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2021年02月10日

認知症に罹患した妻の介護をする夫介護者について

私が退職直後からリタイヤライフワークの一つして維持・継続しているwebサイトに、同じ世代の方々との交流・意見交換の場としてみんなの掲示板を造ってきました。
当初、少し早めの退職した私が発信するのは、退職直後からの「海外ロングステイ情報」の共有でした。
2003年当時の団塊世代の退職年齢は60歳で、一旦退職してから同じ会社に契約社員として再就職する例はまだ少なく、団塊世代の私達の間では豊かな年金をもらっての海外リゾートで暮らす海外ロングステイは、ひとつ上の世代、大橋巨泉世代と納得し、私達は、公的年金だけでも暮らしていけると評判のアジア各国の情報交換の場として、この掲示板は賑わったものです。

あれから18年、私達団塊世代は、一時期過ごしたアジアの国々から引き上げ、日本で地道に背丈にあった、穏やかな生活を続けています。
掲示板の話題は、国内旅行に移り、そして年相応に健康やらこれからの生き方、逝き方など多岐にわたってきています。

最近、この掲示板に多くの投稿をなさっている海外在住者の方の投稿が注目を浴びています。
80代男性の方の年下の奥様の認知症介護の日々を綴っている投稿文章です。

私達70代前半から半ばの世代での認知症介護と云うと、先ずは自分たちの両親の認知症の介護で多かれ少なかれ経験してきています。
それが、多少、年齢が上の世代とは言え後4,5年先で、伴侶の認知症の介護が必要、發生するとは、それも自分が認知症になり、介護されるのではなく、年下の妻の介護をするとは、考えたこともなかったでしょう。

認知症発症の男女差を初めて知りました
ネット上の記述では

加齢により認知症の有病率が増え、最近の調査では、65歳以上人口の約15%に認知症が認められ、女性では男性の1.4倍多いとされます。
認知症には大きく分けて血管性認知症とアルツハイマー病があり、血管性認知症は80歳以上で男性の方が多くなるのに対し、アルツハイマー病は90歳以上で女性が5.8倍多いことが報告されています。
アルツハイマー病に特徴的な「脳内病変の老人斑」と認知機能低下の程度と必ずしも一致しないことは、脳サイズの大きな男性の方が女性と比較して脳予備能力が大きいために、男性でアルツハイマー病がより少ないと説明されています。



私達夫婦はすでに両親はなくなっています。
そして二人の母親の晩年は軽い認知症でした。
男性は女性よりも早く死ぬから、相対的に女性の認知症を多く見受けられるのかと思つていましたが、そうではなかったのです。
軽い・・・と書いていますが、私達夫婦ふたり共に離れて暮らしていて、実際の母親の介護は実家の兄夫婦や、妹夫婦が担っておりどれだけ大変なことだったのかは、本当し知らないです。
電話で話した時や、一年ぶりに会いにいった時は、されほど不自然な会話もなく、すこしづづ年相応にボケてきたみたい、程度しか感じませんでした。

後から解ったことですが・・・
何であんな気丈夫だったお互いの母親が・・・と考えて見て、ある共通点に達しました。
二人共にある時期から認知症が進行していったのです。
その時期とは、私の実家の場合は、同居していた兄嫁が退職して家に入った頃です。
カミサンの実家で云うと、同居していた妹のご主人が退職して、家に戻った頃からです。
私の実家の母は、それまで家庭内、全てではありませんが掃除・洗濯・家事全般や、ご近所付き合いなど全て、何十年もやってきてしました。
それが、兄の奥さんが退職し家にいられるようになってからは、「お母さん、これまでありがとうございました。これからはゆっくりとお過ごしください」
と全て、兄嫁さんが担うようになった頃からと推測されます。
カミサンの実家も同じで、妹のご主人が退職されてからと云うと、これまで小さな畑を担当していた母親の役割を、彼が担うようになりました。
内孫も大きくなり、手間がかからなくなり、隣に住んでいたいた実姉がなくなった頃から、認知症の症状が現れだしました。
年齢的に、脳内の老化と一緒だったのかも知れませんが、ある種の生きがい、自分の仕事がなくなると、人は老化を早めるのではないか・・・と
思うようになっています。

認知症の奥さんを介護するご主人のイメージは


奥さんの立場から見ると、とても男性として立派な方で、責任感も強く、リーダーシップもあり、頼れる存在。
これは、後述する文献でも現れています。
まるで、二人の実家の母親の認知症が進んだ経過と似ているように思えてなりません。
これらの話をカミサンとすると、
「我が家ではあり得ない話ね」
「私が長生きして認知症になる頃は、〇〇君は絶対にいないでしょうね」
「もし、仮にいたとしても、〇〇君に頼ろうとは思ってないから安心してねですって。

ブログを書くにあたってネットで「認知症の妻の介護」と検索した結果を参考にしています。


認知症に罹患した妻の介護をする夫介護者が感じている困難
参考

本研究は,在宅で認知症の妻を介護している夫介護者の日常生活で感じている困難を明らかにし,看護支援の示唆を得ることを目的とした。
認知症の妻を介護する11名の夫介護者に半構成的面接を行い,質的記述的に分析を行った。

夫介護者は,妻の認知症状から【日常生活混迷への対応の困惑】を感じていた.
また認知症の症状によりできなくなった妻の代わりに行う家事は,経験の少ないことから【家事の不慣れ感】を感じていた。
また異性の介護を行うことで周囲から誤解を受けやすいことや,認知症の症状による行動障害から世間に迷惑をかけないようにと【近隣の人々への気兼ね】をしつつ生活をしていた。
さらには,妻が認知症に罹患したことに対する【消えないわだかまり】を抱えていた。
全員が65歳以上の夫であったためか,体調に関連する【介護者の健康不安による介護継続の気がかり】を持っていた。
今後,認知症症状の理解や対応方法への支援,男性特有の困難に対する心理的・身体的・社会的な支援が特に重要であると考えられた。

〜中略〜

男性介護者の特徴は,介護の仕方が女性に比べて合理的であり,介護を仕事の延長とみなし自分の手で完璧にこなそうとする傾向や,介護を自らの責任と規定し他者とのつながりを持たない傾向がある.
一方,家事行為への戸惑いや介護を続けていくための不安感を持ち,家事や介護等の役割を担うことに対応しきれない現状や,悩み等を他人に相談できにくい傾向がある。
そのため,男性介護者は内にこもりがちになり,それがストレスとなり虐待や無理心中につながっていく傾向が強い。
実際高齢者虐待は,2012年には息子が全体の41.6%, 夫18.3%(厚生労働省,2013)と,両者で全体の約6割を占めている.
以下略


参考原稿元リンクは
http://jarfn.jp/kikanshi/20-2/20_2_7.pdf

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2021年02月08日

コロナ自粛・巣ごもり生活で、断捨離・終活が進む

暇だ・・・
55歳で退職し、隠居、リタイヤ生活に入った時、いつか、こんな日々が来ることはなんとなく想像はしていました。
一日、一週間、一ヶ月、一年、特別何かをしなくてはいけない予定、行事が全く無い日が続く。
何のあてもなく、公園を歩く、図書館に行く、何か情報でもないかと公民館にいってみる、ショッピングモール内の家電量販店をうろつくが特に欲しいものはなにもない、こんな無為の生活をしていて良いのか・・・何のために早期退職したのだ・・・と焦る年老いた自分の姿を。

昨年の2月、私は想定していた年齢72歳になり、退職後続けていました様々な地域との関わりから卒業しました。
年齢を重ねてきた経験・知識はいろいろな地域・市民活動には必要ですが、決定権のあるリーダーとしては不適切と考えてきました。
72歳という年齢は、現場から身を引き、裏からサポートに徹する年齢だと考えてきました。
最近の新聞の経済欄の上場企業の新人事を見ていると、企業のトップの年齢がどんどんと若くなっており、50代は当たり前のようになっています。
なのに、政界は全体像としては若返ってはいるものの、旧態依然の70代がリーダーであり続け、それ以上にそれを支える政治グループのリーダーは年齢層が高く、ジェンダー意識も低い人々が占めているように見え、とても諸外国のように女性がリーダーとなる時代は程遠く、私はその時代をみることはないでしょう。

