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2020年07月01日

ランボーは73才だった、私たちと同じ団塊世代

先週の金曜日、封切られた『ランボー/ラスト・ブラッド』を見てきました。
私たち夫婦の朝は、起床時間は1時間差の別々で、朝食時間も別です。
洗濯時間・朝食準備時間など関係があるのですが、カミサンは朝、自分だけの時間を大切にしたいようで、5時前に起きて、一人コーヒーを飲みながら、新聞とラジオの時間をゆっくりと過ごしています。
私の起床時間は、6時~6時半です。
体重・血圧を測って、カミサンのいるリビングのテーブルに着くと、ちょうどラジオの「ニッポン放送」は今話題の映画についてやっていました。
話題はランボーの映画と云うか、主役のシルベスター・スターローンの年齢でした。

主演のシルベスター・スタローンは1946年7月6日生まれ、今年の7月で74才
映画のなかのランボーは1947年7月6日の設定で73歳です。
同じ団塊世代だったのです、ロッキーで見せる、あの筋骨隆々の体、動き、力強さをみると、私よりふた廻り近く若いと思っていました。


映画は私の住まいから一番近い、いつもの辻堂の「109シネマ湘南」でやっていました。
コロナ緊急事態宣言で、映画館もしばらく閉館していましたが、現在は、入場者数を半分にして営業を再開していました。
手元には、コロナ緊急事態宣言直前に見に行った、お気に入り女優波留主演の「弥生、三月 君を愛した30年」の時、劇場館内が突然の停電になり一時、映像が中断しました。その際に109シネマ湘南からいただいた、次回無料招待券があったので、封切り日に見に行きました。
170席の館内の客は30~40人程度、ほぼ私と同年代から少し若い男性のお客さんでした。
入口には、自動体温測定カメラがあり、マスクの着用が義務化されており、席は、左右、前後、斜めに空席が設定されていました。

4月・5月・6月半ばまでのステイホーム、自粛の間、私はの午後の過ごし方は、TV東京の「午後のロードショー」をみることでした。
往年のアクション系名映画、クリント・イーストウッドものが数多く放映され、やはりシルベスター・スタローンのもの、ランボーの連作もやっており、時代を感じずにみていました。

『ランボー』(1982年)
ランボーの第1作
戦地での苛烈な経験で精神を病んだベトナム帰還兵、ジョン・ランボーが米国ワシントン州の田舎町で迫害を受け、自らの身を守るために暴走する話です。
最初に見た時も、TV東京の「午後のロードショー」で見た時も、自分の年齢や、ランボーの年齢は全く意識しませんでした。
この映画では、ランボーは35才です。
今、自分の35才の頃を思い出しています。
忘れもしません、初めて自分の家を購入した年でした。

『ランボー2/怒りの脱出』(1985年)
物語は、かつてランボー自身が戦い、そして捕虜となって地獄を見たベトナムを舞台に展開します。
強制労働中の石切り場に現れた元上司の大佐と、政府CIAの人間に、まだベトナムに捕虜となって閉じ込められたいるアメリカ兵の所在の確認の任務を命じられ、釈放条件よりも、同じベトナムで戦った仲間の存在の有無に心惹かれ、再びベトナムのジャングルに戻って行くストーリーです。
1985年、ランボー38才。
私は何をしていたろう・・・37才、社内融資住宅ローンを完済し、カミサンと二人インドを旅していました。

『ランボー3/怒りのアフガン』(1988年)
ジョン・ランボーはこれまでの戦いで負った心の傷を癒すべく、タイ・バンコクの仏教寺院にいた。
そこへトラウトマン大佐が、アメリカ国務省から派遣されてきたグリッグスと共に現れる。
トラウトマンはソ連軍による残虐行為が横行するアフガニスタンのジュルム地区へスティンガーミサイルと支援物資を供給するため、現地調査の任を帯びていた。
彼らはその協力を求めて訪ねてきたが、ランボーは「俺の戦争は終った」と固辞する
しかし、調査隊を率いて現地へ赴いたトラウトマンはソ連軍に捕らえられてしまう。
ランボーはそれを知るや否やすぐさまアフガンに向かい、現地ゲリラ部隊と協力してソ連軍の要塞に潜入する。
ランボー41才、私は40才。
この年のことは良く覚えています。前年に実家の父が71才で亡くなり、このお正月に昭和天皇崩御し、この年は海外旅行は自制していました。
その分、住宅金融公庫からのローンを全額早期返済した年で、老後資金計画のスタートの年でした。

『ランボー4/ 最後の戦場』(2008年)
三作で終わったと思ったら、俳優本人とほぼ同い年のランボーはもう60歳を超えている。
にもかかわらずベトナムで、あるいはその後に各地で受けた心の傷は決して癒えることがなく、いまもタイで隠遁生活を送るランボー。
しかしミャンマー軍事政権の暴虐によって囚われの身となった国連使節団を救出するため、もう一度戦場に舞い戻ることになる。
この映画を見た覚えがありません。
日本の商業映画館で上映されのかも、記憶にありません。
2008年、私は60才、還暦を迎えた齢、既にリタイヤしており、バリ島・台北・チェンマイ・ホノルルと1年の半分近くを海外で過ごしていました。
これを見る為には、スカパー・CS映画専門チャンネル ムービープラスでやっているようですが・・・

『ランボー5/ラスト・ブラッド』(2020年)
そして、シルベスター・スタローン 団塊世代実年齢74、ランボーの設定年齢73才の本当に最後の映画になるであろう
まさかの続編にしてシリーズ完結作『ランボー ラスト・ブラッド』が公開されました。

この映画のファーストシーンで、スペイン語の会話が耳に飛び込んできました。
最近、ずっと耳は英語慣れしていたところに、心地よい、聴き取り易い日常交わされるスペイン語の会話です。
ランボーは、引退しテキサスの小さな牧場で、メキシコ人女性と一緒に暮らしています。
一緒に住む女性の姪っ子は、亡くなった母の離婚後、メキシコで暮らす父親を訪ねて、反対を押し切ってメキシコに行き、メキシコマフィアの人身売買売春組織に囚われしまい、ランボーは一人救出に向かう話です。
暴力的表現映像と、売春・性的描写がある、18禁指定の映画でした。

あれだけ超人的な活躍をしてきたランボーですが、最後は自宅牧場のロッキングチェアーに座り、誰にも看取られず一人息を引き取ります。
欧米映画では、あのゴッドファザーのラストシーンのような、エンディングが男の人生の理想の逝き方とされているのでしょう。
映画から帰ってきて、この映画のラストシーンをカミサンに話しました。
我が家の一番高い、高価な家具は、この家に越して来た時に買った、ニューヨークの一流メーカーの総黒革張りのロッキングチェアーです。
定年後はロッキングチェアーで・・・が長年の夢でしたから、思い切ってカミサンの分と2つ購入しました。

「僕も、病院のベッドではなく、リビングの何時ものロッキングチェアーに座り、前の公園で遊ぶ子供たちの声・姿をみながら静かに逝きたい」とカミサンに云うと、
それは幻想・・・誰が面倒をみるのよ。
貴方の最後は、亡くなったお兄さんのように、キリスト教系のホスピスで、優しい看護婦さん、シスターに看取られながら逝くのよ。
ですって。

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団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方



posted by 西沢 at 07:39| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