CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

2021年01月15日

コロナ下の不要・不急の外出 富士山と菜の花畑へ

緊急事態宣言が東京首都圏から全国に広がりつつありますが、果たして昨年のような効果があるのか、素人目にみても疑問です。
昨年の緊急事態宣言下では、駅構内は閑散としており、駅ビルのルミネも、地元商店街もほとんど人が歩いておらず、電車車内もガラガラと空いており、座る際にも、特に要請された訳でもなく、自主的に一人分空けた状態で座り、その中間の空いている席は、混雑してても誰も座らないような雰囲気がありましたが、今はごく普通の通勤電車風景です。
それでも、カミサンに云わせると、昨年のようにスーパーのインスタント食品売場の棚に空きスペースが目立つし、ドラッグストアーのアルコール消毒スプレーが姿を消してしまっていると云います。

政府の政策の小出しのが原因と云う見方があります。
若者はたとえ感染しても、無症状や軽かったりするのという意識があるのでしょうか。
政府は、感染すると重症化する世代を守り、医療崩壊を防ぎ、医療従事者の負担を軽減するという意識を国民全体に丁寧に何度も伝えていかねばならないか、あるいは、欧州のようにロックダウンを限定的にでもやるしかないでしょう。
と云っている側から三連休の翌々日、電車に乗って菜の花と富士山の名所に出かけました。

不要・・・ではなく必要です。
三連休とその翌日は、一歩も外に出かけていません。
一番の理由は、寒く、お天気が良くないからなのが本音ですが、緊急事態宣言の発令も大きかったのですが。しかし三度、4日間一歩も外にでず、一日中室内、それも自分の部屋のパソコンの前、食っちゃ寝の生活が良い訳がありません。
不要ではなく、健康維持の為の必要な外出なのです。



不急・・・ではなく、「緊急」「至急」今しかないのです。
先週の新聞の湘南版で、東海道線二宮の吾妻山の菜の花が見頃と報じており、お天気が良かったら行かなくてはいけないと、決めていました。
13日朝、起きて西の空をみると綺麗に晴れており、昨日まで寒さもなく、天気予報では一日中晴れ、気温も14℃まで上昇するとの様子なので、朝食後すぐに出かけることにしました。
過去三度行ったことのある吾妻山から富士山撮るには、午前中が良いのです。

朝9時東海道線で大船⇒藤沢⇒辻堂⇒茅ヶ崎⇒平塚⇒大磯⇒二宮で 25分 510円です。

二宮・吾妻山公園

湘南で富士山を正面に綺麗に見える、そして駅から近い場所として「二宮 吾妻山公園」は人気・有名な場所です。
吾妻山は標高136mとちょっとと、高い丘ていどの山で、二宮駅北口より公園入口までは徒歩で約5分、そこから階段、山道を登り、山頂(標高136.2メートル)の展望台までは約20分です



水仙の群生

頂上公園にいく途中には、この時期、水仙の群生が見られます。
ここをすぎると、頂上展望台までは5分程度です。
展望台手前には、子どもたちに大人気の地形を巧みに活用した「ローラー滑り台」があります。
全長は102メートル、傾斜は約10度。 相模湾を見下ろしながら、一気に下っていく大人でも楽しいすべり台です。



吾妻山展望台

吾妻山公園には1年中咲きほこる花々や、包み込むように生い茂る木々に囲まれた小道があります。
また、頂上には湘南のここちよい潮風を受けながら相模湾を一望できる全面芝生の展望台があり、この日は真っ青の雲ひとつない青空で公園内の一本の緑の葉を落とした大樹が見事でした。



相模湾を一望

公園から左手、東南方面には国府津・小田原の町並み、静かに広がる相模湾、そして箱根の山々が見えます。
山頂公園には東屋、ベンチ、椅子、トイレも完備されていますが、山頂にはレストラン・売店、飲み物の自販機はありません。
これらは、下から上る途中に小さなお店がありますが、いつも開いているかどうか分かりませんので、駅周辺で準備したほうが良いでしよう。



お目当ての富士山と菜の花

二宮町の吾妻山では、12月下旬頃から斜面に植えられた6万株の早咲きの菜の花が咲き始め、1月上旬から中旬に見頃を迎えます。
吾妻山に菜の花が植えられたのは1989年(平成元年)。
初秋に、ひとつかみの種をまくと11月中旬頃から花を咲かせ始め、新聞には「日本一早い菜の花」という見出しで掲載されました。
しかし、規模が小さかったことから、訪れる人たちにとっては期待外れだったようです。
そこで、5年をかけて斜面を開墾し、試行錯誤を重ねた結果、6万株もの菜の花が咲く景色が出来上がったのだそうです。
今では二宮町のシンボルとなり、訪れる人々に感動を与えてくれています



ほぼ全員シニア・高齢者

朝9時に自宅を出て、10時15分でこの晴れた絶景にたどり着きました。
1月の緊急事態宣言がでている平日の午前、ざっと見回すと20人ほどのカメラを変えた男性と、シニアのカップルが見受けられます。
10時半をすぎると、人がどんどんと増えてきます。
皆さん見た限りで、私と同年代のシニア・高齢者です。
考えるのは一緒のようで、自宅巣ごもり、自粛しているが、4日ぶりの晴天と暖かい日、朝起きてお天気が良いので、来たそうで、ほぼ皆さん湘南、遠くても横浜にお住まいの方々のようです。
お一人、かわいい猫を連れた方がいました。
自宅から猫を連れて、写真を撮るのが趣味のようで、「あら今年もネコちゃんがいるのね」という、吾妻山の常連の方もいました。

自分も高齢者・シニアと呼ばれる年齢なのですが・・・
最近、このような観光地や人が大勢集まる場所にくると、以前は皆さん、私よりもお年寄り、年齢が上に見えていたのですが、古希を越すと最近、この大勢のなかで自分はかなり年齢が上のほうではないかなと思うようになってきています。

お昼頃に帰宅すると、やはり4日ぶりの女性スポーツクラブから帰ってきていたカミサンが
「どうだった、このコロナ自粛でも人が出ていた」と聞きます。
「ピーカンの青空、富士山はくっきり、雲ひとつなし」
「吾妻山はジジ・ババでいっぱいだった」と云うと、
「君だって、十分、立派なジジだよ」とおっしゃいました。
そうか、ジジと云われ、そうじゃないとも返答できる年齢でもなくなってきているのか


ブログ管理人のホームページ
団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方

  
ブログ管理人のwebサイト
2011から2019年過去のブログ
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2021年01月13日

成人の日とJR上野駅公園口の思い出

成人の日は1999年(平成11年)までは1月15日だった。
それがハッピーマンデー制度により、1月の第2月曜日にあてられるようになったのは私に団塊世代にとって、そんなに昔の話ではなく、1999年と聞くと、ウインドウズ98の翌年なのだからほんのすこし前、最近の話なんです。
成人式については、過去のブログで何度か書いていますが、私は出席していません。
団塊世代のど真ん中の1948年生まれの私はが20歳になった年は、すでに海外に出ており日本にはいませんでした。
TVのバラエティ番組で今年の成人芸能人が、浮かれている日、カミサンが一冊の文庫本を買ってきました。

柳美里(ユーミリ)の「JR上野駅公園口」です。

昨年の全米図書賞の翻訳文学部門を受賞した純文学の小説です。帯には

「全世界が感動した一人の男の物語」
オール紀伊國屋書店 ランキング1位
オール丸善・ジュンク堂ランキング1位
アマゾン ランキング1位
NHK・朝日新聞他メデイアで話題沸騰・・・・
これは、読まなくてはと云い出したのはカミサンです。

というのも、我が家では本を読む場所はお風呂のなかなのです。
1時間の半身浴でゆっくりとするには、 本を読みながら入るのが一番です。
カミサンは婦人公論など少し、硬めの婦人雜誌と中高年女性向けの「ゆうゆう」などの他、芸能人ゴップ週刊誌から、高齢者のお金・健康・介護・老後の不安を煽る記事まで、ゆっくりと1時間楽しんで入っています。
今回の柳美里の「JR上野駅公園口」は私達二人共にTVのニュースで、全米図書賞の翻訳文学部門を受賞を報じたときから興味がありました。
というのも、この小説に登場する「JR上野駅公園口」は、私たち新婚時代を過ごしたアパートの最寄り駅改札口でもあり、いまだ私達二人の本籍地だからです。
住民登録は現在の住まいの鎌倉ですが、本籍地はお互いの生まれた場所ではなく、結婚・入籍した場所にしてあるのです。
ですから、パスポートなどの申請する時の戸籍謄本は、わざわざ台東区区役所まで行くことになってます。
退職・引退・隠居し17年たち、今後発生するだろう、色々な戸籍手続きを考えると、東京都台東区から鎌倉に本籍を移そうかと話したことがあります。