2月は私の誕生月で、毎年誰も祝ってはくれません
(カミサンも)・・・が、齢を取るに従い強く意識するようになっています。
それは、残された年月を意識するからです。
私達夫婦が30代半ばで作成した、老後のライフプラン年表では、私が逝く年齢は78歳、カミサンは90歳と設定しました。
年々日本人の寿命は伸びていますが、それでもせいぜい2年程度ですから大した差でもなく、古希と云うよりも六回目の干支が過ぎたら、残された月日を意識すべきとづっと考え、これまで生きてきています。
昨年2月の誕生日、残された後6年をどう過ごそうかと考えていた矢先に、想定もしていなかった「コロナパンデミック」の発生でかなり狂ってまいりました。
予定していました計画の大きなウェートを占める、「旅行計画」に大きな支障が出来てしまいました。
そして、昔からのお付き合いのある横浜歓楽街のお店のWebサポートも昨年2月から全て中止し、オネーサン方とも縁遠くなり、体力がついていけなくなってやめたバドミントン等スポーツ系の中止もあって、スケジュール帳は真っ白でな状態です。
昔、退職前に想像していた、何も予定のない無為な日々が現実をどう過ごそうかが現実となってきているのです。

とりあえず、コロナ禍が落ち着き、緊急事態宣言が解除され、ワクチン摂取が進み、Gotoトラベルが再開するまでどうしようか!
達した結論は、断捨離・終活の加速です。

先週、これまでにYou TubeにUPしてきた動画を系統だったページに集約しました。
これで自分でもかなり時系列的に見やすくなった自負しています。

実は、ここに掲載されている以外の動画は沢山あったのです。
海外旅行の記録動画で一番古いのは、1984年のメキシコからでした。
勿論、その当時はパソコンでビデオを見るなんて考えもしませんから、編集した動画はVHSテープにまとめていました。やがて、動画のデジタル化、パソコンでの編集が進み、最終的にはYou Tubeと云う時代がきました。

最初にUPしたのは2011年、ちょうど10年前です。
それは、三回目の南米イグアスの滝の動画でした。
それ以降海外・国内の旅行を中心とした動画を200本UPしています。
ということは、2011年前、1984年のメキシコから2011年までの旅の記録、特に海外もの動画は何処にいったのか?
三回目のイグアスということは、一回目と二回目の記録は何処にいったのか?
一回目は独身時代で動画ではなく、静止画のみでした。
2回目は1991年、バブル真っ盛りの頃のパタゴニアとイグアス、勿論ビデオ映像が残っていました。

先ず動画DATAですが、パソコン内に動画DATAを残すと莫大な重さ、量になりますので、テープに書き出すと消してしまっていました。
10年前の2011年、You Tubeを利用するようになった時、ではそれ以前の動画をどうしようかと考えました。
UPするには、現在のテープに記録したS-VHS形式DATAを変換してネットに乗せる為に軽くしなくてはなりません。
そしてこれらの動画は自分だけが楽しむ為のもので、1時間と長く、そしてネット公開を前提としていないので、肖像権やBGMの著作権など全く配慮していなかったので、そのままでは無理と、諦めた経緯があります。

断捨離を考えた時、これらのかなり嵩張るVHSテープがまず問題になりました。
将来、何もする予定のない日、昔の旅の思い出に浸る日はあるだろうか?
その頃、果たしてこのS-VHSテープを再生出来るビデオデッキはちゃんと動くだろうか?
もし、私が逝った後、たった一人の家族である、カミサンは、私達二人の若い頃の映像を懐かしんで見るだろうか?
結論は全てNO、否なでした。

カミサンは機械音痴で、テレビのBSチャンネルさえ選択できない人、とても20年前のビデオデッキを残しても操作しないでしょう。
では、パソコンに残した動画はどうか・・・今の小さな薄いSSDパソコンにそんな大量の動画DATAを残せるはずもなく、外付けのハードを用意したところで
カミサンは99%みないでしょう。
「どういう時だったら二人の旅思い出をみると思う」と聞いてみました。
「そうね、私がベッドに横たわって、簡単にスマホで見られるのな、見るかもしれない」
との回答です。

解った!、自分で保管せずにgoogle・You Tubeに保管してもらえば良いんだ。
You Tubeの動画保管期間や、本数についての制約があるのか先ず調べてみました。

アップロードされた動画の保存期間はとくに決まっていません。
また、上限に関してもYouTubeヘルプ等では公開されていないので、お答えはできないかと思います。


少なくとも、私のレベルでは、DATA量の制限があってもオーバーはしないでしょうし、保存期間だってカミサンの年齢を考えれば20年ぐらい、グーグルなら持ちこたえてくれるでしょう。
ということで、2011年以前の動画dataは残っていないものの、静止画は全て残っているので、静止画をアニメーションエフェクトかけて、スライドショーした動画を造り、You Tubeに保管してもらうことにしました。
静止画のままですと、いちいちめくる手間が必要ですし、動画ですと飽きたら早送りも出来ますし、BGM・ナレーションはお手の物ですから、
少しはカミサンも見る機会があるのでは・・・・

10年分の旅の静止画の動画化、これで少しは暇つぶしができるかな、そのうち非常時代宣言も終わり、Gotoも解禁になるやもしれない。

現在進行中の中南米編は以下のリンクにてご覧いただけます。
http://www.tt.em-net.ne.jp/~soy7686/y-t/america.html

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2021年02月06日

人生で何度目かの、そして最後の禁煙宣言

コロナではなく、ただの風邪なのですが

別に急に感じたことではないのですが、最近やけに痰がからみ、喉がいがらっぽく感じる日々が増えています。
気候のせい?、乾燥し湿度が低いせい?・・・風邪を引いたのかな?、まさかコロナではないでしょうが・・・・
月曜日の朝起きたあたりから、どうも体全体が重い感じがします。
咳、痰がでます。体温を測ると平熱ですが、体調は日光の手前(イマイチ・・・オヤジの定番駄洒落)、この日午後、ボランティアセンターでのサポート予定がありましたが、万が一のため取りやめしました。
「だるい」のと、胃腸の調子が悪い・・・それでも常備薬の風邪薬を飲んで横になりました。
ファミリードクターから処方されているお気に入りの風邪薬で、すぐに眠くなるので気に入っています。

翌日火曜日になっても体調は回復しません。
風邪薬を服用すると胃腸があれ気味になるので、これまたドクターから処方されている胃薬をのむようになります。
水曜日も変わらず、朝からお昼までずっとベッド、食欲はなし、でも熱もないし、何なんだろうこれはと考えてしまいます。
もし、コロナだったら私は確実に重症化するでしょう、高齢者であり、喫煙者であり、高脂血症なんですから。

ベッドのなかで思ったのは「煙草はやめようかな」

私は公式的には、煙草はやめたことになっています。
カミサンの前では吸いませし、勿論家の中、ボランテイアセンターなど出先でもすいません。
それでもなかなか止められず、一日二本から三本の日が10年以上続いています。

そのぐらいなら、やめればいいじゃないの!
解ったいます。私もそう思いっていました。
その気になれば、スパッとやめることは出来る・・・・
でも、この齢まで吸ってきてさ、今更、日に二三本くらいの煙草ぐらいいいじゃないの
いつかはやめるからさ・・・
それが10年以上続いて来ていたのです。

現役時代は、コーヒーと煙草とパソコンがないと仕事になりませんでした。
仕事の殆どは、他業種との図面上の取り合い、打ち合わせ、調整が私の一番の仕事でした。
煙草は仕事上スタック、トラブル、つまずきの解決に役立つ、時間的余裕を与えてくれました。
一旦、その思考から、場所から離れて、別の世界に連れて行ってくれるのです。
退職してからwebプログラムの世界に入ると、その頻度は益々ましていきました。

それでも、退職後からは喫煙本数は減っていきました。
家庭にいる時間が増えたこと、煙草の値上がり、それ以上に一番減った原因は社会全体の嫌煙への移行でしょう。
町中からみるみる間に、灰皿が消えていき、前までは路上喫煙に何の罪悪感も感じなかったのが、迷惑な行為であると認識するようになりました。
横浜のマンションの引っ越しのさい、二人暮らしで綺麗に使っていたと思っていた我が家は、家具類を取り外した後の壁の色に驚き、こんなにタバコの煙は染みていたのか再認識し、新しい鎌倉の家の中では吸わないようにしました。

