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2021年09月08日

お年寄りの男性の落とし物 一万円のお釣り事件

私は、ブログやSNSで団塊世代、古希を越した73歳と年齢ははっきりと書いています。
一つには、同じ世代向けのサイトですから当然なのですが、もう一つ、この裏の深層心理を探ってみると、73歳はまだ若い、そんなお年寄り扱いされるのは真っ平だという気持ちもあるのでしょう。
でも、メディアのニュースを見ていると、事件の主人公や、登場する人物は高齢者、60代のお年寄りという形で紹介されています。
特に自動車事故、自損事故などを見ているとほぼ必ず、「運転していたのは、年寄、高齢者であろう」と、殆どの視聴者は推測し、実際に映し出される年齢をみて、やっぱりね、と納得するのが、今の時代です。

私達は戦後のベビーブーム世代

昭和22年~24年生まれの大きな塊の世代は、よそから見れば、立派な、押しも押されぬ、お年寄りなのでしょうが、当の私達は、全くそうは思っていません。

特に、子供も孫もいない、結婚していらい50年近く、友達・戦友・遊び仲間夫婦としてやってきた私達は、自分たちは年寄といわれる社会・年代層に属していることは、理解していても、実際に「お年寄り」とは自覚も、認識もしていないのです。

カミサンも、子供もなく、ずっと専門職として働いてきており、特にお金の苦労もせず、仕事上の悩みや人間関係のいざこざは、職場を変えることで避けてきた人生を送ってきており、52歳で退職し、働かず、旅行と趣味の手芸だけで生きてきています。

カミサンのスポーツクラブのお友達とて、同じような経済環境の人たちばかりで、着るもの、足元、髪型、買い物にしろ一般的な同じ世代とは、すこしかけ離れた社会層のご婦人ばかりですから、自分たちが「お年寄り」「おばあさん」と誰も思ていないと云います。

私が、自分自身の年齢を意識するのは、旅の計画を作っている時です
今、9月末の日帰り旅行計画を作成中です。

9月も末、団体パツクではなく個人でJRと路線バスで動き、宿泊しないのだから、まあいいか!と云う感覚です。
早朝、自宅からJRを乗り継いで、を最初の下車駅は「猿橋」
一度は見てみたいと思っていました日本三大奇橋の木造の橋です。
ここから、大月経由富士急行線を乗り継いで下車するの「十日市場」です。
松尾芭蕉の句碑がある名瀑「田原の滝」を動画におさめたいのです。
そして、ここからが本番、富士山駅から精進湖経由新富士行、一日4本の路線バスに乗って、「ふもとっぱら」を目指します。

NHKの「72時間」で紹介された、富士山を真正面に間近で見るキャンプ場です。
車に乗れない私は、ネットを駆使して一番近いバス停を探し、距離アプリで歩ける距離かを計算します。
最寄りバス停から2,2km普通に歩いて30分、楽勝です。
問題は帰りの河口湖方面・あるいは富士宮方面のバスの時間ですが、「ふもとっぱら」をゆっくり往復して、1時間富士山の風景を楽しんでバス停に戻ってきても、十分時間があります。

こんな事を考えていて、客観的にこの旅姿を他人の目にはどう映るのか?
富士急富士山駅からの路線バスの後ろ座席に髪の毛が薄くなりつつある、73歳の男性が、1時間10分、づっと乗り続け、誰も降りないようなバス停で下車し、人気のキャンプ場に向かう車を横目に、テクテクと30分歩く姿・・・
あんな、お年寄りが何処までいくのだろう・・・
大丈夫かな・・・
家出老人で迷子になっているのかな・・・
とでも思って見られるのかも知れません。

昔からいわれる言葉「世間体(せけんてい)」「年甲斐(としがい)もなく」「年寄りの冷や水」が浮かんできます。
72歳で、NPOボランティアから卒業するまで、そんなことは、一切思いも、考えもしませんでした。
私達が社会の主流、私達が動かしてきた、私達の意見・考えが真っ当!
しかし、55歳で日本経済社会の本流から離れ、72歳で、地域社会コミュニティを卒業した今、客観的にみれば、「おじいちゃん」であっても、全く不思議でもなく、当然なのでしょうが・・・本人が自覚していないのです。

事件勃発 自分は年取ったのかも知れない

そんなある日、自分が「お年寄り・おじいさん」であることを自覚する事件が起こりました。
日曜日の昼間、カミサンに頼まれて、近くのレジ二台の小さなスーパーに行きました。

一万円札とマイバックを渡され、お米2kと、井村屋のあずきアイスとトイレットペーパーを頼まれました。
我が家では重いもの、かさばる物の買い物は私の役目と決まっているのです。

3点の買い物を終え、セルフレジで精算をすませ、お釣りとレシートを店頭のビニール袋に入れ、マイバックに買い物をしまい、帰宅しカミサンに渡す段になり、お釣りとレシートを入れたビニール袋が、マイバックの何処をさがしてもないのです。
お釣りは、たしか8,080円あるはずがないのです。
家からスーパーまでは徒歩5分、途中で落とす訳がありません。きっとスーパーのなかで、買ったものをマイバックに入れてる時に何処かに置き忘れたに違いありません。

すぐに、スーパーに引き返すことにしました。
カミサンは「なくても仕方がないから、しょんぼりしないで帰ってきて」と云います。
「子供じゃないんだから、大丈夫」と私。
スーパーに戻って、マイバックに品物をいれたデスクまわりを見ても落ちていません。
そこで、レジのおばさんに聞くと、「届け出がありました、店長を呼びます」

店長は「すいません、一応確認ですが、中身の金額とレシートの中身を覚えていますか?」と聞きます。ほんの15分ほど前なので、全てスラスラと話すと、納得されて、無事に私の手元に「レシートとお釣り6,080が入ったビニール袋がもどりました。
この落とし物を見つけ、レジに声をかけた方は、さっきのセルフレジの「お年寄りの男性」のものだと思いますと云ってとどけたそうで、2つのレジの「おばさん」(女性従業員さん)も覚えていて、すんなりと収まりましたが・・・

そっか、私からみれば「レジのおばさん」で、むこうから見れば私は「お年寄りの男性」なんだ。世間体を気にするなとと云っても、日本社会では「望まれるお年寄り像」と云うのは確実にあるのは確かなんだ。
でも、今の自分は、まだまだそのイメージ枠には収まりたくない、見られたくないという気持ち
が強いのですか・・・

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posted by 西沢 at 07:34| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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