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2021年01月31日

70歳過ぎたら、やめること、捨てること、離れること

55歳で早期退職し、webエンジニア講座受講後の卒業制作としてホームページ作成が課せられ、テーマを「定年後の過ごし方」として同じ団塊世代をターゲットとしたサイトを立ち上げました。
あれから18年「団塊世代の定年後の過ごし方と海外ロングステイ」のサイトはある意味で役割を終えてきていると実感しています。
このサイトの読者ターゲットは、これから定年を迎える世代と、退職後直後の方々向けでした。
世の中のマスメディアは大量退職していく「団塊世代」をとりあげる機会も多く、良につけ、悪しきにつけ私達の世代は主役でした。
しかし、その団塊世代は今年2021年、74、73、72歳になり、主役から少しずつフェードアウトしていく運命にあります。

またも週刊現代

ここに何度も取り上げている、男性週刊誌「週間ゲンダイ」はまるで私達団塊世代の生活・様子を注視しているかの如く、月に一度は財布を緩めるような記事の特集をうってきます。
新聞広告タイトルだけを眺める、「またまた大げさな」「そんなことは私達の世代では常識さ」的特集が多いのですが、確かにいつまでも退職直後の60代ではなく、古希をとうに過ぎ、後期高齢者の75歳、昔、母の77歳を祝った頃を思い出す、喜寿も目に見えてくる齢になってきました。

記事のファーストキャチは
人生のエンディングを悔いなく飾るために

ゴールが見えてきたら、何気なく続けてきたことをきちんと「断捨離」する。
人付合い、親戚づきあい、健康への執着、そして一番は「あなたの見栄」
誰にも嫌われたくない。そう思って他人に気を遣っているうちに人生は終わる。
本当にやりたいことは何か。
自分が必要としているものは何か。
人生終盤は「本心」に従おう。

確かに、私達の中途半端な想いを突いてくる「名ファーストキャチ」です。
キャッチ・タイトルだけみれば、少しは為になりそうな新しい知識・考え方・参考があるかと思いますが、実際の記事は、ほぼ想定内なのと、今まで近所のコンビニで立ち読みしていたのですが、なんと今回から、薄い透明なテープで表・裏ページが閉じられているのです。
ついつい、今週号は520円支払って購入しました。

本文の大見出しタイトルは
1,こんなに楽になった、兄弟・子供・友人との「距離の取り方」・「縁の切り方」
2,遺言書と生前贈与のやり方次第 
 嫌いな嫁や知らない甥には財産を渡さないと決める
3,焦って自宅から離れると、すべてが台無し 
 「リフォーム」はしない、「引っ越し」もしない、「老人ホーム」にもはいらない
4,健康への執着を捨てると、見える景色が変わる
 「人間ドック」も「サプリ」も「運動」も止めたらこんなに気持ちが軽くなった
5,もう現役時代のことは忘れよう
 あなたの見栄をきれいさっぱりと捨てる方法
6,過去の自分から離れる
 これまでの人生を後悔せずに「孤独」を楽しむ

いやいや、タイトルは素晴らしい、私達70代半ばの心の隅をついてくる
でも、読まなくてもそんなことは私達の世代なら常識の範囲内というものもあれば、何で?と思い読んでみる気になるタイトルもあります。

私の場合
1,兄弟・子供・友人との「距離の取り方」・「縁の切り方」
 子供はいません、夫婦の互いの両親は既に亡くなっています。
 兄弟・姉妹は同じく高齢者で地方ぐらし。
 関東首都圏に住む私達とのお付き合いはほぼ皆無、
 数年前から、年賀・中元・お歳暮も相手からの申し出で止めています。
 田舎の葬祭・法事に関しても、実家を継いだ兄・妹が主体でやっており特別連絡も
 ありません。
 友人に関しても、私が若い頃から日本社会の本流から離れて生活してきていますので、
 特別親しく交わっている友人もいません。
 カミサンにしても、私が亡くなったら頼れる姉妹も友人もいません。
 寂しい状況・・・でも人生ってそんなもの、夫婦ふたりだけで数十年暮らしてくると、
 頼れるのは配偶者だけ。
 それは二人共よーく分かっており、極端な言い方をすれば、配偶者の次に頼れるのは
 「お金」というのが本音です。

2,遺言書と生前贈与のやり方次第
 省略、書かれていることは常識、知っている範囲のことばかりです。
 子供のいない夫婦というのは、財産に関わる知識は他の家庭よりも若い頃から勉強して
 知っているのです。

3,焦って自宅から離れると、すべてが台無し

結婚してからずっとマンションに住み続けています。
リフォーム・リノベーション・修繕に関わる費用対効果について考えたことはありますが、70歳をすぎると、もう後何年ここに住むのかと考えるようになり
ここで数百万単位のお金をかけて、最新の設備・環境にする意義が見いだせません。
ただ一番考えるのは、数千マンの価値がある現在の鎌倉の共同住宅が私が逝き、カミサンが逝くと何処へいくのか、誰にいくのかです。
できれば、二人が健在なうちに現金化して二人の老後の資金に加えれば、もっとゆとりのある生活になるのでしょうが、お互いに70歳を越して新しい
環境、土地、新たな友人関係を構築していくにはもう遅すぎると思います。
今住んでいる土地・環境・利便性に慣れすぎてしまっており、ここを売って、二人で住むに十分な2LDKを購入する予定はもうなくなりました。
老人ホームは、私が逝った後、カミサンが必要なら、現在の家を売ってそちらに住むように話しています。

4,健康への執着を捨てると、見える景色が変わる
 もともと私は、若い頃から大病を患い、2ヶ月以上の入院を3回しているので健康に対する
 自身は全くありません。
 ただ、年老いても、自分の足で動ける程度の状態であったら満足ですから、健康器具・
 サプリには全く興味はありません。

5,もう現役時代のことは忘れよう
 もともと地方の貧しい家庭に育ち、日本の経済社会の本流を歩んで来ていませんから、
 学歴・職歴・仕事の見栄は有りません。 
 現役時代、日本を代表するような多くの建設現場で監督として働いてきました。 
 しかし、職種そのものが広く一般から見えるようなものでも、光があたるようなものでも
 なく、社会インフラを底辺から支える技術屋のほんの一部分
 でしたから、誇りはありますが、見栄のようなものは全く存在せず、支えてくれた職人さん
 に一番シンパティーをいだいています。
 
6,過去の自分から離れる、これまでの人生を後悔せずに「孤独」を楽しむ 
今回の「週刊現代」の記事のなかで、このセクションだけ熟読しました。
過去の自分を忘れる、離れる・・・
これはまだ出来ません、今やってる作業は過去の自分の歩んできた道、思い出の整理に明け暮れています。 
今、退職直後に整理、廃棄した過去の旅行のHISビデオのことを悔やんでいます。
何で廃棄してしまったんだろう・・・
ビデオ再生機はどうせ無くなってしまうのだから、と全て捨ててしまいました。
膨大な写真も、旅の思い出の品々、お土産、絵も全て捨ててしまいました。
古希を過ぎた頃から、無性に過去の旅の記録・ビデオ・写真を思い起こしています。
残しておけば、今のこのコロナ巣ごもりの時間に、もっと違った形に仕上げることができたのに。と、廃棄した時には、十数年後こんなに、IT化が進みコンパクトに、何時でも、どこでも取り出せる記録とは思いもしませんでした。

 でも、カミサンは全く興味がないのですから、もういいか
 私はわたしで、後悔せずに「孤独」を楽しみましょうか。
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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