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2022年01月28日

旅のバイブルだった「地球の歩き方」の生き残りと旅の歴史

2021年の日本人出国者数は半世紀前1969年、より少ない
最近のメディアの報道で、昨年の日本から海外に出た日本人旅行者の数は日本政府観光局(JNTO)によると、2021年の年間での日本人出国者数(推計値)は51万2200人となった。
減少幅は、2000万人を達成した2019年(実数:2008万669人)と比べると97.4%減の大幅減、2020年比でも83.9%減。年間を通して国際往来に制限のあった2021年は厳しい結果となった。
年間出国者数50万人という数字はほぼ50年前の1969年の出国者数492,000人と同レベルということになる。



1964年の海外旅行自由化以来、海外旅行者数はおおむね増加傾向であったが、 2001年はアメリカ同時多発テロの影響、2003年はSARS、イラク戦争の影響で大きな減少がみられた。
2011年は東日本大震災の影響が懸念されたものの、連続で増加し、2012年に は過去最高を記録した。2013年以降は減少が続いていたが、2016年に増加に転じ、2019年は2000万人を突破し、過去最高を記録した。

出国者の推移と団塊世代の年齢
年 日本人出国者数 伸率%  記事・事件 団塊年齢 
1968 343,542   28.4  私 出国 20歳
1969 492,880   43.5  団塊世代の年齢 20〜22歳
1970 663,467   34.6
・・・・・中略・・・・・
1975 2,466,326  5.6   私 南米より帰国
・・・・・中略・・・・・
2001  16,215,657  -9.0 同時多発テロ
2003  13,296,330  -19.5  SARS、イラク戦争 私55歳・早期退職 
・・・・・中略・・・・・
2008  15,987,250   -7.6  リーマンショック 団塊世代 60歳 退職
2009  15,445,684   -3.4
2010  16,637,224   7.7     
2011  16,994,200   2.1  東日本大震災
2012  18,490,657    8.8
2013  17,472,748  -5.5 団塊世代 65歳 退職
2014  16,903,388  -3.3
・・・・・中略・・・・・
2019  20,080,669  5.9 過去最高出国者数   

私個人の海外旅行渡航歴と、この数字は全くシンクロせず、この記事を書くにあたって、あの当時を思い出しています。
2003年、退職した直後、私達はラオスにいました。
バンコクの空港乗り換えで、白い防護服をきた入国管理官を思い出しますし、中国・ラオス国境の少数民族の村の唯一のホテルのテレビで、バクダットのフセイン像が引き倒されるニュース映像を見ていたことが思い出されます。

ラオス少数民族の村を訪ねて



2008年リーマンショック、個人的な影響は全く、退職後のリピート・ショートステイの真っ盛り頃、60歳かなり本気でバリ島に住もうかと考えていた頃です。

地球の歩き方の生き残りは
先週の朝日新聞のレポートで、このコロナ禍の旅行業界、出版業界の生き残りのに関する記事がありました。
確かに、日本人の出国者数が53年前と同レベル、2.5%まで減ったのでは、旅行会社、特に海外旅行を中心に進めてきた、私達が良く利用したり、知っている西遊旅行ユーラシア旅行社HISなど、中小、大手の旅行社はいまどうしているでしょうか?
大船の駅前にあったHISはとうの昔に、さっさと閉店していました。
旅行業者だけでなく、海外向けに特化した「地球の歩き方」は今、どうしているのかが、レポートの内容でした。

記事引用

記者の学生時代にはビンボー旅行のバイブルだった「地球の歩き方」。
若者の海外旅行離れや、紙の書籍離れと云う時代の潮流に合わせながら、ガイドブックのの代名詞的な地位を保ってきましたが、コロナ禍で海外旅行もガイドブックの需要も消滅、まはやこれまでと思いきや、しぶとく活路を見出しています。
キーワードは「国内」・「図鑑」・そして「御朱印」です。


「地球の歩き方」の出版は昨年、2021年、ダイヤモンド社から学研グループに事業譲渡されています。
このコロナ禍、旅行ガイドブック出版事業の継続が難しかったのでしょう。
立て直しのキーワードは「国内」・「図鑑」・「御朱印」。
確かに、このキーワードの「図鑑」は学研らしとして、「国内」と「御朱印」は明らかに、旅行意欲・時間的・金銭的余裕のある退職・高齢者をターゲットとしているのは間違いありません。
「地球の歩き方」は1979年に創刊されました。
団塊世代はその時31歳、私の海外旅行の歴史は、この「地球の歩き方」と一緒なのです。
私達夫婦が本格的に年に3回の個人・自由・海外旅行を始めたのは、その5年後、購入したマンションのローン返済メドがたった36歳の時からです。
其の年の暮れは、メキシコ、翌年のGWはインド、年末はアルゼンチンでした。
二人の旅の計画は、アルゼンチンではガイドブックは不要ですが、先ず発売間もない、「地球の歩き方」を買うこと始めたのです。
毎日の通勤電車の行き帰り、ガイドブックを読み直し、まだネットがない時代、大きな世界地図帳を買って、旅の夢にふけっていました。



何十冊もの「地球の歩き方」を書棚に並べて、背表紙を眺めて自己満足の世界に浸っていました。
そんな、何十冊の旅の思い出、バックナンバーも2014年66歳のハワイ・マウイ島を最後に、海外旅行を卒業し、パスポートの更新を止め、全ての「地球の歩き方」を処分しました。

これらのなかには、私達が旅先からダイヤモンド社編集部に情報提供・投稿したお礼に送られてきた本も数冊、ありました。
私たちの旅先は、一般的観光地ではインド・ディープアジアの村などですから、特にネット環境の情報は、行く前に編集部から現地の生の情報取材の依頼もありました。
そんな「地球の歩き方」はのコロナ禍、国内にシフト変更したのです。
確かに、私達団塊世代だって、旅先の情報を調べる時は先ずは、ネットですが・・・
ネットは自分の知りたい情報を速やかに、詳細に知ることが出来ます・・・がその現地の周辺の私達が知らない情報を同じページで知ることはかなり難しいのです。

例えば・・・今年の目的地の一つ 高知県 梼原「雲の上図書館」

私達は今年、四国のなかで一度も足を踏み入れたことのない、高知県に行こうとしています。
高知の観光情報は、ネットで都市名、施設名、観光地名を入力することで分かりますが、自分たちの知らない地名・名所・絶景・お祭りなどは、その検索キーワードさえ知らないので、調べようがありません。

今回、そのことをつくづく思い知らされたのが、一度TVで目にしたことのある、隈研吾設計「雲の上図書館」が高知県の山深いにある愛媛県境「梼原」にある知ったのは雜誌のガイドブックからです。
行き方とか、ルートはネットで調べてほうが早く、正確なのは分かっていますが、やはり、ガイドックは私達の知らない、地名、言葉、名所を教えてくれるのです。
そして、新しい「地球の歩き方」編集部は「御朱印」ですか!
何かを集める、収集するというのは、顧客をながく引き止める一つの手段としては「上手い」
でも、団塊世代の私達にとって、もう遅い、今更なんです。

海外旅行を卒業しても、まだ数年は、国内のガイドブックにお世話になることでしょう。

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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