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2020年01月25日

定年退職男性の仕事ロス、燃え尽きシニア 急増中 

71才、68才の定年後の夫婦二人は日中は、互いに干渉しない自分の時間、自分の居場所で勝手に過ごしています。
夕方6時過ぎからは一緒のリビングで早めの夕食をとり、二人でテレビをみる生活をしています。
テレビはリビングに一つ、各々の寝室に一つづつ、計3台ありますが、極力、夜の9時までは一緒にリビングで過ごします。
6時台のニュース番組の後は、
「今日は何曜日」「最近はクイズとお笑い番組ばかりで見るものがない」といつもの会話が続き、新聞の番組表をみると7時半からNHKで「所さん!大変ですよ」と云う番組のなかで「燃え尽きシニアが急増中」というタイトルを発見、NHKには珍しく7時台でお堅い情報番組かと、二人で見て見ました。

「シニアを襲う燃え尽き症候群 “仕事ロス”の恐怖」
女性ばかりの和太鼓教室に通う1人のシニア男性。理由は「ヒマだから」。
男性は長年大手企業に勤めるものの、68歳で退職。
現役時代の肩書きや名刺が捨てられず、新しいことを始める意欲もわかない燃え尽き症候群“仕事ロス”に陥ってしまった。
調べてみると、仕事ロスのシニアは増えていることが判明。
番組では引退を間近に控えたプロレスラー獣神サンダー・ライガー選手に密着し、仕事ロスにならずに現役を退く方法も模索する。


何だ、報道ドキュメントでなくバラエティ番組か
登場したのは、私と同じ干支のネズミですから今年72才、プラントエンジニアと云う点も似ています。
びっくりしたのは、現役時代の今やカビの生えた背広を何着も披露し、現役時代の仕事着だから捨てられない、と云います
これは解らないではないです。
私も、退職直後は現役時代のバブルの頃に造った手縫いのオーダースーツだけは残していました。
がいつの間にかカミサンが捨ててしまっていました。
カミサン曰く、そんな昔の背広は型も古く、体形に合わなくなってきている。
退職した男性の外出着を見ていると、野暮ったく今の時代合わない流行おくれのものばかり。
或いは、一年中、みるからにユニクロと解るものばかり。
歳をとっていくのだから、男性ももっとお洒落しないと、どんどんと爺臭くなっていく。
そう云われてみれば、廻りの同じ世代の男性、特に離婚した男性の着ているものは、何年経っても同じ洋服を着ているのに気づかされます。
退職してからというものの、私が身に着ける洋服は全て、カミサンが買ってきたものばかりなのです。
新しい、シャッを前にして私は「これ、幾らしたの」と聞くと、私が考える予算の数倍もするものばかりです。
「今時、そんな値段で買える訳がないでしょう」
「ユニクロや無印ばかりではなく、時々、横浜のデパートを覗いてみちほうが良いよ」と云われています。

次に番組のなかで驚かされ、信じられない思いで見たのは、この男性がとりだした、現役時代の会社の名刺でした。
課長時代からの昇進していった証の何枚もの名刺と、会社からの経年勤続の表彰状でした。
これはかなり重症です。
結局この方は、72才になる今年から、保育園の送迎バス運転者として働き続けることになった、番組では紹介していました。

続いて55才引退のプロレスラー獣神サンダー・ライガーの引退前からの様子を紹介してました。
一般サラリーマンと、スポーツ選手の引退・退職後を比較するのもどうかと思いますが。・・・
サンダー・ライガーは、引退後に”仕事ロス”に陥る心配は全くない、と云い切っています。
理由の一つは、やりたい趣味が沢山あるからだそうです。
自宅の庭には沢山の食虫植物の鉢があり、同じ趣味の仲間と一緒にの写真が沢山ありました。
仲間の間では、レスラーではなく、本名から「山ちゃん」と呼ばれているそうです。
もう一つ理由は、家庭です。
長年苦労を共にし、一年中、プロレス公演で全国を飛び回って留守にしていた家庭を守ってきた奥様と一緒の時間をこれから大切にしたい
と語っていました。
まあ、模範的な、NHK的な番組の締め方ですが・・・
確かに、前述の団塊サラリーマンの映像には、長年連れ添った奥様の姿はカメラ内にはありませんでしたが。

退職男性の地元コミュニティデビューは難しいです。
番組のコメンテーター・評論家は、現役時代に自分の趣味を持て、退職したら地元コミュニティに溶け込めと、サラリーマン時代の苦労や喜び、生き甲斐、社会的やりがいも知らないで、絵に描いたような提案ばかりです。

地元コミュニティって具体的に何なの
町内会、自治会、老人会、PTA?
私のように、退職して移り住んだ場所が地縁・血縁で構成された東京首都圏の地方都市の住宅街では、新築マンションの住民は、自治会費を払ってくれる、よそ者・お客様なんです。

近所の町内会館、神社の詰め所には、いつもこの地に根を下ろした高齢者がいます。
私の家の前の公園には子供の登下校の時間になると、10名ほどの高齢者がお揃いのユニホームで集まり、ミーティングをして、エイエイオーと叫んで、散って行く風景が見られます。
みんな、私よりもかなり高齢の方々ばかりです。

町内会の役員のお一人は、私が詰めているボランティアセンターの会議室をご利用しているので、話す機会があり、町内会・老人会で何かお手伝いするようなことがありましたら、気軽にお声掛け下さい。と何年も前からお話してますが、いっさいありません。
理由の一つが、よそ者、新参者のマンションの住民である事、それ以上に、新しい知識・経験をもった若い人が入るのを嫌うからです。
私のような、パソコン・web・プログラミング・グラフック経験者が入ると、古くからのメンバーのやりがい・仕事を奪ってしまうかもしれないのです。

これは、自治会・町内会・老人会に限った話ではなく、退職者が多く期待を寄せ集まる、NPOボランティア組織、趣味のクラブでも同様なことが起きています。
建前は、世代交代が必要、若い会員との入れ替えと云いますが、70代はまだまだ現役、俺が居なくて誰がやる、と思っている高齢者が大半です。

結局結論は何なんだったのか
政府の考えは、退職男性の”仕事ロス”の対処方法は、生涯現役として働くこと・・・何でしょう。
私たち、団塊世代のおじさん達からの提言は・・・
誰も頼りにならない、自分の人生は自分で切り開く、そして最も頼りになるのは価値観を共にする伴侶と、少しばかり余裕のある資金なのです。

退職後の生き方を、地元コミュニティ・行政・ましてや政府をあてにしてはいけません。
NHKはこのことをちゃんと伝えるベキです。
私はその為に、受信料を払っているのですから。
posted by 西沢 at 07:31| Comment(1) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年01月23日

鈴木夫妻のながい8年続く新婚旅行   ロングステイとロングジャニーの違い、私たちの旅の変遷

海外ロングステイと云う言葉は、団塊世代が60才一斉退職の2008年前あたりから、盛んにメディアに登場していましたが、あれから干支が一回りした今年2020年では、TV報道番組や大新聞メディアで目にする機会はめっきりと減り、私のサイト「団塊世代の定年後の過ごし方、海外ロングステイ」のサイトアクセス数は最盛期の1/3に減っています。

今マスコミに頻繁に登場する言葉はロングジャニーです。
文字通り、長ーーい、長期間、1年以上の旅です。
長い旅行イコール、バックパッカー旅行、貧乏旅行、放浪の旅と云うのは私たち団塊世代或いは以前の世代の感覚です。
私たちが若い頃目にした海外旅行記と云えば、小田実「何でもみてやろう」でした。
この本を読んだ頃は、小田実氏は有名な作家・評論家、文化家、反戦活動家として活動しており、本当に1日1ドル、何の日本からの援助もなしに、あの時代のヨーロッパを日本人青年が動けていたのか、半信半疑、フィクションの匂いも薄々感じていました。


本当の意味で、ロングジャニー物語を貪り読んだのは1986年に発行されて、沢木耕太郎の「深夜特急」です。
この当時の私たち団塊世代は30代後半から不惑の40才にさしかかっている時期でした。
そして、「地球の歩き方」ば初めて店頭に並んだのが1980年のことです。
バブル前の高度成長期、毎日仕事に追われ、通勤電車のなかで沢木耕太郎の「深夜特急」を読み、81年発行「インド」をカバンの中に忍び込ませて、仕事していました。

