普段の生活のなかで、祝日があっても、今日の祝日はなんだったっけ?と思うことはよくあります。
特に最近は休日が増え、ゴールデンウィークのなかでの祝日と祝日の間は休日とか、ハッピーマンデーとかがあってよくわからないのですが、5月3日はよく覚えています。憲法記念日・・・と云うよりも私が横浜港から日本を離れて、憧れの世界へ飛び出した日ですから。
今も手元に残っている当時の青い大きなパスポートのVISA欄にYOKOHAMA MAI.X3.1967と云うハンコが鮮明に残っています。
当時の貧乏青年・学生が海外にでる手段のメインは、横浜・神戸から船便(貨客船・移民船)、或いは新潟からウラジオストックに出てのシベリア鉄道であり、航空機での出国は高値の花でした。
私が乗船した商船三井の「ぶらじる丸」(1万トン)は、60年代最後半の南米への移住者と、アメリカに渡る若者で溢れていました。
横浜を出た船の最初の寄港地はホノルルでした。
日本の海外旅行自由化は私が横浜を出る三年前の4月のことです。
海外渡航の自由化から1週間後の4月8日にJTBが主催した、ハワイ9日間「第1回ハワイダイヤモンドコース旅行団」の旅行代金は、当時の国家国務員大卒初任給(1万9100円)の19倍という36万4000円。これらを現在の物価に換算(令和2年大卒初任給は209,000✕19)すると、JTBのハワイツアーは397万円という超高値の花だったのです。
そんな時期に、二十歳の貧乏青年の生まれて初めての海外の寄港地がホノルルだったのです。
※ちなみに船代・渡航費用は就職先の日・米・亜現地合弁企業の負担で横浜・ブエノスアイレス45日間、当時のお金で27万円でした。
生まれて初めてみる海外、ハワイのホノルル港には朝早く入りました。
船の甲板からみる初めての海外、絵のようなヤシの木、走っている車はみんな大きな文字どうりのアメ車です。
接岸する岸壁は、現在のアロハタワーのある場所で、年3便の日本からの船がつくと、岸壁では歓迎レセプションとフラの踊りの大歓迎です。
この岸壁からまっすぐダウンタウン方面に10分も歩くと、現在のチャイナタウン、昔60年代ここには日本人街があり、大映の常設映画館もあり、美空ひばりの歌謡ショーも行われていたのです。
私は同船者のなかで、これからロサンゼルスで下船する青年らと数人とレンターカーを借りてオアフ島を一周しました。
船からは、くれぐれも出港する夜の9時までに確実に戻ってくるように念をおされました。
初めての外国での車の運転、右側通行運転する青年は国際免許を持ち、英語も達者でしたが、船は定刻に出港する、待たない、もし間に合わなかったら
自力で次の寄港地まで行って下さい。勿論自前で・・・と。
私は財布の中は、親からの345ドルです。
※当時の日本では外貨持ち出し制限があり、パスポートに持ち出し金額が記載されるのでした。
345ドル、1ドル360円時代ですから、126,000円の大金です。
当時のスーパーのバイト代一日500円の時代(現在に置き換える8,000円として16倍)200万円ぐらい、しかし当時の日米の為替は明らかに日本の輸出政策を反映しており、この当時海外に出てみて、1ドル200円ぐらいが妥当かなと感じたことを覚えています。
無事に港に戻ったきた私達は、船が出るまで日本人街へ行きました。
一人の青年がアルコール好きのようで、本場の洋酒、ウィスキーを飲みたいとバーに入ると、日系二世のオーナーは「日本人のボーイが来た」と大歓迎してくれました。
その時の英語、「そっか私はボーイなんだ」と妙に納得したことを覚えています。
日本語の出来る日系二世のオーナーは、これから日本人がどんどんとハワイに来てくれるのを愉しみにしている。
ここハワイはアメリカかであるけれども、日本人が一番好きになる要素は全て揃っている。
日本からの距離、時間
日本語と日本食
青い海と、心地よい風、気候
