著者はマニラの「日刊まにら新聞」に籍を置き、これまで11年間、フィリピンで暮らす多くの日本人を取材してきたノンフィクションライターです。
これまでに
「日本を捨てた男たち フィリピンに生きる困窮邦人」
「だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人 」
など、海外に暮らす日本人を取材した著書が話題を呼んできました。
今回の「脱出老人」は著者の一連取材と同系列のものですが、対象の日本人は、これまでの、ヤクザ・犯罪者や、日本の社会に馴染めずに海外に出た若者と違い、日本の年金生活弱者の定年退職者、介護が必要な家族のお話です。
第一章 寂しさからの脱出
第二章 借金からの脱出
第三章 閉塞感からの脱出
第四章 北国からの脱出
第五章 ゴミ屋敷からの脱出
第六章 介護疲れからの脱出
いずれも、現代の日本人退職シニアが多少なりとも抱えている問題からの脱出がテーマで、本書に登場する方々は、主に家庭的な理由、経済的な理由により、この問題の解決方法を海外にフィリピンに求めたケースです。
プロローグは東京ビッグサイトから始まります。
ロングステイ財団主催の「ロングステイ2012」入口に並ぶ長蛇の高齢者の行列を目にし、本当にこの人達は皆、海外移住を考えているのだろうかと著者は唖然とします。
各ブースには、
「癒しを求めて」
「極上のセカンドライフを楽しむ」
「ゆったりと海外生活」 といった謳い文句が目に飛び込んでくる。
来場者の表情も概ね穏やかで、これから始まる第二の人生にいささかの期待抱いているようにみえる。
「フィリピンは英語も通じるし、同じ10万円でも豊かな生活が出来る」
「フィリピンってみんな親を大事にするでしょ、そんな国なら介護も安心できそう」
「セブ島は気候も良いし、海が綺麗で治安も問題なさそう、それに生活費がやすそう」
来場者からはこんな言葉が聞こえ、海外で生活することへの期待、日本で老後を送ることへの不安の気持ちが交差してしていた。
日本で高齢者の海外移住やロングステイを扱った書籍が既に数多く出版されているのは知っている。だがその多くは、各ブースのキャッチコピー反映した「塗り絵」のような内容だった。
このロングステイフェアにつめかける大勢の高齢者の姿を見て、「本当に移住して大丈夫なのか」と云う違和感を拭い去ることが出来なかった。
私は、実はフィリピンに行ったことはありません。
あれだけ、現役時代世界各国、それもアジア・中南米の奥地を旅していても、近場・簡単なフィリピンに行ったことはありません。
昔、一度だけ、現場関係の竣工打ち上げでマニラ旅行が企画され出発直前に、例のアキノ暗殺を発端とした市民革命が起きて、キャンセルして以来ら、一度もこの国に足を踏み入れたことはありません。
理由は、日本人が個人旅行する国として危険すぎるからです。
パック・団体旅行でしたらOKです。何かしら安全ネットやら、頼るべき場所が確保されているからですが、全くの個人旅行となると、全てが本人の責任になります。
フィリピンは、警察・入管職員・弁護士・裁判官・刑務所まで、99%お金次第で動く、典型的なラテン社会なのです。
マスコミのニュースで、出国時に自分のスーツケースの中から知らない、白い粉が発見んされたとか、街角の警察官から不当に逮捕されたとか、そんな話はゴマンとあります。
言葉の解らない、金持ち旅行者は、泣き寝入りして、金を払って釈放を願うしかない国なのです。正義を貫いてもダメです。裁判官も簡単に買収される国なのです。
私は、昔暮らした南米ラテン社会でこのような目にあった日本人を、それこそ10本の指でも数えきれないほど知っています。
早期退職して、団塊世代の海外ロングステイをテーマにしたwebサイトを立ち上げた時、一度は行かなくてはと思った矢先、退職者の無知に付け込んだ「セブ島 ロングステイ詐欺事件」が報じられ、フィリピンは除外されました。
http://www.tt.em-net.ne.jp/~soy7686/index.html#11
各章では、様々な理由から、日本を脱出してきた日本人を取材した、生々しい記事が掲載されています。私はこの本で一番衝撃をうけたのが、第六章の介護疲れからの脱出でした。
2003年早期退職した当時、ロングステイブームの到来し、2008年の団塊世代の一斉退職でピークを迎えていました。
当時、それまでの比較的裕福なサラリーマンの老後の一次的な生活の場として、ハワイをはじめ
とする、美しい西欧文化の国々、カナダ・オーストラリア・ニュージーランドが持てはやされていたのが、この頃から、「夫婦ふたりの国民年金でも豊かに暮らせる」と云う謳い文句で、アジアの国々が人気になりフィリピンもその国のひとつ、としてもてはやされていたのです。
しかし、時代はそんなアジア諸国の経済成長で物価は上昇し、バブル以降に退職する日本人の年金は円安傾向のなか、とても昔の夢のような暮らしは幻と気が付くようになり、経済的な問題で、海外ロングステイする人は、激減しています。
しかし、この本で書かれている理由で、今でも老後を海外に住もうと考える人々がいます。
「介護移住」です。
日本の少子・高齢化で、今後高齢者が介護が必要になった場合の不安は、かなり裕福な高齢者でも抱えています。そこに、日本政府は、多くの介護現場で外国人労働者の受け入れを政策として決めました。
いつも登場するのが、フィリピンの女性です。
フィリピンは、家族、ファミリー、身内、高齢者を大切にする文化があると云われており、この人達に注目が集まっています。
そんなお国柄もああって、フィリピンに次々に日本人を対象として、老人介護施設が誕生しました。今まで、フィリピンには、老人ホームと云う存在は皆無でした。
理由は、その必要がなかったからです。
家族が一緒に親・親族を介護し、看取るのが当たり前の常識だからです。
この本で衝撃的な事実を知りました。
次々に建設された、日本人向け高齢者ホームはほぼ全て、経営難で現在閉鎖されている、とのことです。
理由は、日本人経営者と現地共同経営者との間の意識の違い・・・と書かれていますが、本音のところは、日本人経営者がうまく、嵌められた、のではないか・・・と
日本人経営者側も、もっと大勢の日本人が来ると試算していたようです。
それでも、現在はこのような法人高齢者施設ではなく、個人がフィリピンの優しい女性を直接雇用して、親の介護を手伝ってもらつているケースが増えていると、本書では伝えています。
但し、それには介護を依頼する、子供、伴侶本人が、フィリピンに正式に住むことが前提であるとしています。
親を一人、或いは二人フィリピンにおいて、数ヵ月・半年おきに訪ねるようなやり方は、失敗すると書いていました。
エピローグ
フィリピンに移住する日本人たちの姿をとおして、高齢者の幸福論をかんがえるのがこの取材のテーマであった。
結論から言うと、幸せになる人も、そうでない人もいる。考えれば当たり前の話だが、そもそも海外で老後を送れば幸せになれると云う論調のほうが不自然である。
分かっていても、島国から海をまたいだ海外という新天地は誰の目にもよく映るだろう。
・・・・中略・・・
ただし、日本でそのまま暮らしたら、寂しい老後を送っていた可能性の高い高齢者たちが、フィリピンに来たから幸せになったと云う事実だ。
ともかく百聞は一見にしかず、手に取って読んでみることをお勧めします。
「自分の人生もろくでもないが、この本に登場するひとよりもマシかな」