【蛇足ながら】
ついには、私自身のインド旅行から、街角ネット情報や宿情報を「地球の歩き方 インド」に提供するようになりました。
少しづづ、ネット環境の進歩で団体パック旅行でなく、個人で動けるような時代になる、これまでの仕事を放り出しての若い男性の貧乏・放浪・ロングジャニーではなく、女性や若い夫婦のロングジャーニーが増えてきました。
さいとう夫妻の旅行漫画本「バックパッカー・パダイス」、
蔵前仁一「ゴーゴーインド」
を読んでいるうちに、日本経済のバブルは可笑しな方向に膨らみだし、弾ける時期、私は仕事上で大きな壁にぶつかり、今なら「うつ病」と判断されるかもしれない状態に陥っていた48才の時、
「こんな阿保らしい仕事をやってられるか」
「今しかない、念願のロングジャニーに出かけるチャンス、年齢だ」
「全てを投げ出して、世界放浪の旅に出かけよう」
「金なら何とかなる」
「先ずは手始めに、これまでの夢だったゲストハウス造りの候補地、コスタリカへ行こう」
不思議な話ですが、カミサンは全く反対せずに大賛成、「私も仕事を辞める、何時から出かける」でした。

このロングではなく、中途半端な3ケ月に及ぶミドルジャニーの様子は私のサイト
コスタリカ
パナマ・サンプラス諸島
キューバ

にて書いています。
この時の正直な感想は・・・
人は帰る家があるから旅が出来る・・・でした。
旅そのものが人生、終りのない旅であってはならない・・・とつくづく思いました。

2003年、に55才で退職し、海外ロングステイを試みました。
同じ団塊世代の方々の多くが、経済的に安く過ごせるだろう・・という幻想からアジアへ出向いたり、白人社会の秩序ある美しさや、雰囲気に惹かれ、太平洋や豪州の島々に定年後の憧れの夢の地を求めて出ていきました。
あれから10年、団塊世代は退職すら12年を経過し、今では海外ロングステイをしている方はごく少数派となっているようです。
残っている方の半分は、日本に帰りたいけど経済的な問題で留まっている・・・という見方が大半です。

そして、今日のブログ本題、2020年のロングジャーニーの話です。
旅行好きの人達のあいだでは、誰でも知っているご夫婦の名は「旅する鈴木夫妻」
44カ国150都市を旅する新婚旅行を8年間続けているご夫妻として、出版・TVメディアに取り上げられているご夫婦です。

映像作家鈴木陵生さん(39)と、ヨガインストラクターの聡子さん(41)夫妻
元々は「1年半の予定だった」というが、2人は11年から現在まで“新婚旅行”として8年にわたり世界旅行を続けている。
旅先は44カ国150都市以上にのぼる。妻の聡子さんは出発時32歳だったが、この新婚旅行が初海外で、旅行願望もまったくなかったとのこと世界旅行を続けていると言っても行きっぱなしではなく、1〜2年旅をし、3カ月ほど日本に戻る、というサイクルを繰り返していたという。
でも、その旅の費用はどうしているの?日本での生活費は?

そう、新しい形態のロングジャニーなんです
今、テレ東で人気の「ユーは何しに日本へ」で成田空港で登場する世界放浪中の若者や、ご夫婦をを拝見する度に、旅の費用をすぐに考えてしまいます。
若い男の一人旅、テントと寝袋のスタイルでも、日本を旅するには最低1日1,000円、10ドルはかかるのに、ある程度成熟したご夫婦の場合だと、宿泊費だけでも月に最低1,000ドルはかかるでしょうに。

この鈴木ご夫婦は、云い方は悪いかもしれませんが、旅する事が仕事なんです。
妻の聡子さんは通称「ヨガインストラクター」で、夫は映像クリエーターです。
でも、そんなカタカナ職業で海外でいち通過旅人が稼げるほど甘くないのは、私たちのような熟年トラベラーは嫌というほど知っています。
昔、日本テレビの海外バックパッカー旅番組で「猿岩石」や「ドロンズ」にアルバイトや、街角寸劇で旅の資金を稼ぐ様子を堂々と放映していましたが、旅慣れた旅人なら、全くのやらせだと解っていたはずです。
海外に旅人として出た日本人が稼げる手だては、違法・闇の世界の仕事しかないのは皆んな知っています。
この鈴木ご夫妻は、奥さんのヨガモデルとした映像を日本にマスコミに提供して、旅の資金としているのです。

つまり、日本のメディアがお金を払うだけの価値のある映像なのです。
タイムラプスと云う私たちビデオ映像をやる人間なら、当たり前の技術を使っています。

これには、それなりの機材と知識、そして奥さんの協力が必要となります。

このような話を周りの「大人」の皆さんに紹介すると、
「将来の不安はないのかね」
「自分が齢を取るということを考えないのかね」
「今が良ければ・・って何歳位までなんだろう」
全く、現実的で夢のないところに話は落ち着いてしまうのです。
確かに、私たち夫婦私48才、カミサン45才がロングジャーニーに出た時の財布の皮算用は少なくとも、1年以上海外を旅する資金はシティーバンクの口座あるし、スペイン語・英語には不自由しない、日本帰っても二人ともある程度の専門職なので食ってはいけるだろう・・・程度の認識でした。

そのロングジャニーが3か月で辞めたの理由は・・・
夕方の寂しさです。
海外の誰も知合いのいないホテル暮らしで一番辛いのは、夕方、今晩はどこで何を食べよう・・と思案し、窓の外を見ると家路に帰る人達がバスを待っています、陽はどんどん傾いていきます。何もしない、ブラブラと過ごした1日が終わろうとしています。
そろそろ、帰ろうか。となるのが、40代夫婦のロングジャニーの結末でした。
定年後の海外ロングステイ―も似たようなものです。
私たちは最初から、ロングステイ地で家を買うことは考えませんでした。
住まうように旅する海外ロングステイではなく、リピート・ショートステイが一番私たちの海外ステイに合ったスタイルであると学んだ、3ヵ月の旅でした。
posted by 西沢 at 07:51| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年01月20日

ファーウェイ最新高速通信システム 5Gショックと私たちの生活

先日、旅先伊豆下田の爪木崎へ行くバスを見過ごし、須崎海岸から3kmの道のりを歩いていた時、カミサンのスマホが鳴りました。
こんな伊豆のはずれでも携帯が通じる世の中になったと感心しました。
掛けたきた相手はカミサンの姪っ子で、話の内容は
「widows7でこれから国税のサイトで、確定申告をするのだけど大丈夫?」云う内容です。
私が、鎌倉でパソコンがらみのサポートボランティアしているのを知っての、相談の電話です。
私、「取り敢えず、今回に限っては国税庁のホームページだから安心だけど、それが終わったらwin10にしたほうが良いよ」
姪っ子
「新しいwidows10って使いにくい、セットアップが難しい、高いって云うけど」
「家建てたばかりで、子供も生まれたばかり、そんな新しく買う余裕はないよ」
カミサンは
「私が買ってあげる、うちの旦那が全部セットアップしてあげるわよ」
「但し、条件が一つあるの」
「将来私が一人になったら面倒を見てね、お金はあるんだから心配しないで」
私「こんな遊びに来ている場所、それにバス一台逃がしてテクテク歩いている時に、携帯でパソコンの話なんかしたくない」
 「鎌倉に帰ってから、話しを聞いてあげるよ、取り敢えず今回はwidows7で申請して」

後日、30代の姪っ子にスマホを使いこなしているんだから、パソコン、本当に必要なの?と聞くと、やはり何かクリエイティブなことをするにはパソコンが必要だと云うのです。
何なのクリエイティブな事って?
生まれて来た子供をスマホ動画で撮影して、それを編集して残してあげたい。そうです。
それに、これからは5Gの時代って云ってるし、若い私たちはそれなりのパソコンが欲しい訳。
「何、お前が5Gを考えているって?100年早いよ。」と私
そんな会話があってから、楽しみにしていたNHKの大河ドラマ「麒麟が来る」の後にNHK特集で気になっていたNHKスペシャル追跡!“ファーウェイ ショック”〜5G米中攻防の最前線〜を見ました。
5g.jpg先ず5Gってなんだからです。
現代の世界では、何処にいても蛇口を開けると水が出てくるように、スイッチを入れると電気がつくように、何処でも、誰でもが水や電気と同じように高速通信インフラを利用できる世界を目指すがやってくると云うのです。

