CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

2022年01月04日

箱根駅伝の人気は 関東首都圏・神奈川湘南地区限定なのか

私達の世代は紅白歌合戦と箱根駅伝
お正月のTV番組は、私達、団塊オジサンが見たいような番組は少なく、お笑い芸人の楽屋ばなしのようなものばかりで、夜は普通の日よりも早寝するような日々が続くこともあります。

昔、南米に住んでいた70年代初頭、その頃のお正月・年末といえば大晦日の「紅白歌合戦」で、遠く地球の裏側に住む、日本人の間でも、その年の紅白歌合戦の映画が数ヶ月遅れてブエノスの日本人会館や、郊外各地の日本人クラブでの上映され、それを楽しみにしていたものです。
もちろん、今ではリアルタイムでNHK国際放送や、webで見られているでしようが・・・
大晦日の夜は、比較的お年の割にミーハーなカミサンでも、歌手の名前なのか歌のタイトルなのか分からない楽曲ばかり、日本語の持つイントネーション、言葉の強弱を無視したような、若者の歌にはついていけず、一人、自分の部屋のプレイヤーで「さだまさし」を聞いていたようです。

第98回東京箱根間往復大学駅伝競争

唯一、このお正月の時期、見るTV番組は「日テレ」の東京箱根間往復大学駅伝中継です。
と、云っても本格的に、スタートから見るようになったのは、退職後からです。
たびたび、ブログでも書いていますように、現役時代のお正月は毎年海外、それもハワイとかバンコクではなく、とてつもない、アジアの秘境の村かなにかで過ごしており、紅白も箱根駅伝も見ていません。
現役時代に一度だけ、大晦日に紅白と、箱根駅伝を、それも生のランナーの姿をみたことがあります。
1997年平成9年の暮れからお正月は自宅にいました。
理由は、この年の夏、私はウズベキスタンの旅行中にA型肝炎に感染し、帰国後、血液検査で肝機能数値4桁になり、救急搬送され、ベッド安静三週間を言い渡されのはいいのですが、その後、子供の頃の輸血が原因と推測されるC型肝炎も検出され、3ケ月のインターフェロン治療を余儀なくされたのです。
9月に入院し、12月に退院しても、自宅安静、インターフェロンを通院で三ヶ月必要となり、結婚後初めてお正月を日本で過ごすことになったのです。

私はアンチ巨人、読売拒否アレルギー
その当時、東京箱根間往復大学駅伝は全く興味がありませんでした。
第一の理由は「日本テレビ」は読売系列だから、私は阪神ファン、アンチ巨人だったからです。
どのくらいのアンチ巨人かというとあの「江川卓」が新潮文庫のコマーシャルに登場したので、本好きの私が新潮文庫を買わなくなったくらい筋金入りのアンチ巨人、アンチ読売で、今でも積極的には「日テレ」は見ないほうです。

20万円の自電車をパーにした因縁の坂、権太坂
その私が東京箱根間往復大学駅伝にちょっと興味を持ったのは、当時私が住んでいたのが、横須賀線東戸塚という新駅駅前大開発マンション群でした。
2日の朝、部屋の窓下の道路に大勢の学生らしき若者が沢山の幟をもって国道1号線方面に歩いています。
なかに防寒トレーニングウェアの若者もおり、次々に大勢歩いていきます。
初めてこの集団が東京箱根間往復大学駅伝20校の応援団、サポートメンバーと察しました。
暇なので、私も着替えて彼らの後を追いました。
近くでの会話が聞こえてきて、「権太坂」という名前が頻繁に出てきます。
「権太坂」とは、わたしの住む新駅駅前大開発マンション群の裏手、旧東海道にあるちょっとした坂の名前で、私が昔、20万円もするスポーツサイクル自転車の初乗りでコケた場所です。
※このコケで、肘を擦りむいたことにより、たった一日で20万円したスポーツサイクル自転車の鍵をカミサンに取り上げられたしまった因縁の坂です。

鎌倉・大船は駅伝コース外
ここが箱根大学駅伝の第2区の難所であり、2区と3区の中継の戸塚警察署前まての間で一番JR駅に近く、各大学のサポート中継点になっていると知ったのはずっとあとになってからです。
その後、退職し、現在の住まいに引っ越すまでは、箱根駅伝は忘れていました。
鎌倉市に越してきても、この箱根駅伝の季節、JR駅周辺ではあのような、大勢の学生サポーターや、一般応援団の幟も見かけません。
理由は、鎌倉・大船近辺は、箱根駅伝のコースから外れているからです。
隣の藤沢駅周辺では、大勢のサポーターの姿があります。JR藤沢駅から、コースの名所「遊行寺の坂」まで徒歩10〜15分で行ける距離なのです。
これが分かって、箱根大学駅伝の全コースを調べてみました。
分かったのが東京首都圏で箱根大学駅伝が人気、でも関西圏ではさほどもないということです。・・・
TV視聴率、関東と関西の差
昨年、日本テレビ系で昨年放送された第97回東京箱根間往復大学駅伝の関東地区の平均視聴率はビデオリサーチの調査によると2日の往路は31.0%、3日の復路は33.7%で往路、復路とも歴代1位といいます。
しかし、関西地区の平均視聴率は往路18.9%、復路22.0%で、関東首都圏とは10%もの違いがありました。

