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2017年12月20日

過労死 日本人の働き方、俺たちの時代とは違うのだ

TV番組のなかで、過労死は英語で何と云うか?と云う問題が提起されました。
答えは「karousi」日本語そのまま。
欧米社会では、働きすぎ、過労で死ぬということは考えられない事なのです。

次の問題、下記の項目で日本では当たり前のだが欧米の会社にはないものは何?
1,入社式
2,朝礼
3,サービス残業
4,人事移動
5,定年退職金

答えは全部、欧米の会社では全て有りません。
1,入社式のように、決まった時期に新規就労社員が一同に会してのセレモニー的なものはなく、会社のリクルートは必要な時に、随時行われているので、日本の会社のような同期入社的なものはないそうです。

2,朝礼
ブレックファーストミーティング的なものはあるようですが、毎日或いは毎週決まった日の朝、各部署の社員全員で集まって、上司からの挨拶、講話、連絡的なものは存在しません。

3,サービス残業
報酬を伴わない、自ら進んで定時以外の時間の労働?
そんなものは、あり得ない。そうです。
日本人ですと、時間内に処理できない仕事の場合、会社の労働配分のせいではなく、自分の能力のせいにしてしまうのが、これまでの私たち団塊世代でしたが、これはもう通用しないでしう。

4、人事異動
同じ社内の全く違った部署・職種への異動はあり得ません。
欧米では、入社・就社と云う意識はなく、文字通り就職、その仕事に就くことですから、技術系の仕事から営業職への移動は、労務契約違反になります。

5,定年退職金
欧米・西欧の会社には、退職金と云うものはありません。
韓国や中国の会社では、企業年金に似た形の退職金制度があるようです。

なぜ日本人サラリーマンはこんなに働くのか?
国際的にみた日本の労働生産性レポートによると
http://www.jpc-net.jp/intl_comparison/intl_comparison_2015_press.pdf

・2014年の日本の労働生産性(就業者1人当たり名目付加価値)は、72,994ドル。

・米国の約6割の水準にあたり、OECD加盟34カ国の中では第21位であった。

・就業1時間当たりでみた日本の労働生産性は41.3ドル(4,349円)。OECD加盟34カ国の中では第21位だった。

つまり、社内いる時間、拘束されている時間は長いのに、米国の労働者の6割程度の働きしかしていないのです。
当然、非効率で、ダラダラと働いていて、時間内に処理できない仕事は、時間外残業するしかない、という事になります。

しかし、昨今問題とされている若い社員の過労死は、企業側にあると思います。
仕事量とそれをこなす人員の配置、マンパワー不足が明らかです。
現在の企業のトップは50代後半から60代前半、私たち団塊世代の直属の部下だった人たちです。
バブル全盛期の建設業界の時、昼間は建設現場事務所で指揮をとり、夜会社に戻って、営業から回されてきた受注現場を工事担当部署で振り分ける会議が、2週に一度、夜8時からやってました。

当時、課長・部長職は全員出席します。
どんなに忙しくても、この会議にでなくてはなりませんでした。
もし、出ないと、翌日机の上には、他の部署が敬遠した工事現場の図面と営業からの引き継ぎ書がうず高く積まれるのは必須だからです。
圧倒的にマンパワー不足なのですが、会社は人の補充をしたくても出来ませんでしたし、新入社員では無理な仕事ばかりだったのです。
土日出勤は当たり前、残業時間は月に200時間、代休を取る余裕なんてありませんでした。
リーダーが損な働き方をするのですから、部下にもおなじような働き方を求めるのは当たり前の時代でした。

あの頃の部下の課長クラスが今、会社のトップ・執行役員になっています。
彼らも、あの頃は異常だったと解っていても、今の若い社員に対しても同じような働き方を求めてきたのでしょう。

私たちの世代、特に建設業界ではこのような働き方をしても、給与・報酬は比例して付いてきました。
しょうがないよな。これだけ貰っているのだから。と云う諦めがありましたが、今の過労死・残業問題では、能力不足と云われ、出来ない分はサービス残業では、ますます日本の生産性は、欧米各国との間の差は広がるだけと、懸念しています。
posted by 西沢 at 07:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