先ずこれまでの通信インフラの通信スピードの時代変遷を見てみると

「1G」アナログ携帯電話時代
80年代から90年代 私はこの頃東京都庁建設に携わっており、この時初めてボックス型の携帯電話をみかけしました。

「2G」デジタル化とデータ通信
デジタル無線による携帯電話システムが第2世代
1999年にNTTドコモがiモードを開始。
通信伝送スピード 28.8kbps 初期のインターネット回線

「3G」初の世界標準化
1G同様、2Gも地域ごとに別々の技術で商用サービスが始まったので、当時の携帯電話は地域限定の携帯電話だった。
今のように、1台の携帯電話を持ち歩いて世界中で使うことはできなかった。
この問題を解決するために、国際連合の専門機関でのあるITU(国際電気通信連合)が標準化を進めたのが3Gである
通信伝送スピードは384kbps(CDMA)⇒14Mbps(HSPA)⇒110Mbps(LTE)と変化

「4G」スマホと高速化
現在、提供されている最新のサービスが4G回線
主なサービスはUQコミュニケーションから提供されているWiMAX2+など。Xi(NTTドコモ)、
4GLTE(au)などのサービスで利用されているLTEを発展させた技術「LTE-Advanced」
伝送スピードは50Mbps〜1Gbps

「5G」光を超える未来の無線通信
日本国内では2012年に発表された未来の移動体通信が5G。
現在考えられている最先端の規格になる。実装は2020年頃を想定している。
世界では中国トップ巨大通信IT企業がいち早く5Gによる、インフラ整備を世界中(アメリカ・日本を除き)で進めています。

番組の中では5Gによって、生活はどう変わるかを検証しています。
全ての端末機器が高速通信システムが繋がる・・・その一つの例としてスマートシテイが挙げられていました。
交通システム・信号・人々の動き・電気自動車・監視カメラそして武器・ミサイル・人工衛星までもが、超高速通信ゆえにコントロール出来るというものです。
監視カメラ、顔認証システムにより、個人情報、プライバシーが侵害される、民主主義が崩壊するということは以前から云われています。
それよりも、アメリカと日本が一番警戒するのは、5G通信システムが、中国のいち民間企業の手に握られているという現状です。
番組のなかでねアメリカのセキュリティ会社の調査で、ファーウェイの通信機器プログラムのなかに、公表されていないアカウント設定とパスワードを見つけました。
いわゆるバックドアにつながるアカウントです。

バックドアとは、
プログラムを開発した企業・開発者個人が遠隔メンテナンス用に仕込むプログラムです。
私が所属していた、巨大ビル管理システムにもこれらの緊急・遠隔プログラムは存在します。
しかし、これを納品した時に、これらの存在、アカウント・パスワードは客先の管理責任者にはお伝えしています。
ファーウェイは知らせてもしませんし、その存在を否定しています。

何が怖いか?
全ての情報がファーウェイに筒抜けになる・・・ファーウェイすなわち、中国政府・中国共産党に筒抜けです。
中国の法律では、政府が要請したならば、個人・企業は政府に引き渡さねばならないのです。
ファーウェイは、中国の法律は、海外事業では適用されない、その国の法律に従うと云っていますが、誰もそんな言葉を信じません。

1月19日のNHKスペシャルはここまででした。
少なくとも、日本とアメリカは、ファーウェイによる5G通信システムを採用しないと決めていることに、安心ています。
posted by 西沢 at 15:38| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年01月19日

Jr東日本大人の休日クラブ 吉永小百合CM 南伊豆ジオパーク撮影地を旅する


ジオパークとは、
「地球・大地(ジオ:Geo)」と「公園(パーク:Park)」とを組み合わせた言葉で、
「大地の公園」を意味し、地球(ジオ)を学び、丸ごと楽しむことができる場所をいいます。

ジオパークでは、まずそのジオパークの見どころとなる場所を「ジオサイト」に指定して、多くの人が将来にわたって地域の魅力を知り、利用できるよう保護を行います。
その上で、これらのジオサイトを教育やジオツアーなどの観光活動などに活かし、地域を元気にする活動や、そこに住む人たちに地域の素晴らしさを知ってもらう活動をとおして、地域振興につなげていきます。

現在日本には、日本ジオパーク委員会が認定した「日本ジオパーク」が44地域あります(2018年9月現在)。その内、9地域がユネスコ世界ジオパークにも認定されています。
洞爺湖有珠山(北海道)、糸魚川(新潟県)、山陰海岸(鳥取、兵庫、京都)、室戸(高知県)、島原半島(長崎県)、隠岐(島根県)、阿蘇(熊本県)、アポイ岳(北海道)、伊豆半島(静岡県)の9地域です。



JR東日本 大人の休日クラブ 吉永小百合のCMの地を訪ねる
昨年暮れ、懸念していた前立腺生研の結果が悪くなかったのを受けて、カミサンは「では、お祝いにお正月明けから、近場の温泉三昧、なにもしない湯治にでも行こう」とHQ社のいつものチラシを差し出しました。
伊豆東海岸の宿、首都圏からの交通費、二泊三日の朝・夕食込、二人で49,000円
伊豆半島で一番大きな、海岸に面した露天風呂、海鮮懐石とハーフブッフェの食事
伊豆への足は特急踊り子、最寄駅「大船」からの乗・下車で、熱川まで2時間を切るロケーションです。確かに、安く、悪くはないのですが、日程が問題なのです。
HQ社のこの手の激安パックの欠点は、行き・帰りの列車、航空機の時間帯を選択出来ないことです。「体に優しい、ゆっくり出発、早めのお帰り」が謳い文句です。
今回の場合、行きは大船12:37乗車、熱川着14:20下車、帰りは熱川13:20、大船着15:13分
つまり、宿のチッエクイン・チェックアウトタイムとほぼ連動しており、2泊3日と云っても、実際に動けるのは中日の2日目だけなのです。

一度、大手旅行社の旅の企画、仕込みを担当していた友人に聞いたことがあります。
このような、シニア層をターゲットとした温泉宿中心の企画の場合、自由な時間或いは空く時間をなるべく少ないか造「らない時間配分のほうが、グループ旅行に旅慣れたシニア高齢層には好評だと云うのです。
ホテルにも良いし、JRも航空会社も一番利用客の少ない時間帯を使ってくれるこのような企画にたいしてかなり思い切った値段を提示してくれる、と、語っていました。

湘南に住む人間にとって、熱海・伊東までは、ちょつと足を延ばして行く近郊の感覚です。
わざわざ、特急踊り子の指定席を使うほどの距離、場所でもないのです。
それならば、2泊3日をフルに動くのでしたら、HQ社のトレイン・ホテルパックを使わずに、自分たちの時間ペースで、このHQのパンフレツトにあるホテルを手配すると幾らになるか、電卓を弾くと、二人で60,000をちょっと切る値段になりました。
その程度なら、個人レベルで行こうと、そのHQのホテルの予約テーブルを見ると、空き室はありませんでした。

今回の宿 伊豆熱川セタスロイヤルとは
現在の温泉ホテル業界の生き残りは厳しく、かなり無茶な値段を言ってくる大手旅行社でも、その年間集客力は無視できません。
特に、資金力・時間に余裕のある年金シニア多く集める、HQ社は他のクラツーやJ社とはと違った存在なのです。
今回2泊した、熱川の温泉ホテルは、何度も経営危機があり、今の経営は1年半前に全国125店舗を経営するブリーズベイリゾートグループにより再建されたホテルでした。
少数のフロントスタッフは日本人ですが、フロントには常駐しておらず、呼び鈴・電話で対応、その他の宿の業務は100%日本語の上手なネパール人でした。
今回の2泊の部屋は、駿河湾に面した和室、10階建ての6階です。
久しぶりの和室で面倒だなと思っていましたら、布団の上げ下げはセルフサービス、2日目の掃除はなし、タオル・アメニティの交換は、部屋の外の専用BOXに収納という徹底ぶりです。
その分、ロビーや共用スペースが充実しており、24時間コーヒー・お茶などの飲料セルフ、図書室、休憩室はリラックス出来るよう整っており、マッサージ器も、カラオケも無料、当然温泉卓球室も無料と、共有スペースだけなら、星野リゾート並みでした。

