CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

2022年01月18日

大河ドラマ 鎌倉殿の13人 地元鎌倉での評判は


先週から始まった、地元鎌倉を舞台とする大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の初回は17.3%だったそうです。
まあ、初回ですから様子み、まあまあの数字でしょう。
そもそも、昔から大河ドラマのテーマに、中世、源平から鎌倉、そして室町時代に至る時代のドラマはヒットしないのは、定説となっています。
戦国武将のような、立身出世、合戦ドラマ、ハッピエンドの結果を視聴者が知っていて安心するようなドラマではなく、何処か陰湿の香りがするドロドロとした、政治ドラマ、不幸な結末のドラマであることを視聴者は解っているのですから。
過去の源平時代劇での視聴率をみると

1979 草燃える 頼朝/北条義時 (石坂浩二/松平健)  26.3
1993 炎立つ  藤原泰衡 (渡辺謙)       17.7
2006 義経   源義経 (滝沢秀明)      19.5
2012 平清盛  平清盛 (松山ケンイチ)    12.0


2012の平清盛の時は、史実に忠実すぎました。
ドラマの武士の衣装はその当時の武家の立場、天皇を忠心とする公家の配下、武器を持った用心棒、戦闘集団を象徴し、木綿のヨレヨレの袴姿でリアルティはあるももの、絵柄としては暗い印象でした。
1993年の「炎立つ」の奥州藤原氏も、2006年の「義経」も、日本史の歴史の授業で扱うことは少なく、まして現代の受験競争時代では、日本史は必須ではなく、選択科目なのですから、若い世代には馴染みがなく、日曜夜のTVのチャンネル権が若い世代にある世帯構成では、このような
時代劇は、ますます見られなくなるのも納得します。
昨年の「 青天を衝け」は、新札発行のモデルということで、ある一定の興味を惹きましたが、ドラマ自体は、主人公は豪農の長男と云うものの、月代をいつも綺麗に反り上がってムダ毛はなく、着ているは農民の普段着、仕事着とは思えない、あまりにも小ざっぱりした着物で、ネット上で、呆れた時代考証は笑いものになっていました。

と云っても、ここ最近10年の大河ドラマの視聴率は20%を超えたことはないのです。
2019年の「いだてん」に至っては11.2%のワースト記録をしているのです。
それでも、平均視聴率20%とここ10年では、2013年の「八重の桜」21.4%に次ぐ高視聴率だったのです。

大河ドラマの視聴率トップ3は
 39.7%  独眼竜政宗 渡辺謙   1987年
 39.2%  武田信玄  中井貴一  1988年
 32.4%   春日局    大原麗子  1989年


87、88、89年・・・団塊世代の私達は何か思い出しませんか・・・私達は39歳、40歳、41歳、そうバブル真っ盛りのあの時代の数値なのです。
2022年、様々なメディア、選択のある現代、過去の数字を全く参考にならないのです。

そして現代の日曜夜のテレビ番組は激戦区なのです。
昔のようにNHK大河ドラマ独走の時代はとうに終わっているのです。
ここ数年間は日本テレビの”テッパン”と呼ばれる「笑点」「バンキシャ」「鉄腕DASH」「イッテQ」「行列ができる法律相談所」のラインナップが盤石でしたが、8時台のテレビ朝日「ポツンと一軒家」が風穴を開けもしています。

我家でも私はNHK大河ドラマ、つまんなくてもみていますが、カミサンは時代劇大嫌い、他人の生活の覗き見大好きですから、当然ながら「ポツンと一軒家」から9時代は「人の噂大好き人間」カミサンは「行列ができる法律相談所」で、私は、団塊世代の男性の典型ですから、社会意識を持って、NHK特集を見ています。
ですから、つまらなくても日曜日夜の8時台はNHK大河ドラマを見ます。
団塊世代の私達男性が見なくて誰がみるのだ・・・

特に今回、ドラマの舞台は地元、鎌倉は盛り上がっているか



普通、地方の各自治体、都市、観光地は、自分たちの町を舞台としたドラマを作って欲しいと、何年もかけて、政治家も動員してNHKに働きかけているのです。
私の知り合いはもう10年続けて、「小田原北条五代」の物語の大河ドラマ化のために下運動していますが、実現しません。
私のような素人視聴者からすれば当然の話で、小田原北条氏のお話は、ハッピーエンドとは正反対で、初代の北条早雲は、生まれは岡山で8代将軍足利義政の弟 義視の近侍となてからは、次々と主家を変え、滅ぼして関東の雄となるのですが、歴史小説上では、悪党のイメージが強く、五代目の北条は、最後には秀吉の包囲され、決断を下すことの出来ない事の慣用語「小田原評定」のもとになった、優柔不断の結末の上、切腹てすから、一般国民視聴者の共感をえるようなドラマ仕立ては無理なんのは明白なのですが、未だ商工会議所に働きかけて、大河ドラマ化を求めているようです。