2017年12月19日

定年後はすてきな「終わった人」に

今朝の朝日新聞「Reライフ」に作家の内館牧子氏の談話が掲載されていました。
彼女が私と同じ69才と初めてしりました。
大相撲横綱審議会委員などをして、ズバズバと本音でトークする姿・印象から私よりずっと年上と思っていました。
タイトルの「終わった人」と云う言葉は、定年後の世代を傷つけ易い言葉だと思うのですが、記事を読んでみると、現在ベストセラーとか?
エリート銀行員の定年後とその妻を描いた内館牧子氏の小説の名で来年、映画化された6月公開されるそう・・・と何か朝日新聞の宣伝の影が見え隠れしているのですが・・・ともかく「終わった人」と云う言葉のの使い方のようです。

彼女が執筆を始めたのが65才。きっかけは同窓会。
60才を過ぎると急にそういう場が増える。そこで気づいた。一流大学を出た人も、中卒で働いてきた人も、着地は横一線なんだと。

六十代は「空腹の世代」
多くの場合、男女ともまだ体も頭も動く、まだやれるのに社会が認めてくれない、満たされない。
七十代以上は、終った今「成仏」出来るか?考えてみること。
一番まずいのは、終っているのに「終わっていない」と思っていること。

私たち、自分よりも年上の人たちを凌駕して第一線に出た。
今度は凌駕される番。まだ若いものに負けたくない、と思っても、世代交代の順番なのです。

本の紹介は
定年って生前葬だな。
衝撃的なこの一文から本書は始まる。
大手銀行の出世コースから子会社に出向させられ、そのまま定年を迎えた主人公・田代壮介。仕事一筋だった彼は途方に暮れる。
年下でまだ仕事をしている妻は旅行などにも乗り気ではない。図書館通いやジムで体を鍛えることは、いかにも年寄りじみていて抵抗がある。
どんな仕事でもいいから働きたいと職探しをしてみると、高学歴や立派な職歴がかえって邪魔をしてうまくいかない。
妻や娘は「恋でもしたら」などとけしかけるが、気になる女性がいたところで、そう思い通りになるものでもない。
これからどうする?
惑い、あがき続ける田代に安息の時は訪れるのか?
ある人物との出会いが、彼の運命の歯車を回す──。
シニア世代の今日的問題であり、現役世代にとっても将来避けられない普遍的テーマを描いた話題沸騰必至の問題作。


この本への読後コメントは様々です。

・立場が変われば「後ろつかえてんだから、居座んないでよッ」
・「どんな人にも(職業的)終わりは来る」「途中がどうあれ、終わってみれば人間大差ない」「(輝かしかった時の)思い出と戦っても勝てない」
・アンチエイジングよりは年相応がいいな、と無理をしている人を見るたびに思う。
・主人公は東大法科出のエリート銀行マンが出世競争の最終段階で敗れ、出向した子会社で63歳、役員定年を迎えた。お話としては読みやすく面白かった。けど、余裕のある人の悩みかなと思った。年金500万貰えて、貯金もあるなんて


来年、古稀を迎える私は、同じ世代の地域のリーダーに向けて、世代交代を訴え続けて来ていますが、「何を云うか!人生80才90才時代、俺たちがやらずして、誰がやるか、誰が出来るか」と反発を喰っています。
「綺麗に枯れていく」なんてしたくない。他人から見てみっともない、と思われようが、今の毎日の仕事、小遣い稼ぎ、生き甲斐にしがみ付く70代はますます増えて行くのが、私の周りの現状です。
まだ私は辛うじて、60代、来年古稀の70才を迎えた時、「終わった人」をどう演じていくか、まだ分りません。
posted by 西沢 at 08:34| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2017年12月18日

大河ドラマ 歴代視聴率ベスト10

昨夜、NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』が最終回を迎えました。
私は日曜日の夜8時台のTV番組は、NHKの大河ドラマを必ず見ています。
日曜日に趣味のクラブの例会があり、その後は懇親会があるのですが、8時の大河ドラマを見るためにいつも、早めに切り上げて自宅で見ています。
しかし、同じクラブメンバーの多くは、大河ドラマを見るために早めに帰宅する私を冷ややかな、信じられないと云うような目で見ているのは、よーーく知っています。
あのつまらないNHK的歴史ドラマの何が面白いの?って。

理由の大きな一つが、他の民放各局の番組で見たいものがないのが、一番の原因、視聴率NO1の日テレの「世界の果てイツテQ」のようなお笑い芸人の楽屋落ち、やらせ、バラェティものよりも、諸論あるでしょうが大河ドラマのほうがずっと面白く、参考になります。