何よりもこのホテルの特徴は、熱川の最も海岸よりに立つ立地です。
全室、相模湾に面したオーシャンフロントです。
私たちの滞在した三日間、全てお天気が良く、伊豆七島がはっきり眺められ、大島に至っては夜、島の灯りがはっきり手に取るように解るほどです。
部屋から見えるのは、左から 大島・利島・三宅島・式根島・神津島です。
さすがに、八丈島は見えませんでした。
そして、三日目の朝は快晴で東の空は真っ赤、茜色にそまり、大島の端から大きな太陽が上がる様子が、暖かい部屋の中からじっくりと眺められました。
この、大パノラマと、伊豆一番の大きさの露天風呂がこのホテルのメインのようで、リピーターが多いとの、スタッフの話でした。

私たちの二泊三日で、朝からフルに動けるのは二日目だけです。
一月の連休明けの伊豆のホテルが決定した段階で、カミサンは今回は、湯治、ゆっくりと過ごすのが目的なのだから、そんなに色々動かなくても・・・と云いますが、熱川は小さな温泉町で、見るような所はなく、隣駅の伊豆北川も次の駅の伊豆稲取も数年前に来て宿泊していますし、河津の桜はまだ早い、となると、下田の南、水仙で有名な爪木崎となりますが、私が
行きたいのは、ジオパークを広めた吉永小百合の撮影地を巡るのが最優先です。

それにしても、伊豆半島の交通費の高いこと
宿泊した熱川から伊豆下田へは、普通電車で28分です。料金は920円
東京首都圏で電車で28分と云うと、地元大船から川崎程度で料金は480円ですからほぼ倍近い料金です。
そして、伊豆下田からジオパーク指定のジオサイトへは東海バスりようになりますが、これもまた高く、そしてバスの本数は極端に少ないのです。今回の目玉の一つ、龍宮窟へはバスで17分、450円。これまた私の住む湘南地区の神奈中の倍の値段です。
料金が高いのは仕方ないのですが、本数の少ないのは参りました。
龍宮窟の観光に要する時間は30分もあれば十分なのですが、帰りのバスまで1時間25分もあるのです。
そして、何よりも困るのはジオサイトとしての観光地であるのに、まだ観光客用の設備、お店、喫茶、食堂は一切なく唯一、あるのは公衆トイレのみ、お天気が良かったので、海岸・漁港を散歩して辛うじて時間を潰しました。
2日目、南下田のジオサイト3ヶ所を廻った二人の交通費は合計7,600円と個人旅行の宿命、結構な金額となりました。

旅の3日目、自宅に戻る日です。
HQ社から送られて来た踊り子指定席のチケツトは伊豆熱川発13:20分です。
ホテルのチェックアウトは10時ですから、3時間20分、何にもない熱川でどう過ごすか・・・
HQのチケツトを捨てて、西伊豆の雲見温泉近くのもう一つのジオサイト、千貫門へ行く時間はあるのですが、熱川からの交通費だけで二人で8,000円プラス、自3宅までの電車代を自己負担すると、軽く15,000円近くかかってしまうので、今回は諦めました。

どうやって、3時間半を過ごすか・・・
結局、大して興味のない「熱川バナナ・ワニ園」入場料一人1,700円と徒歩20分で行ける「イチゴ刈り農園」30分、一人1,600二人合計6,600で3時間半を過ごすことになりました。
昔、カミサンと婚前旅行で伊豆に来て以来、40年ぶりのイチゴ狩りで、ほぼ一生分の美味しい取りたてイチゴを1,600円以上の満足感を堪能しました。

最終的な費用は2泊3日、二人で込々70,000円
これだけの費用なら、クラブツーリズムのバス旅一泊2日でないかと後から調べても、こんなマニアック、伊豆ジオパークを廻りイチゴ狩りとワニ園を廻るコースは存在していませんでした。
やはり、私たちのような旅を目指すには、やはり、個人自由旅行しかないようです。
posted by 西沢 at 08:28| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年01月17日

ヒヤリハット・ハインリッヒの法則が加齢とともに身近になってきた

ヒヤリ・ハットとは
重大な災害や事故には至らないものの、直結してもおかしくない一歩手前の事例の認知をいう。
文字通り、「突発的な事象やミスにヒヤリとしたり、ハッとしたりするもの」である。
ヒヤリ・ハットは、結果として事故などの危難に至らなかったものであるので、見過ごされてしまうことがある。
危難が発生した際には、その前に多くのヒヤリ・ハットが潜んでいるおそれがあるため、ヒヤリ・ハットの事例を収集・分析し危難を予防することが望まれる。
そこで、職場や作業現場などではあえて各個人が経験したヒヤリ・ハットの情報を公開し蓄積または共有することによって、危難の発生を未然に防止する活動が行われている。
このような活動は、ヒヤリ・ハット・キガカリ活動とも呼ばれる。

「ハインリッヒの法則」とは、
労働災害の分野でよく知られている、事故の発生についての経験則。
1件の重大事故の背後には、重大事故に至らなかった29件の軽微な事故が隠れており、さらにその背後には事故寸前だった300件の異常、いわゆるヒヤリハット(ヒヤリとしたりハッとしたりする危険な状態)が隠れているというもの。
「1:29:300の法則」とも呼ばれます。


最近、ヒヤリ・ハットを意識、経験することが増えました。
普段、健康・運動面を考え、なるべく歩くようにしているのですが、ちょっと急いでいる時にはついつい、自転車(自動車ではなく)に乗ることがあります。我が家の廻りの道路は歩行者専用の歩道が少なく、自転車は軽車両ですから車道の左側を走るようにしています。
ほんの数年前までは、自転車(ママチャリではなく、サドルの高い、足が着くか着かない程度のスポーツタイプ)で大型ショッピングセンターまで行っていたのですが、最近、左側を走る自動車の脇を抜ける際に、よろけそうになり、道路の左側に着地した時に転びようになりました。
またある日、浴室の電球を交換する際、ユニットバスの縁に足をかけた際、滑り、左手を大きく壁に触れ、身体を支えました。
ヒヤリ・ハットです。

思い起こすのは、7年前、2013年1月に公開された映画「東京家族」のシーンです。
「東京家族」は小津安二郎の名作「東京物語」を現代風にリメイクした「山田洋次」監督作品です。瀬戸内海の島の学校の校長先生を退職した父親と母親が、東京に住む子供たちを訪ねて上京し、何日か過ごす物語です。

父親役は橋爪功が演じるのですが、年齢設定は65才
この映画を見ている私と同じ年齢なのです。映画を見ながら、橋爪功の演じる東京に出てきた元教師の65才は、オーバーアクションと感じました。いちいち、日常生活で65才は、立ち上がったり、座ったりするのに、あんなオーバーな、緩慢な動作をするか?と思って見ていました。

あの映画から7年たった今、あの橋爪功と同じような緩慢な動作を私はしてるかも知れません。
カミサンに云われています。
最近、食事の際、食べ物をこぼす。
耳が遠くなっていない?。

それは、数年前、今は亡くなったカミサンの母親90才と同じ姿なのです。

いつか我が身か、つまづき転倒
倒れているシニア老人を見たら助けるのは当たり前の日本の常識は、世界の常識ではないかも知れません。
先日、成人式の日、私は駅を降り、自宅に向かって歩いている時、前方からかなりくたびれて服装のシニア男性とすれ違いました。
数歩あるくと、後方でドサッと音がして振り返ると、先ほどの老人?が躓いたのか歩道に倒れていました。
一緒にすれ違った成人式の振袖姿の二人の女性は、どうしようか思案しているように見えました。しかし、この二人はそのまま、駅に向かって歩いていきました。
10mほど離れていた私は、どうしようか、駆け付けて起こし、声をかけようか、或いは救急車を呼ぼうかと考えました。
かなり汚れた服装のお年寄りっぽい人で、躊躇したのです。

人が倒れていたら助けるのが当たり前?世界の常識じゃないの
そして、思い起こしたのは、海外で過ごした経験や、旅の友人たちの話でした。
アルゼンチン滞在時代、友人のアルゼンチン人と一緒に都心からはなれた街中を車で走っていた時、前方に顔を血で赤く染めた男性が、車の前で手を振って停車を求めています。何か事故或いは、怪我、事件かも知れません。
その友人は車のスビートを緩めましたが、その助けを求めている男の脇をすり抜けて、遠ざかりました。
「何で、停まってやらないの?」と聞くと、「この地域は都心と違って、貧困層が多く住む地域、善意で止まって車に乗せ病院に運ぶと、可なり高い割合で、あの男は、俺の車にはねられたと云うかもしれない、そして、病院も治療費を俺に請求するだろう、民意の成熟した日本とは違うのだ」と云いました。
全く同じ話をロサンゼルスに住む日本人からも聞きました。
ヒスパニック・カラードの多い町では、日本人の善意が通じないケースが多い。
これは、旅の仲間からも聞きました、インド・中国でそのようなケースに遭遇したら、何も手を出さずに、やり過ごせと云うのです。
このようなケースの場合、警察も病院も弁護士さえ、金持ち外国人にツケを回すと云うのです。

