街なかから、書店が消えていく、ついに私の済む大船では、唯一残ったのはスーパーセイユーの入居するショッピングビル6階にある「熊澤書店」ひとつだけとなった。私が退職後移り住んで時、郊外の大型ショッピングセンターにも、駅ビルルミネにも、街なかには地元本屋さんが三軒、そしてJR大船駅中の本屋さんもなくなっていった。
リタイヤ暇人シニアにとって、特に暑い日、格好の時間つぶしの場であつた、本屋さんがなくなっていく。
そして、本屋さんの時間潰しの一つとしての、週刊誌の立ち読みも、透明テープで封印する始末・・そして週刊誌一冊税込み620円という値段の高さ・・・
おまけに、店頭窓口の支払いは無人化する始末となり、この唯一の本屋さんも風前の灯火となってきている。
今の本屋さんの書棚に並んでいる週刊誌は三種類・週間文春と週間新潮
内容はテレビのワイドショウの深堀りがメイン
・週間現代と週間ポスト
内容のメインは購買層が特化してきている為、老後の不安な関する特集記事
・女性自身、女性セブン、週間女性
記事の内容は、三誌ともに天皇家、敬宮愛子様の話題オンリー
今月、どうしても立ち読みしたいと思ったのは、そのお色気路線からシニア向けの話題に特化、切り替えた週間ポストの記事です。
人生は最後に間違える・・・その中で、立ち読みではなくじっくりと読んてみたいと思った、タイトル&キャッチコピーは
「私が超高級老人ホームから逃げ出した理由」でした。
老人ホームといっていろいろあるのは、退職してから知る
1,介護付き有料老人ホーム2,住宅型有料老人ホーム
3,サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)
4,シニア向け分譲マンション
5,グループホーム
6,特別養護老人ホーム(特養)
7,介護老人保健施設(老健)
8,介護医療院
9,ケアハウス(軽費老人ホームC型)
1,介護付き有料老人ホーム 施設の特徴
・24時間介護スタッフが常駐
・定額を支払い、介護サービスを受けながら生活できる
・要介護度5まで入居可能
・看取り対応可の施設もあり、終の住処になりうる
【入居がおすすめな人】
・24時間の見守りや介護が必要な方
・要介護3以上など、介護度が重い方
介護付き有料老人ホームは定められた基準をクリアし、「特定施設入居者生活介護」のサービスを提供する施設です。
要介護者のみが入居できる「介護専用型」と自立・要支援も対象の「混合型」の施設があります。
入居金を前払いする利用権方式が主流ですが、近年は入居金0円のプランも増えています。
介護度に応じた定額制のため、介護サービスの利用量が増えても費用が大きく変動しにくい点が特徴です
2,住宅型有料老人ホーム
・必要な分だけ介護サービスを受けられる
・介護度の低い方も入居しやすい
・介護付き有料老人ホームと同等程度の介護サービスを提供する施設もある
【入居がおすすめな人】
・元気なうちに施設入居して、将来的に住み替えずに生活したい方
・お一人は要介護、お一人は自立状態のご夫婦
・介護付き有料老人ホームを検討している方
住宅型有料老人ホームは自立状態〜要介護の方まで、幅広い方が入居できる老人ホームです。
必要な分だけ介護サービスを受けられるため、元気な方は費用も抑えられます。
自立状態の方も入居しやすい施設と言えるでしょう。
食事、清掃・洗濯といった生活支援や健康管理が受けられるほか、施設ごとにレクリエーションも実施。
一部の施設では看取り対応も可能です。
今回のポストの記事はこの住宅型有料老人ホームに入った元気82歳のケース
入居したのは、下北や新宿各所でライブハウスなどを経営してきた資産家、H氏場所は千葉・鴨川の入居一時金6,000万円、管理費月に20万、他に個人の食事代やら洗濯代などがでていく、高級有料老人ホームです。
きっかけはテレビドラマ「安らぎの郷」ミュージシャンや脚本家、芸能界で活躍してきた老人たちが海の見える施設に集まり、酒を酌み交わしながら余生を送る姿をみて、70代の後半に
はいった頃「80歳にでもなれば足腰も弱くなって、車椅子の生活でなるのだろう」と考えるようになり、幸い金もあるし、気に入った場所で完璧にしんでやろうじゃないかと考えた。
ほうぼう見て歩いて、だどりついたホームだった。
