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2021年07月22日

団塊世代の東京五輪1964の思い出 東京2020は始まった。

7月20日の新聞紙面で東京オリンピック2020の日程詳細を知りました。

二年前に、古稀を機会にボランティアセンターの公的職務やその他支援NPOを卒業してからというもの、これからの短い?・長い?リタイヤライフをどう過ごすか、予定スケジュールを二週間単位でをカレンダーに書き込んできました。
私の部屋のカレンダーの今年の7月の週は、7月の19、22、23の文字が何故か白抜きで表示され、色がついていませんので、なんだろうと思ってみていましたが、海の日・スポーツの日の祝日と云っても、一昨年から、カレンダーには関係のない365連休の身ですから気にもしていませんでした。
先々週、姪っ子夫婦親子三人が一泊二日で千葉の海岸へ行くという電話の話で、初めて一般の会社が4連休になるのを知りました。
30代の夫婦は、さして日本で57年ぶりに開かれるオリンピックには興味がない様子です。
話ではこの連休中、千葉の民宿も取りにくく、今回の民宿もお料理自慢の宿ですが、六畳の和室・風呂・トイレなしで、18,500円だそうです。
リタイヤ・貧乏シニアの私達にとっては、信じられない値段にびっくりです。

東京オリンピック1964の頃を思い出しています。

昭和23年生まれの私は、高校2年生でした。
オリンピック開会式は近所の美容院のカラーテレビで見ました。
市内一番の繁華街の評判の美容院はこの日、休業し、まだ数少ないカラーテレビ受信機を公開していたのです。
私は、裏口の窓越しから初めて、カラーテレビ映像を見ました。
日本選手団の真っ赤なユニホームの色や、アフリカの選手団が身につけている黄色や緑の民族衣装の色彩に釘付けになりました。
ほんの10年前まで、神社境内の街頭テレビでアメリカハイウェー警察ものを見たり、デパートの電化製品売り場で「栃錦・若乃花の全勝対決」を見ていたのが12歳の小学生でした。

今でも鮮明に覚えているサザエさんの4コマ漫画かあります。
内容は
カツオが友達の家に遊びに行き、帰る時、となりの部屋から女の子の声
「もう、帰っちゃうの、寂しい」との声を聞き喜ぶカツオ
隣の部屋の女の子はテレビに映し出される、外国オリンピック選手団の姿を見ています。
私もこのサザエさんの漫画を見て、あっという間に終わったオリンピック、二週間、こんな信州の田舎町でも外国人の姿を見かけるようになっており、高校2年生にして、夢は海外にとんでいきました。

東京オリンピックで一番印象に残っている映像は・・・

甲州街道を走る、マラソンのアベベの姿です。
私と同じ世代の男性との共通の東京オリンピックで思い出す映像のNo,1はこの孤高の英雄「アベベ」の走る姿なのです。
しかし、そんな同じ世代の人々と会話してみて、この映像の記憶の元が一緒だとわかりました。
私達団塊世代はナマのTV中継で、東京オリンピックのマラソンは見ていないのです。
あの、円谷が代々木の国立スタジアムに戻ってきた頃は、高校2年の午後の授業中でした。
後ろの席で携帯ラジオで聞いていたクラスメートからメモが回ってきて、3着と知りましたが、金メダルは誰かは書かれていませんでした。
私達に残る、マラソンのアベベの姿も、体操のチャフラスカの姿も全て、終わって一年後に見た「映画」の映像なのです。
自分の目で見た、東京オリンピックの記憶として唯一残っているのは「東洋の魔女」の優勝ラストシーンだけです。
タッチネットであっけなく終わった金メダルをかけた試合でした。

市川崑監督の映画「東京オリンピック」

映画は大きなビル破壊の鉄の球体の映像から始まります。
大きな鉄の球体が古いビルを粉々に破壊し、高速道路が建設され、モノレールが走る新しい東京の街、続いて、白煙を吐きオレンジの炎のトーチを掲げた若人が日本中を駆け巡り、畑の沿道にはお年寄りが日の丸の旗をふって歓迎する映像。
グランドを走る外国人選手の珠のような汗のアップ、躍動感。そして閉会式の市川崑監督も予期していなかったハプニング、肩を寄せ合って入場する日本と各国の選手団の姿。
「平等」「博愛」「スポーツマンシップ」「世界は一つ」全てのオンリンピックが訴えたい要素に凝縮された、作り物ではない閉会式。
私はこの映画は四年後、横浜からアメリカに渡る船の中で見ました。
故郷を離れ、数年前に見た「東京オリンピック」に映し出された、日本以外の世界に向かう途中でした。
自然に涙流して見ていたのを覚えています。

後期高齢のスポーツ界に居座る長老よ、去りなさい
今回の東京オリンピック2020組織委員会、JOC、そして自民党政府・内閣が持つ、オリンピックに抱くイメージ、考え方は、私達団塊世代が抱くものと大差ないと思います。
特に、首相の菅さんは私と同じく、高校2年の時、秋田でご覧になっていたのですから。

しかし、元森喜朗会長(84)、或いは後任にすいされた川淵三郎氏(85)ら、私達団塊世代のちょうど一廻り上の、日本の既成の運動部的なエスタブリッシュメントの方々は、東京オリンピック2020をただの、スポーツの祭典ではなく、政治的・経済的な起爆剤でなくてはならぬ・・・と56年前と同じ考えをお持ちのようです。
コロナ対策として観客を入れぬ、但し関係者とスポンサーだけの「開会式」・「閉会式」はいりません。スポーツマン・競技者の為の「オリンピック」で十分だと思います。

全て、過去の経験や素養・素質・能力が違うのに年齢によって線引、制限するのは間違っていると、私もそう思いますが・・・
しかし、自分がある程度年齢、先輩、高齢者として他から見られるようになって、確かに単純には云えませんが、年齢と体力は徐々にマイナス方向に、意識は逆方向、守り方向へと、世界をリードする立場の方々から益々離れて行くのは自覚しているのですから。

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posted by 西沢 at 07:25| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