今回の『おんな城主 直虎』は最初の頃はなんとストーリー性にかける、展開のない、歴史的史実の薄いドラマとして見ていましたが、徳川家康の登場から、少しづづですが、興味が湧いてきて遂に最終回までみました。
天下の、公共放送として国民から強制的に視聴料をとるNHKが日曜日8時台のゴールデンタイムに放送する歴史大河ドラマなのですから、史実に基づくものとして見てしまいますが、今回の『おんな城主 直虎』は何処までが史実で、何処までが創作なのか、あやふやな点が視聴率低迷の大きな原因だったと思います。

これまでの大河ドラマ視聴率ベスト10は以下のとおりです。
第1位 独眼竜政宗 1987年放送平均39.7%
第2位 武田信玄 1988年放送平均31.2%
第3位 春日局 1989年放送平均32.4%
第4位 赤穂浪士 1964年放送平均31.9%
第5位 おんな太閤記 1981年放送平均31.8%
第6位 太閤記 1965年放送平均31.2%
第6位 徳川家康 1983年放送平均31.2%
第8位 秀吉 1996年放送平均30.5%
第9位 いのち 1986年放送平均29.3%
第10位 八代将軍吉宗 1995年放送平均26.4%

では今回『おんな城主 直虎』の視聴率はと云うと史上最低だった2012年「平清盛」12%を下回るワースト視聴率が10.6%でした。

視聴率低迷の原因の一つ、創作が行き過ぎている点は
おんな城主として直虎が領地を治めた一瞬もあったであろうが、16世紀の武家社会、戦国社会の女性が置かれていた状況・地位とはかけ離れた、荒唐無稽のおとぎ話と受け止められても仕方ないでした。

反面、今回のドラマでの良い点、私が理解した史実
1,今川家は桶狭間の戦いに敗れて、直ぐに消滅した思っていたのですが、その後徳川の世には、武家貴族としてしぶとく生き残り、東京都杉並区に今川町として名を残していること。

2,武田氏の滅亡、長篠の戦いで織田・徳川軍に敗れてからの史実はあまり、学校の歴史教科書には登場しないが、今回の『おんな城主 直虎』のドラマで、滅亡までのプロセスが良く解った。

3,信長と家康の関係について、正室と長男の自害にも、これも今まで簡単に一行で書かれていたものが、今回のドラマの中での史実と創作の点はあるものの、ある程度分かった。

でも、歴史ものが好きで、大河ドラマの舞台の地を旅するのが好きな私にとっては、今年は、井伊家の彦根を旅してきましたし、来年の春からは、今回の徳川家康が成長していく過程と舞台の地は大変興味がひかれ、三河・駿河地方を訪ねてみようと思っています。
posted by 西沢 at 08:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

2017年12月17日

プレシデント1月号 「老後に困るのはどっち」

11月号で「金持ち老後」と「貧乏老後」の特集を組んだプレシデントは、柳の下の2匹目のどしょう狙いで今回のテーマ”お金と健康「シニアの後悔」トップ30「老後に困るのはどっち」”とお正月の暇な中高年男性をターゲットとして打って出ました。
そもそも、プレシデントのターゲット購買層とはどんな人?president.jpg

米国FORTUNEの日本版として創刊された、社名とも関連する雑誌。
Forbesより読者年齢層低めで経営者層を中心読者にビジネス総合誌として1963年創刊。
2000年2月、発行サイクルを月2回刊に変更し、アグレッシブに企業経営に携わるディシジョンメーカーに向けて、質の高いビジネス情報は勿論、「自身の資質研磨」のための情報やライフスタイルまで幅広く取り上げ、現代の悩めるビジネスリーダーの「問題解決のバイブル」としてパワーアップしてきた


団塊世代の、良く典型的なモデルとされるJR新橋駅SL広場を利用するサラリーマン(私も最後7年間、この新橋駅をりようしていました)が電車のなかで読んでいた週刊誌は「週刊現代」・「週刊ポスト」的イメージが強く、帰宅の電車のなかでは、「夕刊フジ」が多いように見受けられました。
プレシデントは、新橋と云うより丸の内で働く、役員を目指すエリートホワイトカラーが読む、と云う印象があり、専門経済紙と思っていたのですが、最近、どうやらそうでもないようです。

