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2020年04月07日

志村けんの死が早めた、シニア・高齢者・団塊世代の終活の加速

先週末、カミサンが突然云いました。
我が家のお金・保険がどうなっいるのか、パソコンではなく、印刷した資料を造って。
遺言状をそろそろ書換えたいので、貸金庫から持って来て。
なんで急に云いだしたかは想像できます。
志村けん70才の死は突然でした。
新型コロナウイルスに感染発病して2週間で逝ってしまったのです。
最後の1週間は意識はなかったので実質1週間です。
彼は、戸籍上は独身なので、残された家族に対する遺言なんて、きっとなかったでしょうし、財産目録なんて事務所に任せっきりだったかも、年齢的にも70の大台に載って数日の若さですから、自分が亡くなることに関して、何も準備はしていなかったのでは・・・と推測されます。

私たち夫婦は子供がいませんから、遺言状の書き方もちょっと違ってきているのです。
遺言状は全部で5通書いています。
5-1 夫婦二人が同時に亡くなった時
5-2 私(夫)が亡くなった時
5-3 私(妻)が亡くなった時
5-4 私の葬儀に関して
5-5 私(妻)の葬儀に関して

普通の夫婦と違って、二人同時に事故で亡くなる可能性は、一般のご夫婦よりも断然多いからです。
私たちは、現役時代から海外の辺境の地と云われている、アジア・南米・中近東の世界遺産の旅を、主に個人ベースで旅してきました。
当然ながら、移動は航空機ですが、地域によっては外務省や日本の商社の内部資料で、出来るだけ乗ってはいけない、路線・機種の航空路線に乗らなくては、辿りつけない場所もあります。

当時は危険は全く意識していませんだしたが



今は昔の話ですが、30年前のラオス南部、ビエンチャンからワットプーの拠点の町、パクセ―への国内線は、外務省の警告では乗ってはいけない機種のプロペラ機しか飛んでいませんでした。
飛び立つと、機内には真っ白な霧が発生して、前方が見えないような飛行機でした。

パナマシテイから、モラ刺繍で有名なサンブラス諸島に向かうには、やはり8人乗りのセスナ機しかありません。
空港で登場する際、一人ひとり体重計に乗り、座席を割り振るような飛行機でした。後ろの貨物スペースには豚一匹が手足を縛られて乗っていました。
飛行機はパナマシティから太平洋・大西洋の一番細いジャングルの上を飛んでいきます。
島ひとつがホテル(民宿程度)で数日過ごし、近隣の島へ渡りクナ族のおばさん達が造る「モラ」を見て、パナマシティに戻り、パナマで一番大きな、外国人が泊る豪華ホテル内にある国一番有名な「モラショップ」に「行ってきたよ」と挨拶に云った時、信じられない店主の言葉を聞きました。
「私は40年、この商売をしているけど、一度もサンブラスへ行ったことがない、あのジャングルの上を飛ぶ飛行機は、毎年何機か墜落している」
「フェー、聞いてないよ」

ベネズェラのギアナ高地では、テーブルマウンテンの上に着陸する為には、一人300ドル、カミサンと二人600ドル払ってヘリコプターで行くしかありません。(登山家なら下から登っていく道はありますが)
テーブルマウンテンの上は常に雲がかかっていて、なかなか着陸でできず、パイロットは、断念したがっているのに、同乗していたスペイン語が話せないアメリカ人が、着陸を求めて、何度もトライさせるのです。
後から、パイロットからかなり危険な状態だったと私に話してくれました。

車・高速道でのヒヤリハットは沢山経験しています。
サンパウロ市内から国際空港に向かうタクシーは高速道路をぶっ飛ばします。
そこに日本では考えられない、強烈な雨、スコールです。
他の車は、路肩に停めてこの突然の急激な雨を凌いでいるのに、この運転手は一向に停めようとしません。
カミサンは最初は、運転手の後ろから肩をたたいて、STOP、STOPと云うのですが、停めずに豪雨のなかは走り続けます。
ついにカミサンは、運転手の頭をなぐりはじめたのです。
運転手は私にスペイン語で、「お宅のセニョーラ、うるさいからこの飴を舐めさせておけ」と私にキャンディを放り投げました。
あの時は、事故るかも知れない、サンパウロで日本人夫婦交通事故・・・の見出しもちらつきました。

インドでも、マダガスカルでも、イドネシアでも、ネパールでも、パキスタンでも、「ヒヤリハット」は数えきれないほど経験しています。
今まで、何ら事故にも、重大病気・感染症に会わなかったのは、ただの偶然、ラッキーだっただけです。

遺言状の5-1の可能性は、普通のご夫婦よりは、何十倍も多かったのです。
今回の書き直しでは

5-1 夫婦二人が同時に亡くなった時
二人が築いてきた「預貯金・保険金そして不動産」が突然遺産として発生します。
超資産家でなくても、子供のいない二人の老後資金と、鎌倉の住宅地の不動産合わせると、結構相続権利者の間で揉めてもおかしくない額になるので、二人で相談した、一人の親族に指名しています。
揉めたら、後は法定相続してもらえば良いと考えています。

5-2 私(夫)が亡くなった時
これは、子供のいない夫婦にとっては、必須の項目です。
単純に夫婦二人の財産は、常に50・50をキープしていまので、私が先に逝った時は二人の全財産の3/4は、ほぼ無条件にカミサンが相続できますが残った1/4には、私の兄弟姉妹、或いは甥・姪にも相続権が残ります。
法律ではそうなんです。そこでなるべく、カミサンに多く残るように書いていますし、老後の二人名義の預貯金は、自分の名義分から優先的に取り崩ししています。

5-4 私の葬儀に関して
基本的に、葬儀は直送にして下さい。と書いています。
病院で亡くなっても、自宅には戻さず、仏式の葬儀も、戒名も、お寺さんも必要なく、葬儀社に頼んで書類、車の手配をしてもらい出来るだけ早く火葬していただくように書いています。
親族・知人・友人への連絡は、火葬がすんでから伝えるように。
お墓は不要、お骨は散骨と書きました。
これは、カミサンが後から私の親族から何かしら責められないようにする為の遺言状です。

5-2 私(妻)が亡くなった時
5-5 私(妻)の葬儀に関して の二通の遺言状もほぼ同じような内容です。

我が家のお金・保険・財産の見える化、ペーパー化
私は現業時代の仕事柄、かなり早い時期からパソコンでのデータ化に努めてまいりました。
しかし、カミサンは今、ようやくスマホが使えるようになった程度です。
私が逝った後、何台かパソコン、ハードデスク、USBメモリーを全て検索、開けることは難しいのは承知しています。
前々から、全てのお金に関する資料の印刷化を要求されてきていました。
それも、手に取ってすぐに解るような形で。

次回、この件に関して詳しくブログで書きます。

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posted by 西沢 at 08:12| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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