館はたったの5館のみです。
イオンシネマ港北ニュータウン、イオンシネマみなとみらい、横浜ブルク13、イオンシネマ新百合ヶ丘、イオンシネマ海老名と先々週の「かぜの電話」とほぼ同じです。大手のTOHOシネマや109シネマではやっていません。
今回は、最寄り駅から一番近い、桜木町駅前の「横浜ブルク13」にしました。
桜木町は、大昔、まだ三菱造船のドックがあった1960年代から知っている町です。
そして、建設業界に入ってからの1980年代の「横浜みなとみらい万博」で、数多くのパビリオン建設を担当し、その後はランドマークタワー建設に関わった場所ですが、その後都内の現場に戻ってからは、横浜みなとみらい地区は、いち観光客として見ていません。
桜木町から続く、みなとみらい地区は大きく変貌していました。
いちお上りさん的、視線でカメラを構えてみました。

この映画に登場する前田建設は勿論、実在の建設大手の会社です。
でも、私の建設業界人生では一度も前田建設の仕事はしたことは有りません。
前田建設は、飛島建設・熊谷組と共に、北陸の地から誕生した、土木を得意とする会社クループです。
特に大型、巨大ダムを得意としてきており、東京都内の巨大オフィスビル、官公庁庁舎、などの箱ものは、スーパーゼネコンと一般的に云われている「竹中工務店」「清水建設」「大林組」「大成建設」「鹿島建設」にシェアを寡占されており、私の仕事分野上、この5社以外の物件は担当したことはありませんでした。

映画は2002年の実話を元に制作されました。
2002年と云えば、バブルが弾け、前田建設が得意とする大型公共土木工事、ダムなどはめっきりと減り、建設業界の稼ぎ頭は、この頃から都心にどんどん建設始めた超高層オフィスビル、ショッピングセンターなどです。
土木の前田の広報部なかで、もっと自社の技術、能力、パワーを知ってもらおうとwebページコンテンツ会議が開かれ、他社がまだ手を出していない未来、空想の世界の巨大建築物を真面目に、設計・見積りをし、公開して前田建設のブランドUP・力を世に示そうと云う案がでました。
しかし、設計・積算するけど、実際の物は造らない・・・そんなプロジェクトは広報部内限定、予算ゼロ、ボランティアと云うことでスタートするのです。
何を造るか・・・プロジェクトリーダーの想いは、子供の頃から親しんだ「マシンガーZ」の基地です。
水を張った巨大水槽のなかから出現して、空で主人公と合体する、その基地を造る。
当初、乗り気ではないプロジェクトメンバーは会議室の中の空論は、著作権の問題で潰れるだろうと、多寡をくっていたのですが、著者「石ノ森章太郎」、BANDAIからの無償利用が許可され、動きだすのですが、空想・アニメの世界のマジンガーZの基地を設計するのに、数々の予想外の困難が待ち受けるのです。
これらの過程は、NHK「挑戦者たち、プロジェクトX」のように少しづづ、技術者たちの手弁当、アイデアで解決されていくのです。
日本の長く続く景気低迷、モノづくりがグローバル化で空洞化されていく日本産業界に一石を投じる、エンターテイメント作品として私たちの世代からは好評です。

「前田建設ファンタジー営業部」の次のプロジェクトは
マジンガーZの格納基地の設計・見積もりを終えたプロジェクトチームは次は何を目指しているのでしょうか。
プロジェクト2として「銀河鉄道999 高架橋編」を終えたと、webサイトでは報じています。
映画でも報じられた「前田建設ファンタジー営業部」は現在もプロジェクト継続中です。
以下は実在し、今も新たな夢の大型物件の受注を目指している建設業界サラリーマンのサイトをご覧ください。
実在する前田建設ファンタジー営業部ホームページサイト

映画を見終わって桜木町駅東口に出てみました。
毎月、月に一度はwebサポートしているお店にきているのですが、出口はいつも、野毛や花街方面の西口です。
今や、ランドマークや観光地のみなとみらい地区への表玄関となっている東口は、私が知っている頃は、三菱の造船所に向かう工員さん達の通用口でした。
桜木町は元々、日本に最初に鉄道が敷かれた新橋・横浜間のターミナル停車場だったのです。
今でも、桜木町駅構内には、昔から桜木町駅の変遷の写真が展示されています。
ランドマークタワーは、バブル期の象徴です。
1990年3月20日に着工され、1993年7月16日に竣工しました。ちょうどバブルが弾けた直後です。当然ながら、私もこのビル建設に関係していました。
このビルの工事施工会社のメインは清水建設ですが、この映画に登場する「前田建設工業」も参加しています。この超大型ビル建設には、何と、建築部門だけでも26社が参加したビックプロジェクトだったのです。
建設中は、バブルで人件費が高騰し、竣工間際の職人さんの手配に毎晩遅くまで、事務所で電話を掛けまくった、ほろ苦い思い出があります。
そして、10数年ぶりにランドマークタワーに足を踏み入れました。
大きな理由は、テレビのニュースで知った、不思議なオブジェの撮影です。
この不思議な造形は何か・・・?
答えは、ビル風を軽減する為だそうです。

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posted by 西沢 at 06:57| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