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2022年09月11日

話題の映画「百花」を観てきた。

母が記憶を失うたびに、僕は思い出を取り戻していく

2年前、NPO広報を卒業後、あまり市民団体との縁も薄くなってきているがそれでも自然環境系団体と、介護福祉系団体との新しいつながりが、できており、月一のペースでの会議でお会いし、情報・技術をやりとりしています。
特に、今までほとんど無知に等しかった、老人介護系の諸々の問題、課題、情報、知識の習得は「認知症グループホーム」と接することにより自然と、自ら学ぶこととしており、今回、民放TVなどで盛んに取り上げられている映画「百花」を封切り日の金曜日、朝一番で観にいきました。

映画館は二駅先、大型ショッピングモールのシネコン「109シネマ湘南」
封切り金曜日の朝イチ9:05よりの上映です。
火曜日から前売りネット販売がされるので、ネットにアクセスすると、100席あまりのスクリーンは、一つも売れていません。
前日、木曜日の夜に見ても、売れている席は私が摂った席の他、3つだけです。
私が、ネットで席を確保する最大の理由は、途中でトイレに立つ可能性が90%〜99%なので、階段通路側、出来れば壁際三人席の一番通路側を早めに抑えておくと、後のふたつはよほどの混雑でないと、埋まらないからなんですが・・・

シニアの介護系、シニアの終末系がテーマの映画は人気がないのか?
今年の話題作「プラン75」倍賞千恵子主演の近未来映画、75才になったら死の選択が出来るという内容の映画・・・とても大きな話題にはなりました。
上映館は少なくいなか、かなりの話題性で最初の一週間は、満席近く埋まったのですが、あまりにもシリアスな内容で、シニア女性の間で不人気になり興行的にウケなかったようです。
今回のこの映画は、「若年性認知症」の母親(原田三枝子)と息子(菅田将暉)の話です。
封切り初日、第一回目の上映、9時5分開演のわりには、30%程度の入り(30〜40人)程度ですから、まあまあでしょう。

見終わって、自宅に戻ると、カミさんの質問です。
「どお、お友達と一緒に観にいっても大丈夫な内容」と聞きます。
私は
「おそらく、今年の日本映画祭ではなんらかの賞を必ず取れる映画だと思う」
「アニメ、ハリウッドCG、若者向け青春映画が全盛の今の時代に、大人のそして女性として見れる日本の映画」
「音楽も良く、必ず泣ける、特にシニア女性にとって、認知症を理解するには格好の映画」
「ぜひ、絶対にオススメする映画であることは保証する」

するとカミさんは監督は誰なのと聞きます。
私は監督は「川村元気」と答えると、妻は
「知らない、誰、何者?」
実は私も知らなかったので、このブログ原稿を書く前に調べました。

監督「川村元気」って何者
映画プロデューサー、映画監督、小説家でもある、1979年、横浜生まれ43才
優れた映画製作者に贈られる「藤木賞」を史上最年少で受賞。
12年には初小説「世界から猫が消えたなら」を出版してベストセラー、その後も、細田守監督の「バケモノの子」「竜とそばかす」や新海誠監督の「君の名は」「天気の子」といった長編アニメーション映画をプロデュース。



そうなんだ、元々映画プロデューサーであり、後に自らメガホンを握り、映画人のながれの典型コース、自分で脚本を書き、ついには原作の小説まで書く、才人なのだ
43才、スゲー、自分は43才の時なにをしていただろう・・・
私の43才は1991年、後にバブルが弾けた年とされているけど、実際にその年1991年、平成3年に日本経済の風船が破裂したとは知らなかった。
あの年のお正月、私達夫婦はカンボジアのアンコールワットにいた。
戦後初の自衛隊がPKOという名で海外に派遣されたカンボジアにいた。
プノンペンの街中には「UN」という名が書かれた白い国連軍の車で溢れていた。
カンボジアにはじめての外国人観光客として、マシンガンの兵士の護衛でアンコールワット遺跡を歩いた。
自分の国の経済的反映それを十分に謳歌している自分自身に酔っていたかもしれない。
43才、その頃、老後の生活やら病気やら全く何も考えていなかった。
数年前から高騰していた給与がずっとそのまま続いていくことに何ら疑問も持っていなかった。
認知症と云う言葉も存在していなかった。

