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2020年04月19日

元阪神の新庄剛志のバリ島生活を見て考えたこと

先日、TVバラエティ番組で、日本人野手として初めて大リーグでプレーしたイチローと並んで同じ年にニューヨーク・メッツに移籍した、元阪神タイガーズの新庄の引退後のバリ島生活に坂上忍がインタビューしていました。
新庄の現役時代のハチャメチャな言動や、移籍に関わる話、48歳にして再び日本球界復帰を目指す、日々の肉体トレーニングの話には、さして興味も共感もしなかったのですが、彼の現在のバリ島での生活に大いに興味がありました。

夫55才、妻52才で共に早期退職した私たちの一番の理由は、
若く、動けるうちに海外ロングステイをすることでした。
退職直後の目指したのが、インドネシア・バリ島でした。
先ずは、成田・デンパサール間のチケットの手配です。
テスト版としてその当時の航空券のコストパフォーマンスとして一番使えたのが、FIX、21DAYのチケットでした。
一般的にチケットは往復ともに日時・フライトが決まったFIXと、日時・フライトともに自由に設定できるOPENがあります。
当然ながら、OPENチケットは、有効期間が長いほど高くなります。
FIXチケットは、期間が長くなるほど高くなり、21dayと30dayでは、3割以上高くなります。
そしてFIXチケットは、航空会社都合以外の理由、原因ではフライトが変更出来ません。
例え病気で、その日、その時間のフライトに乗れなくて変更は出来ず、新たに正規航空券を購入しなくてはなりません。
そう云う制約がついているので、正規チケットよりも格安なのです。

※寄り道 航空会社原因での変更の話
たった一度だけですがFIXチケットを航空会社が変更に応じたことがあります。
ユナイテッドで成田・ロサンゼルス・メヒコ・経由コスタリカのサンホセのフライトですが、帰りのフライトの変更を無料でしたことがあります。
理由は、ロスト・バキジでした。
FIX・90dayのチケット、25年前のことで往復、日本円で98,000円でした。
その当時オイルサーチャージもなく、空港税込でこの値段でした。90dayの長滞在の初日に、二人のスーツケースが届かないのですから、このまま旅は続けられないと航空会社と交渉したところ、変更はOKとなりました。・・・
その翌日、スーツケースが見つかった、届いたから空港に取りに来てくれと云う電話が宿泊先のホテルに入り、事なきを得たことを覚えています。



17年前、ようやく格安航空券に市民権が与えられるようになりましたが、それでもまだネットで扱うサイトは少ない状態で、2020年現在、CMで有名な「トラベル子」はかなり一般的に知られる存在でしたが、17年前、「トラベル子」と云えば、バックパッカー専用御用達のサイトだったのです。

この当時私は、このサイトの存在を知りませんでした
この時の航空券とホテルの手配はHISでした。
当時のHISは個人旅行者の良き味方、理解者だったのです。
今や大手旅行代理店として成長し過ぎ、店舗数、社員の増大でごく普通の旅行会社(或いは低レベルの)になってしまいました。
若い旅行者はHISは安い・・・と思っているようですが、そんなことは有りません。
却って場所、時期によっては大会社JTBよりも高いことが多々あるのです。

2003年、私たちにとって2回目のバリ島の大目的は、この南国の島でロングステイ出来るかどうかの調査でした。
一般的なバリ島・ウブド滞在6日間の募集型ツァーを購入し、その時に帰りのチケットを21dayに変更できるかどうか確認したところ、価格変更なしで最大3週間は出来るが、募集型ツァーなので、ツァー離脱料金、一人2,000円が発生する・・・と云うのです。
何なんだ、そのツァー離脱料金、一人2,000円は、と今なら思うのですが、2,000円で6dayが21dayに変更出来るなら御の字です。
そして、「リコンファームは必ずして下さい。しなくて席が無くなっても補償しません。」と云われました。
こうやって、一つづつ、旅の知識は覚えていくものです。
何回、何十回海外旅行をしたというオジサン・オバサンは沢山いますが、団体バツクツァーに100回参加しても旅の知識は増えません。

このバリ島の田園地帯、バリヒンドゥー村「ウブド」に二週間滞在して、このバリ島に住む条件、場所、宿、食事。移動手段などを実際に調査、体験し、2003年55才の年から還暦を迎える2008年までの5年間、年に2回、2~3週間のウブド村滞在を経験するようになりました。
それが出来たのも、居心地のよい、ある程度リーズナブルな宿があったからです。
その宿を撮影したものをユーチューブにUPしています。
2004年・・・16年前か・・・カミサンも若かったな



今回の新庄のバリ島生活を見て考えたこと
新庄は、阪神の契約更新2億円のオファーを断って、2,200万円でニューヨークメッツと契約して、大リーガー入りしています。
お金ではなかったのです。大リーグ3年経験して、再び日本球界に戻り、日ハムで活躍して2006年引退、2010年に離婚して一人でバリ島に住み始めました。
大豪邸に住み、モトクロス場を造り、この方面でやっていこうとしていた矢先、信頼し、資産運用を託していた友人に裏切られて、ほぼ財産を失くしたようです。

現在の彼の生活は・・・
TV画面から想定してみると、海辺の繁華街クタからは離れたレガンか、セミナック辺りではないかと推測されます。
ワンルーム居室の他にシェアハウス様式のキッチン・リビング・プールを備えた長期滞在用コンドで、一泊1,500円、月払いで30,000円と云ってました。
あのあたりで、このレベルの部屋・設備でしたら大合格点です。
私たちが何年も通ったウブドでしたら、この倍以上はすると思われます。

新庄は今、48歳、最後の野球復帰を目論んでいます。
48歳と云う年齢と彼の性格でしたら、この環境のホテル・住まい・生活は何の問題もなく、躊躇せずに出来ると思います。
私たちがそうでした。
30代の頃の私たちは、一定の収入を確保された社会人であっても、若い学生バックパッカーと同じような宿・メシ・移動手段でもOKでした。
40代になると、高いホテルは、お金がもったいなくて使えませんでしたが、それでも、お湯が出るシャワーを条件にするようになりました。
50代になると、部屋の広さ、バスタブ、清潔感、スタッフ、その後お金となりました。もう若くはない・・とそろそろ気が付くのです。
60代になると、もう、バリ島に限らず、アジアのゲストハウスは無理になります。ビーチのリゾートホテルでのんびり過ごし、3日に一度、公共交通機関で観光に出かける・・
そんなハワイ・ワイキキ滞在も65才まででした。

後は、ジジ・ババの仲間入りして、見栄の張り合いのクルーズ船ですか。それは絶対イヤ
太平洋・カリブ海・大西洋航路は20代で済ませています。

人は、重ねるに従って要らぬ鎧をつけるものです。
他人から見て自分たちはどう映るのか・・・
年相応の態度、立ち振る舞い、言葉遣い、食べ物、着るものに至るまで。
今、振り返るようになって旅は30代が一番面白かった、感動的だった、得るものが多かった。
70代シニアにはどんな旅が似合うのだろう、
昔を遡る旅、センチメンタルジャーニーでは面白くない。

バリ島に関するサイト 定年後の海外ロングステイ
バリ島ウブド・ファミリーゲストハウス
posted by 西沢 at 08:13| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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