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2022年09月27日

明治・大正・昭和・平成の4つの時代を体験できる 大都市川越へ



巾着田から川越へ

9月21日、お彼岸の中日に彼岸花・曼珠沙華の日本一の群生地、日高市の巾着田を訪ねた後、八高線高麗川駅からJR川越線に乗換、川越に向かいました。

巾着田前バス停からの乗車の路線バスは、3年ぶり巾着田公園の開放と前日までの台風14号の雨が上がり、大勢の観光客で車で押し寄せた影響で、駐車場は満員入れなかった車の車列が国道まではみ出し、大渋滞が発生し、バスは大幅に遅れ、予定していた一時間に2本のJR川越線の電車に間に合わず、高麗川駅で30分待たされました。

やはり、埼玉県の奥深く、電車の本数も少ないと・・・嘆いていのに、川越駅に到着してびっくりです。

川越は大都会、駅が4つもある

東京首都圏、特に関東南部、西部方面、東海道沿線・湘南に住む人間からすると、埼玉・千葉とは縁遠いといっても、埼玉なら、浦和・大宮・所沢。
千葉なら、船橋・津田沼・千葉市などは、割りと身近な場所で仕事を通じて馴染みがあり、そう遠い、知らない土地というイメージは以前よりはありませんが川越となると、神奈川・湘南に住む人間の半数以上は、川越の正確な場所、電車での行き方を知らないと思います。

小江戸・蔵の街というメージで、行楽、観光地としてのイメージがあり、東京都内ないから、はるばる観光モードで行く遠い場所、駅前に観光案内所があって、タクシー、バスターミナルがある、地方都市というイメージがあるかと思いますが、全く違います。
大都市です、私の住む鎌倉・大船からみたら大都会です。
そして、以前よりおぼろげに知っていましたが、この埼玉の奥の川越の中心には、何と4つの駅があるのです。

JR東日本の大宮と八高線の高麗川を結ぶ川越線の駅「JR川越」
西武新宿・所沢・川越を結ぶ西武新宿線の「本川越」
池袋・寄居を結ぶ東武東上線に「川越」と「川越市」の二駅 があります。
JRの場合、大宮・川越間は23分 330円 東京からだと1時間10分 858円です。
西武の場合、西武新宿・本川越 各駅66分 503円
東武の場合、池袋・川越 急行33分 556円です。


これをJRしか走っていない、私の住む大船と比べると 東京・大船 46分 814円
つまり、川越は馴染みがないけど、湘南、横浜よりも便利で、安く、大都会だということかのです。

小江戸・川越の観光

川越が「小江戸」と呼ばれるのは、江戸時代に徳川将軍家や江戸と関わりが深かったからです。
初代将軍・徳川家康と2代・秀忠は鷹狩りで川越に出遊した記録があります。

また、川越藩は初代藩主を酒井重忠が務めたほか、松平信綱や柳沢吉保など大老や老中など幕政を担う重臣が藩主を務めています。
遡れば1457(長禄元)年、太田道灌(資長)と父の道真(資清)が古河公方への備えとして築いたのが、河越城(中世では河越城と表記)。
河越城は川越街道で江戸とを結んで防衛線を形成しており、中世の川越は江戸を凌ぐ大都市でした。
現代で都心から30分で、江戸の情緒を今に残し、明治・大正・昭和・平成の4つの時代を体験できるまちとしてインパウド人気もあり、賑わっています。

 


川越にはおよそ18年前に来た苦い思い出があります。
退職して鎌倉に越し、地元の写真倶楽部に入りました。
私の一眼レフはミノルタで、当然ながらレンズも全てミノルタ。しかしこの頃から一眼レフはデジタル化が進み始めており、ニコン・キャノンの高級デジ一眼が発売されていくなか、少数派のミノルタは、ひたすら発売を心待ちしていました。
やがて、ミノルタアルファデジ一眼が発売され、当時本体価格23万円でした。今ならかなり熟考したでしょうが、念願の一眼デジとして飛びつき、始めてのテスト撮影は、大船フラワーセンターで試し、次にここ、川越観光に持って来たのですが・・・
慣れない、レンズ交換の際に、30センチほど下のコンクリート道路に落としてしまったのです。
シャッターが切れなくなり、かなり凹んだ気持ちで、コンバクトデジカメで撮影した、思い出の地なのです。

川越観光のメインは菓子屋横丁

古い町並み、蔵の街などの日本の観光のモデルとなっている川越の街並みですが、蔵造りの街並み通りは、交通量が多いのが最大の難点です。
出来れば歩行者専用にしたいのでしょうが、この県道川越・栗橋線は市内を南北に結ぶメイン通りのため、難しいようです。

しかし、観光客の多くはこの道路を走る車との接触の危険を感じているでしょう。
最近の観光地は同じですが、若い観客の食べ歩きがひとつのトレンドになっており、川越では
「さつまいもスイーツ」です。
川越にサツマイモのイメージが定着したのは、寛政時代(18世紀末)のことで、このころの江戸では焼き芋が大ブームとなっていました。
理由は、サツマイモが庶民の食べ物では、数少ない甘い食べ物であったこと、そして、とても安く手に入ったからです。
このブームの中、川越産のサツマイモは「本場物」として江戸では大人気でした。
江戸まで約30キロメートルという地理的条件や新河岸川の舟運を利用できたことも大きな理由です。かさばる上に重たいサツマイモの運搬には舟運が非常に便利でした。当時の焼き芋屋は、
「栗(九里)より(四里)うまい十三里」のキャッチコピーが作られるほど大人気でした。

今回巾着田から川越に寄った最大の理由は
私達が巾着田から川越に寄ったのも、お土産のさつもいもスイーツを買うためです。
カミさんは7月末の和歌山アドベンチャーワールドから、一ヶ月以上行楽の旅にでていない間、お友達の優雅な鎌倉婦人たちは、頻繁に出かけており、その都度何かしらのお土産を買ってくるののです。
カミさんはその都度、手作り手芸小物のお返しをしたり、或いはルミネスイーツで珍しいお菓子等をお返しにしているようです。
カミさんたち女性の間では、このような関係で成り立っており、私が巾着田に行こうと話すと、巾着田のお土産物を検索し、なにもないと分かると、川越に寄っていこう、と云い出したのです。
そして、今回は、和歌山アドベンチャーワールドの予算が8,000円あまり残っていたので、「うなぎ」を食べよう、と云うことにもなり、川越となった次第です。
川越の町の中心部の「鰻屋さん」は混んでいるのと、私の感覚したら「ものすごく高い」「観光客用値段」なのははっきりしています。
そこで、事前にネットで調べた、蔵造り通りから離れた、駅に近いお店で、「うな重2,500円」をいただいて帰路に付きました。
少し小ぶりですが、2年ぶりのうなぎ、美味しくいただいて帰路につきました


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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