未だ本籍を移さない理由は

移してしまうと、あの新婚時代に過ごした街と縁が切れ、再び上野界に出向くことがなくなってしまうのが寂しいからです。

29歳と26歳で同棲し、結婚したアパートは、三畳と四畳半二間、風呂なし。一人暮らし男性お年寄り、女性お年寄り、とアパートオーナー大工さんの小僧さんと私達の4世帯で、数年前近くまで行った時まだ残っていました。

まるでリアルな「神田川」の世界で、二人でよく銭湯に行き、帰りに500円づつパチンコをしたのを覚えています。
都心に出る時は、地下鉄「根津」駅がが一番近いのですが、私達二人は散歩を兼ねて、不忍池をとおり、水族館・動物園脇を抜けてこの小説に登場するホームレスの森を抜けて、JR上野駅公園口まで歩いたものです。
時には、言問通りの坂から、谷中経由で芸大の森を抜けて歩いた二十代の思い出の地なのです。
アパートの裏は東京大学のキャンパスがあり、商店街は東京の下町風情が色濃くのこる、肩肘張らずに暮らせる庶民的な下町でした。
やがて、55歳まで勤めた会社に就職した都合で、世田谷に引っ越し、新築マンション購入で横浜に、そして退職後に鎌倉に住むようになっても、カミサンは未だに新婚生活を過ごした、東京台東区の下町時代を懐かしみ、ああいう、学歴や夫の仕事先会社名や、周りを気にせずに住む街に戻りたいと云います。

上野駅は、この小説に登場するように、東京の北の玄関口です。

東北線・信越線・上越線・常磐線のターミナル駅で、私の生まれ育った信州の人間にとっては、初めて目にする東京そのものの地なのです。
私が18歳になった時、就職や進学で故郷を出る時、その当時はもう集団就職する姿はありませんでしたが、必ず駅には同級生が集まり、見送っていましたし、その後の10年ぐらいは、駅には新婚旅行の二人を見送り、胴上げする姿は残っていました。
故郷と上野駅が大きく変貌したのは、長野まで新幹線が開通した、冬期オリンピックの年でした。1998年。
それまでは、正月・お盆の帰省の時には、上野駅にはお土産を抱えた帰省客がホームに新聞紙を敷いて列車を待つ姿が見受けられていました。
10数年前の中国の旧正月民族大移動のような姿は30年前まで、日本にもあったのです。

カミサンは「JR上野駅公園口」を持ってお風呂へ。

30分もしないうちに出てきて、
「この本、私には難しすぎて駄目」と云います。
「どうして?」と聞くと
「私はこの本は、東北から集団就職してきた人たちのドキュメント的な本だと思ったのに」
「ストーリーが過去と現在をいったり、来たりで、苦手なの」
「ともかく、私ストーリーが単純なほうがいいのだけど、文章表現が凝っているとか、複雑でダメだわ」

と云うので、どれどれと、今度は私がこの本を持ってお風呂に入り読み始めました。

作者「柳美里」は日本生まれ育ちの韓国籍の作家で、現在福島県相馬に住んでいます。
この小説の主人公は高度経済成長期を支えた労働者の一人でやがてホームレスとなり、オリンピック誘致のために彼らの生活の場が奪われたこと、福島の復興への関心は失われつつあることなど、日本の負の現代史側面が克明に描かれており、小説の底辺には日本の天皇制への思いが流れています。
確かに、お風呂には入って、優雅に読むような種類の本でないようでした。

そうだよな・・・
私の思い出のなかの「JR上野駅公園口」といえば、懐かしい新婚時代の他に、一時期、休日にはイランから出稼ぎ労働者が溢れかえっており、異様な、危険な雰囲気が溢れた場所
そして、公園の中のブルーテント村、大震災の後の常磐線で現地に向かう、旧同僚の姿。
いまでは、故郷に向かう新幹線から眺める上野駅の新幹線ホームしか浮かばないのです。

半分ほど読み終えて、カミサンに云いました。
コロナが落ち着いたら一度、上野池之端にいつてみようか、グーグルマップで見る限り、あのアパートはまだあるようだから。と

ブログ管理人のホームページ
団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方

  
ブログ管理人のwebサイト
2011から2019年過去のブログ
posted by 西沢 at 08:20| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2021年01月11日

緊急事態宣言と今年の私たちの旅計画

毎週木曜日は、趣味のレジャースポーツ「ラケットテニス」の日で7日の今年最初の木曜日に集まったのは私を含めて高齢者10名と50代の女性一人計11名、ダブルス2コートです。

試合前、代表リーダー(昨年後期高齢者となったスポーツ大好き女性)から新年の挨拶そこそこに、参加者にむけて 「今回の政府の緊急事態宣言下において、毎週一回のこのラケットテニスの開催をどうするか」を問いました。


一人の50代を除き、全員が65歳以上のコロナでは重症化しやすいと云われる高齢者で、私を含めて、何らかの基礎疾患を持っている人ばかりです。
誰も、自分の意見を云いません。
確かに、コロナ禍は確実に私達の住む鎌倉にもヒタヒタと迫って来ており、ご近所小学校ではクラスターが發生していますし、知人に感染者が現れています。
メンバーは、週に一度の体を動かし、メンバーと会うことを楽しみにしていますが、コロナ感染は怖いと思っています。
でも、皆さん手洗い、消毒、マスクをつけて十分に注意していますし、室内・体育館とはいえ、ドア・窓はすべてオープンの状態で、この広い体育館で10〜15名程度のテニスですから、三密にはなっていませんから、感染のリスクは低いと思っているのですが、皆さん、社会常識のある成熟した大人ですから
自らそれを言うのは、このご時世、憚れる状態であることを知っているのです。

リーダーが発した結論は
◆「一ヶ月様子をみましょう」

◆「昨年の非常事態宣言では、体育館などのスポーツ施設は、閉鎖の対象になりましたが、
  今回は、今の所その連絡はありませんから、でたら考えましょう。」

◆「それでも、この市営体育館の利用ルールに従って、始じめる前の健康チェック、
  体温・体調の報告・手洗い・消毒・マスクの着用は徹底して下さい」

◆「公共交通機関を利用して体育館に来る方は、十分に注意して下さい」
 と述べて、この日のラケットテニスは始まりました。

全員のミーティングでは、発言はなかったものの、個人的な会話のなかでは沢山ありました。
「三密になってないし、飛沫感染するような接触もないのだから」
「あまり怖がって、自宅に引き籠り運動不足からの体調不良のほうが怖い」
「神奈川県のコロナ感染者の増え方は怖いね」
「人工比率で比較すると、神奈川・鎌倉は東京よりも多いんじゃないかしら」
※確かに、1月9日発表の感染者は999人。アメリカやブラジルの感染者数が日に数万人という数字に驚愕し、彼の国のコロナ対策体制を批判し、バカにしていたのに、私達の住む国がこんな数字になるとは考えもしませんでしたのに。

救急車が多くない?
二時間のラケットテニスで一週間分の運動を楽しんで帰路につくと、体育館からフラワーセンターへの跨線橋には、二台の救急車がピーポーと鳴らしながら通り過ぎていきます。

この先には、神奈川県のコロナ患者受入専用の湘南鎌倉総合病院があるのです。
普段から、私の自宅前のバス通りは救急車の往来が頻繁なのですが、年末からその往来が増えてきているのは、実感しています。
救急車を見ると、鎌倉市消防よりも横浜市の車が多くなってきています。
マスメディアが報じる、「医療崩壊」は現実味を帯びてきているのを身近で感じています。

今年の旅行計画は?
そんな、関東首都圏に緊急事態宣言がなされ、全国民が緊張しこれから先を憂いているのに、個人的には自分の旅行計画の修に毒づいています。
今年1月の旅行予定は既に予約済みでした。
当初は、余っているデルタのマイレージを使って、鹿児島に行く予定でした。
鹿児島市内のホテルに二泊して、開聞岳の菜の花畑の撮影と、高校生の時いらいの桜島島内をゆっくりと周る予定でしたが、デルタのマイレージでの国内航空機は、スカイマークしか使えないのですが、その羽田・鹿児島便はコロナの影響で減便となるとの知らせと、コロナ影響下での
遠方への旅行を自粛しました。

そこで先ずは、近場の西伊豆を考えました。
冬場の西伊豆の海は透明度も高く、晴れている日も多く、絶好の夕日が見えるシーズンなのです。
しかし、今年の冬の気圧配置は例年よりも強く、裏日本から東北・北海道の豪雪と強い、北西の風が吹いています。
となると、西伊豆も晴れているのは確実なのですが、海が荒れて、観光遊覧船の欠航の確率が高いのです。
二年前は、土肥から清水港へのフェリーに乗って駿河湾越し富士山を見ようと行ったのですが、ピーカンの青空でも、西風が強くて3日間欠航し、結局陸路、伊豆半島をバスで北上し、東海道線で向かったことがありました。