ここ数年のことですが・・・
煙草を吸うと体に顕著な症状がでるようになってきました、昔にはなかったことが
1,軽い1mmの煙草でも喫煙すると、脳への働きなのでしょう、ボーとしてふらつきます。
 昔、初めて煙草を吸ったときのような感覚、路上の灰皿のある場所で吸い終わって歩きだす
 と、ふらつくのを自覚します。
2,自宅でカミサンが外出した後、ベランダで吸い終わり、自分の部屋で天声人語の書き写しの
 続きをすると、明らかに手が震えているのでしょう、
 吸い終わった後の字が乱れています。
3,煙草を吸い終わった直後、尿意を催します。
 これら全て医学的にも説明はつくのでしょうが、ここ数年顕著になってきているのです。

そろそろ年貢の納時かと思います。
否な、「さして長くもない人生、一日二本の煙草くらいいいじゃないの、年老いた老人の楽しみだったら」という声にも勇気をもらえそうですが、でも、自分のブログにも重症化しやすい疾患例として「喫煙者」と書いている手前、もしコロナ感染したら確実に自分自身が苦しみ、悶えるだろう、アメリカやフランスのコロナ重傷者のベッドからのビデオ映像を思い出されます。




いいじゃないか、禁煙、断煙にチャレンジするのは初めてじゃないんだから、
これまで何回チャレンジしてきたことか
最長半年、禁煙・断煙してきたではないか
少なくとも、コロナワクチンが有効で出回り、自分の番がやってくるまででもいいじないか
コロナ感染が落ち着くまで、と限定して、先に希望・甘えを残して禁煙・断煙に突入しても
甘いかな・・・・

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2021年02月04日

私の好きな国 ミャンマーのクーデター

2月1日、スマホのヤフーニュースと同時にTVのNHK番組に「スーチ女史、国軍に拘束」が飛び込んできました。
翌日の新聞には、軍によるクーデターとの記事が掲載されていました。
ミャンマーは私の好きな国の一つで、退職後の1995年から最後の訪問となった2012年まで3〜5年間隔で都合5回訪れています。

ロングステイを考え始めた時から、候補地の条件的な問題は有りますが、仏教世界遺産の国ミャンマーで のんびり・グータラに過せたら良いなー、と考えていました。
東南アジアの仏教国で ありながら、インドと国境を接しているため微かに南アジアの香りを残す、魅力的な国です。
初めて、ミャンマーを訪れたのは1995年、ミャンマーがまだ軍事政権で、入国時に悪名高い強制両替が あり、中国やキューバと同じ外国人用の二重貨幣制度が残っていた、文字どおり、半鎖国状態の秘境の国でした。

その後、外国人観光地域が少しづつ開かれる度に、何度も個人旅行の形で旅してきて、経済開放後のミャンマーの変化を目の当たりにしてきました。
最初に行った1995年当時は、町中には外国人が自由に入れるレストランは一軒もなく、全て現地旅行社指定のレストランでのみでしたし、勿論、スーパー・コンビニもなく、公設の市場でしか買い物は出来ませんでした。
外国人の私達は、現地通貨のチャットでの支払いは出来ず、全てドル払いでした。
このような兌換制度の国は過去にも経験してきています。

今世界の経済大国となった中国も私が通っていた頃は兌換元と中国元の二重制度でした。
北京での買い物は悪名高い「友誼商店」のみで、つっけんどんな女性店員が応対し、支払いはまた別の窓口で支払い、再び売り場にレシートを持っていくとかの店員が買ったものを放ってきたのを覚えています。
最後の中国旅行1993年の「敦煌」でもまだ、兌換元が存在しており、お土産物では中国元の受け取りを拒まれ兌換元での支払いを要求されました。

キューバでも、旧ソビエトでも
ついで、1996年のキューバもキューバ・ペソ、キューバドルの二重紙幣の世界でした。
この当時、キューバペソと公定キューバドルの両替闇相場は20倍もありました。
しかし、例え闇でアメリカドルをキューバペソに交換しても、私達外国人が買えるようなもの、欲しいものは、全くありませんでした。
1997年〜1998年、旧ソビエト崩壊後に旅した、中央アジア諸国や、モスクワ・サンクトペテルブルグでも同じような経験をしてました。
どこでも、自国の通貨よりも、アメリカドルでの支払いを要求されました。
中国のシルクロードの外れの小さな町でも同じです。
自国の公用通貨、中国元での受け取りを拒否され、兌換元での支払い要求されました。

北朝鮮でも
このように、自由経済に移行つつある国ではこのようなことがあるのは承知していましたが、一番驚いたのは、2002年に旅した北朝鮮です。
北朝鮮国内旅行では、原則、お金は使う所はありません。
移動もホテルも食事も全て込みこみですから、唯一使うのはお土産ものだけです。
ホテルや観光地での買い物は、全て日本円のみです。それは解かるのですが・・・
平壌の町中の小さな屋台のアイスマリーム屋さんで試しにアイスクリームを買おうとすると、日本語で50円と云われ、100円玉をだすと、なんと
50円玉のお釣りをくれました。
街の小さな屋台でも、日本円が流通しているなんて・・・

ミャンマーへの旅の歴史は


1995年、初めてのミャンマー ヤンゴン・バガン・マンダレー
当時、東京駅周辺の現場を担当していて、ランチに出て、近くの八重洲口にあった旅行会社「地球の旅」の団体パック15名催行 8日間を見つけ、聞いてみると、15名集まり催行决定しており締め切っているとの回答でしたが、添乗員なし、現地英語ガイドなら、二人で送り出すだすこと可能とのことで、初めてのミャンマーに旅立ちました。
ちょうどこの年、ミャンマー軍事独裁政権は、ミャンマー観光年として少しづつ、門戸を広げ始めた年でした。
この時、二人だけでしたのでかなり自由な歩く方が出来、自宅監禁されていた「アウン・サン・スー・チー」さんの日曜集会に行ってみました。
ガイドの女性とタクシーで行くのですが、タクシーはスーチーさんの自宅前5ブロツク手前まで降ろされ歩き、自宅前1ブロックでガイドさんと分かれて二人だけでスーチーさんの自宅前まで行ったとを覚えています。

1998年、チャイティーヨパゴダと少数民族の村 カロートレッキング
一回目のミャンマーが気に入り、その時に見た現地の観光ポスターの「チャイティーヨパゴダ」に惹かれ、本格化した海外旅行のネット情報から三年前には外国人が入れなかった「ミャンマーの聖地」に入れることを知り、個人手配旅行として行くことにしました。
当時、解放後チャイティーヨ山に入った最初の日本人と云われ歓迎されました。

2005年、インレー湖のお祭り
この頃になると、ミャンマー現地旅行代理店とのお付き合いが始まり、日本の旅行代理店を通さずに直接現地との交渉、手配になりました。
ミャンマーへのビザも、日本の品川にある大使館で取得するようになりました。
現地の旅行代理店、現地の日本語ガイドともコンタクトがとれるようになると、ミャンマーという国のいろいろな事情、特に民族に関わる諸問題を知るようになりました。
インレー湖のガイドは、シャン族の元日本留学経験がある女性でした。
シャン・・・siam・・・つまりタイの古い国名シャムです。
ミャンマーでは、大きく8つの部族、全体で135に及ぶ民族が存在します。
メインは国民の大半を占める、ビルマ族です。
このガイドの女性はシャン族でした。常に身分証明書を持ち歩しており、拝見するとそこには、民族名がかかれていました。
となりの州に移動する時に、銃を持った兵隊が私の乗った車を止め、パスポートチェツクを簡単に済ませてのち、ガイドの女性の身分証を見てから、何処かに連絡を取り始めました。
後から聞いた所、「私がビルマ族ではなく、シャン族だから」と言ってました。

2009年 バガン大遺跡群
ミャンマーは少しづづですが、門戸を開き外国人の観光客も増えて来ており、外国人観光客向けの旅行代理店も増えて来ている時期でした。
しかし、この二年前2007年9月27日、ミャンマーのヤンゴンで軍事政権に対する僧侶・市民の反政府デモを取材中、APF通信社の契約記者として活動していた長井 健司さんが軍兵士に至近距離から銃撃され死亡した事件が置きました。
この事件以降、個人申請のミャンマービザは非常にむすかしくなりました。この亡くなられた記者は観光ビザで入国したいたのが原因でした。
私の場合、品川のミャンマー大使館で申請するする際に、現役時代の職業、勤め先、現在の収入を証明する書類の提出を求められました。
つまり、私が「メディア関係者ではなく、普通の観光客」であることを証明しなくてはならなかったのです。
この頃から外国人観光客、海外資本がミャンマーに入りはじめ、徐々に観光物価が上がり始めたのを実感しはじめました。