地元の大病院と提携し、看護師24時間駐在、バーラウンジにオーシャンビューのレストラン、、フィトネスにプール、カラオケルームと高級ホテル並の豪華施設
もちろん、それらは有料やら無料やらかかるがそれでも最初は快適だった。
高層階から眺める海、心地よい風と鳥の鳴き声、海を見て音楽を聞き、本を読み、酒をのむ。そんな暮らし方の喜びを初めて知った。
でも、一年経った頃から意識が変わってきた、要するに退屈、映画館もない、芝居小屋もない、呑み屋もない、東京まで2時間いじょうかかる。新宿・下北で飲んだら帰れない
「ここは、何でも出来ると思ったが、何にも出来ない」と思うようになった。
別に一人でいるのが嫌いな訳ではない、ここで味わったのは「孤独」では「孤立」だったのかもしれない。
ロビーやホールに集まるここの同い年程度の住民に、ロックや演劇の話をしても、何の興味を示さない、テレビゲームの「ドラクエ」をやったことがあるか聞いても、誰もやったことを愚か、名前もしらいな、俺と同じ齢なのに・・・
みんな、昔は偉い人たちのようだが、いずれも何処かに病気を抱えている。
その病と折り合いをつけながら安らかに死んでいきたいと、そう思っているよう。
自分もここで死ぬ予定ではいったはずが、実際にはまだ生きたかった。
幸か不幸か、至って元気、周りの人たちにいろいろ働きかけしい、YouTube配信を試みたり、近くのテニスクラブ、のに出入りしても、あの高級老人ホームの住民と知ると相手にしてくれなくなった。
海の見える高台にある高級老人ホームは地元にとつては「いけ好かない、金持ち、死にぞこない」に見えたのだろう。
これまで自分は、カウンターカルチャー、反権力の側に身をおいて生きてきたつもりが、いつの間にか6000万払って上から町を見下ろす「プチブルジョア」になっていた。
そんな空気に抗いたく、ホームの住民と市民が交流する場をつくり、高齢化や過疎にについての語るイベントをやろうと企画したが、市も施設側も誰ものってこない・・・やがてホームの住民・施設側から無視されるような状態になった。
海を見ていると、その向こうにに実際にみえるはずもない新宿歌舞伎町のネオンサインが見える、仲間とあいたい、飲みたい、映画を見たい、面白い人間、世代のの違う人間と話したい・・結局、二年二ヶ月でホームをでることにした。
その後・・・妻の異変
その後、都心に近い場所にある同じような老人ホームに入る予定だったが、新築オープンまで間があり、東京の自宅にもどった。ここには、30年近い同居別居状態の妻がすんでいる。
自分の家出や放蕩が原因だから仕方ないが、家に戻る妻の様子が可怪しい・・・
物を落としたり、階段から落ちたり、何度も救急車をよんだ・・大病院に連れてみてもらうと「パーキンソン病」と判明。
子供たちは宛にならない、「自分が面倒をみるしかない」と覚悟を決めた。
妻の症状はその後も小康状態が続いたがやがて、自宅での生活が難しくなり、現在は施設にお世話になっている。
そして、一人にしては広すぎる家だけが残った。
老人ホームの体験と妻の介護などを通して、やっぱり最後は人間同士のつながり、助け合いが大切と再認識した。
棺桶に入る瞬間まで人と交わり、何かをおこしながら生きてたい。
と・・・H氏は語った。
私が55歳で退職し鎌倉に越してきて最初に関わったのは
NPO市民活動センターでの「ホームーページ講座」でした。
今では当たり前、だれでもが簡単に制作出来る、自分たち活動紹介のホームページですが、23年前はある程度のWeb言語知識が必要でした。
最初にこの講座を申し込んできたのは「老人ホーム評価センター」という市民活動団体でした。
これから世の中に必須となり、老人ホームの乱立が予測されるなか、老人ホームが必要となる自分たちで、それらの老人ホームを公正な目、判断で評価しようという元大学の先生や、大手企業のマーケティングをやってきた人たちでした。
私はその当時、55歳、老人ホームという存在と無縁でした。
現在、この団体は解散し、ホームページアドレスも残っていません。
今回、このブログを書くにあたって、あの当時のあの方々にもっと、老人ホームについて教えてもらえば良かった後悔しています。
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