そんなことは数字で表さなくても当然です。
それは何故か?それは、箱根駅伝のコースは、自分たちの住んでいる、良く知った場所だからです。ビデオリサーチが関東圏ではなく、東京・千葉・埼玉・神奈川・栃木・群馬・茨木と県別の数字をだせば一目瞭然で、神奈川り数字がダントツに高いと思われます。


神奈川県に住む・・・と云うより東海道沿線・横須賀線沿線・湘南に住む普通のサラリーマンのイメージと、箱根大学駅伝のコースはぴつたりと一致するのです。
スタートは大手街、ごく一般的にいい大学を出て就職する一流企業が集まる地域>>>
日比谷通り通り・内幸町・虎ノ門・芝増上寺・田町・品川の八ツ橋陸橋を超えると旧品川宿のちょっと下町情緒と町工場の風景>>>
第2区鶴見中継所>>>横浜駅前>>>保土ヶ谷、権太坂>>>第3区戸塚中継所>>>旧東海道、遊行寺坂>>>江ノ島をみながら西湘バイパス、第4区平塚中継所>>>
湘南の海沿いに大磯・二宮と旧東海道松並木のなか第5区小田原中継所>>>小田急箱根湯本駅、函嶺洞門、箱根富士屋ホテルを左折し、小涌園踏切を渡り、国道1号最高地点
の看板を過ぎれば、後は下り、箱根関所跡の先を右折すれば、芦ノ湖、ゴールです。

箱根駅伝は”おらが街のかけっこ”大イベント
湘南に住む、ホワイトカラーサラリーマンなら、特別、東京箱根間往復大学駅伝のコース図をみなくても、このコースイメージは頭に浮かぶのです。
TV画面に映るランナーの走る街並、商店は自分たちの住む街なんです。
箱根路にしても、もう何回も家族や恋人、友人たちと車では走ったり、歩いている場所で、宮ノ下温泉街にしても、テレビ画面に映るお店には何度も入ったことがあるお店ばかりなのです。
そんな我が街を初春、若いランナーが青春をかけて走るのです。
特に、最近多くの知名度の低い大学ま活躍が増して来ているのも、視聴率を上げる原因となっているのでしょう。
明治・早稲田といった東京六大学の全国区の大学ばかりでなく、偏差値・入学難易度はしりませんが、ごく身近な、自分の子供、親戚の子、甥っ子とか、従兄弟が在籍しているような、大学が続々と参戦してきているのです。
私のまわりで云えば、「東京国際」「帝京」「創価」「専修」「東海」などなど。
つまり、関東首都圏、特に湘南に住まう人にとっては、「東京箱根間往復大学駅伝」は”おらが街”を"うちらの子どもたち、知り合い"が走るお正月の大イベントなのです。
関西圏文化圏の方々、地方の方々が見るスポーツイベントではなく、”おらが街のかけっこ”イベントなんです。

鎌倉に越して来て、自分のまわりの人たちは、皆さん、高学歴、お子さんたちも、誰もが知っているような大学ですし、かなりお年寄りの女性スタッフの多くも学卒です。そしてNPO・NGOに集まる方々もおしなべて、日本の経済界の主流・王道、丸の内・大手町に本社があるような会社にお勤めなり、出身者ばかりで、自分の出身の大学の若いランナーが、自分たちの住む湘南の街を走るのを応援しているのです。
私の実家の夫婦共に高卒の兄は、そんなに、この初春の名物詩に興味がなかったのでしょうが、兄の長男が卒業した当時名もない大学が、ここ数年連続してシードで出場するようになり、見ていて満更でもない様子です。確かに、他のスポーツと違い、初春の箱根駅伝が世の中に与える、宣伝力には驚かされるものがあるようです。

そして今年は青山の圧倒的なリベンジ優勝ですか
それにしても私の頃の青山と云えば、女子学生が行く大学だったのですが・・・
いつの間に、スポーツによる知名度って何なんでしょう・・・。
 
ブログ管理人のホームページ団塊世代の海外ロングステイ 関連情報がメイン
  
ブログ管理人のwebサイト2011から2019年過去のブログ・アーカイブ

定年後の過ごし方サイト読者からの投稿・体験記事ページ
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
この記事へのコメント
コメントを書く
トラックバックの受付は終了しました

この記事へのトラックバック