監督川村元気は43にして、七年前に自身の祖母が認知症になった川村監督は「祖母が見えているのはどういう世界なのか、興味が湧いた」という。

ストーリーは

レコード会社に勤める主人公の泉(菅田将暉)は、妊娠中の妻・香織(長沢まさみ)と忙しいながらも幸せな日々を送っていた。
そんな中、ピアノ教室を営む母の百合子(原田美枝子)が不可解な言動を始める。
二人で暮らしてきた泉と百合子は、泉が幼い頃に起きたある事件が原因で心の溝を埋められないまま過ごしてきた。
ある日、泉が見つけた母の日記に事件の真相が記されており、泉は封印していた過去と向き合うことになる。

映画の中では、認知症初期症状の母百合子の過去の思い出と現在の葛藤・焦りが交互に画像化されていく。
父親を知らない主人公と母百合子と関係が、明かされていく、そして主人公の泉と妻・香織の間に子供が生まれる。
初めての妊娠を知った香織は、子供が生まれた後、初めて告白する
「妊娠と知って、私は正直とまどった、仕事が出来なくなる、酒も飲めにくなる」
「母親は大変だと」
「あなただって、本当は嬉しくなかったんじゃないの?」

主人公の泉は、自分の出生について、詳しくは母親から聞いていなかった。
母親の認知症は徐々に進行していき、ある日警察から母親が万引きしたと云う知らせを受ける。
帰宅して、冷蔵庫を開けると大量の卵・ケチャップ・マヨネーズが現れる・・・
息子・泉が子供の頃の好物で、母がいつも造ってくれた「オムライス」のためだ・・・
やがて、一人の生活は成り立たなくなり、海の見える「認知症グループホーム」のお世話になる
何度がそのホームに訪ねていくと、母は「半分の花火」を見たいという。
息子・泉には、「半分の花火」の意味がわからない、母百合子は、昔一緒に見た「半分の花火」のするが分からない
妻・香織はインターネットで「半分の花火」を検索して探しだす。
泉と百合子は二人でその花火を見に行く・・・しかし、どうやら母の云う「半分の花火」ではなさそう・・・
母・百合子の思いださうとする葛藤と息子との間の大きな溝は益々深くなっていく

「半分の花火」が何であるか知る。
ラストシーンで、息子・泉は初めて、母・百合子の云う「半分の花火」が何であるか知る。
小さい頃から百合子と過ごした実家を1人で片づけていると、どこかで爆発音が聞こえた。それは花火の音だった。
その時ふと泉の記憶がよみがえった。泉と百合子がこの家に引っ越してきた日の夜、家から花火が見えた。
しかし家の前には大きな団地が建っており、花火は半分しか見ることができなかった。
百合子はその花火を、今までで見た花火の中で一番きれいだと言った。
小さい泉は、一瞬で消えて忘れてしまう花火を悲しいと言ったが、百合子は「色や形は忘れても、誰と一緒に見て、どんな気持ちだったかは思い出として残る」と言った。
泉は一人で半分の花火を見上げた。
自分が忘れていたことを、百合子はずっと覚えていたのだった。
母が最期に見たかった花火を見せてあげることができなかった。
その後悔と半分の花火が、百合子との思い出を次々に蘇らせた。
百合子が自分にしてくれたこと、その時の嬉しかった自分の気持ちがあふれ出て来て、
泉は言葉にならず、うずくまり涙を流し続けた。

図らずもラストシーンで、暗い映画館のなかで密かに涙していました。
そしてこの映画全編に流れる、ピアノ教師だった母百合子が弾くシューマンの「トロイメライ」がエンデイングロールまで流れていました。



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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