月2回発行の雑誌の半分は、50代後半から定年間際の60代半ばの男性を意識した記事内容なのです。一般的な週刊誌よりも高く750円します。
今月号は、先輩シニアの後悔トップ30に学んで、これからの自分の老後、シニア年金生活に生かそう、と云うテーマ、内容です。
新聞のキャチを見ると
・郊外戸建てVS駅近マンションVS介護施設 暮らしが楽なのは?
・「課長で定年」VS「役員昇進」長生きするのはどっち?
・「退職金+企業年金」高額業種リスト公開 1位は海運・倉庫業界

いやー、これは50代後半から定年間際の60代半ばの普通の新橋のサラリーマン男性を完璧マークした内容で、売れるでしょうね
日本人はどうしても、他人と比べ、標準・平均値を知りたがり、ほんの少しでも平均値よりも上でありたいと思っている心理を良く心得てますね。

私は60代と云ってもすでに15年前に早期退職していますので、
ブログコラムの参考にするのに、書店で立ち読みするかもしれませんがこの本は買いません。
そんなことは全部知っています。
そして、老後の生き方を考えて、資金計画・健康問題対策をたてるのでしたらこれは50代後半から定年間際の60代半ばの人達が読むのではなく、遅くても40代前半に読むべきと、オジサンは考えます。が・・・如何なものか
posted by 西沢 at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2017年12月16日

退職後の年賀状、今年で最後にしようか

年賀状の数が毎年減っているのは、日本郵便の「嵐」を使ったテレビCMでも解ります。
スマホ、PC時代にわざわざ高いハガキ・切手を買って、印刷し、ポストに投函する手間、面倒をさける傾向はあります。
しかし、かと云って、年賀の挨拶がゼロでよいかと云うとそれは違い、私たちシニア世代でなくても、みんな、特に若い世代ほど誰かと繋がっていたい、と考え年明け0時の「あけおめメール」が流行るのですし、SNS・LINEをするのもそうです。

退職して、年々齢をとっていき、毎年の年賀状は歯が抜けるように少なくなっていきます。
年々喪中はがきが増えていき、翌年には出さなくなり、来なくなります。
退職シニアにとって、恐れるのは元会社もそうですが、世間とのつながりを失うことです。
別に、年賀状が来なくても、メール・携帯或いは、年数度の会合でも繋がっているハズなのでが・・・
私は退職するまで・・現役時代、年賀状なるものは書いたことが有りませんでした。
そもそも、新居のローンを完済した35才から退職した55才まで20年間、お正月を日本で過ごしたことは有りませんでした。
紅白歌合戦も箱根駅伝も見たことがありませんでした。
お正月は毎年、海外にいました。
パタゴニア氷河であったり、ギアナ高地、イランのペルセポリスであったり、ラオスの少数民族の村であったりしていました。
そこで、年賀状代わりに、旅のお便りとして親しい友人・旅の仲間に出していました。

退職後は、自由な時間が出来ましたので、わざわざ、航空券の高い時期には旅に出ずにお正月を日本で過ごすようになり、早期退職のシニアの生活リポートとして、主に、現役時代に仕事でお世話になりました方々に出すようになりました。
一つは、世間一般並みに、退職しても世間と繋がっていたい、という願望があったのは間違いありません。

そんな頃、20年間づっと年賀状の交換をしていた、旅の友人から「70才を機会に、年賀状を止める」というお葉書をいただいた事があります。私はまだ還暦を迎える前の頃でした。
「そうか、そういう考えもあるのだな」と思ったのを、今でも覚えており、自分も70才・古稀を迎えたらそうするかもと考えてました。あれから10年、今年69才、来年はその古稀を迎えます。

今年は最後の年賀状になるかも知れません。
この14年間の年賀状原稿は全てDATAとして保存しています。
私は、自称「Webデザイナー」でもあり、グラフィック系のスキルもありますので、一般的な年賀状サンプルを使うのに抵抗があり、数か月前から年賀状デサイン・文章の構成を考えてやってきました。
そして、年賀状は出来る限り早期退職者の近況レポートとなるような構成を考えてきています。
もしかすると今年は最後の年賀状になるかも知れないので、どうしよう、と今思案中です。
デザインもそうですが、誰に出すか?
少なくとも退職直後に出していた100通の半分50通ぐらいになるのは確かでしよう。
posted by 西沢 at 08:22| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2017年12月15日

