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2020年08月02日

夢千代日記の湯村温泉と天空の駅 餘部

山陰の旅二日目
のんびりと、静かな、趣きのある、外国人に人気の城崎温泉で、シニア老夫婦らしくのんびりと過ごそうと云う旅行プランは、私たちの宿と温泉街のイメージとは合わずに、何時もの「何でもみてやろう」に代り、吉永小百合・夢千代日記から得た、「山陰の鄙びた温泉」のイメージを求めて、朝早くから宿を後にしてJR山陰本線に乗り、日本海側を西に向かうことになりました。


JR城崎温泉で、乗るローカル線の行先を見て、初めて山陰であることを実感しました。
私たちの現在いる城崎は京都から特急列車で結ばれている兵庫県北部なのですが、乗車する二両編成の電車の行先は「鳥取」です。
今流行り病の新型コロナウイルス禍で、岩手県と並んで最近まで、コロナ患者ゼロだった県です。
言い替えてみれば、如何に東京首都圏から遠い、という中国山陰地方のローカル線にこれから乗るのです。
城崎温泉から鳥取の距離は72km、時間として2時間、料金は1,340円です。
これは、東京首都圏と比べると、東京・二宮(東海道線の国府津の手前、大磯の先)と同じ距離で、料金も一緒です。
但し所要時間は極端に短く1時間14分と、十分に通勤距離範囲内なのです。

山陰本線は海岸線に接した山間部を走りますし、使われている車両も首都圏東海道と違い、昔ながらの鉄製車両です。
この電車(列車)で湯村温泉の最寄り駅「浜坂」に向かう前に楽しみにしていました「餘部」(あまるべ)で途中下車します。
「餘部」は昭和61年の列車事故として有名ですが、それよりも私のイメージとしては、湯村温泉を全国区にした、NHKドラマの吉永小百合主演の「夢千代日記」のファーストシーン、広島の原爆病院通院から温泉街に戻る夢千代は、この日本海の入江の鉄橋を渡る車窓、外は雪模様の日本海を静かに眺める、憂いを含んだ横顔から始まるのです。




昭和61年(1986年)12月28日日曜日午後1時25分頃

鉄橋を通過中の香住発浜坂行き回送列車が日本海からの突風にあおられ、機関車と客車の台車の一部を残して7両が転落、真下にあった水産加工場や民家を直撃しました。
事故当日は日本海を低気圧が発達しながら通過しており、最大風速25メートルを越す強風の荒れ模様でした。
風速25メートル以上の風が吹くと鉄橋付近に置かれている自動風速発信機から列車集中制御装置司令室にデータが送られ列車を止める警報システムが設置されていました。
事故後、国鉄は風対策を強化、風速20メートル以上の風になると鉄橋手前で列車を停車させています。
その結果として、年間約300本以上が運行中止となっています。
現在、又今後も沢山の課題が残されたままの鉄橋及び山陰本線、人災事故といわれた国鉄も今はJRとなり、事故の教訓を生かした対策が施されているようです


天空の駅

この事故を契機に、架け替えに向けた取り組みがなされ、平成22年8月に現在の余部橋梁が完成しました。
約100年間山陰本線の運行を支えてきた旧余部鉄橋の歴史を後世に継承するとともに、人々の交流を促す観光拠点とするため、鉄橋の一部(餘部駅側の3橋脚3スパン)を展望施設として残し、旧鉄橋直下に自由広場等からなる公園施設とあわせ、平成25年(2013年)5月に展望施設「空の駅」が完成しました。
また、展望施設へ行くには急勾配の上り坂(高低差約40m、延長約300m)を歩行する必要があったため、平成29年11月にエレベーター(愛称:余部クリスタルタワー)が整備され、無人駅の架橋ホームへは誰でが無料で入れます。

