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2021年08月11日

定年後の地域デビューの切掛となったのは写真撮影会

鎌倉の夏の風物詩 鶴ヶ岡八幡宮雪洞(ぼんぼり)祭り

8月8日、夜8時から東京五輪2020の閉会式の行われる日、夕方、鎌倉の夏の風物詩「ぼんぼり祭り」の撮影に行きました。
この日は、朝から札幌で男子マラソンがやっている日、 関東地方は、台風の影響で降ったりやんだり、千葉には暴風警報がでているような日ですが、天気予報は午後から晴れるとの予報ででした。
東京五輪の私が期待してみたい競技は全て終わり、オリンピック閉会式も、開会式同様さして興味もありませんので、暇つぶし、運動不足、肥満気味と、このコロナ蔓延の時期、今晩なら、鎌倉ぼんぼり祭りの会場は三密歩避けてすいているだろうと云う思惑で夕方から5年ぶりに出かけました。
鎌倉駅から若宮大路に向かう、入り口の狛犬も、だいぶ前からマスク姿です。

一番のハイライト、巫女さんによる火入れ

自宅を5時半に出て二駅先の鎌倉駅に降り立つと、空はまだまだ高く、海岸に近いのにまだ温度は高いままです。
例年、「ぼんぼり祭り」の際には、境内でいろいろな催しが行われているのですが、今年は、コロナ禍、緊急事態宣言下でもあり、いっさい何も行われていませんでした。
6時すぎ、陽もまだ高いのに、社務所の大勢の巫女さんたちが動き始めました。
例年なら、雪洞の火入れは、6時半頃なのですが、この日は急に早くなったようで、理由はわかりません・・・コロナのためなのか、はたまた社務所スタッフが東京五輪の閉会式を見たいからか?は分かりませんが・・・
例年なら、この鎌倉女子大学生のアルバイト巫女さんが、暮れなずむ湘南の夕暮れ時に、蝋燭の火を一つ一つの灯籠に火を灯す姿を写真に撮ろうする、大勢のアマチュアカメラマンおじさんに囲まれるのですが、今日は三日目、最終日とあって極端に少なかったです。

ぼんぼり祭りと地域デビーのきっかけ

日が落ちて、白いぼんぼりにビンクの灯が映えるようになるのは、7時を少し回ってからのことで、この時間帯がアマチュアカメラマンがオート撮影しても十分に綺麗な写真が取れる時間帯です。
この時間を過ぎると、オートでは、白飛び、黒つぶれの写真になってしまいます。
写真には全くの素人だった私は、退職後鎌倉に越してきて入会した写真倶楽部で色々と教えていただきました。
当時(2003)、デジカメはあったものの小型、汎用カメラのみで、一眼レフは超高値で、私が使っていたミノルタはまだ発売に至っていませんでした。
このような、お祭りを撮影に来ると、必ず会場には見知った人ばかりでした。
当時の歴代の会長さんは全て、この鶴ヶ岡八幡宮のある町内会、雪ノ下か裏手の西御門に親の代からお住まいの方々のベテランばかりでした。
写真倶楽部に入って、私は一眼レフの扱いを教わり、その返礼に、パソコンによる画像処理・フォトショップを教えるようになったのが、きっかけで鎌倉のボランティア団体を束ねる、NPOに加わるようになったのです。
こんな、鎌倉を代表するようなお祭りの日、何時もなら、定年後の地域デビューの切掛となった恩人や、メンバーの誰かしら、顔見知りに会うものの、ここ数年誰にも会いません。
いかがお過ごしなのでしようか?
先輩方はとうに、後期高齢者となり80歳近いのは間違いなく、この暑さとコロナパンデミックで、今日はテレビで閉幕式を見ているのでしょう。
お世話になりました写真倶楽部は現在も健在で活動していますのでご紹介します。
鎌倉写真倶楽部・フォトクラブベアーズ

