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2020年01月06日

定年退職10年後に、海外旅行を卒業した理由とは

やっと長かったお正月休みがあけました。
昨日までの夕刻のTVのニュースでは、空港からの海外旅行帰りのファミリーや、カップルへのインタビューが定番です。
現役時代は、毎年12月になると翌年のカレンダーの祝日、並びを調べて、何連休になるかを調べていたことを思い出します。
あの頃、退職したら、こんな混む時期、ホテルも航空券も高い時期を外して、好きな時に好きな期間、何処へでも行ける、早く、そんな身分になりたいと、せつに願っていたのが懐かしいです。

しかし、55才で退職し、65才でパスポートを更新せずに、海外旅行を卒業するとは考えもしませんでした。
ずっと、身体と老後資金が続く限り、自由に何処へでも旅出来ると思っていました。
現役時代、バブル期の建設業界にいた幸運と専門職のカミサンとのダブルインカム、ノーキッズの環境で、休みさえ何とか工面すれば、個人・自由旅行の形態で、行こうとする強い意欲さえあれば、どんな世界の秘境・奥地でも行けました。

イースター島、イランのペルセポリス、ラオスの少数民族の村、北極圏のオーロラ、カリブ海の美しい小島。
まだ、40代の夫婦にとって過酷な移動手段、宿泊環境も旅の一つの醍醐味として、楽しむ余裕もありました。
それでも危険を避ける、最低限以上の良識・常識・語学力プラス資金力があったので、これまで海外で、身の危険を感じることや、病気、ケガ、対処しきれない移動手段トラブルもなく過ごせてきました。

それがあるきっかけから、徐々に忍び寄ってきたのです。
個人差もあるでしょうが、だんだんと海外旅行の煩わしさ・不安・危険を感じはじめたのです。
言葉、コミュニケーション、移動距離、時間、そして費用。
現役時代、退職直後には全く感じなかった、疲れ、孤独感、寂しさが、年齢共に忍び寄ってくるのです。

決定的な要因は、アジア奥地から帰国直後、内臓疾患で救急搬送された時からです。
それが、退職後10年目、65才の時でした。
ミャンマーのかなり奥地、日本人観光客が滅多に行かない、ミャンマー南部、タイ国境地帯、ようやく少数民族カレン族との内線講和が成り立ち、外国人の観光が再開されたような土地でした。
日本語ガイドと専用車付の大名旅行でしたから特にに、なんら危険も感じ旅を楽しみました。
しかし、ヤンゴンに戻る途中立ち寄ったレストランで飲んだ、生ジュースがどうやら当たったようで下痢をしました。が、そのまま、体力が回復して翌日、ヤンゴンから日本に戻ってきて、忘れていたのですが、2日後の夜みぞうちに強烈な痛みを感じました。
とても、我慢できるような痛みではなく、カミサンは徒歩10分に日本を代表するような総合病院があるのですが、この時は躊躇なく救急車を呼びました。

救急外来での診断は、胆管結石の疑い・・・と云うのです。今まで、尿管結石はやったことがありますが、胆石とは初めてです。
数日前まで、ミャンマーの奥地にいて、下痢をしたことを伝えると、直接の因果関係はないものの、きっかけになったかもしれない、と云われました。
胆石発作で、肝機能にダメージがあり、おしっこは濃い黄色、完全なる肝機能障害です。
肝機能障害については、ウズベキスタンでA型肝炎に感染したことがあるので、知識は豊富です。
結局、救急外来の仮設ベッドで朝まで点滴、安静となりました。
翌日のMRI検査では石は見つからず、念の為、膵臓まで調べるので、3日間の検査入院となりました。最終的には、胆管に胆汁を流れやすくなる薬を毎日、一生のみ続けることなり、現在に至っています。

これが、私が海外旅行をやめ、パスポートを更新しなかつた最大の理由です
日本にいるなら、自宅でなくても国内の旅先でしたら、常時携帯している国民健康保険が効くし、言葉も通じますが、例え、医療施設が日本並み、言葉も日本人医師のいるワイキキであっても、不安です。特に、医療の専門家であるカミサンは、この騒ぎからは絶対に海外へは行かないと宣言しました。

あれから6年、新聞・雑誌・TVの海外旅のチラシを見ても、全く行きたいと云う意欲は湧かず、旅する煩わしさが先に思い浮かびます。
あんな、無茶な日程、怪しげなホテル、豪雨のなかの高速道路をぶっ飛ばすタクシー、真っ暗な夜中のモスクワの裏通り、黒い目が光るリオの下町。今思い返すと、何事もなく無事に日本に帰れたは奇跡のようです。
若いって素晴らしい、と本気で思います。
年を重ねるにつれ、経験からか、余計なものが見えてきたり、予測したりしてしまうのです。
定年後の海外ロングステイの情報サイトを立ち上げた私たちですが、72才を迎えようとしている今、云えることは、海外ロングステイは60代まではないかということです。
決して、経済的、資金的な理由で定年後ライフは日本は捨て、海外に求めてないことです。

今年、干支のねずみ年、72才と68才は「鎌倉にお住まいのゆとりのある老夫婦」を演じようと思っても、なかなか現役時代の自由・奔放な旅のスタイルを崩せません。
特にカミサンは、大手旅行社のグループツァー、バスツァーに拒否反応を示します。
多少、高くついても、バスや電車で長時間待たされても、自分たちのペース、二人だけで旅に拘るのです。

1年12回、毎月一回、二泊三日、予算10万円の国内旅行は、年3~4回の海外旅行よりもづっとリーズナブルな上、毎月の暇な二人の生活に一つのリズムが生まれ、ちょうど良いペースで国内旅行が楽しめます。
この先、づっとこのペースで国内旅行がいけるとは思っていません。
費用的に確保はしていますが、これからどんどんと二人は年老いて行き、二人の旅行経費が医療費、介護費に変化していくでしょうから。
posted by 西沢 at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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