ここは、日本、まさかそんなことはないでしょうが、晴れ着姿の二人の成人式帰りのは面倒なことに巻き込まれたくない事情もあったのでしょう。
私は躊躇し、そうと思った矢先、お年寄りのご婦人がその男性の傍に駆け寄り、声をかけています。どうやらたいした事がなかったようで、その男性は重い体を立ち上げ、駅にほうに歩いていきました。

定期的に運動し、積極的に社会活動している私でも、老化・加齢は確実に忍び寄って来てするのです。何時か、近い将来、カミサンに自転車を取り上げられる日が来るかもしれません。
そんな思いがした日でした。
posted by 西沢 at 08:27| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年01月14日

断捨離を加速させる、スーツケースの処分を決行する。

私たち夫婦は、結婚以来、4回引っ越しをしてきました。
今、住んでいる鎌倉は5回目、退職して1年目に”終の棲家”となるかもしれないと、決めた家です。
これまでの引っ越しの都度、今でいう断捨離、不用品の処分をしてきました。
引っ越す度に、ほとんどの家具・家電などは処分したり、知合いに譲ってまいりました。
子供のいない、夫婦二人だけの家庭ですから、多くの家庭よりは物は少ないと思っています。
鎌倉に越して来て16年ですが、滅多にお互いの友人、兄弟は我が家に来ませんが、来た人達きまって云うにはモデルルームみたいな家、生活感がない部屋、というほど、本当に何にもない家なのですが、それでも、物は溜まっていきます。

現役時代に住んだ横浜の83平米の共同住宅には、二畳ほどの納戸があったので、そこに普段使わないものは全て収納していましたが、終の棲家の現在の家は81平米と横浜時代の家とさほど変わらない大きさなのですが、収納スペースは沢山あってもそれぞれが小さいのが難点で苦労しています。私は、元々物を持つことに執着しない性格な上、カミサンに至ってはどんどんと捨てることに何の躊躇もしない性格なので、他の家庭よりも物は極端に少ない家庭です。
しかし、年齢を重ねるとものは貯まります。
特に、今まで生きて来た思い出が染みついているものは、なかなか捨てきれません。
二人ともに旅行好きですから、写真アルバム・旅のビデオ類・旅の友人から絵葉書フォルダーなどで、私の書斎の本棚はいっぱいです。現役時代から読み続けて、捨てられない本も沢山あります。これらの本・アルバム・ビデオライブラリーは、私が齢をとって旅行にもでかけられず、自宅にいる時間が長くなったら、静かに一人、それらを眺めながら残された余生を送ろうと、残してきたものです。

しかし、解っています。
晩年、自分がが弱ってきたら過ごすのは、自宅の居心地の良い自分の城、住み慣れた書斎ではなく、無機質な病院のベットであろうことは、ほぼ確実なのです。
とても、昔の手紙や、思い出の写真、自分の歩んできた旅のビデオを見て過ごすような環境ではないでしょう。
私の理想としていた逝きかたは、名画「ゴットファザー」のような逝き方です。
故郷、南シチリア、陽光のさす自宅の庭園の椅子で、子犬をあやしながら、人知れず静かに眠るように逝く。
こんな逝き方をしたいと願っていますが・・
そして、解っていることは、カミサンは私の生きて来た証、写真も手紙類も、パソコンの中身もみーーんないらない、捨てて処分することでしょう。

現役を退職して、横浜の自宅から現在の鎌倉に引っ越すさい、カミサンは私の一番上等な背広・ネクタイを一つだけ残して全部処分し、残ったのは観光葬祭用の黒の礼服だけです。
現在でもTVCMの影響なのでしょう、二年着ていないものは、捨てると、どんどん買換え、処分しています。
彼女自身のもでなく、私の洋服もどんどんと捨ててます。
カミサンの言い草は
「シニア、齢をとったらお洒落とは云わないが、身綺麗にしないといけない」
「髪型、靴、着るものが年寄りじみてくる」

確かに、離婚・死別、別居している友人シニアは一年中どころか、数年も同じ上着、ネクタイ、ズボンでいる。
私は、ユニクロで十分と思っていますが、カミサンは、私が身に着けるものをかってにデパートで買ってきます。
値段を聞いてびっくり、とても私の衣類に感覚では買えないレベルなのです。
カミサンは、「でも貴方の買うパソコンやカメラに比べれば、一桁も二桁も違うのよ」とおっしゃいます。

そして、今回の大処分はスーツケースです。
これまで、何個スーツケースを買い替えて来たでしょう。
現役時代から退職直後のロングステイでは、航空機の重量制限にひっかかるような大きさ、重さのスーツケースだらけでした。
それが、徐々にですが、小さくなり、そして65才を機会に海外旅行を卒業してからは、国内2泊3日用の機内に持ち込めるサイズになりました。
あんなに重い、大きなハードケースのスーツケースを持って旅行していたのに、年齢を重ねるにつれ、軽いソフトなものになっていきます。
今回処分するのは、1年前に、ネットが買った国内一流メーカーのソフトタイプのものです。
たつた一年で処分するのか・・

買換えの理由は、キャスターの摩耗です。
四足の一か所だけが、極端に摩耗し引きずりにくなってしまいました。たつた一年なのですが、近年の私たちの国内旅行は、毎月以上に年に15回ほど出かけている計算で、車に乗らない私たちの場合、最寄り駅までコンクリートの坂道を15分、転がし、引っ張って歩いているので、メーカーの想定外の事態になっているのでしょ。

市のごみ処理ホームページをみると、有料の粗大ごみ扱いですが、引き取ってもらえそうです。
これに、味を占めたカミサンは益々、断捨離を加速させていくことでしょう。
しかし、不思議なことに、カミサンのワードローブのなかは、減るどころか、毎月増えていってるのですが・・・

でも、そんな事は云いません。
私が先に逝くことは確実なのですから。
posted by 西沢 at 08:39| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年01月12日

今評判の韓国映画「パラサイト 半地下家族」を見てきました。

定年後、暇を持て余しているシニア男性に映画鑑賞のお薦め

昨年年末の12月、恒例の元仕事仲間が主催する、餅つき大会に参加した時、昔の客先の知人とお会いしました。
2年前に65才で定年退職したそうで、
私「定年後の毎日、どうやって過ごしているの」の問いに

彼「何んもすることがなく、1日家のなかで、ネットサーフィン、かTVを見てる」
 「妻は、実家の介護でいなくて、30代後半の長男と暮らしている」
 「食事は、長男は3食、外食。自分は適当に簡単なものを造つて過ごしている」
 「外に出るのは、コンビニ・スーパーへの買い物程度」
 「歩かなきゃ、と時々近所をウォーキングしてるけど」
 「退職シニアの先輩、どう過ごしているの?、教えて」
私「何か、1日のルーティンになるもの造らなきゃ」
 「週に1日は、外出する用事を造らなきゃ」
 「最低限、月に一度のルーティン、用事を造らなきゃ」
 「何か、趣味はないの?」

彼「何にもない、先輩、誘って下さいよ、何処へでも行くから」
私「手始めに映画なんてどう?」
 「TVと違って、自ら街中に出かけて半日、時間はつぶせるし、話題も出来る」
 「シニア料金1,200、交通費と食事代、だいたい2,000円程度で1日楽しめる」
 「月に2度くらいのカレンダーに予定が埋まるよ」
 「横浜なら、幾つものシネコンがあるし、名画座のジャック&ベティもあるじゃないですか

彼「そう云えば、映画館へ行かなくなってなってから、随分経つな」
 「今なら、何がいいですか」
私「最近のシネコンは、子供向けアニメとハリウッド製の荒唐無稽なCGを駆使したものばかり」
 「ネット、新聞、TVで話題の映画を紹介しているので、先ずは家から出て、映画館に足を運ぶこと」

