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2022年01月26日

私の住む町鎌倉・大船 駅前商店街の火事

25日、昼前、商店街に買い物に出ていたカミサンから電話があり「観音食堂と亀屋万年堂が火事、全焼だって知っていた」と云います。
「エー、何時、今朝の新聞にはのってなかった、第一、あの商店街火事だったら大変なことなってんじゃない」
今朝の新聞の湘南版をみても掲載されておらず、ネットをみると、一発で、動画まで載っていました。

恐るべしネット時代のスピード報道

記事によると昨夜10時過ぎ頃、観音食堂のお隣の亀屋万年堂の二階から出火した模様です。
現場は、JR大船駅東口駅前交番の通りです。
交番のお隣は、ソフトバンク店、そのお隣が亀屋万年堂、そして地元で有名な魚やと食堂の「かんのん食堂」です。
よくも、この二軒で類焼が防げたものものです。

この商店街は、戦後闇市がそのまま区画整理も出来ずに、地権者が複雑に残った形、「湘南のアメ横」と称される、鎌倉らしくない商店街で、カミサンはこの商店街が気に入って、退職後の住まい探しで最終的に選び住んだのです。

退職後の終の棲家 住まい探し






私達の現役時代の住まいは、現在の大船から2駅横浜よりの東戸塚でした。
東戸塚は東海道線ではなく、横須賀線しかとまらない駅です。
当時、世田谷の井の頭線沿線、大きな公園が近くあることがきにいったのと、大家さんの敷地ないにあり、大家さんの入り口の門を通らないと入れないという安全性と、近くにカミサンの友人が住んでいたこと、渋谷にも新宿に20分程度で出れる便利さを惹かれて、東松原の1DK、家賃60,000円のアパートに三年間住んだあと、35歳の時、横須賀線新駅、駅前開発の第一号物件のマンションを購入しました。

カミサンはすぐに、横浜の医療機関に転職しましたが、私はそのまま退職するまで東戸塚に住み続けました。
当時はバブル時代前、今では考えられないぐらい一度に数件の新築物件を掛け持ちする生活で、5時起床、6時台の電車で都心の現場に向かい、帰宅するのは横須賀線の最終、品川駅23時15分の電車、間に合わない時、会社の仮眠室、と云う生活でした。
ではなんで、もっと東京都内に購入しなかったのか、と問われれれば・・・
成田空港に乗換なし横須賀線沿線の、それもスーツケースをころころ転がしていける距離に住みたかったからです。
現役当時から、年に最低二回、お正月休みとお盆休みには海外、それも一般的な団体パックではなく、秘境と呼ばれるような地域を目指していました。
イースター島、ギアナ高地、マダガスカル、ブータン、グアテマラ・・・
今振り返ると、あの時に行っておいて良かったと思います。
今の年金、預貯金の取り崩しの生活では考えられないほどの旅行費用でしたが、その当時は全く気になりませんでしたし、気力・体力・好奇心は無尽蔵でこの先、年老いてても続くと考えていました。

定年後、老後の住まいを大船に決めた理由は



退職して一年間、老後住む場所、ロングステイ候補地を求めて歩きまわりました。
最初に長期間住んだ、バリ島・ウブドはかなり気に入りましたが、一番のネック、外国籍の人間は不動産を購入出来ないとこと不安を覚えたのと、やはり「青い鳥」は自分の身近にあることに気付かされ、定年後、老後の住まい探しを国内にしぼり探し始めました。
沖縄・石垣や瀬戸内の町・尾道も候補にあげて行ってみましたが、私達二人は東日本、関東に生まれ、育ってきたので何かあった時の為にも、やはり、東京近郊、賑やかに町ではなく、少し離れても静かな、自然環境の良い、気候が温暖な場所に住もうと決めました。

湘南・鎌倉は最初から候補に上がっていました。
横須賀線沿線、成田空港まで乗換なしの2時間程度の場所となると限られて来ます。
大船は考えませんでした、先ずは「北鎌倉」「鎌倉」「逗子」・・・
「北鎌倉」は買い物が不便、駅周辺には当時コンビニすらなく、スーパーマーケットは大船まででなくてはなりませんし、土地がら谷戸・森林が多く散歩に歩くには良いところですが、日当たりのよう健康的な生活には不便なところでした。
本命「鎌倉」と云えば・・ここも買い物には不便です。裏駅周辺に高級スーパー「紀伊国屋」があり、表駅には東急ストアーがありますが、駅周辺のマンションは、とても私達の予算を大幅に超えていました。
よく云われますが、鎌倉は観光にくるにはいいが、此処に住もうとは思わない・・・

そんな時、大船駅から徒歩5分に大規模マンション群開発物件があり見にいきました。
行って見て、ここは今住んでいる東戸塚と何ら変わりはない、駅に近く、自分の部屋から見える風景は、このマンション群の他の棟ばかりそれでいて、私達の予算より大幅にオーバーしていました。
そんな時、このマンション群を見に来たお客さんを相手にした、他のデベロッパーのチラシを目にしました。
それは、大船駅の西側、静かな文京地域にある52戸のちんまりした5階建てのマンションたったのです。

カミサンが先ずこの大船の町の商店街を気に入りました。

鎌倉と云えば、少し気取った、お高い雰囲気がなくはないのですが、この商店街は、時々TVに登場するような、下町情緒あふれた、人情商店街のようなのです。
そして、スーパーマーケットの「セイユー」を覗いてみる、安いのです。



商店街の角にある、昔ながらの食堂は値段もそこそこ、美味しい定食がありました。
カミサンは、「私は田舎育ちで、気取った街には住めないけど、ここなら住めるわ」といい、終の棲家はわからないけどここにしようと決めてのです。
あれから、毎日、カミサンはここの商店街と「セイユー」で買い物をしています。
「ライフ」「イトーヨーカドー」も少し離れた所にありますが、基本は対面販売の商店街と決めているようです。

その商店街の一角、シンボル的なお店が全焼しました。
今日のところは、失火原因は特定出来ておらず、火元は「亀屋万年堂」と噂されていますが、真偽は分かりません。
それでも、あの二軒だけで収まった、よかったよかった、あの狭い、長い、違法建築続きの戦後のアメ横並の商店街まで類が及ばす、明日から
買い物が出来る・・・とカミサンは喜んでいます。

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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