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2021年04月27日

齢を重ねると人は過去の記憶をたどる

先週の月曜日19日 カリブ海の社会主義国キューバで、一党支配するキューバ共産党トップのラウル・カストロ第1書記(89)が党職を引退することが正式に決まったとの報道を目にし、しばし頭の中でキューバで過ごした時の自分の年齢を暗算していました。
最近、色々な世界のニュースを目にする時、あれは何時だったっけ、自分は何をしていたっけと振り返ることが多くなってきています。
過去を振り返るのは、老人化、老齢化の一里塚と云われますが、でも、確かに、高齢者なのですから仕方ないでしょう。

私達夫婦がキューバの首都、ハバナにいたのは、
1996年4月、私が48歳、カミサンが45歳の時でした。
なんで、そんな25年・四半世紀前の年、月まで覚えているかと云うと・・・
1996年とはっきり覚えているのは、Windowsパソコンのデスクトップ壁紙からです。
キューバに行く手続きをしていた、コスタリカの旅行社の事務所のパソコンの壁紙を見て、中米コスタリカって結構進んでいるんだ、昨年発売されたばかりのマイクロソフトパソコンが、もう実際に小さな会社の業務で使われているんだ・・・と関心したのを覚えていました。
そして、4月という月を覚えているのは、定年後の居住地候補地としてやってきたコスタリカ・サンホセの街の商店街の看板に、来週から一週間『セマーナ・サンタで休業します』。というのを見て「しまったイースター・復活祭週間だ、中南米のカトリック国は全部休みだ」と気がついた
のです。

最長90日の観光ビザで入ったコスタリカ
とりあえずの三日間の宿は日本から予約してきたものの、思っていたよりも不便な場所、値段(日本払いで300ドル)の割には狭い、汚い部屋で、至急長期滞在する部屋を確保しなくてはならない時期、動きを封じられる事態になり、思案している時に目に飛び込んできたのが、旅行代理店のチラシ、「キューバ8日間、298ドル」です。当時1ドル100円ですから、身動き取れないコスタリカで一泊100ドルのホテルに泊まっているよりも、一週間、予定していなかったキューバへ緊急避難と、ちょっと共産国家キューバをのぞいてこようと云う理由でした。

スペイン語は全く問題ないのですが、この旅行社、外国人それも日本人を扱ったことがなく、キューバへの入国手続きははじめてだと云うのです。
その場でキューバ大使館に電話で問い合わせすると、本当は正式旅行ビザが必要だけど、このセマーナサンタ週間の間だけと云う特例で、ツーリスタカードOKというのです。でも、手数料一人35ドルとられましたが・・・

今日のブログはそのキューバの思い出話ではなく

齢をとると昔の記憶を辿ると云う話です。私夫婦の間で、四半世紀前に過ごしたキューバ日々は鮮明な思い出と残っています。
テレビなどで映し出されるキューバ・ハバナを代表する広場の映像をみながら、あの8日間、毎日食べていた、ハワイアンビザの話、裸足の野球少年、中華レストランの流しの青年、月に一度の冷たい生ビールを楽しみにしてたドクター、そして帰り空港へのタクシーが一時間遅れて、フライトに間に合わないと焦ったけど、キューバの夏時間切替日に辛うじて間に合った話など・・・

そして最後には、「若かったね、ふたりとも、怖いもの知らずだったね」と。
しかし、今日のブログのテーマはキューバの昔話でなく、齢を重ねると気持ちは昔の記憶を遡ると云う話です。

TVなどで映し出される、各国の代表的な街の姿は
ニューヨーク五番街、モスクワの赤の広場、パリのエッフェル塔、
バルセロナのサグラダ・ファミリア、エジプト・カイロのピラミッド、
アテネのパルテノン神殿、イスタンブールのブルーモスク、
リオのコルコバード・キリスト像、ペルーのマチュピチュ、そしてアジアの街角、
南太平洋の島々、イスラムの社会、街なかに流れるコーランの唄声、
北朝鮮ピヨンヤン、アフガニスタン、カイバル峠、アウンサンスーチー集会・・・・
幾つもの思い出の映像を夫婦で共用し、あの時は・・・と思い出しています。

しかし70歳をこしてもなお悔いの残る、目にしていない風景が
・アメリカ、ワシントンのホワイトハウスとポトマックの桜
・イギリス、ロンドンのビッグベンとロンドン塔
・ドイツ、ベルリンのブランデンブルク門
・イタリア、ローマのスペイン広場



人生せいぜい80年の寿命ですから、一生の間に見れる、訪れる箇所、国の数は多寡がしれています。
しかし、上記4箇所は何度も、プランを立てて計画していて、実現出来なかった場所なのです。
20~21世紀の世を生きてきて、出来る限り世界中を見て回りたい、自分たち人類の歴史の地を訪れてみたいと高校生の頃から思っていました。
結婚した相手の女性も、子供の頃からそう思っていたと知り、二人でできるだけそれに沿った人生、生き方をしようと、言葉にはしませんでしたが、自然とそんな人生になってきていました。
しかし、人生予定どおりにはいかないものです。
自分たちが自らパスポートを放棄するとは思いも知れませんでした。
例えパスポートを放棄しても、いつか落ち着いたら、最後の海外はやはりワイキキにしようかと、話をしていたました。
しかし、カミサンも古稀を超え、数年でコロナ禍も落ち着き、私達が後期高齢者となっても行こうという意思は恐らくないことでしょう。

新聞は伝えています。
兄の故フィデル氏とともにキューバ革命を率いた「カストロ」の名が政治の表舞台から消え、キューバ現代史の大きな節目となる。
エルネスト・チェ・ゲバラもフィデル・カストロも亡くなり、革命を知っているラウルが引退していく・・・
団塊世代もいつか、こうやって人の目、日本の歴史から姿を消していくのでしょう。

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posted by 西沢 at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