CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

2020年12月13日

閑静な住宅街もいいけど 退職後・老後の住宅環境を考える

コロナ禍に翻弄される、2020年。12月半ばにもなると、比較的温暖と云われる、湘南鎌倉でも寒くなり自宅で過ごす時間が長くなってきます。
そんな午後、自宅でパソコンに向かっている午後のお買い物から帰って来たカミサンは、
「今日一日外に出ていないでしょう。一日少なくても一万歩あるかないと、再春館製薬の広告のようになるわよ」と云います。
「何だ、その再春館製薬って」と云うと新聞の一面広告を差し出しました。



確かに、このイラストは他人事ではなく、思いあたることがゼロとは云いません。
■下り階段はかなり慎重に歩くようになってます
 特にコロナ禍ではなるべく、手すりに手をふれないようにしてますから、尚更です。
■歩くのが遅くなった
 自宅から駅までは、裏山の栄光学園の学生の通学路すが、ここ数年、意識して歩かないと
 追い越されついていけないことがあります。
■すこしの段差でも躓く
 歩く時、靴のつま先を意識してあげて歩くようにしてますが、確かに靴底をみると減り方
 が、数年前より早いです。
■何かにつかまりたくなる
 意識していないのです、自然に立ち上がる時に支えになる、掴まるところを目でさがして
 いる、自分を意識しています。

自分はメデイアに登場する、団塊世代・古稀・70代と比べても断然若いと思っていても、他人からみれば立派な高齢者であることは確かなのでしよう。
そこで、この季節、鎌倉では4時半になると、子供向けの地域防災無線から、夕方を知らせる音楽が流れる前に、カミサンに急かされて、近所へ散歩ではなく体力造りのウォーキングに出かけるように努めています。
別に、全く暇ですることがないという状況ではなく、自宅の自分の部屋のパソコンの前に座っていると、やらなくてはならないことは沢山あるのですが、期限や日時が迫っているものは、ほぼ済ませてあるので、歩きやすい靴に履き替えて外出します。

今日はどこを歩こうか? 閑静な住宅街へ

何時も同じコースを歩いてもつまらないと、ルートを決めずに歩きだしました。
そうだ、今日は一度歩いたことのある、玉縄城址跡を通るコースを久しぶりに歩いてみようと、自宅裏から歩きだしました。
自宅裏近辺には、小田原北条氏の出城跡があり、地元歴史団体がこの出城跡への散策路を整備しており、この団体のホームぺージサポートの為に、現地を一度歩いたことがあります。
お城と云っても、天守閣があった訳でもなく、豊臣秀吉の小田原征伐の際に、防御の為に築いた砦跡です。
歩き始めて、その散策路への入り口が解らなくなってしまいました。
12月の4時近くで、日も傾きだしてきたので、急峻な山道を登るのを諦め、大回りして舗装道路を、散策路出口方面に歩きだしました。

この自宅裏山は周辺は、大船郊外の学園ゾーンで、男子有名進学校や、カトリック系女子高、公文国際学園などがある地域です。
17年もこの地域に住んでいますが、この近辺から、公道を通って城址跡出口に行くのは初めてで、スマホマップをみると、方向的にはこの地にある大きな住宅街を抜けていけば行けるだろうと、判断して、「早雲台」へ足をむけました。
参照地図にあるように、鎌倉市大船地区には1970年代後半から90年代にかけて、大規模住宅地開発が行われました。
東京駅から電車で42分、静かな、緑あふれる、歴史的な街、湘南の海にも近い景勝地として、東京に勤めるサラリーマンに人気の地なのです。
21世紀の環境を大切に考える現代ではかなり大規模住宅地開発には規制がかかるようになっていいますが、その当時は緩やかで、高度経済成長、バブル真っただ中であったので、私の住む近辺には「○○台」と「○○山」と云う戸建て団地が沢山造られました。
「台」とか「山」の名前で解るように、すべて丘陵を削って建てられた地域です。
※鎌倉NPOセンターには、多くの環境保護市民活動団体が登録されていますが、ほとんどがこの時期に設立された団体です。

私は、初めてこの「まるまる台」のなかに足を向けました。
NPOで働いていた、この「○○台」と「○○山」にお住まいの多くの方々と知り合いになっています。
共通しているのは、年齢層は私より一回り上の世代、そして皆さん東京の一部上場企業にお勤めで、有名大学の高学歴の方々です。
バス停から、かなりの坂道を上がっていくと、文字通り「閑静な住宅街」に入ります。
土地はみたかぎりでは、60~80坪はあるでしょう。
建設当時の家と、最近建て替えられた家、半々ぐらいです。
基本的には、ブログ塀はなく生垣で仕切られています。
住宅街の入り口に住宅マップがありました。
各戸のお名前が記載されています。
あの人はここの住宅街にお住まいなんだ。
あの当時は、個人プライバシーと云う問題はなかったんだ。