何にもないけど暖かな房総にしようか

そんなこともあり、最終的には近場・温暖・温泉・海の幸・春の花がある、鴨川に二泊して、銚子鉄道まで足をのばそうかと、ネットで宿&列車ののGotoトラベル対象セットを予約しました。

私達の予約は、1月最終週でしたから、11日までのGoto停止に引っかからなかったのですが、今回の非常事態宣言で、来月まで中止となりキャンセルとなりました。
17日までのキャンセル料なし期間にと、早速キャンセルしました。

2月以降の旅行計画は全くありません。
いくら、ひま人・小金持ちの年金シニアとはいえ、このご時世、周りの目は当然ながら気にします。
それと、一度Gotoトラベルの割引を経験してしまいますと、これまでの通常の料金との差を強く意識してしまいます。
Gotoトラベルがある限り利用しなくては、という意識は、例え余裕があると思える年金シニアでもあって当たり前なのか

ブログ管理人のホームページ
団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方

  
ブログ管理人のwebサイト
2011から2019年過去のブログ
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2021年01月09日

高齢者の老後4Kは 金・介護・健康・孤独

年明けの雑誌、新聞、週刊誌の特集は、現代やポストがお得意だった「老後、高齢者の不安を駆り立てるような記事」は、今では新聞系週刊誌や、女性系雑誌でも頻繫に取り上げるようになっています。
それだけ、人口に占める高齢者割合が多くなってきているのでしょう。

やがて三人に一人は高齢者に
私たち団塊世代が後期高齢者となる2022〜2024には、30%をオーバーし、全人口の3人に一人が65歳以上の高齢者と呼ばれるのです。

昔、まだ30代だった頃、ある未来予測の記事のなかで、一番信頼できるのは、統計学者のいう未来図である、特に人口統計というのは大きな飢餓、疫病、戦争があったとしても、さほど影響を及ぼすことは少なく、一番確実な未来予想図であると。
出版業界がこの1/3の高齢者のニーズに対して、多少大袈裟かもしれませんが発信するのは、必然なのでしょう。

私が所属していた建設業界が3Kと呼ばれていたのに、老後、高齢者になったら今度は、Kが一つ増えて4Kですか。
これを書いていたのは、「週間朝日」でした。
「自分じまい」の準備しよう
家族がいても最後はひとり
人生100年時代の最後は誰しも「おひとりさま」になる。

独身の人だけではなく、夫や妻と離婚、死別したり家族がいても頼れる人はやがて少なくなる。



そんなことは、現役の高齢者、退職して15年以上になる団塊世代は百も承知で、これまで自己防衛してきています。
今回、注目したのは「ポスト」が書いていた特集記事です。
タイトルは
「親が、夫が、妻が死んだ後も知らずに払い続けるお金」

定年、退職後NPOボランティアとして、パソコン廻りのサポートで何度もご主人をなくした奥様から、後処理を頼まれた経験からパスワード・IDが解らずに、解析や契約解除の手続きに苦労してきた経験があります。
亡くなったご主人の時代は、ワープロでの記録から、パソコンに移ってきた時代でもあり、色々な資料・記憶・とどめ書きはそれ以前は、日記帳やノートに書き記されていたものが、ほぼ全てパソコンなどによる電子化され、ペーパーによる、記録が少ないのが特徴です。
そして、ネット全盛の時代になると、もっと難しくなり、パソコン本体ではなく、クラウドの世界に保存されている時代になってきています。
それらの色々なサービスは、パスワード・IDが解らないと手のうちようがないのです。
最近は、このことが一般的に知られるようになり、私たちの現場でもペーパーによる記録が再認識されて、実行に移す方が増えています。
私の場合、机の上の見える場所にパスワード専用のフォルダーを置いてあります。
別に、カミサン用でもなく、最近パスワードは何だったっけとど忘れしているケースも多いのですから。

問題で一番大きいのがクレジット決済です
現代の色々な契約・決済では否がおうにも、クレジット払いが主流です。
携帯電話・スマホなどはその最たるもので、本人確認には、確実に繋がるメールアドレスと、クレジットカードがないと契約出来ない現状ですし、今ネットで話題の言葉「サブスク」サービスも同じです。

サブスクとは
サブスクリプション方式、または「サブスク」とは、製品やサービスを一定期間ごとに一定の金額(利用料)で提供するというビジネスモデルのことです。
例としては、私たちweb・グラフックデザイナーに必須の画像処理ソフトの定番「photoshop」は以前までは、CD・DVDを購入し、パソコンにインストールしていたものが、今では、Adobeから使用する権利を得て、年間定額払いでクラウドあるの最新の「photoshop」を使うようになっています。

若し、亡くなったご主人がこれらサブスク契約をしていたすると、クレジットカードから毎年、定額の料金が支払われ続けます。
寡婦となった奥様がこれを知っている可能性はほぼないでしょう。
他の例として、亡くなった方がホームページ開設で、何処かのサーバーと契約していた場合、ホームページの削除は私たちサポーターでも出来ますが(但し、サーバーID・パスワードが解っている場合)、サーバーとの契約・支払いはクレジットカード決済ですから、残された家族がこのサーバー会社と正式に契約解除を行わない限り、ずつと年会費を払い続けることになります。
私たち専門家は、生徒さんには、これらの契約の際は、ペーパーによる請求書・銀行振り込みにしなさいと、アドバイスしています。

このブログを読んでいる、ご主人、或いは奥様は一度、現在このようなサブスクサービスの一覧をペーパーに書き出すことを強くお勧めします。
こうしておけば、例え残されたご家族れじつが、各種サブスクや契約を知らなかったとしても、支払い 日に入金されないと、自動的にそのサービスは停止しますの、知らないで払い続けるというリスクはなくなります。
当然ですが、請求書・銀行振り込み払いは、クレジット決済よりも手間がかかり、手数料も高くなりますが、高齢者対策費用としては必要な経費ですす。

クレジットカード支払いの盲点
今回、週間ポストを読んでいて、高齢者本人ではあるが、ことパソコン廻りのパスワード・IDに限れば専門家と自負していた私にも盲点があることに気づかされました。
それは、公共料金などのクレジット決済です。
私の家では、
NHK・電気料金・ソフトバンクをクレジット決済しています。
携帯電話はともかく、何で、NHKをクレジット決済しているかの理由ですが・・・
決済カードがUC・ユナイテットマイレージカードだからです。
昔、まだ若く、何度も北米・中米・南米を個人旅行していてた時代、太平洋横断にユナイテッドを利用していました。
特に南米路線を使うと、二人で何万ものマイルが貯まり、退職後の海外旅行に備えていました。
退職後、南米・太平洋路線ではなく、アジア・ハワイが中心となると、ユナイテッドを利用する機会が極端に減っていくのは自覚していましたが、二年の間に一度乗れば、マイルは消滅しない或いは、国内線のANAでもいいだろうと、安易に考えているうちに、この10数万マイルがディスァピアしてしまったのです。

気がついたのは、消滅した1か月後のことでした。
ユナイテットのコールセンターに相談してところ、「大変残念ですが・・・」の一言でお終い。
そしてアドバイスがありました。「これからは、ディスァピアさせないために、UC・ユナイテットマイレージカードで公共料金一点を決済をお勧めしています。
NHKの二か月に一度の少額でも、永久不滅ポイントとなります」と。
それからは、公共料金、旅行代理店・パソコンなど金額の張るものは全てこのUC・ユナイテットマイレージカードで決済しています。

ここまでは良いのですが、私が急逝した場合はどうなるのか?
これらのクレジット決済銀行口座は、私のプライベート銀行口座です。
もちろん、カミサンはその存在を知っていますが、私たち二人の家計・財産には含まれていない口座なのです。
もし知らないまま、口座を凍結されてしまうと、我が家の電気は決済出来ずに止まってしまいます。
私が利用している、クラウドサービスや、サーバーの年間利用料も、生徒さんには請求書・銀行振り込み決済を推奨しているのに、自分は自動クレジット決済ですから、毎年少額ではありますが、死んでいるのに払い続けることになります。
少なくとも、今、生きているうちに、ボケずに判断がつき、自分の足で歩いて処理できるうちに、解約はしないにしろ、どうやって手続きを進めれば良いのか、印刷物として解るようにしようと、今年のお正月に決心致しました。

老婆心ながら・・・
私たちの団塊世代、そして少し上の世代の方々がパソコンで残す電子ファイルですが・・・
ほとんどが、エクセルかワードです。
仕方ないですが、エクセル・ワードが読み込めないパソコンが急激に増えてきています。
マイクロソフトオフィスがグローバルスタンダードの時代はもうすぐ終わります、欧米では既に終わっているかも?
後30年後のお子さん、お孫さんの時代に、お爺ちゃんの残した記録が読めない時代になってるかもしれません。