2012年 カレン州へ
2011年3月、約50年間続いた軍政に終わりを告げ、民政移管を果たしたミャンマーはテイン・セイン大統領の下で民主化と経済改革が進められ、新たな未開拓市場としても世界中から注目されはじめました。
軍事政権が終わりを迎え、タイ国境周辺の少数民族カレン族との停戦がなって、初めて外国人の観光が許された直後にカミサンと二人のスタイルで行きました。
この時、かなりヤンゴン市内のホテル高騰し、移動の専用車の値段もガイドの値段も全て、値上がりし始めていました。
と、云うよりも、現地の日本語対応の旅行代理店の殆どは、旅行代理店業務を止めて、ミャンマーに進出してくる企業に対するコンサルタント会社に変貌し、旅行・・特に私たちのような、二人だけの、特殊な地域への旅行手配を敬遠し始めた頃です。

2020年 ここ数年のミャンマーと日本
日本の企業は上部座仏教の国ミャンマー、日本人と民族的性質が似た若い、優秀な人材の豊富な国として、中国離れを推進し、この国に注視しており現在では進出企業は500社に及ぶと云われています。



日本企業の進出とともに、国内の建設会社も海外に進出し、大手ゼネコンの大成建設のTVCMは、かのアニメの巨匠「新海誠」監督作品として美しい絵柄となっています。
実によく、ヤンゴンの下町の風景を表した良い絵です。

そして今年2021年のクーデター
再びの軍事独裁政権の誕生です。
ネットは遮断され、銀行は閉鎖されている模様です。
再び、私達が古き良き大乗仏教国として好んだ、20年以上前の国にもどるのでしょうか?
情報は全て軍が管理し、買い物は全て現金、家も車も全て現金での買い物、銀行は全く信用されていない時代、メールもネットもない時代に逆戻りすることはもうないでしょうが・・・・
それでは、もう若者、国民は黙っていません。
もう海外からの情報を遮断出来る国なんて、この世界には存在しないのてすから。

私が海外旅行を卒業する大きな原因のひとつは2012年のカレンでの食あたりでした。
フラフラで帰国して救急車で運ばれた病院での検査の結果、胆管結石でした。
直接の原因がミャンマーでの食事・水ではなかったのですが、もうこんな経験をすると、医療と言葉の問題から、行ける海外はハワイ程度なった年でした。
結果的にはこの三年後2015年のハワイが私達最後の海外旅行となりました。

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2021年02月02日

映画「ヤクザと家族 The Family」を見に行く

齢を重ねると月日・時間の流れが早く感じます。
ついこの間、2012年令和3年の正月を迎えたばかりなのに、もう2月で私の誕生月を迎えます。
古希を意識したのはほんの二年前なのに、73歳になり後期高齢者の75歳はもうすぐそこです。
2回目のコロナ緊急事態宣言、自粛生活で暇な毎日なのに、月日は関係なく流れていきます。
一年前の一週間・一ヶ月から振り返ると、今一週間の予定のなかでは、週に一度のスポーツは木曜日のラケットテニスですがNPOボランティアを卒業しても、Web関係の団体サポートは、月に数件あり、それなりの対応する作業、時間がありました。
今年の緊急時代宣言下では、一ヶ月の予定のなかでは出かけなくてはならない要件は月に2件のwebサポートと、週に一度のスポーツのみとなっています。

昨年との違いは・・・

今年の場合の大きな違いは、月に一度の旅行予定が今のところ全くないと云うことです。
もともと、旅行すぎの夫婦ですから、例年なら少なくとも2ヶ月先までの旅行予定を組んでいました。
その旅行も基本、個人・自由旅行ですから、旅のプランをたてる楽しみ、交通機関・路線バスのチェック、旅の予算の組み立てと、行く前から自宅でする作業があり、それも旅の楽しみの一つでした。
そして、私の場合、旅から帰ってきてからのビデオ編集・ブログ記事作成も、私の一週間のスケジュールのなかでは大きなウェイトを占めていたのですが、今はそれが全くゼロの状態です。
こんなことは、初めての経験です。
自粛生活のなかで、コロナ感染に対処しながら積極的に動かないと、本当に毎日自宅引き籠もりの老人生活になってしまいます。

映画を見に行く
そんななか、先週の木曜日の朝刊紙に映画の全面広告が掲載されているのを目にしました。
TVでは全く目にしない、大人向け映画、確かにヤクザの世界の物語のようでTV広告的には適さなかったかもしれませんが。
上映館を調べると、近くの「109シネマ湘南」でロードショーです。
昨年のように緊急時代宣言下で、左右前後の席を空けての上映ではなく、通常の座席配置でやっています。
カミサンも、行ってきたら、見て来て私にも見れる映画だったら、お友達を誘って行くから。
でも、コロナには万全の注意をして行ってね。
携帯用のアルコール除菌スプレーも忘れないでね。
帰ったら、洗面所に直行して、手と顔と鼻を石鹸で丁寧に洗い、イソジンでうがい、使ったマスクを自分で洗って干すのを守ってね。
ハイハイ、解りましたと、月末の朝一番9時半開演のチケットをネット予約しました。

当日のシアターは256席の109シネマ湘南では一番大きなスクリーンです。
私は、一番上、壁側四席の通路側を選択し、上から見回すと、おおよそ20人前後の観客数です。
客層は、一人の方が多く、年齢層は40〜60代の男女半々、おそらくですが、映画好きの方が多いように見受けられました。



ストリーは

主人公の男は自暴自棄になっていた少年期に、地元のヤクザの親分から手を差し伸べてもらったことで心の救いを得て父子の契りを結ぶ。
時は移り、ヤクザとして名を上げていく男にも愛する自分の家族ができる。
一方、暴対法の施行はヤクザの有り様を一変させる。
男の選んだ生き方は様々な矛盾をおこし始め、組の存続を巡る因縁の敵との戦いの中、
ヤクザであることを貫くことは、一方でかけがえのないものを失うという状況を突きつけられていくが・・・



前半は、昔のヤクザ映画のようです。
深作欣二の「仁義なき戦い 広島編」的、ヤクザ同士の抗争、ショバの争い、玉をとったか、とられるか、そしてかなりエキセントリックな暴力シーンが続き、倶利伽羅紋紋の男の世界が描かれており、私が期待していたような、家族とは、家庭とは、愛とはというようなものは程遠い、内容でした。
これは、うちのカミサン達、鎌倉のご婦人たちが見るような映画ではない・・・と思ってみていくうち後半に入ります。

主人公(綾野剛)は、組同士の抗争のなか、殺人で14年の懲役を終えて、出所してから物語は大きく動きます。
時代は、暴対法施行後の世界
(平成3年法律 77号。 対立抗争や民事介入暴力などの暴力団員の反社会的行為による被害から国民を守るため,1991年に制定公布され翌年3月1日から施行された法律。
「暴対法」と略されたり「暴力団新法」と呼ばれたりすることもあるが,正式名称は「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」。)
芸能人が組関係者(反社)と一緒に飲んで写真に写っただけで、TV画面から削除される時代、例え、いち下っ端の組員の起こした事件でも、組長まで罪が問える時代となり出所した主人公の「義理と人情と家族のような世界」は消えかかっていたのです。
そんななかでの、昔愛した女性と子供の家庭、組を抜けても5年間はまともに携帯電話の契約も出来ない社会との葛藤が描かれています。
ラストシーンも、この映画らしく、決してヤクザを美化したりする映像・ストリーにはなっていませんでした。

映画を見終わって外に出ると

映画館は湘南モールの4階です。
血しぶきと暴力と死と愛の暗い世界、館内から外にでると、そこには明るい光陽に溢れたショッピングセンターです。
高級ブランドショップで買い物する若々しく、美しい湘南カップル、広大なフードコートに大勢の子供連れファミリーが食事を楽しんでいる姿、外に出ると、ジョキングする中高年、そして目の前の駅からは、西に大きく、冬の富士山の姿が見えます。
すこしシリアスな映画を見て、外にでるといつも「想像の作られた世界」から現実の世界に戻ってきたギャップに見舞われます。
特に「109シネマ湘南」のように、全てが明るく、豊かに見える場所に戻ると。

