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2021年02月26日

誕生日おめでとう!に関する違和感

2月23日が祭日のようですが、何の祭日なんだろう?カミサンが聞いてきます。
彼女の部屋のカレンダーは赤丸ではなく、平日のようです。
私の部屋のカレンダーを見ると23日は天皇誕生日のようです。
そうか令和の世になり、2月23日が天皇誕生日の祭日になったのだ。
でも、カミサンの部屋のカレンダーはどうして赤丸ではないのかと、よーく見るとJALの海外向けカレンダーで、日本国の祭日・休日は何の印もついてなかったのです。

令和天皇陛下(徳仁親王・浩宮)が生まれた日のことはよーく覚えています。
私の誕生日2月25日と2日違い、干支も同じ、ちょうど一回り12歳違いのねずみ年。
この頃の私は、小学六年生、新聞配達で夕刊を配っていたのですが、徳仁親王がお生まれになると云う速報・号外の為に、新聞直売所で待機させられており、この日の夕方のそろばん塾の進級試験に間に合うかどうか、モヤモヤと心配していたのを、よーく覚えています。

令和の世の天皇陛下として61歳の誕生日です。
ということは、私とちょうどひと回り違うので、私は今年73歳となるのです。
天皇陛下へは、おめでとうございます。と申し上げますが、私は「誕生日おめでとう」とは云われても素直な気持ちにはなれません。

私達の子供の頃、私の家では特別、誕生日のお祝い的なことをした記憶はありません。
三つ違いのカミサンに聞くと、小学校の頃、親しい同級生数人で家に呼んだり呼ばれたりして、フルーツ牛乳とちょっとしたお菓子でお祝い会をしたことを覚えていると云います。

カミサンは北関東の田舎育ち、私は信州の県庁所在都市の町中・繁華街。違いと云えば、その頃の同級生といえばみんな、商店街でお店をやっている家の子供たちばかりです。
カミサンの親は勤め人、会社の購買部で何かを買ってきてくれていた、と話しています。
私達の親は忙しかったのと、我が家が特別貧乏だったのでしょう。

時は昭和30年代の前半、すこしづづ戦後の混乱期がすぎ、東京タワーが建設されようとしていた時代です。
私の住む街なか大通りを「岸内閣をぶっとばせ、安保条約反対だ」とデモ隊が行進しているの目に今でも覚えています。
確かに、みんな貧しかった。そして池田内閣の所得倍増計画が始まり、日本の高度成長がはじまった頃・・・
スポーツクラブの同い年、団塊世代の友人男性に、子供の頃お誕生日会とかやった記憶はある?と聞くと二人共ない、と答えていました。
そうだよな、でも自分たちが貧しいなんて思いもしなかった。

なんで誕生日はおめでとうなんだろう。

60歳を過ぎてから、誕生日のたびに、作家佐藤愛子「誕生日 何がめでたい」を思い出しています。
私の場合、年を重ねるにつれ、誕生日を迎えるたびに老化や死といったマイナスイメージが色濃くなっています。
また誕生日を迎えて年をとっちゃったよ」と。

そして、70歳を超えたあたりからは、誕生日には、後何年、この日を迎えるのだろうかと逆算すらします。何度もブログで書いていますが、一応私自身が逝く年齢は78歳と設定して全ての試算が進んでいます。
とすると、後5年です。その後は「儲けもの」の人生だと考えるようにしています。

誕生日について質問した同世代のメンバーにこの話をすると・・・
70歳を越してから、新聞の死亡欄を見るようになった
以前は全く目もむけなかったのに、どんな経歴の人かではなく、死亡年齢と死因が気になって・・と全く同感です。

今年2021年の誕生日は特別記憶に残るかも
昨年までの誕生日と今年の誕生日の記憶はきっと違い、後年、鮮明に覚えていることでしょう。
理由はいろいろありますが、昨年の72歳から73歳にかけて止めたことが沢山あります。
1,NPOボランティアの活動を正式にやめた
 その為に出会う人の数が極端に減少しました。
 センターそのものの広報も72歳という年齢を理由に止めたので、ほぼ事務所に出向く理由
 がなくなりました・
 それでも、バックアップでのサポートというお言葉をいただきますが、ご遠慮するように
 しています。

2,コロナ禍で、webサポートしてきたお店とのお付き合いがほぼ無くなりました。
 月に一度は数件の横浜の夜の街のお店のケア・サポートをしていたのがなくなったり、
 オンラインに切り替えたりしてたので、出かける理由がなくなり、綺麗なオネーサン方とは
 もう一年近くお会いしていません

3,煙草を止めました。
 正式に止める宣言をしてから一ヶ月以上経ちますが、大丈夫です。
 止められた大きな理由のひとつが、私の半径内に煙草を吸う人がいなくなったのが一番です。
 NPOセンターのスタッフの一人、毎週火曜日のバドミントンクラブのメンバー、そして
 横浜の夜のお店のお友達・・みんないなくなった 

4、コロナで旅行に出かけられなくなった。
 昨年の12月から三ヶ月、宿泊を伴う遠出、旅行には行ってません。
 海外旅行を卒業して、もう6年、それなのに国内旅行さえ行けない今、こんなことは予想だ
 にしてなかった

昨年と比較すると、圧倒的に暇、すること、出かけることがなくなってきています。 
退職前に恐れていた、何もすること、いくことがない、ただ一日の時間を過ぎていくのを見つめる、自堕落な生活、このままだと、そんな記憶の誕生日になるやもしれません。


誕生日ってなんなんだろう
ネット上ではいろいろなご意見があります。
 誕生日は、その日が記念日だからというよりも、この年まで無事に生きていられたことを
 お祝いする日。
 誕生日を迎えた高齢者は、そうっとしておくのが無難。
 あるいは生んでくれた母親に感謝する日。
 家族や、友人、そしてお世話になった人、etc...そんな人たちが、無事に一年を過ごせたこと
 を祝う日。

綺麗に格好良く云えば・・・
 つまり誕生日は自分を祝う日ではなく、本来は「感謝」の日なんでしょう。

でも実は、今の心境は
 誕生日 冥土の旅への一里塚  終着地まであと何里あるか

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posted by 西沢 at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