ではどうするか?
案1 画像化する・・・つまりPDFにしておけば読めるでしょう。
案2 メモ帳、つまりプレンテキストで書いておけば、大抵のマシンで読めます。
案3 web化する、htmlで書いておけば、少なくとも30年先、何処にいても読み、見ることは出来るでしよう。
これらを自分のパソコンのなかではなく、クラウド或いはネットのストレージサービスに保管しておく。

私ですか・・・私は何も残しません。
子供もいないし、カミサンも興味ないでしょうし。
唯一、ユーチューブに動画を残して置きます。私が生きてきた足跡が残っていますから。
googleがいつまで存在しているかは分かりませんが。

ブログ管理人のホームページ
団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方

  
ブログ管理人のwebサイト
2011から2019年過去のブログ
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2021年01月07日

お正月はパソコン廻りのトラブル処理

お正月の家電量販店の福袋と初売りのチラシが元日の朝に入っていました。
私の住む地域には、関東で一番品揃えも、商品知識のある店員お気に入りは「ヨドバシカメラ」なのですが、一番近い店舗は、横浜です。
電車代もかかりますし、このコロナの時代、特殊なカメラやビデオ以外は、行かないことにしています。

次に、関東の雄の「ヤマダ電機」は新しく出来る駅前開発ビルへの引っ越しで、旧店舗は仮営業中で狭く、3月の新規開業が待たれる状態です。
次の候補の「ビックカメラ」は隣駅の藤沢まで行かなくてはなりません。
そこで、とりあえずの調達先は、徒歩圏のショピングモール内にある、地元神奈川県内を展開している「ノジマ」となります。

ノジマの初売り、福袋は例年おなじキャンペーンをしています。
西暦の数字、昨年は2,020円、今年は2,021円に設定した、お得な品物を「初夢」として限定発売しています。
今年は、マイクロSDカード64GBが3枚セットで2,021円です。
1枚あたり700円、1GBあたり11円。
メーカーはHIDISCは台湾メーカー、もちろんクラス10です。
ヨドバシカメラのネット価格は1枚税込み1,540円ですから、今回の初夢価格の半額です。
この初夢チラシでは同じくHIDISCで256GBが2,560円で限定提供してました。
1GB=10円の時代がやってきているのです。
1月2日の朝10時開店に並びました。
でも前日、かなり悩みました。
・64GBが3枚セットにするか?
・256GBの1枚にするか?
・そもそも、そんなにSDカードやUSBメモリーが必要なのか?

昔、退職前の頃の話ですが
外部記録持ち運びメモリー媒体として、ソニーのメモリースティックが全盛の時代の話。
仕事でパソコンは必須、記録写真もデジタルへと変化していた時、メモリースティック64MB(メガバイトです、ギガではありません)が欲しくて、欲しくて。でも、ひとつ6,000円もしており、どんな名目で現場伝票を起こすか、悩んでいた時代があったのです。
それ以来、これまで幾つのUSBメモリーを買ってきたことか、手元にはまだ、4Gとか8GのUSBメモリーが沢山残っており、捨てられずにいます。

ノートパソコンのハードディスクはほとんどSSDになってきています。
もう、昔のような1テラとか、500GBのようなHDDパソコンは探すのも大変な時代ですが、SSDパソコンのストレージ部はHDDに比べてとても容量は小さいのです。
私の現在常用しているノートPCのストレージは128しかなく、そのほとんどはwindows10のOSが占領していますので、少し不安で64GBSDカードをスロットに差しっぱなしにしてストレージとして使用しています。

若い、パソコンハードユーザーの元講座の生徒さんに言わせると、「先生、もう、自分のPCに保存する時代ではありません。
クラウドに残せば良いのです。
パソコンは3〜4年で買換える時代ですから、PC本体に残しておくより、クラウドに残しておけば、引っ越しも楽ですから」と・・分かるけどね。
団塊世代のオジサンたちは、そんな「お空の上の世界」は不安なんですよ。

「裸族の味方」という名のHDD接続キット
現在、手元には、モニターがクラッシュした一体型PCの1テラのハードを残してあります。
一体型のPCの場合、モニター・ディスプレイがダメになると、手の施しようがありませんので、廃棄した後は、1テラのHDDだけ残し、裸のHDDを外部ストレージDATA保存ように残しています。
これまで、数台のノートPCのデータをこの裸のHDDに残してきました。
もし、私が逝ったあとは
誰が、私の机の引き出しの奥深くにあるこの物体とケーブルを見つけ出して、ハードの中身のデータを取り出せるのか?不安です。
90年代初頭から、マクロソフトウインドーズ以前から、自作に近いPCマニアでないと、「裸族の味方」と聞いても、あぶないエロものとしてか思いつかないでしょうから・・・
このマイクロSDカード64GBが3枚セット(実質有効容量60×3で180GB)を買って、今年は少しづづ移していくしかなのいかな?
それとも256GB1枚を買って、集約するかを迷いましたが、台湾製を信用しない訳ではありませんが、リスク分散として64GBが3枚セットにしました。

失敗談:
家に帰って早速、買ってきた3枚の64GBマイクロSDカードを開封しました。
当然付属してくると思っていましたSDカードとマイクロSDのアタブターがついていません。
まあ、なくてもアタブターは1枚。手元にありますので使えるのですが、あったほうが便利なのは云うまでも在りません。
そこで、翌日、100均ショップで売っているだろうと、出かけました。
まずはダイソーなら間違いなくあるだろうと、自宅から一番遠いヨーカドー内のダイソーに行って探しても在りませんし、店員に聞いてみても存在すら知りませんでした。
仕方なく商店街の「キャンドゥー」へ行っても、「セリア」に行ってもなく、仕方なく多少高いかもしれませんがと、「ヤマダ電機」に行っても仮店舗の為なのでしょう、ここにも無し。
ダメ元で「ドン・キホーテ」にいきましたが、もちろんありませんでした。
仕方なく、ネットで探すと勿論ありました。が・・・・
楽天では110円です、但し送料が660円とお話になりません。
「アキバおー」では一つ26円、送料はメール便(※)で280円。
メール便って何だ

メール便とは;
雑誌や書籍、商品カタログなど、小型で軽量な荷物を発送者から受け取り、配達員が荷物の受取人の郵便受けに対して宅配物を届けるサービスをメール便といいます。こめ
宅配便だと、配達日時の指定や荷物の受取人によるハンコを使った受け取りが必要ですが、メール便では、配達日時が指定できずハンコによる受け取りが必要ないため、む安価に荷物を発送してくれます


解ったけど、それにしても、高くつくので諦め、翌日、買った「ノジマ」の店頭に行ってみました。もちろんありましたが、1ケ384円(税込み)です。
せっかく初売り特売で1ケ700円で買ったものが、アタブターをつけると、1ケ1,000円オーバーしてしまいます。
どうしても、今、直ぐ必要なものならいざ知らず、あれば便利の衝動買いですからとても買えません。貧乏リタイヤ年金シニアは、旅行には10万円払えますが、ネットや100均で簡単に買えるものに4倍の値段は払えないのです。
ちなみに、同じメーカーの64GBマイクロSDはネットショップ「アキバおー」で今回の初売りと同じ値段720円で売っていました。但し、送料はやはりメール便で280円かかりますから、正月初売りの「ノジマ」は安かった、と自己満足しています。

SDカードリーダーを思い出した
安物買いの銭失いと少し反省していた時、机の奥深くしまっていた、SDカードリーダーを思い出しました。
SDカードリーダーは、以前の古いノートパソコンにはSDカードスロットがついていないものが多く、NPOセンターや、講座の生徒さんのPCにもなかったりして困っていた時に購入したもので、もう5、6年使ってはいなかったのですが、もしかして、マイクロSDスロットもついているのではと、取り出したところちゃんと、マイクロSD、ミニSDスロットがついて一件落着です。

新品、買ったパソコンにお茶をこぼしてしまった結末の話
先月12月、NPOの仲間先輩から新しいwin10の購入とセットアップを依頼され、ご本人のメールアドレスがあやふやで、立ち上げに苦労しはしたものの1日かがりで、オフィスの立ち上げ、セキュリティソフトの入れ替え、旧PCから住所録の引っ越し等を終えました。
年末のある日、携帯に電話がありました。
新しいパソコンにお茶をこぼしてしまった。
買って1か月以内なのでメーカーに無償交換できるか?と云う相談です。

「保証期間内と云っても、水をこぼしたのは自己責任てすから、100%無理です。」
「例え、お茶の件を黙っていても、すぐにバレます。」
「電源コードは抜いてありますね」
「次にバッテリーを外してください。解らなかったら、古いパソコンで調べてみてください」
「こぼしたキーボード面を下にして、タオルをひいて、3日間自然乾燥してください。」
「絶対に、最低72時間、電源をいれないでください。」
「お正月が開けたら、二人でそろり、ソロリと電源を投入してみましょう」
「それでダメなら、メーカーに有償依頼するしかありません」