映画っていいな
コロナで外出自粛の期間だけど少なくとも一ヶ月に一度は、作られた世界に浸り、しんみりとした気分になりたい。
2月は再び元ヤクザの物語、役所広司主演「すばらしき世界」がいいかな、ちょっとコミカル調のようだけど

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2021年01月31日

70歳過ぎたら、やめること、捨てること、離れること

55歳で早期退職し、webエンジニア講座受講後の卒業制作としてホームページ作成が課せられ、テーマを「定年後の過ごし方」として同じ団塊世代をターゲットとしたサイトを立ち上げました。
あれから18年「団塊世代の定年後の過ごし方と海外ロングステイ」のサイトはある意味で役割を終えてきていると実感しています。
このサイトの読者ターゲットは、これから定年を迎える世代と、退職後直後の方々向けでした。
世の中のマスメディアは大量退職していく「団塊世代」をとりあげる機会も多く、良につけ、悪しきにつけ私達の世代は主役でした。
しかし、その団塊世代は今年2021年、74、73、72歳になり、主役から少しずつフェードアウトしていく運命にあります。

またも週刊現代

ここに何度も取り上げている、男性週刊誌「週間ゲンダイ」はまるで私達団塊世代の生活・様子を注視しているかの如く、月に一度は財布を緩めるような記事の特集をうってきます。
新聞広告タイトルだけを眺める、「またまた大げさな」「そんなことは私達の世代では常識さ」的特集が多いのですが、確かにいつまでも退職直後の60代ではなく、古希をとうに過ぎ、後期高齢者の75歳、昔、母の77歳を祝った頃を思い出す、喜寿も目に見えてくる齢になってきました。

記事のファーストキャチは
人生のエンディングを悔いなく飾るために

ゴールが見えてきたら、何気なく続けてきたことをきちんと「断捨離」する。
人付合い、親戚づきあい、健康への執着、そして一番は「あなたの見栄」
誰にも嫌われたくない。そう思って他人に気を遣っているうちに人生は終わる。
本当にやりたいことは何か。
自分が必要としているものは何か。
人生終盤は「本心」に従おう。

確かに、私達の中途半端な想いを突いてくる「名ファーストキャチ」です。
キャッチ・タイトルだけみれば、少しは為になりそうな新しい知識・考え方・参考があるかと思いますが、実際の記事は、ほぼ想定内なのと、今まで近所のコンビニで立ち読みしていたのですが、なんと今回から、薄い透明なテープで表・裏ページが閉じられているのです。
ついつい、今週号は520円支払って購入しました。

本文の大見出しタイトルは
1,こんなに楽になった、兄弟・子供・友人との「距離の取り方」・「縁の切り方」
2,遺言書と生前贈与のやり方次第 
 嫌いな嫁や知らない甥には財産を渡さないと決める
3,焦って自宅から離れると、すべてが台無し 
 「リフォーム」はしない、「引っ越し」もしない、「老人ホーム」にもはいらない
4,健康への執着を捨てると、見える景色が変わる
 「人間ドック」も「サプリ」も「運動」も止めたらこんなに気持ちが軽くなった
5,もう現役時代のことは忘れよう
 あなたの見栄をきれいさっぱりと捨てる方法
6,過去の自分から離れる
 これまでの人生を後悔せずに「孤独」を楽しむ

いやいや、タイトルは素晴らしい、私達70代半ばの心の隅をついてくる
でも、読まなくてもそんなことは私達の世代なら常識の範囲内というものもあれば、何で?と思い読んでみる気になるタイトルもあります。

私の場合
1,兄弟・子供・友人との「距離の取り方」・「縁の切り方」
 子供はいません、夫婦の互いの両親は既に亡くなっています。
 兄弟・姉妹は同じく高齢者で地方ぐらし。
 関東首都圏に住む私達とのお付き合いはほぼ皆無、
 数年前から、年賀・中元・お歳暮も相手からの申し出で止めています。
 田舎の葬祭・法事に関しても、実家を継いだ兄・妹が主体でやっており特別連絡も
 ありません。
 友人に関しても、私が若い頃から日本社会の本流から離れて生活してきていますので、
 特別親しく交わっている友人もいません。
 カミサンにしても、私が亡くなったら頼れる姉妹も友人もいません。
 寂しい状況・・・でも人生ってそんなもの、夫婦ふたりだけで数十年暮らしてくると、
 頼れるのは配偶者だけ。
 それは二人共よーく分かっており、極端な言い方をすれば、配偶者の次に頼れるのは
 「お金」というのが本音です。

2,遺言書と生前贈与のやり方次第
 省略、書かれていることは常識、知っている範囲のことばかりです。
 子供のいない夫婦というのは、財産に関わる知識は他の家庭よりも若い頃から勉強して
 知っているのです。

3,焦って自宅から離れると、すべてが台無し

結婚してからずっとマンションに住み続けています。
リフォーム・リノベーション・修繕に関わる費用対効果について考えたことはありますが、70歳をすぎると、もう後何年ここに住むのかと考えるようになり
ここで数百万単位のお金をかけて、最新の設備・環境にする意義が見いだせません。
ただ一番考えるのは、数千マンの価値がある現在の鎌倉の共同住宅が私が逝き、カミサンが逝くと何処へいくのか、誰にいくのかです。
できれば、二人が健在なうちに現金化して二人の老後の資金に加えれば、もっとゆとりのある生活になるのでしょうが、お互いに70歳を越して新しい
環境、土地、新たな友人関係を構築していくにはもう遅すぎると思います。
今住んでいる土地・環境・利便性に慣れすぎてしまっており、ここを売って、二人で住むに十分な2LDKを購入する予定はもうなくなりました。
老人ホームは、私が逝った後、カミサンが必要なら、現在の家を売ってそちらに住むように話しています。

4,健康への執着を捨てると、見える景色が変わる
 もともと私は、若い頃から大病を患い、2ヶ月以上の入院を3回しているので健康に対する
 自身は全くありません。
 ただ、年老いても、自分の足で動ける程度の状態であったら満足ですから、健康器具・
 サプリには全く興味はありません。

5,もう現役時代のことは忘れよう
 もともと地方の貧しい家庭に育ち、日本の経済社会の本流を歩んで来ていませんから、
 学歴・職歴・仕事の見栄は有りません。 
 現役時代、日本を代表するような多くの建設現場で監督として働いてきました。 
 しかし、職種そのものが広く一般から見えるようなものでも、光があたるようなものでも
 なく、社会インフラを底辺から支える技術屋のほんの一部分
 でしたから、誇りはありますが、見栄のようなものは全く存在せず、支えてくれた職人さん
 に一番シンパティーをいだいています。
 
6,過去の自分から離れる、これまでの人生を後悔せずに「孤独」を楽しむ 
今回の「週刊現代」の記事のなかで、このセクションだけ熟読しました。
過去の自分を忘れる、離れる・・・
これはまだ出来ません、今やってる作業は過去の自分の歩んできた道、思い出の整理に明け暮れています。 
今、退職直後に整理、廃棄した過去の旅行のHISビデオのことを悔やんでいます。
何で廃棄してしまったんだろう・・・
ビデオ再生機はどうせ無くなってしまうのだから、と全て捨ててしまいました。
膨大な写真も、旅の思い出の品々、お土産、絵も全て捨ててしまいました。
古希を過ぎた頃から、無性に過去の旅の記録・ビデオ・写真を思い起こしています。
残しておけば、今のこのコロナ巣ごもりの時間に、もっと違った形に仕上げることができたのに。と、廃棄した時には、十数年後こんなに、IT化が進みコンパクトに、何時でも、どこでも取り出せる記録とは思いもしませんでした。

 でも、カミサンは全く興味がないのですから、もういいか
 私はわたしで、後悔せずに「孤独」を楽しみましょうか。
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2021年01月29日

コロナ感染で急変する人、しない人

コロナにかかって深刻な容体になる人の特徴とは・・・?