私たちはこの駅で途中下車しました
降りたのは、同じような鉄道ファンの若者一人だけでしたが、高架のホームにはかなりの観光客が見えています。この方たちは、皆さん、車でこの天空の駅公園に隣接された「道の駅 餘部」に停めているようです。
私たちのような列車でこの駅で下車すると、次の上り、或いは下りの列車は、一番早い列車でも1時間15分、長いと2時間この辺境の駅で次の列車を待たなくてはならないのです。
2012年に展望施設「空の駅」の完成と同時に、観光客用に「道の駅 餘部」ができ、食事・お買い物そして、餘部鉄橋資料館まであり、次の乗換までゆっくと食事をしてここで過ごし、鳥取方面、湯村温泉の入口の「浜坂」を目指しました。
今回の旅行中、唯一、この時だけポツン程度の雨でしたが、その他は曇り空で、まあまあの出来。

湯村温泉へ

湯村温泉への足はJR浜坂駅から町営バスで山陰の田園地帯から山間部へ、30分ほどの距離です。
個人自由旅行での足は、鉄道と路線バスが頼りです。
今回、餘部鉄橋・湯村温泉への旅プランには苦労しました。
一時間に一本のローカル山陰本線と、これまた、半日に数本の路線バスを上手に選択しないと、駅・バス停で数時間待つことに為り兼ねないからです。
タクシーと云う選択肢もあるのですが、タクシーが配置されていない駅の方が圧倒的に多いのが、この辺りの山陰本線なのです。
浜坂の何にもない駅前・・・関東首都圏に住んでいる人の感覚では感覚・・・には通学の高校生が屯ろしていました。
かなりの数の学生は、マスクをしていませんでした。
ここは、すぐ先が鳥取県です。マスク姿の初老の若作りした夫婦は、彼らの目にどう映っていたのでしょうか。

この温泉を有名にしているのは、もちろん、吉永小百合のNHKドラマ「夢千代日記」です。
1981年から1984年まで3年間、全20話として放送されました。

お話概要
主人公の夢千代は母親の胎内にいたとき、広島で被爆した胎内被爆者。
原爆症を発病しており、余命3年と宣告されている。
物語はその夢千代を取り巻く人々の生き様を山陰の冬景色を背景に物悲しく描く。
ストーリー展開は夢千代が毎日書き綴っている日記が軸となっており、随所に夢千代が日記の一部を読んでいるナレーションが盛り込まれている。また、湯村を訪れる謎の人物がシリーズ毎に登場し、次第にその過去が解き明かされていくというミステリー的な魅力もある。

三部とも物語の冒頭は、夢千代が原爆症の治療に神戸の病院へ行き、その帰りに山陰線の列車が余部鉄橋にさしかかるころの車内から始まる。


サユリストであり、鉄道ファンでもある私にとって、餘部も湯村温泉も絶対に外せない聖地なのです。

湯村温泉の滞在時間は1時間が限度
せっかく、この山陰の憧れの地にきたのですからゆっくりとしていけば良いのでしょうが、帰りの浜坂へ戻るバスの時刻と、浜坂から城崎への列車の時刻表を検討すると、この1時間を逃すと、この小さな温泉場で、3時間近く過ごし、浜坂で1時間待ち、城崎につく時にはホテルの夕食時間を延長してもらわねばならなくなってしまうのです。
こんな時、つくづく、団体バスツァーや、レンタカーが羨ましくなります。

先ずは、1の一番に、夢千代像の撮影、そしてドラマのなかに度々登場する、橋のしたの共同温泉洗い場の撮影を済ませ、夢千代館の見学です。
ここでは、昔NHKで放送された夢千代日記が常時流されていました。
あの頃の吉永小百合が一番美しいと、今でも思っています。
湯村温泉はちょうど良い大きさ、規模の温泉街で、私たちが抱く、山陰の昭和の鄙びた温泉街、ドラマのなかで流れていた「貝殻節」が似合う日本の温泉街でした。

貝殻節
何の因果で 貝殻漕ぎなろうた
カワイヤノー カワイヤノー
色は黒うなる 身はやせる
ヤサ ホーエーヤ ホーエヤエーエ
ヨイヤサノサッサ
ヤンサノエーエ ヨイヤサノサッサ

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posted by 西沢 at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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