元日の朝、かのNPO先輩から電話がありました。
「もう、大丈夫かと、一人で電源を入れたらちゃんと動いた」
奇跡!、どの程度お茶をこぼしたのか分かりませんが、この先輩、大人しく4日間自然乾燥を待ったおかげです。
このお話、まさに奇跡、普通はダメなんですが・・・ね。


最近、文字入力時にフリーズする、何か変、重い
最近、windows10のアップデートがあってから、文字入力していて今までと違う、何か変、フリーズする、ロックすることが多発してきました。
私の場合、32bitで動かしているphotoshopで多発しているので、アップデートで何かあったのかと思っていたのでが、普通のメールやテキスト入力状態でも頻繫に起きるようになりました。
調べてみると、どうやら私だけではないようです。
・キーボードで文字を打っても反応が遅い
・漢字に変換するのに数秒かかる
・変換したいのにその前に確定されてしまう
・とにかくキーボードから打ち込んだことに対しての反応が激重
・文字にたいしてのDELキーBACKキーがフリーズする

調べてみると、マイクロソフトIMEに原因があるようです。
まだ完全に解決はしていませんが、どうやら「予測入力」に原因があるようです。
心当たりのある方、解決した方はどうぞ教えて下さい。

ブログ管理人のホームページ
団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方

  
ブログ管理人のwebサイト
2011から2019年過去のブログ

posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2021年01月05日

シトラスリボン運動とは

数年前から朝日新聞のコラム「天声人語」の書き写しを朝の日課としています。
これまで10年近くカミサンがやっていたのを見ていて、バトンタッチで私が引き継いだ形です。
仕事柄Win95以前からパソコンが手放せない環境にいましたから、手書きで文字・漢字を書くことは全くなく、全て効率と見た目とdataの保存、共用のみに生きてきまして、手紙も葉書も全てパソコンに向かって書いていました。
カミサンが天声人語の難しい、画数の多い漢字を天眼鏡で大写しにし、辞書を片手に書き順を調べている時、私は傍で
「パソコンで調べれば簡単」と云うと、
「もう四五年経ったら、貴方は日本人なのに漢字をかけなくなるわよ」
「呆け防止に、毎日書いてみたら」と云われました。
朝の30分、机に向かって、心を落ち着かせて、文字・漢字・ひらがなを丁寧に書き写し専門の原稿ノートのマス目にうめていくのは確かに、心落ち着く作業であると同時に、四季折々のコラム記事は、自分のブログ記事にも参考になことも多いです。

前日の天声人語のテーマは「シトラスリボン」についてでした。
少し天声人語のイントロ文章を引用します。

「敷地にはいらないで」
「首都圏から来た荷物は受け取りたくない」
愛媛県東温市で運送業を営む松本さん(38)は昨春、配送先で何度かそんな言葉を浴びた。
そんな時出会ったのが、シトラスリボン運動。
黄緑色の手織りリボンを身に着けることで、コロナに対する中傷や差別をなくそうと訴える活動のことだ
趣旨に共鳴し、車用ステッカーを造って配った。
〜攻略〜



シトラスってなんだ、どこかで聞いたことがある言葉だが
ここまで、朝日新聞の天声人語を書き写してペンが止まりました。
天声人語コラムには、写真・イラスト・挿絵はありませんから、その「黄緑色の手織りリボン」の形・イメージを知りたくなったのと、シトラスという言葉が気になり、一時ペンを置き、「Google先生」に聞いてみました。

なるほどこんな形なのね。
調べていくと、リボンの3つの輪は
「地域」
「過程」
「職場と学校」
 を表すそうです。
そして、回復したら誰でもが安心して戻れる街でありたいとの願いが込めているそうです。

次にシトラスって何だったっけ
シトラスとは、 柑橘類の英語読み、【 citrus 】のこと
ミカン類の常緑樹、特に果樹・果実の総称
そっか愛媛県発祥の運動だから、みかん色なんです。

天声人語の書き写し途中にネットに飛んでいると色々な情報が目に入ってきます。
愛媛県は県を挙げてこのプロジェクトに取り組んでいるようです。

県では、令和2年10月1日より、新型コロナウイルス感染症に関する差別、偏見の解消を目指す「シトラスリボンプロジェクト」を展開している民間団体、松山地方法務局、愛媛県人権擁護委員連合会、市町等と連携して、「STOP!コロナ差別〜愛顔を守ろう〜」キャンペーンを実施しています。


私たちの敵は、「人」ではなく「ウイルス」です。
感染者等への差別や偏見、誹謗中傷は絶対にあってはなりません。
インターネットやSNS等での無責任な情報発信はやめましょう。
私たち一人一人が思いやりの気持ちをもって、愛顔を守っていきましょう!と
県庁のドームまでシトラス色にライトアップして、意気込みが伝わります。

天声人語ではこのプロジェクトの共同代表者のコメントを紹介しています。
一部引用

活動と云っても駅頭で署名を集めることはない。
感染者を中傷した人を非難することもない。
何が正義かは人それぞれ、自分たちの正義を押し付けるのはよくないと考える。


確かに、私の地元のNPOを踏み台にして、選挙にでようとしているオジサンたちに聞かせてやりたい言葉です。
地元神奈川県は日に日にコロナ感染者数が増加中です。
私の町内会、小学校までクラスターが発生しています。
私たち団塊オジサンの集まる掲示板には、友人の死を報じていました。
地方、愛媛県よりもっと深刻であり、偏見や差別があってはならない関東首都圏なのに、このシトラスリボンを目にしたことがないなんて。

「共感こそが運動の支え」と云う共同代表者の言葉に惹かれ、微力ながら団塊リタイヤ年金おじさんに拡散するために、本日のブログに掲載するとします。



ブログ管理人のホームページ
団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方

  
ブログ管理人のwebサイト
2011から2019年過去のブログ
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2021年01月03日

年末・年始の人出とコロナ風評被害

2021年お正月の鎌倉の空は、TVの天気予報が伝える日本海側、北海道、山陰や信州にお住まいの皆様には申し訳ないと思うほどの雲一つない真っ青なお天気です。
でも、私的には、気分は「真っ青」です。

朝起きて一番の体重が昨日よりも何とちょうど1キロも増えているのです。
理由は明白、年末大晦日から元旦の昨日まで、政府のお偉いさんも、東京都のみどりのおばさんも、「ステイホーム」「家で過ごす静かなお正月」と要請されていますので、素直に従って、家からは一歩も出ずに、TVを見て「食っちゃ寝、食っちゃゴロゴロ」をしてきたからです。
大晦日に戦ったプロボクサーなら、太った1キロは、2時間もあれば落とせるでしょうが、新陳代謝、基礎代謝が落ちた、シニアオジサンにとって、太ってしまった1キロを減量するのは並大抵の努力が必要となります。
急激に太った体重は急激に落とせると、自分に甘くなりがちですが、ここは、2日以内に落とさないと、このまま肉・脂肪となってしまいます。

今日は何が何でも外出し、最低2時間歩かなくては
2時間歩くとなると、この近所ではダメ、そうだ北鎌倉から鶴ケ岡八幡さんまで歩こう、今年は、あれだけ初詣の「三密」回避を呼び掛けているし、市内中心部の車乗り入れ規制をしているのだから、そんなに混んではいないだろうからと、スマホの万歩計をゼロリセットして、自宅から北鎌倉経由鶴ケ岡八幡宮を目指しました。
距離にして4.5Km、速足徒歩55分、こんなはや足で歩いても、消費カロリーは300kcal程度なのか
ウォーキングの消費カロリー計算
お正月の2日目、電車は多少混んではいるかもしれませんが、旧鎌倉街道と違って、普通の住宅街の道なので普段と全く変わりませんでした。
自宅から北鎌を抜けて鶴ケ岡八幡宮の裏手まで、50分でした。

八幡さんの境内を見ると「3密」どころか初詣客で結構混んでいます。
今日の目的は初詣ではなく、減量のためのウォーキングですから、境内へはパスして、途中から小町通りを抜けて、駅方面をめざそうと入ると曲がると、八幡さんどころの騒ぎではなく、「3密」どころか「6密」・「9密」のような状態です。
なるべく人混みを避けて、線路わきの道を表駅に進む途中、異様な風袋の人に出会いました。
あの武漢のコロナ騒動のTV画面で見た、防毒マスクをした人物が歩いているのです。
実際には、「防毒」なのか「防塵」なのかはさだかではありませんが、近寄るのさえ怖くなる姿・形です。
そんな恰好をしてまで、こんな観光地の真ん中を歩かなくてもいいのじゃないのと云う気分です。鎌倉裏駅に出て、歩数計を見ると、まだまだ目標値の二万歩には遥かに遠いので、裏駅から化粧坂切通の急坂を抜けて北鎌倉にでることにしました。