私は自身は、これまでマスディア、ニュースなどで取り上げられている、重症化しやすい様々で条件、高齢者・喫煙者・高血圧など複数を満たしているので、かなりのハイリスク者として自覚してきていますが、実際どうなのか、公的な組織から知りたいと思っていました。

これまで曖昧な情報が飛び交うばかりで、数値化されてこなかったコロナの実情に関して、今週発売された「週刊現代」で国内最大規模の調査資料機関「CIVID-19に関するレジストリ研究」を紹介していましたので、買って読んでみました。
ホームページは下記のURLです。
https://covid-registry.ncgm.go.jp/

重症化の定義とは
1,ボンベによる酸素投与をうけている
2,人工呼吸器を取り付ける
3,呼吸回数が24回/分
4,血中酸素濃度計の値が94%以下
上記のいずれかに該当する患者を「重症」と定めています。

週刊誌はいつも、過剰、センセーショナルな書き出しをしますが、今回に限っては、分かりやすく、客観的に数値を交えて解説していました。

基礎疾患の病気と生活習慣
TVニュースでは、重症化しやすい人として、高齢者・基礎疾患のある人と報じていますが、後期高齢者になるまで後、2年、3年の団塊世代の私達は多かれ少なかれ、何らかの基礎疾患を持っていますが、それらの名前がつけられ、薬を飲んでいる病名ごとのリスクが、このビックデータではある程度、数値として公開されていました。

基礎疾患
1,太っている人=肥満は基礎疾患だそうです
肥満とは体重(Kg)÷身長(m)÷身長(m)÷身長(m)で算出されるBMI数値が30以上は、「肥満」という病名になるそうです。
自分で計算してみました。65.5÷1.7÷1.7=22.66
BMIでの適正体重の数値は15.8〜24.9だそうですから、範囲内に収まっています。
現役退職前時の体重は度々70Kgをオーバーしており、ドクターから前肥満と云われて、一年間かけて落として現在の体重です。
肥満は脂肪細胞が多く、コロナウイルスを受け入れやすいのが重症化リスクが増す要因となるとの解説でした。

2,透析している人=腎機能障害
腎不全の患者は普段から人工透析を受けていて、ただでさえ免疫力が低下している状態でコロナ感染すると、一気に重篤化するリスクは高くなると云われています。特に免疫抑制剤のステロイドを服用している患者の53%は重篤化すると云うデータがあるそうです。

3,肺気腫や間質性肺炎の「慢性肺炎患者
この患者は、肺の機能が著しく低下してた状態が続いています。常にギリギリの状態で酸素を取り込みやり繰りしてるのですか風邪をひいただけでも重症化する可能性があるので、コロナと重なると深刻な状況に落ちるのは目に見えています。

4,肝硬変・肝炎をはじめてとする肝機能障害を持つ人
肝臓には食物から吸収したアミノ酸をタンパク質に変える工場としての機能があります。
肝機能に障害がある人がコロナに感染すると、タンパク質が十分に作られなくなり、その結果体力低下し、さらに重症化すると思われます。

5,糖尿病患者
レジストリ研究データによると、糖尿病を患っているカロナ感染者の重症化リスクは、一般の人の6.6倍に跳ね上がると云う数字が残されています。

6,7,8 高血圧・高脂血症・心臓疾患の患者
最近の研究ではコロナウィルスは心臓の血管や、筋肉の細胞に直接感染するケースがあることが報告されており、ウイルスが心臓の冠動脈に感染すると血管が傷つき血栓が出来やすくなり、狭心症や心筋梗塞が起こりやすくなります。

以上のように、高齢者と云われる私達世代は多かれ少なかれ、前述のような基礎疾患は持っているので、重症化しやすいと考えられています。
PCR検査で陽性とされ、入院前一日で急逝の羽田雄一郎(53)・元国交相の直接死因はコロナ感染症ですが、長い間、糖尿病、高脂血症の持病を持っていました。

生活習慣とコロナ重症化



気になるのがコロナ重症化患者と生活習慣の関係です。
このレジストリー研究で解ったことは、基礎疾患を持つ患者よりも、喫煙・飲酒の生活習慣を持つ人のコロナ重症化割合が多かったことです。

もっとも多かったのが「喫煙」でした。
そもそも喫煙者はウイルスから身を守ってくれる気道の粘膜の働きが非喫煙者より低下しています。
粘膜にはブラシのような「線毛」があり、ウィルス排除に役立っていますが、喫煙者は炎症により無くなったり、粘膜自体が剥がれ落ちている状態でウイルスが体内に侵入するとみるみる悪化していきます。
昨年亡くなった志村けんさんも一日60本のヘビースモーカーでした。

次に「飲酒」です。
データを見るとコロナ感染者のうち、毎日お酒を飲んでいる、定期的な飲酒習慣があると回答した人の31%三人に一人が深刻な状態に陥っています。
原因は過度な飲酒は人間の免疫機能を一気に低下させるためです。
さらに悪いのは、アルコールは体内の病原体を食べてくれる「マクロファージ」の働きまで減退させてしまう、という報告がなされています。

「CIVID-19に関するレジストリ研究」の資料データをみると、高齢者と云われる団塊世代の半分以上の仲間はハイリスク要員になります。
特に私のように、政府は予算消化されていない「Gotoトラベルキャンペーン」の上乗せに追加補正予算を組むとの報道に、「Gotoトラベル」が一番広く、浅く、薄く、景気刺激、ばら撒き施策であるとともに、金余りの高齢者の金を吐き出される方法である、と拍手喝采し、Gotoトラベルの再開を待ち望んでいる輩はきっと、コロナの狙い撃ちになるのでしょう。
それはそれで仕方ない、出来るだけ注意はしますが、運命・天命と受け入れます。
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2021年01月27日

2021 令和3年の高齢者世帯の年間予算計画

月末25日に銀行へ行く

私達退職者夫婦は、現役時代と同じように毎月25日の給料日に、翌月の生活費を給与振込口座から下ろしていたのと同じく、月末の25日周辺の日に年金振り込み口座から下ろしています。

55歳で退職し60歳の厚生年金の一部が振り込まれるまでは、予てからの計画どおり個人年金口座に振り込まれている資金を毎月、定額をこれまでの会社から給与的に引き出してきました。

私が厚生年金を満額もらったのは私が63歳、カミサンが65歳で満額もらい、世帯として若い頃作った老後資金計画の満額になったのは、4年前のことですから、55歳から68歳まではひたすら、自分で貯めたお金を引き出していたことになります。
令和3年今月、一般社会の給料振込み日は1月25日月曜日です。
きっとこの日の銀行は混むのは分かっていました。
普通の月末では、25日と限定せずに23日や24日の混まない日を選ん幾つかの銀行へ行ってました。
年金が振り込まれる口座、公共料金振替用の口座、生活費を引き出す口座、クレジット決済用口座、アルバイト振り込まれ口座など幾つもの銀行、貸し金庫の銀行を含めると4つの銀行を回らなくてはならず、一般現役の方々の給料日はとても混むので避けてきています。
では2021年の1月はどうして混むのが分かっているのに25日にしたのかと云うと・・・
・年金振り込まれ口座の確認・記帳は必要なし
・クレジット決済口座に新た入金する要件がない・・・つまり旅などの決済がないから
・とりあえず2月の生活費だけを下ろす銀行口座ひとつだけを回れば良いからです。

年金生活高齢者の今年の年間予算は

基本計画
一ヶ月の退職者世帯の予算は
・食費 60,000円
・雑費 10,000円
・公共料金及び住戸管理費等 65,000円
内訳
 マンション管理費 40,000
 国民健康保険    3,000
 ガス        3,300
 新聞        3,600
 固定電話      3,200
 水道(一ヶ月)   3,500
 電気       4,000 クレジット
 スマホ(二人分)  3,800 クレジット
 NHK(一ヶ月)  1,260 クレジット
 小計      65,000

・夫小遣い、妻小遣い 各々30,000円☓2 60,000円
・その他予備費 5,000円となります。
月合計200,000万円 年間240万円
と、食べて寝るだけの生活は政府が公表している、給与所得者の厚生年金の世帯標準程度で何とか暮らしています。
一ヶ月の二人の生活費予算は、退職直後の17年前から現在に至るまで全く変わっていません。
これは、良いことです。
日本経済はこの17年間、私達年金生活者が一番恐れるインフレーションはなく、かえって反対のデフレ気味なのはありがたいことなのです。

勿論、高齢者夫婦ふたりが生きて行くためには、月々の固定費の他に沢山の出費があります。
・医療費二人分   120,000円
・夫教養・娯楽費  120,000円
・妻教養・娯楽費  120,000円
・保険・固定資産等租税公課 300,000円
・冠婚葬祭、旅行費、耐久消費財、予備費等  940,000円
年間総予算は 400万です。退職以来18年間、少しつづ減らしてきた結果現在こうなりました。

