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2021年01月01日

自分あての年賀状 2021年 団塊世代に残された年月

3年前、古稀の70歳を迎える年の年賀状から出すことを止めました。
年賀状を出すという習慣は、退職・隠居してからです。
仕事していた頃の年賀状に近い、新年のご挨拶と近況報告は、お正月の旅先の絵葉書で、必ず現地からだしていました。
現地から出すというのは、結構大変な作業でした。

大都市ならいざ知らず、辺境の遺跡巡りが多かった私たちが滞在するのは、地方都市で、絵葉書は手に入るものの、海外向けの高額な切手が売っておらず、少額の切手を何枚も貼らなくてはならないことでした。
宛先は事前にシール印刷しておくのですが、文章は全て手書きの為、昼間動いたあと、宿に戻ってひたすら万年筆で書く夜が続いたものでした。
かなり郵便事情の悪い国の場合、地方都市で出すと届かないことも多いので、最後の大都市の空港で、まとめて投函することも多かったです。

いろいろな思い出があります。
1992年、日本初のPKOがカンボジアに派遣された年の正月、アンコールワット観光が再開されたという知らせで、シェムリアップに飛ぶと、廻りは外国のPKF・国連の兵士で町は溢れ、私たちは観光に行ったのに、日本人の女性が珍しいのか、カミサンはこれらの開発国の兵士に囲まれ記念写真をとせがまれていました。
まだ、観光客はほとんどいなく、アンコールワツトでは、NHKの報道チームから邪険にされたことを今でも覚えています。
停戦後のカンボジア、秘境である世界遺産アンコールワットに、日本人観光客が映ってしまうのが、まずかったようです。
シェムリアップでの投函は地元のひとからの忠告で止め、首都のプノンペンで自分宛も含めて、30通だしました。
自分宛に届いたのは、半年後の6月でした。

やがて、早期退職・引退・隠居してからは
それまで、現業時代の仕事関係の友人・お世話になった方々や、世界で知り合った旅の友人、地元のNPO関係の仲間など、に多い時は100葉を超える年賀状をだしていました。
年賀状を出す大きな理由は、近況報告でした。
古い旅の友人や、元仕事仲間に、まだ忘れたくない、少しでも社会・世間と関わりを持っていたいと気持ちだったのてしょう。
しかし、退職して数年も経てば、それは義理・形式的なものに変化します。
一方的な、「退職してもこんなに元気ですよ、世界中飛び回っていますよ」という、自慢・強がりの年賀状だったのではないかと思います。
こちらが、年賀状を出すことを止70めます、と、ご挨拶をしても、何通かは送られてきます。
これに返事を出すと、忘れていての「後出し年賀状」と思われるのも嫌で、返信はしていません。

年賀状を出す習慣を止めて、3年目になります
今は一通だけ年賀状を造っています。自分宛のものです。



カミサンは、この年賀状の文面を見て、「狼少年みたいに、後何年の寿命、死ぬ死ぬなんて・・・、死ななかったらみっともないからやめて」と云いますが・・・
私からすれば、いつまでも現在のままの体力、健康、気力、でずっとこれ先何十年も生き続けると思っている、自信過多のおじさんのほうが、よほど
「草野球のキャッチャー」だと思います。⇒”みっともない” ※映画「幸せの黄色いハンカチ」のなかで、出所した高倉健が武田鉄矢を説教した時の名セリフ

私の廻り親類・縁者の男性は皆、早死にです。
父は71歳、動脈瘤。兄は72歳、盲腸がん、姉の夫(私の義兄)は70歳、心筋梗塞。
母の弟一人は、30代(死因は訊いていません)、母のもう一つの弟は、50代で糖尿病が原因の失明を苦にして自殺です。
カミサンの父親は、72歳、がん。カミサンの姉の夫は40代、クモ膜下出血でした。
私が、30代半ばで老後資金計画エクセルを造った時、一番大切な設定項目は自分がいつ死ぬかでした。

設定はその当時の団塊世代の平均寿命の78歳として、全て個人年金保険の設計をしました。
2020年現在、日本人男性の平均寿命は男性81.41歳、平均余命はデータは少し古いのですが平成29年(2017年)の70歳の平均余命は15.73年です
2021年の私に置き換えると、私の余命はほぼ12年、84歳前後となります。
今更、自分が作ってきたシミュレーション値はかえるつもりはなく、あくまでも78歳を意識してこれからも続ける予定です。
78歳を過ぎてからは?・・・
狼少年の私は、明石家さんまが自分の娘につけた名前(イマル)のとおり
「生きているだけ丸もうけ」です。


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posted by 西沢 at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