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2020年01月31日

平均余命 海外医療支援のミスマッチ・幻想

アフガニスタンで人道支援に取り組み、昨年12月に現地の武装集団に殺害されたNGO「ペシャワール会」(福岡市)現地代表、中村哲(てつ)医師(享年73)のお別れ会が25日、福岡市の西南学院大学で開かれました。

どうして、アフガニスタンの民衆のために働いてきて日本人が、アフガニスタンイスラム組織に殺されたのか?
日本人としては憤りを覚え、その理由を知りたいのは人情です。
マスメディアでは、外国籍ボランティア組織を狙い撃ちにして、アフガンから撤退させ、現政府の弱体化を図るが定説となっているようです。
しかし、最近読んだ本のなかで、もっと別な非政治的な理由もあったのではないかと、思わせる記述がありました。

退職後、本を読まなくなって久しくなりました。
現役時代の通勤時間の長さ故に、電車のなかでは文庫本を、毎日読んでいました。
しかし、退職してからは本を読む機会はめっきりと減りました。
自宅の何処で読むか、いつ読むか、の問題もありましたが、一番の原因は老眼の進行と、眼鏡が合わなくなってきたことです。
いつしか本を読む機会は減り、パソコンの前にいる時間が増えていきました。
しかし、一昨年から再び本を読む量が増大しました。
理由のひとつは、本を読む、場所と時間の確保です。
カミサンが以前からお風呂に雑誌を持ち込んで、長時間入浴中に詠んでいるのは知っていました。
それを見て、私も一度トライしたのですが、浴室内の本の位置と遠近両用の眼鏡の度が合わず、疲れてしまうので辞めた経緯がありましたが、行きつけの眼科の今までのお母さんドクターが若い息子さんに代わり、老眼鏡についても考え方が違うようで、お風呂で本を読む専用の老眼鏡なら、100円ショップのシニアグラスで十分というではないですか!
確かに、カメラのレンズと同じで、湯舟のなかでの読書は単焦点レンズでOKなのです。
それからというもの、カミサンが買いためていた本を少しづつ読み始めました。

カミサンの読んでいた本のジャンルは、種々雑多、何でも派。
友人からもらった推理小説、「垣谷美雨」の女性目線のもの、医療関係の小説、そして女性の自立に関係するような小説が主になっています。
その中の一冊、篠田節子著「長女たち」と云う、長女として生まれて来たが故の人生の選択、葛藤が描かれていました。
この中の短編「ミッション」を読んで、僻地医療ボランティアの別面、医療支援を受ける側からの見方が描かれていました。

この小説を読んでいて、アフガニスタンの中村さんの事件を思い起こしていました。
70年代、私は若い頃、パキスタンからカイバル峠を超えて、アフガニスタン、カブールに入ったことがあります。
若き、何も怖くはないバックパッカー時代の私ですが、この短い国境越えで、初めて身の危険と云う言葉を実感したことを覚えています。
アフガニスタンは、多くの地域部族で成り立っている、複雑な国なのです。

小説「ミッション」はネパールの奥地で医療支援に滞在していた、先輩男性医師が山中で転落死したことを受け、後輩の新米女性医師がその組織を引き継ぐために、現地に向かって体験する「海外医療支援」のお話です。
小さな診療所は、山を幾つも超えた先、薬を買える町てまで歩くと2日かかるような山間部です。
先輩医師が来た10年前のこの村の平均年齢は40才台でした。
山間部で平らな土地はほとんどなく、岩・石だらけの痩せた土地、この村の食生活は僅かに獲れる小麦と、家畜のヤクの干し肉が中心で高血圧・狭心症による死亡が圧倒的に多かったのを、先輩医師は、村に簡易水道を敷設し、急な山肌を段々畑に変え、野菜を植え、ヤギを飼い、その乳
を飲むといった食生活に変化させました。
常駐の医者と、外部からの医薬品、食生活の変化で、この村の平均寿命は飛躍的に伸びました。
この日本人医療ボランティアNGOがくるまでは、この村の医療はお寺の「薬草医」「呪術医」「シャーマン」と呼ばれる村の伝統医療を継承する家系の長男が引き継いできた。
先輩医師は彼らを尊重し、彼を薬剤師、助手として雇用してきたが、村の崖からの転落死したのです。
新米女医はこの助手に先輩医師の死に関して尋ねのです。

彼が語りはじめました。
こんな、山奥の村に海外・日本から医師が入り、常駐し、薬も手に入るようになった。
そして、ソーラパネルで夜は短時間だけだが明るくなり、テレビもみえるようになり、村を少しづつ豊かににしてくれた。
自給自足の村は変り、町と同じくお金が必要となった。
そして誰も、お寺には来なくなった。
今まで、突然死が当たり前だった村人の寿命が延びたことにより、寝たきり老人・痴呆症の老人が増えていった。
村の家庭は、老人の介護と医療を受ける、長生きする為にお金が必要になり、子供たちは町に出稼ぎにでるようになった。
本当に、今の生活が以前よりも幸せなのかと、考えるようになった。
そんな時 起きた日本からの医師の転落死、これは事故以外のなんでもない。
あれから、村は元の生活に徐々に戻りつつある。
簡易水道の補修をする人手はなく、壊れたソーラーパネルを修繕する金も、新しい野菜のタネを買うお金もない。
村人は以前の食生活に戻り、40代半ばで倒れ、そのまま亡くなっていく。
これが、私たちの暮らしなのです。と。
この小説はフィクションなのでしょうが、現代の日本の社会、特に医療に関して、生きるとは何かを問いかけています。

2017年の資料ですが、私たち団塊世代70才の平均余命は15年です



私が、老後リタイヤ計画を造った時の日本の男性の平均寿命は78才で、エクセル上に設定した自分の死亡年齢をこの78才に設定しました。年々、平均寿命は延びています。
しかし、果たしてそれが本当に幸せなのか?
自分のことは自分で出来る、他人・医療の支援は必要ない、所謂「健康寿命」は70才と云われています。
もうその年を過ぎました。
出来れば、今の状態で自分自身で設定した78才で、あの小説の村のように、ぽっくりと突然死で終わりたいと本気で願っています。
posted by 西沢 at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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