退職直後の一年目は別予算を立てました。
退職直後は一年目で動くことが多くなりがちで、旅行費が膨張するとともに、前年の収入による住民税の負担が多くなるのを見越して別予算にする必要があります。
私達の場合は
私が55歳退職二年目から、60歳厚生年金の一部支給が始まる60歳
60歳から厚生年金満額の63歳
63歳からカミサンが厚生年金満額の年(私が68歳)
68歳から古希を迎える70歳
そして現在は70歳から後期高齢者になる75歳の年間予算で暮らしています。

私の場合、30歳で日本の年金制度に加入し、55歳で退職していますので、当然ながら年金受給額は政府の発表している平均的な金額よりも下回っています。

全てが予算通りにいくはずもない

全てが計画予算とおりに行くバスもないので、毎年1月には見直しをしています。
昨年はコロナ禍の外出自粛の後、Gotoトラベルで旅行予算は余りました。

今年は一応、例年通りの予算計画をたてましたが、今の所、旅行予定は全くありません。
今年は、この鎌倉の共同住宅に越して来て18年目に入り、室内にほころびが目立ってきており、室内の修繕費の支出が予想されます。
家電製品もそろそろガタが来はじめています。
2台のエアコンは何時故障してもおかしくありませんし、ガス給湯器も東京ガスから使用耐用年数を過ぎていますと、案内が来ています。
和室の畳も陽に焼けてきているし、カミサンは全部の部屋のカーテンの模様替えをしたいと言ってます。

これらの予算は特別組んでありません。
では何処から捻出するか?
一つは旅行予算からが一番先です。
旅行も行きたい、室内の模様替えもしたい、ガス給湯器が壊れたらどうのこうのではなく、至急取替工事をしなくては。
こんな時は、私、カミサンが各々持っている自分の小遣い口座からの出費するしか有りません。

私の場合、月々の夫小遣い30,000円は最近余ってきています。
60代の頃のような動きが減り、特に何か買いたいものが少なくなってきているのが原因ですし、月々数千から1万程度のアルバイト収入があるので、余る月が増え、昨年の年間12万の教養費は、スマホdata通品費で年間22,000円使っただけですから、私の個人小遣い口座の残高は全く減らないで、微増しています。

もし、家庭内で必要な出費があり、計画予算内で処理出来なかった場合は、即刻、私のプライベート口座から出す予定です。
カミサンのプライペート口座残高は私の倍以上あります。
細かいことは聞かないようにしていますが、もし家庭内の出費があった場合、私の小遣 口座からの出金を優先させています。
理由は簡単、どうせ私が先に逝くのは明白ですから、先ずは私名義の口座から出金するのは当たり前です。

さてコロナはどうなるのでしょう。
ワクチンが有効で、早い段階で私のような高齢者・リスクの高い人間に行き渡るようになり、コロナの抵抗力が本当についたら、行きたい所がまだまだ沢山あるのですが、今の所、今年の行動計画が全く建たず、予算計画を立てています。


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2021年01月25日

東京オリンピックは2032年開催を目指す Bプランの本気度

毎日、コロナ感染者死亡者増加のニュースで溢れています。
TVも新聞もそして、もちろん私たち高齢者グループでの話題でも同じです。
極端に怖がり、家から一歩も外に出れない人もいれば、自分がしっかりと予防していれば大丈夫と、普通どおりのマイペースの生活している人・・・と言っても高齢者男性の場合、通勤・通学で駅や職場や会合にでる訳でもなし、スーパーに買い物に行くではなく、人との接触が現役
世代と違って極端に少ないのが罹患率が少ない理由なのでしょう。

趣味のクラブのメンバーで定年前の現役社員は、毎日の通勤や客先との面談、お昼のランチなどで大変気を使っているそうです。
万が一感染したら、会社や、客先、会社のある高層ビル全体にまで迷惑を及ぼすことになり、自分自身の健康よりも、そっちのほうが怖い、と日本人らしいことを言っています。

東京五輪2032案が取りざたされてるようで

そんななか、英紙が「日本は今年夏のオンリンピック開催をあきらめ、2032年開催を目指す方向」と報じたと日本の各紙が報じていました。
さもあらん、今の東京首都圏のコロナ感染者増加カーブをみていれば、今後第三波の減少曲線が現れても、かなりの数のコロナ感染者が続きます。
東京五輪の開催日は7月23日ですから、ちょうど半年後、六ヶ月です。
例え新規感染者数が、東京都知事の小池さんが目標としている一日の新規感染者数500人台となっても、現在の医療現場の逼迫度は変わらないでしょう。
そこに、五輪開催となると、これまでの何処の開催地でもそうですが、各会場は事故や急病に備える医療スタッフが常駐し、ある程度の医療設備を整えます。
東京五輪では、1万人以上の医師・看護スタッフが動員される計画と聞いています。
今、1月の医療崩壊がいくらかは緩和されたとしても、今の日本の医療機関に7月23日から8月8日、パラリンピツクの8月24日から9月5日の二ヶ月間対応出来るのか?既に逼迫している東京圏の医療体制を思うと、六ヶ月後での不安は拭えません。

政府の対応はまるで昭和の太平洋戦争突入時の精神論のような発言が続いています。
「人類がコロナに打ち勝った証として開く」
「心をひとつにして」
「成熟国家としてやりとげる」

東京五輪1964のあの頃

団塊世代昭和22年23年生まれの私達は、高校2年生でした。
県庁所在地とは言え、地方都、市では外国人の姿をみることは、まずない時代でした。
そこに、アジアとして初めての開催のオリンピックに大勢の外国人がやってくるのです。
テレビもこの年に合わせてカラー放送が始まり、私はカラーテレビのある近所の美容院の外から、オリンピック入場式をカラーで見ました。
外国人が来るから街・道路を綺麗にしよう、と、市内のあったこれまでのごみ箱がふた付きのコンクリート造りのものに変わりました。
東京では、街のチンピラ・ヤクザ・不良少年が一斉に取り締まれ、理由も裁判もなく、オリンピック開催中、各警察の留置所に拘束されました。
これは、実際にこうして二週間、留置・拘束された人から聞いた話ですが、警察側は「申し訳ないけど二週間ここに居てくれ、TVをみれるようにするからオリンピックはここで見てくれ」と云われ弁当もかなり良いものが出たそうです。

この話、どこかのニュースで見たことがある・・・
2008年の北京オリンピック当時だ・・・街中の古い建物が取り壊され、新しい道路が出来、貧民街・出稼ぎ労働者がまちなかから消え、職場でも、学校でも
公衆衛生、礼儀、作法を町内会館で学び、英語学習熱が起きる・・・
各国、オリンピックを一つ政治・社会改革のステップとしているのは、古今東西一緒なのでしょう。

外国人アスリートたちはどう思っているのか

日本政府・IOCが予定通りに開くと云っても、主役である外国選手・アスリートがこのコロナ禍の日本にやってくるかどうか?
オリンピック期間中の空路・航空機をどう確保するのか?
外国人アスリートに期待されているワクチン接種を義務化できるか?
相手国の出国時のコロナ陰性検査の義務化、?
アスリートの二週間の国内待機と練習、コンデションの調整など
主役である世界のアスリートが二の足を踏むような大会では、もはや「夢の祭典」とは呼べないでしょう。

四年に一度オリンピックに選手生命、自国で開催される世紀の五輪に、人生の夢・希望をかけてきた日本人選手の気持ちはよく解ります。
アスリートの能力・技術・気力の頂点を四年のたった二週間に合わせてくるのは大変なのに、昨年一度キャンセルされ、再び一年後の今年の7月に全てを集中しなくては行けない時期のコロナ禍、思ったように動けない、集中出来ない環境下にあって、一部からは、スポーツどころではないだろう、と云う声も確かにあります。
今年、73歳、74歳にならんとしている団塊世代にとって二度目の自国開催オリンピックは楽しみにしています。
1月から続く緊急事態宣言の元、不要不急の外出を控え、唯一楽しみにしていた国内旅行はGotoがなくても行きたいところですが、控えています。
小学生の子供が夏休みを楽しみにしているように、身近なところに、目標・楽しみがないと普段の高齢者の生活は退屈そのものになります。