北鎌倉駅に着くころ、カミサンからスマホに電話がありました
おせち料理は飽きたから、帰りにセイユーに寄って買ってくるもの伝言がありました。
「ヨーグルトと卵」・・・
その帰り道にある「セイユー」に入ってびっくりです。
レジに並んでいる人の数、一つのレジに10数人並んでいます。
買い物かごのなかも、いっぱいです。
私は「ヨーグルトと卵」だけで、こんな列に並ぶのは嫌ですから、セルフレジなら多少は空いているだろうと行ってみて再びびっくりです。
8つあるセルフレジの入口は1か所なので、ここに並んでいる人数ははるか先の入り口付近がドン尻のようです。
結局、買わずに棚に戻し、帰り道のコンビニで買ってかえりました。
帰ると、カミサンは「私の毎日の苦労が解った?」「コンビニは高かったでしょ」
と、その前に手洗い、うがい、マスクの洗濯です。

その夜、カミサンのスボーツ仲間のライン着信音が続けました。
近くの小学校でのクラスターの話の続きのようです。
小学生の子供が感染し、その母親は濃厚接触者とされます。
そこまではいいのですが、カミサンのラインには、その母親がパートで働いている会社名が伝えられているのです。
このカミサンのライン仲間には、この濃厚接触者がパートで働いている会社の所長の奥さんが、他のテニスクラブでのメンバーで一緒で「私、しばらくスポーツクラブ行かないほうがいいかしら」的なラインメッセージが流れているのです。
コロナ感染の子供の母親⇒母親のパート先の会社⇒
その会社の所長⇒その所長の奥さんがテニス仲間・・・

そんなんの、どうでもいいじゃない。
コロナの風評被害と云うのは確かに聞いたとはありますが、こんな身近で、こんな程度のレベルの低い情報が、スマホ・ライン・ネットを通じて流れてしまう、時代になったのですか。!

1月11日からGotoトラベルが解禁と云う予定で、旅の予定を立て始めていますが、無理みたい。
東京都は4桁を軽く超え、私の住む神奈川県だって4桁は直ぐでしょう。
検査100人の一人の割合のようですから、風邪もひけない、咳も、クシャミも出来ない、世の中になってしまったのか。


ブログ管理人のホームページ
団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方

  
ブログ管理人のwebサイト
2011から2019年過去のブログ
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2021年01月01日

自分あての年賀状 2021年 団塊世代に残された年月

3年前、古稀の70歳を迎える年の年賀状から出すことを止めました。
年賀状を出すという習慣は、退職・隠居してからです。
仕事していた頃の年賀状に近い、新年のご挨拶と近況報告は、お正月の旅先の絵葉書で、必ず現地からだしていました。
現地から出すというのは、結構大変な作業でした。

大都市ならいざ知らず、辺境の遺跡巡りが多かった私たちが滞在するのは、地方都市で、絵葉書は手に入るものの、海外向けの高額な切手が売っておらず、少額の切手を何枚も貼らなくてはならないことでした。
宛先は事前にシール印刷しておくのですが、文章は全て手書きの為、昼間動いたあと、宿に戻ってひたすら万年筆で書く夜が続いたものでした。
かなり郵便事情の悪い国の場合、地方都市で出すと届かないことも多いので、最後の大都市の空港で、まとめて投函することも多かったです。

いろいろな思い出があります。
1992年、日本初のPKOがカンボジアに派遣された年の正月、アンコールワット観光が再開されたという知らせで、シェムリアップに飛ぶと、廻りは外国のPKF・国連の兵士で町は溢れ、私たちは観光に行ったのに、日本人の女性が珍しいのか、カミサンはこれらの開発国の兵士に囲まれ記念写真をとせがまれていました。
まだ、観光客はほとんどいなく、アンコールワツトでは、NHKの報道チームから邪険にされたことを今でも覚えています。
停戦後のカンボジア、秘境である世界遺産アンコールワットに、日本人観光客が映ってしまうのが、まずかったようです。
シェムリアップでの投函は地元のひとからの忠告で止め、首都のプノンペンで自分宛も含めて、30通だしました。
自分宛に届いたのは、半年後の6月でした。

やがて、早期退職・引退・隠居してからは
それまで、現業時代の仕事関係の友人・お世話になった方々や、世界で知り合った旅の友人、地元のNPO関係の仲間など、に多い時は100葉を超える年賀状をだしていました。
年賀状を出す大きな理由は、近況報告でした。
古い旅の友人や、元仕事仲間に、まだ忘れたくない、少しでも社会・世間と関わりを持っていたいと気持ちだったのてしょう。
しかし、退職して数年も経てば、それは義理・形式的なものに変化します。
一方的な、「退職してもこんなに元気ですよ、世界中飛び回っていますよ」という、自慢・強がりの年賀状だったのではないかと思います。
こちらが、年賀状を出すことを止70めます、と、ご挨拶をしても、何通かは送られてきます。
これに返事を出すと、忘れていての「後出し年賀状」と思われるのも嫌で、返信はしていません。

年賀状を出す習慣を止めて、3年目になります
今は一通だけ年賀状を造っています。自分宛のものです。



カミサンは、この年賀状の文面を見て、「狼少年みたいに、後何年の寿命、死ぬ死ぬなんて・・・、死ななかったらみっともないからやめて」と云いますが・・・
私からすれば、いつまでも現在のままの体力、健康、気力、でずっとこれ先何十年も生き続けると思っている、自信過多のおじさんのほうが、よほど
「草野球のキャッチャー」だと思います。⇒”みっともない” ※映画「幸せの黄色いハンカチ」のなかで、出所した高倉健が武田鉄矢を説教した時の名セリフ

私の廻り親類・縁者の男性は皆、早死にです。
父は71歳、動脈瘤。兄は72歳、盲腸がん、姉の夫(私の義兄)は70歳、心筋梗塞。
母の弟一人は、30代(死因は訊いていません)、母のもう一つの弟は、50代で糖尿病が原因の失明を苦にして自殺です。
カミサンの父親は、72歳、がん。カミサンの姉の夫は40代、クモ膜下出血でした。
私が、30代半ばで老後資金計画エクセルを造った時、一番大切な設定項目は自分がいつ死ぬかでした。

設定はその当時の団塊世代の平均寿命の78歳として、全て個人年金保険の設計をしました。
2020年現在、日本人男性の平均寿命は男性81.41歳、平均余命はデータは少し古いのですが平成29年(2017年)の70歳の平均余命は15.73年です
2021年の私に置き換えると、私の余命はほぼ12年、84歳前後となります。
今更、自分が作ってきたシミュレーション値はかえるつもりはなく、あくまでも78歳を意識してこれからも続ける予定です。
78歳を過ぎてからは?・・・
狼少年の私は、明石家さんまが自分の娘につけた名前(イマル)のとおり
「生きているだけ丸もうけ」です。


ブログ管理人のホームページ
団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方

  
ブログ管理人のwebサイト
posted by 西沢 at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年12月30日

Gotoトラベル 鳴門・大塚国際美術館

2日目 小豆島から淡路島へ
募集パンフレツトにあった瀬戸内海に浮かぶ2つ島「淡路島」と「小豆島」
最上級SランクホテルとAランクホテルに泊まる。
一度は行ってみたい「エンジェルロード」と「鳴門の渦潮」
人気の2つの美術館「大原美術館」と世界の名画鑑賞「大塚国際美術館」と列記、謳った小豆島の観光は半日だけでした。

午後からマップにあるように、3日目の鳴門の渦潮と大塚国際美術館へ行く為に小豆島からわざわざ、本土側淡路港へ行き、陸路・明石大橋を通って、淡路島の今回の目玉の一つ、最上級Sランクホテルに泊まるだけが目的で大きく迂回していくのです。

本土側へは昨日の土庄港ではなく、福田港です
バスは出航時刻の1時間15分前に着きました。
確かに早めに着くのはいいですが、この日の観光、寒霞渓・オリーブ公園の観光時間を削っての1時間15分前です。
何で理由は・・・結局は港前にあるお土産物屋さんでの時間つぶしになりました。

淡路港から明石大橋への国道2号バイパスは大渋滞でした
明石大橋を渡って、最上級Sランクホテル「旧ウェスティンホテル淡路」現「グランドニッコウ淡路」に到着したのは、暗くなってからでした。

そして1時間後に夕食(ブッフェではなく、ホテル内の高級和食の懐石料理でした)
ここでも、あのご夫婦はやってくれました。
ここの懐石料理コースは、最初のお料理から最後の水菓子まで90分かかる本格的なものでした。
16組のカップル・ご夫婦の皆さんは、場所柄、昨夜のバイキングと違って、あるていどのお洒落とは云いませんが、その場にあったスッキリ、小綺麗な姿でお見えになってきています。
が、あのご夫婦は気にせずに、小豆島の山の中を歩いていた洋服と同じ姿です。
特にドレスコード云々言うような場所でもないと、私も思うのですが、あまりにも一流ホテルの懐石料理を召し上がるには、ちょっと不似合いな装いと大きな声、それがお酒が入って来ると酷くなり、ついには、お料理の運ばれてくるのが遅いと、一人席を離れ、ベランダで寝転がってしまうのです。
この御仁はきっと、誰にも迷惑をかけていない・・・と、きっと信じているのでしょう。