かなり日が傾いて暗くなってきましたが、街灯がほとんどありません。
そっか、何時か耳にしたことがあるけど、高級住宅街には街灯がないことが多いのは、街灯の明りが自宅敷地内まで届き、照らすのを嫌がる人がいるのを聞いたことがあるけど、本当なんだ。
この住宅街の先の出口方面に歩いても、商店も自販機もいっさい見かけません。
確かに、緑あふれる「閑静な住宅街」だけど、買い物を何処でしているのだろう。
この住宅街を北条氏出城跡に抜けると、今は大型ショッピングモールへ下る急峻な坂道にでられますが、入居当時はなかったです。
現役時代は家族・奥さんの運転する車で駅まで、送り迎えしてもらい、土日は喧噪の都心から離れ、文字通り「閑静な住宅街」で過ごす生活は企業戦士であった頃は貴重な生活環境であったでしょうが、退職し、毎日が日曜日の生活になると、この「閑静な住宅地」は閉ざされた僻地の
環境になってしまうのです。
何処に行くにも、車は必要で、今まで奥さんが当然のごとく送迎してくれていたのが、「私は貴方の運転手ではない」と宣言されます。

退職後の老後の生活で徒歩15分から20分以内にあって欲しいものは
■ 鉄道駅 ■ 銀行 ■ 郵便局 ■ 役所・行政支所 ■ 公民館・学習センター 
■ 図書館 ■ 体育館■ コンビニ ■ ショッピングセンター 
■ 掛かり付け医院・歯科 ■ 高度医療大病院 ■ 緑地公園 
できればあって欲しいものは
▲ スポーツ施設・運動公園・プール ▲ 映画館 ▲ 家電量販店 ▲ 海・浜辺・水辺
これって、過剰な要望なのでしょうか?

都市部の過疎化、老人の孤立化問題
私の住む地域の大規模開発戸建て住宅街では、過疎化が進行して問題となっています。
開発当時、数件あった肉屋さん・八百屋さん・クリーニング店もなくなり、山の上から下までくだらないとコンビニもありません。
大きく成長した子供たちは全て、実家を出て行き、70年代後半から90年代に建てた家には、80代の老夫婦二人生活所帯が増えており広い庭の手入れも出来ないような状態が多くなってきています。
この地を離れ、もっと町に近い所に引っ越しを考えても、住民協定で土地を売る時の分筆が出来ないこともあって、売りたくても売れません。
町内会を組織して、活性化を図る努力は続けられていますが、少子化・高齢化の波はなかなか止めることは出来ないようです。

私が鎌倉に越してきてから、始めたスポーツの「硬式テニス」「バドミントン」「ラケットテニス」のうち、現在も週一で続けているのは唯一、「ラケットテニス」だけです。他は古稀を迎えて体力不足や、コートまでの遠距離が理由で辞めました。
このラケットテニスにマップにある「観音山」から毎週通ってくる70代のご婦人がいます。
元気なご婦人ですが、ご自宅から坂の下の大船駅まではタクシーで降りてきます。
この住宅地は急こう配の手すり付きの坂があり、膝にトラブルを抱えるようになってからは、無理せずにタクシーで駅まで来て、体育館までは歩いてきて、帰りも駅からはタクシーです。(この坂は冬場年に一・二度の降雪の時は車は通れない急こう配なのです)
このご婦人は、この地に家を建てる時に、この坂は全く気にしていなかった、駅から近く、静かで、晴れた日には富士山も見えるし、気に入ってここに決めた、あの頃、年老いてこんな状態になることは考えもしなかった。と云ってます。

確かに、30代・40代で家を建てる時、閑静な住宅地は理想で、定年退職後の老後の生活環境をイメージすることは無理です。
それなら、退職直後、まだ元気なうち、老後資金の目安がついているうちに、二人の70代の老後の日々の生活をイメージして、引っ越し、住み替えを一度検討することを、これから退職し、老後年金生活を始める方々にお勧めします。


ブログ管理人のホームページ
団塊世代の海外ロングステイと定年後の過ごし方

  
ブログ管理人のwebサイト
2011から2019年過去のブログ
posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
この記事へのコメント
コメントを書く
トラックバックの受付は終了しました

この記事へのトラックバック