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2020年06月27日

松尾芭蕉 奥の細道の地 日本海「出雲崎」へ

信州の実家の兄は、新規パソコンセットアップの謝礼として、個人レベルの電車とバスでは行くのが難しい松尾芭蕉が奥の細道の旅で詠んだ「荒海や 佐渡によこたう 天の川」の地「出雲崎」へ車をだしてくれました。
実家の長野市から車なら、高速道路を経由して2時間でいける場所です。

出雲崎へのアクセス
長野市から電車でも行けますが、新幹線が通って以降は鉄道線ですと、「しなの鉄道」・「妙高はねうまライン」の2つの第三セクター鉄道と、JR東日本在来線の「信越本線」・「越後線」の4路線を乗り継ぎ5時間弱、3,000円かかるのです。
新幹線が開通した地は、何れも並行して走る在来線は全て第三セクターへと移行して、地元住民の足は奪われてしまわれているのです。
誰の為の新幹線なのか?、
確かに大きな町、私の場合実家の長野市に住む人間にとっては、東京まで1時間25分と子供の頃、8時間近くかかったことを考えると近く、便利になったのですが、新幹線から停車駅から少し、外れた住民にとっては、却って不便になった感じる人が圧倒的に多いのです。

初めての佐渡ヶ島
兄のwin10のセットアップが一段落した2日目の午後3時に実家を車ででました。
今回の本来の目的は、佐渡によこたう天の川の映像撮影ですが、兄の一眼レフカメラ、私の家庭用のビデオカメラではとても、夜空の天の川の撮影は出来ないのは解っていましたので、まずは新潟の海と佐渡ヶ島が綺麗に見える地として、高速米山サービスエリアに寄り、先ずは目で確認しました。
佐渡ヶ島を見るのは初めてです。
この日はお天気もよく、かなり近い位置に確認できました。
佐渡は思っていたよりも大きく、この地からは平らな島に見えましたが、実際に行ったことがある兄による、かなり急峻な山・谷がある大きな島だそうです。
この日はコロナ自粛が明け、県を跨いでの移動制限が解除された、最初の日曜日とあって、結構、サービスエリアは混んでいましたが、他県ナンバーの車は少ないようにみえました。

宿場町 出雲崎
車は米山で高速降り、目的地の出雲崎までは下道で20分程度です。
知りませんでしたが、この地は中山道・北国街道追分(彦根市下矢倉町)から北国街道追分(新潟県上越市本町)に至る街道の宿場町・漁港として栄えた街で、海に面した家々は今でも板を重ねた壁と、通りに面して大棟が直角になっている「妻入り」という形式で、海岸線に沿い約4kmも続いており、これは日本一の長さだそうです。
江戸時代の出雲崎町は、越後で一番人口密度が高く、多くの人が居住できるように間口(まぐち)が狭く、奥行きの長い妻入りの形式がとられていました。また、当時は間口によって税金が掛けられていたとのことで、二間や三間半の家が多く並んでいます。
この、全国でもめずらしい「妻入りの街並」の散策に訪れる人も多く、街並み景観保存事業も進んでいるようです。

良寛の町
出雲崎は、ただ、松尾芭蕉の句碑と初めて見る佐渡ヶ島の為に来たのですが、ここに撮影に来る下調べで、あの良寛の地であることを知りました。
町には良寛生誕の地として、日本海を見渡す小高い丘の上に「良寛祈念館」と、街中の生家橘屋の屋敷跡に「良寛堂」がありましたがコロナ自粛、移動解除の直後の日曜日でもカメラ片手の観光客は私一人でした。
特に、私たちの目的が、日本海の夕陽撮影の為、この町に到着したのが遅く「良寛祈念館」は既に5時を過ぎていて閉館していました。

句碑 佐渡によこたう天の川
この超有名な句碑が、ここ良寛堂記念館の展望台にあると思っていましたが、ありませんでした。画像は、高速米山サービスエリア展望台のものです。
あまりにも有名、そして壮大な句碑は、新潟には沢山あるようです。
そして、今回調べて解かったことは、芭蕉は実際に「佐渡によこたう天の川」は見ていないようです。


今回の出雲崎探訪で調べたネット情報「私の芭蕉紀行」http://www.intweb.co.jp/miura.shtmlによると

同行した弟子「曾良旅日記」には鼠の関を出てからは、村上に泊まり瀬波に遊び、新潟を通って弥彦の明神にも参詣している。
さらに寺泊をへて出雲崎に宿泊、その夜は雨が強く降ったと記されています。

海が荒れていたかどうかはわからないが、強い雨のなかで佐渡を望むことも天の川を見ることもできなかったはずだ。
芭蕉は出雲崎で「荒海や佐渡によこたふ天河」と詠んだ。
この有名な句は写実であるよりも虚構に近いものだといわれるが、実景以上に実景らしい。
佐渡の流人の島としての悲しい歴史と旅情と乾坤の銀河。
出雲崎で佐渡を眺めると、この句の絵画的イメージが実感でき、見る人を無条件に納得させてしまう。地元の人に聞くと、夏のこの時期、佐渡海峡は風も吹かず、波もほとんどない穏やかな日が多いという。
ただ、佐渡が見えてもいつも水蒸気でかすんでいて、島影程度しかみえないとのこと。
また、天の川は夏の時期は芭蕉が云うように、本土から島の方に橋を渡すように横たわって見えるが、ただ、残念なことに町の灯りや街灯で昔より天の川が見えにくくなっているという。


まあ、そうなんでしょう。でもこの芭蕉の描写力に脱帽、完璧です。

日本海の夕陽
この日の出雲崎の日没は19:09です。
写真・映像をやるシニアオジサン、マニアはこれくらい調べてくるのは当たり前です。
ちょうどこの日は日食が見える日で、5時頃、濃いサングラス越しに欠けた太陽が見えました。
日本海に沈む夕陽は何故か、太平洋に沈む夕日よりも、人々の心を惹きつけるようです。
私が初めて、海を見たのも、海に沈む夕日を見たのも、小学6年生の修学旅行先の柏崎でした。
じっくりと日本海の夕陽を眺めるのは、その時以来、70年ぶりのことです。

日没の時間になると、大きなしっかりとした三脚・一眼レフの男性が現れてきます。
私の兄も同好の士ですから、話していました。地元の方たちかと思いましたら、一人は埼玉、一人は筑波からで、やはりコロナ自粛解禁でやって来たと云う、夕陽撮影マニアのようでした。
この日はお天気が良すぎました。
水平線には雲一つなく、沈んでいく赤い、オレンジ、ピンクの陽を受け止めるものが全くないのです。
雨や、曇りではないのですが、夕陽撮影マニアなんてこんなものです。
夕陽を見ながら、私たちは自分が出会った夕陽のポイント、映像をお互いに自慢しあいながら別れました。
ちなみに、私の自慢の夕陽は
「出雲・松江の旅2016」の宍道湖の夕陽
で3万アクセスの人気動画です。

じっくり日本海の夕陽を見て、帰路につき、長野実家に着いたのは夜の10時を廻っていました。

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posted by 西沢 at 07:33| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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