今年の夏を楽しみにしてますが
そんな意味では私達もできれば、この7月東京オリンピック2020が開催されることを強く望んでいますが。
とても11年後の2032年まで生きているかどうか・・・2032年って私は何歳だ・・・
簡単な引き算が暗算でできなくなって来ている自分に腹が立つ、2032-1948=84か
ラケットテニスで、今、試合中のスコアが分からなくなって、審判に毒づいている困った爺さん84歳と同じ歳か

もしここで、イギリスのブックメーカーの賭けに乗らなくてはいけないと云う状況に立たされたら・・・
6対4ぐらいの確率で、2032延期に賭けるでしょう。
何故なら、日本人政治家の思考だからです。
中止ではない、将来の開催の可能性を残す前向きな方向。先送りだからです。

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2021年01月23日

血中酸素濃度計「パルスオキシメーター」を買ってきた


カミサンがスポーツクラブから帰ってきて開口一番
「お友達みんなで、パルスオキシメーターをネットで買うというので、たのんじゃった」
「一人が楽天のポイントを持っていてそれを使うんだって」
「5,000円しないって話、でも少し時間がかかって、一週間から10日待ちだって」
私、「パルスオキシメーターって家庭用と医療従事者とあるの知っているよね」
「知ってるわよ、ともかく極端に低い値90以下でないこと、90以上あることの確認だけできればいいのよ」
最近、ネットで血中酸素濃度計「パルスオキシメーター」がバカ売れで、品不足に陥って病院・医療関係者の間で問題となってると報じているようです。

引用

パルスオキシメーターは何が測れるの?
本当に必要な方への供給が優先されることを願って
報道関係各位
グローバルに新型コロナウイルスの感染が拡大する中で、パルスオキシメーターは感染者の肺炎の早期発見に有効なツールとして軽症者宿泊施設での活用も始まり、
その名前だけが急速に広まりましたが、実際にパルスオキシメーターとは何か、パルスオキシメーターで何が出来るのかという知識はまだまだ一般には知られていません。
例えば、「パルスオキシメーターの数値によって、新型コロナウイルスの感染判断ができる」という間違った認識が一部で広まり、パルスオキシメーターを感染予防目的のために一般家庭で購入されるケースも増えていると聞きます。
パルスオキシメーターは、病状の重症度の判断には有効で、急性呼吸不全を起こす可能性のある慢性疾患患者の日常管理や、医療機関・介護施設などでの患者・入所者の病状判断に重要な製品です。特に、高齢者や基礎疾患を持つ方々は新型コロナ肺炎重症化のリスクが高いと言われており、
そうした方々に使用いただく機会を確保することが現在、重要な課題となっております。
コニカミノルタでは、本当に必要な方への供給が優先されるよう、パルスオキシメーターの正しい情報をお伝えすることを目的に、本資料を作成いたしました。本資料が報道関係の皆様の一助となれば幸いです。
                           コニカミノルタ



コロナ陽性自宅待機 者の増加



急激に一般家庭の需要が高まったのは、先週のTVニュース番組のなかでの報道でした。
今や、コロナ感染爆発、オーバーシュートで症状のない陽性者は、入院はもちろん以前はホテル自粛二週間も出来ずに、自宅待機・静養となる方の数は16日の厚生省発表では全国で30,000人を越したようです。そのなかには、死亡する方の例が増えていると報じています。
ニュースのなかで、ある高齢者70代女性の例を紹介していました。
特別、症状もなく、呼吸器も苦しいとかもなく過ごしていました。二週間の待機中に運良く、介護の女性が見え血圧・体温を測り 血中酸素濃度を見たところ、90を下回っているのに驚き、保健所に連絡して病院に行き、レントゲンをみたところ、肺炎が進んでいたそうです。
番組の中で呼吸器内科の専門医師が説明していました。
「幸せな低酸素症」(ハッピーハイポキシア)ではないか、と

新型コロナ軽症者が急死する「幸せな低酸素症」とはどういうこと?
引用 https://www.clinicfor.life/articles/covid-033/


新型コロナウイルスに感染していることを診断されたものの軽症として自宅で経過観察を支持されていた方が突如重症化して亡くなってしまうということが、
テレビなどで多々報道されています。
この新型コロナウイルス軽症者が突然重症化して亡くなってしまう事態について、「幸せな低酸素症」(ハッピーハイポキシア)の可能性が高いことが懸念されています。
幸せな低酸素血症とはもともと航空医学で使われている言葉で、パイロットに起こることもあります。
実際に、墜落事故を起こしたパイロットの中にこの幸せな低酸素症に陥った可能性がある方もいるということが懸念されています。
低酸素状態になると、多幸感といいとても具合がよく気持ちの良い気分になるとしています。
例えば自分の名前が書けなくなったり、今までできている行動がとれなくなったり判断能力が鈍ったりします。
これは低酸素症の方全員に起こるのではなく、一部の方に起こると考えられています。
多幸感に陥ったことにより正確な判断がつかなくなると、低酸素血症の症状が出ていたとしても自分が低酸素血症となっていることに気づけなくなり
初期症状を見逃してしまいます。そのため、気づいた時には重症化しており、死亡してしまうのです。
攻略



どうやら、このTVニュース報道が引き金になったのでは、と考えています。
70歳以上の高齢者、高血圧症で降圧剤を毎日服用して、冬場の寒い時は130〜90と高め、喫煙歴ありの私は、コロナ感染したらかなりの重症化ハイリスク層で
、ワクチン投与順番でしたら、かなり早いほうではないかと、勝手に思っています。
このニュース報道が出る前から、血中酸素濃度計については、カミサンと話していました。
私のファミリードクターの二ヶ月に一度の受診の際に、血圧を測った後、パルスオキシメーターで血中酸素濃度をみていると、私が云いますと、カミサンの
ファミリードクターの話になり、カミサンの医院では、「血中酸素濃度計」は見たこともないそうです。
そこのドクターは消化器系だからかもしれませんが、話は、アナログとデジタルの話になりました。

デジタル体温計を買おうか、私が話すと

体温計は水銀体温計に限るとカミサンは云います。
家庭内で体温がコンマ何度まで測って、見えても何になるの?
特別に人体実験してるんじゃないのだから、37度の赤線の上か下か分かれば良いのよ
水銀温度計が一番正確に測れるのよ、但し1分以上と云う時間的なハンデーがあるけど、病院で次から次の患者さんの熱を測る時、
振れば水銀が元の値に簡単に戻るから便利なのよ。
今流行りの非接触型、ピッは測定温度にバラツキが多く、信頼性を比べるやはり、体に触れた部分で測らないとね。
と、デジタル体温計は専門家から却下されました。
私はただ、老化により視力が落ちてよく見えないから、数字で表示するデジタル体温計のほうが、良いのかな、と思っただけなんですが。

デジタル血圧計

ついでにと、私が毎朝朝一番、朝食前に測っている電子血圧計についてのコメント・うんちくを聞かされました。
カミサンの通っているファミトリードクターの所にある、オムロンの血圧計と同じタイプです。
カミサンに云わせると、彼女の通っているドクターは、手動・水銀血圧計で患者の血圧を測れないそうです。
20年も前には手動・水銀血圧計だったのそうですが、何回測ってもいつも同じ値、110の65なのだそうです。
カミサンは自分が医療従事者であることをドクターに伝えていません、ある時腕の圧迫と水銀の上がり下がりを目で追っていて、「このドクター、血圧を測るのが苦手のようたな」と気がついたそうです。
数カ月後、このクリニックではドクターが直接血圧を測らず、置いてある電子血圧計で患者自身で測ってもらうようになりました。

一方、私が通っているファミリークリニックドクターは女医さんで、元湘南鎌倉総合病院からの独立の循環器・血圧系のドクターです。
血圧は昨年まで、カミサンが使っているのと同じ手動の水銀血圧計を使っていました。
理由は一番正確に測れるからと、災害などで電気・電池がない時、所でも使えるから。
今年に入って、シュシュの圧力は手動ですが、水銀がデジタルに変わりました。
なんで・・と気軽に話せるドクターなので聞いてみました。
デジタルって便利よ、血圧測定の値が自動的に、電子カルテに記録されるのよ。なーるほどね。
もう、16年も通っていますが、この女医さんのクリニック、少しづづですが電子化が進んでいます。

さて、 血中酸素濃度計「パルスオキシメーター」は何時届くのだろうか。
願わくば、この血中酸素濃度計の出番が来ないことを祈ります。

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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