定年後の男性の趣味 参考サイト
定年退職、リタイヤ後の男の趣味・ホビー・習い事ランキングベストテン

そんな、話を昨年したことを忘れていた頃、その知人からメールがありました。
彼「テレビで、韓国映画がアメリカの映画祭で外国語映画賞を取ったとやってますが、どうなんでしょう、一緒に見に行きませんか」
私「韓国の格差社会の映画で、社会派作品のようです。見に行く予定ですが、映画は一人で行くのがベストです。「ひとそれぞれ、好み、感性、予定があるので、先ずは一歩を踏み出してみては」
・・・・とこんな経過があり、私は封切り初日に出かけました。

先ずは、この映画「パラサイト 半地下家族」の上映館をネットで検索します。
私の住む地域で一番近く、大きいのは、二駅先の辻堂「テラスモール湘南」のなかにある109シネマ湘南です。
湘南地域一番のスクリーン数を誇る、ビックシネコンです。
しかし、この東急系の109シネマは、大型商業映画に強いのですが、インデベント系の話題作には弱く、昨年で云えばあの話題作「カメラを止めるな」や広島原爆を描いたアニメ「この世界の片隅に」は上映予定はなかったのです。
カンヌ映画祭の最高賞「パルムドール」を受賞した、是枝監督の「万引き家族」はやったのに、今年の受賞作韓国映画「パラサイト 半地下の家族」は上映予定はありませんでした。
自宅近くでの上映館は上大岡の「TOHOシネマ」でした。

自宅最寄駅のJR大船駅からどうやって上大岡へ行くか?
ルートは3つあります。
1,JR東海道線で戸塚、横浜地下鉄ブルーラインに乗り換え、所要時間は23分、料金は399円
2,JR根岸線で新杉田まで行き、京急乗換で上大岡へ 所要時間は30分、料金は377円
3,大船バスターミナルから、桜木町行きバスで上大岡下車 所要時間は49分、料金は294円
※料金は全て交通系ICカードでの値段です。
現役時代の交通手段と退職後では、選択基準が違います。
現役時代は、所要時間や乗換回数でしたが、退職後年金シニアは無条件で料金が安いルートを選択しています。
私は、車を運転しませんので、バスルートは良く解らないのですが、今回初めて「鎌倉街道」を通りました。
普段、電車で通る根岸線や京急の駅を巡りながら路線バスは時間がかかります。
そして、このルートを利用する乗客の多さに驚きました。
バス車内は混んでいました。乗り降りする乗客のほぼ80%は同年配のシニアの方々です。
根岸線、京急線、地下鉄線から外れた場所にお住まいの方々が、自宅から最寄駅まで頻繁に利用しているようです。
だんだんとシニアの皆さんの高齢化による車離れが進んでいる理由の一つが、横浜市は高齢者シニア向けにバス無料パスを発行しているからでしょう。
高齢者の運転免許返納を推進するには、こんな横浜市の取り組みは有効な手段となっているのを実感しました。
ちなみに、鎌倉市にはそんなパスは存在しません。

上大岡駅周辺は、この京急沿線のなかで一番大きな町です
しかし、鎌倉・湘南の町に暮らしていると、この上大岡駅周辺の繁華街は馴染めません。
駅周辺の開発が、民間業者だけの場当たり的に行われ、統一感がなく、昔ハリウッド映画で見た、近未来の、未秩序の荒廃した大都市のダウンタウンのような雰囲気なのです。
目的の「TOHOシネマ」の場所も解りにくく、商業ビルのなか、ヤマダ電機の店内を抜けて行かないと辿り付けない分かりにくい場所でした。
朝一番上映9時20分に間に合う為には、結構自宅を早く出なくてはならなかったので、次の回12時10分で見て、帰りも同じバスで戻ってきましたが、大船に到着するまで満席で座れず、結局自宅に戻ったのは5時近かったです。
路線バスは慣れているつもりでしたが、40分以上の満席のバスは結構疲れました。
「もう、そんな年なんだから、安いよりも早い、簡単なルートで行ったら」
とカミサンの弁。次からは少し考え直さないと。

さて、映画「パラサイト 半地下家族」はどうだったか

日本の格差社会の拡大のはるか先を行く韓国社会の格差を扱った社会派映画と云う認識でいました。表題の「パラサイト」の意味を改めて検索しました。

パラサイトとは
英語の"parasite"は、共生の一種である寄生を意味する。
日本では、パラサイトシングルとして使われている。
学校卒業後もなお親と同居し、基礎的生活条件を親に依存している未婚者。


この映画のメディアコメントは

カンヌのパルムドールやハリウッドのゴールデングローヴを獲得した話題作
見る者を爆笑から恐怖へと導く、新感覚の韓国映画。
芸術度よりもエンタメ度のほうがはるかに高い作品。偽造
一種のピカレスクロマン、痛快詐欺映画であるとともに、ホラー映画でもある。


確かに、メディア、ネットで伝えられているような映画です。
韓国の住宅事情で伝えられている、外部に開かれた窓が、外の道路面とほぼ同じ、高さにある、低所得者層が住むマンションに住む夫婦、子供二人の家族は、4人とも定職がなく、その日暮らしの生活、そんな家族の長男に、韓国のIT社会成功者が住む高級住宅街の女子高生の家庭教師のアルバイトの誘いがかかる、彼は大学の大学の学生証、アメリカ留学の証明書などを偽造して
この家に入り込み、この家の使用人を罠を仕掛けて辞めさせ、自分の妹を幼い一人息子の家庭教師、父を運転手、母を家政婦としてこの格差社会の頂点にいる、高級住宅街の豪邸に一家4人で入り込む・・・表題のパラサイト、半地下の住宅に住む、社会底辺、低所得者ファミリーの寄生生活が始まる・・・
しかし、この豪邸には、家主のIT長者ファミリーの誰もが知らない、半地下の部屋が存在していた・・・・

ネタばらしはここまで・・・
後は、映画館へ行って見て下さい。
ただの社会派映画ではなく、エンターテイメント、ホラー、結末が未来を暗示する秀作です。

自宅に戻った後、カミサンは「どうだった、私にお薦めの映画だった、良かったらお友達と見に行くけど」聞いてきました。
私「カンヌ映画祭の最高賞「パルムドール」受賞の是枝作品の「万引き家族」ほどではない。」
 「社会派嫌い、韓国嫌いの君にはお薦めはできない」
posted by 西沢 at 08:03| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年01月10日

定年後の熟年離婚・介護別居夫婦の実態

ネット検索している私のパソコン画面をカミサンが後ろから覗いてみています。
「何に、熟年離婚、熟年別居・・・そんなことに興味があるの?」
「いや、いや、僕の周りに意外と、熟年離婚予備群が多いんだよ、実は今日スポーツに誘った人も、現在別居中なんだよ」と私。

一般的に云うと、現役中に知合い、付き合う自分の廻りの範囲の人々は「同じような社会階層、収入、学歴」の人々でした。
しかし、退職後の住まいの選択として選んだ、地縁も血縁もない新しい老後の住まいの土地では、これまで知りえなかった色々な人と知り合う機会が増えてきます。
鎌倉に越して来て、16年になると付き合いも深くなり、これまで知らなかった個人の内輪話も耳に入ってきます。
そして驚くのは、私自身には全く考えられない「熟年離婚」と云う言葉でした。
それは世間の話、統計上の話、ドラマや映画の世界と思っていたことが、同じ団塊世代、机を並べている隣の人の話、現実の話なのです。

元大企業の部長の場合
会社で退職送別会を終えて深夜タクシーで帰宅したら、奥さんはいなく、家財もなく、机の上に判子が押された「離婚届」があった。
元金融地銀の支店長の場合
退職して3年目、働いていた妻が帰宅しなくなり、別居が始まり、電話もメールも受け付けなく、全て相手の弁護士を介さないと話が出来なくなり、離婚。財産分与で自宅を売り払い、アパート暮らしの生活。

二人とも、同じ団塊世代でボランティアを通じて知り合った方です。
学歴、職歴、収入ともに、かなり平気値よりも高い部類に属する、社会のエリート層に属する人です。
でも、そんなことは家庭内、夫婦間、親子間では全く関係ないことであることは、ここ数年の家庭内暴力、殺人事件で解っています。
元広告屋さんの場合、ご本人は詳しく話しませんでしたが、仕事が忙しく、全く家庭を顧みない生活であっただろう・・・というのはお話していて感じていました。その分、世間一般の人以上の収入を家庭に入れていた・・のに。とご本人は話していました。
初対面でお話していて、元国立大卒、企業の中枢部にずっと席を置いていたエリートらしい話し方が鼻につきました。
全て上から目線の説明、解説的なお話方をされる方なのです。家庭内でも奥さんにこんな話方をしてるのかな?と思ったことがありました。
しばらくして、まわりから退職した日に、奥さんから「三行半」を突き付けられ離婚したと云う話を聞いて、「うん・・男としても解る」と思いました。