おらが町が大河の舞台に
自分たちの住む自治体の英雄が大河ドラマになますと、ず知名度があがり観光客も来るようになります。
昨年の「青天を衝け」の舞台、渋沢栄一の生まれ育った「深谷市」には大勢の観光客が訪れ、大河ドラマ館が出来ていました。
これは、何処の地方都市も同じで、「真田丸」の上田市、松代町。「八重の桜」の会津若松、「義経」の平泉も同じく、同年、翌年の観光客数は格段に増えます。
そして各地で言われているのは、数年の観光客の増加よりも、知名度が上がるのが何よりの効果と、市政担当者、商工会所はおっしゃっています。

鎌倉市民の間で有名な話があります。
数年前、鎌倉が手を上げた「武家の古都鎌倉」が世界遺産登録の審査前の段階で非推薦となり、断念したニュースを聞いた市民の半分以上が、落選に拍手、喜んだ、という何処から出たのか分からない、真偽不明の話を受け入れ、信じています。
それは、これ以上観光客に来てもらってどうするの?という意見が多いのです。
鎌倉市、現在、市中心部に乗り入れる車を制限し、課税する方法を検討中です。
こんな小さな町に、車で来て欲しくないと云う条例法案です。
今だって、大型観光バスの駐車場、市の中心部にはなく、北鎌倉の建長寺か、由比ヶ浜方面までいかないと大型観光バスは駐車できないのです。

トイレひとつとっても
鎌倉駅からメインの鶴岡八幡宮まで、公衆トイレはひとつも有りません。
江ノ電長谷駅から、露座の大仏、高徳院まで公衆トイレはひとつも有りません。
お買い物で賑わい、小町通りにも公衆トイレはひとつも有りません。
今や、地方の観光地に行くと、案内板、ルートマップ整備されていて、公衆トイレも何箇所もあるのですが、鎌倉にはないのです。
狭く町並み、土地柄か物価が高く、トイレのスペースを提供してくれる地主さんもいなければ、店内に客用トイレを受け入れてくれるビルオーナーも少ないのです。
そんな土地柄ですから、大河ドラマによる観光客の増加は、コロナ禍での観光客の減少を多少は補ってくれるかどうか。という試算もでています。

果たして、若い観光客はくるか? そもそも鎌倉殿の13人って誰なんだ?



タイトルの鎌倉殿とは、もちろん、鎌倉幕府将軍の源頼朝です。
13人とは、もともと、初代将軍頼朝を支えた、家臣団です。
頼朝の死後、幕府内で内部抗争で繰り広げられ最後に残ったのが、北条義時を中心とする13人の有力者たちがタイトルのようです。

北条義時  北条時政の子 父の後を継ぎ第2代執権となる
北条時政  義時の父 初代執権
梶原景時  頼朝を支えた武将、義経と対立
比企能員  頼朝の側近
安達盛長  鎌倉幕府直属の武士
和田義盛  鎌倉幕府侍所初代別当
大江広元  公家出身政所初代別当
三善康信  下級武士出身 問注所初代執権
三浦義澄  相模の守護職 頼朝と強い関係
中原親能  公家出身 大江広元の兄
二階堂行政 公家出身 政所執事
足立遠元  源氏4代に渡って使える文武才
八田知家  鎌倉幕府直属の武士

私達団塊世代の日本史の教科書では、この鎌倉幕府滅亡から、室町幕府へ歴史はほとんど、まともにやっていないので、登場人物の名前もほとんど初めて知る名前ばかりです。
このように登場人物が多くなるとストーリーが相当面白くないとついて行けずに、途中でギブアップというのはよくあるケースです。
ここは脚本の三谷幸喜の腕の見せどころでしよう。
今までの源平ものは、登場人物が多く、最後には陰謀・裏切りの悲しい結末が待っているのは解っているので、今年の12月の第三日曜日まで見続けられるかどうか・・・分かりません。
でも、日曜日の夜の番組で他に見たいものがないんたから、仕方ないか。

ブログ管理人のホームページ団塊世代の海外ロングステイ 関連情報がメイン
  
ブログ管理人のwebサイト2011から2019年過去のブログ・アーカイブ

定年後の過ごし方サイト読者からの投稿・体験記事ページ
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
この記事へのコメント
コメントを書く
トラックバックの受付は終了しました

この記事へのトラックバック