3日目 淡路島を南下、徳島へ
このホテルの朝のバイキングは7時からですが、早く出発する団体客に合わせて6時半から営業するとの前夜の話でした。
私たちの3日目の出発は8時半なので多少、ゆっくりできるかなと、6時半すぎに行くと長蛇の列です。
並んでいる方々のワッペンをみると、ほぼ全員が阪急のお客さんなのです。

確かに、ホテルの駐車場には何台もの阪急のツァー名が書かれた大型バスが駐車していました。
納得、私たちのツァー小豆島からわざわざ、姫路に出て、明石海峡経由で鳴門に向かう理由が。
旧老舗ウェスティンホテル淡路が今年、ホテル運営会社をニッコウにリブランドしたのに、コロナの影響で思うように行かず、そこに助け船を(或いは商機をみいだしたのか)のが、関西の雄、阪急交通社だったのでしょう。
阪急が扱うツァーのほとんどをGotoトラベルを上手に利用して、この高級ホテルに集中宿泊させているようです。
納得、結局、淡路島での観光は全くなく、バスは今日の目的地鳴門に直行します。

鳴門の渦潮
鳴門の観潮船乗り場に着いたのは9時25分
この時間を良く覚えていたのは、渦潮が発生する時間帯は季節によって、日々変化するのです。
2020年12月19日の午前中の大潮の時間は9時15分、私たちの乗る船は9時45分、まあまあの時間です。
後日談
添乗員さんの内緒話、本当は9時15分の観潮船に乗る予定だったのですが、例の困ったご夫婦のホテルのチェックアウトに手間取り、20分ほど遅れてしまったのです。
電子キーの返還で、2枚渡された1枚をご主人が先にチェックアウトの際フロントに戻したのですが、奥様は買い物をしている途中に部屋に忘れ物をしたもようで、戻ると、部屋はすでにロックがかかつておりは入れなくなっていました。
ここで、パニックし、フロント前で大騒ぎしたのが、遅れてた原因で、一番の観潮船にま合わなかった理由なのです。

私も、カミサンもこの鳴門の渦潮を見に来たのは、2度目です。
私の場合も、カミサンの場合も時期や季節、時間帯は違っていましたが、「どこが渦潮なの」といった具合で、瀬戸内海と外海の狭い海峡を川のように流れる潮の流れさえも解らなかったのです。
今回は全て、お任せの団体パックですから、前回のように見えない、あるいはしょぼい潮の流れ程度かなとは思っていました。
それでも、昨日のエンジェルロードが、時間帯によってはただの砂州であることから、昨夜ネットで渦潮観察の時間帯は調べておきました。

数年前、関門海峡の川の流れのようなすさまじい速さを間近でみてきて、ここの鳴門の潮の流れは、かの地の数倍の速さとボリュウムがありました。
特に観潮船ということで、渦を取り巻くように方向を変化させて見せてくれるので、ビデオ映像撮影者として、大満足な映像が撮れたと思います。
しかし、この後が悪かった。
観潮船は30分で港に戻りました。10時15分です。
ここからつぎの目的地、大塚国際美術館はバスで5分の距離です。
予定旅程では、大塚国際美術館見学と自由昼食で3時間、帰りの徳島空港へはバスで30分程度、フライトは夕方の17時50分です。

空港に1時間30分前として、7時間もある・・・どうするつもり、何処か別の場所でも予定しているのか・・・
添乗員が案内して到着したのは、鳴門大橋の下にある千畳敷展望台のワカメ屋さんのお店でした。
このようなスタイルの営業ツァーは海外旅行では知ってはいましたが、国内旅行で今でもあるんだと、半分感心、半部呆れました。
ここで1時間半費やしました。
ここは単にワカメ屋さんを紹介するだけではなく、ツァー客のなかに、この鳴門大橋の歩道橋を歩き上から渦潮を眺めたいと希望するお客さんに対応する為でもあるのですが、付け足しの理由のようなものです。

最期のそして最大の目的地 大塚国際美術館へ
「大塚国際美術館」は、1,000点を超える世界の名画を、特殊技術によって「陶板」で原寸大に再現した、世界に類を見ない “陶板名画美術館”です。
教科書で見たことのある名画、日本にあるはずのない名画など、世界中の名画を再現したものが一堂に展示され、日本にいながら世界の美術館を体験でき、そのうえ、陶板故に、カメラ・ビデオ撮影が出来ますし、コロナ禍以前までは触ることもできた稀有な美術館なのです。
入場料は一般3.300円と日本一高いのですが。

大塚国際美術館の公式コンセプト(web参照)

「大塚国際美術館」は、大塚グループが創立75周年記念事業として徳島県鳴門市に設立した日本最大級の常設展示スペース(延床面積29,412u)を有する「陶板名画美術館」です。
館内には、6名の選定委員によって厳選された古代壁画から、世界26ヶ国、190余の美術館が所蔵する現代絵画まで至宝の西洋名画1,000余点を大塚オーミ陶業株式会社の特殊技術によってオリジナル作品と同じ大きさに複製しています。
それらは美術書や教科書と違い、原画が持つ本来の美術的価値を真に味わうことができ、日本に居ながらにして世界の美術館が体験できます。
また、元来オリジナル作品は近年の環境汚染や地震、火災などからの退色劣化を免れないものですが、陶板名画は約2,000年以上にわたってそのままの色と姿で残るので、これからの文化財の記録保存のあり方に大いに貢献するものです。
門外不出の「ゲルニカ」をはじめ戦争で散逸していたエル・ グレコの壇衝画の衝立復元など画期的な試みもなされ、1,000余点の検品のために、ピカソの子息や各国の美術館館長、館員の方々が来日されたおりには美術館や作品に対して大きな賛同、賛辞を頂きました。
このように「大塚国際美術館」は、技術はもとより構想においても世界初のそして唯一の美術館といえます。
 大塚国際美術館館長 大塚一郎


前々から興味を惹かれていました。
これまで、現役時代にはスペイン・プラド、フランス・オルセーやルーブゥル、ロシア・エルミタージュ、ニュヨーク・メトロポタリなどは見てきましたが、雑誌や教科書で見たことのある名画を自分の目で検証するていどの自己満足で見てきました。
今回もさして変わらず、世界的・歴史的名画を、本物と変わらぬ画質で一気に見て、そしてカメラにデジタル録画できることを楽しみにしていました。
結果的には、あまりにも身近すぎて「ありがたみ」「貴重な体験」感はありませんでした。

大塚国際美術館から徳島空港へ
鳴門から徳島空港へは、ツァーバスで30分ほどです。
帰りの羽田行きのフライトは17:50ですが、空港には3時間30分前に着きました。
小さな地方空港故に、手荷物チェックレーンは一つしかなく、出発の30分前には閉鎖されるので早めの到着と云うの添乗員の説明でした。
しかし、バゲージを預けるJALのカウンターは、2時間前にしか開かず、手荷物をもったまま、1時間半、この何もない、おまけにコロナ3密対策で、座るシートがひとつおきで、座れない乗客は、荷物を抱えて立ったまま、カウンターが開くまで待ちつつづけたのです。

フライトは定刻通り飛び、西風のおかげで羽田には定刻よりも15分早く到着し、8時には自宅最寄り駅に到着しました。
帰りの電車のなかで、カミサンは「団体パック旅行は卒業しましょう。多少高くついても、自分たちのペース・時間で動ける旅にしましょう。もう後何年もないんだから」と云いました。

動画ユーチューブへのリンク 

ブログ管理人のホームページ
団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方

  
ブログ管理人のwebサイト
2011から2019年過去のブログ
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2020年12月28日

小豆島・淡路島旅の詳細報告の1

12月17日〜19日まで2泊3日、阪急の募集パンフレツトのキャッチ広告は

瀬戸内海に浮かぶ2つ島「淡路島」と「「小豆島」
最上級SランクホテルとAランクホテルに泊まる。
一度は行ってみたい「エンジェルロード」と「鳴門の渦潮」
人気の2つの美術館「大原美術館」と世界の名画鑑賞「大塚国際美術館」
Gotoトラベル適用、地域クーポン11,000付で、45.500円


