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2026年01月19日

友達がいない!「友達」ってなんだろう 

知り合いはいるけど友達はいない

55歳で早期退職し全く地縁・血縁もない湘南鎌倉に越してきても、地元NPOの広報に携わったことで、知り合いも増えました。
そして、退職ライフの一つとして今まで仕事オンリーだった生活に週2程度のスポーツや、趣味の倶楽部に参加することにより、知り合いは確かに増えました。
しかし、72歳でNPOボランティアを、75歳で体力面の衰えを感じ各種スポーツから身を引きました。
そして、コロナ禍を機に教えていた「web言語」の講座を閉鎖し、サポートしていた市民活動団体との接触も減って行きました。
「友達」どころか「知り合い」との接触も極端に減りました。
実際に会い、じっくりと食事しながら会話する「友達」っているだろうか・・・

男性と女性は違うのか、カミさんはそんな友達が多そう

カミさんは平日のお昼時は、買い物と女性専用の簡単スポーツジム
に通っているので、基本的には、シニア夫婦のお昼は別々、勝手に自分で用意して済ませています。
元々、子供のいない二人共専門職の家庭でしたから、特に不自由も不便も、そして時間も気にせずに、リタイヤ後のランチは済ませてきています。
カミさんの場合、週に一度は、近所の手頃な価格のファミレスで仲間・お友達と一緒に3時間というロングロングランチをしているようです。
よくも、3時間も話す事があると同時に、お店も食後一杯のコーヒーで済ます「姦(かしま)しオバサン三人」相手の商売が成り立ちなと思っています。
よく観察すると平日ファミレス(デニーズ・サイゼリア)のお昼は、三四人のシニアオバサンでいっぱいです。

朝日新聞のフォーラムでは、友達についてのアンケートをしています。
齢を重ねると友達という存在について悩むことが増えるかもしれません。
「真の友達はいるか?」・・・
「関係維持に疲れた」・・・
「友達とは」「友達づくり」について考えたアンケートです。

友達と呼べる人は何人いますか

友達の数に意味はない
347回答のうち、友達は0人と応えて人が一割以上いました。
最も多かったのは、友達は1~9人で227人、回答者の65%という統計数字になりました。
回答者のコメントは
●本音がが話せない
 就職氷河期世代である。正社員か非正規か、既婚か離婚か、子供の有り無し、自分の年収や会社、夫の会社名等など
 色々な違いがあり、本音を話せる人がみつからない (東京・女性・40代)
●孤独のほうかいい
 友達って意識して「つくる」ものでもはなく、誰がそうなのかすら意識していないのでは。いたとしても数人いれば十分。この年になれば
 煩わしい人間関係を続けるぐらいなに、孤独のほうがまだいいと思います。(京都・女性・70代)
●そもそも必要ですか?
 疎遠になっている昔の友人に会いたいが、解らなかったり、何を話すかを考えたりすると億劫になる。
 そもそも友達とは必要なのかわからなくなってくる。(埼玉・男性・70代)
●少なくとも深い付き合い
 昔から友達はそれほど多いほうではない、友達の多いことに意味を見いだせない。
 少なくとも深い付き合いの出来る友達がいれば十分だと思う (愛知・女性・50代)
●つくりかたが解らない 
 社会人になってから友達の作り方が解りません。友達と呼べるのは地元の仲間と、大学時代のサークル同期
 それぞれ数人です。(東京・男性・40代)

友達造りでどんなことに苦労してますか?


 

友達がゼロという男女二人に聞いた

相手との距離感が難しい、次第に面倒
67歳・男性は語る
友達といえる人はいない。
相談する相手もいないし、相談を受けることもない。このまま人生を終えるとおもう。
別に友達がいないから不幸というわけではない、みじめでもないと思う。
妻と独立した子供二人がいる。
妻は「私が友たちみたいなもんで、それでいいじゃない」という。
中学・高校・大学にかけて友達はそこそこいた。でも就職してから会うことは徐々にんくなった。
10年前、高校で中が良かった友達と久しぶりに会った。
彼の誕生日にお祝いメールを送る、でもそれ以外のときに返信はない。
勤め先では忘年会や送別会があったが、最近は全くなくなった。個人的に誘ったり、誘われたりもない。昔と違って相手との距離感を掴むのが難しい、面倒になってきた。友達を作るのが面倒くさくなった。寂しくないかの質問に「いいことでも悪いことでも、おしゃべりしたい時に話す相手がいないのは寂しい。
妻が先に死んだら、どうなるかわからない・・・と