元金融地銀の支店長の離婚はまた違っていました。
退職後3年目の離婚です。
同じ世代の彼は、性格も穏やかですし、ボランティア活動でも廻りに気配りの出来る人です。
しかし、趣味の世界の浪費癖があったようです。分不相応、定年後の年金収入に見合わないなヨットにかなりのお金を注ぎこんでいたようです。
奥さんは、自分の仕事を持っていて毎日定時に出勤しており、夕刻に帰ってくるのですが、夫は現役時代と同じ生活スタイル、家事は全くしなく、帰ると、洗濯物は取り込んでなく、キッチンは汚れた食器のまま、自分の趣味のボートと、外面はボランティア活動に精出す自分かってな性格に愛想をつかして出ていきました。

今問題となっているのは最近急増中の定年後別居です。
私の身近のところに、同じ団塊世代の二組が現在別居生活中です。
二人とも、遠距離別居がもう10年近くなります。
夫婦仲も特段悪い訳ではありません。
二人ともに、東証一部上場企業の部長で60才で退職しており、退職金、企業年金は私の倍近くあるので、経済的にも豊かなです。
遠距離別居の原因は、実家の両親の介護なのです。
お二人とも、もう既に10年近い別居生活です。
お一人は奥様の九州の実家の両親の介護です。両親の介護が始まったのは10年前、一昨年父親が亡くなり、現在93才になる母親の介護生活だそうです。既に老人介護施設に入居しているのですが、施設側からは、何時、緊急呼び出しが入ってもすぐに駆け付けると云う
条件があり、奥様だけが一人、実家に暮らしているそうです。
介護費用は、亡くなった父親の遺族年金で何とか賄っているそうですが、奥様の生活費、実家の維持費がかかり、夫からの毎月10数万円の仕送りは欠かせないようです。

もう一人の知人の場合も既に10年の長きに渡っての介護別居が続いているそうです。
この方の場合は、二人息子の次男が母親と一緒に、岐阜県の田舎で同居して実家を支えているようです。
現役時代、定年後の年金生活でこんな、夫婦が離れて暮らす、なんてケースがあることは、夢想だにしなかったことです。
私の場合、昨年、カミサンの母親が倒れた後の半年あまりは、月に何日かの実家サポートがありました。
元々、三姉妹の三女が家を継いでいて、直接的な介護は足りていたのですが、実家の妹の自由な時間を支える為のサポート支援でした。

定年退職し、年金生活に入ったら自由な時間が手に入り、贅沢さえしなければある程度のゆとりのある生活が始まると考えていた方でも、夫婦二人の両親の介護だけでなく、兄弟の介護ケースもあります。
私の廻りでも、カミサンの友人の団塊世代女性は、実家を継いだ独身の兄が何度も脳梗塞で倒れ、唯一の兄弟として、介護を担うことになっています。
幸いにして、実家の土地・家屋を売却した資金で老人介護施設に入居できましたが、これがなもかったら妹の彼女に全て被ってきていたでしょう。
そして、彼女が云うには、兄の介護の次は、最近目に見えて衰えて来た夫の介護生活が始まるのか知れない、とこぼしているそうです。

それに引き換え我が家の場合はどうなっているのか
私の実家の両親二人は、ほぼ介護らしい介護もなく、短時間で亡くなりました。
父は動脈瘤破裂、71才、一晩。母85才、晩年すこし認知症症状はあったものの、寝でたきりとか、下の世話もなく、冬の寒い朝、トイレに座ったまま亡くなり、いずれの場合も、私は実家からの電話で知り、列車で駆けつける程度でした。
妻の父親の場合は、末期がんと分かってから、二度の入退院があったもの、家庭内の闘病、介護生活は短く、病院亡くなりました。72才。
恵まれた環境と云う云い方は不謹慎かも知れませんが、確かに、このように夢を持って定年退職されてから、思ってもみなかった、遠距離介護、介護別居されている方みれば、今のところ恵まれた老後環境かも知れません。

カミサンは、送られてきた旅行社のパンフレツトを見ながら、2月何処へ行こう・・・といってきます。来週の2泊3日、伊豆ジオパーク、吉永小百合のCM撮影地を訪ねる旅から帰って来てからでいいでしょう。と私の返事です。
posted by 西沢 at 08:31| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年01月08日

年はじめの福袋、値段に釣られてついつい買ってしまったが・・・

今年のお正月は、日本社会の働き方改革が浸透してきているのでしょう。
元日にお休みしているお店が多かったです。
家から歩いてすぐの地元スーパーは、正月の三が日連休で閉まっていましたし、街中のケンタッキーも大晦日、元日とお休み駅ビルのデパート・ルミネも元日は閉まっていました。

usb0.jpg毎年、元日の新聞折り込み広告のチラシは楽しみにしています。
カミサンは勿論、横浜のデパートの正月の売り出しを楽しみにしています。が、福袋には全く興味がないようです。
中身が解らないものを買うほど、私は買い物中毒ではない・・と云いながら二日の朝から数件のデパートを巡り、三日目は湘南のショッピングモールへと出かけて行きました。
私はと云うと、近隣の量販店「ヤマダ」、「ノジマ」、「ケーズデンキ」、「ビックカメラ」のチラシの特売欄を細かくチェックします。
パソコンも、カメラも、TV、家電も欲しいもの、70才を超えると特段ありません。今のままで十分ですから。
何をチェツクするかと云うと、SDカード、マイクロSDカード、USBメモリーなどの小物の掘り出し価格もののチェックです。
毎年、量販店各社は年初めの目玉として、小物グッズをネット価格よりもかなり安い値段で出すのを知っているからてです。四社のチラシを眺めて、目に留まったのが「ノジマ」の福袋でした。
マイクロSD・クラス10・64G+USB64Gのセットで税込み、2016円と
SDカード・クラス10・256Gが、税込み2,500円 この2つはお買い得です。

先ず、ネットでSDカード・クラス10・256Gを調べると、4,000円〜が標準価格帯ですから、これは買いです。
でも、安いからって、何につかうの?と考えてしまいます。
今、メインで使っているSSDパソコンのハードは128ですから、これを追加すれば各段に収納スペースは増えますが、そんな必要性はないことは解っています。
現在予備として64GのSDカードを差しっぱなしにしていても、1/3も使っていない状態なのですから。それに、256一枚に頼ってしまうと、クラッシュした時のダメージが大き過ぎます。

そこでもう1点の福袋、マイクロSD・クラス10・64G+USB64Gのセットで税込み、2016円に目がいきました。
大昔の話、デジタルカメラが出始めた時、128M(ギガではなくメガ)のソニーのメモリースティックが欲しくてたまらなかったのですが6,000円ほどして、高くて手が出ず、何とか現場経費で落とす名目を探して、買った思い出があります。
時は、2000年、今から20年前、128メガが高嶺の花の時代だったのに、20年後千倍の容量の64+64Gが、2016円なのですから電子技術の世界のスビートには驚かされるとともに、グローバル社会でにおける日本の電子機器産業の遅れ、シェアを誰が想像していたでしょう。

1月2日の朝、9時半にノジマに行くと、福袋整理券を配っていました。
私は、メモリーパックの福袋を希望すると、並ぶ必要はなくそのままカウンターで渡してくれました。
意外とこれらのものを買う人がいないのに、再びびつくりです。
私の廻りのパソコンハードユーザーや、ビデオクラブのメンバーなら、取り敢えず買っておき、何に遣うかは後から考えるタイプが多いのですから。

さて、買って自宅に戻り、福袋を開け、中身を確認しました。
マイクロSD・クラス10・64Gのメーカーは、「ノジマ」が出資している台湾メーカー。まあこれは予想どおりで許せる。
次のUSB64Gを見て、「エーーー、USB2じゃないか」、まさか今時USB3ではなく、2だとは思いもつきませんでした。
「USB2.0」と「USB3.0」で大きく異なるのは、データの転送速度です。
規格値では「USB2.0」の480Mbpsに対し、「USB3.0」は5Gbps(5000Mbps)。bpsというのは、1秒あたりに転送できるビット数の単位を指しており、理論上「USB3.0」は「USB2.0」に比べて約10倍の速度でデータを転送することが可能です。
しかし、これはあくまでも理論値。実際は「USB2.0」の2倍〜3倍程度の転送速度といわれています。とはいっても、データ転送の待ち時間が1/2になると、体感速度ではかなり早く感じます
これは、DTTAのバックアップ、保存用にしか使えない・・・、とてもでないがビデオカメラからの動画取り出し、には使えない。