長寿、男性で過去5年連続一位長野県は二位に。

私、長野県出身です。
18才で上京するまで長野県、長野市の県下一番の繁華街で育ちました。
その後はずっと東京首都圏で生活しています。
発表された2015年の都道府県別の平均寿命トップ3とラスト3を見ると

全国平均男性  80.77才 女性 87.01才
1位  滋賀   81.78 長野 87.67
2位  長野   81.75 岡山 87.67
3位  京都   81.40 島根 87.64

45位 岩手 79.86 茨城 86.33
46位 岩手 79.51 栃木 86.24
47位 岩手 79.67 青森 85.93

昔の常識かも知れませんが、長寿県と云えば沖縄がダントツと云うイメージがあり、短命なのは、お塩分の濃い食事をとる東北地方の三県と思っていました。
そして、岡山県が長寿なのは、岡山大学医学部の充実ぶりにあり、地域の医療体制が各県の平均寿命に影響を与えていると信じていました。

私の地元の長野県と云えば
・昔は脳卒中の死亡率No.1
・医療機関ではがんセンターもなし
・海がないから新鮮な魚は食べられない
・お茶受けは塩分の多い野沢菜と決まっていたのに
それなのになぜ?「長寿県」になれたのか。

そもそも長野県は、以前から長寿県だったわけではないのです。
昭和40年(私はまだ高校生の頃)の調査では、男性の平均寿命は68・45歳で全国9位、女性は72・81歳で26位でした。
なかでも、当時は脳卒中の死亡率が全国1位だっのです。
私の父親は、動脈瘤破裂で、71才で亡くなり、母は85才の時、2月の寒いトイレで倒れてそのまま息を引き取りました。
現在、長野に住む実兄72才は、末期がんで余命宣告を受けています。

私も18才で故郷長野県を離れてから、海外での暮らしの後、東京、神奈川に住み、最終的には終の棲家を鎌倉にしています。
この間、1か月以上の入院生活を三度しており、医療資格を持つカミサンからは、「病気の問屋」と呼ばれている状態ですから全国平均の80.77才には程遠く、幸運に恵まれたとしても最大78才、もしかすると東京オリンピック終了数年後と、自分の寿命を計算して、すでに身の回りの整理や終活を進めています。

長野県が全国一位の長寿県の理由・秘密は・・・
思い当たることがない訳でもありません。
現在、実兄と姉が、この時期寒い信州、長野市で暮らしています。
二人とも運動系統は、年相応に衰えていますが、大きな内臓系の病気は有りません。
一年に一度、兄嫁や姉の手料理を食べることがありますが・・・塩分が極端に薄い食事で、とてもおせいじにも美味しいと
言えない食事なのです。
そして、話して驚いたことは、これまでデリバリーのピザや、ファストフードのハンバンガーやケンターキーを食べたことが
ない、と云うのです。そして、外食も旅先以外ではしたこともない、云うのです。
兄嫁や姉が特別なのかもしれませんが、とにかく、食事の内容に気を使っているのは間違いないようです。
昔の田舎町としての町内会・老人会などのコミュニティが率先してリードしているように見受けられます。

しかし、弱者の戯言ですが・・・・
数字は平均寿命であり、しかもトップと最下位の差は男性でも、3才しか違わないのですから、県別のランキングは無意味何処で生まれたかよりは、何処で生活しているか?、身近に大きな大病院・医療機関があるかで、変わってくるのでしょうね。

カミサンが云いました。
徒歩圏に徳洲会の大旗艦病院があるから、貴方の望むようにそう簡単に死ねないわよ。と。
posted by 西沢 at 08:54| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2017年12月14日

退職15年目のシニアが選んだ世界の旅のベスト5

今週、添乗員が選んだお勧め海外旅行ベスト5を掲載したところ、読者から、世界遺産を知り尽くした貴方のベスト5を公表して下さい。とのメールが有りました。
それでは、迷いに迷いましたが・・・私の推奨ベスト5

今までの一番の絶景はw-01.jpg
何といっても、南米、「イグアスの滝」でしょうね。三度行きました。
この滝を見ずにして、世界の滝・瀑布は語れません。
一生に一度、夢を叶えてくれる魔法があったら、迷わず「イグアスの滝」を選んでください。 まさに絶景です。
ここへは、なるべく若いうち、気力・体力・好奇心のあるうちに行くのがお勧めです。
出来れば・・・インカ文明を訪ねるペルー、ボリビア とは切り離して、アルゼンチン・パタゴニアとセットでの旅行にすべきです。