と派手にぶち上げていました。
12月は何処に行こうかなと考えていた時期で、ちょうどその頃、テレ東の「出川の充電バイクの旅」の再放送をやっていた時期で一度は、行ったとのない、個人旅行では動きつらい、瀬戸内海の島に行きたいね、それに大塚国際美術館も興味があるし、私たちの2泊3日国内旅行の予算、二人で10万円以内に納まるうえに、二人で地域クーポン22,000円は魅力だしと、一日熟慮してから、ネットで申し込みました。
実際に参加したバスの座席が前から2番目でしたから、私たちの申し込みは2番目だったのでしょう。
阪急の団体パックはweb申し込みでは、紙レベルの書類はいっさいなしです。
17日出発のツアーで、羽田からのフライトが確定したのは5日前の12月12日でした。
羽田発09:40のJAL便、集合時間は08:50と確定。

私たちは湘南に住んでいますので、自宅から羽田国内線ターミナルまでは、ジャスト1時間ですから、羽田発の早朝便でも間に合いますが、関東近辺から参加の方々は、今回の集合時間は全く問題ないにしろ、五日前ではなく、少なくとも一週間前、出来れば10日前には知らせて欲しいのではと、思いました。
かなり余裕をもって、羽田に着いてゲートに向かうと、空港ラウンジから富士山が綺麗に見えました。
これまでにも、早い時間帯の羽田空港を利用していますが、こんなに綺麗な富士山と、手前の飛行機の映像は初めてなので、パチリと撮りました。
今回の旅は幸先よさそうと云う予感がしたのですが・・・

空港ツァーデスクで渡された、あの、ちょっと恥ずかしい阪急のワッペンの色は「黄色」
ゲート前に集まる乗客を見回すと、黄色のワッペンをつけた参加者がチラホラ、そんなに多くはなさそうです。
高松空港の出口ロビーで、ショルダーバッグの片隅に黄色のワッペンをつけ、現地添乗員(60代半ばの小柄なおばさん)に、参加人数を聞くと8組、16名でした。
バスに乗り込むと座席は添乗員側の前から2番目、補助席を入れて定員45席のバスは、各カップルが前後左右斜めに密にならないようスペースを空けるように配置されていましたが、動き出すと私たちの席の反対・裏側の二人のうちの一人が、私の後ろ席に移動してきました。
飛行機のなかで、通路を挟んだ隣に座っていた50~60代前半の夫婦です。
機内でマスクを外して、話している内容が筒抜けのような大声ですし、傍若無人なガサツな態度、よく団体旅行に多い、自慢タラタラの御仁のように見受けられ、これは困った人かな、トラブルにならなければ良いがと思ったのが、その日のうちに発生しました。

倉敷美観地区と大原美術館
ツァーバスは高松空港から陸路、瀬戸大橋を渡って本州側岡山に入り、最初の観光は倉敷美観地区と大原美術館です。
車内で今回の地域クーポン11,000円が配られました。
その席であのご夫婦の男性が、「このツァーでこのクーポンを使える、道の駅とか大型ショッピングモールには寄るのか、」との質問をしました。
阪急の現地添乗員は、特別そのような予定はないと云うと、質問された方は、事前にネットで、泊まるホテルや、観光地のお店を調べたが、何処も大したお店がないのが解った、3日間で11,000円使うには、美術館でレプリカ絵でも買わないと、余ってしまうかも知れない、と云いだしました。
確かに一理あるのですが、そのネットで調べて情報には疑問があります。
今回泊まるホテルにしろ、廻る観光地にしろ、この時期、Goto観光客の持つ、限定クーポンは時間・場所が限定されているのを見越して、品ぞろえは多いというのが現況なはずなのですが。

カミサンは、とりあえずこの倉敷美観地区で、ランチに二人2,000使って、3,000円分のお土産を確保しておくわ、と、二人ともに3度目・4度目の大原美術館は入場料込みだったので一応館内は10分で素通りして、ランチをジャスト2,000円で終え、カミサンはお買い物に、私は、ビデオ撮りに動きました。

トラブルは初日の第一観光地から発生
バスの出発時刻を告げた添乗員は、ここから岡山港に向かいフェリーで小豆島に向かいます。
フェリーは時間厳守で待ってくれませんから、必ず指定の時間までにバスに戻ってきて下さい。ご協力お願いします。
バスは2時半出発の予定、倉敷美観地区は、川に沿って出来ていますが、川は途中の橋で大きく曲がっているので、方向感覚が間違いやすい街並みであることは、何度も来ているので知っています。カミサンとの集合地所も遠くから見てもはっきりと解る場所にしました。
普通、旅慣れた大人の団体パックの場合、集合時間の10~15分前に戻ってくるのが常識です。
特に今回は、フェリーの時間があります。
まあ、1日目の最初の観光地、少し入り組んだ美観地区でしたが、2時25分に14名戻ってきました。
戻ってこないのは、案じた「あの夫婦」でした。
ご主人の男性は30分ちょうどに戻ってきても、奥さんらしき女性は戻ってきません。
旦那の男性は少しも慌てず、探しにも行きません。
最終的に女性が戻ってきたのは2時35分でした。
このご夫婦、特に添乗員にも乗客にもご挨拶もありませんでした。
これが、最終日まで続いたのです。

岡山港から小豆島土庄港へ
岡山港にバスが着いたのは定刻の15分前でした。おそらく添乗員さんは焦っていたと思います。
瀬戸内海を船で渡るのは初めてです。
海なし県生まれの私が、初めて瀬戸内海を見たのは16歳の春休み、バックパツクを背負って、山陽本線から下関に向かう車窓からでした。

日本海の荒海しか知らない、信州の少年の目に、多島海の穏やかな海、夕日に大感激と、生まれて初めての一人旅のさみしさ、不安を忘れさせてくれるものでした。
関東と西日本の日の入りは、30分近く違うにしても、募集パンフレツトにあった、リゾートホテルの露天風呂から眺める、絶景の夕日には全く間に合わず、ホテルに入ったのは、6時、そして団体パターンであるブッエは6時半でした。
そのレストランのお部屋に行ってみると、あの例のお騒がせ夫婦はなんと、一番行列の先頭に並んでいるではないですか!
このご夫婦の信じられないお行儀の悪さは、これから何度も目にすることになりました。

2日目小豆島、エンジェルロード
小豆島の観光は、エンジェルロード、寒霞渓、とオリーブ公園の3か所です。
この日、小豆島の観光の後、再びフェリーに乗って対岸の淡路港に渡り、陸路明石大橋を渡って、今回のツァーの目玉に謳っている元ウェスティンホテル、リプラインドした最上級Sクラス「ニッコウ淡路」へ向かう長旅の日です。
エンジェルロードは潮の満ち引き、時間によって現れる小島への砂州の道です。
イメージとしては、天橋立のような映像を描いていたのですが、早く着きすぎて、ご覧のようなだだの砂州の姿でした、後2時間後でしたら、イメージしているような、潮が満ちてきて、島へ続く道が徐々に消えていく姿がみられたのでしょうが、団体パックでもあり、次の予定地への
時間もあるので仕方ない!。
個人旅行でしたら、絶対に時間を調べていくべきところです。
この日の天気予報は、次第に雲が多くなってくるとの予報で、その通りで紅葉の名所の寒霞渓は、全く紅葉には遅く、日差しもなく、カメラ・ビテオを構える意欲も失わるほどでした。
あのお騒がせご夫婦はと云うと、バスに戻ってくるの一番最後です。
時間ぴったりなのですから、文句はいえません。
きっとこのご夫婦は、団体行動とは云え時間さえ守っていれば良い、他の人、みんなの為に少し早めに戻ってくる必要はない、と頑なに信じているのでしょう。

オリーブ公園
オリーブ公園に到着したのは午前10時半でした。
このときの添乗員の言葉に私は唖然としました。
この後バスは福田港から淡路港経由で淡路島に向かいます。
昼食をとる場所はここしか在りませんから、まだお腹が空いていないと思いますが、Gotoクーポンが使えるレストランは、今日の旅程ではここしか在りませんからここで食べて下さい。と
しかし、ここのレストランは11時半からなのです。

ここ、オリーブ公園には、道の駅があるのですが、私たちが思っていたようなものではなく、公営の資料館的建物で地元物産は売っていませんでした。
しかし、あの問題のご夫婦のご主人が、「ネットで調べてみたら、何にも売っていない」ようなところではなく、お土産大好き、使えるクーポンが山ほど持っているカミサンにとっては宝の山のような場所で、レストランが開き、ランチを待つ時間がもったいないと、クーポンの残りを数えながら買い物三昧でした。
今朝まで泊まっていました小豆島唯一のリゾートホテルの売店の品ぞろえも充実しており、あのおっさんはネットでどんな記事を読んだのでしょう。
それにしても、観光客の姿は少なく、ツァーバスは私たちの一台だけでした。
そして、午後13時、私たちのバスは今回のツァーの最長距離・時間をかけて今晩のホテルのある淡路島に向かうのです。

動画ユーチューブにリンク

淡路・鳴門・大塚国際美術館へ続く


 ブログ管理人のホームページ
団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方

  
ブログ管理人のwebサイト
2011から2019年過去のブログ
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