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2021年09月12日

テレ東「モヤさま」につられ、今年二度目の埼玉・北部行田へ

パラリンピック2020は見ていない
2020東京五輪は、かなりTVで見ていましたが、パラはほとんど見ていませんでした。
自分の育った時代・年齢的なものなのでしょうが、障害者のスポーツを支援する意味なのは解るのですが、最終的には広告・販売、しいては経済利益につなげる企業の思惑が見えてしまいます。障害者にとっては、自分たちの生きがい、リハビリ環境に大きく貢献してくれるオリパラと、私は理解しているのですが、何か100%納得はしていません。
もっと他の方法があるのではないか?・・・とも考えてしまいます。

という訳で、暇な時間TVに向かうのですが、何もやっていません。
民放の番組は、全てお笑い芸人の「楽屋落ち」的なものばかり、ドラマも若者向けの現実離れした漫画世界の恋愛ドラマで見てません。
唯一、見ているのはテレ東の
「youは何し日本へ」・「ニッポン行きたい人応援団応援団」・「ワタシが日本に住む理由」
などの外国人、海外ものと、旅系統番組
「路線バスの旅」と、同じような「バスVS鉄道 乗り継ぎ対決旅の」「鉄道路線歩き旅」を楽しみにして見ています。
地上波・BSと日本の中で1番チャンネル選択肢の多い、関東平野に住んでいて、1番多く見ているのがテレ東なのです。

テレ東「モヤモヤさま〜ず」

先週の日曜日、旅・バラエティ番組「モヤモヤさま〜ず」が歩いたのが埼玉北部の「行田」でした。
「モヤさま」の番組は、一般民放の旅番組と違って、町中をぶらぶら歩いて、ちょっと気になるお店を紹介するような番組ですから、私の知らない、興味ありそうな街だけをちょっと覗き見する程度でした。
なんでこの時期、行田なの、この時期は何にもないはずなのに・・・今年の春に、古墳に咲く桜風景の撮影に行っていますが、その他は「忍城」ぐらいですが、復元のコンクリート造りだし、と思って他に面白そうな番組はないしと期待もせずに見てみました。

私の知らなかった行田の街



テレ東の番組「モヤさま」が土曜日から日曜日の9時台に変わって、その時間他局でみたい番組がなかったので、見たのが行田でした。
そこで初めて知ったのが、行田の街の中心は、JR行田駅ではなく、秩父鉄道の行田市駅まわりであることでした。
それで納得しました。JR行田駅前は整備されているものの、新しくできた大きな道がまっすぐに伸びているだけの駅前でJR高崎線一駅隣の熊谷と全く違っており、古い寂れた街として写ったのですが、「モヤさま」の三人が歩いている街は結構大きな商店街があるような街並でした。
前回の埼玉古墳群の桜撮影の時は、桜と古墳の撮影が終わると、すぐに次の桜名所の「熊谷桜堤」へ移動して何も、見ていないので、今回は「モヤさま」で紹介しているところ「田んぼアート」「忍城」「成就院三重塔」三箇所を見に行くことにしました。

自宅大船から行田への行き方

今年、三度目の埼玉県北部です。
一度目は4月、行田の古墳桜と熊谷堤の桜、
二度目は7月、NHK大河ドラマ「青天を衝け」の舞台、「深谷」の撮影に。
今回9月は、テレ東「モヤモヤさま〜ず」で紹介していました、日本一の「田んぼアート」の撮影と、ついでに忍城の撮影です。

自宅最寄り駅から行田までは、乗り換えなしで2時間、片道1980円です。
関東首都圏のJRの料金の大体の基準目安は1時間の乗車で1,000円です。
例えば
大船⇒熱海は   1時間7分 990円 距離58km
大船⇒新宿は   50分 935円 距離51km
大船⇒成田空港は 2時間10分 2,310円 距離125km
とまあまあある程度の推測はできます。

今回の一日日帰り観光の費用
最寄り駅⇔行田 JR往復 3,960円
行田市内コミュニティバス 4回 150円 計600円
田んぼアート展望台 入場料 400円
忍城        入場料 200円 合計 5,160円 でした。
往復の移動時間が4時間、観光は正味2時間のシニアおじさんの小旅行一日でした。

ギネス世界一の記録を持つ田んぼアート

昨年の秋、青森を旅する時にチェックしていたら弘前市郊外の私鉄弘南鉄道「田舎館」駅から徒歩圏に「田舎館田んぼアート」と云うページが目にとまりぜひ行ってみたいと思って思っていましたが、今年もコロナで中止の模様・・・しかし、こんな近くのそれも、かって知ったる行田にあり、今が見頃とは思い、先ずは天気予報を調べました。

先ずは、路線バスと歩きが基本のシニアの健康旅ですから、何よりもお天気が大切です。
ここ一週間、関東はぐずついたお天気・空模様ですが、調べると、雨が降らないのは火曜日・金曜日と解り、木・金・土・日は、暇を持て余しているシニアオジサンですが、予定スケジュールが有るので、翌日の火曜日に出かけることにしました。

行田田んぼアートとは

お米の産地である行田市の水田を彩る初夏から秋の風物詩として定着した田んぼアート。
水田をキャンバスに見立てて、色彩のことなる複数の稲を使い、絵や文字を表現するこの取組みは、行田の観光スポットとして脚光を浴びています。
約2.8ヘクタールの大きさを誇り、平成27年には「世界最大の田んぼアート」として、ギネス世界記録にも認定されました。
この田んぼアートは、6月中旬に田植えを行い、10月中旬に稲刈りを行います。
見ごろは、7月中旬から10月中旬までで、隣接する古代蓮会館展望室からご覧いただけます