感動した世界遺産はw-02.jpg
色々ありますが、世界的に重要な、と注釈がつくとしたら、イランの「ペルセポリス」をお勧めします。
学校で習った歴史、アレクサンダー大王の遠征(紀元前344年)に登場する、ギリシャ人が造った町を目の前にした時、歴史の重みと、今そこに立つ自分に感動しました。 そして、エジプトのピミッド(紀元前3000年)が如何に古いかを再認識し、その後のイスラム社会や西欧のキリスト教文明の建物を見る時に、役立ちました。

何度も訪れたい都市はw-03.jpg
ラオスの山間の古都「ルアンパバーン」です。
毎朝、何百人のお坊さんの托鉢の列、日本人、仏教徒としては、一生に一度は体験すべき と、私は思います。 何度行っても心洗われる町です。
何回行ったのか覚えていないくらい、通いました。



歴史が感じられる都市w-05.jpg
これは、一つに絞れません。西欧文化に憧れる人と、東洋・シルクロード文化、或いは 中南米文化に親しみを感じる人では、自ずから違ってくるハズです。
しいて、上げれば「日本の京都」です。
退職後、春の桜と秋の紅葉に誘われて、年に二度は訪れて、居心地の良い定宿も見つかりました。 その後、春め秋だけではなくも季節のお祭りも楽しみに、年に何度も訪れています

お薦め夜景が見える都市は
海外ではあまり夜外出しないので、解りませんが・・・
私のこれまでの経験からすると「ラスベガス」の人工的な夜景美かな。
最近、カジノを目的とすると、マカオが一番なのでしょうが、ラスベガスの街自体が 一種のテーマパークなので、ギャンブルをしなくても、楽しい街です。
夜も安全で、色々なイベント、夜景が楽しめます。


春夏秋冬、それぞれの季節でお勧めなのはw-06.jpg
回答不能、私たちは花や風景よりも、そこに住む人々に興味がありますので、強いて 云えば、お祭りがある時期に行くのがベストだと思っています。
タイ・チェンマイの春の風物詩「水掛祭り」は絶対のお薦めです。 東南アジアの各国では、春のお釈迦様のお祭りとして、宗教行事のして水掛祭りが行われていますので、
毎年の開催日は、確認してお出かけください。

posted by 西沢 at 08:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行

2017年12月13日

実習生のと云うな労働者、日本人も実習生と呼ばれていた。

奇しくも12日の夜のテレ東の番組「ガイアの夜明け」で、日本で働く海外実習生の労働条件と問題について、やっていました。
そして、13日、今朝の朝日新聞朝刊トップは、同じ海外から実習生制度について述べていました。タイミングが合った、と云うか、温めていた記事の出しどころを見計らっていたというか、解りませんが、現実にこの問題は日本の将来を考える上で、無視できない問題になるでしよう。

そんなに遠い昔でもなく、日本人も実習生として海外へ
海外実習生と云う言葉から、貧しい国から豊かな国日本への出稼ぎ労働者をイメージしますが、ほんの50年前、昭和40年代前半、日本の高度成長が始まりだす頃、日本の農家の青年の多くが、海外へ出稼ぎにでていました。

アメリカへは派米実習生と呼ばれていました。
アメリカの農業を学ぶ為、と云う大看板はありましたが、実際の作業はメキシコから労働者に交じっての苺摘み取りの作業などでした。このあたり話は、石川好の小説「ストロベリーロード」に書かれています。
この当時(昭和40年)アメリカの労働者の最低賃金は時給1ドル、当時の為替レート360円です。
1日8時間、週6日働き、48ドル、月200ドルが最低ラインでした。
働く農場の多くは、日系人でしたので、彼ら実習生の多くはメキシコ人労働者の監督的な立場にあり、時間外も働き月300〜400ドル程度稼いでいたそうです。
日本の賃金はと云うと、大卒初任給は23,000円、為替レートから云うと64ドルです。
元派米実習生の知り合いの一人は、雪深い東北の農家の次男で、一生懸命に勉強して、日本の外務省・農林省の試験に合格して2年間アメリカに渡り、数千ドルを持ち帰り、親戚一同を温泉旅館に招待したそうです。