何十年後にきっとハワイは変わっていくと思うと。
この言葉はよくお話覚えています。
退職後のハワイミドル・リピートステイ
そして歳月はながれ、私は早期リタイヤして、日本人退職者のロングステイの最適地は「ホノルル」と云うようになりました。
そして各地を旅し、滞在しても最後はハワイ・ホノルルと思っていますが、唯一の欠点は、物価が高く、2003年退職当時は、二人、10間滞在で航空券・ホテル代、食事、移動、お土産を入れても25万で収まっていたのが、どんどんホテルの値上げで、70才近いリタイヤ年金夫婦には、一年に一度くらいしか滞在出来ない場所に変化してきていました。
費用と体力と年齢的なものからパスポート更新せず、海外旅行卒業と云ってはきましたが、カミさんと二人の会話では、最後の海外旅行は「ハワイ」と暗黙の了解でしたが・・・こんなコロナパンデミックは予想だにしていませんでした。
ハワイはどうなってしまったのか、今どうなんだろう・・・
5月2日夜の報道番組、ハワイの現状リポートがあるというので眠いのを我慢して見ました。
ハワイはアメリカ本土から観光客で50%ぐらい復活しているようです。
72時間以内のPCR検査陰性の証明が必要のですが、これがあれば2週間の隔離は不要とのこと。
驚いたのはこの処置、本土アメリカ人の他に、外国籍としては日本人だけに適用されているとのことでした。
でも日本人が来ない理由は
日本外務省がハワイへの渡航を「レベル3:渡航は止めてください。(渡航中止勧告)」
その国・地域への渡航は,どのような目的であれ止めてください。にしていることだと解説していました。
渡航制限レベルとは
「レベル1:十分注意してください。」
その国・地域への渡航,滞在に当たって危険を避けていただくため特別な注意が必要です。
「レベル2:不要不急の渡航は止めてください。」
その国・地域への不要不急の渡航は止めてください。渡航する場合には特別な注意を払うとともに,十分な安全対策をとってください。
「レベル3:渡航は止めてください。(渡航中止勧告)」
その国・地域への渡航は,どのような目的であれ止めてください。(場合によっては,現地に滞在している日本人の方々に対して退避の可能性や準備を促すメッセージを含むことがあります。)
「レベル4:退避してください。渡航は止めてください。(退避勧告)」
その国・地域に滞在している方は滞在地から,安全な国・地域へ退避してください。
この状況では,当然のことながら,どのような目的であれ新たな渡航は止めてください。
他の情報としては不動産の高騰が伝えられていました。
理由は、アメリカでもテレワークが進み、本土・都会のど真ん中でなくても、アメリカ国民の多数が望む「リタイヤ後の楽園ハワイ」で仕事しながらでも暮らせることが高所得者層に浸透してきて、多くの経営者・IT長者たちがハワイに不動産を求めてきていると報じていました。
日本人が前のように、気軽にハワイに行けるのいつか
アメリカのワクチン接種状況は、掲示板の投稿者Noguchiさんによれば、事前登録なしでも誰でもが受診出来る状況のようで、ワクチンがこの新型コロナパンデミックの終息の鍵であることは間違いないようです。
私達も一度は、パスポートを放棄し海外旅行の卒業卒業宣言はしたものの、70才をこして気軽に、日本国内とおなじように、朝起きて、美しい海岸、波の音、心地良い風、ダイヤモンドヘッドを見ながらお散歩して、手軽な朝食を食べ、さて今日一日、どこでどうやってのんびり過ごそうと、緊張もせずに過ごせる外国はここハワイしかないのですが。・・・
参考 私のハワイロングステイ情報
ブログ管理人のホームページ
団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方
ブログ管理人のwebサイト
2011から2019年過去のブログ