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2021年05月17日

認知症の父の視点で描く、老いの喪失と親子愛。映画「ファーザー」

最近のハリウッドの映画祭の受賞作品は、昔のような壮大な予算・人員、スケールの作品ではなく、他の外国の映画祭のような、大衆的であっても知的好奇心、道徳心を揺さぶるような社会派の作品が選ばれる傾向が強くなってきています。

アメリカの底辺で働く、ホームレスではなく「ハウスレス」の季節労働者を描いた「ノマドランド」が作品賞グランプリを獲得したり、韓国からの新移住者を描いた「ミナリ」の韓国女優が助演女優賞を得るなど、どちらかというと、全米の映画館で展開上映する商業娯楽映画ではなく、映画人たちの間でのこれは、見てほしいと社会に訴えるための映画祭のようになってきています。

そして、今回のアカデミー主運男優賞は映画『ファーザー』アンソニー・ホプキンスが獲得しました。ホプキンスは、「羊たちの沈黙」(1991)の殺人鬼ハンニバル・レクター役を怪演してアカデミー主演男優賞を受賞して、今回が二度目の受賞です。

日本の興行映画界では、この前評判はあまり高くなかった、どちらかという「認知症の父親」と云うマイナーなテーマの映画に関心がなかったようでアカデミー賞発表の4月25日以前では、上映館の情報は全くありませんでした。
そして受賞が決定して関東地方の映画館での上映は5月14日と三週間も時間が経っての上映です。
その上映館も私が何時も行く109シネマ系ではたったの1館のみ、テラスモール湘南でした。
神奈川は他にTOHOシネマが強く4館と、シネチッタ川崎とキノシネマみなとみらいの2館などの映画好きが集まる上映館のみでした。

悲惨なのは東京です
東京は緊急事態宣言が出されているのが理由かしりませんが、渋谷BUNKAMURAと立川キノシネマの2館のみのようです。

ストーリーは

ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは記憶が薄れ始めていたが、娘のアンが手配する介護人を拒否していた。
そんな中、アンから新しい恋人とパリで暮らすと告げられショックを受ける。
だが、それが事実なら、アンソニーの自宅に突然現れ、アンと結婚して10年以上になると語る、この見知らぬ男は誰だ?
なぜ彼はここが自分とアンの家だと主張するのか?ひょっとして財産を奪う気か?
そして、アンソニーのもう一人の娘、最愛のルーシーはどこに消えたのか?
現実と幻想の境界が崩れていく中、最後にアンソニーがたどり着いた〈真実〉とは─


主な登場人物は、主人公の認知症の80代の男性アンソニーと介護をする娘アンの二人、とその他のヘルパー等数人だけです。
この映画を見て終わって、私は初めて認知症とはどういう病気であるのかを初めて理解しました。

これまでに、私の父・母が晩年認知症を患い、見舞いに訪れた時、母が私の妻(カミさん)を見て、どちら様ですか、挨拶したことかがありました。
兄の晩年72才の時、兄弟最後の思い出づくり旅行の温泉の湯船りなかで、やはり軽い認知症の傾向があった兄は、私にどちらから来たのですか?と問い、私は「鎌倉からです」と答えると、兄は「私の弟も鎌倉に住んでいるんです」と云い、かなりショックでした。
私は、こんな程度の年に数度の接触でうろたえ、ショックを感じていたのですが、実際に一緒に生活を共にしていた兄夫婦は、弟夫婦にも言えない様々な苦労、葛藤があったのだろうと、今更ながら察してます。

これまでに認知症を発症した人の映画は見たことがありますが、それらは全て、廻りの介護をする立場の人からの視線で描かれていたようです。
この映画は、認知症本人の意識・頭の中からの映像や記憶が中心にあります。
ですから、映画をみる観客は最初ストーリー的にかなり戸惑うことになりますが、徐々にそれは、認知症本人が見ている、考えている世界なのだと気がついてストーリーは進んでいきます。
自分の家のなか、ドアー、洗面所、家から見える外の風景、登場してくる娘、娘の夫と云う男、次々に変わるヘルパーの女性、過去なのか、現在なのか
真実なのか、幻想なのか・・・・

私はこの映画を見て解りました
認知症の根底にあるものは何かを、それは不安なのです
娘ゃヘルパーと話して、接して、自分が見ていること、感じていることが実は真実ではないのかもしれない、今みているのは過去なのかも知れない、という不安が常に付きまとうのです。
そして、主人公は「自分の家に帰りたい」「自分のベッド」「自分の居場所」「一番落ち着く場所へ」と云うのです。
これは、私も実の母で経験しました。
実家に帰った時に、兄は母を連れて、実の娘の家へ連れて行ったことがあります。
母は暫く、久しぶりの実の娘と歓談し落ち着いていたのですが、20分ほどすると、帰る、帰りたいと愚図りだしました。
ここはネーサンの家だから、ゆっくりと孫の写真でも見て、夕飯の支度もしてあるから・・と云っても泣き出しそうになり、帰る、帰りたいと云い出したのをこの映画を見て解りました。母は不安だったのです。

不安のない場所、それが実家?・・・否、本当にそうだったのか、あの実家は、父と母が50才を過ぎて市内郊外の新興住宅地に建てた家です。
本当に帰りたかったのは、市内繁華街で小さな八百屋を営んでいたあの、家ではなかったのではないだろうか?
病弱な夫とすごした家、貧困のなか、四人の子供を育て上げたあの、六畳と三畳二間の家、あの花街の小さな路地の奥の風景・・・
或いはもっと遡って、父と結婚する前の東京の街、そしてどんどんと記憶は遡り、村と呼ばれていた郊外の神社、小学校、たんぼの風景へ

この映画でも、80才の主人公の記憶は、現在の老人ホームの部屋から、「私のフラット」と記憶にある部屋、洗面所、窓の外の公園の風景に移り、交通事故でなくなったお気に入りの次女から、最後は「ママの胸」と落ち着き先を辿るのです。

いい映画でした。
もし、私が家系が示すように、認知症の家系だったら、いつかこのブログを読み返して見ようと思っています。
でもその時に、この映画のことも、ブログのことも思い出せるかどうかは借りませんが。


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posted by 西沢 at 06:56| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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