最寄り駅を07:47⇒乗換なしで行田09:45
駅前コミュニティバス10:05⇒古代蓮の里 10:24です


先ずは、50mの展望台に上がって全貌を見る前に、現地のたんぼの様子を撮影してから展望台に登ったほうが、インパクトがあると思っていたのですが、係の人に聞くと、テレビの影響で放送後翌日の昨日は、お天気も悪かったのに展望台へは1時間待ちの行列だったそうで、今日もそろそろ、長い列ができる時間帯にはいるので、今なら空いているのことで、すぐに直行してあがりました。

確かに、私と同じか少し上の年代のカメラ片手のシニアおじさん・おばさんいっぱいでエレベーター内はかなりヤバイ三密状態でした。
これを予想して、普段はカミサン手作りの布マスクをしているのですが、密閉度が高い不織布マスクにしていて正解でした。

展望台もかなりの密の状態と下りのエレベーターも混み始めそうなので、展望台からの静止画・ビデオを10分で撮って、下り、実際にの田んぼへ行きました。上で全体を見た後ですから、この黒米稲の位置の意味が解りますが、同じ目線で見てもこれは解らないないでしょう。
田んぼアートでも、スマややっぱりパソコンによって設計図は作られているのでしょう。きっと

行田の古刹 成就院三重塔

市内方面に戻るバスは1~2時間に一本ですから、次のバスが来るまで、徒歩1.2km程度にある、名勝「成就院三重塔」に行ってみました。

この三重塔は、享保14年(1729年)に建立されたもので、昭和56・57年に解体復原工事を実施し、現在に至っています。

塔内には、忍城主阿部豊後守忠秋より拝領と伝えられる葉衣(ようえ)観世音菩薩が本尊として安置されています。
地方の大工の手による特色ある塔で、1間4面、初重(しょじゅう)柱間一間、銅瓦棒葺の構造となっています。

各層とも二手先の料栱、吹寄棰、一軒、各種箱型の積み上げで、塔の中心柱は2層で止めて下に降ろさず、内陣には須弥檀を設け、格天井を組み、花鳥の図を飾っています。
享保時代の強い観音信仰を背景に建立されたものと思われますが、江戸時代の三重塔は埼玉県内には3基のみで大変貴重なものと言えます。



境内には私の他には、カメラをかかえた80代前半と思われる男性が一人、カメラのシャッターを何枚もきっていました。
撮影を終わったのを見計らって声をかけました。
「田んぼアート」の撮影にいらしたのですか?
「いいえ、この三重塔が目的です。」
「大観光地ではなく、こんな田舎・・失礼、江戸中期の塔が立ち、現在まで受け継がれているのが珍しくて」
「これから、田んぼアートの古代蓮の里ですか?」
「いいえ、このまま秩父鉄道に乗って三峰神社にまいります」
「私は、これから忍城によって、帰ります。お気をつけて」

今年の春まで場所を知らなかった「忍城」へ

関東七名城の一つとされる忍城は、室町時代の文明年間(1469年〜1486年)の初め頃に築城されました。
時は戦国時代の終わり、豊臣秀吉の関東平定に際して、石田三成らによる水攻めにも果敢に耐えたことから「浮き城」の別名が生まれたと伝えられています。
現在の忍城御三階櫓は、明治維新の際に取り壊されたものを再建したもので、最上階からは市内の景色が一望できます。
昭和63年に開館した郷土博物館は、かつての忍城本丸跡地にあり、『行田の歴史と文化』をテーマとした展示を行っています


忍城(おしじょう)は、映画「のぼうの城」を見て初めて知りました。
そして、今回初めてお城の資料館で、当時の城主は「成田氏」であり、直接的には秀吉の関東遠征の目的の敵「小田原北条氏」とは関係ないことを知りました。鎌倉の地元郷土史家の間では、「鎌倉にもお城あった」というのが定説で、鎌倉の荒廃する姿を見て、小田原で「北条」を名乗る在郷武家集団が鎌倉源氏の菩提神社「鶴岡八幡宮」ほ再建し、保護したと伝えられています。
そして、小田原・相模から関東各地に北条を名乗る武家集団が登場し、私の住む鎌倉にも、「北条玉縄城」があったとホームページにも掲載しています。

そして、この玉縄北条氏の歴史のなかに、秀吉の関東遠征、小田原征伐のは話がでてきて、家康が城守の自害を条件に城を落としたと伝えられ、私の住む地域にも沢山の首塚とか、鎮守の神社があります。
この行田の忍城は、あの秀吉の大軍、三成の水攻めにも耐えた城として、地元郷土史家の間でも人気の城ですが、実際に何処にあったのか、今年、桜見に行田に行って初めて知りました。
天守閣は昭和の時代のコンクリート造り、そう大きもなく普通しかコメントはありません。
一つ言えることは、何処のお城もそうですが、桜の木が多く植えられており、春の桜の季節はフォトジェニックなものが撮れそうです。

これらの撮影してきた素材は近日中にビデオとしてUPする予定です。
動画はかなり仕上がりをイメージしながら、素材を選んで撮影してきましたので・・・
気合を入れたものをUPする予定です。

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posted by 西沢 at 07:46| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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