雪洞の絵に著名人が少なくなり、書ばかりが目につく

5年ぶりに撮影にきた鶴ヶ岡八幡宮雪洞祭りですが、先ず気がついたのが、雪洞に描かれている絵画が少なく、半分は「書」なのです。
ほんぼり祭りの歴史は
ぼんぼり祭りは、観光客を誘致のために昭和13年から始められました。
この時は高浜虚子や里見クなどが発起人となり、鎌倉在住の文化人1000人程の協力で始めたという歴史があります。
ちなみにぼんぼりは昔、源実朝の誕生日の「実朝祭」に書画を奉納したことから始まったそうで、絵画だけでなく、「書」もOKなのです。
私が初めてこのぼんぼり祭りをおずれた17年前が、もしかすると最盛期だったかも知れません。
鎌倉鶴岡八幡宮の裏手あたりには多くの「作家」「画家」「芸術家」「俳優」「映画人」「文化人」「著名人」が居を構えおり、お祭りに協力していました。
会場にくるお客さんも、ぼんぼりの絵と同時に、書いた作家の名前を探し、同時に一緒写真に納まる光景が目立ちましたが、近年、高齢化により、昔の作家著名人が次々になくなり(井上ひさし氏・平山郁夫)、ぼんぼりまつりの常連は、俳優や歌舞伎役者などやや小ぶりの有名人となっており、自然と「絵画」ではなく「書」が多くなっています。

7時過ぎには周りが暗くなり、ぼんぼりの灯が映える

ネットなどでよく目にする、鎌倉鶴ヶ岡八幡宮雪洞(ぼんぼり)祭りの画像は、正確に言うと、一般の方は撮れません。
境内入り口の太鼓橋の上に三脚を立てて手動露出・ローシャツターで撮らないと、ああは綺麗な画像は撮れません。
太鼓橋の下から脚立なしで撮影すると、八幡宮の後ろの空が必ず入ってしまうのです。
2m以上の大男がリモコンシャッター付きの自撮り棒でないと、後ろの空は入ってしまいます。

現在正面の太鼓橋は安全確保の為に、一般の方は入れませんし、三脚・一脚も混雑緩和、三密回避の為に禁止されています。
報道・撮影などの許可書があれば、ドローン撮影もOKのハズです。

禁止といえば・・・
現在鎌倉旧市内は全面禁煙となっており、数ヶ月前にあったJR駅西口の時計台広場の喫煙所も閉鎖され、八幡宮内休憩所にありました喫煙場所も灰皿は撤去されています。かつては、市役所内にありましたら、職員用の喫煙所も、市役所前のコンビニの灰皿も全てありません。
喫煙する方は電車で二駅、大船駅までくれば新たに東口に閉鎖型のしっかりした喫煙所もあり、冷房がしっかり効いたパチンコ店内で喫煙出来ます。
最近、何処へ行っても撮影禁止、三脚禁止、喫煙禁止です。
私は、原則として今年春から、断煙していますし、そんなプロ並みの写真・動画を撮ろうという意欲は古希を境になくなりましたから、そんなに困らない・・・と強がってはいます。

帰宅すると古い生徒さんからの電話が・・
帰宅すると、8時前で、オリンピック閉会式が始まろうとしています。
カミさんが
「〇〇さんから、電話が有ったわよ」
「久しぶりに貴方を先生と云う人から、昔の講座の生徒さんみたい」
「かなりのお年寄りみたい」
解った、今日は遅いから明日電話するとして閉会式をみました。
相変わらず、チマチマした、TV画面向けの演出、会場の選手たちは直接見えず、疲れて座っていたかも。
これが、観客いれた状態であったら、客席からはどう見えていたのでしょう?
翌日、朝に電話すると86歳になる〇〇さんはお元気の様子でした。
電話の内容は想像していたとおり、齢ともに先ず、白内障・緑内障の悪化で目がパソコンに追いつかず、主催している「老後相互互助団体 ナルク南横浜」の
ホームページサイトを閉鎖することにし、ご報告とこれまでのお礼と云うことでした。

この〇〇さんと同じ年生まれの方から全く同じ内容の電話が二年前にもありました。
耳が悪くなり目も悪くなる、それ以前に、手書きhtml、プログラムによるwebサイト作りが、自分で書いて作ったのに理解出来なくなってくると云うのです。
特に認知症と云う訳でもなく、緻密な計算づくの構成・組み立てが出来なくなるようです。
お二人共、83歳頃からと云ってました。
心しなくては、と思う次第です。

今回の2021年かまくらぼんぼり祭りは動画での撮影はなしなので、参考に下記の鎌倉雪洞祭り2016バージョンを掲載します。


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posted by 西沢 at 07:16| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