この話は、今の日本と全く同じです。
ベトナムやミャンマーの優秀な青年が日本に、実習生という名の労働者として来日、働いている現状。名目は、技術研修ですが、単純労働者です。
当時の日本と違う点は、送り出し側の国で1万ドル近い、経費と云う名目の搾取が行われ、全て借金で来日していることに由来することで、これらの青年が、受け入れ側日本の技術継承に名を借りた、低賃金の元働かされていることです。

当時の派米青年のその後は
1968年、私は南米アルゼンチンの日系企業に就職する為にアルゼンチンにいました。
大学紛争当時の事、まだ海外へ出ることが普通ではなかつた頃の話。
当時の南米1豊かなアルゼンチンにも、実習生という名の移住青年が多くいました。その半数ほどは、過去にアメリカに行っていた、
元派米青年の方々でした。一度海外の生活、農業を体験すると、狭い、雪の降る東北の農家の生活に耐えれなくなり、海外を目指していたのです。

疑問の1
発展途上にある、東南アジアの青年が日本を目指す理由は解ります。
でも番組に度々登場する、中国の人達は何なんでしょう。中国は世界第二の経済大国のはずなのですが。
中国には2つの階層、中国人がいる。
経済発展した東沿岸地域と、取り残された中国内陸地の農村地帯。
上海と内陸地では全く違う、中国があると思わねばなりません。

疑問の2
北海道酪農地帯には、実習生と呼ばれている内地から来た若者が、農場で働いています。
彼らも、実習生と呼ばれています。
これは、経済的な問題ではなく、広い大地の北海道に、自分の人生の何かを求めてきた、自分居場所を探しに来た若者の一時的な居場所、食い扶持探しなのでしよう。
このような、食事・居場所を提供する農作業には、最低賃金や、労働基準が当て嵌まらなくても、内地から来た青年は誰一人として、不満を訴えないと聞いていますが、このことが、海外から実習生として来た若者にも当てはめようとする一部の農業法人が存在するとの報道もありました。

技能実習生と云う美辞麗句を止めて、正式に外国人労働者の受け入れを制度する時期に来ているようです。

タグ:実習生
posted by 西沢 at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

2017年12月12日

退職シニア世代の海外旅行

昔は、安かろう・悪かろうと云われていましたH旅行社の海外旅行ですが、年金シニア世代には受け入れてもらっているようです。
現役時代から、世界の絶景や文化・芸術を訪ねてきた旅人は、最初はパック旅行で行きますが、時間的に余裕が出来るとなるべく、深く・ゆっくり・低コストで旅することを好むようになるのは、当然です。
海外旅行を卒業して、国内旅行にシフトしてから、初めてH旅行社の旅行パンフレットが自宅に届くようになり、お風呂に入って読む本・雑誌に困った時に、拝見しています。

今回気になったページが添乗員が選ぶベスト5と云う記事です。

今までの一番の絶景は
1, ウユニ塩湖 ボリビア
2, グランドキャニオン アメリカ
3, マッターホルン スイス
4, マチュピチュ ペルー
5, ドブロブニク クロアチア

感動した世界遺産は
1, マチュピチュ ペルー
2, ベネチア   イタリア
3, モンサンミッシェル フランス
4, ギザのピラミッド エジプト
5, トレド  スペイン

何度も訪れたい都市は
1, パリ フランス
2, ウィーン オーストラリア
3, ローマ イタリア
4, ロンドン イギリス
5, リスボン ポルトガル

歴史が感じられる都市
1, ローマ イタリア
2, プラハ チェコ
3, スプリット クロアチア
4、 トレド スペイン
5, アテネ ギリシャ

お薦め夜景が見える都市は
1, ブタペスト ハンガリー
2, 香港 中国
3, パリ フランス
4, ニューヨーク アメリカ
5, ナポリ イタリア

春夏秋冬 それぞれの季節のお薦めは
春 
1,キューケンホフ公園 オランダ
2,アンダルシア地方 スペイン
3,モンサンミッシェル フランス
4,チロル イタリア
5,オフリド マケドニア