仕方ありません。
取り敢えず、一般web-data用にも、動画用にも対応できるように、フォーマット、初期化するようにPCにセットしました。
USBもSDカードもメーカー出荷時のファイルシステムはFAT32になっています。
一般的なユーザーが使うには何ら問題ないのですが、動画やゲームプログラムのファイルは一つで4Gを超えるのはざらにあります。
FAT32は、一つのファイルが4Gを越すと、受け付けてくれませんので、USBのファイルシステムをNTFSに変更しなくてはならないのです。
やり方は簡単です、以下のサイトを参照して下さい。
USBメモリーのフォーマット・ファイルシステムの変更
https://www.pc-master.jp/mainte/usb-format.html

大チョンボ発生
私の通常使うSSDパソコンは128ですから、少々、ハード的には不安なので、常にクラス10・64GのSDカードを差してあります。
※ビデオ編集には使えず、編集はwin8ののスペックの高いものを使っています。
ここに、今回買ったUSB2の64Gを差して、フォーマット・ファイルシステムの変更を行いました。
簡単にUSBのフォーマットは終了し、翌日、この予備用のクラス10・64GのSDカードを開くと全てのDATAが消えているのです。
この追加用のSDカードの名前は追加64としてあり、2019年に撮影した全ての画像や、新しく作ったメモ帳、原稿、パスワードの記録、毎日のアクセスdata、住所録、カミサンへの遺言控えなど、重要なファイルが保存されていたが、全て消えているのです。

64GのSDカードと64Gの新しいUSB2つ差してあったのを間違えて、2019年DATAの入っていたSDカードをフォーマットしてしまったのです。大ショツクです。
もしかして、マイドキにバックアップが残っていないか探しても、2018年までのものは残っていましたが、2019年のものは残っていませんでした。

福袋の2,16円の価格に惹かれて買ったのが、とんでもないことになり、正月早々、莫大な復活作業の始まりの2020年になりました。
超不機嫌の私の態度を見て、カミサンは、
「私に残すものは全て紙媒体にしておいてと云ったじゃない」
「貴方の写真やビデオ、ホームページはどうでも良いけど、お金に関するものは、全て印刷して残してね」

私は、サポートしている、70代後半から80代のシニアオジサンに何時も云っていることが、わが身に降りかかるとは。
posted by 西沢 at 07:43| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年01月06日

定年退職10年後に、海外旅行を卒業した理由とは

やっと長かったお正月休みがあけました。
昨日までの夕刻のTVのニュースでは、空港からの海外旅行帰りのファミリーや、カップルへのインタビューが定番です。
現役時代は、毎年12月になると翌年のカレンダーの祝日、並びを調べて、何連休になるかを調べていたことを思い出します。
あの頃、退職したら、こんな混む時期、ホテルも航空券も高い時期を外して、好きな時に好きな期間、何処へでも行ける、早く、そんな身分になりたいと、せつに願っていたのが懐かしいです。

しかし、55才で退職し、65才でパスポートを更新せずに、海外旅行を卒業するとは考えもしませんでした。
ずっと、身体と老後資金が続く限り、自由に何処へでも旅出来ると思っていました。
現役時代、バブル期の建設業界にいた幸運と専門職のカミサンとのダブルインカム、ノーキッズの環境で、休みさえ何とか工面すれば、個人・自由旅行の形態で、行こうとする強い意欲さえあれば、どんな世界の秘境・奥地でも行けました。

イースター島、イランのペルセポリス、ラオスの少数民族の村、北極圏のオーロラ、カリブ海の美しい小島。
まだ、40代の夫婦にとって過酷な移動手段、宿泊環境も旅の一つの醍醐味として、楽しむ余裕もありました。
それでも危険を避ける、最低限以上の良識・常識・語学力プラス資金力があったので、これまで海外で、身の危険を感じることや、病気、ケガ、対処しきれない移動手段トラブルもなく過ごせてきました。

それがあるきっかけから、徐々に忍び寄ってきたのです。
個人差もあるでしょうが、だんだんと海外旅行の煩わしさ・不安・危険を感じはじめたのです。
言葉、コミュニケーション、移動距離、時間、そして費用。
現役時代、退職直後には全く感じなかった、疲れ、孤独感、寂しさが、年齢共に忍び寄ってくるのです。

決定的な要因は、アジア奥地から帰国直後、内臓疾患で救急搬送された時からです。
それが、退職後10年目、65才の時でした。
ミャンマーのかなり奥地、日本人観光客が滅多に行かない、ミャンマー南部、タイ国境地帯、ようやく少数民族カレン族との内線講和が成り立ち、外国人の観光が再開されたような土地でした。
日本語ガイドと専用車付の大名旅行でしたから特にに、なんら危険も感じ旅を楽しみました。
しかし、ヤンゴンに戻る途中立ち寄ったレストランで飲んだ、生ジュースがどうやら当たったようで下痢をしました。が、そのまま、体力が回復して翌日、ヤンゴンから日本に戻ってきて、忘れていたのですが、2日後の夜みぞうちに強烈な痛みを感じました。
とても、我慢できるような痛みではなく、カミサンは徒歩10分に日本を代表するような総合病院があるのですが、この時は躊躇なく救急車を呼びました。

救急外来での診断は、胆管結石の疑い・・・と云うのです。今まで、尿管結石はやったことがありますが、胆石とは初めてです。
数日前まで、ミャンマーの奥地にいて、下痢をしたことを伝えると、直接の因果関係はないものの、きっかけになったかもしれない、と云われました。
胆石発作で、肝機能にダメージがあり、おしっこは濃い黄色、完全なる肝機能障害です。
肝機能障害については、ウズベキスタンでA型肝炎に感染したことがあるので、知識は豊富です。
結局、救急外来の仮設ベッドで朝まで点滴、安静となりました。
翌日のMRI検査では石は見つからず、念の為、膵臓まで調べるので、3日間の検査入院となりました。最終的には、胆管に胆汁を流れやすくなる薬を毎日、一生のみ続けることなり、現在に至っています。

これが、私が海外旅行をやめ、パスポートを更新しなかつた最大の理由です
日本にいるなら、自宅でなくても国内の旅先でしたら、常時携帯している国民健康保険が効くし、言葉も通じますが、例え、医療施設が日本並み、言葉も日本人医師のいるワイキキであっても、不安です。特に、医療の専門家であるカミサンは、この騒ぎからは絶対に海外へは行かないと宣言しました。

あれから6年、新聞・雑誌・TVの海外旅のチラシを見ても、全く行きたいと云う意欲は湧かず、旅する煩わしさが先に思い浮かびます。
あんな、無茶な日程、怪しげなホテル、豪雨のなかの高速道路をぶっ飛ばすタクシー、真っ暗な夜中のモスクワの裏通り、黒い目が光るリオの下町。今思い返すと、何事もなく無事に日本に帰れたは奇跡のようです。
若いって素晴らしい、と本気で思います。
年を重ねるにつれ、経験からか、余計なものが見えてきたり、予測したりしてしまうのです。
定年後の海外ロングステイの情報サイトを立ち上げた私たちですが、72才を迎えようとしている今、云えることは、海外ロングステイは60代まではないかということです。
決して、経済的、資金的な理由で定年後ライフは日本は捨て、海外に求めてないことです。

今年、干支のねずみ年、72才と68才は「鎌倉にお住まいのゆとりのある老夫婦」を演じようと思っても、なかなか現役時代の自由・奔放な旅のスタイルを崩せません。
特にカミサンは、大手旅行社のグループツァー、バスツァーに拒否反応を示します。
多少、高くついても、バスや電車で長時間待たされても、自分たちのペース、二人だけで旅に拘るのです。

1年12回、毎月一回、二泊三日、予算10万円の国内旅行は、年3~4回の海外旅行よりもづっとリーズナブルな上、毎月の暇な二人の生活に一つのリズムが生まれ、ちょうど良いペースで国内旅行が楽しめます。
この先、づっとこのペースで国内旅行がいけるとは思っていません。
費用的に確保はしていますが、これからどんどんと二人は年老いて行き、二人の旅行経費が医療費、介護費に変化していくでしょうから。
posted by 西沢 at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