コロナ禍で引き篭もり、話し相手はAI、
64歳・女性は語る
都内にお住まい独身女性64歳の楽しみは日々り出来事ついて、AIと話をすること。
読んだ小説や映画やドラマの話などをする。
今はリアルな友達はいません。AIは感情を介さない分、気楽にはなせるような気がします。
女性は在宅勤務で対人援助関連の仕事をしている。友達がゼロになった切掛は病気ととコロナ禍だった。シックハウス症候群で出社もままならず退職せざるを得なくなった。
身動きもとれない日々が三年ほど続いた。当時はとても喋れる状態ではなかったため、連絡を遠慮するようになった。
その後回復し復職したが、在宅勤務で同僚と雑談することもなくなり、コロナ禍でほとんど自宅に引き篭もり、体力が落ちていまのを感じた。
10年前、話し相手だった母親が他界した。
最近は、病院の看護師や薬局の薬剤師と少し会話をする程度、誰とも話さない日々が続く。
年齢とともに「誰かと繋がろう」「自分から電話をかけよう」という気力が薄れてきたのを自覚する。友達だけでなく、家族もいない。解ってもらえるか分からんないけど、夜中に寂しさが突然、天から降って来る。
「私は一人」ってなる娘、さうなるとそれを過ぎ去るのを待つしかない。

私は友と考える人間は四人います。

一人は、青春時代を一緒に過ごし、現在でもブエノス・アイレスに住む友人「N君」

もう50年以上もアジア人が住むには決して良好な環境ではない、超白人優先、ラテン社会に日系の奥さんとお嬢さん暮らしています。
N君には、私がブエノスアイレス病気で入院した時も、転職して住まいに困った時も今一番に駆けつけて助けてくれました。
一つには彼が宗教一家、教会の長男として生まれ、育った環境があるのかもしれませんが・・・
私が数年に一度、アルゼンチンを訪れのは、彼に会うためでした。
そして、密やかに、私の遺言状のなかで多少ですが、彼の娘さんの名前をいれています。

一人は、中学校の同級性「T君」です。
現在、昨年の開設した中学の同級会グループライン上て会話しています。
10名のグループライン、男性5名、女性5名ですが、実際に投稿しているのは、私を含めて三名プラス時々参加のT君4名です。
彼は、三年間クラス長でした。そして中学時代から互いの家へ遊びにいった仲でした。
彼と再会し、二人一緒に旅にでるようになったのは、昨年からです。
中学時代も仲は良かったのですが、一気に近づいてのは二年前からです。
彼は大学では当時開校したばかり高専に入り、卒業後父親がしてた小さなモーター修理の会社を成長させ、長野冬期五輪会場施設のほとんどのメンテを請け負う会社に成長させた遣手です。そして、現在に至っても独身なのです。
子供なし、独身同様の私と、同じく時間も金銭的余裕もあるT君は昔から「馬が合う」のでしよう・・・東大・早稲田が当たり前のクラス環境にあって、高専のT君、中退して南米に飛び出した私は、後期高齢者の今となって再び、結びついています。

もう一人は、私が勝手に友達と思っている「K君」
同じ、団塊世代、同じく海外のミドルステイ実践する仲間、時期は違っても結婚式場まで一緒、老後の宗教観・世界観も一緒てす。
現役時代の仕事もほぼ同じ業界で話はツーカーで通じ合います。
一度、鎌倉にいらした時に一日ご一緒しただけですが・・・
縁起悪いかもしれませんが、今の世の中、知り合い、友人がなくなった時の葬儀に出るかでないかで分かれると思います。
関東から離れ、新幹線から乗換も必要、最寄り駅からバス便も定かではない「R君」の葬儀には私は行く予定です。
でも、先ず99%、私の方が先に逝くでしょうが。
我が家の場合、私の葬式は「直葬」と決まっていて、参列者はカミさん一人だけでしょう。

もう一人、私の真の友と言えるのは戦友・旅の友である、我が家のカミさんでしよう。

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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