1,ツェルマット スイス
2,フィヨルド ノルフェー
3,ドブロヴニク クロアチア
4,サンクトペテルブルグ ロシア
5,アテネ ギリシャ

1,メープル街道 カナダ
2,フリトヴィッエ湖畔国立公園 クロアチア
3,ケニア
4,プレトリアのジャカランダ 南アフリカ
5,アメリカ東海岸

1,オークラント ニュージーランド
2,クリスマスマーケット ヨーロッパ各地
3,アイスランド
4,ポルトガル
5,モロッコ

これは、日本の旅行好きの年金シニア、特に女性の好みを反映していると思います。
見て解るのは、ほとんどヨーロッパです。
色眼鏡で見る訳でもないのですが、このランクは、これからHQ旅行社が売りたい主催旅行の内容と一致しています。
このような添乗員が選ぶランキングは、主催旅行会社によっても違いは多少違ってくるでしようが概ね同じそして、それは日本人高齢者女性の望み、思いと一緒なのです。

綺麗な所・安全な所・白人国・文化的、経済的先進国、旅の意義等を深く考えずただ楽しい、経験、思い出となられる所、物見遊山・レジャーで良いのです。

では、貴方は旅に何を求めるの?って反対に質問してくるでしょうね。
posted by 西沢 at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行

2017年12月11日

ノーベル平和賞受賞のICANとは

私は鎌倉で市民活動やボランティア活動を行うNPO団体を支援する中間支援NPOと云われる団体の広報を担当しています。

今回のノーベル平和賞の受賞のニュースを聞いてびっくりしました。
「ICAN」が受賞、凄いなー 色々これまでお付き合いのあった方々の顔を思い浮かべましたが、ニュースの内容を聞いているうち、うーーん、何か違うな、あの団体、核廃絶もやっていたっけ?
私の知っている「ICAN」はInternational Children's Action Network (旧名アジア・日本相互センター)の主な活動は

「アイキャンの特徴は、「人々の中に入り込んで」、そこに住む人々と「ともに」危機的な状況にある子どもたちの生活を向上するプロジェクトを行うことにあります。
そして何かを「あげる」活動ではなく、生活が向上し続ける「システム」を作り上げることを重視しています。
これからも、多くの人々や組織の「できること(アイキャン)」をもちより、貧困や災害で苦しむ子どもたちがいない平和な社会作っていきます。」

ボランティア400人、有給職員60名の大きな国税庁寄付金控除認定NPOで、私たちの支援しているアジアの子供たち、女性たちの衛生・安全・子育てらを行っているグループとも連携している団体です。
ノーベル賞をもらう、「ICAN」と別物らしいと判り、別の「ICAN」を調べてみました。

「ICANってどんな団体」と云う検索ワードでググってみると、私が知っている「ICAN」はInternational Children's Action Network (旧名アジア・日本相互センター)がトップで、次にノーベル賞受賞団体がランクされていました。
ICAN(International Campain to Abolish Nuclear weapons) 核兵器廃絶国際キャンペーン  なるほど。

私たちNPOやNGOの関係者は、いろいろな団体を見る時、いつも思うのは、資金源はどこからなのだろう。という事です。顎足、手弁当のボランティアでは何もできない、人々の思いだけでは何もできない、マンパワー・も資金力も必要なのです。

ホームページを見ると
ICAN(アイキャン)は2007年にオーストラリアのメルボルンで結成
スイスのジュネーブに本部を置くICANは100か国、450以上の団体が加盟している
核兵器廃絶への世界的な機運を高めるため、各国政府や市民団体への働き掛けや、連携に向けた調整を行ってきている。
日本原水爆被害者団体協議会(被団協)とも連携
核兵器廃絶を目指し、核保有国を含めて各国政府への働きかけや一般に向けたキャンペーンを進めてきた。
今年7月に国連で実現した核兵器を法的に禁止する初の条約制定でも、NGOとして多国間交渉に積極的に関わるなど重要な役割を担った
広島と長崎への原爆投下から70年以上が経過し、北朝鮮の核開発をめぐる緊張が高まる中、ノーベル賞委員会はICANの核兵器廃絶に向けた
不断の努力を強調

なるほど。立派な国際的、資金力・マンパワー豊富な団体のようで、ノーベル平和賞の賞金1億円はたいした額ではないでしょうね。

何時かは、私の知っている「ICAN」International Children's Action Network )が
国際的な賞を貰って、多くの日本人、海外の人に知ってもらい、プラス大きな活動資金を得られますよう。そんな日が来ますよう。
posted by 西沢 at 08:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ボランティア